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2006年8月16日 (水)

ヴェルディ 「レクィエム」 アバド指揮

Abbado_requiem 毎年、真夏は各種レクィエムを聴いている。とりわけ、ヴェルディのそれは熱い祈りが夏にこそふさわしくも感じられ、聴くこちらも熱い気持ちになる。
中学生のころだったか、テレビでこの曲をバーンスタインとロンドン響のライブで観たのが、盛夏の頃だった。
テレビで見るバーンスタインは、飛んだり跳ねたり、両手で指揮棒を握り締め、時には祈りに満ち、かつ激情に満ちた指揮ぶりだった。こんな映像と音楽が一体化して、夏の印象ともなっている。

レクィエムは数々あれど、優しさと怒り、そして何よりもオペラティックなまでに歌に満ちたレクィエムは、このヴェルディの作品を置いて他にない。
 ヴェルディ晩年の最充実期に書かれたこの作品の構想は、当初ロッシーニの追悼のために当時イタリアを代表する作曲家達が、各章を分担して作曲しひとつのレクィエムがなされる企画に遡る。この企画はイタリアらしく経済的な事情や不手際で流れてしまったが、数年後、ヴェルディは自分の担当の「リベラ・メ」を活用し、自国の詩人「マンゾーニ」の死を悼んで大作「レクィエム」を完成させた。

作品中何度か現れる「怒りの日=ディエス・イレ」の強烈な場面ばかりが、オーディオ的にも耳を引くが、本当はそうした激烈さはこの作品の一面にすぎない。
全体の半分近くを占める「怒りの日」も、いくつかの部分に分かれていて4人の独唱者たちが、次々と耳を奪うような心打つ歌を紡いでいく。テノールのアリアのような「インジェミスコ」、後半は怒りの日の再現になだれ込むバスのやわらかい歌唱の「コンフターティス」、ベルカントオペラのようなソプラノとメゾの二重唱「レコルダーレ」、圧巻は4重唱と合唱の「ラクリモーサ」、切実な悲しみと慰めに満ちた名曲だ。ここらが、全曲のクライマックスでもあろう。
 後半も超素晴らしい展開がなされる。光彩たる「サンクトゥス」、木管と弦のたゆたうようなトレモロに乗った、美しい「ルクス・エテルナ」、ソプラノを伴った劇的・切実な「リベラ・メ」

アバドは、若い時から、機会あるごとに、「ヴェルディのレクィエム」をとり上げて勝負してきた。録音も10年置きに、その時の手兵をもって残していて、70~80年代のスカラ座、80~90年代のウィーン、90~00年代のベルリン、といった具合である。
歌手陣もその時代のベストの布陣を集め、それぞれに素晴らしい記録となっている。
Abbado_verdi  さらに忘れられないのが、1981年のスカラ座との来日公演での演奏である。私は「シモン」しか観れなかったが、「レクィエム」はフレーニとトモワ・シントウと独唱を違えた2回の演奏がFM放送され、その音源は私のお宝にもなっている。

常にアバドの演奏に言えることは、このレクィエムの剛のイメージでなく、聴く者の心のひだに染み入るような優しさを感じさせることだ。
もちろん、怒りの日もダイナミックな響きを聴かせてくれるが、それに対比する弱音は、全演奏者が細心の集中力をもって響かせて極めて精緻である。そして素晴らしいのが、そこにも豊な歌心が溢れている点である。
さらに、スカラ座のオーケストラの輝かしさはどうであろう。加えて、合唱の力強さと完璧なまでの劇場的な表現力にもびっくりしてしまう。バイロイトのオケと合唱にも同じものを感じてしまう。オペラがもつ、音楽のひとつの表現手段から導かれた結実だと思う次第ある。
 独唱では、リッチャレッリの真摯な歌とギャウロフの豊で美しい歌が印象に残る。

劇性と祈りに満ちた「レクィエム」を聴いていると、世の絵空事が空しく感じられる。
声高に言い争ったり、拳を上げたりしている連中の耳に届けたい。

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コメント

こんにちは、yokochan さん。  今回は拙ブログへのコメントと TB をありがとうございました♪

>劇性と祈りに満ちた「レクィエム」を聴いていると、世の絵空事が空しく感じられる。  声高に言い争ったり、拳を上げたりしている連中の耳に届けたい。

本当にそうですよね~。  でも、人間って気分次第では声高に言い争ったり上げた拳を下ろすに下ろせなくなっちゃったりもするものなんですよね、哀しいことに・・・・ ^^;  自身への反省も含めて、音楽で心の洗濯を心がけていきたいなぁと改めて思いました。  

投稿: KiKi | 2006年9月24日 (日) 12時31分

<音楽で心の洗濯を心がけていきたいなぁと改めて思いました。>

ほんまにそう思いますわ。
音楽は人によっては、非日常の世界かもしれませんが、私ら愛好家にとっては、心の休息の場でありますね。 

投稿: yokochan | 2006年9月24日 (日) 18時22分

レクイエムはルネサンス頃のから沢山聞いていてすきな曲も結構ありますが(ヴィクトリア・ラッスス・デュリフレ)、ヴェルディのはほとんどきいたことがありません。オペラのヴェルディなんで敬遠してしまいます。一応、トスカニーニを2枚とこの偶然手に入れたアバードだけは持っています。

アバードは宇野功峰氏がボンクラ・小物とののしっていたため、ほとんど無視しています(宇野氏の評価は?だもんね。素晴らしい音楽家がよくののしられています。たとえばドホナーニ。でも一度悪い先入見を持つともうだめでね。)。レクイエム盤も怒りの日のはじめのところだけ聞いてそのままお蔵入り。(トスカニーニのもそうです)。

そうですか。そんな名曲の名演なのですか。一度全曲を聞いてみたいと思います。

投稿: gkrsnama | 2009年4月 5日 (日) 13時33分

gkrsnamaさま、コメントどうもありがとうございます。
グレゴリア聖歌の昔より、人の死を悼み永遠を祈るレクイエムは、西洋音楽の定番であります。
私は、オペラが好きなこともありますが、ヴェルディのそれが、たまらなく好きです。
怒りの日の劇性は、この曲の一面にすぎません。
美しい歌に充ち溢れた最高の音楽のひとつに思いますので、是非ゆっくりと、何度も味っていただきたいと思います。

Uさんの筆にかかると、いろんな演奏家が能なし呼ばわりされてしまいますね~。
私は全然気にせず、自分の思いだけで、アバドを37年も聴いてきました。
ハイティンクもプレヴィンもマリナーも、ずっと聴いてきた指揮者ですが、いずれもかつては売れない方々でした。

なんか、年寄りじみていてすいません。
コメントどうもありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。

投稿: yokochan | 2009年4月 6日 (月) 23時33分

DVDでベートーベンの交響曲全集を買ってきて今聞いています。開封してびっくりDGGの全集とは別物ライブだったんですね。もちろん絵もついています。これはいいですよ。繊細で力に満ちていて。アバードは不調とか言われたんですが、完全に復活ですね。

投稿: gkrsnama | 2009年10月 3日 (土) 14時30分

gkrsnamaさん、どうもこんにちは。
そちらのDVDは、アバドとベルリンフィルの総決算ともいえる名作ですよね!
推進力もあり、神々しいベートーヴェンです。
DGの全集とは別テイクで、その間にアバドは病に倒れたのです。
病を克服したアバドの強烈な意志と喜びを感じます。
このDVDの音源をCD化した全集も出てまして、そちらも購入してしまいました(笑)

投稿: yokochan | 2009年10月 3日 (土) 15時16分

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