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2007年9月

2007年9月29日 (土)

砂浜が消えた

Seisho1 9月始めに、関東を直撃した台風9号は、私の郷里を予想以上に破壊していた。
お彼岸に仕事も兼ねて、車で帰ろうと思ったら、どこもかしこも渋滞。
海沿いの道は、寸断されているから、迂回しまくっても、どこも渋滞。
おまけに無料期間開放の小田原厚木道路が事故で渋滞。いやはや千葉から6時間もかかっちまった。

Seisho2 西湘バイパス、二宮インターあたりの下り2車線が、そっくり崩壊してしまった。
おまけに、その下の袖ヶ浦海水浴場が砂浜ごと海に飲み込まれてしまった。

地引網や近海漁などもできなくなってしまい、大打撃。
ここは、バイパスが出来る前から、子供の頃からの遊び場だった。
白砂青松の美しい海岸だった。

Seisho3

自然相手とはいえ、残念極まりない。
大磯にかけても、波の威力で岩場が出現したりで、かなり様相が変わってしまったらしい。

西側の梅沢地区も砂浜が小さくなってしまったような。元気に綱引きを楽しむ地元民たち。

Seisho4 急に寒くなってなんだが、かき氷バーを。
ライチ風味でアロエ入り。
爽やかな風味がおいしい。
焼肉したあととかに、冬でもいけると思う。

今日は音楽を聴かない1日で、耳をリフレッシュ。

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尾高忠明指揮 「イギリスからの捧げもの」

Con070928cサントリーホールの午後のコンサート
金曜の昼12時から、約70分。
こんなコンサートにやってこれる方は、ご夫人方や仕事も勇退された自適の方、学生、そして仕事をサボった仕事人くらいなもの。
当然ワタシは、最後のくちで、言い訳もすべて用意して万全の体制で挑むつもりが・・・・。
やはり昼の1時間というものは、なかなかに自由にならないもの。
9月の月末というのも、通常月と違うし、朝からばたばたと飛び回りながら、直前に滑り込むのがやっと。
結局、あとも詰まっていて、昼食も抜きの1日になってしまった。

    

    ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」
   ディーリアス:楽園への道
   ビートルズ 「アンド・アイ・ラブ・ハー」、「ヘイ・ジュード」
   「ジェームズ・ボンドのテーマ」
   ブリテン:「ピーターグライムズ」 4つの海の間奏曲から「夜明け」、「あらし」
   エルガー:愛のあいさつ 
   エルガー:行進曲『威風堂々』第1番
   ロンドンデリーの歌・・・・アンコール

Odaka  有名曲の中にも、私の超好きな作品が。
ディーリアスブリテン狙い。

曲の合間に、尾高さんのお話がはいる。
イギリスのことを中心に、先輩の故岩城氏のことなど、ユーモアたっぷりにジョークもまじえながら。
指揮者は、お話の上手な人が多いが、尾高さんもその一人。
誠実でいて、丁寧かつセンスあふれる話は、その指揮する音楽と同じエッセンスに満ちている。

わたしには、やはりディーリアスがよかった。
これまで、何十種類も聴いてきたが、尾高さんの演奏は一番テンポがゆったりで、ほんとうに心を込めた美しい出来栄えだった。
新日フィルのスリムな響きもプラスに作用していたように思う。
尾高さんいわく、「いつもこの曲を指揮する時は涙が出てしまうんです。」
ワタクシも、この曲を聴く時は、涙でうるうるしてしまうんです。

ブリテンも抜粋が残念だったが、荒れる海の描写は見事なものだった。
ほかの定番名曲も、心から楽しむことが出来た。
ほぼ6割の入りの聴衆もおそらく同じ思いだったろう。
「イギリスは日本と同じ島国。イギリスに学んだことも沢山ある日本。どこか似ています。そして、まだまだいい音楽がたくさんありますので、皆様も是非イギリスの音楽を楽しんでください」・・・・と尾高さん。
うんうん、そうだそうだ、とワタクシ。

午後1時10過ぎにお開きになり、異常に暑かった外へ出て、携帯の電源を入れると、いきなり現実に引き戻される。
夜のコンサートなら、余韻はたっぷりと味わえるが、白昼コンサートでは、そうはいかない。
シクシク・・・・・。
はやく、自適で余裕のある人生をむかえたいなぁ。

そういえば、サントリーホールは、リニューアルして2回目。
前回はプレヴィンに酔いしれて気付かず、今回は尾高さんに教えられてなるほど。
見た目は何にもかわらないが、バリアフリー化のほか、内壁を張り替えたりしたらしく、確かに響きが良くなったような気が・・・・・。あてにならない、私の耳です。

明日は、京都でエルガー大会だ。超楽しみ。

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2007年9月28日 (金)

ユリア・ヴァラディ ワーグナー集

Cosmos3 初秋の定番コスモスも、最近はいろんな品種が出て、色も豊富に。
黄色や、チョコレート色や、ピンクも二色だったり、極めつけはブルーなんてのも・・・、何だかね~。

群生するコスモスを写すのもいいし、こうしてアップを激写するのも美しいもんだ。

Varady_2

今日もオルフェオレーベルのディーヴァを聴きましょう。しかもワーグナーでござるよ。ふふふっ。

ユリア・ヴァラディは、ルーマニアのトランシルヴァニア出身。ルーマニアは東欧の美しい国で、ラテンとトルコのエッセンスの交流する国。
だから彼女の美しさは、どことなくエキゾテック。
旦那のD・フッシャー・ディースカウもそんな彼女にぞっこんになった。ドイツにない、ミステリアスな魅力をその容姿と歌声に感じることができるからか?

1962年に自国でデビューして、1970年にドホナーニに認められて、フランクフルト、そう当時は西側で活躍をはじめた。
当初は、メゾのロールまでをカヴァーしながら、モーツァルト、オッフェンバック、ヴェルディ、プッチーニなどで活躍、70年代後半からワーグナー、シュトラウスに取り組んだ。
実際にわれわれが、彼女の活躍を耳にするようになったのは、その70年代後半からで、正確にはいつかは判らねど、F・ディースカウとの夫婦関係の始まりと共にだろうか?
ドラマテックなキツイ役柄から、リリックな役柄まで、深い洞察を背景にした考え抜かれた歌いぶりで、言葉に対する敏感さは、まさにFD譲り。
それが、機械的にならずに、あくまで女性的なぬくもりと優しさを維持しているところが彼女の素晴らしさといえようか。
どこかクールいながら、そのあたたかな歌唱は舞台で体験すると、小柄で華奢な彼女がとてもけなげに思えてしまい、男としては、ものすごく魅力的な女性に見えて・聴こえてしまうんだ。何いってるかわからなくなってきたが、ともかく女性的だということ。
彼女のジークリンデとゼンタを観たが、心をこめて歌うとき、両腕を前に組んで左右に振りながら演じ、歌うものだから、すごく情がこもって聴こえ、ずばりと聴き手の心を掴んだものだ。

ワーグナー  「ヴェーゼンドンクの詩による5つの歌」          
         「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
         「神々の黄昏」ジークフリートのラインの旅&ブリュンヒルデの自己犠牲

  ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団
                                       (1997年録音)

本業以外の人が大オーケストラを前にすると、表現意欲が空転してしまい、やたら柄の大きさだけが目立ってしまうものだが、ご亭主FDの指揮は、かなり慎重で、オケの音を噛みしめるように内面的な表現をすごく意識したもののように感じる。
要は上手なのである。恋女房の伴奏に徹しながらも、ワーグナーを新鮮に響かせようとする姿勢が嬉しい。高機能のオケの実力も手伝って、旧来のワーグナー演奏から脱した演奏に思う。EMIへ同時期、ザイフェルトとヴァラディの二重唱を録音しているが、そこでも、伴奏以上の演奏を聴かせている。

イゾルデとブリュンヒルデは、ヴァラディにとって背伸びした演目だが、彼女らしい考えぬかれた歌は、重苦しさとは無縁で、さらっとした優しい女性像を描きだしているようだ。

夫婦唱和の微笑ましい1枚に、乾杯(今日は、吟醸米焼酎中につき・・・・・)。

 

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2007年9月27日 (木)

アンナ・トモワ・シントウ アリア集

Toya_flower 晩夏の洞爺湖のほとりの公園にて。
ラヴェンダーの一種であろうか、潔いブルーがとてもきれいだった。
行く夏を惜しむかのように咲き乱れていた。

