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2006年6月30日 (金)

ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 ショルティ

Solti_hollander このところ忙しく、夜も連続で飲み会。このくそ暑さもあって、ヘトヘト。
音楽が聴きたくてしょうがなかった。その渇きを今夜久方ぶりに癒せる。
しかし、曲の選択に迷った。
そしてとり出したのが、「さまよえるオランダ人」全曲。ええい、聴いちまえ、と気合もろとも、よりによってショルティ盤である。
バイロイトのシーズンも近いし、この際、ワーグナー・シリーズでも半年ぶりにやろう!かな・・・、とちょっと弱気に思った次第。

「オランダ人」以前の初期3作、「妖精」「恋愛禁制」「リエンツィ」は正直言って厳しい作品だ。それぞれサヴァリッシュのライブをCDR化しているが、オランダ人以降の名作に比べると習作の域を出ない。プライやコロ、サヴァリッシュといった名手あっての初期作品に止まろうか。
それらの作品から、「オランダ人」へのステップ・アップは、「ローエングリン」から「ラインの黄金」への変貌ぶりよりはおとなしいが、それでもライトモティーフ技法の徹底と、何よりも「自己犠牲による救済」や伝説に物語を求めた「悲劇性」「演劇性」といった、ワーグナーの生涯追い求めた基本理念がここから本格的に具現している。

難しいことはさておき、近年は、三幕を連続上演し、序曲や最終部を「救済なしヴァージョン」にする原典の一部採用による上演で、まさに救いようのない暗い結末を用意する演出が主流となっている。
こうなると、ゼンタの妄想や気のふれた一人よがり、またはオランダ人の夢物語やアウトロー人物か・・・・、といった演出コンセプトしか見えなくなってしまう。
昨年の二期会「オランダ人」はそうしたところばかりが、未消化なままに、おまけに歌手の不調も乗じて観せられたために後味が悪かった。やはり気持ちよく劇場を後にするには、二人救済されて、昇天して欲しいものだ。

音楽で聴く場合は、どのバージョンでも気にならない。
ショルティがこの全曲を録音した76年前後は、通し上演は定着していたが、救済モティーフのある上演が普通だった。ウィーンフィルとワーグナー全曲録音を目指していたショルティが、この作品だけ手兵のシカゴ響を起用した。理由は以外と簡単と思われる。
当時蜜月だったシカゴで、ショルティはヘヴィーなプログラムをガンガンこなしていた。
「千人の交響曲」や「ブル8」「第九」、オペラの演奏会形式で「ラインの黄金」やこの「オランダ人」、「オテロ」など。超人的タフな指揮者とオーケストラの組合せが産んだ超人プログラム。聴いてたシカゴの聴衆も、連日「ステーキにバーボンと大量ポテト」の晩餐会だったろう。

演奏は、ある意味そんなイメージもある。オーケストラとついでにシカゴ響合唱団の強靭な威力はすごいものがある。一点一角をないがしろにしない克明さ、完璧さ。
「ははあ、おみそれしやした」という具合。
そんな軍団を、地獄の閻魔大王のようなショルティが、これでもかといわんばかりに、攻めたてる。
だが、これはある意味快感にも似た爽快感がある。そこまでやるならしょうがない。
ウィーンとやったら、閻魔さまの厳しい監視の目をかいくぐって、ちょっと遊びや色気があるんだが、ここにはそんなものは一切ない。ないかわりに、音響の快感を味わえる。
そしてショルティのすごいところは、歌手の呼吸を読んだ「オペラティック」な雰囲気の表出にある。これなら、歌手陣は歌いやすいだろう、と思わせる。

こうしたショルティ・シカゴ・オペラに、まったく適合して、広い音域を駆使し、時に夢見るように、時にヒステリックに歌っているのが、ゼンタ役の「ジャニス・マーティン」
オランダ人のイギリス歌手「ノーマン・ベイリー」は同時期にザックスも録音したが、なかなかに立派な声の持主だ。暗めな声質のなかに、ノーブルな気品が感じられ、今で言う「ブリン・ターフェル」の先輩のようなイメージだ。

この二人以外は、自分達の持ち味を生かして、ガチガチの世界にこだわらずに気持ちよさそうに歌っている。ダーラントの美声の「タルヴェラ」、エリックの立派すぎる「ルネ・コロ」だ。でも「クレン」の舵手はイマイチ。
録音はデッカのアナログ全盛期だけあってすさまじく良い。
よくも悪くも、アメリカという国と時代を感じさせる「ショルティのオランダ人」である。

自慢じゃないけど、私のライブラリーにある「オランダ人」
ショルティ、ベーム、ライナー、バレンボイム。この4点しかないのが意外。
クレンペラー、コンヴィチュニー、レヴァイン、シノーポリ、カイルベルト、サヴァリッシュなどをいずれは、と思っているが・・・・。それ以外のFM音源・ビデオ音源は20に及ぶ。
オランダ人はコンパクトだから、と思っていても後期のスゴイ作品ほどに情熱が傾かないのが実情。

