ワーグナー 「ワルキューレ」 メトロポリタンオペラ公演 エッシェンバッハ指揮
無謀にもメトロポリタンのヴァルキーレを観劇した。
相次ぐコンサートで懐は火の車なのに、ワーグナーとなるとどうしても止められない。
完全なばかである。
当初はレヴァインだし、チケットやたら高いから諦めていたが、レヴァインがコケて怪我をした。代理は誰かと思ったら何と、エッシェンバッハ。
この発表と同時に止められないバカが頭をもたげ買ってしまった。
劇的な意外性を表出するスキンヘッド・クリストフが好きなのである。
最近まで、パリでリングを指揮していたから、手の内に入った作品であろう。
そしてよくよく見たらキャストがすごかった。ドミンゴにポラスキ、モリス、ヴォイト、パペと世界的にもめったに拝めない顔触れだったのだ。
心配は全盛期をちょっと過ぎたのではという人も混ざっていること。
この不安は半ば当たり、半ば外れた。
ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」
ジークムント:プラシド・ドミンゴ ジークリンデ:デヴォラ・ヴォイト
フンディング:ルネ・パペ ウォータン:ジェイムズ・モリス
ブリュンヒルデ:デボラ・ポラスキ フリッカ:イヴォンヌ・ナエフ
クリストフ・エッシェンバッハ指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団
演出:オットー・シェンク
(2006.6.15 @NHKホール)
私がヴァルキューレを聴く時に、うるうるしてしまう個所を追いながら今日の上演を振り返ってみたい。
① 第1幕は、ジークムントの「父が約束してくれた武器」のモノローグから幕切れまでのロマンチックな二重唱。
ドミンゴはさすがに場数を踏んだ落ち着きと高音の輝かしさを聴かせる。
しかし中央域から低域がキツい。ウエルゼーの叫びも精彩上がらず、剣を抜くクライマックスもいまひとつ。
エッシェンバッハとの息も会ってないような。
レヴァインだったらそれを感じさせずに修復してしまうだろう。ヴォイトのジークリンデは少し肥えてて動きが、どっこらしょ的だが、声はクリアーでよい。
② 第2幕ではヴォータンの長大なモノローグ。
ここは渋い個所だがヴォータン歌いの最大の聴かせどころ。モリスは予想以上に健在だった。美しい低音が底光りしていた。
続くポイントは、死の告知の場面。
ポラスキは神々しい中にも、同情を込めた温かな歌いぶりで見事。
ドミンゴもここは集中して熱い歌唱を聴かせる。動きも65歳とは思えない。
2幕の最後も見所。剣折れたジークムントがヴォータンの腕の中に倒れ込むのが好きな演出だが、今晩はいかに・・・・・。
ヴォータンは離れた所にいて、ジークムントは一人寂しく倒れた。
あれっと思ったら、最後に倒れているジークムントを抱き起こし、虫の息のジークムントは父の腕の中で事切れる。
ジーン・・・・。こりゃいい。
モリスのフンディングに対する「行け!」はソットヴォーチェで刺すように歌われ見事。
③ さて第3幕の大団円に向かって期待が高まったが、この幕の最初のポイントはブリュンヒルデがジークリンデにお腹の子供を告げる場面。
ここでは将来が暗示されるかのように、ジークフリートの動機や救済の動機がなる感動ものの場面。
二人ともに信愛のともなった素敵な歌唱で素晴らしかった。
エッシェンバッハは両腕を広げ、オーケストラに思い切り感動を歌い上げさせていた。
最後のポイントは父娘の二重娼から告別の最後まで。
怒りに震えるヴォータンに娘が愛を見捨てられず裏切るに至った心情を訴える。
ポラスキの素晴らしい歌は心を打つ。
遂にヴォータンも娘の願いを入れて炎に包んで守ることを受け入れる。
この最後の場面はワーグナーの書いたもっとも素晴らしい音楽であろう。
怒りから、娘を愛する父の心情へと変化する場面をモリスは味わい深く表現している。
別れを前に、感極まった父娘が抱擁する場面も泣ける。
しかし、告別の場面で、モリスの声が聞こえなくなった。
アレアレ?私の席が悪いのか?どうしちゃったのか。
最後の「槍を恐れるものは、足を踏み入れるな」の決め所は何とか無事歌ったが。
不明である。
さらに、どんな炎が上がるのかと思ったら、煙だらけになってしまい、ヴォータンの姿が見えない。失敗なのか?これも不明。
名残おしつつ、振り返りながら去るヴォータンの姿を見たかったのに、煙で見当たらない。こんなのアリ?
