2021年1月15日 (金)

ディーリアス 日の出前の歌、楽園への道 ヒューズ指揮

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ある日の相模湾の夜明け。

よく、夜明け前が一番暗いといいます。
確かに、お日さまが昇る直前は、真っ暗でした。

日の出とともに、あたりは急速に変化し、暖かささえも感じることができる。

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目を転じると、沖には大島の姿も見えます。

こんな海を見て育ちました。

Derius-hughes

  ディーリアス 「日の出前の歌」

         「楽園への道」
     ~「村のロミオとジュリエット」間奏曲~
           (オリジナル版)

 オーウェン・アーウェル・ヒューズ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

       (1988.4.18 @ミッチャム、ロンドン)

なんども書いててすいません、毎度おなじみディーリアス。

やっぱり好きです。

ディーリアスの音を聴くと、自分の脳内に、なにかが分泌されるような気がします。
どんな状況下、どんな気持ちにあっても、それは同じ。

私を救ってくれる音楽だといまさらに思いました。
同じ思いをもたらす音楽としては、自分にはワーグナーがいますが、強引なワーグナーに比べ、そっと優しく、そばにいてくれるディーリアスの音楽。

昨年来の出口の見えない疾疫の蔓延、政治と経済の混乱、不正を許した民主主義の崩壊の兆しなどなど・・・・
ほんとに不安と不満がたまり、もやもや感が尽きませぬ。

終わりはあるはず、夜明けは近い、そして新しく歩みだすのだ、という思いをもって、ディーリアスのこの2曲をしっとりと聴きました。
もうね、涙が出そうになりました。

ディーリアスの大ファンであったウォーロックに捧げられた「日の出前の歌(A Song before Sunrise)」。
甘味で刹那的に聴こえるけれど、日の出前、自然が目覚めてくる雰囲気を描いたもので、聴きながら勝手にイギリスの田園風景と、徐々に日に染まりゆく野や草木の様子を思い浮かべることができる。

一方、「楽園への道」は、そのオペラの原題のとおり、小さな村の反目しあう家に生まれた少年と少女の悲恋の物語。
村人の目線から逃げることのできない二人は、朽ちた別荘の裏に流れる小川から、小舟に乗って旅立つ。
それは、行き先のない「愛の死」への旅だったけど、でももう誰も追ってこない、ふたりにとっての楽園なのでした・・・・
 こんな物悲しい物語のオペラにつけられた間奏曲は、あまりに儚くも美しく、そして哀しい。
ディーリアスの「トリスタンとイゾルデ」
愛の成就は、陶酔的な大きなクライマックスを築くが、徐々に弱まる音は魂の浄化。
きれいさっぱりと出直したいものだ・・・・・・

このCDでは、ビーチャムが編んだ単独演奏用の間奏曲ではなく、オペラの中の間奏曲をそのままに演奏したものが収録されてます。
各楽器のソロが目立つ編曲版の方がより劇的に聴こえ、オリジナル版はより静謐な雰囲気が勝るような気がしました。

過去記事→「村のロメオとジュリエット」

アーウェル・ヒューズは、ウェールズ出身で、ボールト、ケンペ、ハイティンクに学んだ王道系の指揮者で、父親も高名な作曲家。
英国もの以外に、デンマークの作曲家ホルンボーの専門家みたいに、BISにたくさん録音してまして、なにげに私もブログに書いてます。
このディーリアス、ノーブルなフィルハーモニア管を指揮して、ゆったりと、慈しむようにして、ディーリアスの感覚的な世界を描きだしてます。
久々に聴いたこの1枚。最初の頃と印象がまた変わりました。
美しすぎるその演奏。

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夜明けは近い、のだろうか・・・・・

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2021年1月 9日 (土)

ハイドン 交響曲第95番 デイヴィス&コンセルトヘボウ

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お正月の松が取れましたが、同時に首都圏に緊急事態宣言。

昨年の緊急事態宣言では、宣言前夜、スーパーなどから食料品がなくなってしまう勢いでしたが、今回は大丈夫。
しかし、飲食業界は、まるでねらい打ちされたみたいで、もう少しどうにかならなかったのだろうか。

ということで、今日は、おとなしく、交響曲の父、ハイドンを聴きます。
新年にふさわしいと思ったもので、少しでも新しい年らしくね・・・・

次の懐かしいジャケット画像は借り物です。

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 ハイドン 交響曲第95番 ハ短調 HobⅠ-95

サー・コリン・デイヴィス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                (1980.12 @コンセルトヘボウ)

コリン・デイヴィスのハイドン、ザロモン・セットは、70年代後半から2曲をA面・B面に1枚1枚発売されたシリーズでした。
CD時代になってから聴いたのですが、レコード時代の18世紀の風景画のジャケットも美しく、そして懐かしくて、上記画像を探し出しました。
 ハイティンク時代のコンセルトヘボウが一番好きな自分ですが、フィリップスレーベルはハイティンク以外の専属指揮者とのコラボレーションをいくつも企画してくれました。
そんななかのひとりがデイヴィスで、このハイドンとストラヴィンスキーが代表的な名盤です。

コンセルトヘボウ・オーケストラの柔らかくもシルキーな音色と、穏健かつ端正なデイヴィスの音楽作りが見事なハイドンを聴かせてくれる、このザロモンセット。
デイヴィスらしい熱さや、音の厚みもここではハイドンの音楽に寄与していて、聴いてて納得の瞬間がいくつもありました。
そしていつもと同じく、フィリップス録音の木質感と重厚感あふれるすばらしさはここでも安定の響きで、分離もよい。

時代の変遷期であったゆえに、古楽奏法や室内オケ的なコンパクトな演奏とはまったく一線を画した、王道をゆく演奏。
これはまた、デジタルへの移行中という時期とも符合するかと思います。

あえて、ザロモンセットのなかの唯一の「短調」の交響曲を選んでみたけど、ほかの番号でも全然よかったんです。
これまでブログに書いてない番号だったこともあるので。
でもしかし、この曲は短調に支配されてるわけでもなく、むしろ短調と長調の対比が20分余りのコンパクトな4つの楽章のなかで味わえる、存外に素晴らしい交響曲と感じました。
序奏がなく、いきなり始まるのもいいし、ザロモンが弾く前提のヴァイオリンソロや、チェロのソロもはいることも、聴いていて素敵なアクセントに感じる。
モーツァルトの短調に通じるような、ちょっと感傷的な雰囲気のメヌエット、終楽章ヴィヴァーチェの集大成感も短いながら好き。

曲も、演奏も、録音も、ともに味わい深いハイドンなのでした。

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内外ともにきな臭いことばかり。

音楽が救いだ。

ザロモン・セットは、手持ちはあと、ヨッフムとブリュッヘン。
アバドは完成しなかったのが残念。

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2021年1月 2日 (土)

