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2006年3月 2日 (木)

ツェムリンスキー 交響詩「人魚姫」

Zemlinsky_seejungfrau

今晩は、ツェムリンスキー交響詩「人魚姫」(Die Seejugfrau)。「海の若い乙女」が直訳。人魚姫のこと、海の精とでも言った方が感じがいい。
ツェムリンスキーの使徒リッカルド・シャイーベルリン放送響を指揮した86年の録音。
 1872年、ウィーン生まれのツェムリンスキーは、マーラーとシェーンベルクらの橋渡し的な立場にいた。ユダヤ人でもあり、アルマ・マーラーの作曲の先生であり、シェーンベルクの義兄でもあった。さらにコルンコルドの先生でもあった。
こう見るといかに重要な橋渡し役であったことがわかるが、肝心の作品はかつては顧みられることが少なかった。
 この歴史に埋もれかけた作曲家を80年代音楽シーンに引っ張りあげたのは、マーラー・ブームもさることながら、G・アルブレヒトの一連のオペラ発掘とマゼール・ベルリンPOの「叙情交響曲」のDG録音、そしてこのシャイーの「人魚姫」であるといってよいのではないか。

作風はマーラーの流れをうけとめる爛熟期の後期ロマン派の作風で、初期のシェーンベルクやウェーベルン、初期スクリャービンなどのイメージである。1903年の作品だから、それらの先駆であるし、マーラーも存命の時代なのでちょっと驚きだ。

3楽章からなる作品に表題性はあまり感じられない。海の精が王子と会い、恋をし、最後は自己犠牲で死んで行くらしいが、こうしたことを気にせずに虚心に聴くのがよいと思う。
ことに2楽章のヴァイオリン・ソロの旋律はおそらく愛の旋律と思われるが、大変親しみやすくかつ美しい。この旋律は一度聴くと忘れられなくなって、何かの拍子に思いだしてしまう。全編にこんな感じのロマンテックな曲だから、演奏もそれに流されるとベタベタになってしまうが、さすがにシャイーはキッチリと全体を構成したなかに、ロマンテック感を表出させている。オケが後のコンセルトヘボウだったら、と思わせないでもないが機能的なドイツのオケの特徴が良くいかされていて火の打ちどころがない。

シェーンベルク、ベルク、ツェムリンスキーと遡って聴いてきたが、こうなったら体系的に次は・・・・・・。

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コメント

私も大好きなツェムリンスキーを取り上げていただけるとは嬉しい限りです。やはりシャイー盤「人魚姫」が火付け役だと思いますがKOCH-SCHWANNのアルブレヒトの一連のオペラは衝撃でしたね。そしてEMIのコンロンのシリーズはかなりの功績ですよね。

投稿: einsatz | 2006年3月 3日 (金) 01時23分

こんにちは。そうそう、コンロンもかなりやってますね。日本では全く人気のない指揮者ですが、オペラも振れるなかなか良い人だと思います。

投稿: yokochan | 2006年3月 3日 (金) 12時59分

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