2019年4月 7日 (日)

モーツァルト レクイエム ハンニガン指揮

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先週の吾妻山。
まだまだ、桜のつぼみは固くて、数輪がほころんでいただけ。
今頃は、きっと5分咲きぐらいかな。

ネットでミュンヘンフィルの演奏会を鑑賞したので、そちらを記事にしてみます。

指揮は、最近、レパートリーを広げつつある、指揮もするソプラノ、バーバラ・ハンニガン。

Mpo  

  シェーンベルク 「地上の平和」

  ベルク     ヴァイオリン協奏曲
           ~ある少女の思い出に~

       Vn:クリスティアン・テツラフ

  モーツァルト  レクイエム

    S:エリザベス・カラーニ Ms:トゥーリ・デデ
    T:トーマス・エルヴィン Br:エリック・ロセニウス

  バーバラ・ハンニガン指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
               ミュンヘン・フィルハーモニー合唱団

           (2019.3.9 ガスタイク、ミュンヘン)

近現代ものを歌う、特異なソプラノ、いや、それも超ド級のテクニックと涼やかで、超クールな美声の持ち主、というイメージのハンニガン。
「ルル」と「グラン・マカーブル」の印象もものすごく強くて、その迫真の演技もすさまじいし、その身体能力もまったく驚きの彼女。

歌いながら指揮もし、指揮ながら歌う。
そんな指揮者としての彼女の、指揮者としての歌わない演奏会。

プログラミングが素敵すぎる。
シェーンベルクの合唱曲に、得意とするベルクの作品、そして自らは歌わないモーツァルトの彼岸のレクイエム。
レクイエムまたは、永遠といったテーマが貫かれてます。

透明感にあふれたシェーンベルクに、怜悧ななかにも、雄弁さを感じさせるテツラフのソロが素晴らしいベルク。
ベルクにおいては、オーケストラはさほどに個性的ではないけれど、終楽章の美しさと和声の響かせ方はなかなかのもの。

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指揮棒を持たずに、しなやかに指揮をするハンニガン。
動画でも多く見れますが、その指揮姿はかなりまっとうで、拍子を取りつつ、片手はしっかり音楽表現を振り分けていて、指揮者としてのその才覚は、大いに納得できるものです。

演奏時間45分ぐらいで、快速モツレクといっていい。
しかし、単なる無味乾燥なテンポの速さだけではなく、ヴィブラートを極力排した見通しの良さから浮かびあがってくる、磨きあげられた音ひとつひとつの光とその影の陰影の強さ。
かなりの集中力と緊張感の表出、音楽への踏み込みと強さとその意思を感じました。
そして、際立つリズムのよさと、明解さ。
アクセントも効きすぎるくらいに効いて、聴きなれたモツレクが極めて新鮮に聴こえました。

そして、面白いのは、後半のジェスマイヤーの手による部分。
ここでは、思い切りメリハリをつけて、繰り返しのマンネリ化を感じさせないように、一気呵成な感じ。
でもかえって、後半の霊感のなさが浮き彫りにされてしまうことも・・

しかし、素敵な指揮ぶりだな、バーバラさん。

Hannigan

彼女は、今度は、ストラヴィンスキーの「レイクス・プログレス」の集中して取り組んでます。
音楽の選択肢が、これまでの女性指揮者にはなかったものだ。

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女性指揮者の活躍が目立ってきた。

ポストを持って、世界を駆け巡る女性指揮者は、これまで数えるほどしかいなかったが、ここ数年は個性的な指揮者も続々登場し、活躍の場も広がっている。
ベテランのお馴染みの女性指揮者と、ハンニガンをのぞく、活躍中の彼女たちを集めてみました。

①イヴ・クウェラー(米)シュトラウスの「グンドラム」をはじめ、オペラ指揮者として成功
②マリン・オールソップ(米) 南北アメリカにポストを持ち、ロンドンでも大活躍、CD多し、取り上げる作品も有名どころから渋いところまで網羅。
③シモーネ・ヤング(豪) 母国とドイツでオペラ指揮者 リング、ブルックナー全曲を初録音した女性 ハンブルクオペラの音楽監督は画期的。
④スサンナ・マルッキ(フィンランド)オペラにたけ、ヘルンシンキフィルの首席指揮者に
⑤アロンドラ・デ・ラ・パーラ(メキシコ) 母国やアメリカから飛び出し、豪のクィーンズランド響の音楽監督へ
⑥エマニュエル・アイム(仏) クリスティ門下 バロック、古楽の指揮者
⑦アヌ・タリ(フィンランド)パヌラ門下 妹とともに自身でオケを創設
⑧ミルガ・グラジニーテ=ティーラ(リトアニア) ネルソンスのあとのバーミンガム市響の指揮者 DGの専属に 彼女は海外配信で一番多く聴いてる。プログラミングも知的だし、音楽の鮮度は抜群。
⑨カリーナ・カネラキス(米) オランダ放送フィル首席に ここ数年Promsで聴いてきたが、オーソドックななかに光るものが
⑩ソフィ・イェアンニン(スゥエーデン) メゾソプラノで、BBCシンガーズの指揮者 バロックから近現代まで、彼女の今後に注目したい
⑪Xian Zhang シャン・ジャン(中国)ミラノのヴェルディ響、NYPOの副指揮者を経てニュージャージー響の音楽監督
⑫Elim Chan エリム・チャン(香港) ハイティンクに師事 スコテッシュ管の首席客演、今年からアントワープ響の音楽監督
ベアトリーチェ・ヴェネッツィ(伊) ヴェルディ音楽院卒 プッチーニ音楽祭首席客演指揮者 オペラに強し プッチーニCD登場予定
オクサーナ・リニフ(ウクライナ) オペラの叩き上げ、グラーツ歌劇場の音楽監督に
ヨアナ・マルヴィッツ(独)ピアニスト 指揮はハノーファーから出発して、いまやニュルンベルク歌劇場の音楽監督に

日本
松尾葉子、三ツ橋教子、西村智実、田中裕子、斎藤友香理、藤本亜希子

以外と知らない、そして聴いたことが少ない日本人女性指揮者たち。
国内で長く活躍する人に加え、海外で活躍中の指揮者たちも増えてきた。
世界の彼女たちも含め、日本のオケもポストを設けて欲しいとも思います。
そして、われわれ聴き手も変わらなくては。
 
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相模湾と富士、かすかに残った菜の花、で、いまは満開の桜。です。

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2019年4月 6日 (土)

バッハ ブランデンブルク協奏曲第5番 アバド指揮

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満開の桜、あとは散るだけとなりましたこの週末。

桜の名所には驚くほどの外国の方が。

日本人のわれわれと同じように、桜を愛で、写真を撮り、その下で楽しんでいる。

桜の咲く日本が誇らしい。

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そして、今週は、5月1日からの新年号「令和」の発表に日本中が沸いた。

清々しく、涼やかでもあり、また美しい語感も伴った年号だと思います。

なによりも、万葉集を由来とする点も、とても麗しい。

富める者も、そうでないものも、聖も貧も等しく万人の歌を集めた1300年以上前の歌集。

来たる新年号を思いつつ、そして30年の平成の時代、今上天皇の残りのご在位のことなどを考えつつ、爽やかな晴天のもと、桜と東京タワーを愛でつつ逍遥いたしました。

そんな気分に、バッハのブランデンブルク協奏曲、それも第5番が晴れやかでぴったり。
しかも、ちょっとギャランとな雰囲気だし。

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  バッハ  ブランデンブルク協奏曲第5番 

   クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団

          (1975.5 1976.11 @ミラノ)

   Vl:ジュリアーノ・カルミニョーラ

   Fl:ジャック・ズーン

   Cemb:オッタヴィオ・タシトーン

  クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

         (2007.4.21 レッジオ・エミーリア)

