2018年5月 4日 (金)

序曲、前奏曲、間奏曲 スカラ座 シャイー指揮

Azumayama

連休前半の吾妻山よりの眺望。

相模湾に、箱根連山、そして富士。
そして被写体には入りきれないけれど、左は真鶴岬に奥は伊豆半島、右は丹沢に大山。

見通しよくて、青空もスッキリ☀

Chailly

   イタリアオペラ 序曲、前奏曲、間奏曲


ヴェルデイ     「一日だけの王様」序曲
ヴェルディ     「十字軍のロンバルディア人」第3幕への前奏曲
カタラーニ     「ラ・ワリー」第3幕への前奏曲
ロッシーニ     「試金石」序曲
ドニゼッティ    「パリのウーゴ伯爵」序曲   
ベルリーニ     「ノルマ」序曲
ジョルダーノ    「シベリア」第2幕への前奏曲
プッチーニ     「蝶々夫人」第2幕 間奏曲
プッチーニ     「エドガー」第4幕への前奏曲
ポンキエッリ    「ラ・ジョコンダ」 時の踊り
レオンカヴァッロ 「道化師」 間奏曲
レオンカヴァッロ 「メディチ家の人々」 前奏曲、第3幕前奏曲
ボイート      「メフィストフェーレ」 プロローグへの前奏曲


    リッカルド・シャイー指揮 スカラ座フィルハーモニー管弦楽団

                (2016.6 @アルチンボルディ劇場、ミラノ)


ミラノ生まれのリッカルド・シャイーが2017年より、スカラ座の音楽監督に就任。
その出自からも、スカラ座のポストに就くことは、いずれ予想はされていたこと。
アバドの元で、スカラ座で修行し、そこから羽ばたいていったシャイー。
そのポストも、いずれも腰掛けでなく、長く留まり、録音もふくめ、一定の成果をあげ、また次のポストに移動するといった優等生的パターン。

1982~89年 ベルリン放送響
1983~93年 ボローニャ歌劇場
1988~04年 ロイヤル・コンセルトヘボウ
1999~05年 ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響
2005~16年 ライプチヒ・ゲヴァントハウス
2005~08年 ライプチヒ歌劇場
2016~     ルツェルン祝祭管
2017~     ミラノ・スカラ座

こんな感じのステッアップぶり。
デビューしたての頃、ベルリン放送響の時代は、イタリア出身の指揮者らしく、歌心も在り、爽快、明快、熱烈かつ緻密といった音楽に、いつもときめきを覚えて、シャイーをかなり聴いたもんだ。
 しかし、コンセルトヘボウの時代から、?と思い出した。
ハイティンクの時代にあった、あのふくよかなRCOサウンドが聴こえなくなった。
ゲヴァントハウスでも、ドイツの古豪のイメージを吹き消してしまった。
知的かつ合理的な音楽解釈は、見事でもありながら、面白みもなかったりする。
いつもセカセカしていて、素通りされてしまうイメージで、その姿がつかみにくい。。
などなどの不満を持つようになって久しい。

そんなシャイーも65歳。
アバドの跡を追うようにして、ルツェルンとスカラ座へ。
ルツェルンとのシュトラウスは聴いたけれど、ちょいと肩透かし。
でもさすがに、音楽の仕上がりのよさは抜群だった。
 そして、スカラ座就任記念の1枚は、イタリア・オペラの名作曲家たちの、ちょっと渋めの序曲・間奏曲集。
そう、こういの、わたくし、大好物なんですよーー

ベルリン放送響とのプッチーニ作品集を、いまもってシャイーの代表盤と思うわたくし、この1枚に、シャイーの並々ならぬスカラ座就任への意欲を感じました。
シャイーは、こういうのが一番いいし、彼のスタイリッシュなスタイルが、大仰にならずに、イタリアオペラの歌心をさらりと表出していて、とても爽やかなんだ。
 いずれのオペラも、スカラ座で演奏された演目ばかりを選曲。
ロッシーニからジョルダーノまで、必ずしも時代順で並んではいないが、19世紀のほぼ100年のイタリアオペラの作曲家のオーケストラ技法の一端を一望にして垣間見ることができる好企画でもあるんだ。
 弾むようなロッシーニに、思いのほかシンフォニックなドニゼッティやベルリーニ。
滴るようなヴァイオリンソロが聴かれるヴェルディのロンバルディア。
なかなかに、おどろおどろしい、そしてかっこいい、ボイート。
抒情的で、思わずキュンとなってしまうステキなプッチーニ。
わーーい、時の踊りに、小躍りしたくなる、スカラ座オケ、うめぇーもんだ!!
ジョルダーノやレオンカヴァッロのオペラは、もっと聴かれていいぞと思わせる、シベリアとメディチ。どちらも全曲盤を持ってます、いま聴き込み中。
そういえば、マスカーニやアルファーノ、モンテメッツィ、チレーアはないのね。

繰り返しますが、シャイーはこういうのが得意。
見知らぬオペラをイタリアものばかりでなく、もっと掘り起こして欲しい。

あと、シャイーのオペラの課題は、モーツァルトに、ワーグナーとシュトラウスでしょうな。
オペラに専念いただき、オケプロは、しばらく卒業ということで。
なんてこと書いたらシャイー・ファンに怒られそうだけど、シャイーのオペラが好きだからなんですよ。
 そう、あとその音楽性は、ティーレマンあたりと真反対かもです。

それから、そうそう、スカラ座は、バレンボイム以外は、ずっとイタリア人指揮者だったから、ムーティ以降12年ぶりのイタリア人音楽監督なんですね。
トスカニーニ18年、デ・サバータ24年、アバド18年、ムーティ19年、いずれも長いです。
シャイーにも長く務めていただき、スカラ座の黄金期をまた作り上げて欲しいと心より思います。


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望遠鏡から富士山頂をパシャリ。

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2018年4月28日 (土)

ヴィヴァルデイ 四季 カラヤン指揮 

Shiba_1

もう、とっくに散ってしまった八重桜。

例年なら、GWまで楽しめることもあるけど、今年はつつじも南関東ではもうおしまい。

東北・南北海道まで北上した桜前線も足早やにすぎた。

3月の観測史史上、一番高かった気温の影響とも。

このようにして、日本の四季が、寒いのと、暑いのとに二分化されつつあるように感じます。

で、カラヤンの「四季」ですよ。

Vivaldi_karajan

  ヴィヴァルディ 協奏曲集 「四季」

      Vn:ミシェル・シュヴァルベ

 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                    (1972.8 @サンモリッツ)

で、カラヤンの「四季」です。

1973年春、「カラヤンの四季」が発売されたとき、わたくしは、アンチ・カラヤンの中学生だった。
強過ぎる巨人に対する反発にも似て、アンチを気取った中坊は、「カラヤンの四季」の登場に、「カラヤンよお前もか!」という思いで、おしゃれなジャケットには、大いに気を惹かれつつも手を出すことは、CD時代、かなりを経てから。