ヨゼフ・シュトラウス 「水彩画」

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「迎春」

2021年、関東地方は晴天のお正月を迎えましたが、寒さ厳しく早朝の山は例年にもまして、登るのに気力が必要でしたが、小高い山頂についてみれば、そこはもう爽快さの極みでして、新春を迎え清らかな気分に満たされました。

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多難な年であった昨年。
今年は、普通の1年であって欲しいものです。

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  ヨゼフ・シュトラウス ワルツ「水彩画」 op.258

   クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

        (1991.1.1 @ウィーン)

アバドのニュー・イヤーコンサートは、1989年と1991年の2年だけ。
ベルリンフィルの指揮者になってからは、ジルヴェスターコンサートがあるし、ウィーンとの関係も疎遠となってしまったので、貴重な2度の記録なんです。

その2年、2回のコンサートのなかから、これまでいくつかの曲をブログにしましたが、2021年最初の記事は、ヨゼフ・シュトラウスで。

ヨゼフ・シュトラウスは、父ヨハン・シュトラウス1世の次男、ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の弟で、工学技師から音楽家に転向した鬼才の持ち主で、280の作品や多くの編曲、指揮活動をその42年の短い生涯に行ってます。
生没年は、1827~1870年で、思えば昨年2020年は、没後150年にあたりました。
その激動の人生は、Wikiに詳細が書かれてますので、是非ご覧下さい。
わたくしもびっくりしました。

ワルツ「天体の音楽」が好きで、むかしから、この曲ばかりを聴いてましたが、その印象は、抒情・詩情を感じさせるすっきり派というものでした。
そんなヨゼフ・シュトラウスにぴったりの指揮がアバドの個性だと思います。

多彩な才能に恵まれたヨゼフは、画才も豊かだったようで、数々の作品があるそうです。
水彩画の持つ淡いタッチや柔らかさをワルツで表出したかったそうで、そうした柔和で優しい部分と、決然としたきっぱり感をあらわす場面との5つのワルツがメインになってます。

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 アバドの流れるような指揮に乗ったウィーンフィルのやわらかなサウンドが魅力的。
古いVHSを復元しましたが、にこやかに笑みを浮かべながら指揮するアバド。
そして、この頃は、メンバーのひとりひとりの顔をそらんじていたくらいにお馴染みのウィーンフィルの面々。
豪華な主席級の奏者たちの顔ぶれ。
この頃のウィーンフィルのメンバーに慣れてますので、昨今のすっかり若返った顔ぶれは、映像で見せられても、私にはウィーンフィルとわかりません。

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ムジークフェラインの似合う指揮者アバド。

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1991年、58歳のにこやかなアバド。

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青きドナウの前のお決まりのしきたり。

「Frohes neues Jahr!」

ここ数十年、ニューイヤーコンサートは見なくなってしまったからかもしれません。
ファンの方には叱られるかもしれませんが、厳しい顔して指揮をするニュー・イヤーはちょっと苦手なもので。
わたくしのニュー・イヤーは、アバドとクライバーで止まってしまってます、古い人間ですなぁ・・・・・

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今年も自分のペースで、聴きたいものを聴き、視聴し、書きたいように書きます。

ともかく、心も身体も健康第一、よろしくお願いいたします。

 

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2020年12月31日 (木)

ベートーヴェン 交響曲第9番 アバド指揮

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冬の六本木、けやき坂。

今年もきれいに輝いてました。

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コンサートから遠ざかって久しいですが、さすがに日本の年末は第9大国であります。
各オーケストラは、対策を万全に施しつつ、第9をこぞって演奏。
海外指揮者組も来日してくれたのも心強い限りです。
演奏側も、聴き手側も、今年の第9、歓喜の歌は、万感の思いでありましたことでしょう。

わたくしの方は、今年最後の記事を兼ねつつ、敬愛するアバドの指揮で第9を。

 ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 op.125

Beethoven-sym-9-abbado

 クリムトのベートーヴェン・フリーズをジャケットにあしらった、アバド1回目の第9は、85年のライブ録音。
そのまえ、1981年に毎年恒例のウィーン交響楽団の第9に登場して指揮したものがアバドの第9、1号です。

  S:マーガレット・プライス     MS:ヘルガ・デルネッシュ
  T:ジークフリート・イェルサレム B:ゴットフリート・ホルニク

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン交響楽団
                  ウィーン・ジンクアカデミー
              (19811.1 @ウィーン


ウィーンフィルでないウィーンのオケを指揮した他流試合ですが、より自在を感じるし、思い切った表情付けもあり、そして劇的な高まりも素晴らしい。
あとワーグナー歌手を揃えた豪華な歌手陣も!

  S:ガブリエラ・ヴェニャチコヴァ Ms:マリアナ・リポヴシェク
  T:エスタ・ウィンベルイ     Br:ヘルマン・プライ

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                 ウィーン国立歌劇場合唱団
               (1986.5 @ウィーン)

長年聴きなじんだ安心感すら感じる自分にとって安心のアバドの第9はこれ。
やはり、ウィーンフィルの音色、ムジークフェラインの響きは魅力的だし、アバドの歌心も活きてる。

  S:カリタ・マッテラ     Ms:マルフレーダ・ホジソン
  T:ウォーレン・エルスワース  Br:ハルトムート・ウェルカー

     クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                  日本プロ合唱連盟
                 (1987.5.28  @サントリーホール)

わたくしのお宝の秘蔵ライブ。
87年5月に、ニューヨークと東京で、アバドとウィーンフィルは、ベートーヴェンチクルスを行いました。
サントリーホールでのその演奏は、NHKFMですべて生放送され、全部録音できました。
自家製CDRにして、大切に保管してますが、久しぶりに第9だけ聴いてみたら、これが実に素晴らしい。
ウィーンでのDG盤より、燃え盛っていて、アメリカと日本のツアー最後という意気込みも入って、ライブで熱くなるアバドの指揮ぶりをまともにとらえてます。
この時のベートーヴェンチクルス、正規音源化したら、世界遺産級のものになると思いますね。

Roppongi-11

Beethoven-sym9-abbado-bpo-salz

  S:ジェーン・イーグレン   Ms:ワルトラウト・マイヤー
  T:ベン・ヘップナー      Br:ブリン・ターフェル

     クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                  スウェーデン放送合唱団
                  エリック・エリクソン室内合唱団

                 (1996.4.2  @ザルツブルク)

ウィーンでの録音から10年後。
ザルツブルクイースター音楽祭での演奏会に合わせて、会場で録音したのでライブではありませんが、演奏会の前なので、やや慎重さはあるものの、盛り上がりは十分。
なによりも、ベーレンライター版を参照しており、流れるようなテンポで流麗さも感じる解釈。
ロマン派のベートーヴェンだったウィーンとくらべ、やや古典に傾いた感じのベルリン盤。
スウェーデンから連れてきた合唱団の精度が高く、ピリリとしており、ここでもソロ歌手たちの声が光るが、ターフェル君、歌いすぎ。