スカラ座の音楽監督だったころに、なぜか録音されたアバドのブランデンブルク協奏曲の全曲。
親しい仲間のようだった、スカラ座の面々との、和気あいあいとも感じ取れる親密なアンサンブル。
この頃、「マクベス」や「シモン」といった深刻なドラマを伴うオペラを日々上演していたコンビの、このバッハの演奏は一種の解放感のような「歌」あふれた雅さを感じ取ることができる。

スカラ座フィルハーモニーを創設し、定期演奏会も充実させたアバド。
スカラ座フィルとも、マーラーを録音して欲しかった。
2012年に奇跡のカンバックを遂げたときの「6番」の録音など、残ってないものかな・・・

Abbado-bach  

スカラ座との録音の32年後、孤高の境地の境地に到達したアバドが、自ら創設したオーケストラ・モーツァルトとブランデンブルク協奏曲をライブにて再録音した。
ソロやメンバーに、ルツェルンの仲間たちを交え、若い奏者とベテランが等しく、アバドのもとに集った、こちらは凝縮された緊密なアンサンブル。
古楽奏法で、奏者も刈り込んで、透明感と弾むようなリズム感あふれる若々しい演奏。
スカラ座とのコンサートスタイルの、いわゆる当時の演奏は、あれがオーソドックなものだった。
試みに、愛聴するシューリヒトや、リヒターの演奏を聴いても、タイムの上でも、だいたい同じスタイル。
押しも押されぬ大家となっても、積極的に演奏の在り方を追い求めたアバド。
ベルリンで取り上げた、マタイやロ短調も、その晩年に指揮をしたかったかもしれません。

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門の向こうに見事な桜🌸

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増上寺の桜🌸

ココログが全面リニューアルして、使い勝手がいまだにわかりにくく、いまいちな週末。

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2019年3月18日 (月)

ベルク ヴァイオリン協奏曲 

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先週の河津桜と東京タワー。

芝公園の一角で、四季折々の花がきれいに整備され、美しく咲きます。

寒暖の差も大きく、その歩みは一進一退なれど、春はそこまで。

年中聴いてますが、とりわけ桜の季節に、そして沈丁花の香りが漂いだすころに聴きたくなるのがベルクの音楽。

何度かしか経験はないが、ベルクのオペラを観劇したあとは、歩く足元もふわつき、どこか割り切れない不条理さにさいなまれ、そして周辺の空気が甘く感じたりして、官能的な思いに浸りながら帰宅した思いが何度かある。

もう、33年前に初めて観た二期会の若杉さん指揮する「ヴォツェック」の帰り、モクレンの香りだったか。
そして、10年前に琵琶湖まで飛んで行った、「ルル」。
その時の帰りは、湖畔を散策しながら、ほてった頬を冷ましながら、怪しいまでに美しい湖面に浮かぶ月を眺めたものだ。

かようにして、わたくしのベルクへの想いは、香りや、光といった五感の一部とともに印象付けられているのだ。

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    ベルク  ヴァイオリン協奏曲

           ~ある天使の思い出に~


        Vn:ギドン・クレーメル

    サー・コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団


             (1984.3 ミュンヘン)

初めて買ったベルクのヴァイオリン協奏曲の音源が、クレーメル盤。
外盤で出て即、買った。
何度も、何度も聴いた。
とりわけ、日曜の晩、床に就く前に、グラスを傾けながら聴くと、より切ない感じになってたまらなかった。。

クレーメルの硬質な、ちょっと神経質な音色もいいが、ほんとは、も少し色が欲しいところ。
でも、デイヴィスとバイエルンの暖かな音色はいい。


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              Vn:ヘンリク・シェリング

    ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団


             (1968.5 ミュンヘン)

そして、その次に買ったのが、LP時代の名演、シェリングとクーベリックのもの。
気品ある端正なヴァイオリンに、クーベリックとバイエルンのこれまたマーラー仕込みの柔らかな響き、この融合にヨーロッパの音楽の流れと歴史を感じる。
この1枚は、ほんとうに気に入った。いまでも大好き。

そして、ベルクのヴァイオリン協奏曲を次々に入手、エアチェックも多数。

ちょいと羅列すると、渡辺玲子、パイネマン、ズッカーマン、スピヴァコフ、スターン、ブラッヒャー、ファウスト、アラベラ・シュタインバッハ、ツィンマーマン、テツラフ、ムローヴァ、堀、アモイヤル・・・・まだあるかも。

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        Vn:イザベル・ファウスト

    クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

               (2010.12@マンツォーニ劇場、ボローニャ)


アバドの指揮する3つの音源。
ソリストも、オーケストラも、いずれも違う。
ムローヴァ(ベルリンフィル、エアチェック音源)、ブラッヒャー(マーラー・チェンバー)、ファウスト(オーケストラ・モーツァルト)。
豊饒さと激性、でも豊富な歌いまわしのムローヴァ盤、気脈の通じた、元コンサートマスターとの自在かつ、緻密なブラッヒャー盤、そして、いまのところ、ベルクのヴァイオリン協奏曲で、一番と思っているのが、イザベル・ファウスト盤。
がっつりと音楽の本質に切り込むファウストのヴァイオリンと、モーツァルトを中心に古典系の音楽をピリオドで演奏することで、透明感を高めていったアバドとモーツァルト管の描き出すベルクは、生と死を通じたバッハの世界へと誘ってくれるような演奏に思う。

過去記事より、曲についてのこと。

1935年、オペラ「ルル」の作曲中、ヴァイオリニストのクラスナーから協奏曲作曲の依嘱を受け、そして、その2カ月後のアルマ・マーラーとグロピウスの娘マノンの19歳の死がきっかけで、生まれた協奏曲。

「ある天使の思い出に」と題されたこの曲がベルク自身の白鳥の歌となった。

第1楽章では、ケルンテン地方の民謡「一羽の鳥がすももの木の上でわたしを起こす・・・」が主要なモティーフとなっていて、晩年、といっても40代中年の恋や、若き日々、夏の別荘で働いていた女性との恋なども織り込まれているとされる。

こうしてみると、可愛がっていたマノンの死への想いばかりでなく、明らかに自身の生涯への決裂と追憶の想いが、この協奏曲にあったとされる。

その二重写しのレクイエムとしてのベルクのヴァイオリン協奏曲の甘味さと、バッハへの回帰と傾倒を示した終末浄化思想は、この曲の魅力をまるで、オペラのような雄弁さでもって伝えてやまないものと思う。

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     バッハ     カンタータ第60番「おお、永遠、そは雷のことば」

        A:ヘルタ・テッパー
        T:エルンスト・ヘフリガー
        Bs:キート・エンゲン

     カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団
                   ミュンヘン・バッハ合唱団

                  (1964 ミュンヘン)


ベルクが、引用したバッハのカンタータ。
1723年の作曲で、イエスの行った奇跡を著した福音書をもとに、「恐怖と希望の対話」をえがいたもの。(解説書より)

死に怯える「恐怖」と、一方で、奇跡が起こる強い信仰を持つ「希望」との対話。
やがて、お互いが寄り添い、希望の喜びを歌う。

このカンタータの最後におかれたコラールが、ベルクがその旋律を引用したもの。
ここに聴くバッハの原曲も、憧れとどこか、終末観を感じさせるもので、リヒターのアナログ的な演奏も懐かしく、甘いものがある。
信仰とは、ときに、甘味なるものなのだ。

 「足れり、主よ、み旨にかなわば、割れを解き放ちたまえ!
  わがイエス来たりたもう。いざさらば、おお、世よ!

