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2007年10月15日 (月)

シェーンベルク 「モーゼとアロン」 ベルリン国立歌劇場公演

音楽が弦のユニゾンで消えていったとき、その伝えんとするものが何か、そんな単純なものでいいのだろうか?音楽が託したメッセージもこれでいいのだろうか?という思いにとらわれ、茫然となってしまった。

Linden ベルリン国立歌劇場来日公演から、シェーンベルクモーゼとアロンを観劇。 トリスタンの優先予約で確率を上げるためには、セット券が必須だったので、ドン・ジョウァンニでなく、モーゼを選択。
めったに出会えない演目だし、トリスタンと合わせることも意義あろうかと。
でも心配は音楽が少ないことで、歌もシュプレヒシュティンメで語り歌いが多いなど。
外来では1970年万博の年に、ベルリンドイツオペラが持ってきている。

当時、小中学生のワタシ、雑誌の写真をためすながめつして、同時にやった「ルル」とともに、どんな音楽なんだろ??と想像するばかりだった。
R・ゼルナーの演出、B・マデルナの指揮(これってものすごい!!!)で上演された舞台は、60年代後半のサイケデリックな色使いによる刺激的なものに思われ、私の妄想は膨らむばかりだった。

音楽だけはそれなりに聴いていたが、同じ12音でもベルクの旋律的なものと大違いで、とっつきの悪い、しかめっ面的音楽に辟易する思いもあったことは確か。

今回の舞台は2004年プリミエで大成功した、現総裁のムスバッハの演出。
早くから画像が公開され、映画「マトリックス」的な無機質の登場人物で構成されることで、注目されていた上演だ。
今日も、文化会館の前にはチケット求むの人が数人おられた。

簡単に劇の内容を記すと、旧約聖書モーゼの出エジプトの場面。映画ならば、「十戒」と重なる情景。神から人々を約束の地カナンへ導くことを命じられたモーゼだが、語りが苦手なモーゼ。語り手として弟分のアロンの口を借りて民衆を率いることになるが、シナイ山で神の掟(いわゆるこれが十戒)を受けている間に、山の麓では、疑心暗鬼になった民衆を押さえられなくなったアロンが、神の偶像崇拝を許し、ハチャメチャなことになる。
ここに下山したモーゼが現れ、偶像を壊し、アロンを罰するというもの。

こうした聖書上の史実にシェーンベルクは、ユダヤ人たる自己を意識して、独自の解釈に基づくドラマを作り上げた。
モーゼとアロンを神への無条件帰依と偶像崇拝という形をともなう信仰という、拮抗する対立要素として明確にとらえ、その元に揺れ動く群集の愚かさをよりはっきりと取り入れた。

Mose1 ムスバッハは、舞台を近未来的な、シルバーモノトーンの世界に置き、モーゼとアロンを含む登場人物すべてに黒いスーツとサングラスをまとわせた。
これによって、誰が誰だかわからなくなってしまう。女性も男性もない。
偶像のもとに繰り広げられる性的な儀式や肉惑も、中性的なモノセックスなものになっている。この群集の牛歩のような動きが実に効果的で、不気味であり、それが指導者モーゼとアロンを惑わしていく。ときに2階部分から見おろし、両袖から追い詰めながら。
そして、この作品のクライマックスたる偶像現出の場面。
舞台は暗闇となり、地下から白く光る杖(スターウォーズの剣を思い起こして下され)を持ちながら、まるで一歩先が見えぬかのように民衆が徐々に登場する。神の不在を象徴か?
いつのまにか、金の偶像の首部分が、民衆の手から手に渡されリレーされ前面に登場している。(この首、だれかが蹴ってしまったのか、オーケストラボックスに落ちそうになってしまった~笑)
オーケストラが一番面白い「金の子牛(偶像)の踊り」では、首なし立像が現れ、それを舞台に民衆が怪しい動きをする。
この立像、レーニン、チャウシェスク、フセイン、金日成・・・・を誰もが思い起こしたことだろう。

Mose2 モーゼが現れ、アロンは困惑して言い訳をするが、モーゼもシナイ山で得た神の掟が記された石盤を、脱いだ上着で包んで隠しもっている。
これをアロンに石盤も所詮偶像=印に過ぎぬと言われ、しょんぼりのモーゼ。
自ら倒した石像の上に座りながら、「おお言葉よ、われに欠けたるは、汝言葉なり」と歌うように語り幕となる。

最後のモーゼとアロンの「神のかたち」についてのやりとりのなか、民衆が無言で現れ、無数の小さなテレビを舞台にびっしり置いていった。
一方的な情報の発信と、それを無条件に受け止めるわれわれ。被害者兼加害者。
そんなメッセージだろうか?
冒頭、モーゼが語る。「唯ひとつにして、永遠なる神、あまねくところにおわす神。眼にも見えず、想像も絶する神よ!」・・・・この言葉の持つ甘味さと危険な因子。
シェーンベルクがウィーンに生まれながらのユダヤ人として、心の底から訴えたかったのは?

