2018年12月 9日 (日)

ディーリアス 「高い丘の歌」 A・デイヴィス指揮

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少し前、毎年11月は、伯父の命日の月で、一緒に眠る従姉の墓参と伯母へのお見舞いに群馬まで出かけます。

そして足を延ばして、四万温泉へ。

四万湖のあたりは、紅葉が終盤で、赤や黄色の絨毯をサクサクと踏み歩き散策しました。

母と姉とで、むかしのことをたくさんお話ししました。

嫌なこと、厳しいことはたくさんあれど、昔語りは幸せなことしか思い出しません。

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  ディーリアス  「高い丘の歌」

    S:オリヴィア・ロビンソン

    T:クリストファー・ボーウェン

  サー・アンドルー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団
                       BBC交響合唱団

          (2010.10.15 オール・セインツ教会)


愛するディーリアス(1862~1934)の作品のなかで、もっとも好きな音楽がこの「高い丘の歌」。

「高い丘の歌」は、1911~12年にパリ近郊のグレ・シュル・ロワンで書かれた30分あまりの音詩。
ディーリアスの音楽って、まさに、「音による詩」と呼ぶに相応しい。
そして、その受け止め方は、聴く人の人生や暮らし、考え方、まわりの自然や見てきた風景、それらによってさまざま。

そう、特定の感情や事象に直接に紐つかないから、いつも新鮮だし、距離感もそこそこあって、自分の感情に飛び込みすぎない優しさがある。

わたくしは、そんな風にして、ディーリアスの音楽をずっと聴いてきました。

グリーグと知り合い、そして、ノルウェーの自然や風物を愛し、その海や厳しい大自然を思わせる音楽をいくつも書いたが、この曲もその一環。
でも、ノルウェーの大自然に接したことがない自分には、写真や映像で見るその自然を想像しつつも、自分の育ったお家から見えた風景や、街の自然を重ね合わせて聴くことできるのだ。
それが、自分にとっての「ディーリアスの世界」なのです。

「わたしは高い丘陵地帯にいるときの喜びと陶酔感を現そうとし、高地と広漠たる空間を前にしたときの孤独感とメランコリーを描こうとしたのだ。
ヴォーカルパートは自然における人間を象徴したのである」

                                                                 (ディーリアス:三浦敦史先生訳)

作者のこの曲に対する言葉。
この作品の魅力を一番物語っている。

丘陵、山や山岳とも違う、丘。
丘的なものも、日本の地味豊かな山々とも違って、殺伐として膨らみがただあるだけのものを想像したりもする。
唯一の英国訪問の際、ロンドンから車で発し、北上してバーミンガム方面へ、さらに南下してドーバー方面へと走りまくったことがありますが、郊外へ出て田園地帯を通過すると、丘のようなぽっこりした緑の小山が、そこここに見られたのでした。
そんな風景も、自分のなかでは英国音楽、とりわけ、ディーリアスやV・ウィリアムズを聴くときに思い浮かんだりするものなのです。

同じように、山を歩んだ音楽として、シュトラウスのアルプス交響曲がありますが、あちらは、もうリアルそのもので、音楽が登山という体験を、まんま表現しつくしている。
 ディーリアスのこちらは、写実的な要素がまったくないから、自分のなかのイメージで、思いのままに聴くことが出来る。
なんでも音や音楽にしてやろうという強引さは、これっぽっちもないので、ともかく優しく、寄り添ってくれるんだ。

何度も書くようで恐縮ですが、自分の育った家の前には、小さな山があって、その山の向こうには、富士山の頭だけがちょこんと見えてました。
夕暮れ時には、西側のその山の空が赤く染まって、ときに壮絶な夕焼けが見られることもありました。
そして、夕焼けのオレンジはやがて濃くなり、藍色にそまって暗くなっていくのです。
そんな風景を見ながら、私はディーリアスの音楽を聴いてました。
いまは離れて暮らしているけれど、ディーリアスの音楽は、また、そうした景色を呼び起こすことで、自分にとっての故郷へのノスタルジーをかり立ててくれるのです。
 この作品の最後、日が暮れ沈んでしまうくらいに、音楽がどんどんフェイドアウトしてしまう終わり方。
後ろ髪ひかれ、そして哀しく、自然の摂理の寂しさすらを感じさせます。

  ---------------

1887年のノルウェー訪問以来、生涯で17回も同国を訪れていたディーリアス。
視力を失い、体が麻痺してしまった晩年でも、車いすでかの地の丘や日没の感じられる場所へ連れていってもらっていました。

作曲の8年後、1920年、アルバート・コーツの指揮で初演。
ドイツでドイツ人指揮者によって初演が企画されるも、大戦で流れた結果のロンドン初演。
ディーリアスは、そのあと、P・グレインジャーに、これは自分の最高の作品のひとつ
と語ったという。

コンサートでは、あまり取り上げらることがないのは、30分あまりのこの曲が、一夜の演目のなかのどこで演奏できるか、その答えがないからだと思ったりもする。
そして、多くの聴衆と一緒に聴くより、ひとり静かに聴くべき音楽だからであろう。

ビーチャム盤はまだ未聴ながら、4つめの「高い丘の歌」。
シャンドスへ、ヒコックスのあとを継いでディーリアスもシリーズ化している、サー・アンドルーの演奏。
デリケートなまでの繊細さで、この曲に対して、実に素晴らしい演奏を録音してくれたことに感謝です。
この美しい演奏をしっかりととらえた雰囲気豊かな素晴らしい録音にも感謝です。

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今年は、この本の刊行もうれしい出来事でした。
まだ読んでる途上ですが、断片的に接することができていたフェンビーの著述が、こうして翻訳されて体系化されたことに、こちらも感謝です。
聴きなれたディーリアスの音楽に、さらに奥行きが深まりました。

過去記事

「フェンビー&ロイヤルフィル」

「グローヴス&ロイヤル・リヴァプールフィル」

「ロジェストヴェンスキー&BBC響」



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1か月前の晩秋。

街はいま、クリスマス。

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2018年11月23日 (金)

ショスタコーヴィチ、バーンスタイン  ワシントン

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お台場のアメリカ。

もちろんレプリカですが、ちょっとウィキったところ、アメリカの自由の女神は、独立100年の記念に、フランスが贈ったもの。
さらに、その返礼として、パリ在留のアメリカ人、まさに「パリのアメリカ人」が、パリに建てたものもあります。
 東京のものは、1988のフランス年に展示され、この時は、大の親日家シラク大統領のもとでした。これが好評で、2000年より正式に、お台場に設置されたとのこと。
ほかにも、いろんなところにあるそうな。

いずれにしても、自由と民主主義の象徴なのであります。

アメリカのオーケストラシリーズ。

メジャーの5大オケは、あとまわしにして、それに次ぐエリート・イレブンとか一時いわれたオーケストラを聴いていこうという作戦です。
 これまで、ミネソタ管、デトロイト響、ピッツバーグ響と聴いてきました。

今回はアメリカの中心都市、大統領のおひざ元、ワシントンのオーケストラ、ナショナル交響楽団を。

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 ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 ハ短調 op.65

  ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮 ナショナル交響楽団

             (1991年 ワシントン、ケネディーセンター)


正式名称は、ナショナル交響楽団(The National Symphony Orchestra)で、日本では、ワシントン・ナショナル交響楽団という呼称になってます。
国家とか、お国のオーケストラという意味合いなので、ワシントンをわざわざつけなくてもよろしいかと。
もちろん、民間のオーケストラですが。
ちなみに、ワシントンにあるメジャーリーグのチーム名も、ナショナルズという名称です。

 もともと、国事や、公的な祝祭日用のオーケストラとして1931年に創設。
大統領のオーケストラと呼ばれる由縁です。
キンドラー、ミッチェルと地味な指揮者を経て、このオーケストラがレコードなどで世界的に名前が出てくるようになったのは、アンタル・ドラティが1970年に音楽監督に就任してから。
ここでもオーケストラビルダーとしてのドラティの名がアメリカ楽壇に残されることとなります。
デッカの鮮やかな録音で、チャイコフスキーやワーグナー、アメリカ作品、さらにダラピッコラなんてのもありました。懐かしい。

そして、1977年に、ロストロポーヴィチが音楽監督を引き継ぎます。
当時、大統領は、カーターさんで、共和党から民主党に政権が変わった年。
そんな年、74年にソ連から亡命したロストロポーヴィチが、こともあろうに、大統領のオーケストラと呼ばれるナショナル響の指揮者になる。
 反体制で、言論人を多く擁護してきたロストロポーヴィチを起用するという、アメリカという自由な国の典型的な実例がここにあるわけであります!
その後、78年には、ソ連邦は、ロストロポーヴィチの国籍をはく奪するという対抗処置に出ます・・・

