2019年12月12日 (木)

ヤンソンスを偲んで ④ピッツバーグ

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ヤンソンス、追悼シリーズは、アメリカへ。

ヤンソンスは、アメリカの楽壇にもしばしば客演してましたが、1997年に、マゼールの後任として、ピッツバーグ交響楽団の音楽監督に就任しました。
2004年までその任にありましたが、残された正規のレコーディンは1枚のみ。
これが、いまとなっては痛恨の極みであります。

アメリカのオーケストラは、専属にするのにも、録音契約を結ぶのにもお金がかかります。
EMIは、この当時、サヴァリッシュとフィラデルフィアの録音はよく行ってまして、さらにそこにアメリカで2枚看板を掲げる余裕もなかったのでしょうか。
また、その当時、メジャーレーベルの勢いにも陰りが出てきた時期なので、その後の新興レーベルやオーケストラの自主制作が主体となるまでの、ちょうど端境期にあったことも要因かもしれません。

マゼール時代は、レコーディンに恵まれていたピッツバーグ交響楽団の録音がヤンソンス時代、極端に少なくなったのは残念でなりません。
ただ、ピッツバーグ交響楽団は、財政的にも豊かだったし、地元放送局が高品質のレコーディングアーカイブを持っているので、いつかその音源が正規に出てくるような気もします。
 年々か前に、自主制作的に、ヤンソンス&ピッツバーグの数枚組のCDが出てましたが、とても高額なものでした。

これ→Pittsburgh-3

ベートーヴェンやチャイコフスキー、ヴェルレクやマーラー10番(アダージョ)なんかが入ってる垂涎の一組です。

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  ショスタコーヴィチ 交響曲第8番

 マリス・ヤンソンス指揮 ピッツバーグ交響楽団

         (2001.2.9~11 @ピッツバーグ、ハインツホール)

ショスタコーヴィチ全集の1枚で、8番のみのピッツバーグの担当で、ライブ録音です。

あらためて、何度か聴き直しましたが、ライブとはいえ、オーケストラの抜群の巧さと、機動性の高さを感じます。
またヤンソンスならではの、気迫の込め方とノリの良さが、スケルツォ的な2楽章や、行進曲調の3楽章では見事な迫力を伴って興奮を呼び起こします。
だが、音色が少しばかり明るすぎることも確かで、アメリカのオーケストラならではの解放感が、曲の持つ深刻さと無慈悲さをちょっと後退させてしまった感もあります。
それが、この8番という交響曲の難しさであり、二律背反的な面白さでもあるように思います。
思い切りスコアのみを信じ、きわめてシンフォニックな演奏に徹したハイティンクの演奏が自分的には一番と思ってますし、ムラヴィンスキーの厳しい透徹感と寒々しさもスゴイと思うし、聴きやすさで一番のプレヴィンもいいと思う。
 そんななかでのヤンソンスの8番は、バイエルンあたりで再録が欲しかったかも・・・

こんな風に思うほどに、ヤンソンスとピッツバーグの演奏は、もっといろいろ聴いてみたかった、という結論になります。

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父アルヴィド・ヤンソンスも1984年に心臓発作で指揮中に死亡。

オスロで、心臓発作に襲われたマリス・ヤンソンスは、ピッツバーグに着任してから、当地の病院で埋め込み型の細動器を装着する手術を行いました。
しかし、ピッツバーグで指揮中、その機械が動かなくなることがあり、まるで撃たれたかのように見えたそうです・・・
それでも手摺をつかみながら指揮を終えたヤンソンスだったとのこと、訃報のニュース記事に楽員が話として出てました。
 任期中に、9.11もありました。
そのときは、コープランドの「市民のためのファンファーレ」を演奏したそうです。
 そして、初のアメリカでの仕事、優れたコミュニティに感嘆し、自らも地元のバスケットチームの熱烈な応援団になり、遠く日本に来演していたときも、そのチームの勝ち負けが気になってアメリカに電話したりしていたそうです。
この8番のCDの最後のトラックに、リハーサル風景が収録されてますが、ユーモアたっぷりで、楽員たちからの笑い声もしばしば起きてます。
また新聞記事ですが、楽員たちは、ヤンソンスが指揮台からよくジョークを飛ばす。
そして、なによりも、ともかく「いい人」だったと・・・・・

なんだか泣けてきますね。

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ピッツバーグ響は、今年の始め頃まで、FM放送の過去のアーカイブをかなりの量でネット公開してましたが、夏ごろよりなくなってしまいました。
そこで、まだあるころに見つけて録音したのが、バレンボイムとのブラームスのピアノ協奏曲の1番と2番。

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   ブラームス ピアノ協奏曲第1番・第2番

      Pf:ダニエル・バレンボイム

  マリス・ヤンソンス指揮 ピッツバーグ交響楽団

            (2016 @ハインツホール)

バレンボイムとはほぼ同年齢の間がら。
しかしながら、そのバレンボイムのピアノは痛々しいほどの出来栄えで、ミスタッチの連続。
風格と造りの大きさだけが、そのピアノから伝わってくるというあんばいです。
それでも、両曲ともに、演奏の終了時には、ものすごい歓声が沸きます。
このピアノにつけるオーケストラも冷や冷やものだったかもしれませんが、リズムやテンポには弛緩がなく、そこはさすがのバレンボイムの年輪による芸風だと思います。
 ヤンソンスの指揮するオーケストラは、しっかりとブラームスしていて、ドイツ的な音色を持つピッツバーグならではの響きを感じます。
バレンボイムの名誉のため、この両曲の緩徐楽章の味わいの深さは、並大抵のものでなく、オーケストラもしっとりとヨーロピアンな雰囲気でもってつけてます。。
バイエルンでもこのコンビでやっていると思いますが、貴重なピッツバーグ録音を手元に残すことができました。

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12月2日、いまの音楽監督、マンフレート・ホーネックは定期演奏家に先立ち、ヤンソンスの功績を称え、追悼の言葉を述べました。

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ウィーンフィルでも、奏者として、ヤンソンスの指揮のもとで演奏していたかもしれません。
いま、絶好調のホーネックとピッツバーグの追悼演奏は、シューベルトの「万霊節のための連禱」のオーケストラ編曲バージョン。

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「お休み平安の中で すべての魂よ」と歌われる、美しくも深い歌曲です・・・・

ピッツバーグを卒業すると、ヤンソンスはヨーロッパへ帰り、いよいよ名門オーケストラふたつとの仕事に取り掛かります。

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2019年12月10日 (火)

ヤンソンスを偲んで ③ロンドン、ウィーン、ベルリン

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ヤンソンスの追悼シリーズ、今回はヨーロッパの各都市。

ロンドンでは、ロンドン・フィルハーモニックの首席客演指揮者に1992年に着任し、97年までそのポストにありました。
同時期に録音されたものは、EMIにそこそこありますが、いずれもヤンソンスらしい瑞々しさと、オーケストラの落ち着いた響きがとてもいい感じなんです。

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  チャイコフスキー 「くるみ割り人形」

 マリス・ヤンソンス指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

        (1991.10 @アビーロード・スタジオ)

