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2006年7月 2日 (日)

ワーグナー 「ローエングリン」 ラインスドルフ

Leinsdorf_lohengrin ロマンテック・オペラの3作目は、物語もロマンテックの真髄である「ローエングリン」である。ワイマールで、リストが指揮をして初演し、観るもの聴くものを陶然とさせてしまった夢物語。後にワーグナーの強力パトロンになるバイエルン国王「ルートヴィヒ2世」をも虜にした。このおかげでリング等の後期の名作が生まれたと言っても良くこの純情な国王の功績は大きい。 

一方、「ヒトラー」が初めて聴いたワーグナーも「ローエングリン」。
ヒトラーもワーグナーに没頭し、ドイツの勝利を宣言するローエングリンに自分を重ね合わせてしまった。バイロイトを私物化し、政治の道具としてしまった。ワーグナーのイメージの闇の部分はこうした部分だ。チャップリンが「独裁者」でボールで出来た地球をもてあそぶ場面で、「ローエングリン」の清らかな前奏曲を鳴らしたのもこうしたことから。チャップリンの平和にたいする考えかたと、風刺のユーモアはすごいものがある。

ついでに言うと、リストは自分の愛娘「コジマ」が夫ビューローを捨てて、ワーグナーの元に走ってしまうなんて、初演した時には思いもよらなかったであろう。離婚前の不倫の子が、ジークフリート・ワーグナーである。孫達がヴィーラントとウォルフガンクの兄弟。彼らの子や孫もまた天才肌の癖ある人々で、ワーグナーの濃い血脈は今に受け継がれている。

「ローエングリン」は聖杯守護の王「パルシファル」の息子であると、劇中、高らかに宣言するが、これら二つの作品もワーグナーはいろいろと関連付けている。
パルシファルが白鳥を射抜くと、ローエングリンの白鳥のモティーフが鳴らされる。
聖と邪、光と闇、こんな対極が表わされている。「ローエングリン」における「ローエングリンとエルザ」と「テルラムントとオルトルート」、「パルシファル」における「聖杯グループ」と「クリングゾル」である。ただし、クンドリーは両面を備える二面性を持つことが意味深い。

本日の演奏は、「エーリヒ・ラインスドルフとボストン響(65年)」によるもの。
ミュンシュの後を受けたラインスドルフは、人気の点ではさっぱりだが、SP時代からオペラを中心に膨大な録音を残してしる。ウィーン生まれながら、ウィーンとは縁が薄かった。
何でもこなす器用さが、逆にアダになったのだろうか、事実、モーツァルトの交響曲全集を作ったり、ベルカント・オペラにヴェルディ、プッチーニ、ワーグナー、R・シュトラウスとあらゆる広範なレパートリーを誇ったが出来・不出来の波も大きかったらしい。
 72年にバイロイトに久方ぶりに登場し、G・フリードリヒの物議をかもした「タンホイザー」を指揮したが、1年で降ろされてしまった。

この録音に聴くラインスドルフは、オペラを知り抜いた指揮者にシンフォニー・オーケストラやアメリカ系の歌手達が安心して付いていっていて、なかなかの統率力の豊かさを見せている。ボストン響の明るく、ヨーロッパ的な響きは素晴らしく、一昨日のシカゴの強靭さとは全く異なった趣きがここにある。

タイトルロールの「シャーンドル・コンヤ」はハンガリー生まれのスピントで、拙ブログのテノールシリーズでも「プッチーニ・アリア集」を取り上げた。この全曲盤の中では一番聴き応えがある。凛々しく背筋の伸びたキリリとした魅力ある声で、神々しいローエングリンにうってつけである。バイロイトでもこれは当たり役であった。
 エルザに「ルシーネ・アマーラ」はメトで活躍したアメリカのソプラノで録音も多い。おもにイタリア物が多いが、ここに聴くエルザはリリカルでややクールな表現がなかなかに良い。
オルトルートは意外と要の役どころだが、ここでは「リタ・ゴール」というメゾの大所を配しているが、威力は充分だがやや安定感に欠ける気がする。
「ドーリー」のテルラムント、「ハインズ」のハインリヒ、いずれもまずまず。

なんだかんだで、イマイチ指揮者と思っていたラインスドルフをオーケストラの魅力も相まって見直す「ローエングリン」であった。
ラインスドルフ、ケンペ、スワロフスキー、クーベリック、アバド、バレンボイムの6種のCDに、これまた多量のFM音源。バイロイトでのエド・デ・ワールト、ネルソン、シュナイダーあたりが素晴らしかった。ハンブルク歌劇場の来日公演でのネルソンの指揮も良かった。