はいはい、そうですとも、オペラのカラヤンはずっと凄いと思ってましたが、オーケストラ作品でも、カラヤン様は凄いことを、酸いも甘いも噛み分けるようなオジサンになってから痛感いたしましたとも。。

そんな一環の「カラヤンの四季」。

イ・ムジチのを越えられないから、「四季」はやらない、ともされたけれど、一家に1枚ともされた当時の定盤、アーヨ&イ・ムジチ盤とは違う次元で、当時最高レヴェルのヴィヴァルディを作り上げたところがカラヤンらしいところ。

レガート多めの滑らかかつ、耳触りのよさが勝るところはカラヤンならではだが、サンモリッツの教会の豊かな響きを背景に、チェンバロの音色を控えめにして、ヴァイオリン・ソロと弦楽合奏の豊かな溶け合いの妙を、カラヤンは心憎いまでに聴かせてくれる。
いまの、古楽器や、ヴィブラート少なめの奏法からすると、豊饒にすぎるかもしれないし、ピッチも高めに感じるが、当時は、こんなニュアンス豊かな演奏がバロック音楽の一面でもあったように思う。
 こんないくぶんムーディーな四季もまた、ヨーロッパの貴族社会の目からみた「ヨーロッパの四季」のように感じる。
それは、宮殿や館の窓から見るような「四季」で、春には花瓶に美しい花が飾られ、夏の厳しい暑さや雷鳴は、石造りの館の中からはあまり感じない。
でも、豊饒の秋には、たくさんの収穫物がテーブルの上にはならび、狩りの犬の吠え声も遠い。そして、寒い冬は、あたたかい暖炉でぬくぬくと、窓の外は厳しいけれど。

こんな、四季もヨーロッパの一面だし、「カラヤンの四季」は、ともかく美しいのだ。

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日本の四季よ、なくならないで・・・・

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2018年4月19日 (木)

バッハ ゴールドベルク変奏曲 フレデリック・ハース

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ひとひらの桜の花びら🌸

咲いた桜も美しいが、散る桜も儚くも美しい。

急襲した暖かさは、例年になく早く桜や、春の花々を開花させ、あっという間に散らしてしまった。

四季のメリハリがますます遠のく日本に、どこか不安を覚える。

3~4月は、公私ともに忙しくて、まともに音楽を聴けず、季節の移ろいの速さもそれに加えて、焦燥感を抱いている。
いまもそれは継続中だが、早くに目が覚め、夜寝れない方への音楽を、早朝の目覚めに聴いてみた。

そして、やたらと清新な気分になった。

Goldberg_haas_2

    バッハ  ゴールドベルク変奏曲 BWV988

             チェンバロ:フレデリック・ハース

                 (2010.10 @アセス、ベルギー)


ハースは、1968年生まれのベルギーのハープシコード奏者。
12歳のときからハープシコードを弾き始め、名教授につき、その奏法や楽器の研究に携わり、現在はブリュッセルの王立音楽院の教授も務めているイケメンさん。
ヘレヴェッヘとも関係が深いとのことで、その録音の通奏低音などで参加しているかもしれない。

繰り返しを忠実に行い、全曲は77分。
しかし、この長さ、まったく長いと感じさせない。
学究肌の経歴ながら、そんなことを微塵も感じさせない瑞々しさにあふれたバッハ。
そして、それぞれの変奏にあふれる豊かなニュアンス。
安心して、ずーーっと聴いていられる。
過度に表現しすぎない、でも、しっかりとバッハの音楽の精髄を聴かせてくれるハースのゴールドベルクでした。

25番目の変奏曲がとりわけ深く、瞑想的に聴くことができました。

この演奏のあと、手持ちの音源をつまみ聴きしてみましたが、自由すぎるグールドをはじめ、ハープシコード版、ピアノ版、いずれもみんな全然違って聴こえるところが面白かった。
ハープシコードは、楽器による音色の違いもあるからなおさらに。
かようにして、バッハの音楽には、ともかくいろんな可能性と閃きがあふれているのだと、いまさらながに痛感した次第。

このハースさんの録音で使用されたチェンバロは、1751年のアンリ・エムシュ作のもの。
で、まさにこの古楽器を奏して録音した場所が、ベルギーのアセスにある城。

Chateaudelaposte  Cembalo_2

こんな画像を見ながら聴いたハースさんのゴールドベルク。

眠れぬ朝の夢想なり。

Zoujyouji_2

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2018年3月31日 (土)

ワーグナー 「パルジファル」 レヴァイン指揮

Azumayama_1

わがふるさとの麗しき季節の1枚。

先週の1枚ですので、桜はまだ三分咲きぐらい。

いまごろ、ピンク色に染まっていることでしょう。

花ひらく春。

今年の復活節は、少し早めで、聖金曜日が30日、イースターは、4月1日。

ということで、年中聴いているけれど、とりわけ、春のこの時期にふさわしい「パルジファル」。

けがれなき愚者が、目覚め、放浪をした末にたどり着く荒廃した聖杯の地。
聖なる槍が戻り、聖金曜日の奇跡が起こる。
まずは罪深き女に洗礼を施し、女ははらはらと涙する。
ワーグナーの書いたなかで、もっとも美しい音楽のひとつ。

バイロイトの戦後のパルジファルの演出は、7演目あり、伝統に根差した静謐なものから、2000年代になると、わたくし的には、激化、いや劣化も見受けられる内容になってしまった。(と思う)

聖金曜日のシーン(一部、そうと思われるシーン)。

Parsifal_3a

 ヴィーラント・ワーグナー 1951~1973

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 ウォルフガンク・ワーグナー 1975~1981

Friedrich

 ゲッツ・フリードリヒ  1982~1988

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 ウォルフガンク・ワーグナー 1989~2001

Shurugen

 クリストフ・シュルゲンジーフ  2004~2007

Herheim

 シュテファン・ヘアハイム  2008~2012

Laufenberg

 ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク 2016~

こうしてみると、緑系の色柄が多い。
春は、芽吹く季節だし、冬が終わり、春がやってくることは、信仰でも救いの証ともなる。

それを感じさせるのは、ワーグナー兄弟のものぐらいで、ほかはさっぱりで、情報過多の目まぐるしい演出の果て、疲れ切った聖金曜日の場面みたいに感じる。
そして、ワーグナー兄弟のときのパルジファルは、いずれも長く上演され、恒例行事のような、ひとつの儀式化した意味合いをも持つものだったが、不評すぎて打ち切られたシュルゲンジーフのもの以降、5年のサイクルになったようだ。
パルジファルに特別な意味合いをことさらに持たせることなく、リングも含めたほかの諸作品と同等の位置づけとなったとみてよい。

でも、自分は、古いものほど好きだな、パルジファルは。
静的・神的であって欲しい。
中東を舞台になんてしてほしくないし、政治色を入れると、すぐに色あせちゃうし。。。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