弾むリズムに、全編に通じる親しみやすさ、わかりやすさの表出。
誰しもを、ほっこりさせてしまうヤンソンスの音楽づくりです。
そして、ロンドン・フィルのノーブルかつ、ややくすんだ音色が、チャイコフスキーの普遍のメロディの数々に温もりを添えます。
数ある「くるみ割り」のなかで、大好きな1組です。

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 ショスタコーヴィチ 交響曲第15番

 マリス・ヤンソンス指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

        (1997.4 ロンドン)

関わりのあるオーケストラと全集を造ったヤンソンスのショスタコーヴィチ。
ロンドンフィルとは15番を録音しました。
ハイティンクのもとでも、シンフォニックな演奏で素晴らしい15番を残したが、このヤンソンス盤も浮つくことのない見事なものです。
シニカルななかに、キラリと光る抒情の雫、この曲の第2楽章は、ヤンソンスを送るに相応しい涙に濡れたような葬送の音楽です。

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  ラフマニノフ 交響曲第2番

 マリス・ヤンソンス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

         (1986.11.19/20 オールセインツ教会

これぞ、ラフ2の隠れたる超名演。
42歳のヤンソンスが、オスロでのチャイコフスキーと併行してシャンドスレーベルに録音した、フィルハーモニア管との一期一会のような演奏。
完全版によるもので、ヤンソンスのファンになりたての頃、2006年にようやく入手できたCD。
そのときのブログで、「指揮者もオーケストラも、一緒くたになってラフマニノフ・ワールドにどっぷりつかりながら、思い切り音楽に夢中になっている。勢いや感情だけではこんな演奏は生まれない。ヤンソンスの音楽へのひたむきさと、楽員をその気にさせるエモーションがあってこその名演奏」と書いてます。
ヤンソンスの音盤のなかで、この時期のひとつのピークの記録であると思います。
この10年後の、サンクトペツルスブルクとの再録は、かなりおとなしい。
コンセルトヘボウとの再々録音は未聴であります。

ロンドンのオーケストラでは、あとロンドン交響楽団にもよく客演し、マーラーの6番のライブもありますが、こちらも未聴。

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  ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

 マリス・ヤンソンス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

         (1997.1 @ムジークフェライン)

ヤンソンスは、ウィーンでもベルリンでも、オーケストラと聴衆から人気を博しました。
5番だけは、当時もよく演奏していたウィーンフィル。
テンポの自在、ライブならではの感興あふれる活気に満ちたショスタコ。
ここでも、ウィーンの弦で、しっとりと第3楽章を聴き、ヤンソンスを偲ぶこととします。

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ウィーンフィルのヤンソンス追悼のツィッター。
2006、2012、2016年と3回のニューイヤーコンサートの指揮でした。

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こちらは、ベルリンフィルの追悼ツイッター。

カラヤンコンクールに入賞したヤンソンスにとっては、ベルリンフィルは格別の存在であったでしょう。
そんなに録音は多くは残しませんでしたが、定期演奏会の常連で、アバドのあとにも最有力候補としてノミネートされたり、演奏旅行に同伴したりと、ずっと蜜月な関係を保ちました。
日本にも、2006年にアバドとともにやってきましたが、わたくしは、アバドのトリスタンに全資力を投入してしまったので聴くことはありませんでした。

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  ベルリオーズ  幻想交響曲

 マリス・ヤンソンス指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

         (2001.5 @イスタンブール)

ベルリンフィルが毎年5月の行うヨーロッパコンサートから、トルコのイスタンブールの雰囲気あふれる教会でのライブ。
汗をかきつつ、夢中の指揮ぶりで視聴するヤンソンス得意の「幻想交響曲」。
いろんなオーケストラとずっと取り上げ続けた「幻想」。
バイエルンとのライブ録音と並んで、このベルリンフィル盤は、ベルリオーズの熱狂と抒情を見事に表出しつくした名演です。

ヤンソンス追悼、次はアメリカへ飛びます。

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2019年12月 8日 (日)

ヤンソンスを偲んで ②オスロ

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ヤンソンスを偲ぶシリーズ②

レニングラードを拠点としつつ、1979年にノルウェーのオスロ・フィルの音楽監督に就任。
メジャーでない、ある意味ではローカルなオーケストラの指揮者になって、やりたいことをやる、そしてオケとともに育っていく。

自国や北欧系の指揮者が歴代指揮者で、調べたらブロムシュテットやカムのそのなかにあった。
そんななかでのバルト国系からのヤンソンス。

客演して、すぐさまに人気を博し、マーラーやチャイコフスキーなどに挑戦し、オーケストラとの絆を急速に深めていったようです。

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シャンドスレーベルにオーケストラとともに売り込みをかけ、それが、シャンドスでのチャイコフスー全集につながりました。
個別に全曲をそろえましたが、後期のものより、前半の3つのほうがいい。
なかでも、1番は、さわやかかつ、瑞々しい歌心と、ほどよい爆発力もあって、若さあふれる爽快な快演です。
ティルソン・トーマスと並んで、大好きな「冬の日の幻想」です。

  チャイコフスキー 交響曲第6番 「悲愴」

 マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

           (1984.1.26,27 オスロ)

でも、今回は、追悼の意味合いで「悲愴」を聴きました。
「悲愴」は、後年もずっと指揮をし続けた得意の曲目で、わたくしも、コンセルトヘボウとの来日で2004年に聴いておりますし、バイエルンとの再録音もCDで聞いてます。
40歳のオスロのヤンソンスと、60歳を過ぎたコンセルトヘボウやバイエルンでのヤンソンスの「悲愴」。
後者はずっと彫りが深くなり、痛切さも増した、スタンダードともなりうる「悲愴」ですが、オスロ盤はもっとさらりとした印象で、「悲愴」というタイトルを意識させることのないシンフォニックなスマートな演奏に思います。
43分の快速でもあり、入念に演奏されると辟易してしまう「悲愴」のような名曲のなかでは、私には、少しばかり青臭さの残った「哀しみ」の表出が妙に好ましく感じる好演です。
オケにも北欧オケならではの、澄んだ響きと、少々の野暮ったさがまだあるのもいい感じです。

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   レスピーギ  ローマ三部作

 マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

          (1989,1 1995,1 @オスロ)

ヤンソンス&オスロフィルの新たなコンビは、次はEMIというメジャーレーベルとの専属契約にも成功し、次々と新録音を繰り出すようになりました。
ヤンソンスにとっても、オスロフィルのポストは、コンサート指揮者としてレパートリーの拡充に大いに役立つものだったし、メジャーオケでは挑戦できないこともできたわけですが、そこにレコーディングで世界に発信できるステージをえたことは、ほんとうに大きいことだったと思う。

録音映えするオーケストラ作品の数々を次々に残したこのコンビのCDのなかで、一番好きな1枚が、ローマ三部作です。
オスロフィルが一流オケにも引けをとらない名技性を発揮し、レスピーギの音楽の面白さを素直に引き出したヤンソンスのストレートな指揮も的確であります。
 このコンビのEMI録音、結構そろえて聴きました。
ハルサイ、ドヴォルザーク、シベリウス、展覧会、サン・サーンス、オネゲル、ワーグナーなど、たくさん。
なかでは、ヤンソンスの得意技ともいえるアンコール・ピース集は、ノリノリのこのコンビを象徴する1枚かもです。

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  マーラー 交響曲第9番

 マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

         (2000.12.13 @オスロ)

