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2007年3月10日 (土)

ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 新国立劇場

Hollader 新国立劇場、さまよえるオランダ人を観劇。
オランダ人はこのブログのタイトルの由来になった作品だし、記事一号もこの作品。

新国のニュープロダクションのオランダ人、見所は、ウォルフガンクの助手を長年勤めたシュテークマンの演出が昨今の面白演出の風潮に乗るか否か。それから、次期ウィーンのウォータン、ウーシタロ(牛太郎じゃありまへん)とバイロイトで活躍中のヴォトリヒやカンペがどう歌うか。
IANISさん、にこの舞台はいいとご報告をいただいていただけに期待もひとしおだった。

はたして、こうした期待をはるかに上回る素晴らしい舞台に、最後の音が鳴り終わっても拍手が出来ないほどの感動が込み上げた。

  ダーラント:松位 浩          ゼンタ:アニヤ・カンペ
  エリック  :エンドリック・ヴォトリヒ  マリー:竹本節子
  舵手   :高橋 淳          オランダ人:ユハ・ウーシタロ

     ミヒャエル・ボーダー指揮 東京交響楽団               
       演出:マティアス・フォン・シュテークマン


何がよかったか。
まず演出の素晴らしさ。気をてらわない、ト書きに忠実なもので、見ていて余計な想像をしなくてよい。群集の動かしかたや、パフォーマンスの豊かさが実によろしい。奇抜なところがないから、歌手も無理なく演じ、歌える。
序曲では、救済の動機による終了はせず、あれ?っと思ったが、劇が進むうちに、この演出はワーグナーが本来考えた救済をしっかりと打ち出そうとしているように思えてきた。
ゼンタは夢見心地または、病んだ女性ではなく、しっかりと自分の考えを持って不幸なオランダ人を一途に救おうとしている。オランダ人は、苦悩に沈む一人の男として群集の中に溶け込もうとも見られ、アウトローではない。
終末の場面では、ゼンタは船もろとも沈み、陸に残されたオランダ人は当初群集の中にいたものの、気が付くと群集も船も何もなくなった無の舞台に一人倒れ、救済の動機が鳴るなか、こと切れる。
ゼンタが残される救いのないヴァージョンよりも、そして同じ救済ヴァージョンでも、二人手をとりあって昇天する昔風のヴァージョンよりも、私には作品の本質を捉えたような演出に思われた。私って保守的なのか?
でも何度も書いてきたが、ワーグナーの音楽を乱さない演出ならいいんだ。
今回のものは、ウォルフガンク御大の意図も遠巻きに入っているかもしれない。
あとひとつ、オランダ人が腕に巻いていた赤い紐のようなもの、奉仕する愛の証しとしての赤い大きなスカーフ。ゼンタから受け取ったオランダ人は、思い敗れ、投げ捨てるが、いつのまにか乳母のマリーがしっかりと抱いていた。マリーも若い頃、同じ思いをしたのだろうか。

Holl_shinkoku2

指揮のボーダー、実にいい。昨今のオランダ人は1幕通しで快速演奏が多いが、ボーダーは、序曲から救済の動機を非常にゆったりと鳴らし、演出家と完全な合意があったのであろう、この作品の本質を見事に描いていた。水夫の合唱などでは、かなりアッチェランドをかけたりして迫力充分な場面もあった。この人、オペラの世界で今後も相当に活躍していく人だろう。

Hollnder1 肝心の歌手は、全員二重マル。
期待のウーシタロは、見た目がマッチョで、ブリン・ターフェルを思わせるが、声はターフェルのあくの強さとは無縁で、光沢ある渋いバスバリトンの声を聞かせてくれた。強弱をうまく使い分け、テクニック的にも万全で安心して観て聴いていられる歌手だ。いずれ、名ウォータンとして活躍するのではなかろうか。

カンペのゼンタも良かった。絶叫せず、女性的な温もりを感じさせるゼンタは好ましい。ジークリンデも聞いてみたい人だ。
お馴染みのヴォトリヒは、FMで聞くバイロイト放送のパルシファルやジークムントより聞きやすい。喉を締め付けるような独特の声は、生で聞くとあまり気にならない。
エリックの存在感が増したようにも感じる歌声。
Hollander2_1 松位のダーラントもびっくりの良さ。日本人にしてこんな深々とした美しいバス、しかもドイツ語の美しさを感じさせる歌手ってところが見事。男声・藤村版といったら誉めすぎか。

