2008年5月11日 (日)

神奈川フィルハーモニー演奏会 シュナイト指揮

Schneidt_schuman2ハンス・マルティン・シュナイト指揮神奈川フィルハーモニーによる「シュナイト音楽堂シリーズ
今シーズンはシューマン・シリーズで、前回はかわいいプティボンと重なり聴けなかったもの。
このコンビのドイツものは、必聴ゆえ、午前中仕事をこなし、万全を期して横浜へ。
生憎の雨と、ど渋いプログラムもあって、今日の県立音楽堂は約7割の入り。
めったに演奏会では聴けない二つの円熟ロマン派音楽なのに、もったいない!

  ブラームス   セレナード第2番 イ長調
  シューマン    交響曲第2番 ハ長調

 ハンス=マルティン・シュナイト指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
   (5月10日 神奈川県立音楽堂)


Schneidt_schuman ビオラ、チェロ、コントラバス、木管、ホルンというユニークな編成によるブラームスのセレナードは、若書きとはいえ、どこをとっても我々が思い描くブラームスの音世界。
その楽器編成ゆえ、音楽は普通に喋る人声のようで、声高なところがいっさいなく、極めて落ち着き、かつマイルドなものである。
ゆったりとしたテンポをとったシュナイト師の指揮は、ほのぼのとした響きと深い呼吸を神奈フィル・メンバーから導き出していて、聴いていてほんとに気持ちがのびのびとしてゆく思いだった。ビオラのアンサンブルにやや難ありながら、木管がカバーしていたし、細かなことを気にせず、大らかな気分で楽しめた。
田園風景を彷彿さえるかのような1楽章と、ピッコロの活躍する終楽章がとりわけ楽しい。

休憩後は、シューマン。
同じ2番の洒落たプログラム、のどかなブラームスのセレナードに比べ、何と晦渋で渋い趣きを持つことか。出だしの序奏の部分でそう痛感した。
日頃聴いているCDでも、2番はいずれもそういう、くすんだ印象が先行する曲だ。
 ところが、この日のシュナイト&神奈フィルは、主部が始まると、それはそれは活気と推進力に満ちたもので、音はきらめきすら感じてしまった。テンポも心持ち速めでノリが良い。
前半降り番で、張り切るコンマスの石田氏の大きなアクションが、弦を中心に全体を引っ張っていて、どうやらそのあたりに要因がありそうだ。
そこに、シュナイト師の南ドイツ気質が混ぜ合わされ、稀なるシューマン演奏となってゆくのだ。
2楽章のユニークなスケルツォも同様に、一気呵成。最後の音が鳴り終わって、その響きが緊張感とともにホールに「こだま」したものだ。
そして、美しかったのが3楽章。よくよく聴けば、同じ単純な旋律が各楽器で橋渡しされているだけだが、どうしてこんなに美しいのだろうか。シューマンの歌に対する天性の素晴らしさにちょっと感心。そんな場面をここでは、じっくりとしたテンポを設定し、実によく歌っていた。楽章が始まる前の、アウフタクトで、シュナイト師は「歌うように」との指示を指揮棒を置いた右手で出していたのが印象的。ヴァイオリンがともかく美しい。
そして、終楽章で今日のシューマンはものの見事に決まった!
明るく決然とした響きに強力なカンタービレ、今まで聴いていた2番は一体なんだったのだろうか、とドキドキしつつティンパニ(見事だった)の連打による大団円を迎えることとなった。ホールは、4楽章では、熱気につつまれそこここで、体を揺らす人、指で拍子を取る人などが見受けられた。ご一緒したyurikamomeさんのお話では、涙をぬぐうご婦人もいらっしゃったとか!

盛大な拍手とブラボー。シュナイトさんも楽員も満足で上機嫌の面持ち。
シューマンの新たな面を垣間見させてくれた、素晴らしいコンサート。
至福の土曜の午後であった。

その至福は、アフターコンサートでの歌声聞こえる居酒屋「一の蔵」での楽しい語らいで倍増されました。先生、yurikamomeさん、どうもお世話さまでした。

毎度ながら、ちょっと飲み過ぎ。でもいいお酒だから、今朝も快調。
早く起床し、仕事で狭山・川越まで車で高速を飛ばして、ただ今帰還。
シューマンの響きが頭をかけめぐりつつ、ちょうどよいドライブになった。


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2008年5月 9日 (金)

チャイコフスキー マンフレッド交響曲 シモノフ指揮

2aq3_2まだしつこく名古屋の味シリーズ。
ネタはそろそろ、おしまい。
お菓子系がないのが悔やまれます。

今回は、「手羽先」。
から揚げにした手名先に独特の甘辛い味付けがしてある。
これぞまさに、ビールのつまみ。手でワイルドに食らい、ビールを流し込む。
1 「うみゃぁ~」と叫ぶこと請け合い。名古屋出張の帰りは、名鉄の地下にある「風来坊」のテイクアウトを購入している。新幹線で、カバンにうまいこと収納しないと、匂いがプンプン。
家に持ち帰ると、お父さんのツマミに残るのはほんのわずか。
子供たちの餌食となってしまう。酒飲みの子供に生まれた、こいつらの将来が頼もしい(恐ろしい)。
名古屋のコンビニで見つけた、手羽先味のキャラメル。これまた有名な「世界の山ちゃん」。甘辛いキャラメルは初めて食ったぞ。この山ちゃんの顔、瓜二つの上司がかつていた。しかもそのヒトも山ちゃんだったんだわ。

