2021年5月 7日 (金)

ストラヴィンスキー 3大バレエ マゼール指揮

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六本木ヒルズ、巨大なお花の親子像が昨年秋から立っております。

左手では、オリンピック・パラリンピックまでのカウントダウン。

何もなければ、ウキウキしたくなる楽しいシーズン。

思い切ってストラヴィンスキーの3大バレエを。

Firebird-maazel

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」

   ロリン・マゼール指揮 フランス国立放送管弦楽団

       (1970.12、1971.3 @パリ)

会員制レコード頒布組織、コンサートホール・ソサエティに中学時代に入ってましたので、マゼールのこのレコードの存在は早くから気になってまして、会報誌の裏を飾るこのジャケットを見たときから聴きたくてたまらなかった。
そう、お小遣いではそんなにたくさん買えなかったもので。
組曲版しかしらなかった時分、全曲版とはどんななんだろ?
このジャケット写真を眺めては想像を巡らせてたものです。
今なら、思ったらすぐにネットを調べるだけですぐに聴けちゃうので、まったくもって隔世の感ありです。

さて、CD化されて聴いたマゼールの「火の鳥」。
70年代初めの果敢さと、表現意欲にあふれた演奏で、エッジが随所に効いていて迷いない自信に満ちてます。
フランス国立菅の前の名前、放送管もうまいので、マゼールの指揮にピタリとついてシャープな音色を聞かせてます。
しかしながら、そこはコンサートホール盤で、60年代のものよりはいいとはいえ、録音がもう少し冴えていたら・・という願望もわきます。
そのせいで、下手くそな演奏にも聴こえる瞬間があったりして気の毒でありますが、しかし、こうした年代物になると、それもまた味わいとして聴くことができる、そんなコンサートホール世代のワタクシでもありました。

Petrushka-maazel

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」

   ロリン・マゼール指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

              Pf:ルース・メンツ

       (1962.3.25~4.30 @テル・アヴィブ)

オリジナルジャケットを探してみたら、いまでは扱いが厳しそうなものでしたが、でもこのバレエの内容そのもののリアル感。
マゼールは、98年にウィーンフィルと再録音をしてますが、そちらは聴いたことがありません。
イスラエルフィルとの録音は、これだけじゃないかしら。
60年代、マゼールはDGとデッカ、EMI、フィリップス、コンサートホールと各レーベルを文字通り股にかけてレコーディングしていましたが、おおまかにみると、DGはベルリンフィル、デッカはウィーンフィル、EMIはフィルハーモニア、フィリップスはベルリン放送、こんな感じの仕分けでしょうか。
30代の指揮者が、このように各レーベルで、欧州各地のオケと録音しまくっていたことで、いかに当時マゼールが寵児だったことがわかります。
ほかに、オペラ指揮者としても、ベルリンドイツオペラやバイロイトもあるんですから。

さて、イスラエルフィルとの「ペトルーシュカ」は、後年の先の火の鳥よりも若々しく、大胆でありました。
音色は原色で、テンポは速く、ともかく速く、ずばずばと進行する。
謝肉祭のワクワク気分も生々しく、その後の頂点では、ものすごい高揚感を与えるかと思いきや、超快速で容赦なく突き抜ける技を見せつけてくれる。この緊迫感は実にスリリングではある。
ラスト、トランペットによるペトルーシュカの亡霊のシーンは、かなりニヒリステックだし、実際に苦しげ感が出ててなんともいえない。
このオリジナルジャケットが似合う、どこかギラギラしながらも、突き放されたような面白い演奏だ。
舞台では絶対に踊れない。

Stravinsky-maazel

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」

   ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1974.3.25~28 @ゾフィエン・ザール、ウィーン)

70年代、まだウィーンフィルがウィーンの街のオーケストラらしく、現在のようにグローバル化していなかった時分の録音。
当時は、ウィーンフィルがついにハルサイか!とびっくりしたもんです。
これもまた、国内盤のルソーの絵画によるジャケットも際立ってまして、思わぬ激烈演奏ぶりに、これまたびっくりしたもんです。
久しぶりに聴いてみて、その印象はこれを聴いた当初とあまり変わらない。
録音は後だが、先に聴いていたアバド盤が高校生の当時、スマートで軽快で最高だと思っていたので、このあえてギクシャクとした原初的なサウンドには、繰り返しまた書きますがびっくりしたもんです。

実家のレコ芸の当時の月評を読み直したら面白いのなんの。
そうU先生であります。
「虚空に差しのべられた断末魔の乙女の手」ってタイトルになってる。
「悪魔のような巨大なスケール」、「断末魔の如き嘆き」、などなどとあり、U語ワールド満載といえよう。
聴き手をくちあんぐりさせた、選ばれた乙女への賛美への突入の11の連打。
マゼールの超激おそ作戦に、U先生も大絶賛で、「この遅さは異常であり、肌が粟立つほどに恐ろしい効果を持つ」と激賞。
♩=120を、♩=60にしたマゼールさん。
68歳になったバイエルン放送響との演奏でも、少し速くなったけどこれやってます。
バイエルン盤の方が大人な感じだけど、25年前のウィーン盤の大胆さには敵わない。
よくよく各楽器、とくに木管とかを聴くと確かに、70年代のウィーンフィルの音だし、ゾフィエン・ザールでのデッカの目覚ましい録音も懐かしくもありがたい。

 「バイエルン放送響とのハルサイ」

 「ハルサイ 70年代乱れ聴き」

マゼールは、やっぱり60~70年代が面白い。
誰も真似できないことを平気でやってたし。

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もう世の中がカオスすぎる。

明るい話しがひとつもない。

でも、マゼールのストラヴィンスキー3大バレエは、面白かったぞ💢

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2021年5月 1日 (土)

チャイコフスキー 後期交響曲 カラヤン指揮

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今年の春は、桜も早かったけど、追いかけるようにツツジも早くて、双方同時に楽しめました。

Azumayama-019

4月最初の頃の吾妻山。

色彩鮮やかな一番いい季節です。

思い切った企画で、いくつも録音のあるカラヤンのチャイコフスキーの交響曲をベルリン・フィルに絞って聴いてみましたの巻。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

      (1966.10 @イエス・キリスト教会)

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

                  (1965.9.22,11.8 @イエス・キリスト教会)

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1964.2.11~12  @イエス・キリスト教会)

だいたい5年ぐらいの間隔で、カラヤンはチャイコフスキーの後期3つの交響曲を録音し続けました。
最後は、8年ぐらいの間をあけて、ウィーンフィルと。
晩年はベルリンフィルとの関係に隙間風も吹き、ウィーンとのつながりの方を求めるようになったカラヤン。
ほんとなら、いっそ、最後もベルリンフィルでやって欲しかった。
ウィーン盤は聴いたことがないので、ほかの録音もありますが、3回のベルリンフィルとの演奏を全部聴いてみました。

カラヤン56~58歳の気力充実期の録音。
DG専属として、次々と精力的にそのレパートリーの録音を本格化していた60年代。
データを見ると1年置きに録音。
次のEMI録音は一気に、3度目は1年ぐらいの間で。
当然に、演奏会でも取り上げて練り上げての録音なので、こちらのDG1回目では、チャイコフスキーのオーケストラ作品も同時期に隣接するようにして色々取り上げてます。

もう何度も何度も書いてますが、こちらの5番は、わたくしのチャイコフスキーの5番のすりこみかつ、いちばん好きな演奏のひとつ。
今回、3曲を連続して聴いてみて、やはりこの5番が一番耳になじむ。
しかも久しぶりの5番、カラヤンの若々しさと、流麗さを伴った語り口のうまさに感嘆した。
3つの中では一番古い6番は、このとき、カラヤンとしては4度目の録音だった。
完璧な仕上がりで、細部まで実によく練り上げられているし、ここでも惚れ惚れとするくらいの歌い口でニクイほど。
4番は、力感あふれるダイナミックな印象。
これでもか、とばかりにベルリンフィルの威力を示すが、ちょっとハズしたりしたとこも感じたけどいかに。
この4番の録音は、67年のザルツブルクでの「リング」が「ワルキューレ」で開始される前年で、音楽祭でちょうど発売が間に合うようにその録音がなされていた時期と重なる。
ベルリンフィルがオペラのオーケストラとしても活動開始したときなので、そんなことも思いながら聴いた4番でありました。
 イエス・キリスト教会の響きもDGらしい、豊かな響きをとらえた美しい録音ですが、ちょっと古さも感じたのも事実。
プロデューサー陣に、オットー・ゲルデスやギュンター・ヘルマンスの名前も確認できるのもこの時期ならでは。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1971.9.16~21  @イエス・キリスト教会)