何だかやたら絶賛してるけれど、本当によかったオランダ人。
ワーグナーは数々観てきたけれど、かなり気に入ったプロダクションだ。
今日が最後の公演とあって、全員が乗っていたし、カーテンコールでは健闘した東響の面々もピット内で立ちあがり、舞台の歌手と指揮者に拍手のエール。舞台上でも合唱団も混じって、オケに拍手。こんな素晴らしい光景が展開され、聴衆も熱い拍手をいつまでも送った。

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コメント

よかったでしょー!
あっしも期待しなかったのでござんすが、休憩を挟んだ第2幕、第3幕と進むにしたがって3階席からショルティの耳の如く、尖がってきました。演出も上々、歌手も感心。こんな見事な上演が続くなら、世界オペラハウス10傑リストに名前が載るのも当然だよなぁーと、変に愛国心を胸にするもんでやんすからねぇ。
「オランダ人」は滅多に聴かないのですが(第1幕が眠すぎる!)、やっぱりいいもんだ。ボーダーの指揮は一先ず置くとしてー僕には荒っぽいなあー、普段ピットには入らない東響が陰の殊勲者と睨んでおります、疵はいろいろありましたが。
こうなると、6月の「バラの騎士」、「ファルスタッフ」のダブルヘッダー楽日が楽しみになってまいりました。
追伸。今日3月11日、トリフォニーに出没して高関=群響のマラ7、聴いてきます。

投稿: IANIS | 2007年3月11日 (日) 00時02分

IANISさん、おはようございます。
いやぁ~、よかった。新国であんなすばらしい公演ができるんなら、毎度通いたい、と思ったくらいです。
主役の二人が大いに気に入りました。彼らと同等の喉を聞かせた日本人達も立派なもんです。
そしておっしゃるように、東響がよかった。
ダブルヘッター公演のうち、ばら騎士は絶対行こうと思ってます。ファルスタッフも配役がなかなかにいいので、チャレンジしようかしらん。
追)群響のマーラーでの電撃出没、すごいですね。

投稿: yokochan | 2007年3月11日 (日) 09時33分

コンニチハ。日経新聞評ではけっこう褒められてた(会社の社長の夕刊を盗み読み)ので、どうかなあと思っていたのですが、大変な公演だったようですね。牛太郎さんも気になります。私は散財しまくりのためこれは行けませんが、今度のすみトリのローエングリンに期待しまーす。(涙)

投稿: naoping | 2007年3月11日 (日) 11時08分

naopingさん、こんにちは。
もう全公演終わってしまいましたが、今更ながらにお薦めでした。
ウッシー君は本物とお見受けしましたし、舞台も普通でよかった。
そして装置もなかなかに凝ってました。
口惜しい思いをさせてしまって、申し訳ありませんです。

ローエングリンも楽しみですな。イケメン指揮者に、例の代役パルシファルのアナセン、ディーナーとなかなかのものですもんね。

投稿: yokochan | 2007年3月11日 (日) 12時25分

こんにちは。いい舞台でしたね。2度行ってしまいました。1階と3階で。3階から見るほうが全体的に迫力がありました。

投稿: edc | 2007年3月16日 (金) 23時02分

euridiceさん、こんばんは。
2回行かれたお気持ち、私も千秋楽でなかったら、同じでした。
新国もやるじゃないか!という気持ちと、普通の舞台がいかに感動できるものか、いう気持ちでした。

投稿: yokochan | 2007年3月17日 (土) 01時11分

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新国立劇場、今回はワーグナー作曲「さまよえるオランダ人」です。劇場で鑑賞するのは初めて。録音を相当聴いてますから、どうしてもそれとの乖離を無意識に確認してしまうせいもあって、不満なところもありましたが、全体的に大満足、ぞくぞくするところも数カ所。特にフィナーレは鳥肌もの、身体に一瞬戦慄が走りました。いわゆる読み替えでもなんでもない、ごく素直な演出で、鑑賞側が自由に想像を膨らませればよいという感じです。舞台上の人物たちが視覚的に違和感がないのはほんとうにうれしかった^^;。素直にお芝居として楽しめま... [続きを読む]

受信: 2007年3月16日 (金) 22時59分

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