チェリストであり、ピアニストであり、指揮者でもあったロストロポーヴィチ。
自国の作曲家の作品を積極的に指揮して、広めることにも責務を感じていたと思います。

ソ連邦崩壊後、ナショナル響とロンドン響を振り分けて録音したショスタコーヴィチの交響曲全集。
その全部を聴いてませんが、ロストロポーヴィチならではの、濃厚な解釈と、そこここに聴かれるユニークな節回しなど、普段、わたくしが好んで聴く、欧州勢による純音楽的なスコアの解釈による、シンフォニックなショスタコーヴィチと異なるものを感じます。
 この8番も、ナショナル響が、ロストロポーヴィチの解釈にピタリと合わせていて、長大な第1楽章や4楽章のラルゴなど、実に深刻で暗澹たる音色を聴かせます。
一方で、スケルツォや行進曲調の楽章では、オーケストラの個々の奏者の妙技を引き出してますし、はちゃむちゃ感もお見事。

独ソ戦下に書かれた8番。
1943年の作品。
世界は戦争という災禍に覆われてました。

Kenedy

ナショナル響の本拠地、ジョン・F・ケネディ・センター。
1971年、このホールのこけら落としのために作曲されたのが、バーンスタインのミサ曲。

バーンスタインとこのホールとの関係でいうと、もう1曲。
1976年のアメリカ建国200年を記念して作曲された「ソングフェスト」があります。
間に合わずに1年遅れとなりましたが、1977年の10月に、作者がナショナル響を指揮して初演、12月にレコーディングされました。
そう、まさにロストロポーヴィチの音楽監督就任の年でもあります。

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  バーンスタイン ソングフェスト

 ~6人の歌手とオーケストラのためのアメリカの詩による連作~

  S:クランマ・デイル       Ms:ロザリンド・エリアス
  Ms:ナンシー・ウィリアムズ T:ネイル・ロッセンシャイン
  Br:ジョン・リアードン     Bs:ドナルド・グラム

   レナード・バーンスタイン指揮 ナショナル交響楽団

           (1977.12 ワシントン、ケネディーセンター)

  Ⅰ.賛歌

①冒頭の賛歌 「 一篇の詩を」 フランク・オハラ
 
  Ⅱ.3つのソロ

②「高架線の向こうの駄菓子屋で」ローレンス・フェルリンゲッティ

③「もう一人の自分に」 ユリア・デ・ブルゴス

④「君の言葉に言おう」 ウォルト・ホイットマン

  Ⅲ.3つのアンサンブル

⑤「僕も、アメリカに歌う」 ラングストン・ヒューズ

 「ニグロでいいの」 ジューン・ジョルダン

⑥「大事な愛しい夫へ」 アンネ・ブラッドストリート

⑦「小さな物語」 ガートルード・スタイン

  Ⅳ.6重唱

⑧「もし君に食べるものがなかったら」 e.e. カミングス

  Ⅴ.3つのソロ

⑨「君と一緒に聴いた音楽」 コンラッド・アイケン

⑩「道化師の嘆き」 グレゴリー・コルソ

⑪ソネット「わたしがキッスしたのは?」エドナ・セント・ビンセント・マリー

 Ⅵ.賛歌

⑫締めの賛歌「イズラフェル」 エドガー・アラン・ポー

バーンスタインによって選ばれた、アメリカ建国前の17世紀半ばから、20世紀当時までの300年にわたる自国の詩につけた歌曲集で、それらをソロやアンサンブルでつないで行く巧みな構成。

光と闇もありますが、愛のこと、結婚のこと、日常の生活、個人・みんなの豊かな豊富、創造的な思いなどを歌い継ぎ、作曲時の建国100年という節目に、良きアメリカを包括的に振り返るという内容になってます。
 一方で、ピューリタンとしてやってきた彼らの社会に内包される、黒人、女性、同性愛者、移民などを含むマイノリティの問題も、ここで取り上げているところが、アメリカの良識であり、バーンスタインらしいところです。

曲はとても聴きやすくて、エレキギターや電子オルガンなども含み、多彩な響きがオーケストラから鳴り渡りますが、明るく屈託がない場面や、シリアスなシーンも多々。
バーンスタイン節がそこここにあふれてます。

 最後のポーによる「イズラフェル(天使のひとり)」賛歌の一節

  住みたいものだ イズラフェルのところに
  彼がいる天上に そう、彼もわたしの住む地上では
  あんなにうまく歌うのは無理だ
  地上のメロディを天上と同じようには
  それにひきかえ、私ならもっと大胆な調べがあふれ出てくるのだ
  天にのぼって、私が竪琴を奏でれば


         (かちかち山のたぬき囃子さまの記事より)

理想を高く掲げ、求め続けるアメリカです。

いや、でした、か。

ポリティカルコレクトネスのもと、すべてがフラットに、という観念に縛られすぎ。
過去にも遡って断罪される。

異なる信教の方のために「メリー・クリスマス」も言えない。

そんな堅苦しくなったアメリカに、Make America Great Again! と掲げる大統領が出てきた。

バーンスタインが100歳で存命だったら、いま、どんなアメリカを作曲するんだろう。

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ワシントンD.C.

District of Columbia、特別自治区としての称号、コロンビアは、コロンブスのこと。
大統領のお膝元、ワシントンは、ワシントン州の州都。
人口は、60万人ほどだが、周辺首都圏ゾーンとしては、600万人ぐらいの規模となります。

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桜並木で有名なポトマック川を背に立つ、ケネディ・センター
その東に目を転じると、ホワイトハウスがあります。
ホワイトハウスを中心に、放射状の街づくり。
地図でも見ても合理的でかつ、美しい。

そして、アメリカの歴史に名を残した人物たちが、街のあちこちに、その名を刻まれている。
自己の建国以来の歴史に、誇りを持ち、それを高らかにしているアメリカという国。
世界の民主主義をリードする覇権国家。
日本の街には、こんなあけすけな名前の付け方の場所はない。

敗戦で尊い永き歴史を一時的に否定されそうになったが、いまや民主主義国家として、アメリカと同盟を組み、ともに自由な理念を世界にリードしていく国となった。

飛躍しすぎましたが、ワシントンの街と地図をつらつら眺めていて思ったことです。

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ザ・アメリカのひとこま
観光HPより拝借してます。

クリスマスには、「ハッピー・ホリディ」じゃなくって、「メリー・クリスマス」と言いたいよ。
八百万(やおろず)の神のわがニッポンですからなおさら。

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ナショナル響の指揮者の変遷。

ロストロポーヴィチ(1977~1994)、スラトキン(1996~2008)、I・フィッシャー(2008~2009)、エッシェンバッハ(2010~2016)、J・ノセダ(2017~)

実務的な実力者ばかり。
しかし、みんな録音が少ない・・・・
ノセダは、好評で、2025年まで、その任期を延長してます。

 

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2018年11月14日 (水)

アルヴェーン 交響曲第4番「海辺の岩礁から」 ヴェステルベリイ

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お台場の夕暮れ。

ある日、芝浦サイドから、歩いてレインボーブリッジを走破し、人工の砂浜ですが、静かに波が押し寄せる浜に映る、美しい夕焼けを堪能しました。

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   アルヴェーン 交響曲第4番 ハ短調 OP.39
             「海辺の岩礁から」


       S:エリザベト・セーデルストレーム

       T:イェスタ・ヴィンベ

スティグ・ヴェステルベイ指揮 ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団

               (1979.2.20 ストックホルム)


スウェーデンの作曲家、ヒューゴ・アルヴェーン(1872~1960)は、後期ロマン派と民族楽派風なタッチとが織り合った作風で、主に管弦楽作品を中心に残した人。
1960年没というと、なんだかそんなに昔の人に感じないけれど、この時代の方としては、長命だったわけです。

5曲ある交響曲を、全部聴いてはみたが、やはり、自分的には、この4番が圧倒的に素晴らしく、このブログでも今回が4度目の登場なんです。
 というのも、大野&都響で、今年、聴いてきたツェムリンスキーの作品と、自分では姉妹的存在に思っていて、その締めくくりに、ぜひにも、あらためてじっくり聴いておきたかったのだ。
そう、ツェムリンスキーの「人魚姫」に「抒情交響曲」の姉妹です。

前者はまさに、海と人魚姫の伝説の物語、そして後者は、男女の愛と別離の物語。
そして、アルヴェーンの交響曲は、岩礁の岩場、まさに、北欧の海を背景にした男女の愛とその破綻。

その作曲年は、「人魚姫」が、1903年。
アルヴェーンの「岩礁」が、1919年で、「抒情交響曲」は、1923年となります。
ちなみに、シェーンベルクの「グレの歌」は、それらの狭間の1911年。
第一次世界大戦をはさむ、これらの年代。
ヨーロッパは、そのときどうだったのか・・・

こんな風に、同じ香りを持った作品を、世の出来事で対比して、見てみると面白いものです。

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アルヴェーンは、北欧の自然・風物を愛し、小島にサマー・ハウスを持って、そこで作曲に勤しんだらしい。
岩礁の多い海辺には、小舟を出し、そこで思索に耽り、この作品も構想された。

