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2006年8月 1日 (火)

ワーグナー 「ジークフリート」 カラヤン

Karajan_siegfried 吉田秀和氏が書いた文章で、『「ニーベルングの指環」は巨大な交響曲である。「ライン」は序の楽章で、「ワルキューレ」は叙情的な緩徐楽章。「ジークフリート」はスケルツォ楽章、そして「たそがれ」は、それまでの楽章の総括である終楽章。ブルックナーの8番のようだと・・』
確かに言いえているが、交響曲を1曲聴くのと訳が違う忍耐と、体力を要する。バイロイトで真夏に3チクルス行われることを思うと、やはり欧米人のそら恐ろしさをも感じる。
さらに個別に見ると、「リング」第二夜の「ジークフリート」は地味である。
①舞台が森の中や山頂で、変化に乏しい、②登場人物が男ばかり、小鳥さんは例外に、ヒロインが目を覚ます3幕後半までは男物語、③二人同士の対話形式が多い、④過去の出来事をくどくどと思い起こさせるように説明する執拗さ。
こんな要素がこの作品を取っ付き悪くしている。
でも、4部作の中で唯一のハッピーエンドだし、自然の情景や純朴な憧れに満ちた明るく美しい作品でもある。

ワーグナーは「ジークフリートの死」から台本を書き始め、死を描く前の生い立ちの青春を書かなくてはならぬ、ということで、「ジークフリート」が書かれ、さらに遡ってラインの伝説までの4部作を書き上げた訳だが、「主人公ジークフリート」そのものを愛した。
後にコージマとの愛息に「ジークフリート」と名付けたほどだし、この作品の自然の伊吹を感じさせる旋律を扱って、「ジークフリート牧歌」を作曲した。
 2幕までを作曲したところで、「ヴェーゼンドンク」との許されぬ愛や「ショーペンハウエル」への傾倒から同時に芽生えていた「トリスタン」へと作曲の主軸を移すことになった。
ワーグナーはリストに向けて「僕はジークフリートを森のなかの菩提樹の下にのこして、心から涙を流しながら別れを告げた・・・」と書き記している。
 
そんなに好きだったジークフリート。悲劇の兄妹の息子、恐れを知らぬオバカさん、怪力だけど寂しがりやで動物や草木を愛する優しい子。
こんな子供が、乱暴ものとはいえ恐竜に化けていたファフナーを仕留め、いかに醜く、殺意をもっていたとしても育ての親のミーメをやすやすと殺害してしまう。
ナイスガイ・ジークフリートはこんな残酷な一面を持っている。
 
こんなジークフリートが、ブリュンヒルデを目覚ませることで、恐れを覚え、愛と死を知る。
最終幕において、ワーグナーの望む英雄ジークフリートが完成するわけだ。
2幕から3幕までの、作曲のブランクは実に12年。作者が望むジークフリート像の音楽における完成には、トリスタンやマイスタージンガーによる補完が必要でなかったのだろうか。こんなことを考えながら、3幕の充実した前奏曲やさすらい人とジークフリートの出会い、そして素晴らしいブリュンヒルデの目覚めと二重唱を聴いていると前2幕とのオーケストレーションの進化に驚く。

しかしながら、小鳥から山上に眠る女性を紹介されてまっしぐらに来たくせに、ブリュンヒルデを守る武具を解いて、「こ、これは男ではない!」というくだりは不自然であろう。
最初からそのつもりだったのに、何を言ってるんだろう。
それから、人情として、さすらい人とジークフリートの出会いは寂しい。「お爺さんですよ」の一言くらい欲しかった。世捨て人でかつ、神々と関係ないところでの活躍を望む身としては、名乗れないお立場であろうが。

そんなこんなで、本当は結構楽しめる「ジークフリート」なのである。

Maister_thomas_1 ジークフリート、ミーメ、さすらい人の男声3人に人が揃わないと、この作品は厳しい。その点、カラヤン盤は完璧といっていい。
CDが意外と少ない、「ジェス・トーマス」のジークフリートは最高だ。
アメリカの片田舎に生まれたトーマスは、それこそ独学から初めてもの凄い努力が結実し、ドイツに渡って、「ローエングリン」で伝説的なデビューを飾った。80年代前半には引退してしまったはずだが、それまでバイロイトやウィーン、メトで、ワーグナーの諸役を歌って大活躍した。一昨年?だったか、ひっそり亡くなっている。「ジェイムス・キング」や「ジーン・コックス」とともに、60~70年代のヘルデン・ロールを支えたアメリカ組みの一人なのだ。
端正で気品を失わない美しい声は実に魅力だ。画像はヴァルターであるが、舞台栄えもする名テナーだった。自己のレパートリー拡張に非常に慎重だったらしく、そのせいか録音が少ないが、EMIにワーグナーのソロLPが残されているはずである。
何と、「ホルスト・シュタインとベルリン・フィル」との共演。CD化を強烈に望む1枚。