レニングラードではやれなかったこと、マーラーをヤンソンスはオスロでは存分に指揮することができた。
全作のサイクル演奏をしたし、録音もいくつか残しました。
シャンドスに2番、シマックスに1、7、9番、そして3番も登場するようです。
何故、EMIがこのコンビのマーラーを録音しなかったのか。
晩年のテンシュテットと被ったのも、その要因のひとつかもしれませんし、いまほどの多用化したマーラー演奏の需要にマーケティングが追い付かなかったのかもしれません。

それほどに思うほど、ヤンソンス&オスロのマーラーは、のちのコンセルトヘボウやバイエルンとのマーラーと違う、直球の勝負ぶりがあって面白いのです。
指揮者とオペラ歌手の2世として生まれたマリス・ヤンソンス。
非ロシアでありながら、ガチガチの共産体制のなかで育まれた少年期の音楽体験。
でも、モスクワからは遠いレニングラードは、西側の風も吹きやすく、いろんな風も受けたであろうし、父の指揮者としての姿も、そして引き上げてくれたムラヴィンスキーの指揮も成長とともに、多面的に見ていたことでしょう。

そんな恵まれた環境と裏腹の多面的な環境が、マリスのマーラーへの想いを育んでいったものと思います。

歴代指揮者陣を見るに、そんなにマーラーをやってなかったと想像しますが、もしかしたらマーラーに慣れていなかったオスロフィルは、自分のマーラー像を新鮮に反映させるオーケストラとして最良の存在だったかもしれません。
 こうして出来上がった「9番」は、彼岸の第9ではなく、9番目のマーラーの作品として聴いてみて受け止められます。
オケの精度にはまったく問題なし。
シャンドスのいい意味のひなびたチャイコフスキーの頃とは大違いに、主体性をもってヤンソンスの指揮に応える力強さと強靭なアンサンブルがあります。
2楽章と3楽章が、ヤンソンスがテンポを揺らしながら、効果的な雰囲気をだしつつ、いままで聴いたことないような場面も聴こえて面白いです。
この作品の神髄たる両端楽章の緻密さや深みは、後年のものにはかないません。
でも、ヤンソンスとオスロの共同関係が感じたままのマーラーの第9は、とても新鮮で、淡々と切り込む音楽への埋没ぶりがとても気持ちがよくって、こんなマーラーの第9も日常に聴けるリファレンスとして大いに賛同できるものでした。

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オスロフィルでは、ファンの声を募集中です。

ヤンソンスの思い出が書き込めるそうです。

そう、ヤンソンスとともにあった自負では、オスロは負けてはいません。

マーラーの音源の続々の復刻を望みます。

オスロフィルは、ヤンソンスのあと、プレヴィン、サラステときて、いまはヴァシリー・ペトレンコ。
好調ペトレンコのあとは、フィンランド系のクラウス・マケラで、彼は来春4月に都響客演予定で、シベリスとショスタコーヴィチ。
パヌラ門下の、逸材で23歳。
勢いの増す、指揮者の世代交代のなかにあっても、もっとも若い部類を指名したオスロフィル。
ヤンソンスとのコンビのような、麗しい関係を長く築けることを祈ります。

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2019年12月 5日 (木)

ヤンソンスを偲んで ①レニングラード

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マリス・ヤンソンス(1943~2019)の逝去を悼んで、同氏の音源を聴きつつ、その歩みを偲びます。

現在のラトヴィアのリガ生まれのマリス・ヤンソンスは、その父が、親日家だったアルヴィド・ヤンソンス。
母はユダヤの出自のオペラ歌手で、ラトヴィアの地政上、母の親族は、ナチスからもその親族が追われるという境遇であったという。

マリス・ヤンソンスの音盤からのみ判断すると、映像以外のオペラ録音が大きく欠落している印象を受けるが、ヤンソンスは母の舞台やオペラの現場を幼少より体験しており、その音楽や舞台が自身に血肉化していると自ら語ってます。

心臓の病に早くから罹患したことから、オペラの指揮もなかなか厳しかったかもしれないし、コンサートオーケストラからのオファーがひきも切らなかったので、ハウスの指揮者としての時間が取れなかったのかもしれません。
 タラレバですが、キーロフかドイツのどこかのオペラハウスが、若い頃のヤンソンスを射止めていたら、ヤンソンスの活動領域はまた違ったものになっていたかもしれません。
コンセルトヘボウ時代、そのシチュエーションに恵まれ、オペラ指揮にも心血を注いだのも、ヤンソンスのオペラ指揮者の姿のあらわれだと思います。

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 二世指揮者ヤンソンスは、父に伴われてのレニングラードでの勉学と、ウィーン留学。
スワロフスキー門下でもありますが、指揮者と活動の原点はカラヤン・コンクールでの入賞。
そこから、父のいたレニングラードフィルへのデビューとつながり、当時のムラヴィンスキーとの出会いにもつながります。
 ソ連時代のレニングラードフィルの最盛期に、ムラヴィンスキーの元で副指揮者となり、70年代以降、テミルカーノフ時代の90年代後半まで、ずっとこのオーケストラを指揮し続けました。

レニングラードフィル=サンクトペテルブルクフィルとの正規録音は、そう多くはなくて、そのなかでも一番の演奏は、ショスタコーヴィチの7番です。

  ショスタコーヴィチ 交響曲第7番「レニングラード」

   マリス・ヤンソンス指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

             (1988.4 @レニングラード)

まだ、ソビエト連邦崩壊前にEMIが乗り込んでの録音。
シャンドスにもレニングラード時代の録音はありますが、それは未聴。
のちに、コンセルトヘボウ、バイエルンでも再録してますが、おとなな演奏の後のものにくらべ、血管が浮き出たような熱くて、濃密な感じで、随所に聴かせどころを設けて、聴き手を飽きさせない巧さも感じます。
でも、全体の構成がしっかりしていて、最後には堂々たるフィナーレを迎えます。
カラヤンがこの作品を指揮したら、かくや、とも思わせるじょうずな演奏でもあります。

この録音の2年前。
1986年に、ヤンソンスは、本来同行者であった来日公演で、急病で来日が出来なかったムラヴィンスキーに替わって、すべてのプログラムを日本で指揮しました。
ちなみに、急遽、あの幻指揮者のガヒッゼも呼ばれて少し分担しました。
 このときの演奏会がNHKで放送され、このエアチェックテープを最良の状態で、自己音源化してます。

  ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

  チャイコフスキー  交響曲第4番

   マリス・ヤンソンス指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

            (1986.10.16 @サントリーホール)

自分のヤンソンス体験は、この放送録音が原点でありまして、演目は、ショスタコーヴィチの5番とチャイコフスキーの4番という、ヘヴィーな2曲で、当時、90分のカセットテープに、片面に1曲ずつ収まる快演でした。
文字通り、血わき、肉躍る、躍動感と力感、生命力にあふれる演奏で、あの完璧なレニングラードフィルも、あたふたとするくらいに、ひっくり返っているか所も見受けられます。
チャイコ4番など、もう、もう、すさまじいばかりの猛進ぶりで、そこではさすがの鉄壁のレニングラード魂が発揮され、恐ろしいアッチェランドと段階を完璧にふんだ幾重もあるフォルテの威力に圧倒されます。
 ヤンソンスのオーケストラドライブの見事さと、統率力の確かさを、このライブに感じ、マリスの名前がわたくしの脳裏に刻まれることとなりました!

