ワーグナー 「ワルキューレ」 ブーレーズ指揮
一昨日のブラームスがあまりに心に深く刻まれたものだから、昨日は仕事もあったけれど、帰宅後も音楽抜きの生活。
今朝は、少し嫌々ながら、週末リングを聴かなくては・・・、と思いつつ、ディスクをセット。
そしたら、何のことはない、一気に聴いてしまった。
「やめられない、止まらない・・・・」のえびせん状態。
「ワルキューレ」は、愛の劇である。恋人、兄妹(!)、夫婦、叔母甥、父娘。
ちょいとありえない世界ではあるが、そこは劇でのこと。
でも、父娘の別れには本当に泣かされる。 「この槍を恐れるものは、誰も炎を超えて近づくな!」 とジークフリートの動機を持ってウォータンが歌い、娘を気遣い、振り返りつつ立ち去るとき・・・・・、ワーグナーのなかでも最高の場面だと思う。
「ブーレーズ」盤のウォータンの「マッキンタイア」は、時には囁くように、時には他を圧するかのように強靭に、声を巧みに使い分け、ニュアンス豊かな役作りをしている。
最後の告別の場面は、そうした部分がよく現れていると思う。
加えて、ブーレーズの指揮が明るい音色で、混濁したところが一切ない。よく聴くと、普段は聞こえないようなフレーズまで微妙に聞こえる。劇場と録音の良さもあるであろう。
こんなに美しい「魔の炎の音楽」はないのではないかな。
1976年に始まった、「パトリス・シェロー&ピエール・ブーレーズ」のフレンチ・リングは、当初バイロイト始まって以来の騒動になり、音楽面でもブーレーズのもとでは演奏できないとしてオーケストラ・メンバーがかなり抜けたし、歌手もリッダーブッシュを始めとしてキャンセルする人が出た。
次年度以降、演出はかなり変えられ、指揮もさすがのブーレーズ、年々良くなっていった。
よく聞かれる話だが、指揮をするのが精一杯で、譜面に顔を突っ込んだまま。練習で楽員がいたずらにブルッフの協奏曲の一節を弾いても気が付かない・・・、なんてことが初年度はあったそうだ。
しかし、この録音がなされた最終年度の80年には、歌手も含めて、歴史に残る素晴らしいワーグナーが映像とともに残されることとなった。
ウォータン:ドナルド・マッキンタイア ブリュンヒルデ:グィネス・ジョーンズ
ジークムント:ペーター・ホフマン ジークリンデ:ジャニーヌ・アルトマイア
フリッカ :ハンナ・シュヴァルツ フンディンク :マッティ・サルミネン
Ⅰ(62分) Ⅱ(87分) Ⅲ(65分)
シェローの演出は今では当たり前だけれど、当時はともかくユニークだった。
フンディンクの家は成金的な邸宅だが、ちゃんと木が一本生えている。ご主人様は、お供をずらずらと連れてご帰還。その多くの人物がジークムントを終始胡散臭そうに見ている。
1幕の2重唱の場面は美しかった。邸宅の壁(窓)が開き月の光が差し込んだ。映画の1シーンである。
そして何といっても、「ペーター・ホフマン」のジークムント!
今回は音だけの試聴だが、そのピーンと張りつめた声に豊かな低域に裏付けされた中音域。一点の陰りもない強靭な歌声に今回もシビレますた。
キングは神の血筋を感じさせる悲劇的なジークムントだが、ホフマンは人間的な、お兄系ジークムントだ。(訳わかんないか・・・)
ちなみに、後年の「ポール・エルミング」も私は好きなジークムントだけれど、最近出てないと思ったら、バリトンに転向したのかしらん、クルヴェナールとかメロートを歌ってるみたい。
「アルトマイア」のジークリンデもそのひたむきさと、あたたかさに好印象。ヤノフスキ盤では、ブリュンヒルデに昇格しているが、ちょっと背伸びしすぎで、ジークリンデあたりがちょうどいい。
第2幕では、訳のわかんない球体がぶら下がっていて、今でもわからん。運命にもてあそばれる振子か?