  われは天なる家に往くなり。われは平安をもて確かに往くなり。
  わが大いなる苦しみは地に葬られる。 足れり」  (訳:杉山 好)

ふたつの作品を聴きつつ過ごした日曜。

朝晩はまだ寒いが、日中は、暖かさに、鼻腔をくすぐる芳香を感じる。

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2019年3月10日 (日)

アンドレ・プレヴィンを偲んで ②

Shirogane

サー・アンドレ・プレヴィン(1929~2019)を偲んで。

ベルリンで、ユダヤ系の両親の元に生まれたが、音楽の素養は、弁護士で会った父親譲りのもので、5歳からピアノを学びはじめたことによる。
ナチス台頭で、パリに逃れ、そこから家族でアメリカへ。
そして作曲家の伯父のいるカリフォルニアのビヴァリーヒルズに住み、そこでピアノと作曲をさらに学び、学業がてらMGM映画の音楽の仕事も始め、19歳で映画音楽も担当するなど、めきめきと才能を開花させていった。。。

1948年頃、ハリウッドで活躍を始めたプレヴィンだが、ちょうどその頃は、コルンゴルトが映画音楽から、再度、本格クラシックの作曲に戻り、ウィーンで再起しようとしたものの、すでに時代に取り残されたことを悟り、ふたたび、ハリウッドに戻らんとしていたころ。

プレヴィンとコルンゴルト、このふたりの接点をこうして思うのもまた楽しいものです。

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   コルンゴルト  交響曲 嬰ヘ長調 
    
 J・ウィリアムズにも通じるコルンゴルトの本格シンフォニー。
プレヴィンは、ゴージャスでありながら、重厚かつしなやかな響きをLSOから引き出してます。

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さて、プレヴィンの初期のころの話、ジャズピアニストとして、一気にブレイク。
さらにモントゥーに師事して、1962年セントルイス響で指揮デビュー。
指揮者としてのレコーディングも同時に開始、指揮者、ピアニスト、ジャズピアニスト、作曲家としてのマルチな音楽家、アンドレ・プレヴィンの本格的なキャリアがスタートします。

アメリカばかりでなく、英国を中心にヨーロッパでの活動も盛んになり、ロイヤルフィルとロンドン交響楽団との録音もRCAレーベルに始まります。
1967年には、ヒューストン交響楽団の音楽監督に就任。
さらに、ケルテスの後任として、1968年、ロンドン響から、首席指揮者としての就任を乞われるます。
アメリカとイギリス、ふたつのオーケストラでの活動が始まったものの、妻がありながら、女優のミア・ファーローと同居していたことが保守的なヒューストンでゴシップとなり、プレヴィンはヒューストン響を3年で辞任することになり、この先、長年の蜜月となるロンドン響に専念することとなるわけです。

1968~79年に首席指揮者を務め、その後、85年にロイヤルフィルの音楽監督になったこともあり、ロンドン響とは、ちょっと疎遠になるものの、後に桂冠指揮者、そして最後には、名誉指揮者となりました。

ロンドン交響楽団とは、ほんとに多くの録音が残されてます。
首席指揮者時代は、EMIに、名誉指揮者時代はDGに。

ロンドン響との録音で、このコンビの多様な魅力が味わえる2つ音源。

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プレヴィンは、バーンスタインのように、語りも巧みで、BBCで、一般向けのクラシック番組解説付きで放映し、それが大ブレイクして、そのカジュアルな雰囲気も相まって、大人気となりました。

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その番組「ミュージック・ナイト」で取り上げた曲を集めた2枚。

自作の番組テーマ曲、ウォルトンの「戴冠式行進曲」、「魔法使いの弟子」、アルビノーニのアダージョ、「ヘンゼルとグレーテル」序曲、ラ・ヴァルス、スラヴ舞曲、「ルスランとリュドミラ」序曲、バーバー「弦楽のためのアダージョ」、ファリャ「三角帽子」、ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」、バターワース「青柳の堤」、J・シュトラウス「皇帝円舞曲」

このあと、何度かの再録音もある、プレヴィンのレパートリーの根幹がここにあります。
いずれも爽やかに、親しみやすく、音楽を聴かせてくれます。
今回は、ことさらに、バーバーのアダージョと、バターワースの作品が、とても心に沁みました・・・・

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ロンドン響との、大きな功績のひとつは、ラフマニノフと並んで、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集を手掛けたこと。

レコード時代に、ことさらにパノラマティックな作品の「海」と「南極」を入手し、ボールとのレコードとともに擦り切れるくらいに聴いた。

こういう大きな作品をわかりやすく聴かせることにかけても。プレヴィンは名人だった。
CD化され、ほかの番号も、さらに、ロイヤルフィルとの再録もすべて聴いたが、さまざまな作風のV・ウィリアムズの多彩さと抒情性を、これまたよく描いていて、RVW作品の自分にとっての、ひとつの道標ともなりました。

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プレヴィンは、ロシア系の音楽も広範に取り上げ、大いに得意にしてました。

ロンドン響とは、チャイコフスキーの3大バレエを録音し、そのビューティフルな演奏に虜となりました。
またプロコフィエフは、交響曲とバレエ音楽を幾度も録音。
切れ味のよさと、憂愁とを巧みに表出。
そして、ショスタコーヴィチも多く取り上げ、残した番号は、4、5、6、8、10、13番。
プレヴィンの持つ音楽性は、案外、低域を重たく表現することが多く、ショスタコの暗い響きをよくつかんでいました。

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プレヴィンとロンドン響との英国音楽もたくさん。
もちろん、ロイヤルフィルともありますが。
そのRPOとともに、エルガーの主要な管弦楽作品を残してくれました。
1番よりも、ノーブルさと憂愁さのまさる2番の方が、プレヴィンには合ってました。
N響では、取り上げてくれませんでしたが、コンセルトヘボウとのライブもFMで聴きました。
ホルストの「惑星」も、「エグドン・ヒース」も忘れ難いですが、親交のあったブリテンの「春の交響曲」が曲の内容とともに、そして爆発的な春の訪れを描くプレヴィンの指揮が素晴らしい1枚です。

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ロンドン響とは、オケのフレキシビリティも加わって、協奏曲の録音も数多いです。
合わせものが、とてもうまかったプレヴィン。
協調性と優しさ、ソリストを立てる巧さにおいて、みんなが共演を望んだ指揮者がプレヴィンです。
オーマンディ、マリナー、ハイティンク、アバドなども、みんな協奏曲の達人だと思います。
ルプとの、シューマン・グリーグ、アシュケナージとのラフマニノフにプロコフィエフなどが、その代表格でしょう。

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1976~84年には、ロンドン響と一次兼任で、ピッツバーグ交響楽団の音楽監督となります。

ピッツバーグは、ケチャップのハインツがオーケストラを支える資本のメインで、そのメインホールもハインツホールと言うくらい。
プレヴィンは企業の資本家筋とも実にうまくやって、さらに、レコーディングの檜舞台から遠ざかっていたオーケストラを、メジャーレーベルに復活させました。
ピッツバーグ時代のわたくしの思う代表作ふたつ。

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ロンドン響とのガーシュインが、実にナイスなんですが、あえてピッツバーグで。
ちょっと重心が低い感もありますが、フィリップスの見事な録音もあいまって、歌い心地満点のジャジーなガーシュイン
発売当時、ニッサンのブルーバードのCMに使われてました。
やりそうでやらなかったチャイコフスキーの後期交響曲を、ようやくピッツバーグで録音。
あせらず騒がず、堂々たるチャイコフスキーでした。

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ピッツバーグのあとは、ロンドンに戻り、ロイヤル・フィルハーモニー(RPO)の音楽監督に迎えいれられます。