Tchaikovsky_manfred_simonov 昨晩に続いてチャイコフスキー
バイロン(英)の詩劇「マンフレッド」に題材を求めた同名の表題音楽的な交響曲である。
1885年の作品は、第4と第5の交響曲の間。
オルガンも鳴る大規模な編成による4楽章の作品は、ベルリオーズやリスト、後年のR・シュトラウスのように大音響を伴なう極めて劇的なもの。

アルプス山中の城の主マンフレッドは、懐疑的思想に取り付かれ、絶望のうちに魔女から妖術を学び取る。これで救いを得られないマンフレッドは山中をさまよい死を追い求めるが、それも与えられない。やがて、かつての恋人で自殺したアスタルテの亡霊と会うが苦悩のうちに救われないまま死を迎える・・・、という訳わからん物語。

あまり深く考えずに、チャイコフスキーの劇的かつメロディアスで甘い旋律を楽しむに限る。

今日の演奏は、これまた昨晩に続いての爆演指揮者「ユーリ・シモノフ」指揮のロンドン交響楽団のもの。
シモノフは、知る人ぞ知る爆演オジサンで、その指揮姿もユニークで体中が音楽のカタマリみたいな指揮者だ。
これまた知る人ぞ知る、駅ワゴンやホームセンターで超廉価(300円)で売っている「ロイヤル・コレクション」というロイヤル・フィルの演奏する正規CDの常連さんでもあるのだ。
春祭、プロコ・ロメジュリ、くるみ割り、1812年・・・・シンジラレナイような、すさまじい迫力の名演がこれまた名録音で出ているのだ!

シモノフは、もうベテラン指揮者となったが、1970年万博の年、ボリショイオペラの正指揮者として30歳くらいの時に来日し、「ボリスゴドゥノフ」や「イーゴリ公」を指揮した。
NHKテレビでの放送を観た記憶があるし、若いシモノフの名前も覚えてしまった。
 その後の出会いは、時はるか下って「極私的マエストロ」というサイト。こちらを拝見して、はたと膝を打ち、かつゲラゲラと笑ってしもうた。是非ご覧くだされ、素晴らしいです。

そして、激安CDを集め、そのユニーク名演に感心し、おりからの来日公演にも行った。
N響や題名のない音楽会でチロチロと登場してはいたが、いつも伴奏ばかり。
せっかくのモスクワ・フィルとの来日なのに、○○コ・へ○○グの伴奏や、ビジュアル系の歌手や奏者のこれまた伴奏ばかりじゃん。
そんな中で、唯一あったちゃんとしたコンサート。
前半に第5交響曲、後半に「白鳥の湖」抜粋というチャイコフスキー・プロで、え?逆じゃん!とか思ってたけど、間違いでなく、いきなり素晴らしい交響曲をゴンゴン演奏してしまった。そして、それ以上に、素晴らしかった白鳥の湖。
有名曲をあえてはずしたかのような選曲だったが、バレエが踊れるかのようなノリの良さと劇場空間の創出。オケの音がまた風圧すら感じさせる凄まじい迫力。
終曲なんぞ、目も眩むような凄さ。
そして、かのサイトにも書かれているとおりの、シモノフのパフォーマンス豊かな指揮姿。
踊り子かつストリート・パフォーマーなのだ。オケも慣れているだろうけど、よく吹き出さないもんだ。極私的マエストロに書かれているとおりの動きが展開され、こちらも期待以上の動きに満足の極みだった。「あっちみてホイ」は、やたらとやっていたな・・・。
アンコールに、白鳥の湖であえてはぶいた有名曲を数曲。
何度も呼び出されながらも、イヤイヤをしたり、ポケットから懐中時計を取り出して眺めてみせたりで、ほんと楽しかった。
是非皆さん、味わってみてください。

それでもって、このマンフレッド。爆演というよりは、まとまりのよさと、音楽を聴かせるツボを心得た心にくい演奏か。それでも、大音響ではビックリするくらいにテンション高いっす。
この曲は、ハイティンクの大人の演奏も好き。昨日のロストロさんはどうかしら。

1970年来日時から、銀髪のロシアン・マフィアのようなオヤジへの変貌ぶり。
Simonov

     
Simonov_3

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2008年5月 8日 (木)

チャイコフスキー 交響曲第5番 ロストロポーヴィチ指揮

Misokatsu 今日は、「みそかつ」で参ろうか。
いうまでもなく、とんかつに、八丁味噌の味噌だれをたっぷりとかけたもの。
東海三県のとんかつやさんには必ずあるメニュー。
甘辛いタレは、一度食べると、クセになるけれど、私などは、ビールがないとつらいかも。
そんなこと言って、みそかつ丼をがっつり食べてしもうた。
スーパーの惣菜コーナーをのぞくと、このソースがしこたまかかったとんかつや、串カツがたくさん売っとる。
名古屋のみそかつの名店「矢場とん」も東京銀座に進出しておるでね。