戦後バイロイトでのパルジファル上演を指揮者でみてみると、ダントツでクナッパーツブッシュ。

  クナッパーツブッシュ  13年
  レヴァイン         10年
  シュタイン          8年
  シノーポリ          6年
  ブーレーズ          5年
  ガッティ           4年
  ヨッフム           3年


あとは、2年以下、単年の指揮者も。
ティーレマンは、まだ1年度しかパルジファルを振っていないが、録音した2001年の演奏は実に素晴らしい。

クナに次いで、G・フリードリヒとウォルフガンク・ワーグナーの演出の指揮を受け持ったレヴァインの登場年度が10ということで、これはバイロイトのパルジファル史上でも画期的なこと。

手元には、1985年のバイロイト正規録音、1990年と1991年のバイロイト放送録音、1991、92年のメット・スタジオ録音があり、1週間かけて、そのすべてを聴き直してみた。

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  ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

  アンフォルタス:サイモン・エステス  ティトゥレル:マッティ・サルミネン 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ペーター・ホフマン
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (85年7月バイロイト)

 
アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル

 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:ギュンター・フォン・カイネン

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (90年8月2日バイロイト)

 アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年7月26日バイロイト)

 
アンフォルタス:ジェイムス・モリス  ティトゥレル:ヘンドリク・ロータリング
 グルネマンツ:クルト・モル      パルシファル:プラシド・ドミンゴ
 クンドリー:ジェシー・ノーマン     クリングゾル:エッケハルト・ウラシハ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 メトロポリタンオペラ管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年4、92年6月NYC)

それぞれ、ジェイムズ・レヴァインの41歳から48歳にかけての演奏に録音。
ほぼ4作均一、高度に練られた、そして音楽の初々しさと、ゆったりと流れる川に身を任せることのできる安心感を伴った演奏。
演奏時間の長短は、演奏の良し悪しには結びつかないが、レヴァインのワーグナーはテンポがゆったり。

    トスカニーニ                       4時間48分
    グッドール                         4時間46分
    レヴァイン(85年)               4時間38分
    レヴァイン(メット)         4時間32分
    クナッパーツブッシュ(62年) 4時間10分
    クナッパーツブッシュ(56年) 4時間19分
    ブーレーズ(70年)       3時間48分
    ブーレーズ(2005年)     3時間35分

均一といいながらも、当然にメットのオーケストラは機能的に完璧なれど、劇場空間もひとつの楽器のようになったバイロイトの雰囲気豊かなオーケストラの音色には遠くかなわない。
ひとりひとりの奏者の音色が明るく、技量的にも万全なれど、やはりドイツのオーケストラ奏者の奏でるちょっとしたフレーズにもかなわない。
 そして、ここでもバラッチュの合唱指揮はあるものの、メットの合唱団の言葉ひとつひとつはきれいすぎる発声で、さらりとしすぎている。
あと、なんたって、ドミンゴのパルジファルは、その彼のヴァルターと並んで、わたくしには異質で、テカテカと輝かし過ぎるし、ひっかかりの少ない滑らかな独語がどうも・・・・
あと、ノーマンの立派にすぎるクンドリーもおっかなすぎる。
モリスもウォータンみたいなアンフォルタスだし。。
 って、メット盤をけなしすぎるのは、やはり、バイロイトの録音が素晴らしいから。

レヴァインの明快で、よどみのない指揮は、バイロイトの劇場あってのものだと思う。
リングにおいても、シネマティックなメットの演奏よりも、ずっと大叙事詩然としていて勇壮なものだった。
 ホフマンのヒロイックかつ剛毅なパルジファルに、硬質な声で二面性を見事にうたったマイヤーに、年とともに深みを増していったゾーティンのグルネマンツなどは耳に馴染みとなりすぎて、安心の極み。
ザ・クリングゾルともいうべき歌手、マツーラもファンタスティックだし、早くに亡くなってしまったアメリカのヘルデン、ペルの91年盤は素晴らしい声だと思う。

ということで、現役指揮者で、もしかしたらもっともパルジファルを指揮している人、レヴァインのものをまとめて聴いてみた次第。

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というのも、去年暮れから音楽界に衝撃を走らせたレヴァイン・スキャンダルのことがあったから。
こんなに豊かな音楽を作り出していた人が何故?

デュトワの女性に対するセクハラ、レヴァインの同性に対するセクハラ。
アメリカ発のセクハラ訴訟パンデミック。
時効もなく、大昔のことまで掘り起こされる。
行き過ぎた問題意識の掘り起こしは、ときにいかがかと思うが、誰もが聖人君子のようにふるまわらなくてはならないのだろうか。
ことに、映画監督や音楽家、とくに指揮者のように多くの人を統率する立場の芸術家は、今後ますます萎縮せず、正々堂々と音楽に向き合っていって欲しいと思う。
ほんと、ややこしいことになったもんだ。

で、バーンスタインに次ぐアメリカ音楽界のヒーロー、レヴァインも告発を受け、メットからもその職を解雇され、一転ダークな存在へと化してしまった。
日本と同じように、アメリカのマスコミの報道も容赦なく、レヴァインが、メット解雇を不服として損害賠償を起こしているが、悪の親玉のような写真を使用されているし、告発者を取材し、卑劣な出来事を詳細に報道している。

告発の内容は、1965年から70年代初めへとさかのぼる。
告発者は、ヴァイオリン、ピアノ、ベース、チェロのそれぞれ男性の演奏者4人。
ジョージ・セルから、指揮者としての才能を認められ、その後クリーヴランド音楽院の学生だったなかから、20人ほどがそのレヴァイン(当時20~30代)のもとにアンサンブルオケとして集められた。(なかには、クリーヴランド管の首席チェリストL・H氏も)
そこでは、レヴァイン・ナイトと称する閉ざされた関係のなかで、音楽に対する献身と決意を求められた。
衣食住もともにし、暴力的な性的関係も求められたと証言している。
なかには、母親とどちらを選ぶかなど、極端な選択も強いられたと・・・・
もっとあるけど、ここでは書けない・・・・。

70年代初めと言えば、レヴァインがマーラーやヴェルデイのオペラで鮮烈なデビューを果たしたころだ。
80~90年代をピークに、その後、体調も悪くし、ミュンヘンフィルやボストン響の指揮者でもパッとせず、病気がちだったレヴァイン。
今回の件で、音楽界からは、完全に抹殺されてしまうことだろう。
メットのHPでは、レヴァインは名前だけで、その経歴など一切消されているし、同様に、デュトワもロイヤルフィルを首になり、HPから名前すら消えている・・・・

彼らの音源だけは残るわけだが、その残された音楽たちには罪はない。
でも、わたし、レヴァイン・ファンなの、デュトワ・ファンなのとは、言いにくいことになってしまった。
NHKも忖度して、彼らのCDは放送できないのだろうか?
レコード会社も、彼らのCDはもう販売しないのだろうか・・・うーーむ。
つくづく、ややこしいことになってしまったものだ。