ファンのなかでは、この一挙に録音されたEMI盤の評価が高い。
たしかに、3曲に通じる燃焼度の高さと、勢いは、尋常でなく感じます。
70年代になって、EMIへの録音も復活させたカラヤン。
EMIにはオペラとか本格的な音楽を、DGには少しポピュラーな音楽を、それぞれに振り分けながら録音していく方向のなかのひとつ、3枚組のこの演奏のレコードだった。
レコードアカデミー賞も取ったはずだ。
 しかし、よく言われるように録音が悪い。
DG1回目の方がずっといい。
音が遠くと近くとでで鳴っているように感じ、なんたって強音で混濁するのには閉口だ。
カラヤンのEMI録音が、レコード時代に2枚組3000円で廉価化されたとき、確か大学の生協で買ったと思うが、私は、ワーグナー管弦楽曲集のものと、英雄の生涯とドン・キホーテの2組を購入した。
そのとき、友人は、このチャイコフスキーとブルックナーを買い求めたと記憶するが、お前の選択の方が正しかったというようなことを言ってたと記憶します。
それは、この音のことだったのかもしらん。
5番だけはFM放送のエアチェックを持っていたけど、とりわけ4番がよろしくない。
なんでも、当時流行ったSQ4チャンネルシステムでの録音だったとかで、さらには4番のマスターが損傷しているとか。
 しかし、そんな悪条件を乗り越えてここに聴くカラヤンとベルリンフィルの気迫の演奏はライブ感すら感じるエネルギッシュなもの。
CDとして、ディスキーから発売された5、6番、国内盤で単独に4番を購入。
4番の1楽章と4楽章のラストは、馬鹿らしくなるほどに、あっけらかんとした壮大無比ぶりで、なにもそこまで・・・と思うくらい。
でも正直、ここまで真剣にやっちゃうカラヤンとベルリンフィルに清々しささえ感じちゃう。
 お得意のテヌートがけが引き立つ5番は、DG盤よりも堂々としていて、いくぶん即興性も感じるし、2楽章なんて恥ずかしくなるくらいに連綿として甘い。
記憶にあるエアチェックテープの方が晴れやかで、音もよかったと感じるのは不思議で、CDになって音が悪くなった稀な例なのかもしらん。
威圧的なまでに鳴るティンパニとギラギラのトランペットが妙に分離よく聴こえるフィナーレは、これはこれで面白いが、ちょっと疲れる。
 疲れるというか、あきれるというか、唖然としてしまうのは、6番の3楽章。
ともかく速い、一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブルを、見てみろと言わんばかり。
その強烈な対比が、強弱のレンジを極端に幅広くとった終楽章で見せてくれるところが、これまたニクイ。
 ということで、EMI盤は、カラヤンの個性を恥も外聞もなく堪能できる演奏なのでありました。
これより前のブルックナーとか、数か月後のトリスタンとか、こんなに音は悪くないのに。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

      (1976.12.9~10 @フィルハーモニー、ベルリン)

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

                  (1975.10.22 @フィルハーモニー、ベルリン)

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1976.5.5~7  @フィルハーモニー、ベルリン)

カラヤンとベルリンフィルは、録音会場をイエス・キリスト教会から本拠地のフィルハーモニーザールに移したのは、1973年からで、確かEMIでの「オテロ」であったはず。
DGもフィルハーモニーに移し、ロ短調ミサあたりから。
そこで、かつての録音を次々と再録音を開始する。
チャイコフスキーは、75年と76年の短期間で録音するが、それより前、73年にはカラヤンが主役の演奏映画を残していて、そちらにも通じる演奏かもしれない。(NHKで放送されたものを観てます)
 なんたって、バリっとした録音がこちらはよろしい。ようやく安心できる。
気力充実、よく歌い、テンポも堂々と歩む4番、でも最後はやっぱかっこよすぎる終楽章に唖然。
フィルハーモニーの響きは明るく、ベルリンフィルの音が燦然と輝かしいので、この4番には陰りは少なめだけど、オーケストラを聴く楽しみを充分に与えてくれる。
5番は、おなじみの若々しかった65年盤とは違った意味で、新鮮で、それはホールの音色にもあると思うが、この時期には、カラヤンはベルリンフィルとほぼ一体化していたのではないかと思っている。
映像で見ても、カラヤンの指揮の意のままに、屈強のベルリンフィルがまるで高性能軍団として、ひとつの楽器のようになって見えたものだ。
それと同じ感覚で、カラヤンの奏でる大きな楽器によるチャイコフスキーと感じた5番。
蠱惑的な旋律の歌わせ方で、6番は悲愴なんだ、チャイコフスキーは胸かきむしって浪漫の限りを尽くしたメロディーを書いたんだ、と実感できる1楽章からして、ともかくウマいもんだ。
pが6つの最弱音からのフォルティシモ、カラヤンとベルリンフィルの面目躍如のシーンでありました。
終楽章では、ティンパニを強調し大仰すぎるくらいに悲劇性を醸し出すが、これもまた「悲愴」なのであることを思い起こさせる。

ベートーヴェンの再録音や、ブルックナー、ローエングリンなどを続々と録音していた時期です。
アナログ期のカラヤンのピークの時代かもしれません。

こうして3曲×3を聴いてみて、カラヤンはほんと正直で、自分のやりたいことに真っ直ぐだったことがいまさらながらわかりました。
そして、ベルリンフィルを自分と一体化してしまう経過を10年間の録音のなかにまざまざと感じた。
根っからのオペラ指揮者だからこそできた、思い切りチャイコフスキーに耽溺してしまわせる手口。
ほんと、まいりました。

でもね、ちょっと疲れました。
2日間で、聴きまくった3曲×3=カラヤン
しばらくいいです。
しかしきっと、65年ものの5番は、またすぐに聴くことでしょう。
3曲のなかで、音楽としても、演奏としても、あらためていちばん好きになりました、5番の2楽章。
いい音楽だ。

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2021年4月26日 (月)

クリスタ・ルートヴィヒを偲んで

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メゾ・ソプラノのクリスタ・ルートヴィヒさんが亡くなりました。

2021年4月24日、オーストリアのウィーンの北方にある、クロスターノイベルクの自宅にて逝去。

享年93歳でした。

ベルリン生まれ、戦後から歌手活動を開始し、次々に大きな劇場へと活動の場を広げ、それは時の名指揮者たちの後押しが常にありました。

メゾ・ソプラノという主役級のあまり多くない声域で、ルートヴィッヒのように長く、広大なレパートリーと、そして膨大なレコーディングを残した歌手はほかに見当たりません!

でも、50年近く現役を続け、大きな実績をあげているのに、偉大な歌手という肩書きというより、親しみのあるおなじみの歌手、というフレーズの方が似合うのが、クリスタ・ルートヴィヒさんでした。

今回の訃報を受けて、手持ちの音源をあれこれ探そうとおもったら、もう、あることあること。
ともかく、いろんな音盤にルートヴィッヒの名前がある。
たくさん、たくさん聴いてました。
リートの方もありますが、やはりルートヴィッヒはオペラ。

しかし、わたしの初ルートヴィッヒ聴きは、カラヤンの第9です。
小学生のときに観たカラヤンの第9の映画で、いまはなくなってしまった、新宿の厚生年金会館での上映です。
すぐさま、レコードも買いましたよ。
しかし、ルートヴィッヒじゃなかった。

可愛い美人って感じで、ちょうど母と同じぐらいな年齢なものだから、親しみと憧れがあったのかもしれません。

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初めてのルートヴィッヒは、ベームのトリスタンでのブランゲーネ。
ここでの歌唱が、ブランゲーネ役のほぼ刷り込みです。
数年後のカラヤン盤も同じく、1幕の毅然とした役作りと、2幕での官能シーンの一役を買うような甘き警告、もうルートヴィッヒ以外は実はわたくし考えられないのでした。。。

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クンドリーもルートヴィッヒならではの、多面的な役柄掘り下げのうまさが出た役柄。
聖と邪、1幕と2幕で巧みな歌唱。
そして、カラヤンのリングでは、黄昏でのヴァルトラウテが完璧で、ルートヴィッヒによってカラヤンのリングの大団円が引き締まった。

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ヤノヴィッツとのスーパーコンビ。

そうカラヤンの第9映画もこのふたり。

ヤノヴィッツはルートヴィッヒより10歳お若いけど、硬質なヤノヴィッツ声と暖かなルートヴィッヒの声とが巧みに融合するさまは、モーツァルトの愉悦にもぴたりでした。
ベームのコジ・ファン・トゥッテの映画はお宝です。

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R・シュトラウスの数々のオペラもルートヴィッヒなくしてはなりたちません。

影のない女での、バラクの妻は、ドラマテックな声を要求される難役だけど、それを難なく歌うルートヴィッヒ。
しかも、実際の夫であった、ヴァルター・ベリーとの共演はまさに適役。
カラヤン盤は、実はその指揮にももっと多くを求めたいが、ベームのザルツブルク音楽祭でライブCDがルートヴィッヒでなかったことが残念です。
手持ちのカセットテープから起こしたルートヴィッヒの出演した年の音盤は最高です!