連続する単一楽章の作品だが、そこに込められた男女の愛の様相は、4つの場面にわけられ、まさにそれが、シンフォニーともいえる。
 ピアノとチェレスタ、ハープも含む大規模な編成で、このあたりも、ツェムリンスキーを思わせます。
 しかし、ユニークなのは、ツェムリンスキーの「抒情交響曲」のように、男女のソロが声楽パートして起用されるが、彼と彼女には、すなわち、テノールとソプラノには、言葉はなく、ヴォカリーズなのであります。
 「アァ~~」とか「はぁ~ん」とかでして、これがかえって悩ましく官能的。
初演時は、反道徳的とされ、それゆえに、当時、「シンフォニア・エロティカ」なんて呼ばれてしまった。
この時代の作品を聴きなれた、今のわれわれにとっては、エロティカでもなんでもなく、むしろ、作曲者がねらった、男女のソロが、まるでオーケストラの一員のような存在として、交響曲のひとつとして、ちゃんと聴くことができるのだ。

「この交響曲は二人の人間の愛の物語と関係があり、象徴的なその背景は外海へ転々と広がる岩礁で、海と島は闇と嵐の中で、互いに戦いあっている。また月明かりの中や陽光の元でも。その自然の姿は人間の心への啓示である。」

 記事のたびに載せるアルヴェーン自身の言葉。

①若い男の燃える、さいなまれるような欲求

②若い女の、穏やかで夢見るような憧れ~月明りに照らされた大きな波のうねり

③太陽が昇り、ふたりの最初で、しかも最後の幸福な一日

④強風によって揺さぶられ、悲劇的な週末が訪れる~幸福は破滅する


こんな4つの物語が、それぞれの楽章になってます。

なんど聴いても陶然としてしまう、この曲が大好きなわたくし。

レコード時代の終わりごろ、まだ健在だった、そして、クラシック好きの聖地だった、秋葉原の石丸電気で見つけたレコード。
聴いたこともない曲に、作曲者。
ジャケットのステキさもあって、何気なく購入し、そして帰って聴いてみたら、ずばり直球で大好きなサウンドだった。 
 前にも書いたかもしれないが、シェーンベルクやウェーベルンに始まり、ベルク、そして遡ってマーラーに行き着いた頃。

スウェーデン人だけの本場の演奏。
クールでクリスタルな声、セーデルストレームに、その後、ワーグナー歌手に成長するヴィンベイのこの当時はリリックな美声。
 そしてヴェステルベイの心のこもった、そしてよく旋律をうたわせた素晴らしい指揮に、ストックホルムの澄んだ音色のオーケストラ。
申し分ない演奏であります。
数年前に、スウェーデンプレスのCDを入手に、宝のようにしてます。

これを含めて、4種の音源をもってますが、あらためて、同じストックホルムのオーケストラを指揮した、N・ヤルヴィのものを聴いてみたら、てきぱきと曲が進捗し、角が取れすぎて濃密さも少なく感じた。
逆にスヴェトラーノフは、いい雰囲気だけれど、音楽の言語がロシアにすぎる感が。
で、以外といいのがウィレンとアイスランド響のクールさでした。

秋に聴く北欧の大人の音楽。

 高負担高福祉国家のスウェーデンは、 「IKEA」とか「H&M」の発祥の国でもあって、「北欧の顔」的な憧れの国ですが、移民政策にも寛容で、しかし、いまやその移民問題で治安も含め大変なことになっている。

海外のオーケストラ、ことにアメリカなどは、映像などで、そのメンバーを見るとあらゆる国のメンバーが中華系を中心に構成されている。
ナショナリズムを説くような信条は、まっぴら持ち合わせていないが、世界のオーケストラが巧くなり、そして音もグローバル化していく流れに不安を感じます。

スウェーデン産の音楽と演奏を聴いて、思うこと、これあり。

 「ウィレン&アイスランド響」

 「N・ヤルヴィ&エーテボリ響」

 「スヴェトラーノフ&ロシア国立響」

Toyosu

お台場の対岸、芝浦から。
正面は、豊洲市場。
船の左手は、建設中のオリンピックの選手村。

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2018年11月 3日 (土)

東京都交響楽団定期演奏会 シュレーカー、ツェムリンスキー

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 パソコンが逝ってしまったり、データも吹っ飛んでしまったりで傷心の日々。
遅ればせながら、超楽しみにしていたコンサートのことを書きます。

  東京都交響楽団 第864回定期演奏会

 シュレーカー      室内交響曲

 ツェムリンスキー   抒情交響曲

              S:アウシュリネ・ストゥンティーデ

      Br:アルマス・スヴィルパ

    大野 和士 指揮 東京都交響楽団

         (2018.10.24 @東京文化会館)

今年1月の「人魚姫」に続く、大野さんと都響のツェムリンスキー。
そして、シュレーカーとくれば、もう、わたくしのド・ストライク・ゾーンのコンサートなんです。

秋の装いが深まりつつある上野の森の晩、見上げれば月が美しい。

そこで響いた、後期ロマン派の終焉と、不安と焦燥、そして煌めく世紀末、それらを強く感じさせるふたりの作曲家の音楽。
その響きに身をゆだね、心身ともに開放され、我が脳裏は、100年前のウィーンやドイツの街を彷徨うような、そんな想いに満たされたのでした。

 シュレーカーの音楽をオペラを中心に聴き進めてきました。
9作あるオペラのうち、6作はブログにしました。
残る3作のうち、2つは準備中ですが、あとひとつが録音もない(たぶん)。
しかし、こんなわたくしも、「室内交響曲」は、存外の蚊帳の外状態でした。
音源も持ってるつもりが、持ってなかった。
 コンサートに合わせて予習しましたが、初期のブラームスチックな曲かと思いきや、「烙印された人々」の前ぐらいの時期で、わたくしの大好きなシュレーカー臭満載の、濃密かつ、明滅するような煌めきの音楽なのでした。

 文字通り、室内オーケストラサイズの編成でありながら、打楽器各種はふんだんに、そしてお得意のピアノに、チェレスタに、ハルモニウムが通常ミニサイズオケの後ろにぎっしり並んでる。
 連続する4つの楽章は、いろんなフレーズが、まるでパッチワークのように散り交ぜられ、それらが、混沌としつつも、大きな流れでひとつに繋がっているのを、眼前で、指揮姿や演奏姿を観ながら聴くとよくわかる。
それらの中で、オペラ「はるかな響き」と「音楽箱と王女」に出てきたような、聴きやすい旋律が何度か顔を出すのもうれしい聴きものでした。
 大野さんの、作品をしっかり掴んだ指揮ぶりは安定していて、都響のメンバーたちの感度の高い演奏スキルも見事なものでした。
 シュレーカーの音楽を聴いたあとに感じる、とりとめなさと、どこか離れたところにいる磨かずじまいの光沢ガラスみたいな感じ。
いつも思う、そんな感じも、自分的には、ちゃんとしっかり味わえました(笑)

     -----------

シュレーカー(1878~1934)、ツェムリンスキー(1871~1942)、ともにオペラ中心の作曲家であり、指揮者であり、教育者でもありました。
そして、ともに、ユダヤ系であったこともあり、活動期に登場するナチス政権により、他国に逃れたり、活動の制限を受けたりもしたし、シュレーカーの音楽にあっては、退廃音楽とのレッテルを貼られてしまう。
このふたりの音楽を並べて聴く意義を休憩時間にかみしめつつ。

後半は、オーケストラがステージ一杯にぎっしり。

黒い燕尾服に、シックな黒いドレス、リトアニアからやってきた、大野さんとも共演の多い二人の歌手は、指揮者の両脇に。

そして、始まったティンパニの強打と金管の咆哮。
この曲のモットーのようなモティーフ。
これを聴いちゃうと、もう数日間、このモティーフが頭に鳴り続けることになる。
この厭世観漂う、暗い宿命的な出だし、大野さん指揮する都響は、濁りなく豊かな響きでもって、この木質の文化会館のホールを満たした。
上々すぎる出だしに、加えてスヴィルパのバリトンがオーケストラを突き抜けるようにして豊麗なる歌声を聴かせるではないか。
不安に取りつかれたようなさまが、実に素晴らしい。
 それに対し、2楽章でのソプラノ、ストゥンティーデは、その出だしから声がこもりがち。
途中、強大化するオーケストラに、声が飲み込まれてしまう。
でも、のちの楽章では、しっかり復調したように、なかなかに尖がった、でもなかなかの美声を聴くことができて、とても安心した。

不安と焦燥から、こんどは濃密な愛を語る中間部。
バリトンの歌う、「Du bist mein Eigen、mein du,・・・」
「おまえは、わたしのもの、わたしのもの、わたしの絶えることのない、夢の中の住人よ」
もっとも好きなところ、まさに抒情交響曲と呼ぶにふさわしい場面。
胸が震えるほどステキだった。
 さらに、ソプラノがそれに応える、「Sprich zu mir , Geliebter」
「話してください、いとしい方」
復調のストゥンティーデのガラスのような繊細な歌声、それに絡まる、ヴァイオリンソロや、ハープにチェレスタといったキラキラサウンド。
耳を澄まして、そして研ぎ澄ませて、わたくしは、陶酔境へ誘われる思いだった。