今回のレヴァインのパルジファルのなかで、一番充実していて、気合の入っていたのが、91年の上演の第2幕だ。
酒池肉林のクリングゾル城の花の乙女たちの怪しさとクンドリーの悩ましさ、それは、新ウィーン楽派を先取りするような斬新さがあるが、その描き方が明快で、その後のパルジファルの神性への目覚めも鮮やかな演奏に感じるのだ。

今年の復活節は、誰もが持つ人間の内面に存在する罪の深さ、そしてその人間の営みの光と影、なんてことも考えたりもしました。

「マタイ」とともに、「パルジファル」、その内容と音楽の存在も大きいです。

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2018年3月21日 (水)

コルンゴルト シンフォニエッタ アルブレヒト指揮

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もう散ってしまった河津桜。

芝公園の一角から。

春分の日は、あいにくの雨と寒の戻り。

暑さ寒さも彼岸まで、となりますかな。。

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    コルンゴルト 大オーケストラのためのシンフォニエッタ

   ゲルト・アルブレヒト指揮 ベルリン放送交響楽団

              (1983.9 @イエス・キリスト教会)

雨音を聴きながら、大好きなコルンゴルトのシンフォニエッタを。

2年前の晩秋に、サッシャ・ゲッツェル指揮する神奈川フィルハーモニーの演奏会で聴いた記憶が脳裏から離れない。
みなとみらいホールの美しい空間が、コルンゴルトの煌めく音たちで埋まってゆき、それらが、わたくしにきらきらと降り注いでくる、そんな至福の時間、でももうそれは一期一会で会うことはできない。

あれ以来、久方ぶりに聴くシンフォニエッタ。

この甘くて、切なくて、そして愛すべき曲がほんと好き。

前に書いた記事から、そのまま引用して曲のご紹介。

<幼少期から音楽の才能の片鱗をあらわしたエーリヒ・コルンゴルトは、父に巧みにプロデュースされ、ウィーンの寵児としてもてはやされるようなる。

少年、エーリヒの最初の作品は、8歳のときに書いた歌曲で、その後、カンタータやワルツを書いたあと、ピアノのためのバレー音楽「雪だるま」を11歳で作曲し、これがセンセーションを引き起こすこととなります。

1911年、マーラーの没したの年に14歳にして、初の管弦楽作品「劇的序曲」を作曲。
この曲は、ニキシュとゲヴァントハウス管によって初演され、ここでも驚きを持って聴衆に迎えられます。
この曲は14分あまりの大作で、のちの「交響曲」の片鱗をうかがうこともできます。

そしてその次に、コルンゴルトが取り組んだのが、4つの楽章を持つ43分の大曲
「シンフォニエッタ」と銘打ちつつ、大きな規模を持つ作品を完成させたのが1913年、16歳で、同年、ワインガルトナーとウィーンフィルによって初演され、大成功を導きだします。

シュトラウスや、マーラーやツェムリンスキー、その時代の先輩たちからアドバイスや影響を受けつつもすでに、成熟し完成型にあったその音楽スタイルは、のちのハリウッドでの明快で、煌びやかなサウンドも予見できるところもおもしろい。

本格交響曲のようには構成感や深刻さがなく、「Motiv des frohlichen Herzens」=「Theme of the Happy Heart」とされたテーマ、すなわち、「陽気な心のモティーフ」が全編にわたって用いられ、曲のムードや統一感を作り上げております。
このモティーフ、曲の冒頭から鳴ります。

Korngold_sinfonietta_2(CDリブレットより)


このいかにもコルンゴルト的なシャープのたくさん付いたテーマは、キラキラ感と羽毛のような優しい繊細さが半端ありません♯

第1楽章は、爽やかなムードがあふれるソナタ形式ですが、思わず、心と体が動かしたくなるようなステキなワルツもあらわれ、奮いつきたくなってしまいます。

スケルツォ楽章の第2は、打楽器が大活躍する活気あふれるダイナミックな場面、ここは、後年のオペラ「カトリーン」の劇場の場面を思い起こします。
それと中間部は「夢見るように」と題された場面で、静けさと抒情の煌めきを聴くこととなります。

聴くと、いつも陶酔郷へと導いてくれる、ロマンティックなラブシーンのような音楽が第3楽章。
これがいったい、16歳の青年の作品と思えましょうか。
ここでは、コルンゴルトの特徴でもある、キラキラ系の楽器、ハープ、チェレスタ、鉄琴が、夢の世界へ誘う手助けをしてくれるし、近未来系サウンドとして、当時の聴衆には感嘆の気持ちを抱かせたことでしょう。
ずっとずっと聴いていたい、浸っていたい、そんな第3楽章が大好きです。

そのあと、一転して、ちょっとドタバタ調の、不安な面持ちと、陽気さと入り乱れ、シュトラウスを感嘆せしめるほどの見事なフィナーレを築きあげるのが4楽章。
エンディングは高らかに、「陽気な心のモティーフ」が鳴り渡り、爽快な終結を迎えます。>

深刻さがこれっぽちもない、明朗かつ清々しい音楽。
聴いたあとに、幸せな気持ちになれます。
雨空の向こうに、屈託なく、そして楽しかった青春時代さえ、甘酸っぱく思い起こして透けて見えるようです。
若いコルンゴルトも、このあと、歴史と世界の時の流れに流されつつも、どこか取り残されていってしまう、そんな運命へと足を踏み入れ、その甘い音楽にも、ビターなほろ苦さを漂わすようにとなるのです。

この曲の音源は4種あって、リットンとダラス響はまだ未聴。
世界初録音のゲルト・アルブレヒト盤を新品で手にいれました。
1983年の録音、父の作品の録音にプロデューサーとして数々立ち会っていた、ジョージ・コルンゴルト(ゲオルゲ?)の名前もCDのリブレットには見て取れます。
息子ジョージは、70~80年代のコルンゴルト録音のほとんどをプロデュースした人で、この方がいなかったら、いまのようなコルンゴルト・リバイバルはなかったかもしれない。
しかし、惜しくも87年に、58歳の若さで亡くなってしまった。
息子や孫たちもいる様子なので、少し気になるところです。
(でも、ひとり見つけた息子は、顔そっくり、でも薬剤関係の会社の社長さんみたい・・)

サラリとした演奏を一般的な有名曲ではすることの多かったアルブレヒトさんですが、知られていない作品を掘り起こしての、数々の録音は、とても丁寧に、そしてその作品に即した説得力ある演奏を残してくれた。
そんななかのひとつが、このコルンゴルト。
イエス・キリスト教会の美しい響きも相まって、眩くも、輪郭のはっきりとした明確な演奏となってます。
ベルリン放送響(現ベルリン・ドイツ響)は、当時、リッカルド・シャイーが指揮者を務めていた頃で、その機能的性と明るい音色が、ここにも聴かれるように思います。

過去記事

 「アルベルト指揮 北西ドイツフィル」

 「バーメルト指揮 BBCフィル」

 「ゲッツェル指揮 神奈川フィル」

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2018年3月18日 (日)