Tchaikovsky_rostoropovich 昨年亡くなったロストロポーヴィチ
そのロストロポーヴィチの待望久しいチャイコフスキー全集が格安にて復活し、店頭に並んでいる。
私が大学時代、一挙に全集で発売されたが、貧乏学生ゆえ、そんな全集なんて手もでなかった。
FM放送のエアチェックで済ませていたもんだ。
オリジナルジャケットは、陶酔するロストロさんの指揮姿の大写しだったように記憶するが、今回の復活盤は、チャイコフスキーそのもののお顔で、これはこれだが、ちょっと残念。

すごいのは、格安に加えて6曲の交響曲、マンフレッド、ロメオ、フランチェスカなどが収録されての5CD。楽章の切れ目で、CDを替えなくてはならず、あと1枚増やしてもよかったかも・・・・。

この中から、何を聴こうか、大好きな1番を、とも思ったが、定番の第5交響曲から聴くことにしよう。
全曲52分。タイムを見れば通常45~7分ゆえ、遅い演奏ではないかと思う。
でも単に遅いのではなく、緩急のつけ方が大きいのだ。
ここぞというところで、思い切り感情移入しているから、速くてかつ遅くなる。
切々たる2楽章が特にそう。最後の金管の咆哮など、のたうつような趣きがあり、その後の慰めにも満ちた部分との対比が鮮やか。
終楽章の旋律は、ことさらじっくりと克明に奏でられ、終始このペースで進みあまりにも堂々たるフィナーレを迎えるこことなる。
いやはや、甘くも辛く、ユニークかつ熱い演奏だった。残りの曲や管弦楽曲が楽しみ。
フランチェスカ・ダ・リミニなんぞ、どうなってしまうのだろうか。

1976年の録音。いまはもうないキングスウェイホールの芯のある素晴らしい響きは、EMIにしては破格によい録音。
当時、ロンドン・フィルは、ハイティンクを音楽監督に、次期監督のショルティやジュリーニ、ヨッフム、テンシュテット、バレンボイム、そしてロストロポーヴィチなどを常連にして、充実した演奏や録音を次々に残していた。
くすんだ弦に、マイルドな管、ブリリアントな金管、まるで、コンセルトヘボウのような音色だった。
ヨーロピアンなオケに、ロシアに軸足を持った指揮者の稀なるコンビによるチャイコフスキー。
ロストロさんには、あとパリ管ともチャイコフスキー全集をやって欲しかった。

追)われ、ハイティンク/ロンドンフィルのベートーヴェン全集+ピアノ協奏曲(ブレンデル)の復活を待ち望む。

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2008年5月 7日 (水)

ヴェルディ 「運命の力」序曲

2 3 まだ続くで、名古屋東海の味シリーズ。
今日は「きしめん」だがね。
この、ひらひらの麺の由来は諸説あるらしいが、尾張伝統の平打ち麺は歴史も古く、いかにもお得感(名古屋では、お値打ち)漂う食べ物である。
アツアツに、かつを節をたっぷりかけて、そのかつを節が踊るなか、一気にズルジュルっと食べちゃう。アツアツも冷たいのも、どちらもたまらなくうまい!
この店は、尾張旭市でふらっと入った店だけれど、定食を頼んだら、付け合わせに、スパゲッティサラダかと思ったら、これまで「きしめん」だった。その徹底した潔さに感服だわ。
名古屋の麺は、蕎麦ではなく、うどん文化。ほかに、煮込み、ころ、伊勢と、いろいろあるでね。

Abbado_verdi_rca ヴェルディのオペラは、愛国心に燃えたものや、純文学を素材にしたものなど、バラエティに溢れているが、まさに天性の劇場の人ならではで、観る人・聴く人の心をとらえて離さないものがある。

ヴェルディはオペラ全体を視聴するのが一番ながら、その序曲や前奏曲だけをオーケストラで楽しむだけでも、なかなかに気分が盛り上がるもんだ。
後期作品は、ドラマの緊迫感をより高めるために短い前奏曲や、前奏のみであるが、中期作品は、オペラ全体の主題を駆使したなかなかに聴き応えある序曲が付属している。
そのもっともたる作品が、「運命の力」や「シチリア島の晩鐘」、「ナブッコ」などであろう。
なかでも「運命の力」は、オーケストラ・ピースとして、単独に聴いてもなかなかに優れた作品に思う。コンサートのアンコールなどでも、盛り上がるので、よく取り上げられる。
そのアンコールで、忘れ得ないのは、75年のムーティの初来日時のウィーン・フィルを振った演奏。ベームとともにやってきたムーティ。ベームのチケットが、抽選で応募したけれど全滅で、ムーティのみが簡単に当たった。
ブラームスの二重協奏曲と新世界というプロで、若獅子ムーティは大人しかったが、アンコールにそのナポリ魂を全開させた!すさまじいまでの迫力と猛烈な歌は、その後の原典尊重主義で厳格になりすぎたムーティには聴けなくなった若々しい叫びであった・・・。

8分あまりのドラマテックなこの序曲で、私の好きな演奏は、このアバドロンドン響のもの。数年後のベルリン・フィルとの輝かしい演奏も同様に素晴らしいが、スカラ座で日々ヴェルディを演奏していた頃の旧盤の方が、歌心が豊かに感じる。
意のままになるロンドン響との組合わせということもある。
じわじわと盛り上がってゆくクレッシェンド、歌いまくる木管群、気品を失わない金管群。
ヴェルディには、熱狂や歌とともに、気品も必須だ。
短い序曲に泣けます。

カラヤンもいいが、燦然としすぎだし、シノーポリはちょっと暴れすぎ、ムーティは録音ではいまひとつ、あとは以外にシャイー(ナショナルフィル)が好きであります。
皆さんのお薦めは?