Abbado-beetohoven-bpo1Abbado-beetohoven-bpo2

  S:カリタ・マッテラ   Ms:ヴィオレタ・ウルマーナ
  T:トマス・モーザー    Br:トマス・クヴァストフ

     クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                  スウェーデン放送合唱団
                  エリック・エリクソン室内合唱団

                 (2000.5.4  @ベルリン)

4年前のザルツブルク録音より、ベーレンライター版をより徹底している演奏。
ベルリンフィルとの全集をライブ録音するという一貫なので、それはさらにそうした意気込みも感じる。
この全集が出たとき、即購入して聴いてみたが、自分にとって初のベーレンライター版ベートーヴェン全集で、その速いテンポと切り詰めた響きにショックを受け、アバドよお前もか・・・・的に思った当時の自分。
いまきけば、そんな思いはまったくなく、ピリオド奏法になれた今の自分の耳からしたら、全然普通に聴こえるのも時代の流れか。
フル編成でない第9は、とてもすっきりしてて、ぜい肉が完全にそぎ落とされスリムだ。
このベルリン盤を聴くと、96年のザルツブルク盤は、まだまだ手ぬるいと感じるくらいに、集中力と緊張感は増し、ベートーヴェンの厳しさ優しさもともに完全表出。
同時にアバドならではの淡麗さと、しなやかさ、そして速い中にも優美な歌を聴かせる3楽章が美しい。
終楽章のスウェーデンの合唱団の透徹した歌声も素晴らしい。
そして、ベルリンフィルはベルリンフィルだ、機能性と分厚さ、そして音色の明るさも!
 病で倒れる前のベルリンでのライブ録音、そして、その病を克服して2001年2月にローマでも全曲チクルスを映像収録。
この映像の音声をCD化した全集も出ましたが、第9のみは、同じベルリンでのライブが採用されました。
ローマでの演奏も聴いてはみたいですね。
合唱がローマの聖チェチーリアのものだったので、そのあたりに、アバドの思いがあったのかもしれません・・・・
映像でのローマの全集でも、第9は、DGライブと違う日、ヨーロッパコンサートで演奏されたものが収録されていて、バリトン歌手のみウィレム・シュルテに代わってます。

2000年の5月の第9演奏、その頃、私は秋にやってくるアバドの「トリスタン」のチケット争奪戦に参戦してまして、その発売日が子供の運動会の当日だったものですから、大きな声援のなか、シートの上で携帯でヒソヒソ電話してめでたくチケットゲットしたものでした。
ところが、そのあと6月に、アバドは病気療養のため静養します、との報が舞い込み大ショックを受けました。
トリスタンはともかく、アバドの無事を祈るばかり。
そして、11月の末に、アバドは痩せこけた姿でしたが、日本のわれわれの前に帰ってきてくれました!
文化会館のピットに現れたアバドを見て、わたしは泣きました・・・・・

Beethovensymphonyno9

  S:メラニー・ディーナー   Ms:アンナ・ラーソン
  T:ヨナス・カウフマン    Br:ラインハルト・ハーゲン

     クラウディオ・アバド指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団
                                                マーラー・チェンバー・オーケストラ

                  バイエルン放送合団
                 (2007.8.10  @ルツェルン)  

ベルリンフィルを退任して、アバドの元に集まった名手たちとルツェルンで毎夏コンサートを開くようになりました。
2003年から始まった、ルツェルン音楽祭でのマーラーシリーズ。
2007年には、3番と併せて、ベートーヴェンの第9を取り上げました。
この前年、アバドとルツェルンは、日本にやってきて、マーラー6番とブルックナー4番を演奏。
そのどちらも聴きましたが、これがアバドとのお別れになろうとは、その時は思いもしなかった。

そしてこちらの第9は、DVDにもならず、正規には発売されませんでしたが、さる方のご厚意で聴くことができてます。
ベルリンでベーレンライター版での解釈の到達点を達成したアバド、ここでは、厳しさは柔和さにとってかわり、全曲にわたって微笑むようにして指揮する、笑顔のアバドが感じられます。
タイム的には、ウィーンの頃に戻ったように感じますが、音楽の表情はより多彩で、かつ自然。
このナチュラルさが、ルツェルン時代のアバドだったように感じます。
余計な解釈は施さずに、以心伝心の気の合う仲間と無垢なまでに音楽そのものに向き合う姿。
そこには透明感や無の世界を感じます。
ことさらに3楽章は絶品でありました。
ウィーンの日本ライブのような熱狂は最後ありませんが、それでも堂々とした着実な歩みを感じさせる終楽章に、アバドの到達した高みを感じ取ることができます。

Abbado-9
   ※ウィーン87は、古いカセットテープが音源ですので、回転速度がやや早いとも思われます・・・

アバドの第9を聴くこと6種。
版を変えたことも大きいですが、アバドの音楽の歩みを感じとることもできたその変化に驚きでした。
常に進化をやまなかったアバドに敬意を表したい思いでいっぱいです。

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今年は、たいへんな年となってしまいました。
でもおかげで室内で過ごすことが多くなり、海外のネットストリーミングで数多くのオペラを見ることもでき、見聞がまた広まりました。
観劇したオペラの数、数えること200あまり!
どんだけ見てんだよ、2日にひとつはオペラ見てるって・・・
音楽はやめられない、そのためにも、心も身体も健康で元気にいることが命題です。

良い年になりますように。

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2020年12月28日 (月)

アディンセル ワルソー・コンチェルト ペナリオ&ドラゴン

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クリスマス以来、東京タワーはこのライトアップ。

「2021年も前に!ススメ☆」ということで、すべての人が幸せに、という願いを込めたものらしいです。

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真下からみても、ともかくキレイ。

昔の東京タワーは、夜はライトアップなんてしてなかったはず。
タワーと同期だけど、年々進化して綺麗になるのに、人間のワタクシはどんどん劣化。

思い出に生きる。

Hollywood

  アディンセル 「ワルソー・コンチェルト」

     Pf:レナード・ペナリオ

   カーメン・ドラゴン指揮 ハリウッド・ボウル交響楽団

             (1950年代後半)

この10分以内のロマンティックな曲が大好きなんです。
リチャード・アディンセル(1904~1977)は、英国の作曲家で王立音楽院出身の本格作曲家だけど、その名前は映画音楽・ドラマ音楽の作曲家として知られている。
一番、有名なのがこの作品で、1941年公開のテレンス・ヤングの原作、デスモンド・ハースト監督の映画「危険な月光」(Dangerlous Moonlight)のなかで演奏される曲であります。
「ドイツ軍のポーランド侵攻の戦時下を舞台にした、連合国側女性ジャーナリストと、ポーランド軍に帰属する戦闘パイロットでピアニストとの悲恋の映画 。
恋に落ちたふたり、でも彼の任務はドイツ空軍機に特攻をかけることで、その任務を遂行するが命は取りとめ、しかし記憶を失う。
回復し、ドイツ軍がロンドンを爆撃するなか、自身が作曲した「ワルソー・コンチェルト」を思い出し、過去の記憶も併せて思い出し、愛する妻に最初に語りかけた言葉も思い出し、再び「月が明るく出ているときは危ないよ」と優しく語りかけるのあった・・・・・」

