2017年11月19日 (日)

シェーンベルク 「グレの歌」 ラトル指揮 LSO

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レインボーブリッジからの日の入りは、ビルばかりで、しかも富士山の姿もごくわずか。

日没ではなくて、日の出の眩しさ、輝かしさに最後は満たされる音楽を。

Proms2017

        シェーンベルク   「グレの歌」 

  ヴァルデマール:サイモン・オニール  トーヴェ:エヴァ-マリア・ウェストブロック
  山鳩:カレン・カーギル                      クラウス:ピーター・ホーレ
    農夫:クリストファー・パーヴェス     語りて :トマス・クヴァストス 

    サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団/合唱団
                      バーミンガム市交響合唱団
                      オルフェオ・カターラ

                       (2017.8.19 ロンドン、Proms2017)


ネットで全演目が期間限定で聴けるProms。
この夏も、充実の演目がたっぷりで、仕事をしながら録音し、あとで聴き返すということを何演目も行いました。

そんななかで、大いに感銘を受けたのが「ラトルのグレの歌」。
音楽監督となったロンドン交響楽団との共演も注目の演目。
そして、なんたって大好きな作品。

グレの歌を知り尽くしたラトルが、この大編成のオケにソロに合唱を完璧に束ね、そして、ラトルの棒のもとに、全員が一丸となっているのをこのライブ録音から感じ取ることができる。
音色は全般にラトル独特の硬質でありながら、ロンドン響の鋼のような鉄壁のアンサンブルを得て、ピアニシモの美しさから、巨大なフォルテまで、幾重にもわたる音の層を美しさを聴くことが出来る。
そう、そんなところまで詳細に聴き取ることができるくらいに、この放送音源は録音が優秀なのであります。ネットだからといって、まったくバカにできません。

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私にとっての、この曲のリトマス紙的なヵ所、第1部の終わりの方の間奏曲と、それに続く「山鳩の歌」は、ほぼ完璧で、アバドの最後のルツェルンのものには及ばないが、適度な荒れ具合も万全で、そして極めて美しく、官能的かつ、儚さに満ちている。カーギルのメゾも良い。
歌手では、クヴァストフの登場で後半がさらに引き締まったし、オニールの若干、力任せながらタフなヴァルデマールもテノール好きを唸らせるものだ。

1900~01年に大方完成、同時期には、「浄夜」と「ペレアスとメリザンド」。
結局この時期のものが、一番聴かれているわけだが、そのあたりのことを作曲者自身の講演の話から引用します。(某応援ファンサークルのFBに書いたものを転用)

シェーンベルク著「人が孤独になるとき」1937年 より~細川晋:訳

<私が『浄夜』を作曲したのは今世紀になる前のことです。だから私は、初期の作品とされる『浄夜』で、なんらかの評判を獲得することが出来たのです。
後の時代の作品がそれほど早く評価されたことはありませんが、私が、ある種の評価を(敵の真っただ中にいるときでさえも)享受できるのはそのおかげです。
この作品は、とりわけ管弦楽版で非常によく聴かれています。
ところが、私が次のような不満を耳にする回数ほど頻繁に『浄夜』をお聴きになられている方はおりますまい。「この様式で作曲をし続ければいいのに!
 私の答は、おそらく不審に思われましょう。
私はこう申し上げました、『最初から、同じ様式や同じ方法で作曲することをやめたことなどありません。
違っている点といえば、今では以前よりももっとうまくできるということだけです。今では以前よりもよく注意が払われ、よく考え抜かれてます。』
 もちろん『浄夜』しかご存じない方が、突然、なんの予備知識もなく私の現在の様式に直面すれば、すっかり当惑されることでしょう。・・・・>

 このように、作曲者自らが、自身の作風・様式の変化を語ってますが、根本は変わらないとも。
そして、十二音技法を編み出したとき、それまでの表現主義的な音楽が成功を収めていた時期を振り返ります。

<そのころ突然、大衆は私の書いたあらゆる作品の感情表現力を忘れかけていたのです。・・・中略、そして『浄夜』でさえも忘れ去られ、私は何人かの評論家から単なる建築技師と呼ばれたのです。
この用語を用いることによって、私が直感的に作曲していないこと、私の音楽は無味乾燥で感情表現を欠いていることをほのめかせたかったのです。・・・・>

 こうして、シェーンベルクが新たな様式に踏み入れる都度、聴衆や評論家は批判や拒絶を繰り返した。
しかし、シェーンベルクは、確信をもって言います。

<私にはある使命を達成しなければならないということがわかっておりました。
表現されるべきことを表現しなくてはなりませんでしたし、自分の好むと好まざるとに関わらず、音楽の発展のために自分の理念を開発する義務があると感じていたのです。
にもかかわらず、私はまた大衆の絶対多数はそうしたことを好まないということを理解しなければならなかったのです。
 しかし、私は自分のどの音楽も初めは醜いとみなされてきたことを思い起こしました。
そしてなおも・・・・私の『グレの歌』の最後の合唱で描かれているような夜明けがやってくるはずでした。私がこの世界にもたらしたいと願うような、音楽における期待に満ちた新しい一日の始まりを告げる太陽の光が訪れることもあるに違いないと私には思われたのです。」

音楽の発展に寄与したい、新たな夜明けを切り開きたい、それを願い作曲を続けたシェーンベルクには、過去も未来も逆になく、今ある自分がつくる音楽が現在なのでした。

グレの歌の最後の壮大なエンディングのまばゆさは、シェーンベルクのずっと変わらぬ音楽への想い。
ラトルとLSOのこのライブは、それこそ壮絶な音のシャワーに、聴く私も目も耳も大きく開き、眩しさに身を震わす想いがしたものです。

このライブ、正規音源にならないものか。

そして、ラトルのベルリンフィル盤を聴き直してみる。

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シェーンベルク   「グレの歌」 

  ヴァルデマール:トマス・モーザー  トーヴェ:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター
  山鳩: カリタ・マッティラ            クラウス:フィリップ・ラングリッジ
  農夫、語り手:トマス・クヴァストス 

    サー・サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                      ベルリン放送合唱団
                      MDRライプチヒ放送合唱団
                      エルンスト・ゼンフ合唱団

                       (2001 ベルリン)


16年の開きのある「ラトルのグレの歌」。
こちらは美しい精緻な響きが際立っているほか、やはりベルリンフィルの音色がする。
そしてべらぼうに巧い。
歌手も、こちらの方がオペラに近い雰囲気で、聴きごたえはある。
ことに悲劇的な色合いのモーザーは、トリスタン的だし、マッテラの清楚な歌声と、クールなオッターの山鳩も素敵なものだ。
 でも全体に、LSOのものを聴いちゃうと、踏込みが甘いような気がする。
それは、よく言われるように、録音がイマイチなことで、声はまだしもオーケストラが遠くで鳴っているように感じる。
これはもったいない話だ。
 ラトルとベルリンフィルのグレの歌は、2013年の、フィルハーモニーザール50周年のものがあって、ベルリンフィルの映像アーカイブにはなっているが、そちらの音源化もお願いしたいものだ。

しかし、この曲、ほんと好きなもんだ。
ブーレーズ盤とアバド盤が一番好き。
CDは7種と、音源4種をときおり、とっかえひっかえ聴いてる。

  仰げ 太陽を 天涯に美しき色ありて、東に朝訪れたり。

  夜の暗き流れを出でて 陽は微笑みつつ昇る

  彼の明るき額より 光の髪は輝けり!