鮮やかな緑も、今頃はくすんで来て、急速に秋の気配に包まれてきていることだろう。

こちら関東も、暑さ寒さも・・・、といわんばかりに、涼しくなった。
冷房がなくても過ごせる私の部屋にとっても、一番いいシーズンがやってきた。(やれやれ・・・)

Tomowa_sintow 今日も、オルフェオレーベルからオペラアリアの1枚を。
ブルガリアの名花「アンナ・トモワ・シントウ」は1941年生まれだから、まだ66歳。
随分昔から活躍しているように感じるが、それというのも30台でカラヤンに見初められ大役をこなすようになったからであろう。
カラヤンのお気に入りは、ヤノヴィッツ→シントウ、デルネッシュ→ベーレンス、という具合に80年代は変遷していったように思う。

カラヤン傘下で歌うようになり、シントウはかなりの努力と勉強を重ね進化を遂げたのではなかろうか。
持ち前の声の美しさは、中域から高域にかけてうっとりとしてしまうほどで、まさにカラヤン好み。それがカラヤンのもとでのヤノヴィッツのように耽美的にならずに、芯のある頭脳的な歌唱がシントウの強み。(カラヤン以外の指揮者とのヤノヴィッツはもっと違った印象)
 加えて、ドイツ・イタリアの大方のロールを見事に歌ってしまう器用さも、シントウは持ち合わせている。
アバド・クライバーに率いられたスカラ座公演での、デスデモナやレクイエムは、まったく素晴らしかった。そして、マルシャリンにアリアドネ、カプリッチョなどのシュトラウスの諸役。

 モーツァルト 「コシ・ファン・トゥッテ」   ウェーバー 「魔弾の射手」
 ワーグナー  「タンホイザー」            R・シュトラウス 「ナクソスのアリアドネ」
 R・シュトラウス 「ダフネ」         プッチーニ 「マノン・レスコー」
 プッチーニ 「トゥーランドット」       チレア  「アドリアーナ・ルクヴルール」
 ジョルダーノ 「アンドレア・シェニエ」   ヴェルディ 「仮面舞踏会」
 ヴェルディ 「エルナーニ」

   ペーター・ゾンマー指揮 ミュンヘン放送管弦楽団 (1983年録音)

独伊たっぷり山盛りの選曲にため息が・・・・・。だって好きな曲ばっかり。
前半がドイツもの、後半がイタリアもの。
作曲年代順に並べ、イタリアものは一転時代を遡る。
モーツァルトに始まり、ヴェルディに終わる巧みな選曲に感心せざるを得ない。

選曲ばかりに感心してらんない。どの曲もシントウの歌は、生まれたばかりの新鮮さと正に適役と思わざるをえない抜群の歌唱力を示している。
テクニックが嫌味にならない清冽なモーツァルト、高音が極めて晴れやかなエリーザベト。
この有名なアリアに心から感動した。
そしてダフネの終幕部分は、オケの好演もあり泣けます。彼女のダフネ全曲が残されていないことが悔やまれる。
 プッチーニ、チレーア(この名アリアはまさに大女優の風格)、マッダレーナのアリアの劇的で感動を誘う歌唱にも脱帽。
そして端正なヴェルディはキリリと引き締まった歌声が正統派を思わせる。

ともかくシントウの素晴らしさが味わえる1枚。
一時代を築いた名ソプラノに乾杯(ただいま泡盛中につき・・・・・)。
             

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2007年9月26日 (水)

ブリギッテ・ファスベンダー アリア集

Higan 今年のような異常に暑い夏でも、お彼岸になるとちゃんと咲く「彼岸花」。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とも呼ぶこの花は、不気味に毒々しい雰囲気。
それもそのはず、有毒植物で、これを嫌う地中の動物が近づかないそうな。墓の周りに植えられたのも、ちゃんと云われがあるんだ。

畦道や、道端に群生している強い花。

              

                                               
Fassbaender_3 ブリギッテ・ファスベンダーは、C・ルートヴィヒのあとの世代のドイツのメゾの代名詞ともいうべき名花であろう。
1939年ベルリン生まれ、ここ数年は活躍の声が聞かれないが、7~80年代は各地で引っぱりだこの人気歌手の一人だった。
父親が有名なバリトン歌手であっただけに、恵まれた環境と素質に恵まれ、生まれるべくして生まれた根っからの劇場の人。
そして歌曲においても、味のある歌唱は印象深い。

しかし、ファスベンダーといえば、オクタヴィアン、ケルビーノ、オルロフスキー、ブランゲーネ、ヴァルトラウテ、作曲家、セストなどの諸役が極め付きのように思い浮かぶ。配役と直にイメージが結びつく意味でも稀有の歌手かもしれない。
ボーイッシュな外観もあったことから、舞台や映像で体験すると、彼女がその役の定番として、すり込まれてしまう。
一方、CDで歌声だけ聴いても、彼女の声は強くて耳に心にビンビンと届いてくる。
後輩のアンネ・ゾフィー・オッターが同じようなレパートリーだが、オッターはもっと淡白でアッサリ系。先輩クリスタ・ルートヴィヒは、広大なレパートリーに頭脳的なまでの適応力を持って取り組んだ、どちらかといえばドマラマティコ系。
その間の、ファスベンダーは先輩・後輩の中間。適度にドラマテックで、表現も適度に濃い。そしてその感情表現はなかなかのものと感じ入ってしまう。

選曲がシブイ。

 ヘンデル 「ジュリオ・チェザーレ」     グルック 「オルフェオとエウリディーチェ」
 モーツァルト「皇帝ティトゥスの慈悲」    ベルリーニ「カプレーティとモンテッキ」
 チャイコフスキー「オルレアンの少女」   ビゼー 「カルメン」(セギーディリャ)
 サン・サーンス 「サムソンとデリラ」    マスネ 「ウェルテル」
 ワーグナー 「神々の黄昏」

     ハンス・グラーフ指揮 シュトゥットガルト放送交響楽団(83年録音)

しかも、これらのオペラから有名アリアでない部分が選ばれている。
ティトゥス、サムソン、ウェルテルらがそうである。
「神々」からは、ブリュンヒルデに語りかけるヴァルトラウテの長大なモノローグである。
これら多彩な役柄に対する柔軟な歌唱は、聴いていて実に納得できるもので、彼女の聡明さが伺える。あまりに渋い選曲ながら、やはり私はワーグナーが一番聴き応えがあった。
加えて、グラーフの指揮がいい。この指揮者はもっと注目されていいと思う。
N響にも来たオーストリアの指揮者だが、ムラヴィンスキーにも学びロシアものも強いし、本国系ももちろん、ユニークな個性の持主なんだ。
ボルドーとヒューストンという米・仏2国のオケで活躍中の才人。

それにしても、このジャケット怖くねぇ~?

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2007年9月24日 (月)

ヘルツォーク エリカ 「ためいき」

Bara

今月初めの北海道、朝の散歩で、路傍に見つけた一輪のバラ
朝露にぬれた姿がとても美しく、清冽な印象。

朝はバラ色に輝き・・・」は、ワーグナーの「マイスタージンガー」のワルターが自らを勝利に導く歌だが、今朝は、こんな美しい花が似合うピアノを聴かせてくれる美女をご紹介。

Erica_herzog_2 Erika Herzogエリカ ヘルツォークさんがその人。
美人なのである。
でも聴いてみてビジュアル派だけでない、芯の通ったしっかりした音楽にとても感心してしまった。

私の知り合いから紹介されて、そのHPを拝見し、その経歴も含め気になる存在になった。
そして、そのHPからCDを注文し、こうして楽しむ運びとなった。
ちなみに、彼女本人が丁寧に送って下さいます。誠実かつ、活動的なお人柄が伺える素適な女性であります。

その経歴をCDから抜粋。
「外交官のドイツ人を父、音楽家・俳人の日本人を母として、日本に生まれピアノを学ぶ。
10歳で、父の転勤で渡欧。ルクセンブルク、ドイツ(ヴァイマール)、オーストリア(ザルツブルク)などで学び、2001年に帰国。」
ルクセンブルクの音楽院では最年少主席卒業だし、F・リスト音楽院でも主席卒業。
さらに彼女の音楽の幅を豊かにしていると思われるのは、ザルツブルクのモーツァルテウム音楽大学で、ハルトムート・ヘルと白井光子夫妻から、歌曲伴奏をみっちりと学んでいること。