ロンドンの5大オケのなかでは、やや低迷していたRPOを、これまたメジャーレーベルに再び登場させたのです。
EMI,フィリップス、テラークという幅広いレーベルに、かつてLSOと入れたレパートリーを再録音。
でも、LSOの旧録音の方が、よかったりもした部分もありました。
しかし、本格的なドイツ音楽を録音し始めたのもRPO時代であります。

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ブラームスの交響曲は、3番と4番しか指揮しなかった(はず)。
N響でも素晴らしかったけれど、このRPO盤は、意外なほどに渋く、かっちりとまとまっており、しなやかなロマンティシズムを感じさせます。
好きな4番のひとつです。
 そして、全曲は完成しなかったが、ベートーヴェンの交響曲をRPOで残しました。
こちらも至極オーソドックスで、クリアーな、もやもや感ゼロのベートーヴェン。
RPOの無色透明なサウンドがお似合いで、深みはないが、曲の良さし感じさせない演奏。
アックスとピアノ協奏曲全集を入れているので、交響曲の再発とともに、望んでおきたい。

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ロイヤルフィルと兼ねるように、再びアメリカへ。

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ロサンゼルス・フィルハーモニックには、1986~89年に音楽監督として、ジュリーニがヨーロッパへ帰ったあとの空席を救います。
ロス時代の録音は、フィリップスとテラークへ。

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テラークへのドヴォルザークの後期3大交響曲。
一番得意にしていた、8番。
ジャケットとともに、懐かしさと人なっこさを感じさせるハートウォームな佳演。
ちょっと乾き気味の録音のせいもあるけれど、カラッとしたロスフィルのカリフォルニアサウンドが実によろしい。
 同様に、明るめなプロコフィエフも機能性高いロスフィルあってのもので、ばっちり決まってる。5番よりも、6番の方がいい。
あと、アレクサンドルネフスキーもLSO以来、LAPOで再録しました。

アメリカのオーケストラとは、シカゴとフィラデルフィアでも録音を行いました。
終焉の地もアメリカでした。
ロスフィルを卒業しましたが、プレヴィンは、アメリカではバーンスタインに次ぐ、自国の巨星となったのでした。

プレヴィン最後の指揮者としてのポストは、オスロ・フィルハーモニーで、2002~06年。
ヤンソンスの後を継いだ訳ですが、さしたる録音は残しませんでした。
FMで放送された、ラフマニノフの2番を録音しましたが、相変わらずのプレヴィンらしい、聴かでどころのツボを押さえた見事な演奏でした。
ほかの録音も、今後、どこからか出てこないものでしょうか。

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プレヴィンは、ウィーンフィルとも相思相愛の仲でした。
ウィーンフィルとは、ザルツブルク音楽祭の来演のかたちで、一度来日し、モーツァルトだけの演奏会を行いましたが、これは聴きもらしました。
でも、この時行われた、キュッヘルを中心とするウィーンフィル四重奏団と、2曲のピアノ四重奏曲を演奏しました。
これを聴くことができましたが、それこそ至福のひととき。
ホール中が、まろやかなウィーンのモーツァルトの響きに包まれてしまいました。
CDでも、彼らの演奏は、とても大好きで、大切に聴いてます。

グローバル化しつつあったウィーンフィルの本来の響きや音色を、無理なく自然に引き出すことができたのが、プレヴィンだったのです。

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プレヴィンの軽やかなピアノも、ウィーンフィルのまろやかな響きも、ともに楽しめるのが、モーツァルトのピアノ協奏曲の17番と24番。
EMIにボールトの指揮でも、録音しておりましたが、ここでは、フィリップスの素晴らしい録音もあいまって、ほんとに素敵な、ステキすぎるモーツァルトが、一杯つまってます。
 そして、R・シュトラウス!
オーケストラ作品と協奏曲を、ほぼこのコンビで録音してくれました。
主だった作品はテラークレーベルに入れましたが、とりわけ、「アルプス交響曲」と「ドン・キホーテ」や「死と変容」、さらにフィリップスへの「メタモルフォーゼン」、DGへの「家庭交響曲」は素晴らしいと思います。
 でも、ここでは、オペラからの管弦楽作品を集めた珠玉の1枚を。
芳醇な「ばらの騎士」にうっとりとしてしまいますが、「インテルメッツォ」の軽やかさと、舞曲の心躍る楽しさ、そして、枯淡のような「カプリッチョ」、月光の音楽のしたたるような美音。
プレヴィンの音盤のなかで、シュトラウスのオペラ好きとしても、一番好きな1枚かもしれません。

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オペラといえば、プレヴィンの指揮したオペラ作品は、ラヴェルの2作と、「こうもり」ぐらいしかないかもしれません。
イタリアオペラやワーグナーとも無縁。
R・シュトラウスのオペラを録音するような話もたしかありましたが、実現はしませんでした。
 むしろ、オペラは自ら作曲をする方でありました。
「欲望という名の電車」は、映像で一度観たのみで、詳細はあまり覚えておらず、語れません。
いつか音源も入手したいところです。
自作では、「ハニー・アンド・ルー」がCDも実演も、両方聴いてますので、好きな作品です。

ジャズの分野は、またいずれ、日を改めたいと思いますが、あんまり聴いてません。

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さて、われわれ日本人にとってうれしかったのは。NHK交響楽団の首席客演指揮者となっていただいたこと。
もしかしたら、後期のことゆえ、賞味期限切れとも思われたりもしました。
元来、首が悪く、猫背の症状もさらに悪化していた2007年以降、常に来日して、プレヴィンの元来のレパートリーを数々、披露していただきました。

ここぞとばかり、その、ほぼすべての演目を貪るように聴きました。
お得意の、弾き語りのモーツァルト、ラフマニノフの2番や、ショスタコ、プロコフィエフのいずれも5番、ブラームスに、R・シュトラウス・・・、ともかく、プレヴィンの、これまでの集大成ともいえる音楽を、N響にて聴くことができたのです。

Previn_nhkso

老いて、背中も曲がり、かつての、スマートで、しゃきーーんとしたプレヴィンとは大違いの、好々爺的な指揮姿でしたが、N響から引き出す、その音楽は、まさにプレヴィンの音楽そのものでした。

プレヴィンの音楽を、ずっと聴いてきて、最終的に、老いたりとはいえ、日本のN響で、最後の輝きを残してくれたことに感謝したいと思います。


Shiba_park_01a

  3月10日の、芝公園の梅

あとね、この3CD。
コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲。

この作品に、3つの録音を残したのも、プレヴィンならではで、ほかにはいません。

ソロに合わせつつ、コルンゴルトのほろ苦い、甘味な世界を描きつくしている、プレヴィンの指揮でした。

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オケごとに、プレヴィンの音楽を振り返りたいとも思いましたが、更新も遅れがち、書けるときに一気に書きました。
長文失礼しました。

サー・アンドレ・プレヴィンの魂が永遠でありますことを♰

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2019年3月 1日 (金)

アンドレ・プレヴィンを偲んで ①

Previn_lso

愛すべき音楽家、そして、日本にもおなじみの音楽家、アンドレ・プレヴィンが、2月28日、亡くなりました。

享年89歳、あと少しで90歳を前にして。(1929~2019)

ロンドン交響楽団の黄金時代を築いたプレヴィン、その死を悼むページがどこのオーケストラのサイトよりも先に出てました。

このブログで、何度も書いてるかもしれませんが、わたくしの敬愛する指揮者は4名、音源も多数聴いてきたし、実演も、記事数も多いマエストロたち。
アバド、ハイティンク、プレヴィン、マリナー。

次々に物故してしまう。
自分もどんどん歳を重ねるとともに。

彼らの演奏を、常に新しいものを聴きつつ楽しんできたけれど、それが止まってしまうことの悲しさよ。

アメリカにとどまって、ローカルなオケを楽しみながら指揮したり、作曲活動も、ゆったりと行っていた、ここ数年。
でも、その活動の報が、まったくキャッチできなくなっていた、この2年ぐらい。

