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2006年5月24日 (水)

ディーリアス 「高い丘の歌」 フェンビー指揮

Delius_high_hills_1 関東は夕方からとんでもない雷雨。日本のメリハリある四季はどこへ行ってしまったのか?美しい5月は消えてしまった。失われつつある日本の四季を思い起こし、自然を賛美したディーリアスの作品を聴いてみる。

私が英国音楽に強く引かれるようになったのは、中学生の頃のディーリアスのレコードとの出会いからである。このことは、以前「望郷のディーリアス」という記事を起こした。(2005.12)

ディーリアスは、その作風から繊細な人、との印象を受けるが、実際はかなり破天荒な生き様だった。若い頃、ライプチヒやパリに留学した頃は毎日が「酒とバラの日々」だったらしい。
後年、目を患い失明してしまう。おまけに体も麻痺して車椅子の生活だった。
若い頃のツケが何倍にもなって訪れた訳だ。

残された作品には、そんなムチャクチャな人生なんて微塵も感じさせないデリカシーとファンタジーが満ちている。晩年の作曲活動を献身的に助けたのが、今回指揮をしている、「エリック・フェンビー」である。

この「高い丘の歌」の「高い丘」というのは「高地・高原地方」といった意味だそうだ。グリーグとも親交あったディーリアスはノルウェーの大自然を愛し、その印象をこの作品にしたらしい。
「わたしは高い丘陵地帯にいるときの喜びと陶酔感を現そうとし、高地と広漠たる空間を前にしたときの孤独感とメランコリーを描こうとしたのだ」(ディーリアス:三浦敦史先生訳)

フルオーケストラと無歌詞による母音合唱からなる30分間、音楽はたゆたうように流れ、時に咆哮し、魅力的な旋律も綿々と歌われる。あれこれ考えずに、この流れに身を任せて、北欧の高地から海を眺めるような場面を思い描くだけでよい。

いつしか思いは遠い昔に飛んで行く。帰らない過去と故郷の海と山。
ディーリアスはいつもこうした思いを引き出し、優しくつつんでくれる。

直伝フェンビーとロイヤル・フィルの83年の録音は、まったくもって素晴らしい。
本当は、チャールズ・グローヴスとロイヤル・リヴァプールの演奏がさらに上をゆく美しさなのだが、CDは見かけない。あと1枚、ロジェストヴェンスキーがBBCを振ったライブがあり、これまた素敵な演奏だ。

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コメント

このCD持っています、ディーリアスの声楽曲は管弦楽曲に比べるとやや分かりにくいですが、のんびり聴くのに絶好ですね。

投稿: びーぐる | 2006年5月25日 (木) 22時16分

こんばんは。ディーリアス作品の中でもかなり好きな曲です。後期ロマン派風でのんびり身を任せるのにいいんです。海の見える高台でこの曲を聴くのが夢です。

投稿: yokochan | 2006年5月26日 (金) 00時12分

ディーリアスは大好きで一通り持っていますが、この曲が一番です。
でも、世間ではあまり注目されていないのがとっても不思議です。

投稿: 山元 光 | 2012年7月20日 (金) 22時47分

山元 光さま、はじめまして、コメントどうもありがとうございます。
「高い丘の歌」をお好きな方がいらっしゃって、とても嬉しいです。
おっしゃるように、まったく有名でもなく注目もされておりませんが、ディーリアンとしては、ひっそり人知れず静かに楽しむ類いの音楽として、大事にしておきたい音楽でもありますね。

投稿: yokochan | 2012年7月21日 (土) 00時03分

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