こうした素晴らしい経歴を背景に、彼女のピアノは先に記したとおり、芯がしっかりと通っていて、ぶれがまったくない。
よくあるように、美しい音を作り出すことばかりに終止するというよりは、内声部に耳をよく傾けながら、そこにある豊かな歌を引きだそうとするかのような、内面的な掘下げに注力しているように感じる。

 バッハ 「主よ、人の望みの喜びよ」     ヘンデル 「調子のよい鍛冶屋」
 ベートーヴェン 「悲愴」第2楽章       シューマン 「トロイメライ」
 ブラームス 「間奏曲」と「ワルツ」       メンデルスゾーン「ヴェニスの舟歌」
 ショパン 「雨だれ」「ノクターン」        リスト   「ためいき」
 リャードフ 「舟歌」               ドビュッシー 「アラベスク」「月の光」
 ドビュッシー 「亜麻色の髪の乙女」     サティ  「ジムノペディ」

有名曲ばかりで、普段はこれらを真剣に聴く機会ってあまり持たない自分であるが、何度も繰返し聴いてしまった。真摯なピアノなのである。
オペラや声楽ものが好きな私にピタリとくる、歌心をもったピアノに感じるのである。
ヘンデルの曲を、こんなに大真面目に聴いたことはこれまでなかった。
なんだか、すごくいい曲なんだ。このCDを聴いているとそんな思いになってくる。
どれも「いい音楽だ!」と実感させてくれる。 
 とりわけ気にいったのが、リストにリャードフ、ドビュッシーかな。

彼女は、現存するドイツの作曲家「クルト・シュヴェーン」の音楽の演奏にも心を傾けているという。残念ながら、シュヴェーンはまだ未知の作曲家。
交響作品から器楽、オペラまでかなりの作品を書いているらしい。
是非にも聴いてみたいものだ。

それから、エリカさんは、ただいまレコーディング中で、来年国内メジャー・レーベルからの発売が決まっているらしい。 
きっと、ユニークな地位を確保し大成する、素適なピアニストに思う。
大いに応援したい。               

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2007年9月22日 (土)

クラヲタ生活ほぼ40周年記念

Tok_st 左右に高層ビルの建設が進む東京駅八重洲口を、丸ビルから望むの図。
大丸の左に、新大丸が入るビルが建設中。
このビルとビルの間を海からの風が、緑多い皇居に吹き抜けるようになるという。
それにより、かなりの冷却効果が期待されるんだそうな。

子供の頃、東京駅にその名も、「ミルクドーナツ」というドーナツが売っていた。
都内の親類の家に行った帰りには、このドーナツを
Beer_2買ってもらって、床が木だった頃の湘南電車でドーナツを抱えて喜々として帰宅したもんだ。
グラニュー糖が別に袋で入っていて、それをパラパラとかけて食べるドーナツは、当時なにものにも替え難いスゥイーツだった

あれから数十年。
こんな液体に心も体も奪われるような、イケナイ大人になってしまった・・・・。

そんな訳で東京駅を見ていたら、幼少の頃を思い出してしまった。
そして小学生の頃から、従兄弟の影響で聞き出したクラシック音楽。
そろそろアバウト40年になるんでないかい?
そこで、そのメモリアル・イヤー??に、ジャンル別、私の好きな曲ベスト3(5)をご紹介しちまおうって企画である。かたよった嗜好があからさまになる恥ずかしい企画でもある。
以下、ご笑覧あれ。

交響曲部門   ①エルガー    交響曲第1番
          ②ラフマニノフ  交響曲第2番
                     ③マーラー    交響曲第9番
          ④ブルックナー  交響曲第8番
          ⑤シューベルト  未完成交響曲

管弦楽曲部門  ①ディーリアス  「高い丘の歌」
          ②ドビュッシー  交響詩「海」
          ③ワーグナー  ジークフリート牧歌

協奏曲部門    ①モーツァルト  ピアノ協奏曲第27番
          ②ベルク      ヴァイオリン協奏曲
          ③フィンジ     クラリネット協奏曲
          ④コルンゴルド  ヴァイオリン協奏曲
          ⑤エルガー    ヴァイオリン協奏曲

室内楽部門   ①モーツァルト  弦楽五重奏曲第3番
           ②ブラームス   ヴァイオリンソナタ第1番
           ③ディーリアス  ヴァイオリンソナタ(全作)

器楽曲部門   ①バッハ     ゴールドベルク変奏曲
           ②ショパン    舟歌
           ③ドビュッシー  映像1・2
           ④バッハ     無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ

オペラ部門    ①ワーグナー    ニーベルンクの指環
           ②ワーグナー   トリスタンとイゾルデ
           ③R・シュトラウス ばらの騎士
           ④ヴェルディ    シモンボッカネグラ
           ⑤チレア      アドリアーナ・ルクヴルール

声楽部門     ①バッハ      マタイ受難曲
            ②ベートーヴェン ミサソレニムス
           ③ヴェルディ    レクイエム
           ④シューベルト  美しき水車屋の娘
           ⑤ディーリアス   田園詩曲
           ⑥ハウェルズ   楽園賛歌

おお、なんと悩ましいことか。どのジャンルも絞り込めず一昼夜かかってしまった。
交響曲・オペラ・声楽が難関。ワーグナー・シュトラウスは全部いれてもいいくらい。
トリスタンのかわりに、マイスタージンガーやパルシファルでもOK。
モーツァルトのオペラが・・・・・。

いやはや、なんと移り気なことか。
あと5年したら、またやってみよっと。(ブログ継続してれば、いや元気でいられたら??)
以上、プレヴィンとRPOラフマニノフの2番を聴きながらまとめてみました。
          

  

  

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2007年9月19日 (水)

プレヴィン指揮 NHK交響楽団 武満、コープランド、ラフマニノフ

Nhkso9_2 奇跡的なチケットゲットに眠れない前夜。というより、飲み過ぎ過ぎで寝不足。眠いなんていってらんない。「そんなの関係ナ~イ!」ってんだい。
プレヴィンのラフマニノフが聴けるんだから。

 武満 徹 「セレモンディアル」 An Autum Ode
         笙 :宮田まゆみ
 コープランド バレエ組曲「アパラチアの春」
 ラフマニノフ 交響曲第2番


宮田ますみ笙による武満徹の作品をライブで聴くのはこれが3度目。
プレヴィンとN響(マーラーの4番をやった!)、ジョナサン・ノットとバンベルク響である。
いずれもコンサートの冒頭におかれ、その繊細な響きに聴き手の集中力をのっけから高めてしまう効果があった。
今回は、それと同時に静謐な雰囲気の笙のソロを受けたオーケストラの柔らかであまりにも美しい音色に魅了されてしまった。

アパラチアの春は結構好きな曲で、新旧バーンスタインを聴いているが、プレヴィンは録音してないかもしれない?
開拓時代のよきアメリカの素朴な物語。映画「シェーン」のラストに出てくるような風景を思わせる懐かしい音楽。プレヴィンはN響から、心暖まる明朗でほのぼのとした音を難なく引きだしてしまう。最後のシェーカー教徒の印象的な賛美歌が各楽器に橋渡しされていって、全楽器のユニゾンで奏されるとき、その歌わせかたの素晴らしさに目頭が熱くなってしまった。

Ap_b1_15 休憩後、満場の聴衆が待ち望んだラフマニノフ
今日の奇跡のチケットは、プレヴィンを正面から見据えることができる夢のP席。
これまでNHKホールでの2回のコンサートは、遠めにプレヴィンの腰かけた後姿しか見えず、様子がわからなかった。
ところが、コープランドまでと全く違う指揮姿がそこにあった。
冒頭の低弦による重々しい出だしから、プレヴィンの目はしかと開き、譜面は広げながら、ほとんど、楽員を見つめながらの指揮。
まずは、顔の表情が実に豊かだ。プレヴィンのにこやかな顔は、実は昔からあまり写真では見かけない。でもラフマニノフでは、指揮をしながら笑みを浮かべたり、楽章の合間には楽員に微笑んだり。そして厳しい場面では、しかめっ面をしてみたり、2楽章でホルンがトチったときなど、レレレ?ってな顔をしていた。プレヴィンは、ほんとうに、この曲が好きで、心と体を開放してしまっているんだ。
腰掛けながらも、オケに押さえる指示や、奏者へのキュー出しなどもさかんに行なう。
そして何と言っても、左手で豊かにビブラートをかける仕草で、歌心を引き出そうとする指揮姿が常にあった。
ラフマニノフが望郷の思いを託した美しくも甘い旋律の数々、プレヴィンはオケに心から歌うように、歌うようにと指示を出しているに違いない。
もう最初から最後まで、私は心も体も音楽に引き込まれて、すべてを忘れて没頭した。
ラフマニノフの音楽が五臓六腑まで染み渡ったプレヴィンのもと、われわれ聴衆も心の底から哀愁と情熱に満ちた音楽の虜になってしまった。