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2008年5月 5日 (月)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 パッパーノ指揮

6 7_2 名古屋のおいしいものシリーズ。
今日は、「ひつまぶし」。
おひつのご飯の上に、うなぎの蒲焼を刻んだものをたっぷりと乗せる。
これを、よくまぶして、ご飯茶碗によそってまず一杯。そして同じようによっそったものに、海苔やネギを載せて二杯目。
そして三杯目は、お茶漬けでいただく。
このまぶしは、やはり浜松以西の腹開き、直焼きでないと、カリカリ感と香ばしさがでない。
ともかく、どえりゃ、うみゃぁであかんわ。

Tristan_pappano

ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を聴く。

通算14種類目のトリスタンCDで、どれもこれも愛着や思い出があって捨て難いものばかり。

目下最新のトリスタンCDは、このパッパーノ盤であるが、最後まで購入をためらった。
理由は、大方のワーグナー好きと同じく、ドミンゴにある。
ワーグナーのような大作となると、まず指揮者ありきで、録音されたり上演される。最近は演出ありきではあるけれど。
ところが、このCDは、「パッパーノのトリスタン」ではなくて、「ドミンゴのトリスタン」と呼ばれ、録音・発売された。
ドミンゴのワーグナーはどうも苦手である。
声が開放的にすぎ、朗々としすぎなのだ。そしてなんでもソツなくこなしてしまい、面白みがないともいえるし・・・・・。

そんなことだから、このCDは聴くことがあるまいと思っていた。でも、ステメのイゾルデと藤村さんのブランゲーネは是非揃えておきたいと思ってもいた。
がしかし、渋谷タワレコで、2,670円という安値を発見。同じ輸入盤でも、ケースに入ってDVDもついて、分厚い解説が付くとその倍くらいの価額なのに、解説もなにもないCDケースだけのものが格安で売られていたわけだ。
そして、まじまじと見て、隅々まで豪華な配役に驚き、レジに直行とあいなった。

   トリスタン :プラシド・ドミンゴ  イゾルデ :ニナ・ステメ
   マルケ王 :ルネ・パペ      ブランゲーネ:藤村美穂子
   クルヴェナール:オアフ・ベーア メロート  :ジャレド・ホルト
   牧童   :イアン・ポストリッジ  舵手   :マシュー・ローズ
   若い水夫:ロランド・ヴィラゾン

  アントニオ・パッパーノ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
                           (2004、5年録音)

なんという贅沢な顔ぶれ。ちょい役にポストリッジにヴィラゾンだもの。
純正ドイツ人は、パペとベーアだけ、ほかはオケにいたるまで、国際的で、英国・スゥエーデン・ニュージーランド・メキシコ、そして日本といった具合で、我が国の宝ともなりつつある藤村さんが、このような強豪の中で豊かな存在感を示しているのが実に心強い。

Isolde_sremme その藤村さんのブランゲーネがまた素適だ。ふくよかで、暖か味に富んだ美声で歌われる2幕の見張りの歌は、オケの美しさとあいまって、陶然とさせてくれる。
そして、ステメのイゾルデは、情感が実に豊かで、強い王女というよりは、一人の愛に生きる女性を歌いだしている。だから、1幕よりは2幕の方がいいし、「愛の死」での透明感あふれる歌はとてもいい。
北欧出身のドラマテックソプラノは歴代、怜悧・強靭なタイプが多かったが、最近は、ブリュンヒルデやアイーダも歌っている彼女、今後どのような歌手になって行くか、大いに楽しみ。

パペの滑らかな美声のマルケ王、生真面目なベーアのクルヴェナールもいい。
豪華脇役ふたりのうち、ポストリッジは予想通りのきめ細やかで、同情溢れる歌いぶりだけど、ヴィラゾンは、もともと甘すぎる歌が気になる人だっただけに、何か調子に乗りすぎた余剰な歌唱に聴こえのは私だけだろうか。
そして、その師匠にあたる肝心のドミンゴだが、予想以上に立派に歌っている。
でもそれ以上の印象をもてないのが、私のドミンゴのワーグナー歌唱に対する毎度の反応、あの声でドイツ語、子音も軽く違和感が。ヴェルディやプッチーニは文句なしなんだけれど。
 ドミンゴのワーグナー録音をあげてみると、エリック・タンホイザー・ローエングリン・トリスタン・ヴァルター・ジークムント・ジークフリート(抜粋)・パルシファル、とすべて制覇してしまった。同様のテノールは、ルネ・コロのみなので、ドミンゴのある意味すごさを感じる。

