R・シュトラウス 「ばらの騎士」 新国立劇場
新国立劇場の「ばらの騎士」を観劇。
6月20日(水)14:00、最終公演。
元帥夫人 :カミッラ・ニールント
オクタヴィアン:エレナ・ツゥトコワ
オックス男爵:ペーター・ローゼ
ゾフィー :オフィリア・サラ
ファーニナル:ゲオルク・ティッヒ
歌手 :水口 聡
ペーター・シュナイダー指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
演出:ジョナサン・ミラー
結論から真っ先に言っちゃうと、昨晩の「ファルスタッフ」と並んで、傑出した名舞台ではないかと確信する次第。
舞台に音楽に、釘付けの4時間だった。
ただでさえ大好きなシュトラウスの音楽。
最後の女声・三重唱の甘味でほろ苦い場面では、涙がチョチョぎれて、舞台の3人のトライアングルが滲んで見えた・・・・。
「ジョナサン・ミラー」は時代設定を原作の18世紀から、シュトラウスが作曲をした20世紀初頭に置換えた。
モーツァルトが生まれる少し前、そう、マリア・テレジアの治世の時代を、第1次大戦前の不穏な時代、音楽ではマーラーが亡くなり、世紀末文化爛熟の時代に置いた訳。
これには、まったくといっていいほど違和感がない。
実際は、18世紀は貴族社会の最後の輝きの頃、20世紀初頭は貴族の次の主役、市民社会が終焉に近く、国家の暴走が始まる時。
あきらかに明確な違いがあるにも係わらず、舞台を見る我々日本人には、そこらへんはあまり意識することなく絢爛たる富裕社会の人々の洒落たお遊びの物語を楽しむことができるわけ。
これが、日本が舞台だと、どエライ違い。江戸時代と明治・大正時代なのだから・・・・。
ジョナサン・ミラーの遠近と陰影を見事に駆使した舞台は、今日も美しかった。大きな窓からは、陽光が、時に朝日に、昼の眩さに、暮れなずむ色に、それぞれ姿を変えて舞台に映えている。
そして1・2幕は右側に、3幕は左側に、屋敷の通路を作り、ここを出入りする人物達を細かに見せてくれた。このリアルな効果が素晴らしく、舞台に奥行きをかもし出している。
こんな見事な舞台背景を得て、登場人物たちのきめ細やかな動きに感嘆した。昨晩のファルスタッフ以上に微細な指や手の動き、表情ひとつひとつに演出家の意図があるものと思い見入るばかり。
歌手達の演技力が昔に比べ格段に上がっているのも事実であろう。かつては名歌手たちの腹ワザ的な名演技に酔ったが、今は演出家の強い意志のもとにプロの歌手達が演技を行なっているものと感じられる。
とりわけ印象的だったのが、1幕後半。マルシャリンが時の経過を嘆き、いずれ来るその時におののく場面。
マルシャリンの最大の聴かせどころ。諦念とアンニュイな気分にかられる彼女。ニールントは丁寧かつ儚い美しさをもって見事に歌い、演じた。ここで、オジサンの私も男ながら、自分の姿を重ね合わせて、ホロリとしてしまった。
「変わってないと思っているのは自分だけ・・・」「夜中に、家中の時計を止めてまわりたくなる・・・」
さっきまで、朝の光が差し込んでいた窓には、雨の雫が流れている。
マルシャリンは、ドレッサーの上から煙草を取り、火を付け、煙草をくゆらせつつ、雨に煙る窓の外を眺めて、幕となった。この印象的な場面、すこぶるつきで洒落た場面で、深く心に刻まれた。
ある年代以上の方々には、たまらない思いであったのでは・・・・・・。
あと独自な解釈としては、エンディング。
少年が、落としたハンカチを拾って走り去るところは、テーブルの上のフルーツか何かを盗み食いして、持ち去るところになっていた。
元帥夫人に忠実な、モハメド少年の悪戯心か。
かわいかったぞ。
歌手たちは体型も含め、適役ばかり。オックス男爵のローゼは、ファルスタッフもかくやと思わせる役柄を伸びやかな低音でもって歌い抜いて、一番喝采を浴びていた。
3幕で、敗北を悟り、楽しく去る場面では、舞台の面々を率いて「いっしょにイキマショー」と日本語で言って立ち去り、みんな大笑い。
ゾフィーがビジュアル的に少しどうかなと思ったのは、モード風の衣装のせい?