レニングラードフィルとは、1977年にムラヴィンスキーとともにやってきたのが初来日。
このときのNHKホールでのムラヴィンスキーを、学生時代に聴いております。→過去記事
もしかしたら、若きヤンソンスもその会場にいたかもしれません。

その後も、都合、5回、レニングラードフィルとサンクトペテルブルクフィルとで来日しております。

ちなみに、ムラヴィンスキーは、何度も来る、来るいいながらやってこなかった巨人で、そのたびに、父アルヴィドが代わって来日しており、その父も東京交響楽団にも何度もやってきて、親日ヤンソンス家ができあがりました。
父アルヴィドは、NHKテレビで何度も見てまして、指揮棒を持たない自在ぶりと、汗だくの夢中の指揮姿をいまでも覚えてます。

ムラヴィンスキーは、自由度の高いテミルカーノフよりも、マリスの直截かつ完璧な楽譜の再現という意味での指揮の方を評価していたといいます。
情熱的な、ちょっと爆演系の若きマリス・ヤンソンスが、それに加え、知情意、バランス感覚の優れた名指揮者になることを、ムラヴィンスキーは見越していたのだと思います。

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 ヤンソンスと、ソ連崩壊後のサンクトペテルブルクフィルは、EMIにラフマニノフの交響曲とピアノ協奏曲全集を録音しました。

これは、実にビューティフルな演奏で、でもロシアのオーケストラがここで必要なのか?と思うような、洗練されたスマートな演奏に、ロシアの憂愁や歌を求めた自分には、ちょっと違うと思わせるものでした。
EMIの録音の角の取れすぎたのっぺりした響きにも、その不満はあります。
ほかのレーベルだったら・・・という思いがあります。

ヤンソンスのラフマニノフは、ほかのオーケストラとのものがよく、違う記事で取り上げましょう。

 サンクトペテルブルクフィルは、ヤンソンスを悼んで、今日10月5日に偲ぶ会を催したようです。

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       (サンクトペツルスブルクでの追悼会 BR放送より拝借)

最後のサンクトペテルブルクフィルへの客演は、今年2019年2月。

そのときの画像を、同フィルのHPから拝借いたしました。
サンクトペテルブルクフィルは、テミルカーノフを統領に、いま、デュトワを客演指揮者に指名し、ロシアとヨーロッパの結合点としての存在をヤンソンス親子以来の伝統としつつあるようです。

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ヤンソンス、次はオスロへ。

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2019年12月 2日 (月)

マリス・ヤンソンス

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マリス・ヤンソンスが、亡くなりました・・・・・

1943~2019

76歳という、指揮者としては、早すぎる死。

もう何年も前から、心臓を患っていて、11月30日、サンクトペテルブルクの自宅での死は、心不全とのこと。
手兵バイエルン放送交響楽団とのツアーやコンサートでも、最近までキャンセルが相次いでいて、正直、心配しておりました。

好きな指揮者のひとりとして、多くの実演にも接し、身近な存在だっただけに、悲しみは大きいです。

氏の業績を偲んで、多くの音源を聴きつつ、記事を残しつつ、しばらく過ごしたいと思います。

クリスマス仕様に変えたばかりですが、秋モードに、また戻します。

ヤンソンスの魂が安からでありますこと、心よりお祈り申し上げます。

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2019年12月 1日 (日)

ブリテン 聖ニコラス ブリテン指揮

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国内も、国外も、身の回りの狭い社会にも、いろんなことが日々、ハイスピードで起きてることを感じてしまうのは、SNSなど、ネット社会の行きつきつつある、ひとつの現象だろうし、これからも、ますます加速する流れだと思います。

四季のメリハリもなくなりつつあるなか、必ずやってくる私の大好きなクリスマスシーズン。

有楽町駅前の、毎年おなじみの交通会館のイルミネーションです。
ほどよく華美でありながら、銀座の入り口のひとつでもあるので、その落ち着きが美しい。

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  ブリテン 聖ニコラス

   T:ピーター・ピアーズ

   BS:デイヴィット・ヘミングス

 ベンジャミン・ブリテン指揮 オールドバラ祝祭管弦楽団・合唱団 ほか

         (1955.4.14 @オールドバラ 教区教会)

「聖ニコラス」、すなわち、サンタクロースの起源として知られるギリシア人司教「ミラのニクラウス」のことであります。
正教会と西側西方教会とで、その伝説の中身が違ったりもしますが、基本は、弱気ものを密かに助けるという聖人の姿。
貧しいものや、罪を着せられたものに、施しを授ける伝承から生まれたサンタクロース伝は、あまねく世界にプレゼントを配る、おおらかなあのお姿に昇華され、さらには商業的なキャラクターにもなって、愛されキャラとして確立したものと思います。

戦後、1948年、ブリテンは、サセックスのランシングカレッジ100周年記念のために、この聖ニクラウス伝説をもとにした平易なカンタータを作曲。
いつものように、ピーター・ピアーズを前提としたテノール独唱に、合唱、少年合唱、弦楽合奏、オルガン、ピアノ、打楽器といった、ブリテンならではの編成。
このピアーズのソロ、弦楽合奏と打楽器以外は、アマチュア音楽家を想定しているというところもまた、ブリテンらしいところです。
オペラでも、こうした楽器編成を取ってますが、ブリテン独特のミステリアスでクールな響き、でも暖かい音楽といった二律背反的な音楽がここにもあります。
全編、50分を要する意外な大作。

9つの部分からなりますが、概要は次のとおり。

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①イントロダクション
 いまを生きる人々よりの、ニコラスへの呼びかけ。
 ニコラスの話をしよう。

②ニコラスの誕生
 ニコラスは母親のお腹のなかから叫んだ、「God be glorified!」
 明るく、ホッピングするような曲。
 ブリテンが、その叫ぶ声に選んだのは、少年合唱のなかの最少年者で、その拙さがまたピュアに聴こえます

③ニコラスの神への献身
 成長したニコラスは、テノールソロによって歌われ、
 そのテノールと弦楽だけの③
 かなりシリアスなムードにおおわれる。
 両親が亡くなり、家に一人、そして広い世界と人間の過ちを知る。
 神への奉仕の人生を歩む。

④パレスチナ(エルサレム)への旅へ
 ニコラスの航海が描かれるが、男声による船員。
 かれらは、聖人に敬意を払わない
 その報いとして海は大荒れ、船員は絶望に
 嵐は、少女たちの声が代弁、なかなかに荒涼たるサウンドが展開。
 しかし、ニコラスは祈りで船員たちを落ち着かせ、そして神に向かって祈り、静かに終わる

⑤ニコラスはマイラへ、そして司教に
 マイラ(ミラ、現トルコ内)に到着したニコラスは、その地で司教に選出。
 ニコラスは、神の前に誓い、そして讃美歌に包まれる。

 Old Hundred=詩編第100編からの讃美歌が全員で歌われ、きわめて感動的。

 「世に住むすべての人々は、明るい声で主に歌いましょう
  彼は喜んで使える、その称賛は語り継がれる
  あなた方は、彼の前に来て喜びなさい・・」

⑥獄舎からのニコラス
 ローマの支配下となり8年。相次ぐ迫害。
 獄舎でのパンの施しの孤独な秘蹟を行いつつも、この現状を憂うニコラス。
  罪なき市民の処刑を助けた伝説からの場面。
 ここでは、③のようにニコラスのテノールと弦による少し切迫した音楽。