エッシェンバッハが最高の聞かせどころを熱くしてくれたのに、煙に気をとられて何とも後味がすっきりしない。
歌手を総括すると、一番よかったのは「ポラスキ」。
オーケストラを突き抜けて響く声は圧倒的ながら、暖かみにも欠けず人間性に満ちた素晴らしい歌唱だ。この人の舞台はこれで3度目だが、聴くたび良くなってきている。
続いて、「ナエフ」のフリッカ、怖い妻だけでなく夫の気を引きとめようとする女性的な歌で、声も良く通って立派。
「パペ」のフンディングも舞台を引き締めてくれる名バスだ。いつ聴いても美声である。他の主役級は前述のとおり。
ドミンゴの日本最後の舞台を聴けたのは、ひとつの喜びではある。
エッシェンバッハの指揮は、思ったより真っ当だった。
シュタインやシュナイダーのような早めのテンポで凝縮されたドラマを描きだすのとは違い、時おり間を作ったり、思い切り歌ったりと、多彩な表現が新鮮に感じた。
それが、今のところドラマに有機的に作用しているとはいえないかもしれないが、劇場空間での経験をさらに積むと独自のワーグナー指揮者となるかもしれない。
演出はオットー・シェンクのメトならではの伝統的なもの。このところ読替えを伴った語る演出に馴れていただけに、逆に新鮮だ。
贅沢なもので、物足りなくも思ったが、観劇中いろいろ悩まずに音楽に素直に集中できるのは良い。
5時開演で終了したのは10時をまわっていた。最後はアレ?だったが、心地よい疲れを噛みしめながら、雨の渋谷の坂を下って帰途についた。
ヴァルキューレの舞台体験は演奏会形式も含めて、いずれも国内で今晩で7度目。
いずれ、まとめたいとは思うがいつ聴いても、いつ観ても最高の感動を味わえる。
バカはやめられない。
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コメント
yokochanさん、こんにちは。
私も行きたかったですねー。
ボビー・バレンタイン曰く「オペラのオールスター戦」、
まさにその通りのメンバーですね。
メットのオケはかなりなものですか?
投稿: 吉田 | 2006年6月16日 (金) 14時06分
こんばんは。オールスターも新陳代謝が正直必要に思われましたが、やはり実績ある人々は存在感があります。オケは巧いものです。ライトモティーフを奏でる各奏者達の見事さ。アンサンブルの緊密さ。そして明るい色調。アメリカの優秀なオケの典型と聴きました。
投稿: yokochan | 2006年6月16日 (金) 22時19分
こんにちは。
メトの《ワルキューレ》、行きたかったです。
でも高いしということで、理性が働きました。
レヴューを読んで、やっぱり実演ならではの、いろいろなことが起こっているみたいですね。
それらを含めて、最終的に「満足できたか」が金額と比べてどうかということなんですけど。
たぶん、今回は金額以上の観劇だったのでしょう。音だけでも聴きたかったなあ。
投稿: miwaplan | 2006年6月16日 (金) 23時10分
こんばんは。コメントありがとうございます。金額で言うと4万円也!!それどもC席で巨大なNHKホールの3階のハジッコ。とんでもない金額であります。
ばかな私はそれでも、大満足です。オケピットが上から丸見えで、そっちのほうが楽しかったです。
オケの音がストレートに響く席だったので、声が聞きとりにくかったのかとも思いましたが、ポラスキの声は完璧に届いてました。オペラの舞台、それもワーグナーは長大なだけにいろいろ起こります。それもまた良しであります。
投稿: yokochan | 2006年6月17日 (土) 01時24分
東京はクラシック音楽ファンからみますと、『夢の楽園』ですが、入場料はプロ野球観戦に比して『0』が一つ多いですネ(笑)。
いつぞやのバレンボイム&スカラ座の『アイーダ』も、最高が6~7万円だったとか‥。
投稿: 覆面吾郎 | 2019年5月17日 (金) 09時25分