でも、早くも男は愛から逃れようとし、女は別れを口にする。
大野さんのダイナミックな指揮のもと、激しいオーケストラの展開、打楽器の強打に、ビジュアル的にも目が離せない。
ここでのストゥンティーデの、カタストロフ的な絶叫も、ライブで聴くとCDと違ってスピーカーを心配することがなく、安心して堪能。
静的ななかでの、強大なダイナミズムの幅。
素晴らしい音楽であり、見事な都響の演奏と感じ入る。

最終章は、バリトンの回顧録。
スヴィルパさん、とてもマイルドな歌声で素晴らしい。
わたくしも、これまでの、この演奏のはじめから、振り返るような気持ちで聴き入りました。
そして、わたくしは、愛に満ちたマーラーの10番を思い起こしてしまった。
ときおり、あのモットーが顔を出しながらも、濃密でありながら、どこか吹っ切れたような、別れの音楽。
 ふだん、CDでは、あまり意識してなかった、オーケストラのグリッサンドが、この演奏ではとても強調され、そして効果的に聴こえたことも特筆すべきです。

静かに、しずかに終わったあとのしばしの静寂。
ひとこと、「ブラボ」と静かに発しようと思ったけど、そして、いい感じにできそうだったけれど、やめときました。
心のなかで、静かに声にするにとどめました。

この作品の良さを、心行くまで聴かせてくれた素晴らしい演奏でした。
大野さんの、この時代の音楽、オペラ指揮者としての適性をまた強く感じたこともここに記しておきたいです。

甘やかな気持ちで、ホールを出ると、月はさらに高く昇ってました。

Ueno

近くで軽く嗜んでから夢見心地で帰りました。

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2018年10月20日 (土)

ベルリーニ 「ノルマ」 カバリエを偲んで

大歌手のひとり、モンセラ・カバリエさんが、10月6日になくなりました。
享年85歳。生まれ故郷のバルセロナにて。

引退して久しいが、その全盛期の数々の名唱を聴いてきたわたくしのような世代には、寂しさもひとしおです。

歌手が亡くなるたびに思い、ここで記することですが、指揮者や器楽奏者の場合、現役を全うしつつ亡くなるというケースが多く、突然の悲しみにみまわれる訳ですが、歌手たちの場合は、一線を退いたのち、かなりの年月を経ての訃報を受け取ることが多いので、その喪失感は、耳に馴染んだその歌声とともに、じわじわとくることとなります。

人間の声は、聞く人の脳裏に記憶としてしっかりと刻まれるので、歌手たちの声もそれぞれに、人々の耳に残り続けることとなります。
そんな風に親しんだ声のひとつが、カバリエの声。

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 ベルリーニ 歌劇「ノルマ」

ノルマ: モンセラ・カバリエ  アダルジーザ:フィオレンツァ・コソット
ポルリオーネ:プラシド・ドミンゴ オロヴェーソ:ルッジェロ・ライモンディ
クロティルデ:エリザベス・ベインブリッジ フラヴィオ:ケネス・コリンズ

 カルロ・フェリーチェ・チラーリオ指揮 ロンドン・フィルハーモニック
                アンブロジアン・オペラ・シンガーズ

             (1972.9 ロンドン、ウォルサムストウ)


ベルカント系のオペラをふだん、まったくといっていいほどに聴かないわたくし。
オペラ聞き始めのころは、なんでも貪欲に聴いたものだから、ベルリーニもドニゼッティもまんべんなく聴いたものですが。

 そして、カバリエの訃報を受けて、まず取りだしたのが「ノルマ」。
美しい旋律と歌にあふれたベルリーニのノルマ。
70年代前半のカバリエの絶頂期をむかえた頃の歌声は、ともかく優しく、美しく、そして、このオペラのアリアのように清らか。
もともと、ドラマテックな声も充分に持っていたカバリエだけど、愛する男を信じる優しい女性から、不実な男と知り、怒りに燃えてゆき変貌してゆく主人公を見ごとに歌っている。
カラスの強烈なまでののめり込み具合はここにはないけれど、カバリエのノルマの方が、普段聴きできる親しみやすさがある。
 そして、この演奏でのさらなる魅力は、コソットとの黄金コンビが聴けること。
コソットのアダルジーザは、同役での最高の歌唱に思います。
水もしたたるような素晴らしい歌声、声のディクションも純正そのもので、まさに本物!
その二人の歌う素敵な二重唱は、すてきなこと、このうえなし。
 ドミンゴの声は若く、輝かしい。
苦手意識はぬぐえないが、カバリエの歌で久々に聴くベルリーニのオペラ、美しいものでした。

そして、思い出のカバリエとコソットの名コンビといえば、これ。
  

Adoriana_2

チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」

NHKが招聘した、1976年のイタリア・オペラ団。
このあと、この企画は終了してしまったけれど、その最後に相応しい名舞台だった。
何度も、このブログで自慢してますが、高校生だったワタクシ、この舞台にくぎ付けとなりました。
カバリエとコソットの、ひとりの男(若かったカレーラス)をめぐる、恋のさや当て。
お互いに、その素性を隠しながら、はじめは静かなやりとりが、だんだんと激昂してゆくさまが、ほんと、手に汗ものでした。
こんな、おっかない女性たちの板挟みになる小柄なカレーラスが、ほんと気の毒に思えたのでした。

Adoriana_1

思い出のすみれの花を送り返され、哀しみに暮れるアドリアーナ。
この儚く美しいアリアを、カバリエは、あの絶妙のピアニシモでもって歌い、巨大なNHKホールの隅々に、耳を澄ます人々の耳に、響かせたのでした。
このあと、駆けつけたカレーラスのマウリツィオと、ドラーツィのミショネ、この3人によるセンチメンタルな幕切れに、わたくしは落涙したのです。
いまでも、忘れられない。

Tosca_davis

  プッチーニ 「トスカ} 

そして、「トスカ」のカバリエも思い出深い。
アドリアーナを聴いたその年、同じくカレーラスとの共演に、イタリアオペラに初登場のコリン・デイヴィスの指揮によるレコード。

これがまた、フィリップス録音の奥行き豊かな素晴らしい録音とともに、シンフォニックな、かっちりした「トスカ」だった。
ドラマティコとしての、存在感を、その前の「アイーダ」での歌唱で、普遍的にしたカバリエのスケール豊かで、かつ、絶妙の音域の上下を、オペラの歌唱に導入した見事な歌。

カラス&プレートルと並ぶ、「トスカ」の本流とも呼べるCDのひとつと、自分では思ってます。

 わたくしが、カバリエのアドリアーナを体験する前年。

カラスが、ステファーノとコンビを組んで、日本で限定復活という「トスカ」上演計画がありました。

残念ながら、ほんとの直前で、カラスはキャンセルし、その代役の白羽は、カバリエにあたりました。
横浜の県民ホールでの上演で、NHKは、FMで生放送。
わたくしは、必死にカセットでエアチェック。
ピアノ伴奏もする、ヴェントーラというピアニスト兼指揮者と、新日フィルのバック。
このオケは、あまり冴えないものでしたが、そこそこの年齢に達してたステファーノのいまだに最高水準のカヴァラドッシは驚きだった。
それ以上に、例の弱音から、強い声まで、振幅の幅の大きい素晴らしい歌唱。
「恋に生き、歌に生き」のアリアでは、またも県民ホールを、ソットヴォーチェで満たしたのでした。

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 ヴェルディ 「アイーダ」

これが、実はカバリエの初レコード。
若獅子と呼ばれたムーティのデビュー間もないころの1974年の録音で、アバドがスカラ座で取り上げたそのキャストを、アイーダ役以外そのまま使って録音したことで、EMIに怒りを覚えたけれど、そんな思いは、この鮮烈なレコードを聴いて吹っ飛んだ。
 「わが故郷」では、また絶妙のピアニシモが。
んでもって、アイーダとアムネリスの対決は、ここでもコソットとの最高コンビでした。
ドミンゴもピカピカしてますし、カプッチルリにギャウロウ、ローニと超豪華な布陣です。

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 ヴェルディ 「群盗」

ドラマは、むちゃくちゃだけど、ヴェルディ初期~中期の歌の宝庫のようなオペラ。
ガルデッリによるヴェルディの初期シリーズにも、カバリエは登場して、その鮮度の高い声を聴かせてました。


Mehta_nypo_ring

ワーグナーもあり。
正規音源では、メータとニューヨークフィルと、あとロンバールともアリア集を録音しています。
この音源は、一部未入手なのですが、メータのリング抜粋に、「ブリュンヒルデの自己犠牲」が挿入されてまして、ドイツ系の歌手にない、サラっとしたクセの一切ない歌唱は、新鮮ではありましたが、耳当たりばかりが良すぎて、あまり残るものもなかったのも事実でした。
イゾルデを歌った若い頃の音源を目にしたことがあります。
予想される内容ですが、全曲なら一度聴いてみたいです。