来るべきものが来た、そんな感じです・・・

Rachmaninov_sym2_previn

今宵は、まず、プレヴィンがあってこそ、世に広まり、いまやコンサートの人気曲のひとつとなったラフマニノフの交響曲を聴いて、プレヴィンを偲んでみました。
ほんとに美しい演奏です。

時間が許せば、ここしばらく、プレヴィンの音楽をたどってみたいと思います。

サー・アンドレ・プレヴィンの魂が、常しえに安らかにありますことを♰

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2019年2月24日 (日)

ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」 アバド指揮

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数年目に訪れた、函館の聖ハリストス教会。

ロシア正教会の庇護下にあるハリストス正教会。

1859年が起源といいます。

ロシア・ビザンチン様式のこの教会建築は、見慣れたカトリックのそれとは、まったく違います。

函館山の中腹にある3つの教会、元町教会、聖ヨハネ教会とともに、3つの宗派の異なる建築物としても楽しめます、わたくしの大好きな場所です。

もう何年も行ってませんが。

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   ムソルグスキー  「ボリス・ゴドゥノフ」

    ボリス・ゴドゥノフ:ニコライ・ギャウロウ
    フョードル:ヘルガ・ミュラー・モリナーリ
    クセーニヤ:アリダ・フェラーリニ
    乳母:エレノーラ・ヤンコヴィック
    シュイスキー公:フィリップ・ラングリッジ
    シチェルカーロフ:ルイジ・デ・コラート
    ピーメン:ニコラ・ギュゼーレフ
    グリゴリー:ミハーイ・スヴェトレーフ
    マリーナ:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
    ランゴーニ:ジョン・シャーリー・クワーク
    ワルラアーム:ルッジェーロ・ライモンディ
    ミサイール:フォロリンド・アンドレオーリ
    旅籠屋のおかみ:フェドーラ・バルビエーリ
    聖愚者:カルロ・ガイファ
    ニキーチキ:アルフレード・ジャコモッティ
    ミチューハ:ジョヴァンニ・サヴォイアルド 他

     クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                     ミラノ・スカラ座合唱団
             合唱指揮:ロマーノ・ガンドルフィ

              (1978.7.12 ミラノ)


よくいわれるように、アバドのムソルグスキーへの入れ込みようは、執念ともいえるくらいのものでした。

ボリス・ゴドゥノフ」は、ロンドン、スカラ座、ウィーン、ザルツブルクでまんべんなく上演し、「ホヴァンシチナ」も、スカラ座とウィーンでそれぞれ上演。
レコーディングでも、そのふたつのオペラに、「展覧会」は2度、原典版「はげ山」は4回、その「はげ山」を含む管弦楽曲集は2回。
しかも、「展覧会」の余白には、めったに演奏されないオペラの場面がカップリングされるという凝りようで、1回目のロンドン響とのものは、ラヴェルがカップリングされながら、渋いムソルグスキー色の「展覧会」に仕上がっていたし、2度目のベルリンフィルとのものは、オケの音色が明るくなったものの、カップリング曲も含めて、ムソルグスキー色満載。
 チャイコフスキーの交響曲の余白にも、死の色の濃い歌曲も。

こんな風に、アバドはムソルグスキーがほんとに好きだった。

     -------------

42歳で亡くなってしまった、ムソルグスキー(1839~1881)のその時代。
ブラームスやブルックナーとかぶる世代。
マーラーは、ボリス作曲のころ、まだ11歳。

 そして、ロシアの国情は、帝政ロマノフ朝の最後期にあり、ニコライ1世からアレクサンドル2世へと治世が変わった頃。
権力者、貴族、地主が潤い、農奴制があったため、民衆=農民は、つねに虐げられていた。
そんななかで起きたクリミア戦争で、武器や戦力に欧州勢との違いを見せつけられ敗北し、社会改革の必要性をアレクサンドル2世も痛感。
 農奴解放令を出し、上からの指令での改革に乗り出すも、反権力者・人民主義者(ナロードニキ)たちの皇帝などの権力者打倒の動きに押され、皇帝は暗殺されてしまう。
その暗殺の年、1881年は、ムソルグスキーが亡くなった年でもあります。

ロシアは、その後、日露戦争、第一次世界大戦でどんどん国力を弱めて行き、1917年のロシア革命と、1922年のソ連の誕生を迎えるわけです。

こんな歴史を念頭に、ムソルグスキーの、とくに人の手が入っていない原典の作品を聴くと、そのほの暗さに、ロシアの民たちの声が聴こえてくるような気もする。
まったく違う曲に思える「はげ山の一夜」や、「ボリス・ゴドゥノフ」などがその典型かと。

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Boris_wien_1

一方で、実在の「ボリス・ゴドゥノフ(1551~1605)」は、ロマノフ王朝前、モスクワ大公国の時代にあり、ここでのロシアは周辺国を次々に呑み込み大国化。
国の基盤も整備したものの、内戦や周辺国との闘いが多く、やはり民衆は疲弊した。

その晩年が独裁的な強帝であった、イワン4世、すなわちイワン雷帝(プロコフィエフの作品にあります)は、家族にも暴力的で、3人の息子のうち、長男を殺めてしまう。

ボリスは、このイワン雷帝の顧問官という立場にあり、雷帝の方針で、貴族を迫害し、ボリスのような新興士族を重用するということもあって、政務に携わることとなった。
 ちなみに、貴族として登場しているのがシュイスキー公で、この公がこのオペラの影のキーマンでもあったりします。
 さて、イワン雷帝が亡くなると、次の皇帝には、次男のフョードル1世が即位するが、彼は知的障害もあって、実の政務はまさにボリスが行うこととなった。
さらに自身の妹をフョードルに嫁がせ、皇帝の縁戚としての立場を着々と築いていった。
独裁的な前帝のあと、心優しいフョードルは、国民に人気で、すなわちボリスの政治は悪くはなかったということになる。

このオペラの肝のひとつは、「聖愚者=ユロージヴィ」の存在で、愚かななかに、聖なるものを見出すという考えです。
これは、フョードル1世にもいえて、さらに考えると「パルジファル」にもつながりますね。

そして、フョードル治世下、イワン雷帝の三男ドミトリーが変死。
跡継ぎのいなかったフョードル帝もなくなり、ここで、モスクワ公国の血筋が途絶え、ボリスが選定されることとなるわけです。
ちなみに、この頃の日本は、秀吉の天下です。

 このボリス・ゴドゥノフの皇帝就任から、その死までの7年間が、このオペラの時間軸。

さらに知っておきたいのは、宗教のこと。
東西教会の分裂でできたキリスト教の二つの派、カトリックと正教会。
正教会の総本山は、なんといってもコンスタンティノープルだったが、イワン雷帝の頃、モスクワが総教主府になり、ロシアが正教会の総本山との意識に立つこととなり、カトリックは異端として弾圧された。
 ところが、ポーランドで旗揚げした偽ドミトリーが、ゴドゥノフ一族を滅ぼし、皇帝を宣言し、今度はカトリックを導入しようとしたところ、民衆の反発に会い、クーデターで滅ぼされる。
その後は、シュイスキー公が皇帝になったり、またもや偽ドミトリー2号が出てくるなど、ロシアは混迷を深め、やがてロマノフ王朝が開かれるわけです。
ほんと、ややこしい。