この作品は主役を思い切りヒーロー扱いすると、非常に舞台栄えする。もちろん主役に人を得なくてはならないが、ルネ・コロやペーター・ホフマンだったら最高だろう。
バイロイト版G・フリードリヒ演出の映像(ホフマン)を観たことがあるが、1幕の登場の場面は光り輝くなかにシルエットで浮かび出すローエングリンが極めてカッコよかった。
かつての歴史上の人物が心惑わされたのもさにあらん。
日本の某首相もずるこくもバイロイト詣でをしていたが。

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コメント

ラインスドルフといえばヴンダーリヒとローレンガー、ベルリン・フィルによるシューベルトのミサD950がお気に入りです。

投稿: びーぐる | 2006年7月 4日 (火) 11時58分

びーぐるさん、こんばんは。
ラインスドルフはキャリアが長いだけにキラ星のような歌手達と共演してますね。そういう方面からも、この人を見直してみようと思います。
シューベルトのミサ曲の録音があるのは知りませんでした。ありがとうございます。

投稿: yokochan | 2006年7月 5日 (水) 00時27分

このディスク、持ってます。そして勿論聴きました。ケース-デザインはお示しのセットとは異なり、74321-50164-2と言う番号ですが、重苦しさやドロドロ感を過度に強調しない、ラインスドルフの統率ぶり、ご立派ですね。ドイツ系ベルギー人の名メゾ、リタ-ゴールのオルトルートが貴重な聴き物ですし

投稿: 覆面吾郎 | 2019年12月14日 (土) 16時16分

キーの操作ミスで、切れてしまいました。どうも。1967年の第5次?NHKイタリア-オペラ公演での、ヴェルディ『ドン-カルロ』本邦初演でタイトル-ロールを受け持って下さったハンガリーの名テナー、シャーンドル-コーンヤのローエングリーンも、世評にたがわぬ名唱を刻み込んで呉れております。『隠れ名盤』に認定です(笑)。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年12月14日 (土) 16時23分

コーンヤは、バイロイトでローエングリンとパルジファルで人気をはくしました。
イタリアオペラ団のドン・カルロ、エリザベッタは若きグィネス・ジョーンズでした。
NHKFMで再放送されたものを録画しましたが、VHSのため、もう見ることはできません。デル・モナコ以来のイタリアオペラの数々、リニューアルして永久保存で発売して欲しいものです。
ラインスドルフのオペラは、全部ボストンで録音してほしかったですね。

投稿: yokochan | 2019年12月17日 (火) 08時11分

アメリカでのオペラ録音はユニオンとの絡みがあり、経費が物凄く高騰するため、実現が厄介だと1979年頃のレコ芸付録『オーケストラWHOS,WHO』のメトロポリタン歌劇場管弦楽団の項に、書いてありましたね。Deccaがショルティ絡みで旺盛なアメリカ録音をしていた際も、オペラ物はロンドンやウィーンが大部分でした。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年12月17日 (火) 12時25分

またまたお邪魔します。プライザーから発売されていた、ロベルト・ヘーガーのローエングリンを是非、是非聴いてみてください。フェルカーの外題役、マリア・ミュラーのエルザ姫、クローゼのオルトルートと旧いスタイルかも知れませんが、満足していただけると思います。特に第2幕はミュラーとクローゼの白熱のやり取りにCDであることを忘れて手に汗を握ります。ハインリヒもテルラムントも軍令使も素晴らしい名唱で、フェルカーの神々しいローエングリンとともに永遠に残すべき記録です。ヘーガー盤が小生の1stチョイスです。モノの本には、フェルカーの声はフルトヴェングラー盤に比べて磨耗していると記されていますが、そんなことはありません。ヘーガーのタンホイザーと共に名演・名盤である事間違いなしです。

投稿: | 2020年1月16日 (木) 20時09分

ふたたびコメントありがとうございます。
前回ご紹介いただいたタンホイザーですが、残念ながらまだ聴けてません。
今回のローエングリンですが、ネットで検索したらyoutubeに全曲があがってました。
半分ぐらい聴いて、これはよいと思い、保存しました。
1942年とは思えぬ鮮明な音、そして昨今のスタイリッシュな歌唱スタイルとは大違いの気合と熱のこもった歌唱は、声をセーブするとか、明日のことを考えるとか、そういった小賢しいことをしない、一発勝負の心意気のようなものを感じます。
ことにフェルカーの声はすごいですね!
過去記事でフルトヴェングラーのローエングリンを書いているのですが、そのときにフェルカーを聴いて感心している自分を発見しました!
ご案内ありがとうございました。
タンホイザーもなんとか探して聴いてみようと思います。

投稿: yokochan | 2020年1月19日 (日) 14時09分

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