パッパーノコヴェントガーデンは、予想以上にいい。
オケはドラマをかなり雄弁に語っているし、抒情的な部分での歌謡性においてもなかなかにユニークなトリスタンとなっていうと思う。

てな、わけで、何だかんだで、トリスタンゆえ、大いに楽しめました。
ステメと藤村、パッパーノの3人が聴きものかな。

  

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2008年5月 4日 (日)

プッチーニ 歌劇「ラ・ヴィルリ」 マゼール指揮

1 名古屋東海グルメ、今日は「あんかけパスタ」。

私の名古屋時代、あるにはあったが、当地でもこんなにメジャーではなかったはず。
最初、「あんかけ」というから、ほんとに「あんこ」がかかっているのかと思っていた。
(でも、実際に、そういうパスタもあるところが名古屋しとるね。)

トマトソースがベースの、胡椒の効いたトロトロあんかけソース。
パスタは極太。2.2mmあるらしい。
このソースに太麺を絡めて食べる。アツアツでスパイスが効いているから、汗も出ちまう。
食べ応え充分、インパクトも充分、そしてかなりうまいで。「きのこ」をチョイス。
愛知発のカレーで全国制覇をした、「CoCo壱番屋」がチェーン展開するあんかけスパ専門店「パスタ・デ・ココ」で食す。なんと、新橋にも出店してるらしい。
是非食べてみなぁあかんで!

Le_villi_maazel

プッチーニ(1858~1924)生誕150年、全作品を聴くシリーズ。
オペラは12作、アリアにミサ曲に、オーケストラ曲に室内楽曲、そんなに多作ではないけれど、いずれも美しい旋律と世紀末的な甘味な歌に満ちているし、ワーグナーを経てマーラー、シュトラウス、新ウィーン楽派をたしなむものにとっては、堪らないご馳走に思える。

音楽家の家に生まれ、肝心の父に先立たれ、母や姉妹に囲まれて育ったプッチーニ。
全作品に登場するヒロインは、献身的で薄幸で健気な女性ばかり。
この処女作である「ラ・ヴィルリ」でもそんな女性が主役なのだ。

このオペラ第一作は、師のポンキエッリやボイートの尽力で初演は大成功し、プッチーニはヴェルディを継ぐ寵児となったが、この作品も初演とその再演数十回のみで、今ではまったく上演機会のないオペラとなってしまった。
自作の「エドガー」も同じで、真の成功は「ボエーム」まで待たねばならない。

何故見捨てられたかのようになったかというと、2幕形式をとりながら、ドラマの進行を間に置いたナレーションに任せたことで、あまりにドラマが散漫・適当になってしまった。
音楽は、どう聴いてもプッチーニで、素晴らしいのだが、ドラマ仕立てが稚拙すぎること。

ドラマの背景・・・・・北欧に伝わる、乱舞する妖精(ニンフ)伝説。純情乙女を裏切ると、その男は妖精によって踊り狂わされ、やがて死んでしまう。

第1幕
 グリエルモとその娘アンナは、許婚ロベルトが相続のため亡くなった伯母の遺産を受け取りに行くために、別れの宴を村人とともに催している。
アンナは、忘れな草をロベルトの鞄にそっと入れて、花は一緒に行けて羨ましい・・と別れを惜しみ、ロベルトは、ほんのちょっとだし、心から愛していることを歌う。

ナレーション部分
 ロベルトは、妖婦に夢中になり、故郷を忘れてしまったが、やがてその女からも捨てられてしまった。悲嘆に暮れたアンナは悲しみ亡くなってしまった。
伝説によれば、乙女が恋のため死ぬことがあれば、夜毎魔女(妖精)が出て、その男を待ちうける。故郷を目指すロベルトは、妖精たちに怯えながら帰ってきた。

第2幕
 父グリエルモが、娘を亡くした憎しみをぶつけている。
ロベルトが帰ってきて、グリエルモの家の前に立つが不思議な力に押され一歩踏み出せない。妖精たちが、あいつが帰ってきたと歌いはやす。
幻影のアンナが現れ、かつてロベルトが歌った愛の歌を歌い、おいでおいでをする。
生きていたんだ、と駆け寄るロベルトを妖精たちが取り囲み、激しく乱舞する。
「哀れみを」と叫ぶロベルト、「あんたは私のもの」と歌うアンナ。ロベルトはくず折れる。

   アンナ:レナータ・スコット     ロベルト :プラシド・ドミンゴ
   グリエルモ:レオ・ヌッチ      ナレーター:ティト・ゴッピ

    ロリン・マゼール指揮 ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団
                  アンブロジアンシンガーズ
                          (1979年6月録音)

CD1枚のコンパクトオペラ。
主役3人にちゃんと素晴らしいアリアがもうけられているし、村人兼妖精の合唱も活躍。
シャイーの名盤をお聴きの方なら、聴き馴染んだ音楽で、すんなりと入れます。

3人の主役では、スコットの真にせまるかのような歌唱が素晴らしく、心を打つ。
そして、ゴッピの語りがアリアを歌うかのような味わいに満ちたもので聴きもの。
ピンカートンのような、軽瓢な男を「だってしょうがないんだもん」とばかりに、立派に歌ってしまうドミンゴ
若々しくも敬虔な父のヌッチ
こんな具合に、バブルの色香ただよう豪勢なキャストに、当時プッチーニ全集を目論んでいたマゼールの指揮は、普通にドラマティックでよろしい。
立派すぎるのが、たまに傷だけど。
そして、ロンドンの腕っこきを集めた録音専門のオケ「ナショナル・フィル」が懐かしい。