未来を見据える、シェーンベルクの素晴らしい音楽であります。

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過去記事 

「ブーレーズとBBC交響楽団のCD」

「俊友会演奏会」

 「アバドとウィーンフィル」

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2017年11月11日 (土)

シベリウス 「クレルヴォ」交響曲 東京都交響楽団演奏会

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上野公園のイルミネーション。

コンサート後の、火照った心をクールに沈めてくれる。

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  東京都交響楽団第842回定期演奏会
  フィンランド独立100年記念

   シベリウス 「クレルヴォ交響曲」

          交響詩「フィンランディア」

     Ms:ニーナ・ケイテル

     Br:トゥオマス・プリシオ

  ハンヌ・リントゥ指揮 東京都交響楽団
               フィンランド・ポリテク男声合唱団
               合唱指揮:サーラ・アイッタクンプ

            (2017.11.8 東京文化会館)


シベリウス(1865~1957)の大作、クルルヴォ交響曲は、75分から80分もかかるうえ、フィンランド語による独唱と男声合唱を要することもあり、なかなか演奏機会に恵まれない。

フィンランド国、独立100年の記念行事の一環でもある、大いに意義に満ちたコンサートだったのであります。

簡単に、遠くても、親しみのある親日国フィンランドの歴史をざっくり紐解いてみる。
古代や先史時代はともかくとして、12世紀ごろにフィン人の国が形造られ、同時に隣国の強国スウェーデンとの葛藤も長く続き、やがて18世紀頃からは、ロシアの影響下におかれ、宗主国的な存在となる。
19世紀には、民族独立的な機運が芽生え、やがて1917年、ロシア革命に乗じて真の独立を果たす。

これが100年前。
そのあとも、ドイツ側について、ソ連との戦いになり、敗戦国ともなるが、東西からは巧みに一線を隔す存在になり、大らかな民主主義国家を貫いているが、近年は反ロシア的な動きで、NATO寄りに傾く政策を実施中・・・・とのこと。
前置き長いですが、愛国作曲家シベリウスの音楽を聴くうえで、そんなフィンランドの歴史を頭に置いておくことも肝要かと。

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「クレルヴォ交響曲」は、1891年、26歳のシベリウスがベルリンに留学中に、大叙事詩「カレワラ」のなかのクレルヴォにまつわる物語を素材に書き上げた劇的交響曲。

以前の自分のブログから、その物語の概略をここに引用します。

<戦いの英雄クレルヴォは、黄色い髪に青い眼のハンサムだった。あるとき森で出会った乙女に夢中になってしまい、思わず、こと、いたしてしまう。
ところが、自分の妹であったことがわかり、みずからの命を絶とうとする。
だが母親にいさめられ、思い直し、かつての父の敵を討つべく戦いに挑む。
はれて、戦に勝ち、クレルヴォはかつて妹と会った森の中で自決して果てる・・・。>

北欧の神話は、ともかくエグかったり、ぶっとんでたりしますが、ここでは、同じ北欧神話に素材を求めた「ニーベルングの指環」の結婚の女神フリッカ様が、プンプンとお怒りになる内容となっている。

Ⅰ「イントロダクション」、Ⅱ「クレルヴォの青春」、Ⅲ「クレルヴォと妹」、Ⅳ「クレルヴォ戦いに赴く」、Ⅴ「クレルヴォの死」の5楽章。

でも、物語の表層はそうであっても、そんなイケない色恋は、唯一第3楽章で、独唱によるクレルヴォと乙女の二重唱で表されるが、それもかなりシャープな音楽で、抗う乙女が序徐々にの夢心地に自分を語る部分だけがロマンティック。
妹と知ったクレルヴォが、痛恨の叫びをあげて悲嘆にくれる様は、ほんとに痛切。
スケルツォ的な4楽章が明るい基調なのを除けば、この作品は、全編、悲壮なムードに覆われている。
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こんなシベリウス若き日の渾身の作品を、リントゥの指揮のもと、都響は圧倒的なその力量でもって、弛緩することなく、緊張感にあふれた演奏でもって聴かせてくれた。

冒頭、沈鬱な雰囲気のなか、クレルヴォの主題ともとれる旋律があらわれ、その後の展開がかなり地味なところが、まだまだ若書きともとれ、聴き手もいきなりだれてしまうところ。
しかし、終盤、その主題が決然と出現して褐が入るわけだが、このあたりの起伏のつけ方は、指揮者の腕の見せ所で、あたたまりきらないオーケストラを奮い立たせたように思う。

緩徐楽章的な2楽章は、北欧を感じさせる、いかにもシベリウス的な音楽で、都響の弦の美しさを味わえましたし、展開部でのリズミカルな木管は、これまたシベリウスならではの様相で、曇り空にしばしの明るさが兆したように聞こえます。

曲の中心で、一番長い3楽章では、いよいよ男声合唱と独唱が入る。
フィンランド・ポリテク男声合唱団、サッと立ち上がり、歌い始めると、さらにホールの空気が北欧化。フィンランド語の語感も、意味はさっぱりながら、やっぱりネイティブは違うと思わせます。
クレルヴォと乙女との出会いを歌ったあと、メゾとバリトンの二重唱も交えて展開。
 バリトンのプリシオが、実に素晴らしくて、自分の系譜を語るところでの豊かな声の響きび魅せられたし、この楽章の最後の悲痛の歌声と厳しい感情の吐露では、こちらまで緊張してしまい苦しくなってしまった。
その後のリントゥの大きな指揮ぶりによる劇的なエンディングも痺れたし、聴き手の多くは、ここでほぼ、この演奏と音楽にのめり込むようになったと思う。
 ケイテルさんのメゾは、声質的に、もう少し軽い方がよかったし、若干届きにくいかとも思ったけれど、長いソロと、まるでR・シュトラウスを思い起こさせるような、素敵な木管の背景にも聴き入ることができましたよ。
しかし、合唱のときも、ソロのときも、オーケストラは全員、それを支えつつも、いろんな動きをしていて、大変なものだと思いつつ拝見し、さらに、そのすべてを俯瞰し、統括する指揮者って、ほんと凄いものだな、いまさらながらに思ったりもしました。。

続く戦いへの旅立ちは、これまでの緊張を、ちょっと紐解く明るさがあり、聴き手のわれわれも、牧歌風のなじみやすい旋律にちょっと一息といったところ。
長身のリントゥさんも、指揮台で弾むようにしてました。

終楽章では、ワタクシは痺れっぱなし。
死地を求めるクレルヴォの様子を歌う合唱に、オーケストラは静かに、そして徐々に力を増してゆく、クレルヴォの主題にまつわる旋律を奏でる。
この展開に、私はゾクゾクしてきて、感動に震えました。
 そしてオーケストラのユニゾンで、あの旋律が勇壮にして、忽然と奏されたとき、わたくしはもう、わなわなと震えるほどに。
あとの厳しい、壮絶なエンディングは、もう手に汗握りっぱなしで、合唱に、オーケストラに、そして渾身の指揮棒にと目が離せませんでした!