このあたりまでを頭に置いておくと、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」は、とてもよく書けてるし、R=コルサコフが改訂し、ボリスの死で終わる版が、ムソルグスキーの意図と異なることがわかります。
すなわち、ボリスはタイトルロールでありますが、このオペラで描かれているのは、ロシアという国そのものだと思います。
 皇帝・貴族・民衆と農民、この3者がロシアの大地で織りなす、それぞれの対立軸。
何度も繰り返されるその権力者と民衆の栄枯盛衰は、ソ連になってからも、さらにソ連崩壊後の現在のロシアにあっても、その役柄こそ変化しても、ずっと不透明感があふれているんだろうと思います。

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罪に苛まされて、苦悩のうちに死ぬ権力者の悲劇。
それから、お上が変わっても、いつも貧困や悲しみに苦しむ民衆の悲劇。
このふたつ悲劇が織り込まれたのが、このロシアのオペラの本質であります。

聖愚者=ユロージヴィは歌います。

 「流れよ、流れよ、苦い涙 泣け、泣くがよい、正教徒の民よ
  すぐに敵がやってきて、また闇が訪れるよ
  漆黒の闇、何も見えない暗闇
  苦しみだ、これがロシアの苦悩
  泣け、泣くがいい、ロシアの民よ、飢えたる民!」


ロシアの作曲家が、その作品を多くオペラにした原作者プーシキンの1825年の作。
発禁処分を受けたりと、権力側とも闘争のあったプーシキンならではの、ロシアの悲劇の描き方。
この原作をあまねく活かしたのがムソルグスキーの音楽で、このほの暗いなかに、原色の世界を、見事に描くのがアバドの指揮なのでした。

よく言われますが、ムソルグスキーの音楽には歌があって、そして、旋律線とロシア語という言葉が連動し合う巧みさがあります。
そして、のちの表現主義的な要素もあり、アバドはこうしたあたりにも共感して、ヴェルディを指揮するように、そして、ベルクやシェーンベルク、マーラーを指揮するかのように、ムソルグスキーを指揮していたんだろうと思います。

今回、メインに聴いたスカラ座でのライブは、まさにアバドの真骨頂で、スカラ座のオーケストラから、渋い色調の音色と、一方で開放的な明晰な音色とを引き出しています。
ライブならではの熱気にもあふれていて、聴衆の興奮が、ものすごいブラボーとともに収録されているんです。

93年のベルリンフィルとの録音は、ちゃんとしたレコーディングなので、すべてが完璧極まりなく、精度も高く、オケも歌手もべらぼうに巧いです。
しかし、完璧のベルリン盤もいいが、このスカラ座の熱気に満ちた演奏も実に素晴らしいものがあります。
さらに、わたくしは、自慢じゃないけど、NHKで放送された91年のウィーン国立歌劇場でのライブ音源も所蔵していて、ウィーンフィルの音色も楽しめつつ、やはりムソルグスキーの原色の音楽がここにあります。

そしてさらに、94年9月、NHKホールで観劇したウィーン国立歌劇場との来日上演に、最上の席で立ち会えました。
暗譜で指揮するアバドの指揮に、歌手も合唱も、オーケストラも、そしてわれわれ観劇者も集中しつくし、一体となってしまいました。

Boris_wien_3

このときの演出が、ロシアの映画監督のタルコフスキーのもので、そもそも、タルコフスキー唯一のオペラ演出が、このボリスで、亡命中のタルコフスキーに、83年にアバドが依頼してロンドンで上演したものなのです。
タルコフスキーは、86年に亡くなってしまうのですが、アバドは、この演出を91年のウィーンでも取り上げ、そして、日本にもこのプロダクションを持ってきたのです。
ごくごく明快で、時代設定も動かさず、わかりやすい舞台でした。
印象的だったのが、舞台のどこかに、少年ドミトリーのような姿が始終あらわれていて、ボリスの心理を圧迫してゆく影武者のようになっていたことです。
 このタルコフスキー演出は、83年、91年、94年(東京)で取り上げてます。
そして、ベルリンフィルとのレコーディングのものは、ベルリンでのコンサートと、ザルツブルクでの上演に関わるもので、こちらの演出は、ヴェルニケとなりました。
94年4月ザルツブルク・イースター、8月にザルツブルクで、ベルリンフィルとウィーンフィルが、それぞれピットに入りました。
そして、その年の9月に東京にやってきたわけです。

集中的にボリスを指揮し続けた1994年、その年以来、アバドはボリスを取り上げる機会がありませんでした。
ボリスを、ムソルグスキーを愛したアバドです。

Boris_godunov_abbado_01
 ザルツブルクのアバド

このスカラ座盤のいいところは、もうひとつ、ニコライ・ギャウロウのタイトルロールです。
絶頂期にあった、この深くて神々しいまでの美声は、ほんと魅力的です。
ほかの、スカラ座のイタリア歌手たちや、ロシア、ドイツの歌手、みんなアバドの元に素晴らしい歌です。

録音もちゃんとしたステレオで、視聴にはまったく問題ありません。

Boris_godunov_abbado_05

ヴェルニケ演出での戴冠式の場。
全然違います。

Haris_1

長文失礼いたしました。

いつかまた、今度は、「ホヴァンシチナ」を記事にしようと思います。

過去記事

 「ボリス・ゴドゥノフ アバド&ベルリンフィル」

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2019年2月14日 (木)

シベリウス 弦楽のためのロマンス ヤルヴィ指揮

Hikawa

ちょっと前の梅の花。

赤坂の氷川神社。

いまはきっと満開。

このところ、仕事もふくめて、いろいろと気ぜわしくて、ブログ更新もままならず、さらに音楽をちゃんと聴く環境にもなかった・・・・

そんなとき、短くてもいい、癒される佳品をと思い、思いつくままに引っ張り出した1枚の、メイン曲のその余白。

涙が出てきた。

Sibelius_sym2_jarvi_2

  シベリウス 弦楽のためのロマンス op.42


      ネーメ・ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団

           (1982.9.3 エーテボリ)


N・父・ヤルヴィが評価され、本格的に世に出た、BISレーベルからのシベリウス全集の2番の余白に入ってた曲。

テンポよく、スピーディーにすすむメインデッシュの2番よりは、なぜか、この楚々とした5分ぐらいの地味な作品が気に入ってました。

CD初期の、もう35年前の音盤。

週末に実家に帰り、週初めには都内の職場と、無味乾燥な安アパートに帰る日々。

そんな日曜の晩の、寝る前の刹那的なひと時。

これを聴いて、ウィスキーを一杯あおって、床に就く。

そんな若きいっときもありました。

 いまは、いろんな自由は得たけれど、他の縛りや逆行に囲まれた。

なにげなく、聴いた。

無意識に、かつての想いにとらわれ、チョイスした曲。

1番と2番のあいだあたりのこの作品。

切実な様相もありつつ、情熱にもあふれ、そして、悲しみのなかのやさしさを感じる。

さぁ、寝ましょう、という感覚も呼び覚ます、そんな効能あふれる曲でした。

Hikawa_2

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2019年1月20日 (日)

アバドのプロコフィエフ

Ume_1

日の入り直後、浮かんだ雲が夕日を浴びて美しかった。

そして、クラウディオ・アバドが天に召されて早くも5年。

あの日の朝、ネットで海外ニュースをぼんやりと見ていて、飛び込んできたアバドの訃報。

呆然として、しばらく何も手につかなかった。

でも、ときおり思い出したように出てくる発掘音源が、心から楽しみだし、残された豊富な音源や映像に囲まれているのも、思えばファンとしては幸せなことなのかもしれない。

この日に、アバドの得意としたプロコフィエフをいろいろ聴いてみた。

Prokoviev_abbado

「ロメオとジュリエット」「道化師」 抜粋  ロンドン交響楽団 66年

ピアノ協奏曲第3番 マルタ・アルゲリッチ ベルリンフィル  67年

「古典交響曲」、交響曲第3番       ロンドン交響楽団 69年

「キージェ中尉」「スキタイ組曲」      シカゴ交響楽団  77年

「アレクサンドル・ネフスキー」        ロンドン交響楽団 79年

タイボルトの死               ECユースオケ  79年

ヴァイオリン協奏曲第1番・2番  ミンツ シカゴ交響楽団  83年

「ピーターと狼」「古典交響曲」ほか    ヨーロッパ室内管  86年

ピアノ協奏曲第1番・3番   キーシン  ベルリンフィル    93年

「ロメオとジュリエット」抜粋      ベルリンフィル    96年

 (あと映像として、シモン・ボリバルとのスキタイ、ピーターと狼
    ワンとルツェルンでピアノ協奏曲第3番)