圧巻はやはり3楽章。横川氏のクラリネットソロが素晴らしい導入となり、涙に濡れたかのようなメランコリックな旋律は、いやがうえにも盛り上がって行き、クライマックスを迎えるとき、プレヴィンは指揮棒を両手に持ち大きく振りかぶるようにした。
そして、私はこの日、数回目のうるうる状態である。
 
爆発的な終楽章は、もうドキドキしっぱなし。
燃え立つような第1主題。憧れに満ちた第2主題はゆったりとノーブルに歌いまくる。このふたつが、交錯しながら、最後のコーダを迎えた。このまま終わって欲しくない。ずっと浸っていたい、という望みを持ちながら、音楽は感動の頂点へ上り詰めていく。
N響も全員が体を大きく揺らしながら、プレヴィンの棒に応えている。
高らかなエンディングは、私の心を高みに押し上げていき、感動のあまりオロオロするばかり。涙ぐんだのはいうまでもなく、気が付くとブラボーしていた・・・・・。

聴衆と楽員の拍手に応えるプレヴィン。
自らも拍手をしながら、会心の笑みを浮かべていたのがとても印象的。

大指揮者というタイプではないけれど、常に私の心に響く等身大の音楽を描いてくれる。
いつまでも元気に活躍して欲しい。
次もその次も来日して、私の好きな曲をどんどん演奏して欲しい。

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2007年9月17日 (月)

R・シュトラウス 家庭交響曲 プレヴィン指揮

Hutami_meoto 以前、寄り道した伊勢、二見浦の夫婦岩
この間からのご来光は、いかにも神々しい雰囲気を想像させるが、こうした世界は、わたしには何とも・・・・。
周辺になぜか、蛙の置物がそこここに、あって妙な雰囲気。
三重も松阪以南になると、なかなかゆったりとしていて、雰囲気もよろしい。

男岩の方が異常に大きく、夫婦仲良くとは行くのかしら・・・・。

Previn_domestica 今日のプレヴィンは、ヨハンでなく、リヒャルトの方のシュトラウス
お得意の分野で、テラークとのシリーズを引継いだ、DGによる録音の「家庭交響曲」。

まず、95年のムジークフェライン録音がまったく素晴らしい。
ホールの豊かな響きをリアルに捉えつつ、各楽器が目の前に展開するリアリティに耳を奪われる。

こんないい音で聴くシュトラウスは、ほんとに快感を呼ぶ。

家庭交響曲は、シュトラウス円熟の作品に思われがちだが、作者39歳の作品。
オーケストラ作品は、ほとんど書き尽くし、以降はオペラの世界に没頭していく。
15作あるオペラの、サロメの前作にあたるから、ちょっとびっくり。
サロメもエレクトラも、まだ書かれていない。
私はあざといシュトラウスの交響作品の中にあって、この家庭交響曲がかなり好きだ。
後年のオペラの先駆け的な響きに満ちているから。

描写的な音楽を描く、技巧的な作曲能力はもう完璧といってもいい。
子供の騒ぐ様子や、子供が伯父・伯母をみて両親にそっくりという場面まで、音楽として表現されてしまう。夫婦の愛の語らいや、いさかい・・・・、最後には、家族楽しく、にぎやかな結末を迎える。
そう、これは「影のない女」を思い起こさずにはいられない。
音楽の近似性もあるし、共通の旋律も見出すことができる。

プレヴィンとウィーンフィルは、やわらかな響きと、切れ味の良さとともに、抜群の語り口でもって、シュトラウス一家の家庭の様子を垣間見させてくれる。
何も人の家庭を覗く趣味はないが、この素晴らしい音楽による覗き見だけは、やめられない。(ああ、こんなこと書くと悪質なTBが・・・・)

この作品は一番人気がないかもしれないが、プレヴィンはメータ旧盤、マゼール旧盤、ケンペとともに、私の大好きな1枚。サヴァリッシュ、カラヤンもいずれ、じっくり聴いてみたい。

シュトラウスのオペラ好きの方に、この「シンフォニア・ドメスティカ」、是非お薦め。

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2007年9月16日 (日)

J・シュトラウス 「こうもり」 プレヴィン指揮

3 先週、北海道出張のおり、最終日が伊達での仕事だったので、洞爺湖畔の温泉ホテルに一泊した。ところが、台風の影響でもう一泊。難民になりかけたが、洞爺湖に舞い戻り、救われた。
せっかくの洞爺湖、はるか山上を見上げると、「洞爺ウィンザーホテル」がそびえる。
朝、お茶ぐらいのんでやれと、雨の中、山上に向かった。
すると、予想通り、途中検問が!
恐る恐る「お茶・・・」の一言で開放。
こうして見ると、山の下は湖だから、まさに城。サミット開催の栄冠も頷ける。

4 5ロビーでの出迎えから、ティールームでの給仕・・・、最上級の物腰で、ともかくさすがと思わせる。
ハープ演奏が始まり、プッチーニやヴェルディのアリアの数々が流れ出した。

お茶は1000円だったから、もしろリーズナブル。でも宿泊は、楽天サイトでも一泊68000円也。時間と金のある人が、すべてを忘れて寛ぐ場所なんだろな・・・。
お茶一杯で、充分にモトを取っちゃった気分。でも安部さんは、ここで主役を務められない。

Previn_fledermaus_3 なにげにプレヴィン特集
でも、やはり声が聴きたい。
プレヴィンは、劇場にはあまり縁のない指揮者だから、自作以外は劇場経験がないのでは?
オペラを振らない指揮者は、何かが足りない・・・なんて、かつては言われたものだが、今ではそんなことは気にする必要がない。むしろ、劇場経験のない人のほうが、劇場のややこしい運営や、しがらみを知らないだけ、大胆・新鮮な演奏を披露することもある。
でも、最低限、そこに歌手がいて、舞台があって、観客を背にして、という劇場の間を読める感覚がないと皆からソッポを向かれてしまうことになる。
バイロイトでうまくいかなかった大植氏の作り出す音楽は面白かったが、一人いい気持ちで突っ走りすぎた。

ここに聴くプレヴィンのオペラはいかに。

 アイゼンシュタイン:ヴォルフガンク・ブレンデル ロザリンデ:キリ・テ・カナワ
 フランク  :トム・クラウセ       オルロフスキー:ブリギッテ・ファスベンダー
 アルフレート:リチャード・リーチ        ファルケ:アラフ・ベーア
 アデーレ  :エディタ・グルベローヴァ    フロッシュ:オットー・シェンク

   アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                   ウィーン国立歌劇場合唱団
                  (台本演出:アウグスト・エヴァーディンク

まずは、このなかなかのキャスト。しかし、真面目な歌手が勢ぞろいの感もあり。
その予想は半ば的中し、半ばは外れ。
その的中部分は、主役の夫婦二人。いい声だけど、律儀な歌いぶりから、もう少しはみ出すものが欲しいところかな。キリは美声だけど、声にやや疲れがあるのと、言葉が不明瞭でピシリと決まらない。でも、ブレンデルもキリも善良で、どこか気になる歌声。

そうでない、お笑い(?)のベテランたちは、クラウセにファスベンダー、グルベローヴァたち。なかでも、ファスベンダーの中性的な魅力のオルロフスキーは、当たり役だけに言うことなし。クラーバーのDVDでも、その異国的な怪しいまでのオルロフスキーは魅力的だが、こうして音だけで聴いても、そのお姿が彷彿とされ、実に楽しい。
クラウセと、これまた痛快で、こうもりを知り尽くしたO・シェンクのとぼけたやり取りも最高。
グルベローヴァのメカニカルな歌いぶりも、逆に愉快だし、快感を呼ぶ。
ついでに、R・リーチはばかでかい美声でもって、カヴァラドッシやアルフレート(椿姫)、マントヴァ候らの歌をちょこちょこかましていて、うるさいくらいで面白い。