すべての音が鳴りやんだあと、拍手もおこらず、しばしの静寂。
しかし、そのあと盛大なブラボーと熱い拍手が巻き起こったのは言うまでもありません。

この曲ひとつでも十分なのに、せっかくの本場の男声合唱だから、そして、フィンランド独立を祝うにふさわしい曲、「フィンランディア」が高らかに演奏されました。
都響もタフです!
中間部のフィンランド賛歌を静かに、でも心の底から歌う合唱団のお顔は、どこか彼方を思いながら夢見るように見えて、とても素敵なものでした。

オケが去ったあと、合唱団が順番に舞台を後にしますが、われわれ聴衆は、立ち上がって、最後の一人まで拍手でお送りしました。
彼らも、われわれの思いが伝ったのでしょうか、手を振ってくれましたし、ホールを出るときに、再び出会った彼らも、本当にうれしそうにしてました。

素晴らしい演奏会でしたnote

Bunka

 過去記事

 「デイヴィス&ロンドン響のクレルヴォ」


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2017年11月 3日 (金)

ブラウンフェルス オルガン協奏曲 H・アルブレヒト指揮

Tochou

ある夜の、東京都庁。

十三夜間近の月夜でした。

ちょっときれい、だけどゴージャスにすぎる都庁。
優秀な職員によって、緻密な都政は維持されているけど、お偉いさんは迷走中・・・・
Braunfels

ブラウンフェルス  オルガンと少年合唱とオーケストラのための協奏曲

         オルガン:イヴェタ・アプカルナ

                       テルツ少年合唱団

   ハンスイェルク・アルブレヒト指揮 ミュンヘン交響楽団

            (2012.1 ヘラクレスザール、ミュンヘン)


ヴァルター・ブラウンヘルス(1882~1954)は、ドイツの作曲家だが、ユダヤ系ゆえに、ナチス政権より、その音楽が退廃音楽であるとの烙印をおされてしまい、音楽史の裏側に追いやられてしまった。

かつて、そのオペラ「鳥たち」を取り上げたおりの記事から、以下、引用します。
「有名な法律家・翻訳家を父と、リストやクララ・シューマンとも親しかったシュポーアを祖父に持つ母。ブラウンフェルスは、当然のように音楽の教育を受け順調に育っていったが、ミュンヘンの大学で法律と経済学へと方向転換してしまう。
しかし、そこでモットル指揮の「トリスタン」の上演に接し、またもや音楽へと逆戻り。
こんどは、ウィーンでピアノを学び17歳でピアニストデビューを飾る。
同時に作曲をモットルとトゥイレに学んで、作曲家としてドイツ各地で頭目をあらわしてゆくが、1933年に、自身はカトリックの信者であるという抗議にも関わらず、ヒトラーから半ユダヤということで、公職をはく奪され、その音楽も演奏禁止とされてしまう。

オペラを10作、管弦楽・室内楽・器楽・声楽と広範にその作品を残したブラウンフェルス。
「鳥たち」は、1920年にミュンヘンで初演された3番目のオペラで、その時の指揮は、ここでも(前週のコルンゴルトと同様に)ブルーノ・ワルターであった。
そのワルターも、そしてアインシュタインまでもが、この作品の素晴らしさ・美しさを讃えているのでありました(解説書より)」

このように、同時代の演奏家や評者は、ブラウンフェルスの音楽を高く評価しており、モノラル時代には、いくつかの録音も残されていたが、しばらく、その名前すら聞かれなかったものが、デジタル時代になって登場したのは、デッカの退廃音楽シリーズの恩恵でもあろう。

いまは、OEHMSレーベルが、ブラウンフェルスの作品を順次録音してくれていて、今日は、そのなかのひとつ、「オルガン協奏曲」を。

ブラウンフェルスは、熱心なカトリック信者であり、それはその音楽にもあらわれており、オペラの素材(受胎告知、聖女ヨハンナ等)や、宗教的声楽作品(ミサ曲、テ・デウム、オラトリオ)などであるが、このオルガン協奏曲にもそうした局面が大きくにじみ出ている。

オルガンに、オーケストラは、木管楽器がなしで、弦楽器、トランペットとトロンボーン、ティンパニとバスドラという編成、そして少年合唱団。
ユニークな編成だが、オルガンを中心に、華やかさを排除したサウンドになっているところが、この作品にシリアスさと、真摯さを表出しているように思う。

1楽章は、合唱は出ず、オルガンが縦横無尽に活躍し、全編がカデンツァみたいになっている。厳しい表情が続出するが、そのエンディングは、とてもカッコいい!

ブラウンフェルスならではの、抒情とミステリアスな雰囲気にあふれた第2楽章は、とても美しい。
オルガンの上に、光明のように響くトランペット、静かな中に、徐々に音楽が熱くなっていって天使のように出現する少年合唱。最後は長いオルガンのカデンツァ。

さて、3楽章はフーガ形式で、少しばかり錯綜した雰囲気で進むものの、徐々に、そして光がさしてくるように整理されてきて、いよいよのクライマックスが準備されてきて、ついに、合唱と全楽器で、コラール「シオンは物見らの歌うのを聞けり」(バッハのカンタータBWV140<目覚めよと我らに呼ばわる物見らの声>が、高らかに歌われ、感動の極致を味わうこととなります。

 各楽章は、それぞれ、「幻想曲」「コラールと間奏曲」「フーガ」と題され、そう、バッハのオルガン曲をリスペクトする内容ともなっていると思うわけであります。

1927年の作曲、初演は1928年で、ギュンター・ラミンに捧げられ、そのラミンのオルガンで、ライプチヒのトーマス教会にて、フルトヴェングラー指揮のゲヴァントハウス管弦楽団で初演され、オペラ「鳥たち」以来の大成功を収めたといわれます。
 フルトヴェングラーとブラウンフェルスも、大の仲良しだったそうな。

このCDは、いまのミュンヘン・バッハ管弦楽団を率いるハンスイェルク・アルブレヒトの指揮によるもので、オルガンは、ラトヴィア出身のアプカルナ嬢です。
キリっとした、とてもいい演奏に思います。

ほかに、今度はアルブレヒトのオルガンソロで、トッカータとアダージョ、フーガ。
オーケストラ曲、交響的変奏曲が収録されてまして、それらはまた別の機会に。

ブラウンフェルスの作品、「テ・デウム」と「受胎告知」もまた、いずれの機会に取り上げます。

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 過去記事

 「ブラウンフェルス 鳥たち」

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2017年10月29日 (日)

ドヴォルザーク レクイエム ケルテス指揮

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カメラの絞り機能が不全で、かえってこんなに幻想的な写真が撮れました。

あざみの花もぼけてしまい、影に覆われ、ぼんやりとした夕焼けとちぎれた雲が寂しい。

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     ドヴォルザーク   レクイエム op.89

 S:ピラール・ローレンガー        A:エルジェーベト・コムロッシ
 T:ロバート・イロースファルヴァイ   B:トム・クラウセ

   イシュトヴァン・ケルテス指揮 ロンドン交響楽団
                      アンブロジアン・シンガーズ
                      合唱指揮:ジョン・マッカーシー

              (1968.12 @ロンドン、キングスウェイホール) 


自分の持つCDは、ダブルデッカのもので、こちらの画像とは違いますが、子供時代に見た、このジャケットが、やたらと思い出にあるので、デッカの初出時のものを拝借しました。
ロンドンレコードから出た邦盤は、大きな白枠ベースの中に、この絵画。
 1971年ごろに出た「ケルテスのドヴォルザークのレクイエム」は、レコ芸のオレンジ色のロンドンレコードの広告で、大きな紙面を割いてのものでした。