⑦ニコラスと漬物少年(ピックルスボーイ)
 凍てつく冬、旅行者たちが空腹のため食事をとろうとする。
 ニコラスにも勧める。
 しかし、ニコラスはそれを制止し、行方不明の3人の名前を呼びかける。
 すると肉屋に殺された少年たちが蘇り、ハレルヤを歌いだす。
  これもニコラス伝説のひとつ。
 子供たちの守護聖人であること、サンタクロース伝説であります。
 ここでは行進曲調の音楽と、子供たちを憂う母の女声合唱、そしてニコラスの祈り。
 そして、子供たちの純真な「アレルヤ」がオルガンを伴って広がり、
 最後は、明るい行進調で曲を閉める。

⑧敬意と素晴らしき業績
 40年に及ぶ、ニコラスの慈悲、善意、慈善の行い、優しさなどを、いくつものエピソードで短く回顧。
 ト長調の平和なムードの音楽で、ピアノのアルペッジョと弦の優しい背景のなか、合唱と少年少女たちが掛け合いのようにニコラスを称えい合います。

⑨ニコラスの死
 死を前にしたニコラスは、畏れと歓喜とともに、天で待つ神への愛に熱くなり、そして受け入れます。
 テノールの絶叫のようなソロで始まり、合唱も伴い熱いソロです。
  そして、それが鎮まると、オルガンが静かに序奏し、そこから超感動的な讃美歌が始まる。

  「神は神秘的な方法で動く 実践するその不思議
   彼は彼の足跡を海に植え そして嵐に乗る。・・・・ 」

 こちらは、⑤の讃美歌Oldと違って、New Londonとして編されてます。
 暗闇から輝く光、これを讃えたもの。

 この堪えようもない、感動をどう捉えようか。
 ブリテンの作品、彼のオペラにも通じる、エンディングのマジックです。
 聴衆には、この讃美歌をご一緒に、という一言もあります。
 荘厳に鳴り響くオルガン、輝くシンバル、とどろくティンパニを伴った心浮き立つ讃美歌。

このように、シンプルながら見事に構成された作品で、聴くほどに味わいがあります。
無垢の子供たち、気の毒な人々を愛した博愛のブリテンならではの、素材選びだし、それにつけられた音楽も素晴らしいものとなりました。

取り上げたCD盤は、モノラルなので、教会的な空間の広がりはここに求めることはできませんが、デッカならではの鮮明でリアルな録音で、曲の良さは十分に堪能できる。
なによりも、特徴的なピアーズののめり込んだような歌唱がいい。
そして、作曲者の直伝の指揮は、この曲のモニュメンタルな存在として、今後の指標にもずっとなるものでしょう。

ほかにもいくつか録音はありますが、まだそれらは聴いてません。
あとよかったのは、今年BBCのネットで録音した、クレオバリーのキングスカレッジ勇退のライブ。
ケンブリジのキングズ・カレッジ教会の響きが心地よく、実の神々しい感じでステキな演奏だった。

Yuurakuchou-2

今年のクリスマスシーズンは、天皇陛下のご即位や、新元号のスタートなどがありながらも、多かった災害なども身近に感じたりして、どうもきらびやかさは控えめのように感じます。
特に、千葉県民だから、そう思うのか、県内の商業施設など少し抑制ぎみ。

静かに過ごしたい12月ですが、きっと慌ただしくなるのでしょうねぇ・・・・

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2019年11月24日 (日)

タルティーニ ヴァイオリン協奏曲 グッリ&アバド

Harunasan-d

群馬県の榛名湖、そして水面の向こうは榛名山。

11月の初めですが、紅葉はもう終盤。

火山でもある榛名山のカルデラ湖で、真冬には凍結し、ワカサギ釣りも楽しめます。
そして、晩秋先取りで、寒かった。

Tartini-abbado

  タルティーニ ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 D15
         ヴァイオリン協奏曲 ヘ長調 D64
         合奏協奏曲 イ短調  D115

     Vn:フランコ・グッリ

  クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・アンジェリクム管弦楽団

                (1962 ミラノ)

アバド、29歳の録音。

ミラノの名門音楽一家に生まれ、ミラノ・ヴェルディ音楽院ピアノ科を卒業したアバドは、ピアニストとしてスタート。
指揮者への道の情熱も止めがたく、シエナ、ウィーンで名教授スワロフスキーなどに学び、朋友メータとともに、ワルターやカラヤンのリハーサルなどに立ち会い(忍び込み・・)などの経験を積んだエピソードは有名だし、先ごろ、元気に来日したメータも、懐かしくもおかしげに語っています。

59年に、トリエステで指揮者デビューをしてから、イタリア各地やウィーンで活動を始め、今回の協奏曲の伴奏としてのレコーディングは、まさにデビュー3年後のもので、おそらくこれが指揮者としての初録音かもしれません。

ピアニストとしての録音はすでにいくつかあって、下段に過去記事をリンクしました。

この録音の翌年、1963年、アバドは、ニューヨークで、ミトロプーロス指揮者コンクールを征し、世界へと羽ばたいてきくことととなります。

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1926年、トリエステ生まれのヴァイオリニスト、フランコ・グッリは、録音があまり多くなく、しかもメジャーレーベルとは縁がなかったので、あまり知られていないアーティストだが、70年代からアメリカにわたり、そこで名教授として活動し、日本のヴァイオリニストでもグッリの教鞭を受けた方が多いといいます。
2001年に亡くなってますが、写真で見ると、とてもイケメンで、ヴァイオリニスト加藤洋子さんのブログを拝見すると、チャーミングでおしゃれな方だったようで、氏の人柄が偲ばれます。→Franco Gulli先生

グッリの音源は、恥ずかしながら、今回のタルティーニの協奏曲1枚のみですが、そのお名前は、1971年頃から知るところとなってました。

Gulli-1Gulli-2

会員制のレコード頒布組織、コンサートホールソサエティーの中学生ながらの会員だったので、そこで販売されたモーツァルトの協奏曲の新譜が、その素敵なジャケットとともに気にはなりつつも、当時はお小遣いが回らず、購入できなかったものでした。
しかも、共演の指揮者が、当時おそらくデビューしたての、アルミン・ジョルダンで、オケはローザンヌ室内管とジュネーヴ・アンジェリクム合奏団でした。
グッリは、にちに再録音してますが、このスイス録音は、是非復刻して欲しいものです。

さて、「悪魔のトリル」しか知らない、でもヴァイオリンに徹した作曲家のイメージのジュゼッペ・タルティーニ(1692~1770)。
消失したものも含めて、ヴァイオリン協奏曲を200曲、ソナタを200曲以上も作曲しているが、イタリアバロックのほかの巨匠、ヴィヴァルディやコレルリと比べると、かなり日陰な存在です。
CDでは、29枚に及ぶヴァイオリン協奏曲全集というとてつもないものが出てますが、わたくしのようなものには、グッリ&アバド盤が1枚あればいいや、と思ってしまいます・・・
 平尾行蔵さんのCD解説によれば、タルティーニには、その作風から3つの創作時期があるといい、その3つの時期からそれぞれ1曲づつ選曲されたのがこのCDだということです。
「対位法的な作法」「装飾された抒情旋律による作法」「和声とディナーミクを重視した作法」の3期。