いまの世の中では、とうてい採算のあわないオペラだけれど、三部作と合わせて二夜で上演するとかして、なんとか舞台に載せてほしいな。

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2008年5月 3日 (土)

R・シュトラウス 楽劇「エレクトラ」 シノーポリ指揮

Komeda1このところ、名古屋に仕事でよく行く。名古屋は、亡父に次ぎ、親子二代に渡って、単身赴任した地だけに愛着がある。
義弟までもが、千葉から転勤して、当地で嫁をめとってしまったがや。

名古屋東海地区のグルメを連続冒頭に紹介するで、見とってね。

まずは、超メジャーな「コメダ珈琲」だがや。
昼食時に、軽食というより、ボリュームたっぷりの食事が出来るがね。
この日は、コーヒーにハンバーガーを注文。登場したバーガーは、どえりゃぁデカくて、びっくりだったわ。
直径約15センチ超はあろうかと。バンズは、柔らかくてキメ荒いし、パティも普通で大味。
でもこの大きさと、普通にうまいコーヒーに満足ぜにゃぁね。
いや、関東を車で走っとって、喫茶店は絶滅状態。コメダのような、キレイで寛げて心配りの豊かな店は知りゃぁ~せん。
関東にも進出し、横浜あたりの店は超混雑しとるがね。
名古屋発の喫茶店文化、コメダの業態を借りて、全国制覇も可能かも知れんて。
喫茶店のモーニングは、赴任時代結構味わったけど、かなりスカレートしとるみたいやな。
(名古屋地区のみなさま、こんな物言いをして申し訳ありませ~ん)

Elektra_sinopoli

R・シュトラウスの4作目のオペラ「エレクトラ」は、前作「サロメ」と同様、楽劇と名付けられた。
44歳の壮年期の作。
前作と同様ワーグナー以上に、刺激的な大音響や不協和音が溢れていて、後年の新古典的なシンプルサウンドを好む者からすると、この2作は、ちょっと聴くのが辛い。

作品の大まかな内容は、かつて取り上げたバレンボイム盤の方をご覧下され。

ギリシア神話に題材を求めたこの作品、エキセントリックで強烈な娘が主人公であり、超ドラマテックなソプラノを要することで、サロメと同じような存在。
人が死ぬ場面も満載。おまけに、エキセントリックつながりで、テノールの役の義父、不貞の実の母、というところまで一緒。
 異なるところは、親も親なら・・・・がサロメなのに、エレクトラは、見た目イってしまっていても、亡父の復讐を心に秘めた列女で、ごくありきたりの女である妹との対比も鮮やか。
でも、弟との再会に近親相姦とも思えるくらいに異常なまでのエクスタシー状態になるところなんざ、サロメと違った意味でコワイ。
弟エギストは、反逆者であり、かつ解放者である。これはイコール、サロメのヨカナーン。
 よって、「サロメ」との相違点で明確なのは、妹クリソテミスの存在のみ。
良識と家庭と子供に憧れる女性。シュトラウスが書いた、もっとも大人しい女性かも。

 エレクトラ:アレッサンドラ・マーク   クリソテミス:デヴォラ・ヴォイト
 クリテムストラ:ハンナ・シュヴァルツ エギスト  :ジークフリート・イェルサレム
 エギスト   :サミュエル・ラミー   

   ジュゼッペ・シノーポリ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                           (1995年9月録音)

Elektra_sinopoli2 シノーポリが残した貴重なシュトラウスのオペラ録音。
「サロメ」「エレクトラ」「アリアドネ」「影のない女」「平和の日」の5作で終わってしまった。
残る10作を順じ取り上げる予定だっただけに、その早すぎる死が惜しまれる。
シュトラウス、ワーグナー、プッチーニ、ヴェルディはおそらくすべて録音してくれたかもしれないシノーポリ。
精力的なばかりでなく、味わいあるドラマをオーケストラから引き出しつつあった頃。
ウィーンフィルの絶叫しない音色を自在に操りながら、見事なまでのクライマックスと熱狂を導き出す。エギストが現れてからの後半の盛上げ方なんぞ素晴らしいの一言につきる。
実際、義父・母が逝ってしまってからの熱狂の音楽はものスゴイっす。
最後の強烈なエンディング!! ウィーンフィル最高。

スターを揃えたキャストに文句なし。
低音域に難はあるものの、圧倒的なパワーとキレのよさを聴かせるマークのエレクトラ。
同様にドラマテックだが、優しい声の持主ヴォイト。このアメリカン巨大コンビは、ちょいと聴きもの。さらに、マッチョなレミーのエギストも、シリアスすぎて怖いくらい。
シュヴァルツイェルサレムの唯一ドイツ・コンビは、妙に歌い崩さず、生真面目に歌っていて、不可思議ないやらしさが出ているように思う。