悪趣味は、フンディンクがジークムントを刺す時、いやっていうほど、これでもかとばかりに何度も・・・。
CDで聞くジークムントはここでも魅力的。テノールを聴く楽しみはここに尽きる。
それから、マッキンタイアは独白の長丁場で、先にあげた細やか歌いぶりで聞かせるし、「Geh! Geh!」の場面では、ソットヴォーチェで憎々しげにつぶやく。
有名な話だが、ホッターはこの部分だけで、いくつもの歌い方をし、録音も繰返したという。
最近では、トムリンソンがユニークなGeh!を歌っていた。
3幕では、本物の馬が登場しているが、山の頂きにある古城の廃墟といった舞台は殺伐とした効果があった。76年の時は、写真で見たが、マッターホルンそのものが登場して失笑を買っていた。赤い本物の炎がちろちろと燃えて、スモークと赤い光に覆われて幕となる。
音楽だけ聴いている分には、興醒めな部分は気にならず、前渇の素晴らしい場面に感動することになる。
さて、世評が厳しい「ジョーンズ」のブリュンヒルデだが、私は好きだ。
確かに叫ぶように発声される高音域は、年々辛くなっていったが、この頃の彼女には、低域から中域にかけての音域の輝くように魅力的な声があった。ジークムントへの死の告知やウォータンへの必死の訴えの場面などは、聴き応え充分。
サルミネンの定評あるフンディンク、シュヴァルツのフリッカなど、申し分ありませぬ。
8人の戦乙女たちのなかに、シュナウトやシムル、K・レッペルなどの名前が見出せるのもバイロイトならでは。
さてめでたくCD3枚にうまく収められた「ワルキューレ」も聴き通した。
何と言ってもこの作品はよく書けている。「ローエングリン」のあと、「ラインの黄金」「ワルキューレ」と続いたのだから、その間の音楽面でに飛躍と、「トリスタン」と「マイスタージンガー」がこれから書かれるという驚き。
次回は渋い「ジークフリート」、主役を喰う「ミーメ」が聴けますぞ・・・・・。
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コメント
まず映像で、はまってしまいましたが、音だけでも同じ感動が得られます。全ての役に凸凹がなく安心して楽しめます。オーケストラも美しく繊細ですし。この公演に関する種々雑多な情報をずっと後になって目にしましたが、なるほどと納得させられました。ブログにはそんなのをいろいろ書いていますが、ひとつだけTBします。
投稿: edc | 2007年5月14日 (月) 18時41分
>第2幕では、訳のわかんない球体がぶら下がっていて、今でもわからん。運命にもてあそばれる振子か?
あれは<フーコーの振り子>だそうですね。
地球の自転を証明する実験に使ったらしいです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%8C%AF%E3%82%8A%E5%AD%90
フリッカにやり込められた後で振り子は停止してしまうので、ヴォータンの世界を支配する力(地球の自転)の衰亡を暗示してるんじゃないか、と思うんですがね。
投稿: Op | 2007年5月14日 (月) 20時24分
euridiceさん、こんばんは。
TBありがとうございました。76年のFM放送を聴いて、初めて耳にするホフマンの声に驚きました。キング一辺倒だったものですから。
ジークリンデはH・ボーデだったのですね。
77年のジークムントは誰でしたか?シュンクでしたか?
今回久しぶりに聴きなおしてみて、1幕の「冬の嵐は去り・・・」で身震いするくらいに感銘を受けました。
私、ここが大好きで、カラオケがあったら絶対歌います!
投稿: yokochan | 2007年5月15日 (火) 22時26分
Opさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
フーコーの振子、拝見しました。なるほど、と大いに合点がいきました。
ここだけにか登場しなかった振子でしたよね。
今思うと、つぎはぎだらけのアイデアに思えますが、当時、舞台に接した聴衆は驚いたでしょうね。
手元に当時の日記がないので、うる覚えですが、G・フリードリヒのトンネル・リングでも同じような球体が登場したような記憶が・・・・。
間違えでしたら、すいません。
ご教授ありがとうございました。
投稿: yokochan | 2007年5月15日 (火) 22時34分
>77年のジークムントは誰でしたか?シュンクでしたか?