「バロックを越えたロマン主義の先取り」ともされたタルティーニの音楽。
グッリの明るく、かつ柔和なヴァイオリンの音色、そして確かな技巧に裏打ちされた明確・明快さが、もう60年近く前の録音にもかかわらず、いまでも鮮度は落ちてませんし、聴いていて、とても気分爽快になります。
オーケストラもそうですが、いまや古楽器やその奏法に慣れた耳からすると、実に豊かな歌にあふれてます!
このおおらかな響き、たおやかなムードは、アナログの世界そのもので、今のデジタルでヴィヴィッドな古楽演奏からは残念ながら聴くことができません。

 そして、タルティーニの音楽の抒情的な美しさはどうだろう。
2つ目の協奏曲の緩徐楽章なんて、哀しいほどのグッリの美音に包まれて、陶然としてしまいます。
アバドの指揮も、弱音で歌う、まさに後年のアバドの真骨頂をここに早くも聴く思いがします。
 曲はいずれも、アバドの兄、ミケランジェロと、2曲目では特に、クラウディオの校訂が入っていることろにも注目です。
のちに、ペルゴレージに傾倒してゆく若きアバドのバロック音楽の演奏。
精緻さと歌のバランス感覚のよさは、さすがのものですし、生真面目なところもアバドらしいくて、もっとハジけてもいいかもと思ったりも。
でも、グッリの上品な明るいヴァイオリンには、ぴったりかも。

レコード時代は、70年代にトリオレコードから出たものですが、90年代にCD復刻された音盤を購入したものです。
録音年代を考えれば立派なステレオ録音で、艶のあるヴァイオリンサウンドを楽しめます。
最近、ワーナーより、アーリー・レコーディングスとして再発されましたが、そちらの音質はどうだろう、気になります。
このような、若きアバドの音源の発掘とともに、膨大なライブ音源、そしてなんといっても、ベルリンフィルとの、あの「トリスタン」をなんとか音源化して欲しいものだ。

アバド若き日の録音 過去記事

 「イタリア・バロック名作集 アバド親子」

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晩秋色に染まる榛名山と逆さ榛名山。

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ヨーロピアンな榛名湖の対岸。

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2019年11月19日 (火)

東京交響楽団定期演奏会 ノット指揮

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東京交響楽団の定期演奏会を、本拠地のミューザ川崎で聴く。

ベルクとマーラー、わたしにとっても、指揮者ジョナサン・ノットにとっても欠かすことのできないレパートリー。

聴くという受容側の自分が、レパートリーなどと、偉そうなことを言いますが、ずっとその界隈の音楽を聴き続けてきた。
いまや、それらが世界の音楽シーンで受け入れられ、人気の音楽たちとなった。

9月頃から、このブログも、最近では珍しいコンサート通いも含めて、つとめて意識して、この分野・この時代の音楽を取り上げてきたことにお気づきでしょうか・・・・

R・シュトラウス、コルンゴルト、シェーンベルク、ツェムリンスキー、ウェーベルン、ベルク、マーラー、クリムト(シューベルト)、これらが、自分のブログによく並んだものだと、われながら思います。
こうした曲目を演奏会でも選択できる東京という音楽都市もすごいものだと思います。

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  ベルク   管弦楽のための3つの小品

  マーラー  交響曲第7番 ホ短調

   ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団

       (2019.11.17 @ミューザ川崎シンフォニーホール)

①ベルクの唯一といっていいオーケストラ作品。
マーラーの交響曲に感化され、同じような規模の大作品を書こうと目論んだが、師のシェーンベルクから、それはベルクの本分ではないと諭され、大規模さを受け継ぎながらも「性格的小品」を作曲することとなった。
それがこの作品で、実演で聴くのは、これが初めてでありました。
音源では、これまで、アバドとロンドン響のレコードをずっと聴いてきて、CDでもアバドとウィーンフィル、ブーレーズ、デイヴィスなどをずっと聴いてきたけれど、やはりライブで、大オーケストラを眼前にして聴くと、各奏者がどんなことをしているか、指揮者はどんなふうに振り分けているのか、などなど、きょろきょろしながらも、この複雑な作品を少しでも紐解く術となったような気がします。
「前奏曲」「輪舞Reigen」「行進曲」の3つの小品のなかに、それぞれA-B-Aという対称構造があって、それがなんとなくわかったような、これもまた、気がします。
でも「行進曲」は、つかみどころがなく、音の咆哮がどこに向かうのかわからなくなって、焦燥感を抱いたりもした。
この対称構造は、ベルクのいつも追い求めたもので、「ヴォツェック」などは、完全にそれに一致する緻密な作品だ。
その「ヴォツェック」の響きも、「ルル」もヴァイオリン協奏曲も、この作品のどこかしこに、潜んでいるような気もしながら聴いた。
 ノットのよく整理された指揮ぶりは、熱いながらも、とても緻密で、東響も、このベルクの音楽によく食らいつき、青白くも、宿命的なベルクサウンドをよく響かせていたと思う。
ミューザ川崎は、こんな作品の響きがとてもよく似合うと思う。

②前半からヘヴィーな20分。
後半も、超大編成の80分。
この合計100分を、われわれ聴衆は、まんじりともせず、集中力を途切らすことなく聴きとおしたのだ。
それだけ、音楽に没頭させる、夢中にさせてしまう、そんな感度と鮮度の極めて高い、とりわけ後半のマーラーだったのだ。
 わたくしのお隣にいらっしゃった、かなり年配のご夫妻は、きっと7番なんて初めてかもしれない、でも、ずっと真剣に聴いていたし、終わったあとも、スゴイ、いいよ、すごいよ、をご夫婦で連発されてました。
きっとホールにいらした方の、ほとんどの印象かもしれません。

ともかく、このマーラーの万華鏡のような、めくるめく変転する「7番」という交響曲を、まさに百花繚乱のごとく演奏したのが、この日の「ノット&東響」なのだ。
明るくよく響き渡るテナーホルンを吹かれた方、その艶のある音色は、この日の演奏の成功を半分約束されたようにも感じてしまいました。
そして、曲はだんだん加速するのだが、そこでノットは、テンポを落として、徐々に加速するスタイルをとったのにはちょっと驚き。
それ以外は、インテンポで、要所・各処をビシバシと決めていく、キレ味のいいマーラーとなりました。
ノットの気合に満ちた指揮ぶりを、斜め正面から見る席だったので、その「圧」の強さに、演奏してない自分までもが引き込まれて、長い1楽章からもう気圧されたようになってしまい、その楽章の終了時には、思い切り息と肩をついて、ふぅ~っとなりました。

最初の夜曲、第2楽章では、ホルンの見事さ、そして東響の各奏者の冴え、それと弦楽のユニゾンの楽しさなどを満喫。
ノットさんも、楽しそうに振ってましたね。
鐘はどこに? 録音かと思ったけど、最上階だったらしい・・・