こんな素適な歌手陣を迎え、プレヴィンはどう「こうもり」を指揮しているか。
どちらかといえば、至極真面目にこのオペレッタに取り組んでいる。
その真面目さは、真摯な音楽への取り組みという意味からいえば、まったくもって正しい。
シュトラウスの書いた音楽は、実によく書けていて、ここに後期ロマン派の息吹きを聴くこともできる。普段は愉快なドラマや歌の陰にかくれている、そんな音楽のよさを実によくわからせてくれるのが、プレヴィンだ。
クライバーが聴かせる、生まれたばかりのイキイキとした弾むような音は、ここに聴くことは当然できないけれど、すべてを熟知した、ウィーンフィルにも助けられて、しなやかで優美なシュトラウスがここにあると思う。

このコンビは、その後、リヒャルトの「カプリッチョ」と「ダフネ」を録音すると伝えられたが、中止になってしまったようだ。残念だなぁ。

 

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2007年9月14日 (金)

プレヴィン指揮 NHK交響楽団 ラヴェル

Nhkso プレヴィンとN響オール・ラヴェルプロを聴く。
実に洒落たラヴェル三昧の一夜。

 組曲「マ・メール・ロワ」
 ピアノ協奏曲
      ピアノ:ジャン・イヴ・ティボーデ
 バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲

マザーグースのお伽話の世界、ジャジーな都会の音楽ギリシャ神話の地中海的な世界、という具合に、一口にラヴェルといってもバラエティー溢れる玉手箱のような多様性に富んだ曲の配列。まったく、ラヴェルという作曲家はこ憎らしいほどに天才的だ。
その世界を、いまや名コンビともなったプレヴィンとN響が鮮やかに描きわけてみせた。

ホールに余裕なく駆け付けると1曲目が乗り切れないことが多いが、今回はバタバタ到着にも限らず、夢想的なマ・メール・ロワの音楽に難無く入り込むこてができた。プレヴィンの柔和な微笑みが隅々までゆきわたった桂演。
「美女と野獣の対話」でハープがグリッサンドで魔法の解けた様子を奏で、ソロヴァイオリンがそれに応えたとき、あまりの美しさに鳥肌が立ってしまった。
「妖精の園」の最後、じわじわ盛り上がっていくとき、こちらも幸せな心地が高まって、音楽が鳴り終わったとき、心が解放されたような思いを味わった。

ピアノ協奏曲は、スラリと長身のカッコ良すぎのティボーデ君の登場で、洗練された都会的なムードに一新された。(それにしても足ながぁ~、服もオッシャレ~)好々爺のプレヴィンが小さく見え、孫とおじいちゃんみたい。
その姿の通り、スタイリッシュで粋なピアノを奏でるティボーデ。難しいヶ所もスイスイすらすらと弾きまくり、スピード感溢れる終楽章などは引き込まれるような興奮を覚えた。
それ以上によかったのは、甘くも抒情に満ちた第2楽章。冒頭の長いソロの豊かな歌。
どこまでがラヴェルの書いた曲か、それともティボーデが即興的に弾いているのか、わからないくらいに自発性に満ちた小粋なピアノ。
そしてプレヴィンの指揮のもと、N響の管が素晴らしく輝いていた。ダフニスでも素適だったが、オーボエダモーレの女性(池田嬢)。喝采を浴びていた。

Ap_b1_36 休憩後の大曲「ダフニスとクロエ」全曲は、合唱を入れない、オーケストラだけの演奏だった。
最初は、ちょっと残念に思ったが、曲が進むうちにそんなことは気にならなくなったし、中間部の戦いの前の神秘的な合唱によるアカペラの部分は、菅楽器によって奏されていて、違和感は全然感じることはなかった。
プレヴィンの棒はあわてずさわがず、ゆったりめのテンポでじっくりと進められる。
冒頭から、シルキーな弦にマイルドな木管、輝かしさを押さえた金管、そんなプレヴィンのかもし出すムードに包まれ、あっというまに50分間が過ぎてしまった。
華やかさとは縁遠い、むしろ渋さをも感じるラヴェル。
デュトワが指揮すると、もっとキラキラしたり、艶やかさ、クールさが出るが、プレヴィンのもとでは、以外に低音が豊かに感じ、その上に暖色系の柔らかなサウンドが乗っかっているように聴こえる。色に例えると、デュトワはブルーやグリーン、プレヴィンはオレンジやブラウン。どちらも、ラヴェルの芳香が立ちのぼってくる演奏だと思う。
 「夜明け」以降の第二組曲に入ると、聴衆もオケもプレヴィンの棒に釘付け。
輝かしい夜明けの、晴朗で健康的な気品。ワタシはシビレました。
「全員の踊り」は、着実な盛上げで、聴いててドキドキしてしまう。
そして、ついに歓喜の爆発で興奮の坩堝は頂点で、開放された。
最後の一音、印象的な決めかたで、文字通り、見事に決まった!
曲が終わると、ブラボーの嵐、プレヴィンはオケを称え満足そうに拍手していた。いい光景だった。このコンビを毎年聴きたいものだ。

来週は、ラフマニノフ!奇跡のチケット・ゲットに顔は緩みっぱなしのオイラです。

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2007年9月12日 (水)

オフッフェンバック 「パリの喜び」 プレヴィン指揮

1 いつの頃からだろうか、札幌スウィーツが定番化したのは。
もともと甘いもののお土産定番がたくさんあって、その土壌はあったけど、先の「白い恋人」事件みたいなことも起こってしまう。
 まあ、そんなことは気にせずに、札幌に行ったら、酒や肴、寿司にラーメンも食べるけど、スウィーツも食べちゃうのだ。

店でテイクアウトして、ホテルで朝食代わりにしたりするオヤジって・・・・。

2_2モン・ジェリ」という、すすきのはじっこにある店。琴似にもあるらしい。
「ホワイトティラミス」と「森のケーキ」。
見た目も麗しいケーキは、甘さも控えめだけれど、濃厚な旨味に満ちていて、ちょっとコワイが、そのおいしさには勝てない。

Previn_offenbach
来日中のプレヴィン、デジタル初期の82年に録音された華やかなオッフェンバックのパリの喜びを。

ロザンタールがオッフェンバックの歌劇からいいとこばかりを選んで編曲したバレエ音楽。全23曲それぞれ聴いたことのある名旋律が次から次に繰り広げられて、めっぽう楽しい。
バレエの内容は、19世紀末のパリのカフェを舞台にした華やかな人生模様らしい。
残念ながら、音楽も筋立てもそれ以上のことはないと思うが、その楽しい気分に無条件で浸ることできていい。

プレヴィンが音楽監督を務めたピッツバーク響がうまい。
ドイツ系の音色のオケだったが、プレヴィンが指揮すると軽やかでマイルドになった。
その後、マゼールとヤンソンスが継いで、ヴィルトジティ性を増すことになるが、プレヴィンはこのオケから、ヨーロッパ風の柔らかな響きを引き出している。
ちょっと腰が重く真面目すぎるのが唯一の難点かな。

おいしい音楽もいいもんだ。

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2007年9月11日 (火)

ディーリアス 「去り行くつばめ」 バルビローリ

Tomioka_church1 小樽のカトリック富岡教会
先週のこと、休日に小樽入りし、天狗山に至る坂道の途中にある教会へ、早起きして行った。
コスモスが風にそよぎ、とても美しい。
無粋な外灯がちょっと難だが、お気に入りの写真だ。

1929年(昭和4年)、ゴシック様式により築かれた。
観光ルートにもなっているらしく、タクシーが乗り付けられ、女子大生風の子たちが、運転手から無理やり説明を聞かされていた。
その軽薄で浮ついた運転手の言動に呆れてしまった。
気乗りしない、大人しい女子たちは、急かされるようにしてタクシーに乗り込んで風のように去っていった・・・・。
なんだかねぇ??

Delius_tone_poems 冬以外の北海道の風物は、ディーリアスの音楽にぴったり。
夏が去ると、急速な勢いで秋が来て、冬はもうそこ。そんな去る夏を偲ぶような音楽もディーリアスだ。
去り行くつばめ」はディーリアスの弦楽四重奏曲(2曲あったがひとつは破棄)の第3楽章を、毎度お馴染みの献身的な弟子フェンビーが弦楽合奏用に編曲したもの。

フランスのグレに永く住んだディーリアスは、戦争(第1次)の勃発でイギリスに避難することとなった。
その頃に書かれた作品。
10分程度の音楽ながら、その後ろ髪引かれるような憂愁に満ちた雰囲気は、まさに去らんとする夏、そして旅立つ「つばめ」のことを表わしているようでしんみりとさせる。

暑くて散々だった夏も終わってしまうとさみしいもの。初秋の雰囲気とともに、高いところや低いところを飛び交っていた「つばめ」たちも南へと旅立つ。
そんな様子を思い描きながら聴くとまた心に染みる・・・・・。

バルビローリとハレ菅の思いを込めた演奏がわるいはずがない。

2 とか言いながら、当方、食い気は秋ばかりか年中だい。
小樽の有名な「ビストロ小泉」の「ハヤシライス」。あまりのおいしさに、気が遠くなりそうだった。
別館の食いしん坊ブログを見てちょうだい。
札幌編は、まだ未完成。

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2007年9月 9日 (日)

プレヴィン指揮 NHK交響楽団 モーツァルト

空には入道雲、朝からなんでこんなに蒸し暑いんだ
早起きして、息子と運動公園まで車を走らせ、キャッチボールにバトミントン。
異常に出る汗。シャワーを浴びて、さあビール・・・なんていってらんない!