でも声はよかった。
オクタヴィアンのロシア生まれのツィトコーワは小柄なかわいいオクタヴィアンで、堂々としたニールントより小さいのは愛嬌。でもなかなかの声量で、シュトラウスが一番意識した微妙な役柄をチャ-ミングに歌っていたと思う。
指揮は大御所「ペーター・シュナイダー」!!
バイロイトの重鎮は、かつてのH・シュタインのような劇場叩き上げの堅実型だが、かつてのソツのなさから、一歩踏み出して、舞台に即した豊かな音楽を聞かせるようになったと思う。このところ出たワーグナーの伴奏CDや、昨年のトリスタンなどで感じていたこと。
20年前のウィーン国立歌劇場の来日公演でも、シュナイダーのばらの騎士は観ているが、オケの美しさ以上の印象が残っていない。
今回は東京フィルを完璧にコントロールして、素晴らしいシュトラウス・サウンドを東京で描きだしてくれたと思う。
その指揮姿は、オケを時には押えながら、歌うべき場面では立ち上がって、思い切りよく歌わせ、そのうえ歌手達へのキュー出しもすいすいしている状況で、まさに熟練のプロの技と見えた。貴重なオペラ指揮者だ。
盛大なカーテンコールでは、最後を迎えた芸術監督「ノヴォラツキー」が姿を現し、一瞬心ないブーが聞かれたが、ブラボーの声がすぐに増して、我々観客は、その功績を大いに称えた。こんな素晴らしい舞台を目の当たりにして、感謝感謝の気持ちだったのだから。
ウィーンで買った「銀のばら」。
詳細はこちらで。
日本は、新国を皮切りに、ばら騎士戦争が行なわれる。
「チューリヒ」「ドレスデン」「びわこ」の3本が控えている。
ああ、どうしたらいいの?
「金と時間が・・・・・」、このオペラの中でもオックスが前者を、マルシャリンは後者を盛んに気にしてたなぁ・・・・。
最後に、隣席の男子(私と同じオヤジだけど)、オーデコロンがやたらに臭い!
つけ過ぎだよ。触れてないのに、こちとらのシャツに匂いが付いちまった。
ええ加減にせい!ほのかに匂ってこそいいのに、鼻がまがりそうじゃい。
人一倍、鼻が敏感な私だから、コンサートの「におい攻撃」には、お手上げだ。
頭が痛くなっちまったぜ。
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コメント
やっぱりいいなぁ、と感じた2つの舞台でしたね。
ミラーは趣味がええっ-!演出が音楽を犠牲にしていないんだもの。
「バラ」は、チューリッヒ、ドレスデンと続きますが、総合的な感銘は新国のほうが上なんじゃないかと予想してます。「いきまっしょい」、やっぱり言いましたか。ローゼ、まじめなんだなぁ。
でも、音楽の力で僕はこの二演目、「ファルスタッフ」の勝ちとみましたが。舞台も「ファルスタッフ」のほうが皆楽しんでいたみたいでしたしね。
でも、ステージの美しさは「バラ」のほうが上かな?新国の大事なレパートリーとして、何度も舞台にかけて欲しいです。
投稿: IANIS | 2007年6月21日 (木) 01時23分
こんにちは。ついに同じ日に見に行ってしまいましたね。ファルスタッフの方、トラックバックさせていただきました。私は19日ファルスタッフの方を先に買ってあって、評判を聞いてから、連日で20日の「ばら」を買おうとしたら、高い席しかないのであきらめました。ファルスタッフの方は6千円台の席まで残っていたのに。私も、仕事休んで行くつもりでした。両方ともミラー演出だったから、同時に開催していたのでしょうか。それでもファルスタッフは、よかったです。
投稿: にけ | 2007年6月21日 (木) 13時06分
yokochanさん
「ばらの騎士」もほんとにいい舞台でしたね。
>ブーが
なんでブーなんでしょうか。理解に苦しみます。
毎シーズン、たくさんの心に残る良い舞台を楽しませてくださったと
思っています。
ケルビーノのエレナ・ツィトコーワ、バルバリーナの中村恵理と出会った「フィガロの結婚」にはじまって、「エレクトラ」「マイスタージンガー」「こうもり」「フィデリオ」、すばらしいゼンダを見聞きできた「さまよえるオランダ人」、大村 博美さんが美しかった「蝶々夫人」に「ドン・カルロ」、そしてこれも舞台が美しかった「ルチア」、タミーノとパミーナが私のイメージ通りだった「魔笛」、二幕版への変更で大騒ぎだったけどなかなか楽しめた「ルル」、以前の続きだったのでしょうけど、グンターにほれぼれした「神々の黄昏」等々、退屈だったりまんねりだったりした公演はほとんどなかったんじゃないかしら。ノヴォ氏に対する悪口ははじめからずっとまるで通奏低音というところでしたが、ああいう立場は批判されてなんぼのものというか、まあそんなものでしょう。