この絵画は、ブリューゲルの「十字架を担うキリスト」で、手前に磔刑に向かうイエスを嘆き、悲しむマリア一行がまず目に入る構図。
十字架を負うイエスは、連行する軍と日常の生活を送る人々の中に埋もれるようにして見える。右奥のサークルは、処刑場だ。
人々は、ブリューゲルの生きた16世紀の頃の存在になっている。
背景や、カラス、全愛の構図等、とても恐ろしく、そして悲しみに満ちた絵画に思います。

ドヴォルザークのレクイエムは、死の恐ろしさや、悲しみもあるけれど、もっとそれ以上に優しく、神への帰依と信頼にあふれた孤高の作品でありました。。。


音楽聴き始めの少年にとって、ドヴォルザークは新世界だし、ケルテスも新世界、レクイエムは、モーツァルトとヴェルデイしか、存在すら知らない。
なのに、ドヴォルザークのレクイエムって、しかも2LPでやたらと長そう・・・・

そんな思いをずっと引きずって、同じドヴォルザークの「スターバトマーテル」はやたらと聴くけれど、レクイエムは、常に遠い存在だった。
 遅ればせながら、この夏に、「ドヴォルザークのレクイエム」は、わたくしの心にピタリと符合するようにして、近しい存在としてやってきてくれました。

今年から事務所詰めが多くなったので、音楽を垂れ流し。
ドヴォルザークの全作品を、手持ち音源と、ネットで聞き流してやろうと思いつき、2か月かけてやってみましたよ。
イマイチ初期交響曲や、どれもこれもおんなじに聴こえちゃう室内楽も、あらためて体系的に、そして作曲順に聴いてみれば、それぞれが、ドヴォルザーク特有のメロディとリズムにあふれていることが日に日にわかるように。
 今回、とくによかったのが、弦楽四重奏や五重奏系、それと抒情的なピアノ曲たち。
それと味わい深いオラトリオ、ミサ、テ・デウム、聖書の歌などの声楽作品に、むにゃむにゃ系のチェコ語は難解ながら、メロデイふんだんなオペラ(さすがに音源なしもあります)。

そんななかでの「レクイエム」は手持ち音源のケルテス盤と、エアチェック音源の、ルイゾッテイ盤(ベルリンフィル)、youtubeにあった、パリの教会での演奏会を繰り返し視聴。

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1884年に、ロンドンのフィルハーモック協会の招聘で、ロンドンに赴き、「スターバト・マーテル」を演奏して、大絶賛され、ここからイギリスとの蜜月が始まるドヴォルザーク。
交響曲第7番や、8番もこうして生まれた。
 同時に、数々の名誉にも授かった充実のこの時期。
オーストリア=ハンガリー帝国皇帝から鉄王冠章、チェコ芸術アカデミー会員への推挙、プラハ音楽大学教授、カレル大学名誉博士・・・
 こんな時期に、バーミンガム合唱音楽祭からの委嘱で、1890年、10か月をかけて作曲されたのが「レクイエム」。

7年前に書かれたヴェルデイのレクイエムのことは、きっと頭にあったドヴォルザーク。
編成や、音楽の規模は、ほぼ同じ。
 特定の人物(マンゾーニ)の追悼の意図をもってかかれたヴェルディのそれは、死者のためのミサ曲であるレクイエムのとして、劇的かつ歌謡性にも富んだ壮大な作品。
ドヴォルザークの方は、特定の追悼の対象はなく、熱心なカトリック信者だった作曲者の内面の吐露であるとともに、シンフォニストとして、巧みな筆致を駆使した総決算的な作品なのだ。

通常のラテン語典礼文を使いながら、切り分けや、区切りを自由に行っていて、四角四面のレクイエムでもない。
ディエスイレはありますが、ヴェルディのような咆哮はなく、短めで簡潔。
むしろ、のちのフォーレ的なスタンスも後半には感じる。

曲は、大きく分けて二部。
1部は、入祭唱たるRequiem Aeternamから始まり、昇階唱、ディエスイレ、トゥーバ・ミルム、レコルダーレ、呪われしものConfutatis、そしてラクリモーサで締める。
 第2部は、奉献唱Offertorium、Hostias、サンクトゥス、Pie Jesu、アニュス・デイ。
ここでは、1部のラクリモーサのなかの、Pie Jesuが再現されるところが、この作品のキモかもしれない。
 冒頭にあらわれる旋律が、モットーとなって、全曲の重要な局面で使われていることで、大曲を引き締め、統一感を持たせることにもなっている。

1部は、峻厳できびしい雰囲気が漂い、神への痛切な祈りと死への涙にあふれているが、2部では、優しいドヴォルザークの目線を感じる、慰めと静かな祈りの世界。

合唱は、しばし、アカペラで歌い、ソロ歌手たちの扱いも、絶叫シーンはなく、静かな語り口のものが多い。
オーケストラも中間トーンで渋いが、よく聴きこむと、ソロや合唱を引き立てるとともに、単なる合いの手ばかりでなく、いろんなフレーズが、いろんな楽器の巧みな使い方で飛び出してきて、オケだけに注目して聴いてみても、大いに楽しめた。
とりわけ、2部が素晴らしいと思ってます。
Pie Jesuから、Agnus Deiの終曲ふたつは、絶品で、しんしんと深まる夜、静かに聴くに相応しく、心、休まります。
      ------------------

録音時38歳だったケルテスの熱い指揮ぶりと、緻密な全体を見通す指揮ぶりとが、こうした大曲では、見事に発揮される。
有能な指揮者のもとに、オーケストラも歌い手たちも、完全一体化している。
ソロでは、ローレンガーの清らかな声が素敵だ。

この録音の5年後には、43歳で、テルアヴィブの海で亡くなってしまうケルテスだが、イスラエルフィルの客演に、ケルンから同行していたのが、バスの岡村喬生さん。
一緒に海に行ったのが、その岡村さんと、ルチア・ポップとイルゼ・グラマツキとのこと、岡村さんの著書に、その顛末が詳しく、ネットでも読めます。
読んでて、涙がでました。
そのときのイスラエルフィルでの演奏、ハイドンのネルソンミサも音源化されてます。

ケルテス、いい指揮者だった。
存命してれば、とも思いつつ、ドヴォルザークのレクイエムを聴きました。

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2017年10月25日 (水)

ブルックナー 交響曲第9番 バレンボイム指揮

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竹芝桟橋からの月島方面の眺望。

日の出の時間帯です。

東京の都心はビルだらけで、空が狭い。

けれども、海方面に行けば、こんなに素晴らしい空も眺めることができる。

東京は、日本各地の美しさにも劣らず、このように美しい街です。

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  ブルックナー  交響曲第9番 ニ短調

    ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

         (1975.5 オーケストラ・ホール シカゴ)


かつては想像もつかないくらいに、ブルックナーとマーラー、それに続いてショスタコーヴィチの交響曲全集が録音されるようになった。
いったいいくつあるんだろう、的なレベルだ。

レコード時代だと何十枚もの組み物になって、何万円もしたものが、いまや数枚、数千円のCD時代の恩恵もあるが、なんといっても、これらのシンフォニーたちが、ベートーヴェンやブラームス並の人気曲になった証であろう。

そんなわけで、自分もそこそこ全集そろえてしまいます。

3回もブルックナーの全集を録音している指揮者は、これまで、バレンボイムをおいて、ほかにいない。
入手して数ヶ月、ようやく聴こうと思ってるベルリン・シュターツカペレとの全集のまえに、最初のシカゴ響とのものをあらためて全部そろえてみて聴いてみた。
ゼロ番から順番に。