急いで支度をして、今日も渋谷へ。
渋谷では、25年ぶりくらいに、道玄坂の中華「喜楽」で中華麺を。
汗だくになりつつ、NHKホールへ到着。いやはや暑い。

   モーツァルト  歌劇「フィガロの結婚」序曲
            ピアノ協奏曲第24番 ハ短調
           交響曲第36番 「リンツ」


Previn こんな思いをしての渋谷。大好きな指揮者のひとり、アンドレ・プレヴィンが久しぶりにN響にやってきたのだ。前回はドクターストップで中止。
回を重ねるたびにN響もいい音を出すようになり、相性もばっちり。 
1929年生まれだから78歳。もともと首が悪かったから、全体に猫背で小さくなった感じ。椅子に腰かけて指揮をするものだからやたらに歳を感じさせる。(この画像は、30年前、ロンドン響とやってきた頃のプレヴィンは颯爽とカッコよかったもんだ。)

ところが、ひとたび音楽が鳴りだすと、いきいきとした響きに、優美な歌に、まぎれもないプレヴィン節を見いだすことができて、ほんわかと、幸せな気分に浸ることができる。

そしてそれは、ピアノの弾き語りの時に全開となった。
特に第2楽章、美しくも優美なピアノ、独白のような語りに、N響の管の面々がこれまた美しい、合いの手を入れる。至福のモーツァルトがここにある。
Andreprevin リンツ交響曲も柔和で微笑みを絶やさない、ビューティフルな演奏。
N響がこんなに爽快で、やわらかな音を出すなんて!
拍手に応える、プレヴィンの満足そうな笑顔。こんな素晴らしいモーツァルトをいつまでも聞かせて欲しい。
この人に、往年のワルターの姿を見てはいけないであろうか・・・・。

巨大なNHKホールの隅々にまで、このモーツァルトの響きが届いた。
満員の聴衆は、この素晴らしいモーツァルトを胸に秘め、暑くて喧騒の渋谷の街へ去っていった。ふだん鬱陶しい喧騒も、足取りも軽く、この日ばかりは全然気にならなかった。

今回のプレヴィン3プログラムに苦言。ラフマニノフをNHKホールにして、モーツァルトをサントリーにした方が、音響的によかったのではないですか?
モーツァルトを土日にやれば、プレヴィンだし、満席になるだろうけど。
全部を聞きたかった、特にラフマニノフを聞きたかった私のやっかみもあるけど。

それはそうと、昨日のシュトラウスの響きが耳にも心にも、強く残っていて、どうなることかと不安だったが、全然OK。モーツァルトの響きを強く意識したシュトラウスの音楽を逆にまた好きになってしまった。
いま、わたしの頭の中は、この二人の作曲家の音で一杯だ。
そこにまた、ワーグナーやディーリアス、エルガーが割り込もうとしている。

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2007年9月 8日 (土)

R・シュトラウス 「ばらの騎士」 チューリヒ歌劇場

Zurich_2ウィーン国立歌劇場の次期音楽監督、フランツ・ウェルザー・メスト率いる「チューリヒ歌劇場」の来日公演に赴いた。
オーチャードでのオペラは初めてのワタクシ、オケピットは浅く、メストの指揮姿も上半身が出ているので、そのオーソドックスながら冷静・的確な指揮ぶりがよくうかがえる。


「ばらの騎士」は同一メンバーで、放送もされたし、DVDも売っているが、いずれも未視聴。時折、妙ちくりんな動きや小道具が気になったが、美しい舞台ではなかったろうか。

舞台奥のすり硝子の大きな窓。うすいペパーミントグリーンの壁と同色のマルシャリンのドレス。赤毛の長い髪と上に羽織ったガウンがとてもステキなシュティンメ。時間の経過に不安になりアンニュイに浸る場面、音楽の素晴らしさとともにもっとも好きなところだ。最後は、床に猫のように丸くなってしまって幕となった。もちろん、私は涙がホロリと・・・。
 動物売りや教会寄付たちが現れる場面での、イタリア歌手は、巨大なびっくり箱のなかから中国風に登場。機械仕掛けの人形よろしくギクシャクとした動きながら、その歌声の立派さに驚き。

257_82590015_2 2幕は、アレレの厨房が舞台。華やかな銀のばらの献呈がこれとは?
コックやメイドたちが、忙しく働き、ゾフィもその一人だし、父のファーニナルもコック長兼オーナーっぽい。こんな不思議な空間で行われる献呈の場面。ゾフィはおどおどと、ドアの隙間から顔を出したり、隠れたりのハニカミ娘状態で、身分がグレードアップする喜びと恐れがよくでていた。シンデレラ症候群なんだ。ところが、バラの香料を嗅いでから、俄然自己の意思でもってオクタヴィアンを見つめだす。二人のあの超美しい二重唱が始まると、厨房の人々の動きが静止してしまう。これも素晴らしいシーンだ。

この幕でも、上部に磨りガラスがあって、そこを通して行き来する人物が透かし彫りに見える仕組みになっていて、効果をあげている。オクタヴィアンの従者が、ヨタヨタの爺さんだが、オックス男爵が歌う有名なワルツが始まると、しゃきっととして、踊りまくる。幕の最後にも登場して、ひとしきり踊ったあと、椅子に放置された銀のばらを愛おしく眺めながら、オックスの歌の終了とともに、眠りこける。
後でマルシャリンがつぶやく「男の本性がわかったわ・・・」という場面、オックス、そしてオクタウ゛ィアン、さらにこの爺さんも、若かりし頃を捨て切れない。男はみんなこうしたもの。なぁるほどな!
257_82590023 終幕では、1幕目と同じ舞台。
死神装束や昆虫の給士たちが登場し、なんだかわかんない雰囲気。
ちょっとやりすぎの感もあったが、最終場は実に感動的。
マルシャリンが身を引き、若い二人が手を取り合っている場で、ひとり窓に寄りかかり外を見つめる。そして二人を抱きしめ、ひとり寂しく退場する。
男は背中で演技する、とかいうが、このマルシャリンはよく寂しい背中を演じていた。
小姓がハンカチを拾いにくる洒落たエンディングは、マルシャリンが落としたレースには目もくれず、外にいるすりガラス越しの主人マルシャリンとガラス越しに手を合わせて幕となった。

  マルシャリン:ニナ・シュティンメ       オックス男爵:アルフレト・ムフ
  オクタヴィン:ヴェッセリーナ・カサロヴァ  ゾフィー :マリン・ハルテリウス
  ファーニナル:ロルフ・ハウシュタイン    歌手   :ピョートル・ペチャーラ

    フランツ・ウェルザー・メスト指揮 チューリヒ歌劇場管弦楽団
          演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ

主要メンバーがDVDと同じ。2003年以来の気心の知れたメンバーは、チームとして抜群。互いに聴きあい、間も阿吽のタイミングとなっているのだろう。
重唱のバランスの素晴らしさは言うことがない。
なかでもシュティンメが、大いに気にいった。美しく通る声は、優しく温もりがある。
バイロイトのイゾルデも無理をせず、等身大の美しい若い女性として歌い演じてた。
北欧からは、いい歌手が出るものだ。
カサロヴァのオクタヴィアンもはまり役だけって、生き生きとした演技に歌唱。
贅沢を言えば、先だっての新国のオクタヴィアンの方が・・・・。
ワーグナーやシュトラウスのバリトンロールでお馴染みのムフのオックス、この人の声も実に美しい。ゾフィーもカワユク、お人形さん的でなく存在感あった。