Salome_caballe

 R・シュトラウス 「サロメ」

1968年の録音。
若い頃は、ドイツ物をかなり歌っていて、なかでもシュトラウスは、マルシャリンやアラベラなど、各タイトルロールを演じていました。
そんなシュトラウスへの適性を感じさせるこの「サロメ」。
少女であるサロメが、ヨカナーンを知ることで、怪しい女に変貌していく、そんなシュトラウスの狙いを、このカバリエの歌唱は見事に歌いだしていると思う。
ともかくキレイで、後に怪しい。
マッチョのミルンズのヨカナーンに、バリッとしたキングのナラボートも面白い。

Caballe_bernstein

シュトラウスを録音したバーンスタインとのワンショット。

フランス国立管との、サロメと歌曲。
このDGの1枚もカバリエらしい美しい1枚。
そして生き生きとしたバーンスタインの指揮に、フランスのオケの明るさも。

Strauss_caballe

     R・シュトラウス  4つの最後の歌

   アラン・ロンバール指揮 ストラスブール・フィルハーモニー

1977年頃の録音。
ロンバールとは、このほか、タンホイザーとトリスタンの一部を録音している。
多分にムーディに聴こえるカバリエのシュトラウスだけれど、言葉への思いは、そこそこに、シュトラウスの音符をこれほどまでに美しく歌い上げた歌唱は少ない。

カバリエの美声を聴くのに相応しい音楽、そしてその逝去を偲ぶにこの美しい音楽は相応しい。

わが若き日々に、オペラの奥行き深い楽しみを教えてくれたカバリエさんの数々の歌声。

カバリエさんの魂が安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2018年10月 8日 (月)

フィンジ エクローグ、チェロ協奏曲 A・デイヴィス指揮


9月のお彼岸に、彼岸花の群生(といっても町で植えたわけですが)を見てきました。

お家からすぐです。

個々には、怪しい雰囲気の花だけど、緑に赤、集めてみるととても美しいです。

日本の野山や路傍には、必ず咲いてます。
生命力のある花だし、古来、害獣を防ぐ効能があることから、お墓や田畑の境界に植えていったといいます。

夏が終わり、深まりつつある秋への、ちょっと寂しい想い。

高い空を見上げつつ、秋に聴くに相応しい音楽を。


Finzi_davis_1

 フィンジ  チェロ協奏曲 イ短調

      ピアノと弦楽オーケストラのための「エクローグ」

        ノクターン~新年の音楽

       「大幻想曲とトッカータ」~ピアノとオーケストラ


     チェロ:ポール・ワトキンス

     ピアノ:ルイ・ロルティ

  サー・アンドルー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団

            (2018.2.3,4 ワトフォード)

ジェラルド・フィンジ(1901~56)の音楽を聴き始めて、もう14~5年は経つけれど、しばらくなかったフィンジ作品の新録音の登場に小躍りしてしまった自分。
しかも、シャンドスレーベルが、その英国音楽の録音の使途としたアンドルー・デイヴィスの指揮によるものです。

短い生涯で、ただでさえ寡黙な作曲家だったのに、自己批判も強く、いくつかの作品やスケッチを破棄してしまい、40数曲の作品しか残さなかったフィンジ。
どの作品も、いずれも優しく、ナイーブな感性に貫かれ、英国抒情派と呼ぶにふさわしい存在。
フィンジは、ディーリアスと同じように、みんなで、よってたかって、聴きまくるというよりは、静かに、ひとり、ひっそりと聴くような、そんな作曲家であり音楽であります。
 とかいって、ワタクシ、本ブログで、二人の作品を書きまくって、ほめちぎっておりますが・・・・。
ロンドンっ子で、イングランド南部ハンプシャー州アッシュマンズワースで、50代半ばにして悪性リンパ腫がもとで亡くなってしまう。

父を9歳にして亡くし、その後も兄や弟という最愛の肉親も相次いで亡くなる。
さらに父の影をみたかもしれない音楽と心の師であった、アーネスト・ファーラーをも戦争で失ってしまう。18歳までにして、このように親しい人との別離を経験してしまったフィンジ。
こんな切なく悲しい体験が、フィンジの心に哀しみの思い出となって蓄積ということはかたくない。
それでも、作曲家を志し、いろんな先輩作曲家や演奏家(なかにはボールトもいる)と関係を築き、徐々にその名を音楽界にあらわしていくようになります。
 先に書いた通り、慎重な筆の進め方だったので、だいたい、年1~2作のぺースで、30歳代にはロンドンでもそこそこ名の通った作曲家となります。
 歌曲や、このCDに入ってる「ノクターン」などがそうです。
あとピアノ協奏曲も若い頃の作品ですが、これが未完に終わり、「エクローグ」として残されます。

その30代前半、バークシャー州のオルドボーンに移り、そこでなんと、リンゴの研究を始める。さらに39年には、ロンドンの西部、ハンプシャー州ニューベリー郊外アッシュマンズワースに移住し、ここでの田園生活で残りの生涯を過ごすことになります。

Ashmansworth

そこでは思索に満ちた作曲活動とともに、果樹園を手にいれての果樹栽培という園芸家としての才能もあらわします。

Finzi_fomer

 そこでは、アマチュア演奏家を集めて、いろんな作品を演奏したりしたそうです・
いまも現存するフィンジの家の画像を見ると、そんな慎ましくも微笑ましい田園生活ぶりが伺えます。
 フィンジ好きが、いまでもここで、小さなコンサートを催しているようです。
FINZI FRIENDS

第二次大戦後は、筆のペースも少しあげ、クラリネット協奏曲を書いたりもしますが、先に記した通り、フィンジに残された命はあと少ししかありませんでした。。。

チェロ協奏曲は、フィンジがずっと書きたかったジャンルの音楽で、もうあと5年から10年ぐらいの余命と宣告されていた時期に、バルビローリの勧めに応じて、書き始め、1955年に完成させたのが38分に及ぶ大作。
同年7月、チェルトナム音楽祭で、C・ビューティンの独奏、バルビローリとハルレ管によって初演された。
翌年56年のプロミスで、バルビローリび急病を受けて指揮台に立ったJ・ウェルドンの指揮によりロンドン初演。
しかし、そのあとすぐに、フィンジは亡くなってしまう。

以下は、以前の記事より引用。

>3つの楽章のうち、1と2の楽章で30分あまり。
そのふたつの大きな楽章の素晴らしさと、終楽章の舞曲風な明るい楽しさの対比が、妙に心に残る。

シリアスで、自在なスタイルで作曲することの多かったフィンジが、協奏曲の王道にのっとり揺るぎないソナタ形式で書いた第1楽章。
ラプソデックであり、かつヒロイックなチェロ独奏は、思いのたけを思い切りぶちまけているようで熱く、それを受けてオーケストラも孤独の色濃く壮絶。
辛いけれど、聴きごたえ充分で、大河ドラマの主題歌のようにドラマテックな音楽に驚く。

でも第2楽章は、あの優しくシャイなフィンジが帰ってきて、静かに微笑んでくれます。
このいつまでも、ずっとずっと浸っていたい音楽はいったいどのように形容したらよろしいのでしょうか。
冒頭、オーケストラによって、この楽章の主要旋律が、どこか懐かしい雰囲気で静かに奏でられる。
あまりの美しさに、手をとめて、目をとじて、じっと聴いていたい。
今日のいやなこと、昨日の悲しいこと、明日ある辛いこと・・・、そんなことは、もういいよ、といわんばかりにフィンジの音楽が包みこんでくれます。
楽章の終りに、メイン主題がチェロによって静かに繰り返され、オーケストラがピアニシモで儚くそれに応え、静かに終わります。泣きそうになってしまいます。

そして、チェロの上昇するピチカートで開始される舞曲風の第3楽章。
明るいけれど、2楽章と違った意味で、どこか懐かしい。
ふたつの楽章からすると軽めだけど、クラリネット協奏曲の終楽章と相通じる飛翔するような音楽。
洒落たエンディングが待ち受けております。<

シャープな印象だけれど、内省的な第1楽章を、今回のワトキンスの大らかだけど、芯のしっかりしたチェロで聴くと、フィンジの見据えたゆらぐ不安と未来のようなものが、しっくりと描かれているよな気もします。
そして、フィンジ節満載の2楽章は、チェロも、サー・アンドルーのオーケストラも美しさの極みで、そして儚い。
終楽章の軽めなあり方も、この演奏でよいと思います。
 ワトキンスは、エルガーのチェロ協奏曲もCDで持ってますが、何と言っても指揮者としても活躍しており、都響でエルガーの3番を聴きました。→ワトキンス指揮都響

お馴染みの泣ける音楽の筆頭、「エクローグ」。(牧歌)
 清純無垢の汚れない美しい音楽で、これを聴いて心動かされない人はありえませぬ。
言葉にすることができません。
 作曲家ラッブラは、この作品を称して「乱れぬ落ち着き」としたそうでありまして、それは落ち着いた悲しみの抒情という意味でまったくその雰囲気を言い得ているものといえましょう。
1929年、ピアノと弦楽のための協奏曲の2楽章として造られたものだが、1952年に、全体を未完として、エクローグとして残されることとなったが、死後の1957年まで、出版されることも演奏されることもなかった・・・・。