「影」のように、す、すッーと滑りこむような第3楽章。
CDなどで聴いてると、その中間部も含めて、とらえどころがなく、もやもやしてますが、ここもやはりライブの楽しさ。
各楽器が、あんなことやってる、こんなことやってる、と観察しながら聴くのもいい。
5つの楽章の真ん中の折り返し。
前後に夜曲にはさまれ、これも思えば、シンメトリーな構造。
ベルクの作品を並べた、その対比の意図も、ここにあるのかもしれません、なんて思いながら聴いていた。

大好きな4楽章の夜曲、奇怪な夜の森の楽章のあと、最後の歓喜の前の、ひとときの「なごみの夜の音楽」。
わたくしは、若い頃、日曜の夜のアンニュイな気分を沈めるために、寝る前に、ウィスキーをくゆらしながら、この楽章だけをよく聴いたものです。
そのときの演奏は、バーンスタイン旧盤か、アバド・シカゴ盤でありました。
 そんな懐かしき若き思い出に浸りながら聴いた、ノット&東響のこの楽章には、ノスタルジーとともに、ちょっと不安の淵なども垣間見せるような、深みのある演奏となりました。
自分的には、この楽章が一番いい出来栄えかとも思いましたね。

そして、なんでこんなに歓喜の爆発になっちゃうんだろ的な、パロディも交えた、とどまることをしらない終楽章の明るさ。
6番のあとに、そして8番の前に、こんなむちゃくちゃな7番を書いたマーラーという作曲家の不思議さと、泣いたカラスがもう笑った的な、なんでもありのマーラーの心象に、切り込むような、バラエティあふれる演奏なんじゃないかと、この終楽章を聴きながら思った。
でも、そんなことはどうでもいい、というくらいに、最後のコーダでは、これでもかというくらいの盛り上がりに、もうドキドキが止まらない!
ノットの、掛け声ともとれる声も聴こえ、曲は大エンディングとなりました。

そのときの、われわれ聴衆の、大爆発たるや、こんなの久しぶりでした。
わたくしも、ブラボー一発かませましたぜ!
ノットさんのお顔も上気して、にこやかに会心の出来ばえとみて取れましたし、東響の皆さんの疲れと満足感の入り混じったお顔もそれぞれ印象的でした。
最後は、ひとり、ノットさんがコールに応えて出てきて、ここでもブラボーの嵐でした。

いやぁ~、ひとこと、「楽しかった~」

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川崎駅チカのツリー。

めくるめくマーラーサウンドを堪能したあとのツリー。

ドイツの黒い森、暗い夜、自然のあらゆる営みとささやき、人間の醜さと愛、なにもかもが詰まったようなマーラーの7番を、そのあるがままに、展開して見せてくれたのが、この日の「ノットの夜の歌」だったかもしれない。
そこに、何を聴くか、何を求めるかは、わたしたち聴き手次第。

前夜もサントリーホールで演奏しているが、そのときとも、また違う演奏だったと言っている方もおりました。
そして、東響の会員である知人の話では、2公演あると、そのいずれも違う、というノットのいつもやり方のようです。
楽員も命がけだし、ノットも常に、考え、探求し続けている。
日本のオーケストラシーンのなかでも、もっとも先端をゆく名コンビになりつつあるようだ。

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2019年11月12日 (火)

バックス 伝説 コレッティ(ヴィオラ)

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2019年11月9日の晩、翌日に、ご即位の奉祝パレードを控えた東京タワーも、記念のライトアップ。

自分と同期生の東京タワーも、ご覧のように美しく輝き、東にスカイツリーができても、まだまだ東京の顔として現役。
この日も、世界各国の方々も多くいらっしゃいました。

天皇陛下とは1歳違い、皇太子さまの時代より、ずっと親しく感じていたお方です。
昭和天皇は遠くの存在、平成天皇は父のような存在、そしてご即位された令和の時代の新天皇は、より親しみを持てる身近な存在。

陛下は、オックスフォード大学ご修学のご経歴と、そして自らヴィオラを弾かれます。

本日は、英国のヴィオラ作品を聴いて、あらためまして御奉祝の祝意を捧げたいと存じます。

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  アーノルド・バックス Legend ~伝説

    ヴィオラ:ポール・コレッティ

    ピアノ :レスリー・ハワード

        (1993.09.23 @ピーターズハム、ロンドン)

こちらのCDは、英国作曲家のヴィオラ室内楽作品を集めたもので、ブリテン、V・ウィリアムス、グレインジャー、ブリッジ、レベッカ・クラーク、そしてバックスの曲が収められてます。

これらの中では、女流のクラークさん(1886~1979)の3楽章形式のソナタという大作もあって、これがなかなかに抒情的かつモダーンな一品なのですが、それはまたいずれの機会に。

本日は、日ごろ、その作風や音色が耳になじんだ作曲家、バックスの10分あまりの幻想的な作品に絞りました。

バックスは大好きな英国作曲家で、もういくつも記事にしてますが、その素敵な、ワンパターンともいえる3楽章形式の7つの交響曲を中心に、オペラ以外に残した多彩なジャンルの作品たちを、愛してやみません。
 ロンドンっ子でありながら、ケルト文化に感化され、その音楽をたどり、収集し、自らの音楽に反映させました。
この「Legend」も、そうした雰囲気が満載の作品で、交響曲でいえば、3番とあのケルト臭満載の4番とのあいだに書かれました。
1928年、バックス45歳の作品です。

ためらいがちなヴィオラの音色に、感覚的なピアノが寄り添い、ミステリアスでありつつも、抒情と幻想の入り混じる、わたくしには、えもい合わぬ、バックス・ワールドを堪能できる佳品です。
それにしても、ヴァイオリンのように、突き抜けたサウンドもなく、チェロのように、人を包み込むような深い音空間を築きあげるでもない。
縁の下の力持ちのような、普段は、言葉少ないヴィオラの音色。
それこそ、多弁でなく、静かな物言いは、どんなに言葉や音を尽くすよりも、人の耳や心に緩やかに入ってきて、安心感をもたらします。

ヴィオラを嗜む天皇陛下の、その人となり、その御声、そのもののような気がいたします。
こんな風ないい方は不遜かもしれませんが、それこそ、国民や日本のことを、いつも祈っておられる皇室の存在が、わたくしたちに与えてくださる、安堵と安寧の安心感なのかもしれません。

ちなみに、ほかの収録曲、クラークのソナタ以外も、V・ウィリアムズ節が堪能できる「ロマンス」、グレインジャーの「サセックスの母のクリスマス・キャロル」など、べらぼうに美しく、そしてハートウォームな曲が聴けて、秋の夜にもぴったりです。

スコットランド出身、メニューイン門下のコレッティの艶のあるヴィオラは気持ちいい音色をふんだんに奏でてます。
彼も、期せずして、天皇陛下と同じ年でした。

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きれいなものは、きれい。
尊いものは、尊い。

それでいいじゃないですか。

2000年も続いた、日本国の皇統と、われわれ日本人の想いは、これからも弥栄にあれと心より思います。

パレードを体感しようと出かけましたが、思いもしなかった手荷物検査の長蛇の列は、一向に進まず長時間並んで終了でした。

上空のヘリコプターと、はるか遠くに見える、観覧できた方々の振る日の丸を眺めつつ、その雰囲気を堪能いたしました。

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2019年11月 9日 (土)

フィラデルフィア管弦楽団演奏会 セガン指揮

Suntry20191104

11月4日、晴天の振り替え休日、午後のサントリーホールのカラヤン広場には、日の丸と星条旗が並んでおりました。

あいにく、というか風もない好天で、旗はなびかず、静かなままでしたが、コンサートはパワフルなアメリカ魂に熱気の渦に包まれました!