何度も聴いてきたもの、今回、初聴きのものも含めて、このシカゴとの全集は、室内オーケストラから、フル・オーケストラを指揮するようになって、まだ間もなかった30代のバレンボイムが、アメリカの超ド級のオーケストラを前にして、少しも臆することなく、堂々と渡り合う姿が、ときに頼もしく、ときに青臭くも感じる、そんな演奏となっている。

ショルティのもと、黄金時代を築いていたシカゴ響は、DGとは、メディナテンプルを録音会場としたデッカより先に、本拠地のオーケストラ・ホールでの録音をバレンボイムとのブルックナーシリーズで開始した。
DG初レコーディングは、72年の「4番」ではなかったのではないかと記憶します。
その次が、75年の「9番」。
このあと、シカゴ響は、アバドやジュリーニとも、76年からマーラーを中心に、怒涛の名録音を残していくことになります。
ちなみに、ジュリーニのこれまた名盤、シカゴとのブルックナー9番は、76年12月の録音であります。

 さて、通して聴いた、バレンボイム&シカゴのブルックナー。
特に、気に入った演奏は、レコード時代から聴きなじんだ4番、それと剛毅な5番、美しい6番、最近食傷気味だったのに、とても新鮮だった7番、若気の至り的に思ったけど、大胆な8番、そして堂々たる9番でありました。

そんななかから「9番」を記事にしてみました。

演奏時間61分、前のめりになることなく、いや、むしろ老成感すら漂わせる風格。
ときおり、若い頃のバレンボイムの力こぶの入った指揮ぶりを思い起こさせるところもある。(初めてバレンボイムの指揮をテレビで見たのが73年の、N響への客演で、実際に拳を握りしめて突き出すような指揮ぶりだった)
 しかし、そんな力の入れ具合が、完璧なアンサンブルと、絶叫感のないシカゴ響が見事に吸収して、堂々たる風格へと全体の雰囲気を作り上げているように思える。
テンポのとり方、間合いも泰然としたものに感じる。

孤高な感じと、スタイリッシュなカッコよさすら感じる1楽章には痺れました。
スケルツォ楽章では、シカゴのパワー全開な一方、デモーニッシュな吃驚感も導き出し、恐ろしい30代と思わせる。
諦念と、抒情、崇高さの相まみえる難しいアダージョ楽章も、若さの片鱗すら感じさせない熟した響きだ。
しかし、全編、ともかくシカゴはうまい。
特にブラスの輝きとパワー。

このレコードが出たとき、レコ芸の批評で、大木正興さんが、「端倪すべからざる演奏」としていたことが、今もって記憶される。
この言葉自体が、その後もバレンボイムの推し量ることのできない才能をあらわすものとして、自分の中には刻まれることとなったが、演奏のムラも一方で多い、この複雑な才人に対する言葉としても、言い得ているようにも思う。

このブル9あたり以降、バレンボイムはトリスタンを手始めに、ワーグナーに傾倒していくことになりますが、そんな気配もこの演奏には感じ取れることができます。
いいときのバレンボイムは、ほんとうに凄い。
2007年のベルリンとの来演のトリスタンがそうです。

さて、シュターツカペレ・ベルリンとの全集の前に、ベルリンフィルとの全集を手当てしようかな・・・悩み中

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2017年10月15日 (日)

モーツァルト 「ドン・ジョヴァンニ」 クルレンツィス指揮

Zojyoji_tower

ある朝の芝増上寺と東京タワーと月。

この日の頃は、10月とは思えないくらいの陽気で、暑いくらいだった。

でも、その後、沖縄をのぞいて、日本は秋から初冬の気温に。
しかも、秋雨前線も発生しちゃった。

すっきりした、高い空の秋晴れが恋しい。

で、爽快・痛快なる話題の指揮者によるモーツァルトをば!

Mozart_don_giovanni_2

   モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」

      ドン・ジョヴァンニ  :ディミトリス・ティリアコス 
      ドンナ・アンナ    :ミルト・パパタナシュ
      ドン・オッターヴィオ :ケネス・ ターヴァー   
      ドンナ・エルヴィラ  :カリーナ・コーヴァン
      レポレロ                :ヴィート・プリアンテ         
      ツェルリーナ         :クリスティーナ・ガンシュ
      マゼット                 :グィード・ロコンソロ          
      騎士長             :ミカ・カレス


  テオドール・クルレンツィス指揮 ムジカエテルナ

            (2015.11.23~12.7 ペルミ国立歌劇場)


ギリシアのアテネ生まれの45歳、サンクトペテルブルク学んだことから、ロシアを拠点に活動。
シベリアのノヴォシビルスクの劇場のポストからスタートし、そこで、手兵ムジカエテルナを創設、その手兵とともに、ペルミの歌劇場へ移動し、いまは、そのオケが劇場のレジデントオーケストラとなっている。

ここ10年ぐらいで、ロシアの地方都市でそのキャリアを急速に積み上げ、気鋭のオペラ指揮者として、脚光を浴びているのが、クレンツィス。
今夏は、ザルツブルクにも登場して、ティトを指揮している。

Currentzis

豊富な動画を通じて、この指揮者のやんちゃぶりは、かねてより見聞きしていたが、ダ・ポンテ三部作のうち、最新の「ドン・ジョヴァンニ」を半年ほど前に入手し、その豪華な装丁を眺めるだけで、どうにも聴く気がおきなった。
特段に理由はありません。

10月に入ってようやく聴きはじめたら、そう、もう面白くてしょうがない。
まとめて聴く時間がなかなかないので、毎日、少しづつ聴いて、さらに通しで2度。

古楽から現代まで、なんでもこなす指揮者にオーケストラ。
そのオールマイティなフレキシビリティと、その音楽の雄弁さを裏付けるのが、彼らの「自由さ」であろう。
数々の動画でも感じるが、ともかく彼らは、自由に音楽する楽しさを謳歌しているんだ。

この3時間あまりのドン・ジョヴァンニでも、最初から最後まで、音楽は生き生きと息づいて、弾んで、爆発して、泣いて、怒って、悲しんで、と人間の機微を余すことなく表出しまくる。
初めて目にする名前の歌手たちも、全般に軽量級ながら、きわめて雄弁で、それぞれが表情に富んだ歌唱と、情の機微を歌いだす。

ふんだんに配置された有名なアリアたちも、目からウロコが落ちるくらいの新鮮さに満ちていて、オケも歌手に一体化して、まるで歌手のようにふるまっているのが面白い。

レシタティーボも、うかうかしていられない。
チェンバロでなく、フォルテピアノの丸っこい響きだが、快活そのもので、これまた雄弁なものだから、歌手も普通に流さずに、真剣に歌う場面となってるし、その時の歌手の心情に寄り添うような感情表現もみせたりする。
さらに、ビオラ・ダガンバなどの古楽器も添えて嘆息するような雰囲気もふんだん味わえるのが新鮮。
それらが饒舌に感じさせないのは、音楽に生命が宿っているからに他ならない。

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                  (ペルミ劇場での録音風景)

プロモーションビデオを見たが、クレンツィスは、モーツァルトがいまの時代に降臨したら、どのように感じ、表現するだろうか・・・などと話している。
なるほど、当時の楽器を使い、その頃の響きを再現するのでなく、同じ楽器や奏法、歌唱でも、いまにあるわれわれ現代人のモーツァルトなわけだ!
 そして、「ドン・ジョヴァンニ」は、デンジャラスでダークかつミステリアスなドラマだとも。