ツェムリンスキー 「昔あるとき・・」 グラーフ指揮

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ちょっと前ですが、満開の梅。

葵の御紋のある神社。

芝東照宮、徳川家康を祀った神社です。

江戸時代、鎖国をして外部をシャットアウトしたけれど、四方が海だったからできたことかもしれない。
いまは、耳をふさごうと、目を閉じようと、おかまいなしに、世界の今とつながってしまう世の中となった。
まさに、おとぎ話のような昔のはなし・・・

1

     ツェムリンスキー 歌劇「昔あるとき」 Es War Einmal

   王女:エヴァ・ヨハンソン      王子:クルト・ヴェスティ
    カスパール:ペル・アルネ・ワールグレン  王:オーゲ・ハウグラント
  警官:オーレ・ヘッデガート    指揮官:クリスチャン・クリスチャンセン
  使者 :クリスチャン・クリスチャンセン 第一の待女:スッセ・リリソーエ

   ハンス・グラーフ指揮 デンマーク国立放送交響楽団
                 デンマーク国立放送合唱団

                     (1987.6 デンマーク放送)


ツェムリンスキー(1871~1942)には、8つのオペラ作品があって、そのうち6作品は入手しており、ときおり聴いてはいるものの、日本語解説がなく、一部は独語のみの解説書だったりして、概要はわかっても詳細な筋建てが不明だったりして、どうにも釈然としない。
オペラの楽しみは、リブレットを理解してのうえで聴きこむ(観る)に限ると思っているので。

ちなみ、未入手のあと2作は、第1作の「ザレマ」と、4作目の「馬子にも衣装」。
ただし、「ザレマ」は録音されたこともない。

ゆっくりとですが、ツェムリンスキーのオペラを順次取り上げたい。

今回は、2作目の「昔あるとき」。

1897年に作曲を始め、1899年に完成。
1900年に、ウィーンの宮廷歌劇場の芸術監督だったマーラーの指揮によって初演。
10数回上演されヒットしたものの、その後は1912年にマンハイムとプラハで上演され、以降半世紀以上も忘れられてしまったオペラ。
 それが、1987年、デンマーク放送によって蘇演され、その時に録音された音盤がこちらで、唯一の音源と思われます。
調べたところ、あと、1991年にキールで、1999年にロンドンで(A・デイヴィスとBBC)演奏されている。

87年の蘇演が、なぜデンマーク?

そう、このオペラの原作が、デンマークの詩人ホルガー・ドラックマンの「Der Var Engang(むかしむかし)」というお伽噺なのですから。
ドラックマンは、ヤクブセンと同年代で、当時は、ドイツやオーストリアでもとても人気がったそうで、この作品をマキシミリアン・シンガーという人が、独語訳されたものを脚本を書きし、ツェムリンスキーがオペラ化したもの。
 
   ------------------------------

マーラーは、ツェムリンスキーの1作目オペラ「ザレマ」もミュンヘンで初演していて、作曲家としてのツェムリンスキーを大いに評価していた。
この2作目も、ウィーンで初演するにあたり、シナリオやツェムリンスキーの楽譜にも、かなり注文をつけたり、変更のアドバイスをしたりした。
この録音は、そうした経緯も入念に踏まえてなされたと記されてます。
 で、マーラーとツェムリンスキーのコンビは、次なるオペラ「夢見るゲールゲ」も、同じようにウィーンの劇場で上演しようと目論んだが、マーラーがウィーンでの職を投げ出したことで、見送りになり、その後1980年まで演奏されることはなかった。
 ちなみに、アルマ・シントラーと交際していたツェムリンスキーは、彼女の音楽の師でもあったが、そのアルマが、マーラーと結婚をしたのが1902年。
ツェムリンスキーはどう思っていたのでしょう。
そして、マーラーは、アルマが作曲家であることを快く思っておらず、遠回しにその筆を絶たせたりもした。(かつて観た映画でもこのシーンはありましたよ)
 ツェムリンスキーの仲間や、弟子筋は、シェーンベルク、シュレーカーやコルンゴルトなど、たくさんいて、すごく人がいいんじゃないかなとも思ったりもしてる。
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プロローグと3つの幕からなるが、全体で2時間弱のコンパクトなオペラ。

プロローグ

 むかしあるとき、イリヤという国に、美しいけれど気位の高くて、冷たい王女がいました。
その美貌を求めて、世界から求婚してくる人々はひっきりなし。
気のいい王とともに、男たちに謁見するものの、誰もかれも否定し、縛り首に。
そしてある日、北の国の王子とその友カスパールがやってくる。
王子は、自分の国の美しさ、四季や自然のすばらしさを歌い、求婚するが、王女はまったく関心を示さず、あなたと結婚するなら乞食と結婚した方がまし、と立ち上がり、処刑されたくなければ、ここに膝をついて慈悲を乞いなさいと言い放つ。
王子は、慈悲を乞うためにでなく、自分は愛のためなら膝を屈すると王子、怒った王女は出てゆく。

第1幕

 夜、宮殿の前庭。王子とカスパールはジプシーに扮して待機。
王女と待女たちが、輪回しで楽しそうに遊んでいるところへ、王子らがバラードを歌い気を引く。王子はゴブレットの中に金箔の玉を入れ、さらに蝶の羽を撒く。
王女はそれが欲しくなり、待女のひとりをつかわし、王女の髪に飾った薔薇の花との交換を申し出る。
しかし、王子は、ダメだ、王女の口づけをと望む。
 交渉決裂、王女は帰ろうとするが、その間に、カスパールを王のところに行かせる。
今度は、王子は魔法のヤカンを取り出す。沸騰すると考えたり、言われたりしていることがわかるんだと語る。
これまた王女の気を引き、彼女は民衆にどう思われているかを教えて、という。
ヤカンは、機智や美貌があり、王女は人気がある、でも本当は愛を知り、亭主を持つことでさらにその隠された魅力が引き出されるのだと回答。
王女はヤカン欲しさに、王子に口づけをする。
 そこに来た王様は、王女が知らない男性にキスをするのをみて、そのジプシーと出て行って、結婚しろと追放命令を下す。
王女や待女が嘆願しても無駄、王子は、彼女を引っ張っていく・・・(もちろん王子とは知らず)

第2幕

 海を渡って北の国へ。フィヨルドの森の中の粗末な小屋に到着。
ここで暮らすようになった二人。1幕とは、明らかに身なりも、行いも変わってしまった王女。
いまや、王女でなく、単にキャサリーンという名の女性。
でも、名誉やプライドはまだ残っていて、妻としての行いを思い起こさせようとする王子が、それらをやらせようとすることに対し、軽蔑の思いをもって拒絶する。
 王子は、しかし、それを強いることなく、古い北欧の歌を優しく歌う。
王子は、食料を得るために、森の中へ行くが、一人きりになってしまうことに、不安な王女は、行かないでくれと頼むが、王子はそれを振り切り出てゆく。
王女は、ひとり想いにふけり、哀しみ、遠く離れた地にいまこうして連れてこられたことを嘆くものの、当のジプシーの亭主を憎むことができない。
 そこへ、銃声がして、王子が飛び込んでくる。
かくまってくれということで、別室へ逃げ込む。
そこへ警官が追ってきて、男はどこだと王女を責めるが、亭主は重い病気で寝込んでいると答える。
こんどはそこに、カスパールがやってきて、怪しい男が、森のあっちへ逃げて行ったぞと告げ、警官と出てゆく。
 さぁ、一安心の王子。王女のためにも食料をと、また出ていこうとするが、今度は王女は行かないで欲しい、一緒にいて欲しい、わたしの中のなにかが変わったの、愛しているの、と語る。。。

