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2007年2月17日 (土)

プッチーニ 「西部の娘」 メータ指揮

「オペラ・マンスリー」参加企画。というか、年中オペラですねん。

Puccin_lafanciulla_del_west

 











全部で10作(3部作をひとつとして)あるプッチーニ(1858~1924)のオペラのうち、7作目。
「喋々夫人」のあと、1910年頃の作品だから、充実しきっていた時期の作曲。
 解説本によれば、初演はメトで、トスカニーニの指揮、カルーソーの歌で行なわれたという。
なんとも凄い話ではないか。

しかし、このオペラは今では、さほど上演されず、人気もあまり高くない。
日本では、NHKのイタリア・オペラ団の上演とマゼール・スカラ座の上演があったはず。
私もかつて、1,2度聴いた程度で、どうもつかみどころのないオペラとのレッテルを早々と貼ってしまっていた。
まず、「聴かせどころのアリアが少ない。アリアが少ないかわりに短い歌がツギハギのようにじゃんじゃん登場するし、セリフも極めて多い。これでは、歌手が大変だ。」
そして、「開拓時代の西部劇ドラマが陳腐であること。複雑で一度さらっただけでは訳がわからん・・・・。」
 とまあ、こんなイメージを持ったワケ。

こんな苦手オペラが、4月の「新国」で上演される。
指揮も歌手も面白そうだから、安い席を手配した。
練習もかねて、メータ盤を購入し、じっくりと聴きこんだ。

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時は1850年頃のカリフォルニアの鉱山のとある町。
酒場の人気ものヒロイン「ミニー」は孤児だが勝気で鉄火肌の女。
彼女を愛する保安官「ジャック・ランス」はお定まりの敵役。
「ランス」の求婚をはね付ける「ミニー」は、「いずれいい男が現れるだろう。」
 そこへ、「ディック・ジョンソン」が現れ、「ミニー」は以前会ったこともあって惚れ込んでしまう。
同時に盗賊団が近くにやって来ているとの報に、街の衆は賊狩りに出かける。

「ミニー」と「ジョンソン」は引かれ合い、美しい二重唱を歌うが、「ジョンソン」こそ、盗賊の首領とわかり、皆の衆が押しかけ、一旦はかくまうが、「ジョンソン」は家を出ていく。
しかし、すぐに見つかり、銃で撃たれてしまう。逃げ帰る「ジョンソン」を守る「ミニー」は、「ランス」にカードで勝ったら結婚し、引き渡すと勝負を挑む。
「ミニー」は巧みに、イカサマゲームで勝利し、「ジョンソン」の自由を掴む。

しかし、人々に捕らえられてしまう「ジョンソン」は、処刑に処せられことになる。
覚悟を決めた「ジョンソン」は、「ミニーには自由の身になった・・と伝えてくれ」とこのオペラの唯一有名なアリアを激唱する。
恋敵を憎む「ランス」は処刑を急ぐが、「ミニー」が血相変えて飛び込んできて、切々と助命を乞う。街の人気ものに嘆願され、人々は「ランス」の反対もよそに「ジョンソン」を許し、二人は「さよなら、カリフォルニア」と歌い、街を去っていく・・・・・・・。

 

以上が慨略筋だが、何だかなぁ??という内容。
悪党のくせにいいのかよ。(一応、盗みはしたが、人は殺めてない、なんて言ってるけど)
保安官のランス君、いいんですか、ほんとに??
あきらかに、弱い台本・・・、に思うが、実演はどうなることやら。

音楽は、特にオーケストラ部分がよく出来ていると思う。思い切り不協和音を響かせたりするかと思うと、甘味な旋律が切々と鳴ったり、アメリカ風のリズムやフレーズがチョロチョロ顔を出したりして面白い。同時代のマーラーにも通じる、「何でもアリ」の音楽は、私にはとても魅力的だった。
歌の部分は確かに弱いが、演技が伴なえばこれも面白いのかも。
時おりウィスキーだとか、サンフランシスコだとかいうセリフが聞かれるのも何とも。

  プッチーニ 歌劇「西部の娘」

 ミニー :キャロル・ネブレット ジョンソン:プラシド・ドミンゴ
 ランス :シェリル・ミルンズ  ニック  :フランシス・エガートン
 アシュビー:ロバート・ロイド  ソノーラ :ジョナサン・サマーズ

    ズビン・メータ 指揮  コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
                コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団