「ゲルハルト・シュトルツェのミーメ」は憎めないミーメとして完璧だが、やや誇張された表情付けが時代めいて感じるのは、最近のスタイリッシュな歌唱に馴れてしまったせいか。
「トマス・ステュワートのさすらい人」も相変わらす美しい声でよい。

元気に目覚めるブリュンヒルデは、私の好きな「ヘルガ・デルネシュ」。細やかで女性的な歌唱は、カラヤン好みながら、ヴァルナイやニルソンに変わるドラマテック・ソプラノの出現を告げている。彼女は次作「たそがれ」や「イゾルデ」でさらなる大輪を咲かせることになる。

カラヤンとベルリン・フィルは相変わらず巧い。もうイヤになってしまうほどだ。
ちょっとしたフレーズにも味があり、色がある。それがすべてドラマに機能しているところが劇場の人「カラヤン」なのであろう。
ホルンはおそらく、名手「ザイフェルト」、唖然とする演奏だ。

残る「たそがれ」へ、わが試聴部屋のエアコンなし過酷環境が厳しく立ちはだかる。
逆境にもめげずワーグナーの毒を摂取しつづけるのであった。

尚、ジェス・トーマスやペーター・ホフマン、ルネ・コロらのヘルデン・テナーのいろいろない一面を詳細に調べ、語っておられる素晴らしいサイトがeuridiceさんのHPです。
http://www.geocities.jp/euridiceneedsahero/

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コメント

えっ!エアコン無しでリングを?
うーん、すごい、これはまさしく修養かもしれませんね?(^^♪

投稿: びーぐる | 2006年8月 2日 (水) 06時59分

おはようございます。そうなんです・・・。
このところ涼しいからいいのですが、汗だくになって聴く巨大作品は魔物のように立ちはだかり、私は修行僧のようにじっと立ち向かうのであります。

投稿: yokochan | 2006年8月 2日 (水) 09時47分

こんにちは♪  この度は拙ブログにコメントと TB をありがとうございました♪

素晴らしいエントリーをじっくりと読ませていただきました。  うん、音楽の Review のエントリーはこうじゃなくちゃいけませんよね~ ^^;  KiKi のはまるで物語の感想文だもんなぁ・・・・。  

それにしてもエアコンなしのリングですかぁ・・・・。  それは・・・・何て言ったらいいか・・・・お疲れ様です。  でも、あの世界観はエアコンの効いた快適なリビングでワインやブランデー片手にじゃ根本的に間違っているのかもしれません(笑)。  

「黄昏」を聴かれる日が過ごしやすい日であることをお祈りしていますね♪

投稿: KiKi | 2006年8月 2日 (水) 22時25分

kikiさん、ありがとうございます。
私の一人よがりの拙文なんざ、貴ブログのユーモアと感性に満ちた文章に比べると恥ずかしい思いです。
 
暑さに加え、家人の「うるさい」という非難もまた、大きな障害であります。そんな時は、泣く泣くヘッドホンです。ワーグナーをヘッドホンでというのも悲しいものですが、集中力が増します。
それでも、私はワーグナーを聴くのです。
「たそがれ」予定日はどうも真夏日のようです、トホホ・・・。

投稿: yokochan | 2006年8月 2日 (水) 23時39分

HPへのリンク、ありがとうございます。

URL覧は、あるアメリカ人女性ジャーナリストの著書の日本語訳です。中断していますが、ジェス・トーマスの項もあります。ホフマンの伝記にもありますが、トーマスは1993年に亡くなっています。

投稿: edc | 2006年8月 5日 (土) 21時05分

euridiceさん、コメントありがとうございます。
何度か、お邪魔して足跡を残そうと思っているのですが、コメントが記載されず仕舞でした。
 トーマスが亡くなってもうそんなに経つんですか。
記憶だけで立ち回っているものですから、間違いばかりであいすいません。ちゃんと調べなくてはいけませんね。
トーマスのCDは少なくて残念ですが、残されたものは素晴らしいものばかりですね。

投稿: yokochan | 2006年8月 5日 (土) 23時14分

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さて、もはや「リング熱」の罠にはまりつつある KiKi ですが、本日も引き続き「行けなくても我慢するもん!  勝手に1人バイロイト音楽祭#63903;」シリーズ第4弾を敢行したいと思います。  今日は「ジークフリート」です。 ′応英雄・・・・らしいんだけど、そこ..... [続きを読む]

受信: 2006年8月 2日 (水) 22時18分

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