R・シュトラウス 「ダナエの愛」
雪の土曜から一転、晴れ渡った日曜日に、R・シュトラウスの歌劇「ダナエの愛」の上演を聴く。新宿文化センターでの演奏会形式で日本初演である。指揮はR・シュトラウスの紹介に使命をかける若杉弘、オーケストラは新日本フィル。このオケは2週間前に難曲、ショスタコーヴィチの4番を聴いたばかりで、今回は複雑なオーケストレーションで息の長い旋律に満ちた歌劇を2時間半にわたり危なげなく見事に演奏しきり、まずは大賛辞を贈りたい。月が変わると今度は、オネゲルの架刑台のジャンヌダルクを演奏するというから驚きだ。無難に安住する某放送オケとは大違い。まあ東京にはオーケストラがたくさんあって、競争が厳しく毎日どこかで演奏会を開いているから、個性あるオケや王道を行くオケがあって、それをチョイス出来る贅沢を聴衆は享受しているわけだ。もちろん懐にはあまりに優しくないけど。
さて、このオペラは15曲あるシュトラウスのオペラのうち最後から二つめの晩年の作品で、神話に題材を求め、「ユピテルという神様が、ロバ引きのミダスを王にしてしまい、そのミダスを利用して美女ダナエを我がものにしようとする」荒唐無稽の物語である。言わばシュトラウスお得意の世界で、「ナクソスのアリアドネ」や「影のない女」に通じるものがある。これまで余り上演機会もなく、録音もあまりない。何故こんなに恵まれていないのかわからないが、ホフマンスタールという最高の作家を失って、台本がイマイチなのが原因らしい。しかし、シュトラウスのオペラには余り聴かれない作品がまだたくさん残っていてこれらを開拓して行くのは楽しいものだ。そしてシュトラウス・オベラの上演に若杉氏の存在は世界的に見ても偉大だ。一昨年は「エジプトのヘレナ」、「インテルメッツオ」「カプリッチョ」を手掛けた。今年も期待できるが、新国の監督を受けたから、これまでどおりヴェルディの初期作品や、シュトラウスの作品の上演をやってもらえるか不安である。
この作品は以前、サヴァリッシュがバイエルン国立歌劇場でシュトラウスを全曲上演した際のFM音源を所有していて、今回の演奏を前に繰り返し聴き耳に馴染ませた。その甲斐あって、1幕の冒頭から親しみを持って聴き、それ以上に音楽を味わうことが出来た。加えて、字幕付きだったので、「そんなこと歌ってたのか、ふむふむ・・・・。」といった具合に、このオペラの全体像をつかむことができた。割と長めの間奏曲がいくつか散りばめられていて、こうした演奏会形式だと、そうした部分が本当に聴き映えがする。これらの間奏曲がシュトラウスらしい美しい旋律に満ちた圭曲で、晩年の澄み切った一連の作風に通じるものがあって、いたく感動した。
歌手は譜面を見ながらの1回きりの上演だから、皆精度が高く、文句のつけようがない。なかでも、佐々木典子のダナエがすばらしい。確かシノーポリに認められてバイロイトにも出た人ではなかったか。ともかくきれいに伸びる高域が美しく、暖かい声の持主だ。表現力も充分あって、2幕の「影のない女」を思わせるような、ミダスの愛を選場面などは、感動的な場面であった。ドイツ語の言葉が明瞭なのも特筆ものだ。難役ユピテルの久保和範はよく頑張ったが、オーケストラのフォルテと拮抗する場面が多い役柄なので、ちょっと苦しかった。でもなかなかの逸材であろう。ミダスの大野徹也は私にとって懐かしい。20年前に、朝比奈や若杉のリングで、ジークムントやジークフリートを歌って獅子奮迅の活躍をした。その人もすっかりベテランで、力強さはやや失せたものの、存在感ある声を聴かせてくれた。明瞭な佐々木との二重唱は、やや不利か。その他の諸役もみな良かった。
そして若杉の指揮は、いつもの通り明快で、シュトラウスの「重厚」でかつ「軽やか」で「繊細」といった矛盾する特徴を見事に捕らえ描き分けていた。甘味な愛の場面など、ベタつかず美しく響き、音楽に安心して身をゆだねることが出来た。冒頭で書いたとおり、新日フィルの意欲的な姿勢も特筆して大である。1月にして、すばらしい演奏会を体験できた。
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コメント
ダナエの愛、行かれたんですね。羨ましいです。
大枚叩いてゲルギエフの黄昏のチケットを買ってしまってあったので聴き逃してしまいました。
佐々木、大野に若杉、なんとなく会場の雰囲気が伝わってきました。
全然知らない曲なんですが今度いつ聴けることか・・・
投稿: Cypress | 2006年2月 1日 (水) 18時47分
このコンサートはホールはいまひとつでしたが、感激でした。いずれ舞台にかかることを希望してやみません。R・シュトラウスのオペラの自分に置ける発掘も楽しいものです。
投稿: yokochan | 2006年2月 2日 (木) 00時40分
私は、ダナエの愛はヴィントフールでしか
聴いたことがありません。でも素晴らしい
オペラですよね。
メータのオペラ管弦楽曲集で予習してから
ヴィントフールの全曲盤を聴きました。
演奏会形式であってもライブで聴かれたのですね。
羨ましい限りです。
ブログ主様は、影のない女の日本初演も
見ておられるのですよね。
うらやまし~(笑)
投稿: 越後のオックス | 2010年1月14日 (木) 20時28分
越後のオックスさん、こんばんは。
またまた懐かしい記事を掘り起こしていただきました。
このコンサート、雪上がりの日で眩しい天気でした。予習もバッチリだったので最高の気分でした。
若杉さんの功績のひとつですね!