まさに戦時下の音楽であり、この切ないほどのロマンあふれる音楽。
まるでラフマニノフなのは、ハースト監督が最初はラフマニノフに音楽を依頼したからとか。

アディンセルは、この音楽のほかにも、「チップス先生さようなら」とか「二都物語」「クリスマスキャロル」など、多くの映画に音楽を提供してます。

 そして、ペナリオもドラゴンも、ともにアメリカが生んだ才人。
ペナリオは、若き小澤征爾ともレコーディングがあるし、RCAに多くのレコードがあるし、ハイフェッツとの共演も有名。
ここでは、慎ましくも優しいピアノを聴かせてくれます。

あと懐かしい、カーメン・ドラゴン。
以前にも記事にしてますが、子供の頃、AM810 「FEN」(現AFN)をよく聴いていた。
アメリカ軍の放送局で、有名なディスクジョッキーの番組もあったし、アメリカ色満載で、耳で楽しむアメリカそのものだった。
そんななかに、日曜の朝のクラシック番組があり、その案内役がカーメン・ドラゴンだった。
「Hellow, This is Carmen Dragon」 で始まる、とてもいい声のドラゴンさんは、イタリア系のアメリカ人音楽家で、やはり映画音楽にも多く携わっていたほか、ワルターのコロンビア交響楽団とメンバーの出自を同じくする、ロサンゼルス・フィルハーモニック・アソシエーションという団体から成り立った「ハリウッド・ボウル交響楽団」を率いて、キャピタルレーベルに多くの録音を行った。
ライトなクラシックというイメージが強い指揮者だったけど、クラシック入門としては最適だし、ときに、ムーディにBGM風に耳を傾けるときなど、ドラゴンの手の入った名曲などいいものだ。
 そんななかに、「ワルソー・コンチェルト」が入ってまして、うれしくなって購入したもの。
何度聴いても、いい曲だし、短いからちょうどいいし、年代を感じさせる録音の具合もよろしい。

どっかの国にすっかり侵食されてしまったハリウッド。
かつての華やかなりし銀幕の世界はいまいずこ・・・・・
頑張れアメリカ!
MAGA!

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お月さんと一緒に。

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「ワルソー・コンチェルト」と東京タワーでした。

過去記事

「フィードラー&ボストン・ポップス」

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2020年12月25日 (金)

オペラ歌手によるクリスマス

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異常な年ともいえた今年、2020年にもクリスマスがめぐってきました。

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街のイルミネーションも今年は少なめで、人が集まるのを避けているかのようでした。

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イルミ好きのワタクシ、今年はおとなしく、夜はお部屋で音楽を聴いて過ごすことが多い、そんな年でもありました。

4つの声部で、オペラ歌手たちによるクリスマスの歌を。

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 Christmas with Renata Scotto

       S:レナータ・スコット

 ロレンツォ・アンセルミ指揮 聖パトリック教会管弦楽団

      (1981.6  @N.Y)

大歌手レナータ・スコットの素敵なクリスマス・アルバム。
今年、惜しくも亡くなったフレーニより、ひとつ年上だけど、まさお元気の様子。
70年代後半に、リリコ・スピントとして復活し、たくさんの録音を残し、後半はメットを中心に活躍しました。
そんな彼女のクリスマスソングの数々。
歌い崩すこともなく、極めて真面目に、真剣に取り組んでます。
 Silent Nightなど、その静謐さに、とても感動を覚えるほどです。
そして、この歌声に、あのチャーミングなそのお姿も思い起こすこともできるこの1枚。

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     Christamas with Marilyn Horne

        Ms:マリリン・ホーン

 ジェロルド・オトリー指揮 コロンビア交響楽団

作品によっては、その強烈すぎる役作りと凄みのありすぎるお声にタジタジとなってしまう歌手、そんなマリリン・ホーンさん。
実際、彼女のカルメンやロッシーニはおっかない。
そんな凄さを隠して、余裕のありすぎる声の力を抑え気味にして歌うホーンのクリスマスソングの数々。
強いおっかさんの腕に抱かれて聴くようなイメージです(笑)
ホーンの歌うSilent Nightは、アメリカのクリスマスツリーのようなゴージャスを感じさせ、なんだかうらやましいような気もします。
そして、全体に明るく、楽しい気分があふれているのがいい。

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銀座のクリスマスは落ち着きがあって好き。
買物はしません、、街を見て歩くだけが好き。

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  Weihnachten Chrisrmas Noel/Natale

         T:カルロ・ベルゴンツィ

  パウル・アンゲラー指揮 ORFオーストリア放送交響楽団

        (1982.4.5 @ムジークフェライン、ウィーン)

ベルゴンツィのクリスマスソングとはまた珍しい。
これはもう、どこからどこまでも、ベルゴンツィ。
まるで、ヴェルディのアリアを聴いてるかのようなベルゴンツィのクリスマスソング集。
イタリア訛りのドイツ語による歌も楽しい。
イタリア語も、フランス語も、英語も、各国の言葉で歌ってもみんなどこもかしこもベルゴンツィ。
ときおり、エイっとばかりに決めを入れるのもベルゴンツィらしいところ。
ユニークなのは、White Christmasで、ちっともムーディじゃなくて、ロマンティックでもないホワイトクリスマス(笑)
ラダメスが歌ってるみたいな・・・・
スコットもそうだったけど、真剣勝負のベルゴンツィによるクリスマスソングにほっこり。
ムジークフェラインの響きも美しい。

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  Christamas with THE POPS

   Br:シェリル・ミルンズ

  エリック・カンゼル指揮 シンシナティ・ポップス・オーケストラ

     (1989.4,12 @シンシナティ)

前にも取り上げたことのあるカンゼルのゴージャスな1枚。
そのなかにたった1曲だけど、ミルンズの歌うGo tell it on the Mountainが入ってる。
こちらは、アメリカならではのゴスペルソングで、アメリカ臭まんさい。

「山の上、丘の上、そしてどこにでもそれを伝えに行きなさい。

 山でイエス・キリストが生まれたことを伝えに行きなさい。」

ミルンズらしい、ヒロイックでマッチョな歌が、この曲にぴったり。
それにしても、頑張れアメリカ。
MAGA!!

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よきクリスマスを!