第3幕

 街の市場で、まるでカーニバルのような雰囲気で、人々は飲んで歌って、踊っている。
王女は、夫婦で焼いた花瓶や壺を売るためにそれらを持って市場にやってきた。
そこへカスパールが登場、どうだい、君の亭主も、もしかしたらそこらへんで飲んで遊んでるかもしれないよ、と茶化すが、彼女は、主人は病気で家で寝ているの、とかばう。
そこへ王子(の姿)や兵士たちがやってきて、王女へさらなる試験をしかける。
王子は、彼女をちゃかして、キスをしてくれたら金貨をあげるよ、とまで言う。
拒む彼女、おまけに、喧騒のなか、売り物の花瓶たちが割れてしまい台無しに。
 ここで使者が大声で伝達。
王子はまもなく異国の王女と結婚式を挙げるが、その姫が急病になり、婚礼衣装を合わせることができない。誰か、同じ体格の女性で衣装合わせをしてくれるものはいないか?
そこで、王子が本物として登場。
小さくなってる王女をみつけ、あなたに衣装合わせをしてほしいと言い出すが、彼女は売り物が壊れ、お金がまったくない自分としてそれを拒絶、それでもどうしてもと王子とカスパールから懇願され着ることになり、美しい花嫁姿になり登場。
 王子は、彼女に、自分と王位をともに継いで欲しいと語る。
王女は、どんな豪華な位よりも、自分は愛のなかに最高の価値を見出したの、王冠よりも、金持ちの生活よりも乞食の妻でありたいのと熱く、優しく語る。
王子は大いに感動して、キャサリーンと声をかける。。。。
 その声に、ジプシーの夫の声と同じ響きを聴き、王女は涙を流して、あなた、あなたなのと、泣きだしてしまう。
カスパールは、さぁ人々よ、めでたいニュースを聴くがよいと宣言。
王子は人々に、長い旅は終わり、ここにいま自分の運命をみつけた。
みなさんは、妖精のゲームをここに見たのだ。
壺焼きの妻が、イリヤの国の王女だったのだ、そしていま私と結婚する!
 人々は喝采し、王子を称える。

                 

CDの独英のみの解説書をたよりに、ざっとこんな感じの筋立てかと。
ちょっと時代めいてるけど面白いでしょ。

そう、「トゥーランドット」とシェイクスピアの「じゃじゃ馬ならし」なんですよ、雰囲気が。

1922年に、この劇作に忠実に作られたデンマーク映画が、ネット上で見ることができました。復刻されたもので、しゃれたピアノソロをバックに、一部の欠落は画像で補うものではありますが、このドラマの大筋は、そちらでもつかむことができました。
この映画が原作に忠実だという前提で、ツェムリンスキーのこのオペラとその台本が端折ったところを補うと。
 
①プロローグで王子が首をはねられなかったのは、逃げ出したお気に入りのオウムが戻ってきて気分がよかったからという理由もひとつ。
②追い出されて悩んだ王子のもとに、爺さんの妖精さんがあらわれ、人の耳を魅了するガラガラ(くるくる回すヤツ)と未来が見える魔法のヤカンを、将来の幸せのためにと渡す。
③王女と待女を魅了したのは、そのガラガラとヤカン。
王子は、最初はキスでガラガラを渡し、次のヤカンで、王女の部屋の鍵を。
④夜中に王子は、王女の部屋で待女付きで一晩を過ごす。
カスパールは、王に対し、デンマーク王子と結婚させなければ、軍が攻めてくると脅したりする。そして、王女の部屋にいざなって、そこにいる王子を発見、そして追放。
⑤異国の地、それはデンマークで、王女はその生活に馴れ、王子と共に神に祈ったりする。そして窯業の職人としての夫をサポート。市場に二人で売りに行くが、トラブルで、王女だけが市場へ。
しかし、野営の兵士に見つかり、商品はこなごなに砕かれ、逃げ惑う。
悲しみのうちに帰宅し、事情を説明したところ、妻は悪くない、くそっとばかりに武器を手に仕返しに行き、殺傷。それを見た警官が家に訪ねてきて、夫を病として匿う王女。
⑥結婚式には、王女の父も、よろよろとやってくる。

あとはだいたい同じ。
手の込んだ仕掛けが、実は本筋の愛情育成になったわけで、なにも王子がそこまで、それから、幾重にもわたるお試しが、くどくも感じるが、そこはまあ、おとぎ話の世界ということで。
オペラに加え、古き映画も見ることで、作品理解が深まるものと思います。



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この古風なフェアリー・テイルにツェムリンスキーがつけた音楽は、マーラーがその背後にあるように、まだシュトラウスの「サロメ」が登場する5年前の音楽シーンを物語っている。
耳に馴染みよい、ワーグナー初期、フンパーデインク系統のオペラの流れがここにあります。
しかし、牧歌的な雰囲気のなかに、キラリとひかるツェムリンスキーの煌めいた筆致は、随所に聴かれます。
美的なオーケストラによる間奏曲、王子や王女のモノローグにおける無常感じる世紀末感など、実に素敵なものがあります。
前半と後半で、がらりと変わる王女の境遇と心情。
その描き分けも、見事なものがあります。

このあとのツェムリンスキーの音楽の進化・変貌も、これを基に聴くと大いに楽しめるものでした。

唯一の音源のこちら、デンマークのオーケストラが北欧風のクールなサウンドと、オーストリアの指揮者グラーフが引き出すツェムリンスキーサウンドを背景に、デンマーク由来の歌手たちが素晴らしい歌唱を聴かせます。
なかでも、ヨハンソンの王女の二面変貌の歌い分けは見事でありました。
2幕における、絶妙の心情変化とその吐露は泣かせますし、終幕のモノローグも!