従来の考えや因習にとらわれない、こうした発想に基づく音楽創造は、欧州や米国、日本の音楽都市からは生まれにくいし、育ちにくい。
シベリアの地や、ウラルの地で、自由に活動するクレンツィスを地元の人々は熱烈に歓迎しているようだ。
思えば、かつてのゲルギエフもマリンスキーと、ラトルがバーミンガムと、ヤンソンスがオスロと、ロトが手兵のレ・シエクルと、成し遂げたような、ローカルな非メジャーが、音楽を面白くしてくれるのだ。
思えば、ペトレンコもシベリア方面の出自だ。

Photo

工業と芸術の街、ペルミの位置図。

こうしてみると、モスクワやサンクトペテルブルクは、より欧州寄り。
ペルミのある広域でのウラル地域は、中東や西アジアにも近い。
それにしても、ロシアは広大で、右側にさらにさらに広がって、日本のお隣まで。

ペルミの劇場のHPや、そちらの映像を見ていたら、楽員や合唱団の顔ぶれが多彩であることに気が付く。

ペルミの劇場のHP ⇒ http://permopera.ru/en/

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グーグルマップ先生から使わせていただく劇場の冬景色。
大河が流れ、水運の交通の要衝でもある工業都市ペルミを、マップで俯瞰して見るのも楽しく、とても美しい街と実感できましたよ。

今頃、クルレンツィスの指揮で、トラヴィアータと、21日には、コンサートで、プロコフィエフの古典交響曲と、ショスタコーヴィチの9番。
遠く離れた日本で、ロシアの地で起きている音楽発信を見守るのもいいものだ。

そして、ドン・ジョヴァンニの後半をもう一度聴き、地獄落ちの場面のスリリングな演奏と歌唱に息をのむ。
その後の一同集合の大団円が、付け足しのように思えるのも、この演奏の凄さなのかもしれない。
こんな鮮烈なドン・ジョヴァンニのあと、伝統的なベームのプラハ盤をちょこっと聴いてみたけれど、これはこれでキリリとしていて、モーツァルトの音楽のすばらしさを楽しめるものと感じた。
昔からすると、これほどまでに、音楽表現の多様性を、こうしてふんだんに受け入れることができる現代が、隔世感とともに、ほんとに恵まれていると痛感する。
  

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2017年10月 9日 (月)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲 ブレンデルの古い盤

Shibaura

日の出直前の竹芝桟橋から。

日の出スポットは、もうちょっと左側だけど、倉庫やマンションが立ち並び、見えません。

あの豊洲も見えましたよ。

Beethoven_p1_brendel

     ベートーヴェン  ピアノ協奏曲全曲

       Pf:アルフレート・ブレンデル

    ヴィルフレット・ベッチャー指揮 シュトゥットガルト・フィルハーモニー(1番)

    ハインツ・ワルベルク指揮 ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団(2番)
                     ウィーン交響楽団(3、4番)

    ズビン・メータ指揮 ウィーン交響楽団(5番)

                    (1961、66、67年 ウィーン)


私の、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の初聴きは、この1枚。
1970年のベートーヴェン生誕200年の年に出た、ダイアモンド1000のベートーヴェン・シリーズ。
当時はまだ、そんなに有名じゃなかったブレンデルの協奏曲が4枚の廉価盤で登場した。
小学生のこづかいからの千円は、とても痛かったので、ラジオで聴いて、印象的だった1番のみを購入し、すでにスター指揮者だったメータが、なんと廉価盤になっていた5番は、どうしても買えなかった(というか、皇帝をまともに聴いたことがなかった)

ともかく1番の初々しさと、豊富なメロディが好きだった。
ブレンデルの若やいだピアノも、いまもって色あせてなくて、もう48年も前の記憶のまま。
 ずっと後年、この全集を揃えたのは、社会人になってから、VOXからCD化されたもので。

目玉だったメータ指揮する5番に、ちょっとがっかり。
いまも変わらないブレンデルの豊かなピアノに、メータ指揮するオーケストラは、せかせかとハイスピードと、音圧の強さでもってがんがん進める。
まさに若気の至り、かと思いきや、2楽章はとても神妙で美しく、そして3楽章は、威勢よく終了、と。

それにしても、この一番古い、いまから半世紀も前の録音に聴くブレンデルのピアノの妙技はいかがなものだろう。
誠実に、一音一音を弾き進めながら、そこに柔和さと、デリケートさ、そして、歯切れのよさも十分。
音が、丸っこく感じるのは、録音のせいもあるが、やわらかい。

オーケストラでは、ワルベルクの指揮するものが、際立った特徴はないが、やはり安定感と、安心感がある。
ウィーン響とあるが、かつてのレコード時代は、ウィーン・プロムジカ管弦楽団とか表記されていたもんだ。

たまに聴くと、懐かしい響きに包まれていて、ホッとする、一番古いブレンデルのベートーヴェンでした。


Beethoven_brendel_haitink

   ベートーヴェン  ピアノ協奏曲全曲

         Pf:アルフレート・ブレンデル

   ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                     (1975、76、77 ロンドン)


前回は30代半ば、そして10年後、押しも押されぬ中堅ピアニストとなったブレンデル、2度目のベートーヴェンは、専属となったフィリップスレーベルから、ハイティンクとの共演で。
数あるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集で、全体として一番好きなのはこれ。
ソリストと指揮者、それぞれの思いや音楽が完全に一致していて、スタイルが統一されていて、とても凛々しい。

若やいだ1番と2番から、中期の深淵さと、壮麗さのスタイルへと移ってゆく、3、4、5番と聴き進めてゆくと、この演奏の必然性がとてもよくわかる。
それぞれの番号ごとに、とてもいい演奏なのだけれど、全体としてとらえると、こうしたベートーヴェンの音楽の神髄を導き出してやまない感じがする。

とりわけ、素敵なのが、いずれの曲も、その緩徐楽章。

ギャラントだけど、美しい旋律に満ち溢れた1番と2番のそれ。
よりロマンティックに傾いた3番は、オーケストラもほんと美しい。
で、バックハウスが「神への祈り」と呼んだ4番のそれは、神妙なる調和の世界で、深みも。
華麗な楽章に挟まれた「皇帝」の2楽章もまた、神妙なる静的な世界。

ブレンデルの柔らかいピアノの音色で聴く、これらは、ほんとに素晴らしくって、秋の夜長にぴったりです。
2番なんて、もう、泣きたくなるようなピアノに、音楽であります。

もちろん、アレグロやフォルテの楽章もとても魅力的だし、いい音楽に、万全の演奏ですよ。
でも、年を経ると、こんなベートーヴェンの聴き方も、いいなぁと心から思います。

しかし、ブレンデルのピアノって、音が豊かです。
中庸の美でありながら、じっくりと聴くと、音が弾み、輝き、優しく語りかけてくる。
でもそれ以上に主張してこないから、安心して聴いていられる。

それとまったく同じことがハイティンクとロンドンフィルの、いぶし銀でありつつ、ちょっとくすんだ渋さのオーケストラと、ふくよかで、恰幅もほどよいハイティンクの作り出すサウンドがとても素晴らしい。
 ハイティンクとロンドン・フィルは、この時期にロンドンで、これら協奏曲も含めた交響曲チクルスをやっていて、そちらもコンセルトヘボウとはまた、一味違った名演になっていることはもう、みなさま、ご存じのとおりです。
 そして、「皇帝」におけるスケールの大きさは、若きメータのものと比べると、まるで大人と子供くらいに感じます。