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2020年12月23日 (水)

R・シュトラウス 「グントラム」 クゥェラー指揮

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11月に30年ぶりぐらいに訪れた群馬県の「吹き割の滝」

間近かで見ることができて、迫力があるし、ちょっと怖い。

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900万年前の噴火でできた、とか気の遠くなるような話の岩石からなってまして、千畳敷といわれる川床で、このように近くまで行って覗き込むことができます。
外国勢ばかりだったようですが、ほぼ100%日本人で、静かな雰囲気でなによりでした。

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  R・シュトラウス 歌劇「グントラム」

    グントラム:ライナー・ゴールドベルク
    フライヒルト:イロナ・トコディ
    老公爵:シャンドール・ショーヨム・ナジ
    ロベルト公爵:イュトヴァン・ガーティ
    公爵付きの道化師:ヤーノシュ・バーンディ
    老人:アッティラ・フュロプ
    老婆:タマラ・タカーシュ
    フリートホルト:ヨージェフ・グレゴル
    使者:パール・コヴァーチュ
    第一の若者:タマーシュ・バートル
    第二の若者:ヤーノシュ・トート

  イヴ・クゥェラー指揮 ハンガリー国立交響楽団
           ハンガリー陸軍合唱団

       (1984 @ブタペスト)

15作あるR・シュトラウス(1864~1949)のオペラ。
当ブログでは、全作を一度、一部作品はくどいほど取り上げてますが、いま一度、全作のサイクルをやろうと思います。
ずっと聴いてきた音源、あらたな音源に映像作品。
自分でも楽しみです。
いくつものサイクルを同時進行してますので、2年ぐらいかけて、そう自分への励みとしてもやっていこうと思います。

シュトラウス最初のオペラが「グントラム」。
1887年に着想。
「ドン・ファン」の1年前から構想が練られ、自身の台本は、まず1891年に完成。
この時点で、いまもよく聴かれる高名な歌曲も作られていて、シュトラウスはもう、その作曲スタイルは確定してます。
グントラムの作曲の方は、同時に着手して、1892~93年に完成させます。
交響詩では、「マクベス」と「死と変容」がこの間で作曲されてます。
1894年ワイマールにて、30歳のシュトラウス自身の指揮で初演されたものの、成功したとは言えず、その後も散発的な上演はあったものの、次作の「火の欠乏」と同じく、劇場のレパートリーからは外れて久しく、シュトラウスのオペラの成功作は、10年後の「サロメ」を待つこととなります。
この初演の年、シュトラウスは、バイロイトに指揮者として登場し、「タンホイザー」を指揮してます。
 かくもあるとおり、ワーグナーの影響下の真っただ中にあったシュトラウス。
このオペラ処女作は、ドラマとしては、中世13世紀のミンネゼンガーの物語で、まさに「タンホイザー」の世界で、はたまた騎士として、苦境の女性を救い、去って行くヒロイックさもあるので、「ローエングリン」でもあり、さらに信仰と贖罪に身を投じることから「パルジファル」、そんな様々な影響をもろに感じるオペラであります。
 ついでに申せば、ヒロイン役は、さながらエルザで、敵役はテルラムントやクリングゾルだ。

10年後の「サロメ」が、官能と刺激にあふれた豊穣なサウンドが個性的なまでになっているのに対し、こちらの「グントラム」は、甘く美しい旋律に、このころすでに獲得していた巧みなオーケストレーションの能力を背景に、鮮やかでありながら、音楽が明朗なことは、すでに「エレクトラ」後のモーツァルト帰りの将来すら予見させます。
私は、聴いていて、「ダフネ」の地中海風的な明るい、清涼感も感じ取ることもでき、27歳のシュトラウスの音楽観が、すでに晩年の作風をも見通すくらいに達観していたのでは、と思うようになりました。
「ドン・ファン」のメロディーも流れてくるし、「英雄の生涯」に援用された旋律もありまして、第5部の英雄の業績では、「死と変容」や「ドン・キホーテ」の旋律と絡み合うようにして、この作品の前奏曲に出てくるメインテーマが登場してます。
しかしながら、その豊かなサウンドたちが、次々と垂れ流されるものの、そこに厳しさや、ドラマに付随した劇性が足りないような気がするのも事実で、そこは10年後の「サロメ」への進化ぶりであらためて確認することとなります。
あとシュトラウスならではの洒脱な軽やかさは、ここではまだまだで、次作にてそのあたりが確認できるかと思います。

 それから、主役がテノールであることは、シュトラウスの15のオペラのなかで、これが随一。
女声を愛したシュトラウスが、一番ワーグナーに振れていた時節の作品であることもそのひとつ。
ちなみに、シュトラウスのオペラで、男声が主役級である作品は、「火の欠乏」「インテルメッツォ」「無口な女」「平和の日」などで、それらはいずれも、バリトンかバスで低音男声。

当初3時間を越える大作であったが、あまりの不評に大幅な短縮を試みて、2時間あまりのサイズになったのが現行版で、ことの進み具合が唐突なのもそのあたりにあります。

簡単にあらすじを。時は中世・吟遊詩人の世界~そう「タンホイザー」と同じですよ。
主人公も、ひたむきに己の道を行き、正当防衛とはいえ、あらぬことか人を殺め、最後には愛を捨てて修行の道にでる生真面目ぶり。

第1幕
最高の善としてのキリスト教的友愛の世界を目指して修行する「グントラム」。
悪い男に操られ圧政を行う国を改革しようと、グントラムはやって来た。
貧しい人々に施しを与えつつ、その国の様子を人々にうかがうと、圧制者ロベルト公爵の妻で清き女性がいて、食べ物などをよく施してくれていたが、いまは夫に禁じられてしまった。
そこにその女性がまさに嘆いて入水自殺をしようとするが、それを助けたグンドラム。
その女性フライヒルトと相思相愛となってしまう。
彼女はかつて国を治めた老大公の娘だった。

第2幕
娘を助けたことで、公国に慇懃に迎えられる。
そこでグントラムは、圧政を止めるようにと大演説をぶつ。
(こりゃまさにタンホイザーの歌合戦そのもの、ハープの伴奏まであります)
人々を不安にさせ、そしてその気にさせてしまったグンドラム。
その男を成敗しろと言うロベルト公爵だが、誰も手を下せず、やむなく公爵と争いになり、グントラムは思わず殺してしまう。
これを批難する老公爵の長いモノローグも印象的で、バリトンの聞かせどころ。
印象的な行進曲調の勇ましいフレーズも登場。
グントラムはおとなしくお縄につき連行、フライヘルトは切実な悲しみを歌い、あわせてグントラムへの愛を誓う。
このあたりの高揚感は、シュトラウスの交響詩を聴いてるようだし、ワーグナーでいうとワルキューレみたいな雰囲気だ。

