ドヴォルザーク 交響曲第5番 ヤンソンス指揮
またまた、静岡にてのワンショット。
こちらは、ご存知「清水湊」の埠頭から見渡す「富士」の絵。
清水市は、政令指定都市「静岡市」の清水区となってしまったけど、物流の拠点としても活気溢れる町である。
でも、昼下がりの港は静かで、地元民が釣り糸を垂れるゆったりとした時間が流れる波止場でもあった。
まだやっている、今月の「5・5・5」シリーズ。
だんだんとネタが不足するかと思いきや、徐々に人をも寄せぬ渋いところへ進んでいく。まだ有名どころは、残してあるし、交響曲以外もあるけど・・・。
ドヴォルザークは7番以降の3曲ばかりが有名で、強いて言えば、5・6番が後期3曲に次ぎ、1~4番などはなかなか演奏会にも乗らない。
この5番は、1875年の作曲で、ドヴォルザークは34歳。
しかし、出版されたのが1888年のことで、出版社が押しもおされぬ大家になっていたドヴォルザークに気を利かせて、作品番号を出版年の頃の作品76としまったため、いまだに7番(作品70)のあとの番号がついている。
さらに混乱することに、交響曲第3番とも呼ばれていた。ちなみに4番が今の8番(イギリス)、5番が今の9番(新世界)。さらに言うと1番が今の6番、2番が今の7番。
ここまで来ると訳がわからん。1~4番はどこへ行ってしまったんだ。
私の持つ音友社の昭和44年版名曲解説辞典では、堂々と新世界が5番となっている。
古いねぇ、あたしも。
前置きが長くなったが、この5番は一言でいうと、「牧歌的」。田園風というより、田舎風。
これまでは遠慮がちで、中途半端だったドヴォルザークの「ボヘミア」要素も思い切り全面に出されていて、みんながイメージする、メロディアスで親しみやすいドヴォルザークの顔が見える交響曲だ。「春」に聞けば、ボヘミアの野の息吹きが感じられる。
そう、とても気持ちが和む、ほんわか交響曲なのだ。
ヤンソンスはドヴォルザークを得意にしていて、それでも後期だけかと思っていたら、この5番をオスロ時代の89年に録音していた。数年前に廉価盤となり、1度聴いたきりだったが、今回聴いてみて、全編に溢れるその人懐こい表情と歌が若きヤンソンスにぴったりに思い、非常に気持ちがよかった。
あと1枚、スウィトナーによるものも朴訥とした田舎ドヴォルザークでお薦め。
| 固定リンク
コメント