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2006年7月 1日 (土)

ワーグナー 「タンホイザー」 クリュイタンス

Cluytens_tannhausar ワーグナー中期のロマンティツク・オペラ第2作は「タンホイザー」。ドレスデンで反動活動を行い危険人物だった。そうした活動と並行して、ドレスデン宮廷劇場の指揮者もつとめ、成功を掴みつつあった時期の作品。
前作にも増して、「女性の自己犠牲」による「救済」がさらに物語として進化している。

中世のミンネゼンガー(騎士で歌うたい)という高潔な立場にあった「タンホイザー」が快楽の楽園「ヴェヌスブルク」に溺れてしまう。ヴェヌスブルク帰りの彼には、気取った宮廷歌手たちは生ぬるく感じる。そんなタンホイザーは社会に溶け込めない「アウトロー」なのである。ある意味前作オランダ人と同じキャラクターかもしれない。
 そのあたりを演出は強調することが多い。
1951年、戦後始まった「新バイロイト様式」での孫ヴィーラント・ワーグナーの演出は、「タンホイザー」の登場は54年からだが、おそらくそうしたコンセプトのもと、主人公の疎外感を強調したのではなかろうか。観てみたかったものである。

54年の新演出はカイルベルトとヨッフムが受け持った。この演出は賛否両論を呼び、55年で終わってしまう。次の登場は61年の改良版までなかった様子。
タンホイザーは合唱が活躍するので、ダイナミックな群集の動きを期待した聴衆からの理解が得られなかったのではなかろうか。ヴィーラントの目指したものは、動きや舞台装置を簡潔にし、照明も暗くして、音楽の持つ説得力に集中させようという能のような渋い世界だったからである。現代の自己主張の強い演劇性の高い演出の時代とはかけ離れたもの。

音楽面においても、ヴィーラントはクナッパーツブッシュの深遠なる巨大な音楽性を重視した一方、早めテンポで凝縮された表現も好み、カイルベルトやベーム、スウィトナーも重要な指揮者達だった。それにも増してラテン系の透明・明晰な響きを導入しようとした。ギリシァの舞台も意識したのだろうか。そこで、クリュイタンス、エレーデ、ブーレーズらの起用である。
55年に今回の「タンホイザー」で登場したクリュイタンスは、以降「ローエングリン」「マイスタージンガー」「パルシファル」をバイロイトで手掛けている。

オルフェオがバイエルン放送の音源を復刻しているバイロイトシリーズ。
遅々とした進行だが、最大限に期待しているのがクリュイタンスの演目のすべてである。
ドレスデン版を基調にした上演。冒頭の序曲からなかなかに個性的である。かなりゆったりと美しく旋律を歌いながら始まる。しかし、バッカナールの場面では、かなり強烈な響き聴かせる。全般にテンポを微妙に揺らしながら、強弱も付けながら、単調に陥らない素晴らしい表現力である。2幕の後半のタンホイザーの罪を請うエリーザベトの歌に始まる重唱などは、混濁せず、見通しよい一方、高潔な盛上りを見せている。
3幕前半の抒情的な場面では、しなやかさが印象的である。最終の場面では、テンポを絶妙に落とし、ジワジワと感動を盛り上げてくれる。こんなイイ感じの演奏が、50年前とは思えない明瞭な音質で聴かれる。もちろんモノーラルである。

全盛期のヴィントガッセンは、同年リングでも活躍しているから、そら恐ろしいタフネスぶりである。そして、その気迫に満ちた野太い声は実に説得力に満ち引き込まれる。
後年の彼のタンホイザーはくたびれ、敗れたオジサンとして妙な説得力あったが、ここでは若く、まだやり直しのきくタンホイザーになっている。
 さらにフィッシャー=ディースカウのウォルフラムが素晴らしい。声に花がある。一語一語に心がこもり、同情を歌で表現できている。
ブロウエンシュティンのエリーザベトは、やや発声に古めかしさあるかもしれないが、これまた役に没頭した迫真の歌唱。領主へルマンは、重鎮グラインドルで立派ながら、私には声のイメージがどうもハーゲンに聞こえてしまう。

タンホイザーのライブラリーは、クリュイタンス、ゲルデス、ショルティ、スウィトナー、ハイティンク、バレンボイムの6種、エアチェックやビデオ多数。最近では、バイロイトのティーレマンが出色の出来栄えだった。

そんなこんなで1955年のバイロイト・ライブが聴けてしまう2006年の今。
ややこしい法律や権利関係はあるものの、世界にはお宝音源がたくさんあるはず。
新録音の枯渇をこうした音源が埋めてくれる。
だがしかし、後世に残すべき正規録音が歪んだ商業主義の元でしか生まれないのが極めて遺憾である。

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コメント

しかし、まさにどっぷりのワグネリアンという感じです、ディープですねえ!(^^♪
ちなみに私は恥ずかしながらすべて1種類のCDだけです。

投稿: びーぐる | 2006年7月 2日 (日) 22時15分

こんばんは。お褒めいただき、おそれいります(笑)怒涛のように聴いてしまいました。この先どれだけ聴けるかと思うといてもたってもいられません。
もうしょうがないですね。

投稿: yokochan | 2006年7月 2日 (日) 23時55分

是非ともロベルトヘーガーのタンホイザーを聴いてください。気に入ってくれると思います。

投稿: | 2019年10月12日 (土) 15時26分

ロベルト・ヘーガー氏は、EMIへのドイツオペラ録音をいくつか聴きましたが、ご推奨のタンホイザーは未聴です。
そんな風におっしゃられると、もういてもたってもいられません(笑)!

投稿: yokochan | 2019年10月16日 (水) 08時33分

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