チレア 「アドリアーナ・ルクヴルール」
プッチーニやマスカーニより少し後輩、南イタリア生まれのチレア。
マスカーニやレオンカヴァルロのような激情的な音楽でなく、また刺した、刺されたの血なまぐさいドラマもなく、優美で叙情的な旋律に満ち溢れたオペラを残した。
どちらかというと、プッチーニからマーラーのような壮大な管弦楽技法を抜き取ったような感じ。繊細で細やか、大音響は少なく、ヴェリスモ抒情派といえる。
このオペラは、実在の人物を扱っている。
「アドリアーナ」は17世紀末、パリのコメディー・フランセーズの一員として活躍した大女優。その彼女と、愛し合うのが、ザクセン(サクソニア)伯の身分を隠した「マウリツィオ」。この彼に横恋慕するのが、ブイヨン公爵夫人。この三角関係が、オペラの題材になっている。
たわいもない物語ではあるが、劇中劇があったり、バレエ音楽があったり、時代考証もしっかりしていて、よく出来たオペラなのだ。
アドリアーナを愛するマウリツィオは、ロシアやトルコの列強に挟まれ争いに巻き込まれた祖国のために、ブイヨン公に接触し政治活動を行っていた。その彼に惚れてしまった公爵夫人は、激しく言い寄る。あ~こわ~。
こんな言い寄られ最中に、アドリアーナがやってきて夫人は隠れる。さらに、旦那の公爵らが帰って来る。マウリツィオの相手が、別の女優と周囲が勘違いしているため、旦那らは「やりますなぁ」なんて言っている。ここでマウリツィオの正体は、アドリアーナにわかってしまうが、マウリツィオは祖国の運命を握る大事な人だから、隠れた人を後で逃がして欲しいと依頼。女二人きりとなって、お互いの相手が同じ男とわかり、激しい鞘当てが行われる。
こうしてマウリツィオが祖国へ帰ったあと、傷心のアドリアーナは寝床に伏せがちになる。意地悪な、公爵夫人は、「すみれの花」に毒を仕込んでマウリツィオの名前を語って送りつける。「すみれ」はかつてアドリアーナがマウリツィオに送った一輪の花だったのだ。
激しくショックを受けたアドリアーナは、枯れ果てた花びらに口づけして、美しすぎる悲しいアリアを歌う。
毒がはやくも回り、息も絶え絶えになったところにマウリツィオが駆けつけてきて、真相を語るが時遅し。苦しみながら、アドリアーナは死を迎え、マウリツィオが慟哭するなか静かに終わる。
こんなストーリーである。
今日の音源は、1976年にNHKが呼んだ「イタリア・オペラ」による上演の記録。エア・チェックのカセットから、CDを起したもの。
当時、高校生だった私は本格オペラが観れるとあって、いずれも日本初演だったこの「アドリアーナ」と「シモン・ボッカネグラ」を安い席で観劇した。
ドミンゴが一晩に二役をやる「カヴァレリア」と「パリアッチ」ばかりが注目されていて、チケット売場で「ドミンゴはいいんですか?」なんて言われた覚えがある。今見ても素晴らしいキャストによる上演は、なかなかに豪華な衣装と舞台装置も相まって忘れられない思い出になっている。
遠めに見ても、カバリエは横に大きく、若く華奢なカレーラスを質量で圧倒していたが、声は素晴らしく美しく、最後のすみれのアリアでのソット・ヴォーチェは、巨大なNHKホールが息を飲んで静まりかえったものだった。
対するカレーラスのひたむきで感情をじっくりと歌い上げた歌唱は素晴らしかった。
このあたりから、カレーラスはめきめきと名をあげて行き大テノールとなっていった。
そして、恋敵はコソットで、これはもう文句なしのはまり役。カバリエとのやり取りも火花がでるくらい。
幕切れが、「トラヴィアータ」や「ボエーム」のようなヒロインの死、お涙頂戴のメロドラマになっているが、このドラマに奥行きを与えているのが、バリトンの役である舞台監督の「ミショネ」である。彼は、陰でアドリアーナを愛しながら、ひたすらそれを押さえて彼女の舞台に尽くす。傷心の彼女を慰めるのも彼であった。最後の死にも立会い、涙を楚々と流すのだ。
舞台では、ドラーツィという名バリトンが涙をそそる名演技を見せた。
フランコ・マジーニの指揮もチレーアの素晴らしさを伝える名指揮で、N響の硬質な響きも逆によかった。
決して甘ったるい音楽ではない。美しい旋律に満ちながらも、ほろ苦いビター・チョコのような味わいの音楽である。
CDでは、テバルディ、デル・モナコ、シミオナートという凄い顔ぶれのものと、スコット、ドミンゴ、オヴラスツィオワのレヴァイン盤が手に入るが、マウリツィオだけは、カレーラスの少しひ弱な感じの方が数段よい。
最近聴くことが少なくなってしまったイタリア・オペラのなかでは、ヴェルディの中期以降の作品やプッチーニの諸作と並んで私の大好きな作品である。
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コメント
「アドリアーナ・ルクヴルール」はCD持ってないんですけど、気になっているオペラの一つです。こないだサントリーで間奏曲を聴いたんですけど、生で聴くと本当に綺麗ですね。
ちなみに、ドミンゴが出ていた道化師とカヴァレリアは私が小学生の頃初めてテレビで見たオペラです。
カレーラスとカバリエ・・・すっごくうらやましいです!
投稿: naoping | 2006年9月 4日 (月) 23時51分
ドミンゴが下唇をあんぐりさせて熱唱した「カヴァ・パリ」は私もテレビ視聴で、すごく印象に残ってますが、音だけだと、ちと分別臭いです。
アドリアーナはホント、いい曲ですので聴いてあげてください。
以来、男ながら、カレーラスの大ファンになりましたが、3大テノール結成で醒めちまいました(笑)
投稿: yokochan | 2006年9月 5日 (火) 23時35分
チレーア、いいですねぇ。スカラ座のLD(フレーニとコッソットのバトルだっ!)持ってますが、二人の偉大なディーヴァの凄い歌に参ります。DVDだと新しいスカラ座の上演で、タニエラ・デッシとオリガ・ボロディナというこれまた見事なタッグ。でも、マウリツィオがセルゲイ・ラーリンではなぁ(買おうか買うまいか思案中)。ちなみに、私もテレビ中継みてました。あのとき、オペラのソプラノ・ヒロインとは、横幅の巨大な人がなるものだと思い込んでしまいました。それにひきかえ、痩身のカレーラスが可哀相で可哀相で・・・。
でも、イタリア・オペラは「観る」限ります。9/16、新国の「ドン・カルロ」、どんな悲惨な結果になるか分かりませんが、上京してみる予定です。
投稿: IANIS | 2006年9月12日 (火) 19時13分
IANISさん、こんばんは。2人の女性歌手はそろっても、マウリツィオがいつもイマイチですよね。
やっぱり、カレーラスに尽きます。
「ドン・カルロ」ご覧になるんですね。
感想を是非お聞かせ下さい。
投稿: yokochan | 2006年9月15日 (金) 00時57分