そんでもって、W・メストのすっきり早めのテンポで、てきぱきとした指揮が良い。
随分と音を押さえていることは、その指揮ぶりからわかる。
でも終幕の感動的な3重唱では、まるでカラヤンをも思わせるような高揚感を味わうことが出来た。舞台をよく把握し、オペラの呼吸を呼むことのできるメスト。
次期ウィーンの顔として、またウィーンの面々を引き連れてくることだろうが、この味のあるチューリヒのオペラも振りつづけて欲しいもの。
クリーヴランドでも成功を収めている私と同世代のマエストロ。
ウィーンで少し揉まれるだろうが、オケの色を身に付けて、もうちょっと情の部分を表現するようになったら、さらに大物になるだろうな。

新国のJ・ミラーの名舞台とはまた違った意味で、大いに楽しめたオペラであった。
来る「ドレスデンのばら」、「琵琶湖のばら」、「横浜のばら」・・・・、それぞれどうなんだろう。
今年の「ばら戦争」は、私はこれにて打ち止めだけど・・・・・・・・。

開演前、隣接する東急デパートを歩いていたら、売場の角を曲がったところで、若杉弘先生と出会い頭に遭遇。とたんのことで、始終コンサートで見知ったお顔なのに、こっちもボケてきているから、どっかで見たことある人だな、と一瞬思い、「こんにちは」っと言ってしまった。若杉さん、キョトンとしてましたわ。はは・・・。そりゃそうだ、むこう様からしたら、知らない人だもの。
こちらも、新国の総監督として期待しておりまする。

アフターオペラは、いつもお世話になっているromaniさんと、おいしいビールを飲みながら歓談。素晴らしい舞台と秋の音楽シーズンの始まりを楽しく語り合いました。



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2007年9月 7日 (金)

ベルク ヴァイオリン協奏曲 渡辺玲子&シノーポリ

Toya 台風で足止めをくらった北海道から、帰還。
首都圏の帰宅の足も、朝の出勤もそれぞれ大変だった様子。
苦心のすえ確保したホテルの一室で見たニュースで知ったこと。
皆さん、お疲れさまでした・・・・・。

こちらは、洞爺。神秘的な湖。
来年はこちらでサミットが。
サミット・クッキーとか色々と売ってます。

Berg_vn_watanabe                             

アルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲は変質的なくらいに好きで、いくつも聴いてるし、このbrogには3度目の登場。
シェリング&クーベリックブラッヒャー&アバド

1935年、マーラー未亡人アルマと建築家グロピウスの娘「マノン」が19歳で小児麻痺がもとになった病で亡くなってしまう。
おりから、米ヴァイオリニスト、クラスナーから協奏曲の依頼を受けていたベルクは、かわいがっていたマノンを偲んで、この協奏曲を書くことになった。
「ある天使の思い出に」と、スコアに書かれている。速攻で書き上げたベルクも、同じ年の暮れに50歳で没してしまう。
二重のレクイエムとなってしまった。

しかし、最近の研究では、ベルクはすでに死を覚悟しながら作曲していたこと、そして自身の生涯を閉じる意味で、過去の思い出をここに織り込んだことなどが言われている。
農民の娘、「マリー」(あのヴォツェックの・・・)と17歳のベルクは恋に落ち、私生児をもうけている。さらに晩年の恋人「ハンナ」。
この二人のことが、この曲に織り込まれている。
マリーの出身地「ケルンテン」の民謡、ベルクとハンナを表わす数や、ハンナのイニシャルの音、などがそれであるという。

こうした巧妙な仕掛けがあるが、この作品は12音技法によっているにもかかわらず、旋律的で、ロマンテックでもある。これこそがベルクである。
第2部では、バッハのコラール(カンタータ第60番「おお永遠よ、汝おそろしき言葉よ」)が引用されていて、この場面がものすごく感動的。
私の最も好きな場所である。
最後は、例の民謡が回想され、コラールが静かに流れるなか、浄化されたように終わる。
ほんとに、素晴らしい音楽なのだ。

きょうの演奏は、渡辺玲子のデビューCDで、亡きシノーポリドレスデンを指揮してバックをつとめている。95年のライブ録音で、シノポーリの唸り声も聞かれる。
敢然とした技巧の冴えにも驚くが、よく歌うヴァイオリンの美しさにもびっくり。
コラールがこんなにたっぷりと、いや演歌のように気持ちが込められているのを聴いたことがない。
菅が活躍する曲だけに、ドレスデンのいぶし銀のようなサウンドがいい。
でも時おり、耳をそばだたせるな、濃厚な音色もオケからは聞かれる。
そのギャップがいい。
シノーポリの個性とオケの個性が幸せに結びつきつつあった頃なのだろう。

何度聴いても褪せることのないベルクのコンチェルト。
疲れた体と脳裏に染み込んでいく。
さて怜悧なクレーメルでも聴いてみようか・・・・。

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2007年9月 6日 (木)

北海道から帰れない

北海道から帰れません・・・・。
日曜から札幌を中心に出張中。本日(6日・木曜)に帰る予定が、関東を襲った台風で、羽田便が夕刻以降はすべて欠航。
こりゃまた結構、場所が場所だけに・・・・。
ところがですよ、ホテルがまったくない!
札幌市内はおろか、周辺の千歳・恵庭・北広島・苫小牧・室蘭・旭川・・・・、あ、ぁ~。
電話かけまくりで、携帯の電池はない。パソコン電池もない。
難民状態。
070903_184151 かといって、札幌市内で待機してたら、体が持たない??。。。(画像はすすきのの居酒屋、これだもの)

そこで救われたのが、洞爺湖温泉のとあるホテル。
温泉!!千歳空港から129Kmをレンタカーで雨の中ぶっ飛ばして、一人温泉。人情味ある素晴らしい温泉!
帰京次第、またご報告なり。

それにしても、このホテル占領状態は、団体やツアー客を考慮した、旅行会社の陰謀なのか!
東京からのキャンセルだってあるはずじゃないかぁ!
けしからん!

前回エントリーは、予約公開の作品なんだわさ。しばらく更新しないとちょいと不安なのだべさ。パヴァロッティも亡くなってしまったし。
音楽日照りの1週間、「ボエーム」の「冷たい手を・・・」をパヴァロッティとカラヤンの名盤で聴きたい。音楽の禁断症状が出そう・・・・、手が震えるし・・・・、それとも、飲みすぎかしら???

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2007年9月 4日 (火)

ブリテン 「ピーターグライムズ」4つの海の間奏曲ほか ラニクルズ指揮

Ensyunada 曇天の遠州灘。

殺伐とした海。
ブリテンの「ピーターグライムズ」の海は、北海あたりのもっと救いようのない厳しい海だ。
海のある街に育ったものだから、海を見ると心が落ち着く。
冬でも寒さにめげず、海を見に行くことが多い。

Shinjyuku 一転、こちらは新宿の南口の雑踏。

いつも工事中で、これまた殺伐とした人工的な光景。
でも人間の表情豊かな工事仮設に、妙な安心感と温もりが。

都会の悲劇、バーンスタインの「ウエストサイド物語」。疾走する現代社会の都会では、もう起こりえないような出来事ともいえる。
無関心な人間が流れゆくように歩き去る。

Runnicles_sanfrancisco 今日は、20世紀のオペラ3作から、シンフォニックな場面を収録した1枚を。

スコットランド出身のオペラ指揮者「ドナルド・ラニクルズ」が手兵の「サンフランシスコ・オペラ」のオーケストラを指揮している。

ラニクルズは、以前「トリスタンとイゾルデ」を取上げた。なかなかダイナミックな音楽を作る人で、その彼が私の好きな系統の近代ものを取り上げているし、MTTの交響楽団ではない、サンフランシスコのオペラオケがどのような実力なのか、興味シンシンで聴き始めた。

 

  1.ショスタコーヴィチ 「ムツェンスクのマクベス夫人」組曲
  2.ブリテン       「ピーターグライムズ」パッサカリアと4つの海の間奏曲
  3.バーンスタイン   「ウエストサイド・ストーリー」シンフォニックダンス

    ドナルド・ラニクルズ指揮 サンフランシスコ オペラ オーケストラ

いやこれは実に面白い選曲であり、演奏だ。
ショスタコのこの過激なオペラは、まだ全曲を聴いたことがない。
DVDもいくつか出ているが、ロシア版ヴェリスモを通り越して、人間の欲望の行き着くところを劇にしてしまった感じの作品。その音楽も不協和音あり、ハチャメチャ乱痴気騒ぎありで、ユニークなもんだ。
 そんなあとに、ブリテンを聴くとほっとする。
真面目でシリアスな音楽だけれど、気品が保たれていていい。
最後のバーンスタインになると、レニーの人間愛とでも言おうか、ダンスひとつをとっても、一緒に手をとってくれちゃう雰囲気で、都会の殺伐も捨てたもんじゃぁないと思わせる。