舞台や映像で観てみたいオペラです。

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梅の写真をいまさら載せましたが、季節は早くも桜です。

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2018年2月25日 (日)

モーツァルト 「ラウラに寄せる夕べの想い」 マティス

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ある晩の皇居周辺の夕べの様子。

ビルの間から東京タワーが見えました。

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     モーツァルト 歌曲「ラウラに寄せる夕べの想い」 K.523

       ソプラノ:エデット・マティス

       ピアノ :ベルンハルト・クレー

                                    (1972)


スイス、ルツェルン生まれのソプラノ歌手、エデット・マティス。

この2月に80歳の誕生日を迎えたそうです。

わたくしにとってスザンヌを代表とする永遠のモーツァルト歌いのひとり。

リリカルなその声質は、とても清潔で、無垢。
可愛いらしいその風貌とともに、そのチャーミングな歌声は、いつも聴いていたい歌手。
まだまだ健在で、ルツェルン音楽祭で、歌ではなく、「詩人の恋」のバリトンリサイタルで、詩の朗読を歌の合間に合わせるというコンサートに出演するみたいです。

バッハからマーラーまで、オペラからリートまで、たくさんあるマティスの音源をこれからも大切に聴いていきたいものです。

 さて、モーツァルトの数ある歌曲から、一番好きな作品を。
自身がそう記したことから、「夕べの想い」とも略されるけれど、一番スケールが大きく、深みのある一品。
1787年の作。
原詩の作者は不詳ですが、夕暮れと人生の黄昏時を重ね合わせた彼岸の淵にあるような内容に、モーツァルトは優しく、穏やかななかに、深い悲しみも織り込んだ素晴らしい音楽をつけた。

5分ぐらいの作品だけど、夜、床に就く前のささやかな心のなぐさめに最適の歌曲です。

マティスの優しく、少し生真面目だけど暖かい歌声と、ご主人のクレーのクリーンなピアノは素敵です。
いろんな歌手で聴いているモーツァルトの歌曲だけれど、レコード時代、初めて聴いたこのマティス盤が一番好きです。

   夕暮れだ、太陽は沈み
   月が銀の輝きを放っている
   こうして人生の素晴らしいときが消えてゆく
   輪舞の列のように通り過ぎてゆくのだ!


  ~第1節目 : 石井不二雄訳~

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2018年2月24日 (土)

高崎保男先生を偲んで

Tamachi_2

最後まで残っていた冬のイルミネーションですが、バレンタインの終わった週末を限りに、こちらも終了してしまいました。

このあたりは、旧薩摩藩の敷地で、幕末の出来事と所縁のある場所。
ビルの立ち並ぶエリアに、ぽつんと、勝海舟と西郷隆盛の会ったところ、などの表示があったりします。

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音楽評論家の高崎保男先生が、12月にお亡くなりなっていたそうです。

レコード芸術で、目立たぬように静かに記事になっていました。

故人のご遺志とのこと。

近年、ただでさえ、オペラの新譜が、ことに国内盤ではまったく発売されなくなり、レコ芸オペラ担当の、高崎さんの名評論がまったく読むことができなくなっていた。
しかし、ときおり出るソロCDなどで、今度は高崎先生の名前が見られなくなっていたので、ちょっと心配をしておりました。

そして、この訃報。

静かに去られた高崎先生。

わたくしが生まれて間もないころからずっとレコ芸のオペラ担当をされていらっしゃいました。
わたくしがオペラが好きになったのも、それから、クラウディオ・アバドが大好きになったのも、高崎先生の数々の文章があってのもの。

心に残るいくつかの記事を思いおこすと、今後活躍する指揮者の特集での「アバド」の記事。
オペラ評論での、「アバドのチェネレントラ」「カラヤンのトリスタン」「ベームのリング」「ヴェルデイ、オペラ合唱曲、アバド・スカラ座」「アバドのマクベス」「アバドのシモンボッカネグラ」・・・・数限りなくあります。

オールドファンの域に達しつつあるわたくし。
音楽を活字と共に味わう世代だったかもしれません。
今のように、あふれかえる音源を自由自在に受け止めることのできる時代とはまったく違う世の中だった。
高額だった1枚のレコードを擦り減るように聴き、そしてそれを買うにも、大切な指標となったのが評論家の先生の記事。
自分の想いと、波長のあう方のご意見なら間違いないと思う先生の存在がうれしかった。

そんな高崎先生でした。

同じレコ芸の、今度は巻末の訃報欄に、同じく音楽評論家の岩井宏之さんがお亡くなりなった記事が出てました。
岩井さんも、好きな音楽評論家でした。
やはり、アバドのことを高く評価し、さらには、神奈川フィルの役員もつとめられた方。

時の流れを大きく感じます。

高崎、岩井、両先生に感謝をいたしますとともに、その魂の安らかならんことをお祈りいたします。

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2018年2月12日 (月)

「Oh,Boy!」 マリアンヌ・クレバッサ

Shiba

梅もほころび、立春も過ぎて、春への歩みも一歩一歩と。

と、思いきや、先だっては日本海側で大雪、わたしのいる関東も雪もちらつき寒波も。

この写真は、まだ雪が残っていたときに撮ったものですので、いまはもっと開いて、梅の香りもただよわせていることでしょう。

休日に、美しいメゾの歌声を。

Crebassa

     
   「Oh,Boy! マリアンヌ・クレバッサ

 1.グルック(ベルリオーズ編) 「オルフェとユリディス」から
 2.モーツァルト 「ルーチョ・シッラ」~いとしい瞳よ
 3.マイアーベア 「ユグノー教徒」~高貴な殿方
 4.オッフェンバック 「ホフマン物語」~見たまえ、わななく弓の下で
 5.モーツァルト 「ルーチョ・シッラ」~あふれる愛の報いの
 6.モーツァルト 「フィガロの結婚」~恋とはどんなものかしら
 7.トマ      「プシケ」~眠りのロマンス
 8.グノー     「ロメオとジュリエット」~昨日からご主人はどこへ
 9.マスネ     「サンドリヨン」~行け、僕をひとりにさせる・・・
10.オッフェンバック 「ファンタジオ」~ごらん、黄昏時の
11.グノー     「ファウスト」~君の哀しみを僕の魂にそそいで
12.モーツァルト 「偽の女庭師」
                          ~あなたが私を見捨てても私の心は変わらない
13.シュブリエ   「エトワール」~運命を司どる小さな星よ
14.モーツァルト 「フィガロの結婚」~自分で自分がわからない
15.アーン    「モーツァルト」~それでは、行く
16.モーツァルト 「皇帝ティトゥスの仁慈」
            ~私は行く、でもいとしいあなたよ

        Ms:マリアンヌ・クレバッサ

  マルク・ミンコフスキ指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

                (2016.1.4~8 @ザルツブルク)


いまブレイク中のメゾ、クレバッサ。
昨年のプロムスのネット放送で聴いたのが初。
サロネンとフィルハーモニア菅のコンサートで、ラヴェルのシェヘラザード。
フランス語の美しさは、当たり前ながらにして、そのクリアーボイスは、精緻なラヴェルの音楽にぴったりだった。
そしてなによりも、BBCのサイトに載っていたポートレート写真のキュートさ。

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86年、南フランス、モンペリエの西、ベジェの生まれ。
モンペリエ音楽院で学んで、同地のオペラ団でデビュー、パリ・オペラ座をへて、2012年にザルツブルク音楽祭へ、ヘンデルのオペラ「タメルラーノ」でデビュー。
以降、ザルツブルクの常連となり、欧米各地のハウスへの出演続出中。
昨年のザルツブルクでは、クルレンツィウスの指揮で「ティトゥスの仁慈」に登場し、大成功。