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1977年にロンドンの上演と並行して録音されたこの盤。
メータが珍しくDGに登場し、この時代の音楽のスペシャリストとして、複雑で錯綜するオーケストレーションを見事に振り分けている。オーケストラの味のある音色もうれしい。
ドミンゴとミルンズの黄金コンビも、面目躍如たる素晴らしい声による名演技が味わえる。 
この二人はプッチーニが一番いいのでは、と思っているワタクシ。
ネブレットは、この頃活躍したアメリカ産の歌手だが、「アバド・シカゴのマーラー復活」でデビューした元気なソプラノは、このオペラを得意にしていた。実際、リリックな部分から、思い切りドスを効かせて啖呵を切る場面まで、なかなかに芸達者な歌いぶりで好感を持った。 
 この録音、「銃の音」や「カードを切る音」、「テーブルを叩く音」なんてのがリアルに収録されていてちょっとドキッとするが、面白い。

数回聴いたが、まだよくわからない。いい音楽なんだけれどもね。
4月の舞台がどうなるか。 

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コメント

 今晩は。
 マゼール指揮ミラノ・スカラ座のDVDで今日初めて「西部の娘」全曲を鑑賞しました。たった今見終えたところです。私はいっぺんでこのオペラが大好きになってしまいました。旋律の美しさといい、管弦楽法の華麗さといい、何処をとってもプッチーニの個性全開のオペラだからです。台本が弱いと言うご指摘は当っていると思うのですが、「妖精ヴィルリ」や「エドガール」の目茶目茶ぶりと比べたら比較的まともなほうなのではないでしょうか?第3幕でミニーがジョンソンの助命を請うところは目頭が熱くなりました。台本の弱さを補って余りあるプッチー二の音楽の勝利だと思います。演出も19世紀のアメリカ西部を忠実に再現していて好感が持てました。これでプッチーニのオペラはこの年齢になってやっと全部聴いたことになります。彼のオペラはヴェルディやロッシーニなどと比べると数はずっと少ないのですが、どれも傑作なのではないでしょうか?(台本の弱い作品も含めてです)。オペラ作曲家としては大変な高率打者なのではないかなと思ったりしました。このDVD、ドミンゴのカッコよさにも痺れました。
 妖精ヴィルリやエドガールや三部作のオーソドックスな演出の(ぶっとんだ演出は苦手なので)日本語字幕つきDVDが出たら嬉しいのですが、作品の人気の無さを考えると出ないかもしれませんね・・・

投稿: 越後のオックス | 2009年9月 8日 (火) 20時53分

越後のオックスさん、こんばんは。
このCD視聴のあとに、新国の実演に接し、作品理解とともに、愛着も湧きましたよ。
ホモキのユニークな演出でしたが、今思うとなかなか考えられたものでしたし。

>ミニーがジョンソンの助命を請うところは目頭が熱くなりました<
仰る通りです。あの場面は私もよく覚えてます。
オペラは聴いて、観て、楽しみも増すものですね。
映像では、メトでのスラトキン盤があるはずです。
どれもすべて、ドミンゴなところが何ですが・・・。

投稿: yokochan | 2009年9月10日 (木) 22時38分

愚生は、テバルディ&カプアーナのKING対訳抜きの廉価盤、ニルソン&マタチッチのEMI輸入盤で前者はLP後者はCDが手元に在ります為、yokochanお薦めのこのメータ盤、未だに購入に踏み切れておりません。ヒロインのミニー役の為のソロ-アリアが置かれて居ないのに、『おや?』と思ったものの、これもマンネリ化の阻止とアンサンブル重視と不協和音めいた響きのオーケストレーションが、新境地の開拓の試みか?等と拙い素人考えを巡らせております。PENTATONEレーベルからもCDリイッシューされたようでも御座いますし、何か気になる音源である‥との思いは捨てきれずに居ります。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年9月18日 (水) 19時13分

西部の娘は、残念ながら、このメータ盤しか持ってません。
往年のカプアーナ盤やマタチッチ盤は、実は未聴です。
コメントいただきますと、聴きたい意欲があふれてきますが、いまや、この作品はDVDばかりですね。
西部というシチュエーションが舞台映えするからでもありましょう。
新国で観た舞台も、アメリカの大きなスーパーを思わせるようなものもあり、とても面白かったです。

蝶々さんに続く、異国情緒の追求、そして、同じく、異国巡りのトゥーランドットへつながる、大胆な和声など、このオペラは革新的な側面もありますね。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2019年9月19日 (木) 08時45分

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