 ここでのロルティのピアノは、エクローグという曲にもまして繊細です。
デイヴィスの指揮する弦楽オーケストラも含めて、これまでの、エクローグの演奏音源の中で、一番といっていいほどに、静かで、内省的で、ドラマもなく、劇的でもなく、そして何もありません。
 こんなエクローグは、聴くまで想像もしてなかった。
現在の英国楽壇のメジャーな演奏家たちによる静かすぎるフィンジの演奏。
 ささやくような、その演奏。
いやでも、耳を澄まさなくてはなりません。
そこに浮かび上がるフィンジの抒情のひとしずく。
ほんとに、美しく、そして儚く、どこか哀しい。

ノクターン」は、常に助言者でもあり、仲間でもあった、ヴォーン・ウィリアムズを思わせる、ちょっと古風な言い回しの、篤信あふれる音楽。
弦が主体の祈りの気持ちが、ときに篤く、そしてちょっと寂しさも。

 BBC響の緻密なサウンドでもって、この古風な雰囲気の作品が蘇るような、そんなアンドルーさんの指揮ぶり。

幻想味溢れるピアノが聴ける、ちょっとジャジーで、即興的な雰囲気も感じる「大幻想曲とトッカー」。タイトルから想像がつくように、大バッハを意識した作品です。

1920年代後半に、書かれた若書きの幻想曲に、ずっと後年、1953年にトッカータを書いて追加した作品で、合わせて16分あまり。
「エクローグ」との作品の関係性も、フィンジのピアノ協奏曲の完成形という意味でもあります。

 (以下過去記事を基に編集してます)

静的でナイーブな落ち着きを持った「エクローグ」と異なり、この「幻想曲とフーガ」は、技巧的で自由で即興的な雰囲気が漂い、とりわけ幻想曲では、バロック的な華やかさとバッハ風の峻厳さを感じます。
 これを聴くと、わたしは、キース・ジャレットのピアノを思い起こします。
思えば、キースもバッハの人。
ピアノによるソロが長く続きます。
そんなジャジーな幻想曲を聴いてると、フィンジとは思えなくなってきます。

そして、ウォルトンに影響されて付け足すこととなったトッカータは、一転、オーケストラによる爆発的な開始で、ピアノ協奏曲の第3楽章のようなフィナーレ的な効果を持つ華やかなものです。
 その後、数十年を経ながらも、フィンジは、前半の幻想曲のフレーズを、後半オーケストラとピアノで、シリアスの奏でて、やがてトッカータが帰ってきて爽快に終了するように書きました。

このように、前半と後半が、巧みに結びついたこの曲に、「エクローグ」は入り込む余地はありませんでした。
やっぱり、別々に聴きましょう。
まして、ロルティのピアノは、ここでは冴えまくっていて、エクローグの時の静的な雰囲気とはかなり違います。
デイヴィスの指揮するBBC響も、バリッと冴えてます。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フィンジの代表的な作品に、最新の録音による名演が加わったことを、心から喜びたいと思います。
 と、同時に、もっと違った演奏、例えば、もっともっと耽溺的な哀しすぎる演奏をも、心の中では求めているのも事実です。

Higanbana_1

秋の日に。

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2018年10月 6日 (土)

「タンホイザー」と「巨人」 ピッツバーグ響

Umezawa_2

夜明けの相模湾。

左手は三浦半島。

このところ、雲に覆われる日々ばかりで、せっかく海のある街に帰っても、日の出を拝むことができなかった。

しかし、これはこれで絶景。

自然は怖い牙をむくけれど、静かなときは美しいものだ。

Wagner_tannhauser_maazel_1

  ワーグナー  交響組曲「タンホイザー」
            (パリ版に基づくマゼール編)

    ロリン・マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (1990.12 ハインツホール)

マゼールが、84歳で亡くなってから、もう4年が経つ。
神出鬼没的な存在で、個性的で、ときに鼻につくこともあったけれど、なんだかんだで好きな指揮者でもあった。

その歴任ポストも世界をまたにかけたユニークな渡り方で、ベルリン放送響→ベルリン・ドイツ・オペラ→クリーヴランド管→フィルハーモニア菅(准指揮者)→フランス国立管→ウィーン国立歌劇場→ピッツバーグ響→バイエルン放送響→トスカニーニ・フィル→ミラノ・スカラ座(准指揮者)→ニューヨーク・フィル→ミュンヘン・フィルと、まあすごいことなんです。
日本にも、東響や読響、N響を振りに何度も来てました。

マゼールが一番面白かったのは、ベルリンからクリーヴランドぐらいまでと思ったりもしてます。
あとは、ウィーンで失敗して、ベルリンフィルの座も取れなくて、なんか迷走したりもした時期もあったりで。

そんななかから、ピッバーグ時代の1枚を。
マゼールのピッバーグ時代は、1984年~1996年と、割と長期に渡ってまして、なぜなら、マゼールは名門ピッバーグ大学で学んだほか、ピッバーグ響でもヴァイオリン奏者を務めた経験があるので、街にもオーケストラにも愛着があったわけだ。

ワーグナーのオペラ全曲録音を残すことがなかったのは、とても残念なことですが、抜粋や管弦楽作品は、いくつも残してくれました。
そんななかで、マゼールが手をいれた風変りな作品が「タンホイザー」組曲だ。

序曲から大規模なバッカナールになだれ込むパリ版に忠実な1幕前半。
なかなか堂々たる演奏で、バッカナールもマゼールならではの悩ましさ。
そして曲は、ヴェーヌスとタンホイザーの絡みがネットリと続き、そのままヴェヌスブルクは崩壊し、清廉な野辺へと転じ、騎士たちとの再会で高らかに終わる第1幕。
 2幕は、歌の殿堂の場面は、かなり華やか聴かせ、タンホイザーとエリーザベトの二重唱もしっかりあるが行進曲はおとなしめな印象。
エリーザベトの嘆願をへて、ヴェーヌスへ、としずしずと進むとこで終わり。
 3幕からは巡礼行から始まり、エリーザベトの祈り、しんみり夕星ときて、そのあと怪しいムードでヴェーヌスがやってきて、さらに駆け足で、ローマ語りをすっとばしながらやってからの巡礼たちの合唱、ここは合唱はなんとハミング、そして思わぬ軽やかさで曲を終結。
以外に尻すぼみな感じの構成で、マゼールとしては、みずから編んだのに、前半はマゼールらしいが、後半は、もっとガンガンやって欲しかった的な感じです。
 
 ドイツ的な響きを持つピッバーグ響は、腰の低い低音から、マゼールの紡ぎだす妖艶なサウンドまで、とても能動的に機能してます。うまいです。
 マゼールは、ウィーン国立歌劇場での音楽監督のデビュー演目に、この「タンホイザー」でもって、歌手の不調もあって、大ブーイングを浴びてしまい、さらに、カーテンコールで親指を下にするパフォーマンスをしてしまい、大炎上した、と読んだことがあります。
因縁のある「タンホイザー」を故郷のひとつ、ピッツバーグで、自らの編曲でリベンジしてみた1枚でした。
 ワタクシには、どうも歌がないと、気の抜けたビールのように思えてしまうのであります。
リングのオケ版もそうです。
 それより、マゼールのバイロイトでの「リング」を正規発売してほしいと思います。

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ピッツバーグは、ペンシルバニア州の大都市で、オハイオ川の起点にあることから水辺の街でもあります。

Pittsburgh
                           (Southern Airways HPより拝借)

鉄鋼の街として栄えたが、その後の鉄鋼産業の衰退で、次はハイテクや金融、まさにいまのアメリカの主要産業を基軸にした都市となっている。
大学も多く、むかしからの大企業も存続していて、そのひとつがケチャップの「ハインツ」。
ドイツやイギリスの資本の企業も多数。欧州との結びつきが大きい。

都市圏としての人口は240万人で、冬はとても寒そうだ。
野球は、そう、「パイレーツ」ですよ。桑田真澄がいっとき在籍してましたな。

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そして、オーケストラはピッツバーグ交響楽団。
ケチャップのハインツがスポンサーだし、本拠地もずばり、ハインツホール。

1895年の創立。一時、財政難で解散し、再スタートしたときは、クレンペラーも尽力し、そして、このオーケストラの基本を作り上げたのは、フリッツ・ライナー。
ライナーのあとは、スタインバーグが長く腰を据え、ドイツ的な響きを身につけた。
さらに、プレヴィン(76~84年)、マゼール(84~96年)、ヤンソンス(95~04年)、A・デイヴィス、ヤノフスキ、トゥルトリエの3人体制(05~07)、ホーネック(08~)という陣容。
 財政的に豊かなこともあり、そしてこのオーケストラや街や環境もいいのか、名指揮者たちが長く歴任してます。

