ツェムリンスキー 交響詩「人魚姫」
今晩は、ツェムリンスキーの交響詩「人魚姫」(Die Seejugfrau)。「海の若い乙女」が直訳。人魚姫のこと、海の精とでも言った方が感じがいい。
ツェムリンスキーの使徒リッカルド・シャイーがベルリン放送響を指揮した86年の録音。
1872年、ウィーン生まれのツェムリンスキーは、マーラーとシェーンベルクらの橋渡し的な立場にいた。ユダヤ人でもあり、アルマ・マーラーの作曲の先生であり、シェーンベルクの義兄でもあった。さらにコルンコルドの先生でもあった。
こう見るといかに重要な橋渡し役であったことがわかるが、肝心の作品はかつては顧みられることが少なかった。
この歴史に埋もれかけた作曲家を80年代音楽シーンに引っ張りあげたのは、マーラー・ブームもさることながら、G・アルブレヒトの一連のオペラ発掘とマゼール・ベルリンPOの「叙情交響曲」のDG録音、そしてこのシャイーの「人魚姫」であるといってよいのではないか。
作風はマーラーの流れをうけとめる爛熟期の後期ロマン派の作風で、初期のシェーンベルクやウェーベルン、初期スクリャービンなどのイメージである。1903年の作品だから、それらの先駆であるし、マーラーも存命の時代なのでちょっと驚きだ。
3楽章からなる作品に表題性はあまり感じられない。海の精が王子と会い、恋をし、最後は自己犠牲で死んで行くらしいが、こうしたことを気にせずに虚心に聴くのがよいと思う。
ことに2楽章のヴァイオリン・ソロの旋律はおそらく愛の旋律と思われるが、大変親しみやすくかつ美しい。この旋律は一度聴くと忘れられなくなって、何かの拍子に思いだしてしまう。全編にこんな感じのロマンテックな曲だから、演奏もそれに流されるとベタベタになってしまうが、さすがにシャイーはキッチリと全体を構成したなかに、ロマンテック感を表出させている。オケが後のコンセルトヘボウだったら、と思わせないでもないが機能的なドイツのオケの特徴が良くいかされていて火の打ちどころがない。
シェーンベルク、ベルク、ツェムリンスキーと遡って聴いてきたが、こうなったら体系的に次は・・・・・・。
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コメント
私も大好きなツェムリンスキーを取り上げていただけるとは嬉しい限りです。やはりシャイー盤「人魚姫」が火付け役だと思いますがKOCH-SCHWANNのアルブレヒトの一連のオペラは衝撃でしたね。そしてEMIのコンロンのシリーズはかなりの功績ですよね。
投稿: einsatz | 2006年3月 3日 (金) 01時23分
こんにちは。そうそう、コンロンもかなりやってますね。日本では全く人気のない指揮者ですが、オペラも振れるなかなか良い人だと思います。
投稿: yokochan | 2006年3月 3日 (金) 12時59分
今から30年前、10月20日「人魚姫」が、若杉弘/都響で日本初演されました。
この30年間で、プロ.アマ含めて20公演(定期公演等で同一演奏者が2日以上のもの、1公演と数えた場合)を越えました。
その間、アントニー・ボーモントの新ヴァージョンによる演奏もされて、オーケストラ・レパトリーとして定着してきた感がします。
思い起こせば、1987年2月9日都響定期演奏会の終演後に、若杉さんに直接「何れ、人魚姫を紹介して下さい」と頼みに行きました。
「嗚呼、人魚姫ね! シンフォニエッタも良い曲ですよ」と若杉さんが仰られていたの思い出します。
サントリーホールでのマーラー・ツィクルスの一環で、新ウィーン学派とツェムリンスキー.シュレーカーの作品が取り上げられました。
10月20日の終演後、マエストロに会いに行きましたら、奥様の長野羊奈子さんが、「貴方ですか、人魚の君は?」と。
どうやら、私は御二人の間でそう呼ばれていた様です。その長野さんも5年前の10月20日に亡くなられました。
私には、「私の事も忘れないでね」と言って行かれた様で、最後に頂いた御手紙に「未だ私が行きていると言う事は、
神様からの宿題があるのでしょうね」の一文が強烈に心に響きました。
私にとって、この曲は若杉夫妻とを繋いでくれた大切な曲となりました。
シャイーの演奏はCDが出る前に、FMでベルリンでのライブが放送されましたね。
投稿: さすらう人魚 | 2019年10月20日 (日) 16時45分
さすらう人魚さん、こんにちは。
素晴らしいお話し、そして素敵なエピソードありがとうございました。
わたくしは、若杉さんのマーラーチクルスは残念ながらいずれも聴くことはできませんでした。
いま、CDで集めつつありますが、新ウィーン楽派、ツェムリンスキー、シュレーカーと多く取り上げていたことは魅力的に感じつつも、サラリーマンになりたての自分にはなかなかコンサート通いが許されず、本当に残念なことでした。
そんななかの、「人魚姫」の日本初演、そこのは、さすらう人魚さんの一言があったのですね!
10月20日という運命的な日付、そんな10/20のこととは知らず、わたくしは、朝から1日かけて、ツェムリンスキーの「こびと」を聴いて、記事にしておりました。
若杉さん、きっと新国で、ツェムリンスキーやシュレーカー、コルンゴルトの音楽を取り上げることも夢見ていたことでしょう。
長野さんの音盤を探してみたら、手持ちでは、武満と、ルートヴィッヒと共演したアリアドネのニンフ役でした。
若杉ご夫妻との縁(えにし)をご紹介くださり、あらためまして感謝いたします。
(※シャイーのライブは、当時エアチェックしまして、CDを買ったときには、残念ながら消去してしまいました。国内でも、毎年どこかで聴けるようにもなりましたね。)
投稿: yokochan | 2019年10月21日 (月) 08時55分