このオペラをレパートリーにしてるのは、ルイージですが、ドレスデンに在職中に録画でも残して欲しいものです。
投稿: yokochan | 2010年1月15日 (金) 21時27分
過去記事に書き込み失礼いたします。神奈川フィルのベートーヴェンとシュトラウス、存分に楽しんできてください。一年の四分の一を鎌倉で過ごすという親日家のオピッツ氏はどんなピアノを聴かせてくれるでしょうか?
昨日hmvのホムペを何気なく見ていてぶっ飛びました。「ダフネ」と「ダナエの愛」の日本語字幕付きDVDが出ていたからです。ダフネは以前から日本語字幕なしのやつが出ていたイタリア・フェニーチェ劇場のものでしたが、ダナエの愛は、アンドリュー・リットン指揮ベルリン・ドイツ・オペラの演奏でした。演奏も演出もよさそうです。ヴィントフールのCDよりもいいかもしれません。コンロン指揮のマクベス夫人とともに注文してしまいました。
リットンという指揮者は高校時代にラフマニノフの交響曲第3番と交響的舞曲のCDを聴いたことがあります。当時まだ若手だった彼は雑誌で諸井のマコ先生にケチョンケチョンに書かれていましたが、あれから20年はたった今、どんなシュトラウスを聴かせてくれるのでしょうか…
投稿: 越後のオックス | 2012年11月23日 (金) 01時53分
越後のオックスさん、こんにちは。
これより横浜へ向かいます。さて、どうなりますか、楽しみです。
ダナエの愛のリットン盤は、わたしも以前より気になってまして、ピアノが天から釣ってあったりとシュールな感じの演出のようです。
シュトラウスのオペラ映像も、かなり増えてきました。
でも、15作はさすがに無理でしょうね。
わたしも、いずれは入手しようとは思ってます。
リットン氏は、数年前N響第九に来てましたが、そのときはあまり評判はよろしくなかったようで・・・。
チャイコやマーラー、ショスタコも得意にするリットンさん。楽しみですね。
投稿: yokochan | 2012年11月23日 (金) 11時52分
若杉弘さん。慶應義塾大学経済学部御卒業ながら、御父君の反対を押し切り音楽家の道を歩まれたのでしたね。小澤征爾さんほど海外での華々しい活躍や著名オケを振ってのメジャーレーベルへの録音には恵まれませんでしたが、筋の通った誠実な音楽を紡ぎ出されるお方でした。1995年に実演に接しました。大阪フィル定期に客演され、モーツァルト、後期3大交響曲『39番、40番、41番』を指揮されました。アンコールに『三つのドイツ舞曲』を振って下さいましたのも、覚えております。ビクターに読売日本交響楽団を振った、国内制作の録音があったようですが、タワーレコードのスペシャル-セレクション等で、復活すれば良いのですが。小澤征爾さんのデビュー-レコードの黒人霊歌&ミュージカル合唱曲集、リリースされましたからね(笑)。
投稿: 覆面吾郎 | 2019年9月27日 (金) 07時49分
若杉さんの逝去は痛恨でした。
ドイツを中心に、オペラ指揮者として高く評価されてました。劇場指揮者ゆえに、なかなか録音もなされなかったのかもしれません。
デュセルドルフ、ケルン、ドレスデンと名門の音楽監督を務めた若杉さん、いまもってこれ以上の日本人オペラ指揮者はいないと思います。
そうそう、読響は若杉さん、N響は岩城さん、日フィルは小澤さんという時代がありました。
その頃の読響との録音に、復刻なったモツレクがあり、あとは幻想交響曲の復活も望まれます!
投稿: yokochan | 2019年9月30日 (月) 18時28分