第3幕
一応自分の婿だから、老公爵は厳しく対処し、グントラムは幽閉の身となっている。
壮絶な前奏のあと、亡き公爵を弔う修道士たちの聖歌がアカペラで歌われ、そのあとすぐに後悔するグントラムの歌。
そこにフライヒルトが駆けつけて、激しく求愛し、愛の二重唱となる。
ここはまたトリスタン的な感じでありまして、独奏ヴァイオリンなんても絡んでなかなか濃厚な感じになる。
フライヒルトは、さあ立ち上がって、一緒に逃げましょうとグントラムを促し情熱的だが、グントラムは躊躇しつつ彼女の名前を呼ぶことしかできない。
 そこに、グントラムと教義を同じくする同志フリートホルトが登場し、グントラムにわれわれ高潔の士は、人を殺めては決してならないとして非難し仲間として罪を償うように進言する。
グントラムは、あれは正当防衛であり、自分には罪はなく、あくまで自身の罪は、そうひとりの女性、それも公爵の妻を愛してしまったことだと語る。
フリートホルトは、ばかげた考えだと諭すものの、グントラムはこれが自分の信条だとして、帰還も進める彼の言葉にも譲らす、やがて仲間は去る。
残されたフライヒルトは、愛は勝ち取られた、あなたは自由よ、と喜ぶ。
しかし、グントラムは、勝利は簡単かもしれないが、自分は神の思慮から外れてしまった、あなたのもとを去り、ひとりで孤独のうちに過ごさなくてはならないと語る。
フライヒルトは泣き伏せるが、グントラムは彼女に、あなたは国を歩き廻り、人々を笑顔にした、その国がいまあなたの元にある。
これからも頑張るんだよ、愛するフライヒルトと歌い、永遠の別れ、わたしの神があなたと共にあるとしてゆっくりと去って行く。

                     幕

こんな内容だが、ここでは主役を歌うテノール歌手の負担がものすごく重たい。
最初から出ずっぱりで、3つの幕にそれぞれ長いモノローグがあるほか、ことさら最後は、実に感動的で素晴らしくも熱いモノローグを歌わなくてはならない。
ちなみに、ラストはローエングリンのようでもあります。
私のような「テノール好き」には堪らない瞬間が数々ある。
老公爵のバリトンにも、ヒロインのソプラノにも没頭的な聞かせどころもある。
このように、サービス満点なところが、逆にドラマへの集中力を削いでる点があることも否めない。

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この作品の初のレコーディングが今回のクゥェラー盤。
クゥェラーさんは、アメリカ生まれの女性には珍しかったオペラ指揮者で、1981年生まれ、まだお元気の様子。
ニューヨーク・オペラ管弦楽団を自ら設立し、演奏会形式で珍しい作品を次々に取り上げ、カバリエやドミンゴ、バンブリー、フレミングなどの大物との共演も多く、さらに欧州の劇場へも多く客演してました。
ベルカント系も得意にしていて、ドニゼッティの研究でも知られている。
 その彼女が1983年にアメリカ初演を手掛けた「グントラム」。
翌年、ブタペストでも演奏会形式にて取り上げ、その時のキャストを使って録音されたものです。
録音当時、ハンガリーは社会主義国で、その国の強力なレーベルだったのが、フンガトロンで、ハンガリーのオーケストラや演奏家、歌手たちを知る窓口みたいな存在でありました。
そのフンガトロンとCBSソニーレーベルがアライアンスを組んで生まれた音源は数々ありまして、「グントラム」が選ばれたのは今思えばありがたいことでした。

クゥェラーさんの指揮ぶりは、本格的なもので、女流らしく、横へ横へと流れるような旋律線を美しく紡いで行くことで、シュトラウスの流麗な音楽が引き立っているように感じます。
一方で、鋭さに欠ける点も感じますが、そこはシュトラウスの初期作品ゆえ、この美しい演奏はこれはこれでいいんじゃないかと思います。
イタリアのオーケストラを指揮した、クーン盤とともに、きっとこれから先、録音されることはないだろう「グントラム」の希少なCDであろうと存じます。

題名役を歌う、ゴールドベルクは、東ドイツから忽然と現れ、80年代に活躍したヘルデンテノールで、レヴァインやハイティンクのリングで、ジークフリートやジークムントを歌っているけど、あまり評価されず気の毒な歌手だった。
私はいずれも悪くないといつも感じてますが、ちょっと喉に引っかかるような発声が好悪を呼ぶんだろうと思います。
ここでは、その作品ゆえか、ゴールドベルクの独り舞台で、実に雄弁で、テノールを聴く楽しみに浸れます。
 そう前にも書いてますが、わたくしはスウィトナーが指揮した「マイスタージンガー」でゴールドベルクを聴いてまして、とても関心した記憶があります。
本番に弱くて、ショルティのバイロイト・リングも直前に降りちゃったし、マゼールのウィーン国立歌劇場就任時の「タンホイザー」でも声が出なくなったりと、いろんな履歴があるのもゴールドベルクならではです。
 ゴールドベルク以外は、みんなハンガリーの人で、みんな名前がいかにもハンガリーって感じ。

イタリアオペラの印象の強いトコディさん、張り切ってまして、なかなかの熱演。
バイロイトの常連だったショーヨム・ナジもものすごく立派なバリトンを聴かせます。
あっという間に死んでしまう、適役のガーティさんや、ほかの初役もよし。

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いかにもな日本の原風景的な野山。
群馬の北の方なので、いまごろは雪に包まれているかも。。。

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このあたりはリンゴの産地でもありまして、このような美しい赤いリンゴが沿線にたくさん生っておりました。

このリンゴで焼いたアップルパイがまた美味なのでありました。

次のシュトラウスのオペラは、「火の欠乏」であります。

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2020年12月12日 (土)

アーン 「クロリスに」 スーザン・グラハム、ヒル、プティボン

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晩秋から初冬。

関東の南は、いまどきが秋が急速に終わりを告げ、冬の足音が聞こえたと思った瞬間に人々は寒さを実感し、秋は彼方へ追いやられる。

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  レイナルド・アーン 「クロリスに」

      Ms:スーザン・グラハム

    ピアノ:ロジャー・ヴィニョールズ

      (1998.1.16~19 @NY)

あまりに有名な、そしてあまりに美しいこの歌。

落葉の季節に、その写真とともに、ずっと記事に残そうと思ってもう何年も経ってしまった。

2008年のパトリシア・プティボンのリサイタルで聴いてから、私の脳裏に刻まれた歌、そしてアーンという名前。

アーンの歌曲集はいくつかあるけれど、選曲もよく、たくさん聴けるのがスーザン・グラハム盤。
アメリカ生まれのメゾ、スーザンは、フランスものが得意で、そのニュートラルでくせのない声は、清潔でストレート、とてもクリアーです。
力強さも持ち合わせていて、ベルリオーズの「トロイ人」では圧倒的なディドーを歌っておりました。

レイナルド・アーン(1875~1947)は、ドイツ系ユダヤ人の父と、バスク人の母を両親にベネズエラのカラカスに生まれました。
父親が外交官だったためですが、3歳のときにパリに移住してますので、ベネズエラは生を受けた地という以上のものはなく、ユダヤとバスクの血を引くフランス人といってよいでしょう。
交響曲を除く、広範なジャンルに作品を残し、歌曲は一番多く、オペラもいくつかあるようで、これから聴いてみたいと思ってます。
管弦楽作品を集めた1枚も持ってますので、いつか取り上げたいとも思います。
まさに、フランスのベル・エポック(よき時代)を体現したような世代であり、その素敵な音楽なのであります。