Pittsburgh_heinzhall_2
                  (ピッバーグ響のHPより拝借)

スタインバーグからマゼールまでは、レコーディングがたくさんあったのに、ヤンソンスとはとてもいい関係だったのに係わらず、ショスタコーヴィチぐらいしか録音がない。
自主製作盤に魅力的なものはあるが、残念なこと。
90年代終わり頃から、アメリカのメジャーオケの録音は、お金がかかりすぎて採算が合わないようになってしまったからか・・・

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Honeck

   マーラー 交響曲第1番 「巨人」

    マンフレート・ホーネック指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (2017.9.4 @Proms)


現在の指揮者ホーネックは好評で、先ごろ2022年まで、その任期を延長しました。
このコンビのCDは、そこそこ出てますが、高いし(笑)、腐るほど他盤持っている曲目ばかりなので、手が伸びません。
しかし、昨年ロンドンのプロムスの放送で聴いたマーラーは、実に活力みなぎる演奏で、いま聴き返しても、たくさん新鮮なヵ所が続出し、飽きさせることのない名演でした。

これほどの名曲になってしまうと、曲がちゃんとしているので、楽譜通りに演奏すれば、それなりの成果をあげることができるのですが、ホーネックは一音一音を大切に、そしてフレーズにもごくわずかに聴きなれない味付けを施します。
緩急も、かなりつけるのですが、それが自然体なのは、オーケストラ出身の指揮者だからでしょうか、嫌味がありません。

このホーネックの自在な指揮に、ピッバークのオケはピタリとついていきます。
そして金管の巧いこと!弦がしなやかで美しいこと。

いいオーケストラだと思います。
アメリカの香りのするヨーロッパのオケって感じ。
ボストン響にも通じるかな。

マーラーの最後のクライマックスの築きあげ方、じわじわ来ます、そしてタメもうまく決めつつ、底知れぬ大爆発。

ロンドンっ子も大歓声と大絶叫!

アンコールのJ・シュトラウスのポルカもすごいことになっちゃってます。

アメリカ、オーケストラの旅、楽しい~

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薄日に、漕ぎ立つ船あり。

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2018年9月29日 (土)

ラフマニノフ 交響的舞曲 スラトキン指揮

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柿と彼岸花。

秋本番・・・、と言いたいところですが、ややこしい気象が続きますね。

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  ラフマニノフ   交響的舞曲 op45 

    レナート・スラトキン指揮 デトロイト交響楽団

        (2012.2.9~ @デトロイト・オーケストラホール)


3つの楽章を持ち、さながら第4交響曲のような存在の交響的舞曲。
日本では、さほどではないけれど、昨今、海外のオーケストラでさかんに演奏されてます。
ネットで最近聴いただけでも、ヤンソンス、ネルソンス、V・ペトレンコ、女流のカネラキスなど、いくつも。
 2番はもう普遍的な名曲になってしまったけれど、次に来るのが交響的舞曲と3番だと思ってます。

過去記事からの引用となりますが、リズムとメロディの宝庫です。

>作品45aが、このオーケストラ曲に先立って書かれた2台のピアノ版。
ついで、1940年にオーケストレーションされたのが、この作品で、ラフマニノフの文字通り最後の作品となっていて、初演はこの作品を献呈されたオーマンディとフィラデルフィア管弦楽団によって行われている。
ラフマニノフはロシアを去ってのち、晩年はスイスとアメリカを行き来していたらしいが、その終焉の地は、ビヴァリーヒルズだそうな。
1943年に69歳で亡くなっているから、この作風は思えば保守的なものである。

バレエ音楽としても想定していたからから、その舞曲の名が示すとおり、全編弾むようなリズムが漲っていて、そのダイナミズムもふんだんに味わえる。
そして、当然にラフマニノフを聴く喜び、そう、甘味な旋律とうねり、むせぶような情念とメランコリー。
あぁ、ラフマニノフはこうあるべし、ともいえる作品であります。
当時埋もれていた第1交響曲の引用や、毎度、ほんとに毎度おなじみの、ディエス・イレの引用もしっかりある。

ピアノが活躍し、弾むようなリズムが印象的な冒頭から、中間部のサキソフォーンの泣き節が極めて印象的な第1楽章。
 ワルツ形式の第2楽章。最初は手探りで旋律を模索しつつ、徐々にワルツのリズムが姿をあらわし、ついに哀愁に満ちた旋律が全貌をあらわす。
これは一度聴いたら忘れられない。シベリウスの悲しいワルツにも似てるが、このラフマニノフの音楽は、憂愁に満ち満ちていて、もっと根っこが暗く感じる。
悲しい気分の時に、さらに落ちたいときにどうぞ。
 目まぐるしくも激しい音のぶつかり合いが聴かれる終楽章は、ちょっと掴みどころがないかもしれない。スピーディな展開の中に、終結のディエスイレの場面に音楽が収斂してゆき、ダイナミックに音楽を閉じる。<
      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2008年からデトロイト響の指揮者をつとめているレナート・スラトキン。
音楽一家の出身のスラトキンは好きで、これまでいろいろ聴いてきたけれど、もう74歳。
セントルイス響をアメリカ五大オーケストラに肉薄するぐらいに引き上げた80年代が、スラトキンの一番輝いていた頃かもしれない。
 ニューオーリンズ響→セントルイス響→ワシントン・ナショナル響→BBC響→ナッシュビル響→リヨン管→デトロイト
こんな変遷だけれど、どこか地味で、一時は、ニューヨークあたりのメジャーに行くのかとも思っていたけれど、思えば実力派ならでは、またビルダー的な存在ならではのポストの歴任かもしれず、いかにもスラトキンらしい。

そして1914年創立のデトロイト交響楽団。
自動車産業の豊かな資本を背景にスタートしたけれど、当初はさえないオーケストラだったらしい。
そこへ着任したのが、フランスからのポール・パレーで、パレー時代にデトロイト響は黄金期を迎えることになり、そのあと、エールリンク、チェッカートと経て、アンタル・ドラティの時代に、第二の黄金期を迎えます。
ドラティのあとは、渋いヘルヴィッヒを経て、ネーメ・ヤルヴィとなって、録音も復活。
そしてスラトキンとなるわけです。
前回取り上げたミネソタ管でも、ドラティがいい仕事をしているわけですし、今後のアメリカオケ特集のなかで、どれだけ登場するか、楽しみです。

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Detroit_1
 
  デトロイトは、ミシガン州にあり、五大湖のエリー湖とヒューロン湖の間あたりに位置し、エリー湖につながるデトロイト川の対岸はカナダであります。
単独では70万人ぐらいの人口ですが、広域都市圏で見ると450万人という大都市。
いうまでもなく、フォードから端を発し、ゼネラル、クライスラーとアメリカの自動車産業の拠点であった都市ですが、アメリカの自動車産業の衰退もあり、人口は減少の傾向にあり、重ねて、治安もあんまりよくないらしい。
野球はデトロイト・タイガース、日本の姉妹都市は豊田市。
タイガースには、一時、野茂や木田が在籍していたし、日本のタイガースとの関係も深い。
こんな風に、工業・自動車で日本につながるデトロイト。

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                                                     (デトロイト響のHPより拝借)
 
オーケストラホールもなかなかにいい雰囲気の建造物で、こんな画像を眺めながら、デトロイト響の音を聴くのも楽しいものです。
昨年、来日したが聴き逃しました。

リズム感のある音楽を振らせたら、スラトキンは随一の存在だと思う。
デトロイト響の持つ機能性と、音楽を生き生きと、わかりやすく聴かせる指揮者スラトキンとのラフマニノフ。
切れ味もいいし、濃厚になりすぎずに、甘味な歌いまわしも爽やかですらある。
 第二楽章のワルツでは、デトロイトの都会的な夜景を思い、聴くと、なかなかに憂愁を感じさせる切なさがあります。
録音がややデッドで、音が生々しい感じで、少し潤い不足なのが残念だが、オーケストラの抜群の巧さは十分に感じます。

Detroit_3
                                   (Discover Detroit より、ウォーターフロント)
ほかの交響曲3曲、40年前のセントルイス響との演奏に比べ、構えの大きさと深みは増してます。
でも、あちらで聴かれた、熱気と気迫は捨てがたい魅力がありました。

スラトキンとデトロイト、マーラーでも全曲やってくんないかな。。。

Radian_1

実家の近所の果樹園の柿。
秋の味覚、楽しみ。
台風来ないで!