そして、アナログ最盛期のフィリップスの深みのある名録音も、わたくしには最良のものでありました。

秋の夜、暮れ行く空を眺めながら、二日間にわたり、ブレンデルのベートーヴェンを堪能しました。

ちなみに、ブレンデルのあとふたつ(レヴァインとラトル)は、聴いたことがありません。
あと、ハイティンクの指揮では、アラウ、アシュケナージ(映像)、ペライア、シフがありますが、いずれも未聴・・・・。
ともかく、この歳になっても、あれこれ気になるもの、欲しいものが尽きませぬ・・・・
聴く時間は有限なのに。。。。
 

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2017年9月30日 (土)

フラヴィアーノ・ラボー イタリアン・テノール

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9月23日、お彼岸の東京タワー。

ブルーです。

で、どこか、テノールな気分。

往年のテノール聴きました、そして、クールに熱くなりました。


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なんだかなぁ、すぎるジャケットで、いろんなものに見えてくる・・・
お口直しに、別バージョンを拾いました。
Labo

    ヴェルディ    「運命の力」

  ポンキエッリ  「ラ・ジョコンダ」

  プッチーニ   「ラ・ボエーム」 「トスカ」 「トゥーランドット」

  ジョルダーノ  「フェドーラ」

       T:フラヴィアーノ・ラボー

 フェルナンド・プレヴィターリ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

                             (1954 ローマ)


フラヴィアーノ・ラボーの名を知る方は、だいたい、私より上の世代ぐらいでしょうか。
NHKが招聘した「イタリア・オペラ団」は、1956年より1976年まで、8回にわたって来日し、日本に本物のオペラを根付かせる原動力ともなった。
伝説級の公演の数々。

私が記憶にあるのは、1971年の第6次のものからで、そのあと73年は、NHKホールのこけら落とし、さらに76年は、実際にその舞台に立ち会うことができた。
その71年に、カラフ。73年に、カヴァラドッシとラダメスを歌ったのが、ラボーでありました。

小柄で、おっさん体系だけれども、その声は野暮ったさの一切ないスマートで洗練されたもので、かつ、力強さと輝かしさにもかけてはいない。
ベルゴンツィや、後輩のカレーラス系の声のイメージといえばよいかな。

正規録音としては、DGのスカラ座の「ドン・カルロ」ぐらいしか、ちゃんとしたものでは出ていなかったので、このアリア集の復活はとてもうれしい思いをしました。

モノラルながら、実に明晰な録音で、ラボーの素晴らしい歌声を楽しむことができます。

ラボーは、1927年生まれ、ロマーニャ州ピアチェンツァ県の出身で、イタリアでもどちらかというと、北西に位置する場所。
イタリアの北と南、その気質も大きく異なる。
そんなことも思いながら、イタリアの地図を眺めたりしながらラボーの声を聴くのも楽しい。
1991年に、交通事故で亡くなった新聞報道を見たときは、ちょっと驚き、寂しい思いをしたものだ。

73年の「トスカ」は、テレビを通じて何度も観劇しました。
赤いドレスの美しいカヴァイヴァンスカのトスカと、小柄なおじさん、ラボーのカヴァラドッシは、伝統的で、ゴージャスな舞台と演出とともに、ほぼ初「トスカ」だった自分のトスカ体験の刷り込みとなりました。

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ラスト、ローマの早朝の朝焼けのなかの処刑シーンでは、その空の色の美しさも、これまた刷り込み。
この頃に出た、メータ盤のジャケットが、たぶん、この舞台のものだったはずで、レコ芸にその盤の書評を書いていた桜井センリさんが、体験されたローマの朝のことに触れていて、私も、まだ見ぬローマのことを憧れでもって想像したものだ。

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懐かしい思い出ばかりのフラヴィアーノ・ラボーの歌声。

最近は、ワーグナーとシュトラウス中心のドイツ・オペラぐらいしか、新しい演奏は聴かないので、イタリアものの最近の歌手は、名前すらわからなくなってしまった・・・。
古いのしか知らない、聴かないイタリア・オペラなのでした。

 ヴェルディは、ここでは、ドン・アルヴァーロのアリア1曲だけだが、この耳洗われるような正統歌唱に、居住まいを正したくなる想いがする。
残りのプッチーニにも、涙が出そうなくらいに、こころが熱くなった・・・・

どれ、爽やかなイタリア産の白ワインでも開けて、もう一度聴こう。

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2017年9月18日 (月)

ブルックナー 交響曲第8番 ショルティ指揮ウィーンフィル

Shiba

何日か前の東京の壮絶な感じの夕焼け。

このあと、西の方から台風がやってくるのでした。

そして、60年代、ウィーンを中心に嵐を呼んだ指揮者を。

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    ブルックナー  交響曲第8番 ハ短調

    ゲオルグ・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                     (1966.11・12 ゾフィエンザール)


ほんとは大好きだけれど、めったなことでは聴くことが少なくなってきていた曲、それが、「ブル8」であります。

「ブル7」は、あまりにも演奏されすぎて、食傷気味。
曲が偉大すぎて、大きすぎるから、8番を敬遠。
9番も、やたらに好きだけれど、こちらは彼岸の曲にすぎるから、逃げてる風があるかもしれない。
だから、ブルックナーは、1、2、4、5、6番を普段聴きしてる。

そんな自分が、ふと気になったのが、ショルティの指揮する「ブル8」。

一般的には、シカゴとの全集録音の一環が、「ショルティのブルックナー」ということになるだろう。
しかし、ショルティが60年代、ヨーロッパを中心に、オペラ指揮者として活躍していた頃のブルックナーやベートーヴェン、マーラーの録音があることに、はたと思い出し、それらを聴いてみようということになったのだ。
 それらは、古いレコ芸の広告や、ロンドン・レコードの冊子などで見て、記憶の片隅にあったもので、これまで聴いてなかったけれども、ノスタルジーをかきたてる、そんな存在でもあったのだ。

で、手始めに聴いてみた「ショルティ&ウィーンフィルのブル8」。

いや、これが、実に爽快であった!

快刀乱麻、鬼のような形相で切りまくるブルックナーでもありながら、すべての音符が明快で、もやもやした、神棚に祀り上げられてしまったような、どこか遠い、崇高すぎるブルックナーではない。
手の届くところにある、ウィーンフィルのブルックナーでもあった。
そう、なんたって、プロデューサーは、ジョン・カルショーであり、音楽エンジニアは、ゴードン・パリーなのだ!!
 66年の録音といえば、58年から始まった、ショルティ&ウィーンフィルのトリスタンを挟んでの「リング」録音が、65年に終結したその翌年。
ホールもスタッフも、みんなおんなじ。

当時は、まだ難解な大曲だった「ブルックナーの8番」を、あの「リング」と同じく、優秀な録音で、明快に、わかりやすく聴いてもらおうという意欲が、演奏者・録音スタッフたちの共通認識だったかもしれない。

録音後、はや50年が経過し、そんな風に思える演奏なのだ。
この1年前、デッカは、同じコンビで7番、メータで9番をリング界隈で残しているのも、そうした意図があるのかもしれません。

全曲は、約75分。

速いところは一気呵成、それと、ドラマティックに燃え上がるところでは、壮年期のあの激しい、切るような怒涛の指揮ぶりが伺われるような、そんなすさまじさもあるけれど、さらに、音圧も強くて、はっきりしすぎの感もあるけれど、でも、相対的に、ブルックナーとしての伸びやかな佇まいと、まばゆさに欠けていないと思いながら聴いた。
ことに、圧巻の終楽章フィナーレは、有無をいわせず、かっこいい!