この楽劇、最近舞台じゃご無沙汰かも。
新国で2006年に上演された時は、見逃した。
大昔、小沢/新日フィルのセミステージ上演を観劇したのみ。
この時は、中丸さんのほぼデビューだった。
新国の再上演、レパートリー化を望む。

  

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2008年5月 2日 (金)

ビートルズ 「ABBEY ROAD」

London4 ロンドンのピカデリーあたり。
タワーレコードですよ。
もう大昔、たびたび書かしていただいているが、花のロンドン・パリ7日間の視察出張に恵まれたが、いずれもレンタカーを借りての活動で、その運転は地獄絵図のような思いだった。

今は中心部への乗り入れ規制などで、そうでもないだろうが、どちらの都市も交通量は多く渋滞だらけ。
怖かったけれど、いい思い出。

Abbey_road_1

ビートルズ・エイジのちょっと下。
クラシックにのめり込んでいた中学生時代、解散後だったが、AMラジオでは常にビートルズがかかっていたし、学校でもマニアがたくさんいたもんだ。
当時、好きな女の子もビートルズ・ファンとわかりレコード収集にも熱が入った。恥ずかしいわ。

ビートルズが残したアルバムの最高傑作の呼び声が高いのは、「サージェント・ペパーズと「アビーロード」。

1969年の録音で、発売順では最終アルバムの「レット・イット・ビー」の後にあたるため、実質的にビートルズ最後の1枚。
4人の不仲は決定的で、翌年に解散してしまうのだが、あまりに有名な並んで渡る4人の写真。ポールだけが裸足で、死亡説まで生んだのはもう歴史的なお話になってしまった。

斬新さとその完成度の高さは、いまこうして聴いてもまったく変わらない。
左右、ステレオ効果を意識した録音効果は当時を感じさせるが、今もって生々しい音がするし、いろんな効果音も満載で、中学時代それもまた楽しみだった。

Abbey_road_2 レノン・マッカートニーの作品のなかに、2曲あるジョージ・ハリソンの曲。
これがまた好きだ。「Something」と「Here comes the Sun」、どちらも抒情的でやさしい平和主義者のジョージならではの名作に、今もほのぼのかつ、目が潤む思い。
時にシャウトする、ポールの圧倒的な歌唱力は、ロックンローラーの原点を見るようで、「Oh!Daling」や「Golden Slumbers」などは惚れ惚れする。
また、ジョンの不思議世界に遊ぶかのような無垢な歌、「Come togeter」、「I want you」、「Because」は深淵さまで漂うくらい。人のいいリンゴの「Octopus's garden」は、イエローサブマリン的な海底世界。
レコードB面は、まるでオペラのように、各曲が連続している。
その巧さといったらない。
ビートルズが行き着いた先は、悟りとも思えるシンプルかつ、澄み切った心境だったのかも・・・・・。

多くのファンがそうするように、今度ロンドンに行けたらば、アビー・ロードの横断歩道を闊歩してみたいぞ。

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2008年4月30日 (水)

バックス 交響曲「春の炎」 ハンドリー指揮

Azeria 一気に初夏の陽気に。
ツツジもあわてて一斉に開き初め、甘い香りが漂っている。

普段にも増して、ぼぉーっとしてしまいそうな日々がこれから続く。
寒い時とか、酒を飲んでるときは、シャンとしているのだが、春から夏はどうもイカン。
苦手な季節。暑いのイカン。
ビール飲み過ぎちゃうし、お腹ぽっこりになっちゃうし、厚着でごまかせないし、頭が日に焼けちゃうし??

まあ、いずれにしても、年中飲んでいるのだな、これが。

Greenwood 酒と言えば、ワタシらが酒を飲みだした頃は、今のようなカクテルや酎ハイといった小洒落た飲物はなかった。かといってビールも高かったし、発泡酒なんてものもなかったから、いきなり日本酒か、ウイスキーだったんだ。
 ともかく飲んだ。でもウイスキーは、貧乏ながら一応選んで飲んでいて、たいていは「ホワイト」。
「レッド」は次の日、死ぬということを本能的に感じとっていた。「オールド」なんてめったに飲めなかったし、「リザーブ」なんぞ、拝むことすらできなかった。

ところが今はどーだ。
国産酒には見向きもせず、ジョニ黒・赤なんぞも、ありきたりの酒となって、量販店にごろごろ転がっている。

体のいらんところに肉も付き、嗜好も贅沢になってしまった・・・。
そんな、ワタクシのお気に入りのウイスキーは、アイリッシュモルト。
ブッシュミルズ、ボウモア、タラモアデュー、タリスカー、ジェムソン・・・、醸造元の街の名前で、いろいろな種類のボトルがあるが、あまりこだわらない。
ピートの燻した香りが味に染み込み、ヨード臭の強いものがとりわけ好きだ。
いわゆる、ヨードチンキですよ。
おねーちゃんもいない、ちゃらちゃらした雰囲気の一切ないバーのカウンターに腰掛けて、2~3杯ロックで飲む。

Bax_spring_fire_2 そんな時、きまって頭の中に流れる音楽が、アーノルド・バックス(1883~1953)の音楽。
ロンドンっ子ながら、アイルランドを生涯愛したバックスの音楽には、ケルトの香り、海の潮の香りがぷんぷんだ!