1977年のFM放送はお聞きにならなかったのでしょうか。
ホフマンの交通事故は1977年6月11日で、バイロイトでの練習の始まる前日だったとか。大慌てで代役を探した結果がロベルト・シュンクで、当時29歳。NHK-FMで働いていた人の本にあります。
拙ブログで話題にしているオペラシェアで1977年のラジオ録音を好奇心で、入手しました^^;
投稿: edc | 2007年5月16日 (水) 10時28分
72年頃から、毎年バイロイト放送を聞いてまして、年毎の出演者も覚えていましたが、最近歳のせいか、朧げな記憶となりつつあります(笑)
シュンクは実演で聴きましたが、耳にビンビン響く圧倒的な声量にびっくりでした。いい歌手だったです。録音がほとんどないのが、残念です。
投稿: yokochan | 2007年5月16日 (水) 12時13分
今晩は。過去記事に書き込みばかりしている私ですが、最新記事もにゃんにゃんもツキイチ幻想もみな拝読させていただいています。
ここ1週間ほど寝不足になるほどのワーグナー漬けになっております。ワーグナーでなければ佐村河内さんの曲を聴いております。ワーグナーの全オペラを鑑賞しようと思い立ち(最初期3作以外の10大オペラ)、このところ寝ても覚めてもワーグナーワーグナーです。オランダ人とローエングリンはまだ鑑賞していません。ショルティかネルソン&バイロイトでこれから鑑賞しようと思っています。タンホイザーはサヴァリッシュ&バイロイト、ラインの黄金はベーム、ワルキューレはレヴァインのDVD、ジークフリートと神々の黄昏はハイティンク、マイスタージンガーはベームの1968年盤、パルシファルは私お気に入りのケント・ナガノのDVDで鑑賞しました。ベームの火を噴くようなリングもハイティンクの抒情的で優しいリングも好きです。
たった今ブーレーズのワルキューレをDVDで鑑賞し終えました。彼のリングはDVDで全部もっています。高かったけど一生ものだと思って奮発して買いました。レヴァインのとは全く演奏も演出も異なるワルキューレが観たくなったのです。ヴォータンとジークムントには存分に感情移入できます。しかしあれほど聡明な祖父や父の血を引いているのにジークフリートはあそこまでアホなのでしょうか?ミーメに何か毒でも飲まされたのでしょうか(笑)。友人でジークフリートに事を「脳みそ筋肉野郎」と言っている人物がおりますし、ブログ主様も彼のことを「すっとこジークフリート」とどこかでかいておられましたよね。どちらも当っていると思います(笑)。
投稿: 越後のオックス | 2012年11月20日 (火) 17時39分
連投失礼いたします。上の文章に若干文法的におかしいところがありますよね。ご無礼をお許し下さい。それとトリスタンはクライバー&ドレスデンのスタジオ録音盤で鑑賞したことを書き忘れておりました。
佐村河内交響曲は噛めば噛むほど味の出る料理のような音楽ですよね。
投稿: 越後のオックス | 2012年11月20日 (火) 18時51分
越後のオックスさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
ワーグナー全曲制覇とは、また頼もしいですね。
挙げられた演奏の数々は、それらの楽劇たちに最良の演奏ばかりですね。
なかでもベームのリングは、わたしにとって、無人島ものの宝物です。ワーグナーの中でも、一番数多く聴いた音盤です。
ブーレーズのリングも劣らず好きです。
シェローの描いたジークフリートはとりわけ、お子様風に扱われていますね。各人物たちを誇張して敢えて描いておりますから、ブリュンヒルデの聡明さだけが目立つ結果になってるように思います。
そして、あれですね、ユンクの風貌も天然ですから輪をかけてますね。初年度のコロやトーマスだったらまた違ったかもしれません。
しかし、こんな風に思いを巡らせていると、わたしもワーグナー全制覇をまたやりたくなってきます。
でも、それは来年のお楽しみにとっておくこととしましょう。
佐村河内音楽は、わたしも日々聴いております。
いつも違ったよさを発見したりもしてます。
脱帽です。
投稿: yokochan | 2012年11月21日 (水) 01時49分