そのレパートリーは、バロックオペラから、モーツァルトを中心とする古典オペラ、そしてフランスもの全般というところに懸命にも絞り込んでいるようで、イタリアベルカント系やドイツ物にはいまのところ慎重にうかがえる。

そして、その歌声は、ヴィブラートの少ないまっすぐのクリアボイスで、高域もきれいに聴かせてくれるほか、一方の低域も嫌味のないほどにきれいに伸びる美しさ。
一発でお気に入りのメゾになりました。
デビューしたての頃の、フォン・シュターデを思い起こしました。

その彼女の1枚目のソロアルバムが、「Oh,Boy!」。
そう、オペラのなかから、ズボン役だけを抜き出したユニークな1枚。

フィガロのケルビーノを中心に、モーツァルトの初役、オッフェンバック、グノーらのフランスものなど。
オーケストラは、モーツァルトを歌うのに申し分のないバック、モーツァルテウム管に、古楽とフランスものの手練れ、ミンコフスキ。
最初にオーケストラを誉めちゃうと、ヴィブラートを排した清潔で生き生きとしたモーツァルトから、透明感あふれるフランスものまで、実に素敵でかつ、オペラティックな感興あふれたものだ。

そこに乗って歌うクレバッサも気持ちよさそう。
ベルリオーズ編曲で、フレンチテイストが加味されたグルックに始まり、意外や、私的にめったに聴くことのないマイヤーベアのアリアがとても気に入った。

2曲あるケルビーノは、早めのテンポで、淡々と、むしろ感情を殺したように歌うところが無垢な青年を歌いだしていてよかった。歌い過ぎないところがいい。
あと全体の流れのなかで、モーツァルトに挟まれたようにあるフランスオペラのいくつか。
ことに、トマ、マスネ、シャブリエ、アーンが、それぞれ煌めくようで、言葉の美感も含めて、実に美しい。
なかでも、初めて聴いた、アーンの音楽劇「モーツァルト」は、極めて美しく切ない音楽で、ここだけ、もう何度聴いたかわからない。
パリ滞在時代のモーツァルトが、浮名を流し、そしてパリを去るときに後ろ髪をひかれつつ歌うラストシーンの一節のアリア。
モーツァルトの役柄がメゾである。
フランス語の美しさもこのクレバッサの歌唱では堪能できる。

クレバッサのクリスタルボイスは、こうした近世フランスものに活きるように思う。
繰り返しだが、プロムスでのラヴェルは絶品だった(録音して何度も聴いてます)。

そして、最後におさめられたのは、アーンのモーツァルトに対比したかのような、ティトスの中から最も有名なアリア。
クラリネットのソロとともに、凛としたクレバッサのセストは素敵です。

クレバッサの2枚目のソロCDは、ファジル・サイと組んだ、フランス歌曲集。
そう、ラヴェルも入ってます。
聴かなくちゃ。

Shiodome

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2018年2月11日 (日)

ラヴェル 「ダフニスとクロエ」 小澤征爾指揮

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海と月。

いまさら1月のスーパームーンの写真ですいません。

こういう光景に、ドビュッシーとかラヴェルの音楽を思い起こしてしまう、音楽好きのサガ。

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  ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

     小澤征爾 指揮 ボストン交響楽団
           タングルウッド音楽祭合唱団

                (1973.10 ボストン)


アバド、メータときて、70年代の若手三羽がらす、小澤さんのラヴェル。

当時の3人の写真、いや、実際に自分の目で見た3人は、とても若くて、とてもアクティブで、指揮姿もダイナミックだった。
でも、3人のうちの二人が病に倒れた。
復帰後の活動は縮小したものの、より深淵な音楽を聴かせてくれるようになった。
でも、亡きアバドも、小澤さんも、痩せて、すっかり変わってしまった。

そんななかで、メータはひとり、大病もせず、ふくよかさは増したものの、風貌からするとあまり変わらない。
カレーのパワーは大きいのだろうか・・・

雑談が過ぎましたが、「小澤のラヴェル」。
1975年、高校生のときに単発で「ボレロ」の1枚が出て、そのあと一気に4枚組の全集が発売されました。
ラヴェル生誕100年の記念の年。
高値のレコードは眺めるだけでしたが、その年、もうひとつの手兵だったサンフランシスコ響を率いて凱旋し、ダフニスとクロエ全曲をメインとする演奏会が文化会館で行われた。
前半がP・ゼルキンとブラームスの2番で、アンコールはピチカートポルカ。
テレビ放送され、食い入るように見たものでした。

あと思い出話しとして、当時、小澤さんのコンサートを聴くために、新日フィルの定期会員になっていて、ラヴェルが多く演奏され、ダフニスも聴いております。
小澤さんの指揮する後ろ姿を見ているだけで、そこに音楽がたっぷり語られているようで、ほれぼれとしていた高校・大学生でした。

小澤さんのラヴェルは、こちらの70年代のものだけで、再録音はなく、その後はオペラしか録音していないので、貴重な存在。

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抜群のオーケストラコントロールで、名門ボストン響から、しなやかで、美しい響きを引き出すとともに、ダイナミックな迫力をも感じさせる若さあふれる演奏。
ボストンの時代が、自分には親しみもあるし、後年の落ち着き過ぎたスマートすぎる演奏よりは、熱さを感じる点で、より本来の小澤らしくで好き。
だって、「燃える小澤の」というのが、当時のレコード会社のキャッチコピーだったんだから。
まだまだミュンシュの残影が残っていたボストン響。
精緻さと豪胆さを兼ね備えていたミュンシュの魂が乗り移ったと言ったら大げさか。
それに加えて、俊敏なカモシカのような、見事な走りっぷり。
「海賊たちの戦い」の場面のド迫力を追い込みは見事だし、なんたって、最後の「全員の踊り」のアップテンポ感は興奮させてくれる。
 こうした熱き場面ばかりでなく、冒頭から宗教的な踊りにかけての盛り上げの美しさ、そして当然のごとく、そして、ボストン響の名技が堪能できる夜明けとパントマイムも端麗。

30~40代の颯爽とした「小澤のラヴェル」、ほかの曲も含めて堪能しました。

小澤さんのボストン就任の前、DGはアバドとボストンと「ダフニス」第2組曲を録音しましたが、そちらの方が落ち着いた演奏に聴こえるところが面白い。
もちろん、アバドも歌にあふれた美しい演奏です。
アバドが亡くなったとき、ボストン響はのメンバーがアバドの思い出を語っている様子が、youtubeで見れます。
アバドのボストン響客演は、そんなに多くはありませんが、80年代まで続き、シューマンの4番や、マーラーの2、3番など、魅力的な演目がありました。
どこかに録音が残っていないものでしょうか。

アバド、没後4年にあわせて、70年代のメータと小澤も聴いてみました。

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