これらの対照的な3作を、ラニクルズは実に切れ味よく振り分けている。
ノリもいいし、ブリテンのクールさもいい。ショスタコも熱い。
そしてこのオケがまた巧いもんだ。アメリカのオペラオケの実力は恐るべしだ。

  

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2007年9月 2日 (日)

R・シュトラウス 「無口な女」 ヤノフスキ指揮

Rstrauss_schweigsame_frau無口な女」はR・シュトラウス全15作中、11作目のオペラ。1932~34年にかけて作曲。
1935年、ドレスデンでベームの指揮により初演された。
ナチスが政権を取り、日本でも自由が抑圧され、戦争へと、ひた走りつつある頃。
朋友ホフマンスタールが亡くなり、前作「アラベラ」アが名コンビの最終作となって、シュトラウスは次の脚本作家を求めていた。
 そこに登場したのが、シュテファン・ツヴァイクである。
ツヴァイクは「マリー・アントワネット」などの伝記作家でも高名だが、ユダヤ系ゆえ、のちに祖国を逃れ自決してしまう。
そんなツヴァイクを、シュトラウスは大いに気に入り、ツヴァイクを擁護したりもしたが、ナチス批判がもとで、帝国の音楽局総裁の職を剥奪されてしまう。そしてこの作品は国内上演禁止に。あほらしいとしか言えない。
シュトラウスとナチスの関係については、微妙な問題だが、シュトラウスはあまり深く考えずに、自作のために有効な地位を得ただけではなかろうか。
今のわれわれには、その素晴らしい音楽だけが大事なのだから・・・・・。

さてこの「無口な女」であるが、15作の中でもかなり馴染みのない作品で、私もこれまで一度通して聴いただけ。その題名から、「影のない女」のような寓話ではないかと思っていたりもしたが、これはブッファなのだ。しかも3時間の長大さ。
ここでも、言葉のものすごい洪水に唖然とすることがある。ほとんど会話状態で歌わなくてはならず、歌手たちも本場でも大変そう。
日本では数回上演されているが、その努力たるやたいしたもんだ。

時は18世紀のロンドン
第1幕
モロズス卿の部屋、やかましい家政婦と理髪師が口論しているところへ、モロズス卿が「うるさい!」と現れる。卿はうるさいのが嫌いなのである。
理髪師は心も体も若返るには、無口な若い女性でも見つけたらいかが、などと勧める。
そこへ、音信不通だった甥のヘンリーが一団を引き連れて突然帰ってくる。
「おお、兵隊を引き連れているとはさすが、わが一族」、と嫁はいらぬ、この家はこの甥のものだなどと喜ぶ。がしかし、その一団はイタリアオペラ団だったのだ。
このやかましい連中に、モロズスも切れ、出ていくようにいい、明日、無口な女を見つけて結婚すると宣言。
ヘンリーの妻アミンタは、自分たちのためにこんなことになって・・・と、身を引く覚悟を述べるが、ヘンリーは髪の毛一本たりとも金には替えられぬ、と言って皆を感動させる。
理髪師が、皆にモロズス卿がかつて弾薬庫の爆発で死にそうになり、騒音アレルギーになったことを語る。
そこで、理髪師は、アミンタを含む劇団の女性3人を花嫁候補として扮装させ、それぞれ、うるさい田舎娘、インテリの気難し屋、しとやかな娘に仕立て見合いをさせることを提案。
その後、偽に結婚式を挙げたとたん、しとやかな娘がうるさい女に豹変して、モロズスの気を変えさせよう・・・・、との魂胆に一同が乗ることに。

第2幕
家政婦がこれはイカサマですよ、と警告を発するのも聞かずに、モロズス卿は3人とのお見合いに。最初の二人は即却下され、3人目のアミータ扮するティミーディア(内気な娘)をすっかり気に入り、即結婚の儀を行なうことに。あれあれ・・・。
ちょっとした大騒ぎがあった後、アミンタ(ティミーディア)が沈んだ様子。
これを心配したモロズス卿が、心配して声をかけるが、アミンタは内心「こんな人の良い老人をだましたくない」と小声で言いつつ、突然「静かにして!!」と逆ギレ。ここでウソではあるがやかましくて、勝手な娘の本性を出す演技を始め、モロズスはショック状態。
そこに、甥ヘンリーが帰ってきて、甥に助けを求め、ヘンリーはこれも演技で、結婚の解消に力を貸すと約束して、モロズスは寝室に消える。
 残った二人、アミンタは心が痛む、ヘンリーは明日になれば解決すると言い、寝室からは、しっかり頼むねありがとう、・・・・とモロズス卿。

第3幕
女主人の命で家の改装やら、歌の稽古やらで賑々しい。オウムまでがうるさい(テノールで、これがまた笑える)。
モロズス卿はたまらない。劇団員が扮する裁判長と弁護士がやってきて、結婚の無効を検討し始める。
裁判長は、大人しいと思っていた女が結婚したらやかましい女だった・・なんてことは世の常(う~む、なるほど)だから却下。
さらに弁護士は、花嫁の不貞を主張して証人も準備するが、結婚の条件には純潔とは書かれていないから無理な話と決め付ける。
絶望するモロズス。
ここで、すべてを白状するヘンリーとアミンタ。最初は怒ったモロズス卿も、見事にだまされたことに笑って感服して、二人の仲を許し、音楽も認める。

最後にモロズス卿の印象的なモノローグがあって劇は静かに幕を閉じる

ちょっと長いが、このオペラにシュトラウスが込めた気持ちがここにあると思う。

「音楽、何とにぎわしいもの。だが、音楽の終わったときは、いっそう麗しい。若くて、しかも無口な女は実にすてきだ。だが、その女が他人のものだったなら、なおいっそう素適だ。
 人生、なんと美しいことよ。だが無知にならず、人生の何たるか知っていれば、なお美しい。  ああ、君たちは心身をすっかり慰めてくれた。これほどの幸福感の溢れたことはなかろう。 ああ、この心地よさは、たとえようもなしだ。 ただ安らぐのみ、静かだなぁ・・・」

かなり練達の域に達した内容で、音楽とともに、この劇の本質を味わうにはなかなか時間がかかる。私もまだまだだと実感しているが、これだけシュトラウスを聴き馴染んでくると、言葉の洪水の背景に流れるオーケストラの妙に心惹かれるようになる。
よく聞けばいろんなことをやっている。本当によく書けている。
舞台とオーケストラピットの両方を把握して指揮をするのは大変なことだと思う。
全体に明るく楽しいムードの音楽、そこここに、シュトラウスらしい洒脱と味わい深い場面が散りばめられている。モロズス卿の最後のモノローグや、ヘンリーとアミンタの二重唱などはとても美しい。

   モロズス卿:テオ・アダム        家政婦:アンネリース・ブルマイスター
   理髪師:ウォルフガンク・シェーネ   ヘンリー:エバーハルト・ビュヒナー
   アミンタ:ジャネッテ・スコヴォッティ   カルロッタ:トゥルーデリーゼ・シュミット

       マレク・ヤノフスキ指揮  ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
                                     (1977年録音)

Adam_2  テオ・アダムのモロズスがその独壇場にあって素晴らしい。怒りと諦念のまじったような、酸いも辛いも経験したかのような歌唱は味わい深い。老いたウォータンのようだ。
オペレッタで活躍したコロラトゥーラのスコヴォッティもかわいい人のいい歌いぶりでよい。
ビュヒナーにシュライヤーのような達者な歌いまわしが欲しく、少したよりないが、全般に歌手達は、東独組を中心にうまいし、文句なし。
 そして何より、ドレスデンのオケが美音だ。東西融合前のこのオケの音色は、今もすばらしいが、当時はもう少し鄙びていて好きだ。
それをオケビルダーのような、無駄な情緒を削ぎ落としたかのようなヤノフScovotti スキが指揮している。サヴァリッシュやケンペ、ベームだったら、と思うことはやめよう。
この難曲を実にうまく処理しているし、交通整理以上のことはオケにも助けられてしている。ヤノフスキが輝きだすのは、後年のリングの後半から。
そして、今では各地でひっぱりだこの名指揮者になった。

このCDを含め、ベームやサヴァリッシュは廃盤状態。
対訳が欲しい。そして国内上演よもう一度。

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