アバドの録音したプロコフィエフは、以上だと思います。

こうしてみると、やはり、「ロミオ」が一番お得意で、あとは協奏曲。

でも、本当にアバドらしいのは、「アレクサンドル・ネフスキー」と交響曲第3番。

Prokofiev_alexander

「アレクサンドル・ネフスキー」、もともとは、エイゼンシュタインの依頼による映画音楽からチョイスした壮大な声楽作品。
ダイナミックで写実的な場面は、迫力満点で、アバドは、気脈の通じ合ったロンドン響と緻密かつ明快盛大な音楽を作り出している。
 しかし、この作品のもうひとつの一面、圧制に苦しむ民衆と、その開放、このあたりをよく描いていて、ムソルグスキーを愛したアバドの着眼点は、ここにあると思わせる、そんな「ネフスキー」の演奏になってます。
そして、録音が抜群によろしい。
 
 そして、ユニークなのが、交響曲第3番
若い頃から、プロコフィエフの交響曲ならこの3番のみを演奏してきたアバド。
西側の指揮者で、この3番に刮目した初の指揮者ではないでしょうか。
 2番とともに、アヴァンギャルドな作風も有しつつ、ロシアの憂愁や、甘味な旋律もあふれる、何気に素晴らしい作品で、バレエ音楽にも近い。
これをアバドは、イタリア人の明るい目線でもって、歌でもって答え、快活に演奏してしまった。
プロコフィエフの特徴である、クールなリリシズムを、アバドほど巧みに描きだす指揮者ないなかった。

Prokofiev

画像は借り物ですが、アバドのDGデビュー盤は、朋友アルゲリッチとの、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番とラヴェル。
ともに、両曲一番の名演だと、いまもって思ってます。
67年の録音ですが、この年、さらにベルリンフィルとは、ブラームスのセレナーデ2番などを入れてまして、カラヤン以外の録音は当時はとても珍しかったはず。
当の名器ベルリンフィルも嬉々として演奏している感があり、ノリノリです。
そしてアバドのスマートな指揮に、アルゲリッチの情熱的なピアノが見事な反応を起こして、チョーかっこいいプロコの3番が仕上がりました。
のちの慎重すぎのキーシンとのもの、さらには、アクロバティックな空疎なY・ワンのものより、ソリストとの組み合わせで、この一番古いものが好きです。

協奏曲で、シェロモ・ミンツとのヴァイオリン協奏曲
こちらも、今度は曲が、とくに2番が深いだけに、さらにシカゴがオケなだけに、演奏の充実度が高いです。アバドの緻密なバックがあって、ミンツの美音が光っている印象。
受ける印象は、冷たい空に浮かぶ怜悧な三日月みたいな感じの美しさ。

さらにシカゴの高性能ぶりをまざまざと見せつけてくれる見本のような、「キージェとスキタイ」。
このふたつの組曲の理想的な演奏がアバド盤でしょう。
切れ味するどく、どこもかしこもエッジが効いていて、リズム感も抜群、聴いていて、爽快かつ胸のすくような快感を覚えます。
さらに、この1枚もまた、録音がよい!

「ピーターと狼」は、各国の著名人たちがそれぞれに声を担当して各地で発売されたが、日本では、アバド自身が選んだ坂東玉三郎。
しかし、私の持っている外盤は、カレーラスで、スペイン語だったりします。
鋭敏な演奏で、面白いのですが、この音盤でステキなのは、その余白に収められた「ヘブライ序曲」と「軍隊行進曲」だったりします。
アバドらしい凝った企画です。

Abbado_prokofiev_romeojuliet

アバドのメジャーレーベルデビューが、デッカへの「ロミオとジュリエット」
組曲から、9曲を抜き出したロンドン響との演奏。
デッカの生々しい録音が今でも鮮度高いですし、アバドの堂々としてゆるぎない指揮ぶりもデビュー盤とは思えない充実ぶりを感じさせます。
音色は明るく、地中海的ですらあります。
そして、ここでも抜群のリズム感が光ります。

79年に、ザルツブルク音楽祭で、若いECのオケとの演奏会のアンコールに「タイボルトの死」を演奏。
この鮮烈かつ、血の出るような熱気あふれる演奏はライブで燃えるアバドならでは。

そして、デビュー盤から30年後、お互いにベストコンビとなったベルリンフィルとの録音は、今度は組曲からではなく、全曲版全52曲から、アバドが選び出し、曲順も変えた20曲の抜粋版。
以前に書いたこの音盤の記事と、今聴いても思いは変わらないで、ここに再褐しておきます。

<繊細な歌う絶妙のピアニシモから、分厚いフォルティッシモまで、広大なダイナミックレンジを持つ鮮烈な演奏。
威圧的にならず、明るいまでのオーケストラの鳴りっぷりのよさが味わえるのも、見通しいい音楽造りをするアバドならでは。
 有名な「モンタギュー家とキャピレット家」や「決闘」「タイボルトの死」などでは、オーケストラの目のさめるようなものすごいアンサンブルと、アバドの弾けるようなリズムさばきに興奮を覚える。
 一方、恋人たちの場面での明るいロマンティシズム、ジュリエットの葬式~死の場面での荘重で静謐極まりないレクイエムのような透明感、それぞれにアバドの持ち味。>

最後におかれた2曲~悲痛極まりないジュリエットの葬儀、それから、リリシズムをたたえたジュリエットの死をふたたび聴いて、5年目の想い出をここに閉じることといたしましょう。

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波立つ相模湾と、遠く、箱根の山に沈む夕日。

「ジュリエットの死」、美しすぎて泣けてきた。

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2019年1月18日 (金)

スメタナ 交響詩「わが祖国」 ビエロフラーヴェク指揮

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菜の花がもう満開の吾妻山。

1月4日に撮りましたが、現在、「菜の花ウォッチング」開催中。

再三、書いてますが、この町で、のほほんと育ったわたくしは、この山の麓にある小学校と、海沿いにある中学校に通ってました。

二宮金次郎像があって、木造の由緒正しき校舎はいまやありませんが、校庭には大きな楠の木がいまだに立ってます。

折に触れ帰っては、海と山を見て、郷里への想いを強くしてます。

ということで、「わが祖国」を。

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   スメタナ  交響詩「わが祖国」

     イルジー・ビエロフラーヴェク指揮

        チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

            (2014.5.12 @スメタナホール、プラハ)

これまた何度も書いてるかもしれませんが、けっこう集めちゃう「わが祖国」。
最近でこそ、あまり訪問しなくなったCDショップで、必ずチェックしてみる棚が、「わが祖国」。
同じく、チェック先は、「幻想」に「チャイ5」に、「ディーリアス」を中心に英国もの全般。

「モルダウ」も素晴らしい名品だけれども、やはり連作交響詩としての「わが祖国」を通して聴くことの、音楽体験としての充実ぶりには及ばない。
しかも、レコード時代は2LPだったけど、CDでは、ちょうど1枚に収まる。
「第九」と同じく、CDになってからのメリットを、とても感じるのが「わが祖国」。