バーンスタインのもとでマルシャリンを歌ったルートヴィッヒ。
ここでもベリーとの夫婦共演。
豊かな音域で歌うと、諦念感もより出て夫ある身である、そんな存在感も出てました。
こう言っちゃなんですが、人妻感あるお隣の美しい奥さんって感じ。

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ルートヴィッヒの声を愛した大指揮者のひとり、クレンペラーとの共演。
ブラームスの「アルト・ラプソディ」、ワーグナーの「ヴェーゼンドンク」、マーラーの「リュッケルト」、おおよそこれらの作品に対する模範解答の歌唱がここに刻まれてます。
録音が今となっては古いですが、そのせいもあって、ルートヴィッヒの歌唱がいくぶん古いスタイルに受け取れる方もいるかもしれません。
でも、ここに聴く極めて正しきドイツ語のディクションと、少しの揺れも伴いつつ、その言葉に乗せたのっぴきならない感情表現は、昨今のオールマイティーな耳当たりのいい歌唱とは一線を画してます。
指揮者ともども、背筋を伸ばしたくなるような、そんな1枚です。

ルートヴィヒを偲んで、次はこれで。

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マーラーの「大地の歌」
この作品も、ルートヴィッヒの声と、わたくしには一心同体と化しています。
初めての「大地の歌」がバーンスタイン盤。
こえを何度も、擦り切れるぐらいに聴き、対訳も諳んじるぐらいに読み込んだ。
以来、別れの寂しさと、次ぎ来る春の明るさの予見をルートヴィッヒの声にこそ感じるまでに聴きこんだ。

カラヤン盤はCD時代になってから聴いたが、FMでのライブは73年に録音して親しんだ。
曲が静かに終えると、絶妙のタイミングで見事なブラボーが一言、すてきなシーンだった。
遡るようにしてクレンペラー盤を聴いたのは、ほんの10年前のこと。

バーンスタインの強引な指揮に、ストップを繰り返しつつ、やがて合わせていくシーンが動画として残されています。
振幅の大きい、個性の強いバーンスタインのやりたい音楽にもルートヴィッヒは的確だった。
カラヤン盤では、ビューティフルなマーラーをカラヤンの好みに合わせて紡ぎだしている。
いまの世の中では、このカラヤン盤が一番高評価を受けるかも。
クレンペラー盤では、孤高の指揮者と一体化して、感情表現は抑え目に、楽譜のみを読み取った冷静でありながら深い情感と枯淡の境地をも感じさせる歌。

このように、クレンペラー、ベーム、カラヤン、バーンスタインに愛され、彼らの望む音楽に完璧に沿いながらも、その持ち味である暖かみと親しみやすさを失わなかったルートヴィッヒの知的な歌の数々。

Ewig・・・・Ewig 永遠に・・・

ずっとこだまします。

クリスタ・ルートヴィヒさんの、御霊が永遠でありますよう、安らかにお休みください。

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2021年4月24日 (土)

モーラン ラプソディ ファレッタ指揮

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4月早々の吾妻山。

もう桜は散り始めで、今年はほんとに早かった。

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富士山、ちょっとだけ。

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  モーラン ピアノとオーケストラのための第3ラプソディ

     Pf:ベンジャミン・フリス

   ジョアン・ファレッタ指揮 アルスター管弦楽団

       (2012.9.17 @アルスター・ホール、ベルファスト)

アーネスト・ジョン・モーラン(1894~1950)は、英国抒情派の作曲家。
以前のモーランの記事でも書いてますが、そのプロフィールを再度。
直接的な師弟関係は、アイアランド。
アイアランドは、同じく抒情派で、出身の
スコットランドゆえにケルト文化を愛し、朋友バックスとともにケルトの神秘かつ原初的な世界に大いに影響を受けたのでありました。
ロンドン生まれのアイルランド系のモーランは55歳の短命だったが、その死の要因は、第1次世界大戦で頭部に重傷を負ったことで精神を病んだことでもありました。
自身が育ったノーフォーク地方の民謡や風物の採取に熱中し、やがて自身のアイルランドの血に目覚めていったという生涯。
豊かな自然のイギリス東部のノーフォークと、孤高なケルト文化を背景にしたアイルランドやスコットランド、このあたりの光景を思い浮かべながら聴くと、モーランのその美しい音楽はますます心にしみわたるようにして聴こえます。

数はそんなに多くはないけれど、オペラ的なもの以外のジャンルにまんべんなくその作品を残したモーラン。

アイアランドに師事していたころのの若き作品に、ラプソディ(狂詩曲)第1番があり、1922年。
その2年後に、ラプソディ第2番を作曲し、こちらは1941に改作されてスケールアップ。
どちらもモーランらしいメロディアスな作品。
 そして充実期の1943年、バックスの提案を受け、ラプソディの3作目を、しかもピアノ独奏を伴う協奏曲風なスタイルの作品を書きます。
これが、ピアノとオーケストラのための第3ラプソディです。
同年8月、ロンドンで、バックスの公然の恋人だったハリエット・コーエンのピアノ、ボールト指揮するBBC響にて初演し、成功をおさめます。

連続して演奏される17分ぐらいの曲。
明確に3つの部分からなってますので、まさにピアノ協奏曲ともいえる。
快活でリズミカルな第1部は、特徴的なモティーフが何度も繰りかえされる。
やがて、静まり、ピアノが独白を始めると、そこにオーケストラがそっと支えるようにして入ってくる。
緩徐楽章的な第2部の始まり。
ここが、この作品の白眉ともいえます。
ともかく美しく、儚げで、郷愁もたっぷり。
遠くを眺めて、ずっとずっと聴いていたい。
 しかし、ピアノが再び元気を取り戻したかのように第1部を回帰される。
ここからが第3部で、懐かしそうに第2部のムードも回顧しつつ、第3部は一番スケールが豊か。
打楽器も鳴り、金管も元気だし、例の特徴的なモティーフをオケもピアノも何度も繰り返す。
2部の美しさをピアノソロのカデンツァのメインとしつつ、やがてジャズっぽい即興性も感じさせつつ、鮮やかなコーダを迎え曲は閉じる。

短めだし、いろんな要素がなにげにたくさん詰まっているラプソディ3番。
何度きいたことでしょうか。

すっきり系のイギリスのピアニスト、フリスさん。
NY生まれの女性指揮者ファレッタさんは、かつてアルスター管弦楽団の首席を務めていて、雰囲気豊かなのこの作品にピタリのオーケストラから、素敵なサウンドを引き出してます。
かつて、ブライデン・トムソンやハンドリーらのもとでローカルな味わいのオーケストラだったアルスター管。
ファレッタのそのあとがエル・システマ系のラファエル・パヤーレ(モントリオール交響楽団の次期指揮者)。
パヤーレのあとは、イタリアのイケメンで有望核のダニエーレ・ルスティオーニが首席を務めてます。
こうして、ローカルな味わいのオーケストラも、グローバルな波に流されていくのはちょっと寂しいですが、このアルスター管は生で、一度聴いてみたいものです。
 あとファレッタさんが、いま指揮者のバッファローフィルも何枚か集めましたのでまた特集しようかと思います。

 「モーラン ヴァイオリン協奏曲 モルトコヴォッチ」 

 「モーラン 弦楽四重奏曲、ヴァイオリンソナタ メルボルンSQ」 

   「モーラン  交響曲 ハンドレー指揮」

 「モーラン ロンリー・ウォーターズ」

 「モーラン 幻想四重奏曲」

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2021年4月18日 (日)

ドニゼッティ 「ドン・パスクワーレ」 ムーティ指揮

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3月31日、東京の上空の数か所に、ニコちゃんマークが描かれました😊

アクロバット・パイロットの室屋義秀さんが、空を見上げることで気分を良くして、明るくなりましょう、ということで実行したイベント。
これまで在住する福島や、栃木など、複数の場所で、スマイルマークを描き、文字通り笑顔を届けてきたそうです。

この日、情報を事前キャッチしたので、予定場所のひとつ、東京タワーの近く陣取りましたが、結構な上空でした。
でもたくさん集まった人々、みんな空を見上げて、ニッコニコでした!

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よくわからないかもしれませんが、黄緑色の桜です。

調べたら御衣黄(ギョイコウ)という品種だそうで、毎年気になってました。

ということで、関係はありませんが、当ブログには珍しいドニゼッティのオペラを。

というか、ドニゼッティ初登場です。

なんどもしつこく書いてますが、ヴェルディは早くから好んで聴いていたけれど、ヴェルディより前のベルカント系のオペラは、ちょっと苦手で、正直、食わず嫌いでした。
アバドのロッシーニが、アバドゆえの例外で、アバド以外のロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニは、「ルチア」と「ノルマ」以外は、まともに聴いたことがなかった。
 そして、何度も書きますが、コロナのおかげか、なんとやら、日々続いた世各地のオペラハウスのストリーミングで、あたり構わずに視聴しまくり、なんのことはない、なんでこんな素敵な世界に気が付かなかったんだろ、といまさらながらの開眼でした。
 そんな中から、楽しかった作品、「ドン・パスクワーレ」を。

オペラだけでも、70作以上もあるドニゼッティ(1797~1848)の決して長くない人生の、充実期・後期作品から取り上げ、そのあとは女王三部作などに挑戦してまいりたいと思います。

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  ドニゼッティ 「ドン・パスクワーレ」

   ドン・パスクワーレ:セスト・ブルスカンティーニ
   ノリーナ     :ミレッラ・フレーニ
   マラテスタ    :レオ・ヌッチ
   エルネスト    :イェスタ・ウィンベルイ
   公証人      :グゥイド・ファブリス

  リッカルド・ムーティ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
               アンブロージアン・オペラ・コーラス

      (1982.11,12 @キングス・ウェイホール、ロンドン)

   ドン・パスクワーレ:独身で富豪の70代
   マラテスタ:ドン・パスクワーレの有人で医師
   エルネスト:ドン・パスクワーレの甥
   ノリーナ :マラテスタの妹で、エルネストと恋仲