Philadelphia

  チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

  マチャヴァリアニ ジョージアの民謡より Doliri

     Vn:リサ・バティアシュヴィリ

  マーラー     交響曲第5番 嬰ハ短調

    ヤニック・ネゼ=セガン指揮 フィラデルフィア管弦楽団

           (2019.11.04 @サントリーホール)

憧れのフィラデルフィア管弦楽団。
70年代、80年代初め、オーマンディとの来日を横目で見ながら、ついぞその実演に接することが出来なかった「フィラデルフィア・サウンド」。
その後のムーティは、当時、あんまし好きじゃなかったし、サヴァリッシュのシュトラウスも聴きそびれ、結局、エッシェンバッハとの2005年の来日でフィラデルフィア管を初めて聴くこととなりました。
その時の演目が、マーラーの第9です。
ほかのプログラムでも、マーラーの第5を演奏していたはずで、憧れのゴージャス・フィラデルフィアは、自分では、マーラー・オーケストラへと転じていたのでした。
 その後の破綻を経て、セガンのもとに復調したフィラデルフィアのマーラー、ほんとうに楽しみでした。
ちなみに、今回のオーケストラ配置は、ストコフスキーの通常配置で、まさにアメリカのオーケストラ、フィラデルフィアの伝統配置。
右から左へと低音楽器から並びます。
そして、私の記録から、2005年のエッシェンバッハとの来日では、対抗配置となっておりました。
このあたりもとても興味深いですね。

あとの楽しみは、初バティアシヴィリ。
予定されていたプロコフィエフの2番から、奏者の希望でチャイコフスキーに変更されましたが、これがまた度肝を抜かれる凄演でした!
最初のひと弾きで、明らかに違う、音色の輝きと音の強さ。
フィラデルフィアを向こうに回して、オケがどんなにフォルテを出しても、その上をゆく、いや、そのオケと溶け込みつつも、しっかりと自分のヴァイオリンの音をホールに響かせる。
それに煽られるようにして、セガンとフィラデルフィアも輝かしいチャイコフスキーを聴かせる。
1楽章の全奏なんて、こんなに聴き古し、聴きなれた旋律に心躍るなんて、自分には考えようもなかったことです。
(ムターとプレヴィンの、チャイコとコルンゴルト、いまだにそのチャイコだけ聴いたことがありません(笑))
そしてフルートソロのべらぼうな美しさといったらなかった。
 しかし、フィラデルフィアの弦は分厚く、そしてうまいもんだ!
繰り返しますが、それにも負けないバティアシヴィリのヴァイオリンって!
ビターな辛口の演奏だった2楽章も素敵だったし、ますますオケとの掛け合いが面白くて、興奮させられた3楽章。
完璧な技巧に、冷静・的確ななかにも、だんだんと熱を帯びてゆくバティアシヴィリ。
ショートカットの御髪を左右に乱しつつの一気呵成のフィナーレは、聴き手を夢中にさせてしまうまったく見事なものでした。
 曲が終わると同時に、サントリーホールは、ブラボーとともに、おーーっ的などよめきに包まれました。
セガンも彼女に、王女様に接するかのように、ひざまずいて最上級の賛辞を送り、会場も笑いとさらなる興奮を呼び起こし、指揮者が団員のなかに腰を据えるなか、エキゾティックなグルジアの民謡を演奏してくれました。
 バティアシヴィリ、大好きになりました♡

マーラーの第5番。
前半もそうですが、後半もオーケストラは多くの団員がステージに乗って、腕鳴らしをしています。
それむ、むちゃくちゃ真剣で、マジで練習してる。
先日のBBC Scottishのオーケストラもそうでした。
とくにアメリカのオーケストラは、各奏者の腕前が高く、ソロがオケのなかで目立つこともしばしばで、まさに個人主義の観念が行き届いていると思いますが、その代わり、プロ意識は極めて高く、いざというときの団結力が強靭なまでの合奏力となってあらわれるんだろうとも思います。
日本のオケや、ドイツのオケなどは、指揮者によって演奏のムラが出たりすることが多いと感じますが、アメリカのオケは、どんな指揮者にも全霊でもって答え、高水準の演奏を達成しますし、まして、有能な指揮者にかかると、とんでもない能力を発揮します。
そのようにして、アメリカのオーケストラは、一定の指揮者と長く続く関係を築くのであろうと思います。

さて、指揮なしで開始した輝かしいトランペットに、雄弁な女性のホルンが大ブラボーを浴びたマーラー。
セガンは、その頂点を3楽章に持ってきて、大きく3部にわかれるこの作品の姿を明快にしたと思います。
1楽章と2楽章は、アタッカで繋ぎ、一気呵成に悲劇的な要素を強調しつつ描きました。
2楽章の大破局のような悲観的なムードの表出では、うなりを上げるフィラ管の弦に圧倒されたし、セガンの隆々たる指揮も極めて大きな動きでもって、オケを煽るようにしてました。
マッチョな体のセガン氏、筋肉もりもりすぎて、燕尾服では背中が破れちゃんじゃないかしら。
良く伸びる素材の衣装をいつも着てるし、あのモリモリの指揮ぶりに、オケのフォルテも無尽蔵なのだ。

一転、平和とのどかさが訪れるスケルツォ楽章。
先のホルンも朗々として素晴らしかったが、ここでは、フィラ管の弦と木管の各ソロたちの妙技に耳を奪われました。
この長大な楽章が、いささかもだれることなく、いわば万華鏡を覗くかのような楽しみとともに聴けたのも、セガンの自在さとオケの自主性とがあってのもの。

ハープを弦セクションの真ん中に置き、フィラ管の弦セクションの美音を堪能したアダージェット。
自分的には、先日のダウスゴーのスリムな抒情の方が好きだったけれど、終盤の第2ヴァイオリンから再現されるメインテーマが、ほかの弦の伴奏を伴いつつ、じわじわと全弦楽による感動的なピークに達するところが、目にも耳にも、素晴らしいご馳走でした。
 終楽章は、ともかく明るい。
アダージェットの副主題が容をかえて、なんども登場する際には、セガンとオケはノリノリで、こちらも気分がはなはだよろしい。
そして最終クライマックスでは、またもや隆々セガンが両腕を大きく広げて大ピークを創出。
で、驚きのアッチェランドで大曲は、瞬く間に終了!

ブラボーの渦で、サントリーホールを聴き手は、アメリカのビッグ5オーケストラの実力をまざまざと見せつけられ、感嘆したのでした。
これでいいのかな?との思いもよぎったし、先日のダウスゴー&BBCSSOの方が美しかったとの思いも捨てきれないが、でもこれはこれでよろしい。
「セガンとフィラデルフィアのマーラー」を聴いたのだから。

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熱気冷めやらぬホールを出ると、外はもう夜空で、そこには相変わらず星条旗が無風で静かに掲げられておりました。

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