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2018年9月24日 (月)

ドヴォルザーク 後期3大交響曲 マリナー指揮

Azumayama02

あんなに暑くて、文句ばっかりいってたのに、さすがに、暑さ寒さも彼岸まであります。

Dvorak_marinner

   ドヴォルザーク 交響曲第7番 ニ短調 op70

          交響曲第8番 ト長調 op88

                           
  交響曲第9番「新世界より」 ホ短調 op95

    サー・ネヴィル・マリナー指揮 ミネソタ管弦楽団

              (1981.2、1984.3 ミネソタ)


ネヴィル・マリナーがアメリカのミネソタ管弦楽団の首席指揮者を務めたのは、1979~創立86年で、このフィリップスのドヴォルザーク録音は、その間の蜜月時代に行われたもの。

Minnesota

ミネソタ州ミネアポリスに拠点を置くミネソタ管は、1903年の創立で、ミネアポリス交響楽団としてスタートし、その歴代指揮者も大物ばかり。
オーマンディ、ミトロプーロス、ドラティ、スクロヴァチェスキー、そして、マリナー、あとは、デ・ワールト、大植英次ときて、いまは、オスモ・ヴァンスカが長期にわたってその任にあります。
オーケストラ・ビルダーとして各オーケストラを鍛え上げたドラティと、ミスターSの略称で20年間親しまれた、スクロヴァチェスキー。このふたりが、ミネソタ管の根本を作り上げた指揮者ではないかと思います。
 それ以降は、数は多くはなけれど、メジャーな指揮者とともに、いい録音がいくつも残ってますし、大植英次の名前を知らしめるようになったのもミネソタ管あってのことかもです。

現在のヴァンスカ首席の元では、経営側と楽団側とのゴタゴタを乗り越え、名コンビとして、素晴らしいシベリウスを聴かせてます。(2番しか聴いたことなけれど)
大都会だけど、大きな州のなかには、湖水も点々とするミネソタ州。
アメリカの各オーケストラにも、それぞれ味があります。

ミネアポリスは、隣りのセントポールと合わせた広域都市圏としてみると、人口335万人の大都市圏となります。
メジャーリーグでは、ミネソタ・ツインズがあって、かつて西岡(ロッテ→ツインズ→阪神)が在籍したところ。
あと、プリンスの出身地でもあります。
こんな大都市が、国内にごろごろあるところが、アメリカという大国の巨大さであります。

Mineapolice

ミネソタ管の本拠地、オーケストラ・ホール(左側・グーグルマップより)

ちなみに、ミネソタ管は、2017年より、日本人指揮者の藤本亜希子さんが、副指揮者として活躍していることも、嬉しいことです。

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マリナーは、のちにアカデミーとも再録音をしているが、私は、そちらは未聴です。
ラトルが初来日したフィルハーモニア管に帯同し、8番を演奏したが、その得意とする8番をまず単独で録音し、3年後に、7番と9番を録音して、一挙に後期3大交響曲を完成させたわけです。
 国内盤でも、8番が単独で出て、そのあとは、3曲がセットで出たので、意外と入手しにくかったような印象を持ってます。

CD時代になって聴いた7、9番。
なかなか素敵なジャケットで、そのデザインは、Sylvan Steenbrink というライターで、いかにもアメリカン、といった作品ばかりで、そのサイトはかなり楽しいものでした。

早めのテンポで、こだわりなく、すいすい進む7番
でも、ときに、ティンパニの強打を見せたり、終楽章でたたみ込むような迫力を見せたりと、思わぬメリハリを展開してみせる。
でも、この7番の一番好きな楽章、2楽章のブラームスがボヘミアにやってきたかのような、内声部のほのぼのとした豊かな歌が、マリナー特有のすっきり感でもって、とても爽やかに聴くことができます。

手の内に入った感のある8番は、明るく軽快に、でも、ここはもっと歌って・・・というところも、す~っと流してしまうところもあって、まさにマリナー風。
昨今、あらゆる指揮者が好んで取り上げる8番だけど、力こぶが入り過ぎてダイナミックになりすぎたり、張り切り過ぎたフォルテでうるさく鳴らしたりという演奏もあるが、マリナーには、そんな効果を狙うような様子はさらさらなく、淡々とバランス良く4つの楽章を聴かせる。
あのメロディアスな3楽章も、楚々たる雰囲気で、これはこれでいい、と思わせます。

9番「新世界」は、繰り返しも行いつつ、これまたスッキリと見通しのいい演奏。
名旋律が次々に繰り広げられるなか、以外や新鮮な内声部が聴こえてくるところがマリナーらしい。
アメリカのオーケストラならば、身に沁みつくほどに演奏し慣れたこの曲だから、穏健なマリナーの指揮に、もっとガンガンやりたいと思う楽員もいたであろう。
そんなオーケストラをうまく抑制しつつ、最後の大団円では、オーケストラを解放させるように、かなりダイナミックな終焉を築きます。
そんななかに、8番のように、楚々たるラルゴが、無垢な感じで、高い秋空に映えたりします。

マリナー卿のドヴォルザーク、秋の始まりに相応しい演奏でした。

2年前の10月2日に、マリナー卿は亡くなりました。

Cosmos_azuma

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2018年9月17日 (月)

元祖 8番はこれ!

Kibana_2

キバナコスモスの群生。

忙しい気象に、自然の猛威に、同じ自然の仲間の花々も、調子を乱しがち。

サイクルがみんな早くなってしまった。

 音楽界も、好まれる音楽、コンサートや劇場で取り上げられる作品、好んで録音され、CDも売れる作品、そのあたりの変遷が、ここ数年際立って変貌してきていると思われる。

ヴィヴァルデイから、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトまでは、古楽的な演奏様式が多くなり、通常のオーケストラスタイルでは取り上げられにくくなり、古楽に通じた指揮者がピリオド奏法を活用して、その任にあたったりするか、古楽オーケストラでしか聴けないような、そんな風潮。

常設のオーケストラコンサートの、メインは、いまや人気曲の常連、マーラーやブルックナー、R・シュトラウスを主体とする、20世紀以降の大規模かつ、自己主張の多い作品ばかり。
古典系の作品は、それらの前座を務めるばかり。

いまや、8番といえば、ドヴォルザーク、ブルックナーかマーラーが人気。

わたくしの時代では、8番は、ベートーヴェンとシューベルト。
ドヴォルザークでさえ、ちょっとあとからたしなみました。

そんな当時の8番には、これ!っていう定番がありました。
今日は、なつかしい、その定番を。

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ベートーヴェン 交響曲第8番 ヘ長調 op93

    ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮
              ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

             (1968年9月 ウィーン ゾフィエンザール)


 60年代、ウィーンフィル初のベートーヴェン全集の指揮者は、ハンス・シュミット=イッセルシュテット。
ドイツ本流の渋い指揮者を起用したデッカに感謝しなくてはなりません。
そして、日本では、8番の名演奏として広く知られるようになったのも面白いことです。
 キビキビとしたリズミカルな演奏に、慣れてしまったいまの耳には、とても新鮮に聴こえる構えの大きい演奏で、若い方には、逆におっとりとしたイメージもあるかもしれません。
でも、7番と9番とにはさまれた8番の存在意義を、音楽そのものの力で、ごり押しすることもなく、すんなりと聴かせてくれる。
そして、よくよく聴くと、いまもって高音質の録音のよさも手伝って、各楽器がそれぞれ見通し良くよく聞こえる。
バランスの良い、端正なこの8番の演奏の魅力は、あとウィーンフィルの音色にもあります。
60年代のウィーンフィルは、現在のスマートすぎるグローバル化したウィーンフィルよりも、適度に鄙びていて、木管楽器ののどかな響きなど、懐かしい思いにさせてくれる。
イッセルシュテットのベートーヴェンは、どの番号も均一に素晴らしいです。
1970年のベートーヴェン生誕200年の年に、読響に来演し、第9とミサソレを指揮してますが、第9を日本武道館で演奏するという驚きの企画でもありました。

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さて、ベートーヴェンの次はシューベルト。

  シューベルト  交響曲第8番 ロ短調 「未完成」

     ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

              (1958年3月 ニューヨーク)

  
いまや、シューベルトの8番は、9番の「ザ・グレート」になり、「未完成」は、7番なんて風になったりしちゃったりで、ワタクシには、もうさっぱりわかりません。
ですから、ともかく、わたくしには、シューベルトの8番は断然「未完成」なのであります。
 「未完成」のわたくしの刷り込み演奏は、初めて買ったレコードがミュンシュ盤。
いまでも、一番好きな演奏のひとつですが、ずっと後になって聴いたのが、これも名盤といわれるワルター盤。
コロンビア響でなく、ニューヨークフィルであったことで、幽玄で、ほの暗いロマンティックな響きにおおわれていて、遠い昔の日々を懐かしむような想いにさせてくれる。
それでいながら、死の淵をかいまみるようなデモーニッシュな表現もあって、ワルターという指揮者は柔和なばかりでなく、そうマーラーの時代の人でもあって、いろんな新作を手掛けてきたオペラ指揮者であるといこともわかります。
 歌心と、厳しさと、その両方が2つの楽章の25分間にしっかりと詰まってまして、最後にはとても優しい気持ちになれるので、就寝まえの夜更けた時間にお酒でもくゆらせながら聴くのがよいと思います。

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このワルター盤、今持つCDは、同じシューベルトの5番とのカップリングですが、レコード時代は、「運命・未完成」の典型的な組み合わせの1枚でした。

どちらの8番も懐かしい~な。
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