1842年に、ほぼ1か月半で完成させてしまった早書き。
というのも、1810年にステファノ・パヴェーシという戯曲家が書いた「セル・マルカントニオ」が初演され、同時に自分で作曲もしてオペラ化。
いまいち不評だったこの作品、台本をカンマラーノという作家がリメイクして、それが気に入ったドニゼッティが30年後にすんなりオペラ化したもの。
 内容は、当時のブッファものでよくある筋立てで、とりたたて目新しいものでないが、時代設定を変えたり、少しの解釈を施したりすると、皮肉の効いた風刺的なものにもなったりで、いろんな目線を見出すこともできるオペラだと思います。

そして、ドニゼッティの音楽は旋律にあふれ、どこまでも伸びやかで、聴き手を楽しい気分にしてしまいます。

いろんなサイトでその筋立てが読めますので、ごく簡略に。

ときは現代とあり、作曲当時の19世紀前半。

ドン・パスクワーレから美しい女性を嫁に、と頼まれていたマラテスタ。
自分の妹をそれに仕立てようと企て、老人はすっかりその気になりワクワクする。
甥のエルネストは、自分は結婚したいと申し出るが許されず、老人は、それより先に自分が結婚して財産もそちらに分与するから、おまえにはやらんよと言う。

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              (MET 兄と妹)

 マラテスタは、妹のノリーナがエルネストからの別れの手紙で悲しんでいるのを見て、ドン・パスクワーレとの結婚をしたてあげて、懲らしめようということになり、田舎育ちのおぼこ娘に扮することに。

パスクワーレ邸で、エルネストが悲しみに沈んでいる。

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             (Wien 結婚の儀)

一方、マラテスタに連れてこられたノリーナを一目見て気に入り、即座に結婚の準備ということになり、公証人が仕立てられ、さらにもう一人の公証人が必要とのことで、わけのわからないエルネストにそのお鉢がめぐってきて混乱。

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            (MET 嫁豹変の巻)

マラテスタが、そこはまあまあ、となだめ、正式書類が交わされると、ノリーナ態度豹変。
舘で働く人々の給金を値上げすると決め、買物もしまくるぞ、と息巻く。
エルネストも芝居とわかり、すっかり困ったドン・パスクワーレは嘆きと怒りごちゃごちゃに


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         (ROH 放蕩の限りを尽くす嫁)

ノリーナの買い物の金額は膨大で、ドン・パスクワーレは憂鬱になっていてノリーナと大げんか。
去り際にわざと落とした恋文をみつけ、呼ばれたマラケスタは浮気の現場に踏み込んで証拠をみつけるのが一番と進言。

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          (Wien 甘い夜に彼氏登場)

 夜になり、庭にやってきたエルネストは、甘いセレナードを歌い、ノリーナと二重唱。
ドン・パスクワーレが踏み込むが、エルネストは、すぐに姿をくらまし、地団駄を踏み、もうこりごり、こんな女とは離婚、エルネストに前から言ってた女性と結婚しなさい、ふたりに財産はあげると宣言。
 マラテスタは、エルネストを呼び、彼の恋人はノリーナだったことを話し、これまで仕組んだのが計略でしたとします。
善意から出た計略と認めたドン・パスクワーレ、最後は「万歳パスクワーレ」幕。

現実にはありえへん物語だけど、身の程知らずの金持ち爺さんもイカンですが、そのお年寄りをたぶらかすようにして、ひどいめに合わせるのも気の毒なものだ。
いまの世なら、パパ活して、本気になった、もしかしたら婚活中の中高年男性にさんざん貢がせて、わたし結婚しますの、とポイ捨てされちゃうみたいなもの。
まぁ、どっちもどっちか、やはり冷静に、自分をわきまえることが肝要かと・・・・
でも、このオペラでのドン・パスクワーレの描かれ方は、可哀想で、最後の最後にしか、いい人になれない。

 ムーティが70年代初め、注目株の指揮者として、ザルツブルク音楽祭にデビューして、指揮したのが「ドン・パスクワーレ」。
その十数年後、フィルハーモニアとフィラデルフィア、フィレンツェを手兵にしたムーティがスタジオ録音したもの。
まだまだ活きのいい時代だった頃のムーティ、序曲からして元気溌剌、飛ばしてます。
喜劇的なオペラとはいえ、一点一画もおろそかにしない厳格さも、この当時からムーティのオペラに対する姿勢は変わらず、ユーモアや愉悦感も欲しい感じはしますが、でも歌にあふれたドニゼッティの楽しい音楽がしっかりあり、そしてオペラティックな感興が律儀な演奏のなかにもしっかり息づいているのが、さすがのムーティ。

 もともと、フレーニの声質からしたらぴったりの役柄がノリーナ。
清廉であり、コケットリーでもあり、豊穣な声を堪能しました。
あと狂言回し的な存在の兄上、ヌッチもこうした役柄はほんとにうまくて楽しい。
大ベテラン、ブルスカンティーニも単体としてはいいし、わたしには懐かしい歌声なんだけど、同じバリトン同士のヌッチとの声の対比があまりよろしくないかもしらん。
 スウェーデンのテノール、ウィンベルイは、この頃活躍を始め、ここに抜擢されたが、美声でもしかしたらパヴァロッティを意識してたのかな、とも思わせましたが、イタリア人歌手たちのなかにあって、やや異質な部分も感じたりも。
その後、カラヤンにも重宝され、やがて声は重くなり、ついには最高のローエングリンやヴァルターともなったウィンベルイ。
早逝が惜しまれます。

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映像で観劇した「ドン・パスクワーレ」は、メットとウィーンのふたつと、音だけでコヴェントガーデン。

メトロポリタン 2010 レヴァイン、ネトレプコ、デル・カルロ、クヴィエチェン、ポレンツァーニ シェンク演出

ウィーン    2015  ピド 、ナフォロルニツァ、ペルトゥージ、プラチェトカ、フローレス ブルック演出

コヴェントガーデン 2019 ピド 、ペレチャッコ、ターフェル、ヴェルバ、ホテーア ミキエレット演出

メトは、シェンクの演出だけあって、原作に忠実な伝統的な演出。
最初は、こうした無難なものを見てからじゃないといけませんね。
ネトレプコは、歌に演技に元気いっぱいだけど、もうこの頃の彼女は声が重くなってきていて、軽やかさも求めたいところ。

実に面白かったのがウィーンで、ピーター・ブルックの娘さん、イリーナ・ブルックの演出。
現代に設定を置き、ドン・パスクワーレは実業家で、彼の営むバーのような店舗が舞台。
2幕冒頭の、トランペットの泣きのソロは、舞台に上がり、嘆き飲んだくれるエルネストの脇で演奏するミュージシャンとなっていた。
こんな風に随所に工夫が施されてあって、色彩的にもあざやかで、舞台映えがよろしい。

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  (ヴァレンティナ・ナフォロルニツァ)

フローレスが圧巻だったけど、4人のバランスがとてもよく、ナフォロルニツがとても可愛くて好き!
彼女は、同じブルックの演出で、ブリテンの真夏の夜の夢にも出ていて、そこでもかわゆかった。

音だけだけど、ピドの指揮が、ウィーンのものと同じくとてもよかったのがロイヤルオペラ。
ターフェルのドン・パスクワーレが、しっかりとバスで引き締めていて、聴きごたえあり。
話題のペレチャッコもよい。
画像を数枚みただけだけど、ミキエレットなので、これもまた見てみたい演出。

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ロッシーニ(1792~1868) ペーザロ出身(ボローニャの近く)
ドニゼッティ(1797~1848)ベルガモ出身(ミラノの北東)
ベッリーニ(1801~1835) カターニャ出身(シチリア島)
ヴェルディ(1813~1901  パルマ近郊出身(ミラノとボローニャのぐらい)

4人の生没年とその出身地を見てみましたが、ベッリーニだけ南イタリアの出身なんですね。
これから遅まきながら聴き進めていきたい作曲家たち。
しかし、時間がないねぇ~

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青空に浮かぶにっこりさん。

かなりあっという間にその笑顔を崩れて、なくなってしまう儚さもありましたよ。

またどこかの空に描かれることでしょう。

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緑の桜も、いまではとうに葉桜になってまして、今年の桜はめでる間もなく、あっという間に咲いて、散ってしまった感じ。


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2021年4月 8日 (木)

アンサンブル ラディアント 第21回定期演奏会

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地元での演奏会、神奈川県二宮町を拠点とする弦楽アンサンブル、ラディアントの演奏会に行ってきました。

家から徒歩数分で味わえる、素晴らしい音楽、何もないけど、そこが魅力の郷里で、それを噛みしめるように楽しめた2時間でした。

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吾妻山の中腹から見た町の様子。

左端にあるのが、町の生涯学習センター「ラディアン」です。

隣接して「花の丘公園」や、ちょっとした小山もあって、家族でも楽しめるエリアです。

法務局もできましたが、ここ一帯は、かつて、神奈川県の園芸試験場でして、広大な農園と2階建てぐらいの試験場建物がありました。

家がこの試験場に、それこそ隣接していて、そもそも出入りはフリーだったので、小・中学校時代の自分にとって、恰好の遊び場でした。
真っ直ぐの舗装された通路は、自転車の練習にもうってつけで、補助輪を外したのもここだし、猛スピードで友達とレースをしたのもここ。
さらに、建物の横には、当時、町内では珍しかった、コカ・コーラの自販機があって、瓶のコカ・コーラを毎日夢中になって飲んだもんです。
あとね、果実の研究もメインでもあったようで、眼前に広がる桃の畑は見事で、春先には、ピンク色の花が鮮やかに咲き乱れるのでした。