長々と失礼しました。
投稿: edc | 2007年6月21日 (木) 21時32分
IANISさん、行ってしまいました。2本とも。
疲れたけれど、心地よい疲れです。東京だけなのがなんですが、こんな風にオペラを日々気軽に楽しめるってすばらしいことであります。
なかなか的確なご指摘に同意ですが、甲乙つけがたい2演目でした。
シュナイダーは実に良かったと思います。そしてオクタヴィアンのツィトコーワは私の心を掴んでしまいましたよ。
ミラーの演出は2つ続けて観ると、説得力あります。
ほんと、新国のレパートリーとして定着して欲しいですね。
投稿: yokochan | 2007年6月21日 (木) 22時13分
にけ さん、こんにちは。
おや、同じ日のファルスタッフでしたか。TBありがとうございました。
私は、当初「ばら騎士」ねらいで、プレオーダーで奮発してしまいましたので、ファルスタッフは、急遽決めたものですから、最上階席でした。
お会いしてたかもしれませんね。
以外や、「ばら」より音がいいんです。オケの音もリアルに聞こえました。
ファルスタッフは、二期会の小沢公演以来ですから、25年ぶりくらいでした。
投稿: yokochan | 2007年6月21日 (木) 22時41分
euridiceさん、こんにちは。こちらにもTBありがとうございました。
私の音楽のフェイバリットとしては、今はヴェルディよりはシュトラウスなものですから、隅から隅まで楽しみました。
いやぁ、たくさんご覧になってらっしゃるんですね。
私はオペラはドイツ物に偏りがあるため、伊仏の観劇がいまひとつなんです。でもミラーのファルスタッフで久々に、「やっぱ、ヴェルディっていいなぁ」との思いで一杯になりました。
ノヴォ氏へのブーは、一瞬アレっと思いましたし、腹も立ちましたが、すぐに掻き消えてしまいました。思い起こせば、素晴らしい舞台が多かった。
まだ若い人ですから、活躍の場を広げて欲しいですね。
そして、時期シーズンの新体制にも期待大です。
投稿: yokochan | 2007年6月21日 (木) 23時08分
yokochanさん、お久しぶりです。
「ばらの騎士」、美術といい、演出といい、歌手たちといい、本当に素晴らしい舞台でしたね!yokochanさんのblogでもベタ誉めでしたので嬉しくなりました。ヨーロッパでも、これだけの水準の「ばらの騎士」は滅多に見られないと思います。私にとって新国立はまだ新参者なのですが、これを機に病みつきになりそうです。
TBさせていただきました。
投稿: YASU47 | 2007年6月22日 (金) 22時48分
こんばんは。
素敵な舞台だったようですね。
記事を拝読させていただいて、自分も見てきたかのような気持ちになりました。
でも、行けばよかったなあ・・・。(笑)
「ばらの騎士」は9月のチューリッヒ、ニールントはドレスデンの「サロメ」に期待することにします。
投稿: romani | 2007年6月23日 (土) 00時39分
YASUさん、こちらこそお久しぶりです。
このプロダクションは、おっしゃるとおりヨーロッパ水準以かもしれませんね。演出家と指揮者に人を得て、歌手たちもこれから世界水準に飛び出していく人たちばかりの鮮度の良さ。
私も、新国に関してはまだまだですが、ドイツもの以外にも触手を伸ばしていこうと思ってます。
投稿: yokochan | 2007年6月23日 (土) 01時30分
romaniさん、こんにちは。
いやはや、今回名作を名演出で連日楽しみましたが、疲労以上に精神の充実度の方が勝ってました。本当にいい舞台でしたもので、あいすいません。
「チューリヒのばら」は、入手済みです。
ドレスデンは高額なので「タンホイザー」のみですが、「ばら」と「サロメ」もドレスデンゆえ無性に気になってしょうがありません。
オペラは、はまってしまうと、ハイコストですねぇ・・・・。
投稿: yokochan | 2007年6月23日 (土) 01時42分