それから、自国のアイデンティティを鼓舞し、自国愛を歌うことで、それが等しく世界の共感をえるのが「わが祖国」。

そう、なんだかんだで、「わが祖国」なのであります。

6つの連作交響詩は、5年に渡って作曲され、ボヘミアへの溢れんばかりの思いがつづられ、モティーフも関連付けがなされ、結果として、ひとつの大きな流れをもつ大交響詩となりました。

1.「ヴィシェフラド」 モルダウ川沿いの古城、その城の栄枯盛衰を描く

2.「モルダウ」    スメタナが残した幻想的な注釈を読みながら聴くと
             新たな感動も

3.「シャールカ」   伝説の女傑シャールカが恋人に裏切られ、
           仲間の女戦士とともに、敵の男衆を皆殺ししてしまう
           ・・・怖いよ

4.「ボヘミアの森と草原から」 
           ボヘミアの自然賛歌と、市井の田舎の祝宴の様子
        
5.「ターボル」  キリスト教宗教改革の一派、フス教徒の拠点の街ターボル
        旧弊な教会サイドとの闘いは、チェコ民族の団結を強くした。

6.「ブラニーク」 フス教徒の戦士が眠る山、ブラニーク。
           国家存亡のとき、
           その亡国を思い戦士は蘇えり聖戦へ導くとされる
           ここに至り、戦士の動機と祖国への愛の旋律が合体し、
           高らかな勝利へ♪

過去の伝説と溢れる自然を交響詩に描きだしたスメタナ。
国のあふれる希望と期待を、その音楽に折り込んだ。
しかし、チェコがその後、大国に翻弄され苦難の道を歩んだのは、ドイツ・オーストリアに近いことや、その後すぐに東側に組み込まれたことで、歴史が示すとおりであります。

でも、苦難のときも、ビロード革命の末、民主化されたのちにも、常にチェコにあったのは、このスメタナの「わが祖国」であり、チェコ・フィルハーモニーであり、さらにチェコ出身の指揮者たちであったのです。

ちなみに、歴代のチェコフィルの指揮者たちは、チェコスロヴァキアの政治体制とまったく呼応するように、その進退を繰り返してます。
クーベリックは、戦後、共産体制になったことを受け、西側に亡命。
アンチェルは、68年のプラハの春のチェコ事件で楽旅中にカナダに亡命。
ノイマンは、東ドイツで活躍しつつも、アンチェルの後を受け、プラハの春に故国へ召還。
しかし、東側体制崩壊の1989年のビロード革命では、音楽面で大きな役割を担い、一貫してチェコのために生き抜いた。

以降は、チェコは、開かれた民主主義の国として、中欧の勤勉な国民のもと、穏やかな国として存在してます。
自国出身の指揮者として、1990年に就任したビエロフラーヴェクは、3年で退任し、その後、アルブレヒト、アシュケナージ、マカール、インバルを経て、2012年に、再びチェコフィルに復帰しました。
 その間、ビエロフラーヴェクは、国内ではオペラ、海外では世界中のオーケストラに客演し、なかでもBBCsoの首席指揮者になったことが、そのキャリアの上でも、最高のステップアップになりました。
フレキシビリティの高い優秀なBBC響は、ロンドンのなかでもLSOに次ぐ実力オケだと思ってます。プロムスでも多彩な演目をこなし、ビエロフラーヴェクは、イギリス国民のお祭り的なラストナイトを何年も指揮してました。

今回、取り上げた「わが祖国」は、ビエロフラーヴェクとチェコフィルが2014年のプラハの春音楽祭の恒例オープニングを飾った際の模様で、ゲネプロかなにかからの録音です。
最初の音楽監督就任時の1990年にも「わが祖国」は録音されていて、そちらも端正かつ、正しき演奏なのですが、時を経て、経験も経ての2014年盤は、それ以上に練れて、充実した内容となっておりました。

演奏タイムは、90年も14年も、ともに77分ほどで、ほぼ同じ。
あれこれ細かいことはせずに、王道のストレートな解釈なのですが、後年のものは、ともかく恰幅がよくなった感じで、堂々としているのです。
 この連作は、チェコの自然や生活、遺跡をそのままに歌い上げた1,2,4と、歴史の史実を掘り返してみせたような生々しい3,5,6とで、2種類の性格があるように思います。
それらをともに、きっちりと描きわけている点でも完璧だし、チェコフィルに沁みついた心の歌ともいうような旋律やモティーフが、それぞれに、あるがままに歌われること、同じアイデンティティを持った者同士でないとできない自然さであります。
 ふたつのこの連作作品の性格要素が、最後の「ブラニーク」で感動的に結実し、高らかに歌い上げられるとき、いつも以上に心よりの高揚感に満たされました。
優等生的解釈ながら、その正統ぶりには、誰しも真似できない近づき難いものに思われました。

かえすがえすも、病気とはいえ、ビエロフラーヴェクの早かった死が悔やまれます。
思えば、チェコフィルのチェコ出身指揮者たちは、みんな早世でありました。

ビエロフラーヴェクの後を継いだのは、セミョン・ビシュコフ。
チャイコフスキーの交響曲を順次録音中のようです。

フルシャとネトピル、若い次の世代も着実にきてます。

しかし、中欧・北欧・東欧、ロシアの作曲家たちって、祖国への熱い思いを、思い切りその作品に反映させているし、国民たちもそれを愛し、誇っています。
国民たちは、その思いを、同じく愛国心として吐露しています。
 なんだかうらやましい。
日本では。。。。

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今回、スコアを見ながら聴きましたが、ほんと、よく書けてる。
波乱万丈のスメタナ、失聴していたとは驚きです。

そして、チェコフィルの音は美しい♪

わが故郷から。

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2019年1月12日 (土)

テオ・アダムを偲んで

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バスバリトン歌手のテオ・アダムが亡くなりました。
1926年生まれ、享年92歳、生まれ故郷のドレスデンにて。

またひとり、わたくしのオペラ好き、いや、ワーグナー愛好の気持ちをはぐくんでくれた大歌手が逝ってしまった。

1952年に、マイスタージンガーの親方のひとり、オルテルでバイロイトデビュー以来、1980年のグルネマンツまで、長きにわたりワーグナーの聖地で活躍しました。

初めて買った「リング」のレコードが初出時の、ベーム盤。
1973年の盛夏に発売された、そのLP16枚組は、瞬く間に、少年のわたくしを魅了しました。
そのウォータンが、テオ・アダムで、当時まだ断片的にしか聴いてなかったショルティのホッターよりも早く、ウォータンの全貌をアダムの歌で聴き込み、それが刷り込みとなったのでした。

以来、意識することなく、ドイツ系のオペラや宗教音楽のレコードやCDを買うと、テオ・アダムの名前がそこに必ずと言って入っているのでした。

聴きようによっては、アクの強い声。でもそこには、常に気品と暖かさがあり、その強い声は、まさに神々しいウォータンや、大きな存在としてのザックスや、バッハの一連のカンタータや受難曲などで、まさになくてはならぬ存在でした。

いくつか接したその舞台で、記憶に残るものは、やはり、スウィトナーとベルリン国立歌劇場とのザックスに、ホルライザーとウィーン国立歌劇場とのマルケ王です。

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 今夜は、テオ・アダムの音源から、ウォータンとザックス、マルケ王にグルネマンツ。
それから、シュトラウスから、オックス、ラ・ローシュ、モロズス卿を、さらに、ドレスデン製十字架合唱団にルーツを持つことから、クリスマス・オラトリオやマタイ、カンタータなどのバッハ作品をあれこれ聴いてみることといたします。

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テオ・アダムさんの魂が安らかでありますこと、お祈りいたします。

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