こうして昔のことなら、いくらでもすらすら思い出せます(笑)

若い方が、たくさん移住してきて町も新しい風が吹いてますが、こんな昔のことも知って欲しいな、と思う自分です。

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  第21回 アンサンブル ラディアント定期演奏会

       ~弦楽アンサンブルの極み~

  ラター    弦楽のための組曲

  ポッパー   3台のチェロと弦楽のためのレクイエム op.66

      チェロ:安田 謙一郎、藤村 俊介、白井 彩

  シューベルト 弦楽五重奏曲 ハ長調 D956 ~弦楽合奏版~

      アンサンブル ラディアント

      ゲストコンサートマスター:白井 篤
      賛助出演:松本 裕香  百武 由紀
           藤村 俊介  安田 謙一郎

      (2021.4.3 @ラディアンホール 二宮町)

1)英国音楽好きの自分にとって、その美しいレクイエムしか聴いたことのなかったジョン・ラターの弦楽作品を、ここ二宮で聴けるとは思わなかった。
英国民謡をベースに、①「流浪」②「私の青い縁どりのボンネット」③「オー・ウェリー・ウェリー」④「アイロンをかけまくる」。
4曲に、おしゃれなタイトル。アイロンかけまくる、って(笑)
そして、いずれも可愛くって、親しみやすくって、愛らしい曲でした。
現代の作曲家でありながら、保守的な作風で、英国の抒情派の流れをしっかり汲んだラターの音楽でした。
活きのいい1曲目で、ラディアントのアンサンブルもすぐに乗りを得て、聴き手もみんな音楽に入りこむことができた感じです。
ステキだったのが白井さんのソロも含む2曲目で、英国音楽ならではの背景描写も心和むものでした。
同じくメロディアスなソロに始まる3曲目も郷愁さそうもので、涙が出そうになりましたね、いつまでも浸っていたい音楽です。
オスティナート風のくり返しのパターンが楽しいアイロンかけるぞ、の4曲目は、みなさん楽しそうに演奏してました。

今回の3演目のなかで、このラターの作品、いちばん二宮町に相応しい音楽に思います。
慎ましい英国音楽がちょうどいい町。

2)ポッパーのレクイエムも初めて聴く曲。
チェロ3挺がソリストとして、前面に並ぶと壮観ですが、奏でられた音楽は荘重かつ悲しみにあふれた音楽でした。
でもメロディが豊かで、嘆き節というよりは、亡き人を優しく包み込むような、そんな癒しの音楽にもとれました。
いい曲ですね、ご紹介ありがとうございます。
重鎮、安田さんの味わい深い音色、藤村さんのチームを締めるような安定感、白井さんの艶のある音、それぞれに聴きものでした。

MCもつとめられたゲストコンマスの白井さんが、コロナ対策で通気をよくするために、舞台左右の反射板を外して、かわりに幕を設置した。
しかし、これでは音がデッドになりすぎるので、ステージマネージャーの松島さんが7キロもある鉄板を何枚も用意して奏者の足元に敷いたとご案内されました。
これによりかなりの音質改善がなされたはずだとのことです。
確かに、ステージ自体、そのものが弦楽器の胴みたいに響いて鳴ったのかな、とか思いました。

3)「次は長いです」白井さんが(この日、ステージには白井さんが5人)、これだけは言っておいて欲しいと言われたので、ということでお話しされ、場内は笑いに包まれました。
確かに、シューベルト、ことに晩年の様式による作品は長いです。
でも、われわれ聴き手は頑張って聴きました、名作を堪能しました。
 ビオラでなくて、チェロを2挺としたシューベルトの五重奏曲は、重厚さがそれだけでもあるが、ここではオリジナルの5人の奏者をソロのように仕立て、弦楽合奏をそこに配し、さらに低弦にコントラバスも追加したもので、白井さんが言われてましたが、コンチェルト・グロッソのような構えの作品となりました。
これが実に面白かった。
ときおり、通常の5人によるオリジナル演奏が入り、また、それを伴奏するかのように弦楽合奏が入り、さらには5つの楽器と合奏がユニゾンで、という感じで飽きることなく目も耳も楽しめました。
シューベルトの音楽には歌があふれていると同時に、死というイメージが影のようにつきまとっていることをいつも聴きながら思うのですが、ここでもそれは感じました。
大きな編成である意味シンフォニックに演奏されたので、よけいにドラマテックになりました。
そしてあのどこまでも美しい第2楽章は、まさに天国的ともいえるうつくしさと儚さを感じた。
こんな素晴らしいシューベルトを、実家の近くで聴けるなんて、アンサンブル・ラディアンとソリストの皆さまたちに感謝、感謝です。

アンコールは、楚々たるシューベルトのセレナーデが演奏されました。

来年も楽しみにしております🎵

ラディアン花の写真館

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満開の桜、逆光ですが奥がラディアン。

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かぐわしい香りがしてたライラック。

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もう咲き終えてしまったけど桃の花。

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初秋の収穫が楽しみな梨の花。

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翌朝は、ラディアン朝市にも行ってきましたよ。

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2021年4月 4日 (日)

バッハ カンタータ リヒター&鈴木雅明

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桜前線北上中。

わたしの住む関東はもうおしまい。

例年なら、イースターのころ合いに満開を迎える日本の桜です。

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今年の復活祭は、4月4日。

復活節にまつわるバッハのカンタータをふたつ、往年の演奏と今現在のものとで。

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 バッハ カンタータ第4番 BWV4

    「キリストは死の縄目につながれたり」

   Br:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

 カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団
            ミュンヘン・バッハ合唱団

      (1968.7 @ヘラクレス・ザール、ミュンヘン)

復活節日曜日(第1祝日)用
200曲あるバッハの教会カンタータは、聖書と密接に結びつく礼拝に伴うカンターであり、その語句は、聖書はおろか、キリスト教に馴染みのない多くの日本人には、身近な存在とはいえないだろう。
 しかし、バッハの音楽は、そのハンディのようなものを補ってあまりあるもので、汲めどもつきぬ味わいと楽しみがあると思う。
かくいうワタクシは、ほんのさわりだけしか聴いてはいませんので、偉そうなことはいえません。

ライプチヒのトーマス教会カントルの時代に書かれたのが、バッハの教会カンタータの全盛期ですが、そのずっと前、ミュールハウゼン時代からカンタータの創作を始め、「キリストは死の縄目につながれたり」はこの時期のもので、バッハ22歳の頃のもので若い時分の作品です。

若い作曲家にたがわず、実に重々しく充実した内容のカンタータ。
悲劇臭極まりない冒頭シンフォニアに始まり、ルターのコラールを全編に採用し、それを変奏したものを続けるという構成。
前半は「死」という言葉が文字通りに横溢し、後半は生命と死、過越しの子羊に十字架、さらに明るき光明、信仰の生命、ハレルヤと続く。
暗から明、信仰への清き思いという礼拝につながるバッハのカンタータの姿が、若い作品のここにもしっかりある重厚な音楽です。

リヒターの厳しい眼差しを伴った指揮は、ここカンタータでも、マタイやミサ曲の演奏と同じく。
峻厳なバッハには、かねてより襟を正さざるをえませんし、そうした聴き方をずっとしてきた自分。
高校時代からリヒターのバッハを聴いてきて、いつも同じ思いです。
フィッシャー=ディースカウの独唱も、リヒターとバッハをともにするときは、歌いすぎず、巧さもほどほどに、堅実な歌に徹します。
バッハの演奏スタイルは、古楽・古典のそれと合わせて大きく変化して、それぞれが共存している現在、リヒターのバッハにはドイツ音楽としてのバッハを感じさせる気がする。
それもかねての良きドイツ。

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 コロナ緊急事態中は、手水は水を張らずに無味乾燥な存在でしたが、こうして桜を反映させる今、美しいです。

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 バッハ カンタータ第146番 BWV146

  「我らは多くの苦難を経て神の国に入るべし」

   S:レイチェル・ニコルズ
   CT:ロビン・ブレイズ
   T:ゲルト・テュルク
   B:ピーター・コーイ

 鈴木 雅明 指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン
       
    (2008.9.18~22 @神戸松蔭女子学院大学チャペル)

復活節:復活後第3日曜日

ライプチヒ時代、1726~28年の作品で、41~43歳の充実期。
バッハお得意の自作からの引用を冒頭の大きなシンフォニアからいきなり大胆に行ってます。
チェンバロ協奏曲ニ短調 BWV1052からのもので、チェンバロはオルガンにまんま代用されていて、鮮やかなオルガン協奏曲みたい。
次ぐ第2節の合唱も、同じ協奏曲の2楽章からのものです。
ちょっとドラマチックでもあるこのシンフォニアに、礼拝に訪れた信仰の深い聴き手は、ワクワク感と幸福感に冒頭から満たされ引き込まれたことでしょう。
ここでも、暗から明、苦しみから信仰の喜びという流れがこのカンタータでも構成の基本です。
4人のソロがそれぞれに活躍する規模の大きなカンタータでもあります。
第3曲でのオルガンソロでのアルトはふるえる心と、苦しみから抜け出そうとする高揚する面持ちが歌われる。
つぎのソプラノによるレシタティーボは、福音を語りますが、ヨハネ伝16章20節「よくよくあなた方に言っておく。あなた方は泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう」
次ぐ同じソプラノのアリアが美しく素晴らしいと思う。
フルートとオーボエダモーレを伴った落ち着いた雰囲気を伴いつつ、悲しみとともに、種を蒔き、やがて訪れる刈り取りの収穫へと楚々と思いをはせるアリアであります。ここでのニコルズの無垢の歌唱がよい。
やがて、テノールとバスによる喜びにあふれた二重唱は、これまた礼拝堂に集う信仰者の気持ちを高め、明るい思いに満たしたことでしょう。
リズム感あふれるオケに乗って、屈託のない歌は気持ちのいいものです。