16~17世紀に活躍した詩人・劇作家、テオフィル・ド・ヴィヨーの詩による作品で、20のメロディーのなかからの1曲。
愛する恋人に語りかける優しい、夢見るような曲。
詩の内容は、ネットにたくさん出てますのでご覧ください。

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     T:マーティン・ヒル

  ピアノ:グラハム・ジョンソン

     (1981.11.27  @ロンドン)

テノールで、しかも繊細な英国テノールが歌うアーン歌曲集。
こちらの「クロリスに」も誠実で、折り目正しいフランス語の発声も美しい。

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    S:パトリシア・プティボン

  ピアノ:スーザン・マノフ

     (2013.9 @ベルリン)

英米の歌手たちによるアーンのあと、フランス語を母国語とする歌手プティボンの歌で聴くと、その美しい語感と、言葉への感情移入の違いを感じ取れます。
前2者から聴いてくると、濃厚な歌ともとれますが、そこは蠱惑のプティボン。
頭脳的な歌唱も感じられ、やはりワタクシには魅力的なのでありました。

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12年前のリサイタルでは、この曲をコンサートの冒頭に歌いまして、一挙にホールをフランスの香りで満たしてしまったものでした。

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早朝の外苑前を散策。

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このあと、神宮球場、新国立競技場を横切って、明治神宮まで歩きました。

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2020年12月 4日 (金)

プロコフィエフ マッダレーナ ロジェストヴェンスキー指揮

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 紅葉はも終わってしまったけど、月も一緒に荒涼とした雰囲気の写真が撮れました。

毎年、この時期は、親類のお墓参りを兼ねて老母と姉と姪たちとで群馬に行くことになってます。

今年は、GoToのおかげで、どちらのお宿も満杯で、姉の手配で、ありがたくもようやく1室取ることができた。

それにしてもコロナ、正しく恐れ、正しく予防しようと思う。

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プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「火の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

今日は、①から、作品番号13のオペラ、「マッダレーナ」。

1911年、プロコフィエフ20歳のときの作品。
wikiの助けを借りて調べてみると、プロコフィエフは、1900年、9歳にして早くもオペラを書いてます。
さらに、10歳、12歳、16歳で、それぞれ1作づつ。
よって10代までに、未完のものも含めて4つのオペラを作曲してます。
それらは作品番号はなく、スコアも残されてるかどうか、いまのところ調べた限りではわかりませんでした。
早熟な天才プロコフィエフなのでした。

Prokofiev-maddalema

  プロコフィエフ 歌劇「マッダレーナ」 op.13

    マッダレーナ:エミリア・イワノワ
    ジェナーロ:アレクセイ・マルティノフ
    ステニオ:セルゲイ・ヤコヴェンコ
    ゲンマ :N.コプタノワ
    ロメオ :ヴィクトル・ルミャンツッェフ

   ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮
        ソビエト国立文化省交響楽団
    ヴァレリー・ポリャンスキー指揮
        ソヴィエト国立文化省室内合唱団

      (1986年 @モスクワ)

1幕4場の短めの作品で、同名のBaron Levinなる人の劇作品が原作。
15世紀、ヴェネツィアを舞台とする三角関係のもつれからくる殺人を描いた、ある意味、古典的な悲劇の筋立て。
 ヒロインのソプラノに、色男のテノールに、敵役のバリトン。
そう、おなじような仕立てが、「カヴァ(1890)、パリ(1892)」、プッチーニの「外套」(1916)、ツェムリンスキーの「フィレンツェの悲劇」(1917)、あとちょっと違うけど、コルンゴルトの「ヴィオランタ」(1915)。
ロシア版のヴェリスモオペラといっていいかもしれない。
 いずれも世紀末、刹那的なドラマに人々が気持ちを持っていかれる時期を象徴しているのだろうか。

プロコフィエフの「マッダレーナ」は前述のとおり、1911年で、この年は、マーラーの亡くなった年でもありました。

CDの解説書を参考にして、以下まとめてみました。

サンクトペテルブルク音楽院の作曲科は、3年前に卒業、引き続き、ピアノ科と指揮科に籍を置いていたプロコフィエフ。
「マッダレーナ」を短期間で完成させたものの、オーケストレーションは、4つの場のうち1場までしか完成させておらず、併行して、上演してもらえる機会をさぐることになったが、勉学中の立場のため、なかなかうまくいかなかった。
 モスクワの自由劇場が興味を示してくれたが、なんとその劇場は倒産。
のちの1914年、ロンドンでディアギレフに会い、この作品のことや、「賭博者」のオペラ化などを提案したが、ディアギレフはオペラ自体に興味を示さなかった・・・。
 さらに1916年、プライベートなオペラハウスで上演計画もあったが、それもダメに。
その後も、朋友、ミャスコフスキーの尽力で上演機会を探られたものの、結局は作曲者自身もふくめて、忘却のなかに、埋もれてしまった「マッダレーナ」なのでした。

この埋没してしまったオペラを、復活させたのが、英国指揮者のエドワード・ダウンズ。
ダウンズは劇的なその最期が話題になったりもしましたが、ロシア音楽、ことにプロコフィエフの第一人者。
ヴェルディとワーグナーも得意にした渋い名匠でした。
 そう、70年頃、江藤俊哉さんのバックで、ベートーヴェンとかメン・チャイとか指揮してた記憶があります。
そのダウンズが、2~4場の未完のオーケストレーションを、同時期のピアノ協奏曲第1番や「賭博者」のスタイルを参考にしながら完成させました。
1979年、BBCの企画で演奏され、3月にイギリスとソ連で同日放送。
1981年にはグラーツで、1982年にはセントルイスで上演されてます。
そして、プロコフィエフの録音にかけては、バレエ音楽中心にかなり実績のあるロジェストヴェンスキーが、デジタル時代になって録音したのが、今回のメロディアレーベルの1枚です。

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E・ダウンズが英訳したリブレットを参照に簡単なあらすじを