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コメント

私はオペラが苦手で CDはモーツァルトとワーグナーしかありません。
ワーグナーは重いのでたまにしか聴きませんが、それがショルティのオランダ人です。
比較的短くて初期ながらワーグナーのエッセンスが一応揃っている点がお気に入りです。

投稿: びーぐる | 2006年7月 1日 (土) 09時55分

びーぐるさん、こんにちは。オランダ人から、ワーグナーのすべてが始まったと言ってよいですね。ワーグナーに取られる時間はバカにできませんが、私の場合虜人生も長くなりもうあきらめてます(笑)

投稿: yokochan | 2006年7月 1日 (土) 19時28分

yokochanさん、こんばんは。
「よりによってショルティ盤」絶妙な表現です。私がジンセイで初めて買ったオペラのLPがこの盤でした。3枚組で5400円だったので、当時にしては安いほうでした。シカゴのメタリックな音響が心地よいですね。

投稿: 吉田 | 2006年7月 1日 (土) 23時51分

吉田さん、こんばんは。LP3枚は、ワーグナーでは最短作品ですね。「神々のたそがれ」などは6枚組という途方もないものでしたから! つくづくCDの恩恵を受けている作品群です。
ショルティ盤はシカゴの凄さが主役のような演奏でもありました。ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2006年7月 2日 (日) 00時30分

こんばんは♪  今日は拙ブログへのコメントと TB をありがとうございました。

>そんな軍団を、地獄の閻魔大王のようなショルティが、これでもかといわんばかりに、攻めたてる。

これ、思わず笑っちゃいました ^o^  でも、何ともいえない素晴らしい表現ですね~。

>オランダ人はコンパクトだから、と思っていても後期のスゴイ作品ほどに情熱が傾かないのが実情。

あ、yokochan さんほどのワグネリアンさんでもやっぱりそうですか??  KiKi は自分だけかと思っていました ^^;    

投稿: KiKi | 2006年7月28日 (金) 00時23分

kikiさん、こんばんは。オランダ人はどうも、登場人物が冴えないようで、音楽も短すぎる(??)のも、情熱がいまひとつの理由です。

投稿: yokochan | 2006年7月28日 (金) 20時44分

 今日は。遠い昔の過去記事に書き込み失礼いたします。実は私もオランダ人にはあまり惹かれるほうではなく、あまりしょっちゅうは聴かないのです。タンホイザー以降の長大な作品がどれも好きだからではないかと思います。持っているオランダ人の音源はCDとDVDを合わせても、ショルティ、サヴァリッシュ&バイロイト、シュタイン、ネルソン&バイロイトぐらいなのではないかと思います。ワーグナーの歌劇や楽劇というのは辻邦夫先生の小説と同じで長ければ長いほど素晴らしい作品になっているような気がします。
 余談ですが、北方謙三氏の水滸伝全19巻を読了しました。9月から読み始めて今月までかかってしまいました。水滸伝に楊志という有名武将が出てきますが、その息子の楊令という人を主人公にした「楊令伝」という全15巻の大長編を北方氏は書いています。その後、さらにその続編の「岳飛伝」という作品を今も雑誌連載中です。往年の吉川英治氏や司馬遼太郎さん、それにワーグナーも吃驚しそうな創作力ですね。
 

投稿: 越後のオックス | 2012年12月15日 (土) 11時08分

越後のオックスさん、こんにちは。
オランダ人は嫌いじゃけど、わたしも他のワーグナー諸作と比べると機会は少ないです。
ドラマの求心力が弱いのと、まだまだ感じる番号オペラの因習。
でも、いざ聴けば、しっかりはまります。
それと時間がない時などは、ちょうどいい長さです。

そして、なんですと、北方氏の膨大な創作の数々。
すごいですね、ワーグナーも真っ青。
わたしにはきっと読む気力と能力がありません。
これらを読破されるとはまたすごいですね。

投稿: yokochan | 2012年12月16日 (日) 13時10分

yokochan様
何の裏も取っておりません推測ですが、ショルティが『オランダ人』のみ、アメリカの主兵で録音したのは、この楽団のホルン奏者デイル・クレヴェンジャーの力量に惚れ込み、Decca社を説得したのでは‥?と、思っております。末筆ながらこのシカゴ交響楽団の名物男様、本年1月5日にお亡くなりになられたとの事です。生前の御功績を讃え、ご冥福を心より祈念致します。

投稿: 覆面吾郎 | 2022年4月 4日 (月) 11時51分

なるほど、ショルティは名手揃いのシカゴで何でも録音したかったでしょうね。
オペラも、フィデリオ、オテロ、マイスタージンガーなどありましたね。

ショルティとシカゴのコンサートアーカイブを見ると、毎期オペラのコンサート形式上演を行っており、オランダ人もそのなかのひとつです。
ラインの黄金もやっていて、それも正規録音して欲しかったものです。
クレヴェンジャーの神々しいホルンは、たくさんの録音で聴かれますね。
アバドとのモーツァルト、ジュリーニとのブリテンなど、忘れえぬものです。

投稿: yokochan | 2022年4月 5日 (火) 08時49分

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受信: 2006年7月28日 (金) 00時17分

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受信: 2007年8月25日 (土) 10時19分

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