今ではすっかりスタンダードになった日本の演奏家によるバッハが、世界でもバッハ演奏の最高のもののひとつとして受け入れられる時代が来ようとは、リヒターのバッハを金科玉条のように思っていた若い時分の私には想像もつきませんでした。
永年の経験と深い探求に裏打ちされたこの精緻なバッハは、繊細で清潔であり、しなやかです。
リヒターのバッハのあとに、鈴木バッハを聴くと、リヒターに聴かれる強烈なバッハへの帰依ともいえるような強靭さのようなものは感じられず、そのかわり、優しく柔和、でも細やかな思いが行き届いているバッハに感じられる。
こんなこと言うと変ですが、農耕民族である日本人のバッハみたいに思いますがいかに。

半世紀の隔たりがあるバッハ演奏。

でもどちらもバッハ。

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2021年3月31日 (水)

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ブロンフマン

Moon

桜の開花の始めの頃と月。

この月も今頃は満月を過ぎ、早かった今年の桜も散り始めている。

夜風も心地よくなり、あの冬が遠くに思い起こされるようになったが、コロナは変わらずか・・

満月に地球が月から受ける重力の影響は、潮の満ち干が大潮になり、地震にも影響があるとかないとか・・・

 心の備えも万全に!

それはさておき、プロコフィエフ。

プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「炎の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

まだ①の時代やってまして、ピアノ協奏曲です。

Prokofiev

  プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op16

    Pf:イェフム・ブロンフマン

  ズビン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニック管弦楽団

       (1993.7 @テルアビブ)

①のロシア時代の作品で、1913年の完成。
22歳の学生時代のプロコフィエフ、同年の自身のピアノによる初演では、そのぶっ飛びぶりに、批判が相次ぎ騒ぎになったそうな。
翌年にロンドンに渡り、ディアギレフに出会ったときも、この作品を聴かせ、さらにオペラ化を考えていた「賭博者」を提案したものの、断られ、ロシアっぽいバレエを書きなさいということで、「アラとロリー」や「道化師」が生まれることになる。

ロシアの原初的な物語や荒々しさを期待していたであろうディアギレフは、この協奏曲をどう聴いたであろうか。
しかしながら、時はまさに、ロシア革命前夜ともいえるストライキだらけのロシア、自身もヨーロッパ各地へ楽旅、さらには後に日本経由でアメリカ行き、こんななかで初稿のスコアは紛失してしまう。
どこで紛失したかは不明だが、10年後の1923年にドイツで記憶を遡ってプロコフィエフ自身がスコアを復元したのが現行版。
紛失オリジナル版が今後出てきたら、と思うとわくわくしますな。

初期作品は、ラフマニノフ調やスクリャービンっぽいところも聴かれるプロコフィエフの音楽ですが、ここでは、いわゆる先鋭化したモダニズムの風情が勝ってます。

4楽章形式で33分ぐらい。

アルペジオをともなった憂愁込めたピアノ、そんなラフマニノフ風なスタート。
その後、テンポを上げて、プロコフィエフらしいギクシャクとした雰囲気となり、ピアノもオーケストラも切れ味を高めていき、威圧的なモットー的な主題が響き渡る。
再び冒頭に回帰。そして、ピアノの長くかつ自由なカデンツァは凄まじい!
速いパッセージで転がるように進む、これまたプロコフィエフらしい、クールでかつ息もつかせぬ急展開。
禍々しい楽章。アラとロリーを思わせる。
即得な奇妙なリズムを伴ったフレーズが出るし、口笛のようなすかした弦がかっこよく、ここ好き。
急速感ある出だし、むちゃくちゃノリノリになれる萌える楽章。
そして、落ち着くと民謡風のメロディを楚々と弾くピアノ。
こうして、なんとなくロシアのムードに浸っていると、勢いを増して、一度聴くと忘れられなくなるモティーフが現れる。
 で、またロシア調に回帰し、懐かしいムードに哀愁を感じる。
でも、オーケストラに例のモティーフが、盛大に出て(ジャジャジャジャ、じゃじゃじゃじゃジャーン)とで、曲は一気に終了に向かう。

いったい何だったんだろう、といつも聴いたあとに思ってしまう、モザイク的な2番の協奏曲。
超絶技巧を要するピアノと、強弱振幅の大きいオーケストラ。
カデンツァがしっかりあり、主役はちゃんとピアノで、オーケストラは引き立て役であるとともに、いくつかの忘れえぬ独特のモティーフを堂々と響かせる。
協奏曲としてのバランス感覚にも優れた2番だと思います。

ブロンフマンの技巧に裏打ちされた豊かなピアノが素晴らしい。
メータの指揮には切れ味をもっと求めたいが、合わせものとしては、ソリストを引き立ててうまいもんです。

エアチェック音源で聴いてる、トリフォノフとティルソン・トーマス&クリーヴランドの方が凄まじくも爽快な演奏。
あと、デニス・コジュヒンとオロスコ・エストラーダ&サンフランシスコも豪快な演奏。

プロコフィエフ・シリーズ、次はいよいよ、「賭博者」。

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2021年3月26日 (金)

レヴァインを偲んでワーグナー&マーラー

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季節は思い切りめぐってきて、関東の南はもう桜が満開。

今年は早すぎて、なんだか知らないが慌ててしまう日々。

ある早い朝に、増上寺の桜を見てきました。

そして、その数日前に、忘れたようにジェイムズ・レヴァインの訃報が飛び込んできました。

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2021年3月9日に、カリフォルニア州パームストリングスの自宅で死去。
心肺停止で見つかり、死因は不明ながら、長年パーキンソン病を患っていたので、それが要因ではないかと。

バーンスタインやプレヴィンに次いで、アメリカが生み出したスター指揮者で、しかもオペラ指揮者。
でも、ここ2年ぐらいは、名前を出すことも憚られるくらいに、スキャンダルにまみれ全否定されてしまった。

この訃報も、音楽関係団体からは少なめで、スルーしているところがほとんど・・・・・

ホームページに大きく載せているのは、メトロポリタンオペラのみ。
あとは、一時、音楽監督を務めたミュンヘン・フィルがSNSで伝えてるのみ。
それとバイロイト音楽祭のホームページにも、死去の知らせが淡々とのってます。

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ミュンヘンのあと、小沢の後に就任したボストン響のサイトやSNSにはまったくナシ。
ラヴィニア音楽祭などで関係の深かったシカゴ響もまったくなし、フィラデルフィアもなし。
ヨーロッパでも、ウィーンフィルもベルリンフィルも、一切触れてません・・・

このように音楽関係からの扱いは寂しい限りで、アメリカ各紙もさほど記事は多くないですが、ニューヨークタイムズなどは、その生涯と功績、そしてスキャンダルとを詳細に書いてました。
「彼のキャリアは性的不正の申し立てをめぐるスキャンダルで終わった」と書かれてます。
一時代を築いた大音楽家が、最後の最後で、しかも過去のことを掘り返されて、名声に傷がつき、ネグレクトされたあげくに病とともに生涯を終える・・・・

私は、音楽生活をレヴァインの全盛期とともに過ごした部分もあって、こんな終わり方は気の毒だし、不合理だと思う。
1回分の記事を割いて、私が聴いてきたレヴァイン、ワーグナーとマーラーに絞って思いを残しておきたい。

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レヴァインの基本はオペラ指揮者であったことと、ピアノの名手でもあったことから、歌と合わせものに特性があったこと。

1971年5月に「トスカ」でメットにデビュー。
この時の歌手が、バンブリーにコレッリですから、大歌手時代を感じさせます。
70年代は、オペラは歌手の時代から指揮者の時代に、その在り方も変わりつつあった頃。
メットの首席には73年、音楽監督には76年になります。
1975年に、メトロポリタンオペラが始めて日本にやってくるとのことで、大いに話題になりまして、その時の指揮者のひとりが、名の知れぬ人で、ジェイムズ・レヴィーンとかパンフレットには書いてあり、高校生だったワタクシは、は?誰?と思ったものです。
結局は来日しなかったのではないかな、たしか。

メットに文字通り君臨したレヴァインは、2018年に解雇されるまで、85のオペラを2552回指揮しております。
最後のメットでのオペラピットは、2017年10月の「魔笛」。
最後のメットの指揮は、2017年12月2日のヴェルディ・レクイエム。
 そのレクイエムの演奏のあと、その晩に、1968年レヴァイン・ナイトと称する秘会で、性的な辱めを受け、長く続いて死のうとまで思った、として4人の男性から訴えられるのでした。
メット側も、調査をして事実認定を取り、レヴァインを解雇、それを不服として任期分を賠償請求したレヴァインの要求額は580万ドル。
日本円で6億ぐらい?
2019年には、メット側が350万ドルを支払うことで和解してます。