 で、なんといっても、ウィーンフィルの美しさ。
いまのオールマイティなウィーンフィルにない、ローカルな言語で語られるブルックナーは格別であった。
オーボエを中心に、鄙びた雰囲気の木管に、柔和なホルンに、丸みをおびた金管、そして懐かしいほどの親しみあふれる弦。
 これらを、しっかり捉えたデッカの録音。
あの「リング」の録音の延長線上にあるといっていいかもしれない。

この国内盤の解説には、リングの合間をぬって録音とあるが、それは間違い。

 「アラベラ」     1957年
  「ラインの黄金」  1958年
 ベートーヴェン 交響曲第3番、5番、7番 1958、59年
 「トリスタンとイゾルデ」  1960年
 「サロメ」       1961年
 「ワルキューレ」 1962年
 「ジークフリート」 1964年
 ブルックナー 交響曲第7番 1965年
 「神々の黄昏」          1965年
 ブルックナー 交響曲第8番 1966年
 「エレクトラ」           1966,67年
 「ばらの騎士」          1968年

ウィーンでのショルテイの録音は、あと、ワーグナーの管弦楽作品があるけど、こんな年譜かな。
こうしてみると、ひとつのレーベルが、ウィーンでのオペラ録音をとても計画的進めていったことがよくわかる。
あと、ショルティは、ローマやロンドンで、ヴェルディの録音を同じように行っていた。

ともかく、どちらかというと避けていた、この作品に、この演奏、大いに気にいりましたぞ。

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2017年9月16日 (土)

ザビーヌ・ドゥヴィエル モーツァルト・歌曲アリア集 「ウエーバー三姉妹」

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秋の気配の増す東京。

台風が冷たい風を送ってくる。

夕暮れの空も不穏だが、雲の流れは美しいものだ。

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    モーツァルト 「ウェーバー姉妹のための歌曲・アリア集」

        ザビーヌ・ドゥヴィエル

   ラファエル・ピション指揮 アンサンブル・ピグマリオン
     
        ピアノ:アルノー・ディ・パスカル

         (2015.1.12~18 パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会)


1777年、21歳のモーツァルトは、マンハイムに向かい、かの地で劇場主・バス歌手・教育者・写譜家のウェーバーに会い、父が教育した4人の姉妹歌手、ヨゼーファ、アロイジア、コンスタンツェ、ゾフィーとも出会うこととなる。

モーツァルトは、アロイジアに恋をしてしまい、彼女のために多くのアリアを作ることとなるが、その恋はあたわず、職を求めて母と共にパリに向かい、あげくには、職もなく、母も失ってしまうモーツァルト。

そんなウェーバー家の娘、三人に係わる作品を集めた1枚。

【プロローグ】

①バレエ音楽「レ・プティ・リアン」序曲
②「ああ、お母さん聞いて」
③「寂しい森のなかで」K.388
④「パントマイム「アルカンドロよ、私は告白しよう」K.294
【アロイジア】

⑤アリア「ああ、できるならあなた様にお教えしたいものです」K.418
⑥レシタティーボとアリア
  「テッサリアの民よ、‥私は求めはしません、不滅の神よ永遠なる神よ」K.316
⑦アリア「わが感謝をうけたまえ、やさしい保護者よ」K.383

【ヨゼーファ】

⑧アダージョK.410
⑨アリア「すでにやさしき春は微笑み」
⑩「魔笛」~「復讐の炎は地獄のようにわが心に燃え」
⑪英雄劇「エジプトの王タモス」間奏曲

【コンスタンツェ】

⑫「魔笛」~僧たちの行進
⑬ソルフェージョ K.393 第2番
⑭ミサ曲 ハ短調 K.427~精霊によりて

まさに、序の快活に始まるプロローグ部分。
パリを目指す途中で立ち寄ったマンハイムでの作品たち。
パリに着いたのち、「きらきら星変奏曲」となる「ああ、お母さん聞いて」は、透き通るようなドゥヴィエルの声が、聴く者の耳をとらえて離さない。

3人への作品のなかでは、おそらく歌い手としての才能と実力、そしてその力量にもモーツァルトは惚れていたアロイジアへのものが一番充実している。
ベルカントの歌い口を、モーツァルトは、彼女をオペラ歌手に仕立てるために教え、見事なコロラトゥーラとなった。

コロラトゥーラといえば、技術的にさらに高度なものがったのが、ヨゼーファ。
なんたって、夜の女王を歌ったのだから。
でも、モーツァルトは、ヨゼーファが苦手だったらしい。

そして、アロイジアに結婚されてしまい、残ったのがコンスタンツェ。
伝えられるものは、常に悪妻として名前が知られるが、実際はどうだったのだろうか。
歌い手としての力量は、姉ふたりからは、かなり劣るとされ、事実、彼女を想定してかかれた大ミサ曲のソプラノパートの1曲は、平易なもの。
しかし、そのシンプルながら、メロディアスな美しさは、モーツァルトの愛情のこもった愛らしさをたっぷり感じるし、その原曲ともなっている、ソルフェージュも美しい。
 こんな曲と、ドゥヴィエルの素敵な歌声を聴いていると、コンスタンツェは、モーツァルトにとって、可愛い妻だったのでは、と想えてきました。
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フランスの美人なソプラノ、ザビーヌ・ドゥヴィエル。

まだデビュー、5~6年ながら、ヨーロッパでは大活躍の彼女。
チェロと音楽学を学んで、同時に歌手も目指した。
フランスの同系統のソプラノ歌手としては、ナタリー・デセイとパトリシア・プティボンのあとを継ぐタイプです。

ちなみに、プティボンの新譜がこのところ途絶えていて、毎年出ていたコンピレーションアルバムももう何年も出てないし、日本では発売もされなかったものもある。
そのアルバムも渋い内容になって、レパートリーも本格化したゆえにだろうか・・・
DGから、ソニーへの移籍もこの前発表されてたし・・・・

それはともかく、ドゥヴィエルのレパートリーも、先輩のそれをしっかり歩みつつあり、ともの、夜の女王を歌っても、その復讐に燃えるアリアは、ちっともおっかいないところはなく、先鋭さはあるものの、ピュアな歌声で押したようなユニークなものだ。

そして、彼女の声の美しさを堪能できるのが、きらきら星の曲と、K.316のアリア。
透明感あふれる歌声と、感性の豊かさを、そのまま歌に乗せることができる、そんなしなやかさと、歌い口のうまさにもあふれてる。
技巧の凄さも目をみはるものがあるが、それはごく自然な雰囲気なところもいい。
 この歌声に、ずっとひたっていたいと思わせる素敵なザビーヌさまなのでありました。

ネット上で、たくさん彼女の歌が聴けますよ。

あと、指揮をとるピションとピグマリオン・アンサンブルの先鋭ながらも、躍動するような生き生きとした演奏が思わぬ聴きものだ。
ピションはカウンターテノールであり、指揮者でもあり、学究者でもあって、ネットで調べたら、実に新鮮で清冽なバッハの演奏を聴くことが出来た。
この人にも注目をしたいところ。

若い演奏家がどんどん出てきますね。

それでは最後に、ザビーヌさまの「キャンディード」を。

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