とらえどころがないところも、ニンフのようでもあり、夢の中の音楽のようでもある。
単なる自然の描写だけでなく、そこに感じるマジックやファンタジーが伴なっているものだから、ミステリアスな雰囲気がいつもある。

7曲ある交響曲は、いずれも番号だけの純粋交響曲だが、すべてが3つの楽章で、先にあげたようなムードに満ちているので、どの番号を聴いても、みんな同じに聴こえてしまう。
そこがバックスの面白いところで、何度も何度も聴いてゆくうちに、すっかりその虜となってしまう。

 今日の「春の炎」は、バックス初期の作品で、5つの表題を与えられた楽章からなっている。
Ⅰ「夜明け前の森にて」、Ⅱ「夜明けと日の出」、Ⅲ「一日」、Ⅳ「森の愛」、Ⅴ「manads」。
一気呵成にやってくる北国の春の様子が、幻想的かつダイナミックに描かれている。
ソフトで夢見るような森の国の夜明け、冬の眠りから醒めた大胆で陽気な森、あまりにも美しいロマンスのような情景、爆発的な妖精の踊り。
作曲後、第一次大戦の勃発や、その後も演奏の困難さなどで、演奏がなかなかされず、楽譜も消失したりした、なかなか恵まれない作品だったようだ。

ここでは、そんな経緯はともかく、ヴァーノン・ハンドリーロイヤル・フィルの詩情溢れる演奏で、とことんバックス・ワールドに浸ることができる。

一度ウイスキー片手に、バックスの音楽を楽しんでみてはいかが?
お酒がダメな方は、ヨードチンキ片手に弧高の海を思い浮かべながら、どうぞお聴きください。

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2008年4月29日 (火)

ルロイ・アンダーソン ピアノ協奏曲 スラトキン指揮

C東京ディズニーシーの20世紀初頭のアメリカ(ニューヨーク)をイメージした街並み。
夜ともなると非常にいい雰囲気になって、ここに佇み、ワンショツトひっかけたくなる。

ディズニーシーは、子供に引率されて春休みに念願のデビューを果たした。
酒が飲めることもさりながら、ヨーロッパ(ルネサンス期)やアメリカ、中近東、インカ、地底、海底などなど、世界のあらゆるシテュエーションが楽しめちゃう。

B そんな大人のテーマパークなんだ!

一度で好きになってしまった。
息子も気にいったようで、また男ふたりで行こう、なんて計画しているのだ。

さすがにオヤジ一人ではマズイだろうけど、もしかしたら「アフター6」に仕事帰りにふらりと寄って酒を飲んじまうのも粋かもしれない。
そんなことが出来そうなのも千葉県民の特権かもしらん。
マジやるかもしれませんぜ!

Anderson_slatkin 今日は、アメリカの生んだユニークな作曲家、ルロイ・アンダーソン(1908~1975)のオーケストラ作品集を。
ナクソスから出た素適な1枚は、レナード・スラトキBBCコンサートオーケストラの演奏。
メジャー指揮者で愛国心一杯のスラトキンが、このところナクソスに自国音楽を録音しはじめた。
そんな嬉しい1枚でもある。

ハーバード出の秀才は、語学教師への道から、才覚のあった音楽の道へと転身し、ボストン・ポップスとの協力関係を築き、有名な短編曲をいくつも作曲た。
誰しも聴いたことのある曲ばかり。
戦後から60年代までがその充実期で、わたしのような世代がイメージするアメリカの豊かで幸せな社会を反映さえた、伸びやかで明るく、ユーモアも満載の音楽。
 ノー天気と言われようとかまわない。屈託ない音楽は聴くこちらの気分を解放し、心の休日を与えてくれる。
このCDは、生誕100年を記念しての、アンダーゾン作品全集の第一弾で、有名な「トランペットボランタリー」をはじめとして、あまり聴いたこともない曲もふくめて14曲ものオーケストラ作品が収められている。
 しかし、目玉は、ピアノ協奏曲。
1953年、作者の指揮、ユージン・リストのピアノで初演されたが、長く封印され、1989年アンダーソン未亡人の意思によりリヴァイバルした純アメリカ産のピアノ協奏曲。
20分あまりの3楽章形式の協奏曲は、アディンセルのワルソー・コンチェルトのようなロマンテックなものではないが、ハリウッド的・映画的な小気味のいい愛すべき作品に思える。
親しみやすい旋律にあふれ、そう、ディズニーのあの雰囲気にも通じる陰りのない明るさ。
一度聴けば、皆好きになってしまうのでは!

ジェフリー・ビーゲルというピアニストが快活に弾いていて、スラトキンのにこやかな微笑みが目に浮かぶようなオーケストラが実によろしい。
本家のBBC響のシェフをつとめたスラトキンが、BBCコンサートオケをどうした按配で指揮しているのか不明なれど、実に楽しいコンビになっている。
その実力のわりに、あえて王道を歩まないかのようなスラトキン。
ニューヨークフィルくらいの指揮者になってもいいと思うけれど、デトロイト響のシェフに就任との話もあり嬉しいことだ。
N響に客演時の、ラフマニノフの2番や、幻想、チャイ5など目のさめるような名演だった。
まだまだ、活躍が期待のスラトキン!

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