ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」 ケンペ
1972年、ミュンヘン・オリンピック開催中、イスラエル選手村をパレスチナ・ゲリラ「ブラック・セプテンバー」が襲い立てこもった。当時、西ドイツ政府は犯人の要求を飲むと見せかけ、空港で奇襲。これが失敗し、犯人はおろか、人質のイスラエル人11人は犯人に射殺されてしまう、という一大悲劇をよんだ。中東問題は、解決の糸口がなく、本当に深い。
当時、中学生だった私は、日本男子バレーの快進撃に酔っていただけに、血に染まった空港の映像を見て、恐怖で凍りついたものだった。
この悲劇と犠牲者を悼んで、スタディアムでセレモニーが開かれた。
「英雄」の第2楽章「葬送行進曲」が演奏され、全世界に中継された。
その時の指揮と管弦楽が、ここに聴く「ルドルフ・ケンペとミュンヘン・フィルハーモニー」なのである。
初めて見るケンペは、その年の2月の札幌オリンピックのミュンヘン・フィル来日に、病気で来れなくなったため、病弱で幻のように言われていたけれど、シャキとした颯爽たる指揮ぶりで、今でもよく覚えている。
このベートーヴェンは、ちょうどその頃に一気に完成された全集で、突然全集として発売され驚いたものだ。今では廉価盤で信じられないほど安く手に入る。隔世の感あり。
最初の二つの和音は、サラッと鳴らされるが、以降はとんでもなく覇気に満ちた演奏である。最近では聴かれなくなった、重厚な低弦群をベースに揺るぎない構造をもって迫ってくる。まぎれもないドイツのドイツ人によるベートーヴェン。
特筆は第2楽章、ここでの低弦の質感は素晴らしく、感情を押さえ、音楽のみを信じ心を込めて演奏している。そくそくと胸に迫ってくる演奏である。
ミュンヘン・フィルはティーレマンのもとで、かつての重厚さを取り戻すだろうか。
そうあって欲しいと思わせるここに聴くベートーヴェンであった。
あと数日後に、ワールドカップを控え、純粋なスポーツの祭典に政治や宗教が持ち込まれることのないことを祈る。
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