 若い頃は、そんなに太ってなかったのに、巨漢になってしまったレヴァイン。
転倒して怪我したり、坐骨神経症にさいなまれていたあげく、パーキンソン病であることも判明。
メットの指揮では、車椅子から乗れる特製の指揮台で、カーテンコールも舞台に上がれず、ピットから歌手たちを賛美する映像が見られるようになりましたし、キャンセルでルイージや、ほかの指揮者に譲ったりの状況でした。

そんなわけで、長いメットでのキャリアの全盛期は、2000年の始めぐらいまでだと思います。

メットとのオペラ録音・映像は、ともかく数々あり、あげきれませんが、私はワーグナー。
DGとの蜜月が生んだ録音と別テイクの映像作品が、「ニーベルングの指環」でありまして、スタジオで真剣に打ち込んだ録音はオーケストラとしても大いに力が入っていて、その充実した歌手たちとともに、精度が極めて高いです。
音色はともかく明るく、ゆったりとした河の流れを感じさせる、大らかな語り口が、ワーグナーの音楽をわかりやすく、説明的に聴かせる。
ドイツの演奏家では、決してできない、シナマスコープ的なワーグナーは痛快でもあり、オモシロすぎでもありました。
 メットでのシェンクの具象的・伝統的演出とともにセットで楽しむべきリングなのかもしれない。
ベーレンスとモリスが素晴らしい。
 レヴァインは、バイロイトでもキルヒナー演出の「リング」を5年間指揮してますが、音楽はそちらの方がさらに雄弁で、つかみが大きい。
自家製CDRで聴いてますが、歌手はメットの方が上、オケはバイロイトの方がいい。

同じことが「パルジファル」にも言えます。
バイロイトで通算10年もパルジファルを指揮した記録を持つレヴァインですが、クナッパーツブッシュばりのゆったりとしたテンポながら、細部まで明快で、曇りないよく歌わせるパルジファルは、バイロイトのワーグナーファンには新鮮に響いたのです。
メットでのCD録音も、リングと同じことが言えますが、わたしにはドミンゴとノーマンがちょっと・・・・

メットでのレヴァインのワーグナー、タンホイザー(2015)、ローエングリン(1986)、トリスタン(1999)、マイスタージンガー(2001、2014)、リング(1989)、ラインの黄金(2010年)、ワルキューレ(2011)、パルジファル(1992)。
これだけ映像作品を持ってますが、いずれも水準は高いです。
演出もオーソドックスで、お金のかけ具合もゴージャスでメットならでは。

あと、オペラでは、若い頃のヴェルディをよく聴きました。
「ジョヴァンナ・ダルコ」「シチリアの晩鐘」「運命の力」「オテロ」ぐらいで、あとは少々食傷気味。
イタリアオペラにおける、レヴァインの生きの良さと活気みなぎる棒さばきは、70年代はクライバーと並ぶような感じでしたよ。

Mahler-levine

レコードで一部そろえた、レヴァインのマーラー。
CD時代に、まとめて他の番号も入手し、エアチェックの「復活」もあるので、あとは「8番」だけでした。

これもまた70年代の、「新時代のマーラー」と呼ばれたレヴァインのマーラー。

オペラを親しみやすく、聴きやすく指揮する手法でもって、ゆったりとした間合いをもって作り上げたマーラー演奏。
バーンスタインの自分の側に引き寄せ自己心情とともに感情を吐露してみせたマーラーと対局にあるような、客観的かつ豊穣なサウンドにもあふれたマーラー。
さきにふれたレヴァインのワーグナーと同じく、旋律線主体にわかりやすく、複雑なスコアを解きほぐしてみた感じで、だれもが親しみを感じ、嫌みを持つことがないだろう。
深刻さは薄目で、これらのビューティフルなマーラーは、これはこれで存在感がある。
加えて、当時、マーラーには積極的だったシカゴ響と、マーラーにはそうでもなかったフィラデルフィアを指揮しているのが大きい。
オケはべらぼうに巧い!
当時、アバドとシカゴのマーラーとともに、アメリカオケにぞっこんだった自分が懐かしく、アメリカという国の途方もない力と自由の精神にほれ込んでいたものです。
 今聞くと、録音のせいか、金管が耳にキツイが、このあたり今後リマスターして欲しいが、難しいでしょうね・・・
ところが、1番と6番を担当したロンドン響も実によろしくて、アメリカオケに負けてないし、レヴァインとの一体感をこちらの方が感じたりもする。しかもロンドンの方が録音がいい。

オペラ以外の指揮の音盤も数々ありますが、ブルックナーとは無縁だったレヴァインです。
ウィーンフィルとのモーツァルトも素敵なものでした。
交響曲もいいが、「ポストホルン」が好き。

Mozart-posthorn-levine1

ウィーンフィルから愉悦感にあふれた演奏を労せずして引き出したレヴァイン。

バイロイトとともに、ザルツブルクの常連となり、ウィーンフィルといくつものオペラを上演しました。
「魔笛」「イドメネオ」「ティト」「フィガロ」「ホフマン物語」「モーゼとアロン」などを指揮。
オーケストラコンサートでも常連でしたが、ザルツブルクデビューとなった1975年のロンドン響との「幻想交響曲」を今でも覚えてます。
カセットテープは消してしまったので、あの時の演奏をもう一度聴きたい。(でも難しいだろうな)

 最後に、マーラーの10番の最終場面を鳴らしつつ、レヴァイン追悼記事をここまでにします。

あとはグチです。

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オバマ政権時代から横行しだした、アメリカのキャンセルカルチャー。

歴史の流れを無視したかのように、遡って、あれは間違いとレッテルを押す。
伝統や文化も間違えとして消す。

244年の歴史のアメリカでそれをやると、限りなく該当者が噴出する。
さらには、その前建国前史にまで遡って、しいては黒人差別へと結びつけて、過去の人物を否定していく風潮が激しい。
BLMの名のもと、建国の英雄たちの銅像が倒され、「風と共に去りぬ」まで上映封印、もっともっと拒否られてます。

歴史の経緯でいまある現在と社会、そこに普通に適合してきた、各民族のことをなおざりにしてないか?
多民族国家として大国になったアメリカの本質が揺れ動いているのは、こうした、アメリカを愛し適合してきた多国籍の人々のことを無視して、あんたら虐げられてきたんだよ、とうそぶいた連中がいて、彼らの狙い通りに、アメリカがいまおかしくなってしまったことだと思う。

心の奥底にあるものを、無理やりに引っ張り出してしまうのは、共産主義の常套だろう。
アメリカは完全にやられてしまった。
それに歯向かい、本来の自由で力強いアメリカを目指したトランプは、葬り去られてしまい、操り人形のような大統領が誕生した。

レヴァインの過去のことは、完全なる過ちで、被害者として手をあげた方々には落ち度もないと思います。
しかし、半世紀前のことを芸術の晩年を迎えていた人に、犯罪としてぶつけるのはどうだろうか?
そりゃ、やったものは悪いが、永遠に許されないのか、死んでも名誉は回復できないのか?

人間だれしも、過ちや言いたくない秘密はありますよ。
レヴァインが、白人でなかったら、メットで超長いポストを独占してなかったら、もしかしたらこんなことにはならなかったかも。

そして、なによりも言いたい。
アメリカの現某大統領や、その息子。
C元大統領とか、いろんなセレブたちの、あきらかな忌み嫌うべき風説の数々、それは人道上許されざるをえないものも多々。
それを明かそうとした人々の声が抹殺され、なんたってその連中はのうのうとしている。
どうせやるなら、責めるなら、そうした連中も、過去を暴いて、徹底的に凶弾すべきではないのか!

憧れたアメリカの自由と繁栄、民主主義の先生としての存在が、完全に消え去ったと認識したこの1年だった。
この流れは、日本にも確実に来る。

レヴァインの死に思う、アメリカの終焉。

こんなはずじゃないよ。

アメリカの復活を切に望む!

あわせて日本は日本であって欲しい!

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2021年3月19日 (金)

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」ブーレーズ指揮

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こちらは、桜の花、とおもいきや、すももの花だそうです(たぶん)

桜がいつもたくさん咲く東京タワー近辺なので、よけいにまぎらわしいです。

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こちらは河津桜で、もう今頃は葉桜になってます。

この日は、東日本大震災から10年の日、復興応援のライトアップでした。

忘れようもないあの日のこと、多くの犠牲者の皆様へご冥福をお祈りいたしますとともに、多くのことも学んだ日本人。

きっと起こる次のことにも、心して備えなくてはならないと思います。

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鶴首して待ってた「トリスタン」
さっそく聴いてみました。

前回の記事が、「恋愛禁制」。

下の根の乾かないうちに、もう究極の愛の世界へと誘われるという、ワーグナーの呪縛世界。

「恋愛禁制」は1836年・23歳、「トリスタン」は、1854年・41歳で着想して、1859年・46歳で完成。
ミンナと結婚した年の「恋愛禁制」から、人妻マティルデ・ヴェーゼンドンクとの不倫中の時期にあたり、燃え萌えのワーグナーの「トリスタン」。
困ったもんですが、トリスタンの音楽は聴く人を魅了してはばからない。

Tristan-boukez

  ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」

   トリスタン  :ウォルフガンク・ヴィントガッセン
   イゾルデ   :ビルギッテ・ニルソン
   マルケ王   :ハンス・ホッター
   ブランゲーネ :ヘルタ・テッパー
   クルヴェナール:フランス・アンダーソン
   メロート   :セヴァスティアン・ファイエルジンガー
   舵取り・牧童 :ゲオルク・パスクーダ
   舵手     :ゲルト・ニーンシュテット