ヴェべチアの運河が見下ろせる芸術家(画家)ジェナーロの部屋で、夕暮れ時。
マッダレーナは窓辺で夕焼けの絶景を眺めて、気分はいいわ、でも血のような紫にそまった空を見て、少し罪悪感を感じぞっとする。
ゴンドラから、友人のジェンマとロミオが声をかけるが、マッダレーナは、ジェナーロの帰りを待っているの、と断る。
 そこに待ち望んだジェナーロが、勢いよろしく帰ってきて、マッダレーナに思いのたけを熱く歌し、やがて二重唱となる。
ふたりでお熱くなっているところに、ドアをノックする音がして、マッダレーナは慌てて隠れる。
ジェナーロの友人ステニオが思い詰めてやってきたのだ。
ステニオは、誰かいたの?君の奥さんかい?と聞くと、ジェナーロは、そうだよ、と答えます。
幸せかい?、うんそうさ、お互い愛しあってるのさ、やりとりする男ふたり。
 さて、心の秘密を聞かせようというステニオ、出会った女性に夢中になりすぎて、嫉妬で苦しいんだと思いを語る。
その彼女の名前や家族は?とジェナーロは聞くが、それがわからないんだ、突然やってきて、名前も、何も問うなと言うんだ。
かれこれ3か月余り、彼女のことが心の中を占めてしまい、どうしていいんだかわからない、と夢中で語るステニオ。 
 そのとき、カーテンが揺れるのに気が付いたステニオ、そして、そこにマッダレーナがいることに驚愕するステニオであった。
ジェナーロは、僕の妻であるマッダレーナだよ、と語るが、ステニオは違う、俺がさっきいった女性が彼女なんだ、と混乱する。
この蛇のような狡猾な女、ジェナーロに言い聞かせ、ジェナーロも混乱に陥り、いったいなにが本当なのかと?
マッダレーナは、ステニオにあなたは約束を破った!もう金輪際、あんたなんて知らないと言い放ち、ジェナーロには、わたしはあなたの妻なのよと言うが、男二人は、とんでもない女だと責める。
それでも、ジェナーロに切々と訴えるので、彼も心を変え、ステニオは騙されるんじゃないといさめる。
そしてマッダレーナは、ジェナーロに彼を殺して!といい、ついにジェナーロはステニオをナイフで刺し殺してしまう。
あ、やっちまったと一瞬の悔恨を残し、すかさず、自分にもナイフを突き立ててしまう。
息も絶え絶えに、マッダレーナに、先に行って神様の前で待ってるからとこと切れる・・・・
 ひとりのこったマッダレーナ、ジェナーロの亡骸に、わたしゃ行かないよ、ひとりになれた、自由だわ、と清々とした様子。
もし、どちらかが生き返ったら、どっちを選ぶ?いいえ、わたしは両方愛していたかもと呟き、窓の外に向かって、「人殺しーー!わたしのジェナーロが、知らない男に殺されたーーー」と叫び、急転直下で

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もうね、あっという間の50分間に、男ふたりが死んじゃって、悪い女が何事もなかったかのように次の生活に向かおうとする。
youtubeに、ロシアの黒海近く、ロストフ・ダ・ヌーという都市の劇場での上演動画があがってます。
音やカメラアングルは悪いですが、このオペラの概要はつかめると思います。
この演出では、黒子がでてきて、最後、マッダレーナは地に沈んでいってしまうような演出がなされてました。
コジ・ファン・トゥッテとドンジョヴァンニみたいな内容といえば、それまでですが、20歳の青年にしては、ずいぶんと血なまぐさい痴情のオペラを書いたものです。

クールな前奏曲や、ゴンドラの歌の旅情、ジェナーロの熱い思いを歌ったモノローグなど、なかなかいいです。
でも、このオペラで一番いいところは、ステニオの長いモノローグで、プロコフィエフらしい、狂気につつまれ、どんどんと深みにはまってゆく熱のようなものを帯びた部分です。
ロシア特有の、もうどうにもとまらない的な自暴自棄の音楽です。
ピアノ協奏曲や賭博者を思わせるような旋律や雰囲気もイメージされます。
 これに対し、ヒロインのマッダレーナには、目立った聴かせどころが少ないように思いました。

ロジェストヴェンスキーが、この作品の録音を残してくれたのはありがたいです。
歌手たちも素晴らしくステニオのヤコヴェンコが実によろしい。
作品としては、まだまだ未成熟ながら、プロコフィエフらしい輝きを随所に確認できる「マッダレーナ」でした。
きっと、今後もめったに上演されることはないでしょう。
しかし、ミニサイズの作品だから、コロナ社会にあっては、ざっくりと上演しやすいかもです。

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初冬の北関東は実に寒かったです。

街はクリスマスのイルミネーションが始まってますが、イルミ好きの男としては、ことしはどうも気分がのりません。

コロナとのお付き合いは、人類にとって長いものとなりそうです。

わたしは、籠って音楽三昧と行きたいところですが、それだけでは生きていけませんや。。。。

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2020年11月25日 (水)

真夜中のドア/Stay with me 松原みき

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LOVE
であります。

お台場にありますLOVEです。

人生は、いつの世もLOVEです。

別に男女のことに限らずです。

愛がなければ、無味乾燥、寂しいものです。

日本のAOR系、80~90年代のアダルトなシティ系のポップスが、いま東南アジアを中心にブームになっているとのこと!

ことに、1979年の大ヒット、故・松原みきの「真夜中のドア」がアメリカをまでも巻き込んでアジア中心に大人気!

2012年に書いたブログを、そのまま書き起こします。

Miki-1

松原みきをご存知でしょうか。

またまた郷愁の思い出話で恐縮です。

オヤジの昔話にお付き合いください。

1979年の冬、大ヒットとなった「真夜中のドア」を歌った松原みき。

1959年11月生れの彼女、わたしとほぼ同世代で、しかも同じ月の生れ。

Miki-2

クラヲタ兼あらゆる音楽をどん欲に聴いていた大学生のワタクシ、すぐに彼女に注目して、そのシングル・レコードを買い求めました。
45回転のドーナツ盤をすり減るほど聴きましたよ。

ジャズの心得のあるパンチの聴いた抜群の歌唱力に、少しハスキーだけど、可愛い歌声。実力とチャーミングな美貌に恵まれた彼女です。
「夜のヒットスタジオ」のビデオも実家のどこかにあるはず。

その後も順調に活躍し、作曲活動も盛んにおこなった彼女。

松原みきは、2004年に癌のため44歳で亡くなってしまったのでした。

青春時代から大人の世界を垣間見だした頃、何度も聴いた彼女の歌。

家庭も成し、子供にも恵まれたころに、彼女の訃報に接した時は、本当にショックでした。

東京の都会の冬のひとコマを歌った「真夜中のドア」。


「私は私、あなたはあなた

昨夜言ってたそんな気もするわ

グレイのジャケットに見覚えのあるコーヒーの染み

相変わらずなのね、ショーウィンドウにふたり映れば・・・」


冬の寒い晩、二度目の冬を迎えて、別れてしまったふたり。



そんなちょっと悲しいけれど、都会的な別れをスマートに歌った曲です。

この曲に、いまのような喧騒で雑多な渋谷でなく、わたしの大学時代の古きよき、そしてちょっとお洒落な渋谷を思います。

いまの若い方たちは、渋谷でもなく、横浜やお台場などの海を感じられる場所なんでしょうね。

このレコードのB面「そうして私が」も名曲なのでした。

 2012年の記事

「松原みき 真夜中のドア」

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