    ピエール・ブーレーズ指揮 NHK交響楽団
                 大阪国際フェスティバル合唱団

    演出:ヴィーラント・ワーグナー

      (1967.4.10 @フェスティバルホール、大阪)

1967年にバイロイト史上、初の海外公演ということで、日本はおろか世界でワーグナーファンの話題になった公演が、ついに正規音源化されました。
4月7日の「トリスタン」を皮切りに、4月17日の「ワルキューレ」まで、この10日間に、2作合計8公演を上演するというハードスケジュール。
固定キャストの歌手たちも大変ですが、すべてのピットに入ったN響も今思えばすごいこと。
いまでは、いろんな規約で不可能でしょう。

「トリスタン」のこの配役を見てもため息が出ますが、「ワルキューレ」もすごい、アダム、J・トーマス、デルネッシュ、シリア、G・ホフマン、ニーンシュテットでありますよ。
指揮がブーレーズとシッパースで、さすがに、このときバイロイトで指揮してたベームを呼ぶことはできなかったわけですが、後のN響とのことを考えると、スウィトナーあたりはアリじゃなかったかな。

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まず、聴いてみての感想。

録音が思いのほかに良好。
響きも分離も申し分のないステレオ録音で、音の揺れはゼロ。
ピットから響く低音も豊かで、澄んだヴァイオリンの高弦も美しい。
舞台の歌手たちの声も、混濁なくクリアーで、左右の声の位置や移動も自然。
 当時、NHKの技術が相当だったことと、今回のマスタリングが見事に成功していることを讃えたい。
yotubeには、モノクロモノラルの映像がありますが、同じ日だとすると、この音源はまったく次元が違います。
最後のフライング拍手もカットされてます。

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3回聴きましたが、ブーレーズの指揮は、聴きこむほどに、悪くないなと思うようになりました。
最初は、情もへったくれもない、ためのない飛ばしぶりに、うねりに欠けてるとも思ったのですが、よく考えたら、ブーレーズのワーグナーは、パルジファルもリングも、既成概念からの脱却をその根源にしており、今回のCDの解説書にある公演時のインタビューでも、まぎれもなくそのような発言をしてまして、大いに納得したわけです。
ちなみに、ヴィントガッセン、ニルソンのインタビューも、とても新鮮だったし、彼らの音楽がよく理解できるものだったし、N響の会誌からの記事や、諸井誠さんの当時の感想など、ほんとに、ほんとに貴重だし、興味深いものです。

さて、ブーレーズのテンポは速いのですが、それを感じさせないのは、パルジファルの演奏と同じ。
存外に歌わせるところでは、よく歌い、歌手のいいように付けてるし、1幕のラスト、2幕の二重唱からマルケの踏み込み、3幕のトリスタンのの妄想からイゾルデの到着、この3つのクライマックスの緊迫感とアッチェランドもかけたスリリングな高まりなど、これこそオペラの醍醐味と十分に思わせます。
 あとさすがのブーレーズと思わせるのは、イゾルデやトリスタンの独白に室内楽的なソロ楽器が付いたりする場面では、まさに新ウィーン楽派を思わせるような超緻密なサウンドを聴かせるとこと。
 どろどろした情念や、厚ぼったいサウンドとは無縁のワーグナー。
明確な拍子で隙がなく、冷徹だけど熱い。
これこそブーレーズのワーグナーだし、故ヴィーラント・ワーグナーが戦後、根差してきたワーグナーの在り方。
それを日本はいち早く、大阪で体験していたわけだ。

ブーレーズのバイロイト登場は、1966年のパルジファルから。
その数か月後に、日本でのトリスタン。
その後、トリスタンを劇場で指揮したことがあるか不明ですが、もしかしたらないかも・・・
ブーレーズのバイロイトは、日本から帰った67年夏、68年、70年、そのあと76~80年のリング、2005年、06年のパルジファルの合計11年。
いずれの演出も、大胆で、新機軸を根差したものであることが、ブーレーズがワーグナーを取り上げるときの判断があるのかもしれない。

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歌手では、ヴィントガッセンが圧巻。
最初から最後まで、スタミナを維持しつつ、最後の自己破滅的な爆唱ぶりまで、常に安定感があります。
昔ながらの歌唱と、現在のスタイリッシュな歌唱との橋渡しをしたような存在のヴィントガッセンのすごさを感じます。
このとき、53歳のヴィントガッセンは、1974年に60歳で早逝してしまいました。
高校生だった当時の自分、驚き、悲しんだものです。

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かたやニルソン、こちらも抜群の歌で、いつものニルソンの強くてハリのある声が安心感を持って楽しめます。
もっと繊細できめ細かなイゾルデを、そのあとの歌手たちで、たくさん聴くことができたわけですが、ニルソンの声によるイゾルデと、そしてブリュンヒルデは、わたしにとって唯一無二のものです。
ヴィントガッセンとニルソンがいなかったら、と思うとほんと怖いくらいです。

ホッターの滋味あふれるマルケ王も素晴らしい。
輝きすら感じる神々しさ。
ホッターのマルケ王は、バイロイトでは、調べたら52年、57年、64年の3回だけなので、この日本公演は実に貴重なものだ。
面白いことに、バイロイトでクルヴェナールも歌ってるホッターは器用な歌手でもありました。

あと自分には、バッハ歌いみたいに思い込んでたテッパーのブランゲーネも実によかった。
ストレートな声でイゾルデにかしずく、従順清潔なブランゲーネは素敵。
クルヴェナールは、やや好みでなかった。
懐かしいパスクーダ、あとワルキューレでフンディングを歌ってるニーンシュテットは、8公演全部に出演しているバイロイトの隠れた立役者であります。

最後にN響の獅子奮迅の演奏ぶりを、さらに大きく讃えたい。
ときおり、隙間風も吹くが、ブーレーズの指揮に文字通りくらいついていて、この熱量はたいへんなものだ。
横長のピットは、この公演に合わせて改造されたとありますが、オケの熱演をしっかりとこのCDで感じ取ることができます。
 ただ合唱は頑張ってるけど、発声が日本人的で、「ほーヘーはーヘ」になってる(そりゃそうだが)
あとついでに、ブラボーもまさに日本人的(あたりまえだが)。

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ヴィーラント・ワーグナーの舞台が見れることでも、世界的に貴重な大阪バイロイト。
2つとも、yotubeにありますが、かなり暗く、画質は遥か彼方の世界のものに感じます。
このあたりも、最新の技術で色を施したりしてリフレッシュできないものでしょうかね。
ヴィーラントの演出に関しては、解説書にあるヴィントガッセンの言葉が実に興味深く納得できるものだった。

ヴィーラントは、日本公演の前年の66年夏の音楽祭の頃からミュンヘンの病院に入院していて、10月17日に、49歳で亡くなってしまいました。
かなり前から計画されていた、日本公演は個人的助手であったペーター・レーマンが演出監督を引き継いでます。
このレーマンとホッターが、バイロイトではヴィーラントの意匠を引き継ぎました。

ヴィーラント健在だったら日本にもやってきたことと思うし、49歳の早すぎる死は惜しみてあまりあるものですね。
 愛読書ペネラピ・テュアリングの「新バイロイト」では、ヴィーラントの死の文章の中で、この日本公演のことが少しだけ書かれてます。
「きわめて壮観なヴィーラント・ワーグナーのバイロイト海外遠征が、彼の死後挙行された。もっともそのプランは、むろんずっと前から練られていたのだけれども。1967年4月、バイロイト全メンバーによる日本の大阪フェスティバル訪問がそれである。」
あとはメンバーの羅列で、詳細は触れてませんが、1966年は「悲劇の年」という章のタイトルで、1967年は「一人の舵手にゆだねられたバイロイト」という章名でありました。
さほどに、66~67年は、バイロイトにおける大きな転換期であったわけです。

諸井誠さんの文章によると、チケットは6万円(3万×2、たぶん)で、当時の感覚からいうとものすごく高額です。
サラリーマンの平均月給を調べたら、67年は36,200円でしたよ!
そして会場には、東京からの来阪観客がたくさん見受けられたとあります。
 トリスタンの日本初演は63年のマゼール、ベルリン・ドイツ・オペラですが、本場のバイロイトの歌手とヴィーラントの舞台ということで、いかに熱狂したのかがよくわかります。

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いまでこそ、日本人歌手でトリスタンを上演できるし、外来も含め、多数のワーグナー上演がなされるようになった日本。
54年前のフェスティバルホールでこの舞台に立ち会った人々の、驚きと感動と熱狂ぶりを、このCDを通じて感じます。
当時まだまだ先鋭的であった、「トリスタン」という音楽に対しても身を震わせた、自分にとっての先人たちをリスペクトしたく存じます。
日常茶飯事的に聴いてしまう、ワーグナーの音楽はおろか、日々湯水のように流れてしまう音楽を、もっと心を込めて聴くべし、と自戒の思いすら呼び起こす、そんな半世紀前の画期的な記録の復刻でした。
ありがとう、感謝です。
願わくは、「ワルキューレ」もお願いします。

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葉桜になった河津桜の次は、いよいよソメイヨシノ。

今年は早い、桜の季節。

54年前の大阪の4月は、連日雨だったそうな。

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