ムスバッハの優れた演出がどこまでシェーンベルクの思いに迫れたのかは、私ごときではわからない。
でも、この題材に身近なことが事象として常に起きている。
東洋の島国にわれわれとて同じこと・・・・・。

懐かしい、J・フォーゲルがモーゼで、明瞭な発声で頑迷で悩む役柄を見事演じる。
そして、リリックからヘルデンに転じた、T・モーザーが歌いどころの豊富なアロンを、モーゼの二重人格のように歌い演じた。
ほかの歌手は、外観が見分けつかずわからんが、見事なアンサンブル。
それ以上に合唱=民衆の演技と特異な歌に対する適応力と敏感さに驚かざるをえない。

いま、復習でブーレーズ(旧盤)を確認しながら書いているが、30年前には鮮烈だったブーレーズとは異なる意味で、デジタル的鮮明さと、強烈な表現意欲の違いを今更ながら思った。
ブーレーズの冷徹な音もそれでいいが、舞台を感じさせることがなかった。
 今日のバレンボイムの熱血指揮は、オケも舞台も聴衆も引きずりこんでしまう濃厚完璧ものだった。
今日の語り手は、モーゼでなく、アロンでもなく、ダニエルその人だった!

なんたる辛口で、重く衝撃的な体験だったろうか。
明後日のトリスタン甘味で待ち遠しいご馳走のように思えてきた。

本日は音楽著名人を複数お見かけした。
サンドイッチをぱくつくミッチーや来日中のプレトニョフ、降り番の歌手たちふう、有名評論家の方がた。これもオペラ幕間の楽しみ。
カーテンコールに応える歌手たちは、みなサングラスのままで、主役以外は正体不明。
主催側の若いねーチャンが、花束を持って現れると、サングラスを下げてわざわざ覗き込むユーモアあふれる歌手もいて、深刻な中にも、オヤジ的に微笑ましい出来事があり。

いやはや、怒涛のドイツ4連荘は終わったが、また一日おいて、最大の公演が控える。
明日夜飲み会があり、一抹の不安が走る・・・・・・。


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コメント

「モーゼとアロン」観劇おめでとうございました!
ムスバッハの演出も凄かったようですがDVDウィーン国立歌劇場の演出も見事でした。このオペラの再評価が始まっているものと注目しておりまする(財布と時間が許せば観たかった!)。ただし、「トリスタン」が「甘味で待ち遠しいご馳走」とは努々思いめさらるべからず、であります。
出来不出来の波が大きいダニエルでありますが、県民ホールの演奏がNHKホ-ルでも発揮されるとしたら、yokochanさま、しばらく立ち直れぬこととなりますよ。

投稿: IANIS | 2007年10月16日 (火) 22時56分

IANISさん、毎度お世話になります。
ウィーンは、ガッティの指揮ですね。DVDがあるのですか!
おひょ~、トリスタンの音楽があまりに耳に馴染んでいるもんですから、気安く受け止めようなどと思ってました。
そんな柔な気持ちじゃけないってことですね!
わかりました、心してかかることとします。
でも渋谷が・・・、ホールが・・・・。

文化会館は音楽の雰囲気が満ちてます。
アバドのトリスタンもここでしたから。

投稿: yokochan | 2007年10月17日 (水) 00時10分

チケットが舞い込んだので行ってきました。TBしましたので、よろしくお願いします。

投稿: edc | 2007年10月20日 (土) 08時08分

euridiceさん、こんにちは。
チケット舞い込み、おめでとうございました。
以外と、いやそれ以上に楽しめる舞台に音楽でしたね。
ベルリン国立歌劇場の長期滞在、実に充実してました!

投稿: yokochan | 2007年10月20日 (土) 11時20分

『タンホイザー』へのコメントありがとうございました。

『モーゼとアロン』……1970年のDOBの時は高校生で、
もちろん観ることなどできませんでした。今回もまだまだ
理解不足のままで終わってしまいました。

投稿: HIDAMARI | 2007年10月27日 (土) 22時32分

HIDAMARIさん、こんにちは。
この曲に音楽を感じ読み取るには、相当な聴き込みとテキストへの理解力が必要ですね。
私もまだまだです。
でもおそらく、日本での本格上演はしばらくの間ないでしょうね!

投稿: yokochan | 2007年10月28日 (日) 22時16分

 早朝勤務から帰ってきました。私は、このオペラが苦手なのです。同じ十二音を使ったオペラならヴォツェックやルルは大好きなのですが。高校時代に買ったブーレーズ&BBC響の全曲盤を持っておりますが、第一幕の途中で弱音を吐いてしまいます。コンセルトヘボウを指揮したブーレーズの新盤はどんな演奏なのでしょうね?十二音を使ったシェーンベルクの曲には苦手なものが多いです。ヴァイオリン協奏曲もピアノ協奏曲もモーゼとアロンも苦手です。管弦楽のための変奏曲は大好きですが。アシュケナージはシェーンベルクの十二音の楽譜は読んでいる文にはパズル的な意味で面白いのだが、実際の音を聴いてみるとドライで視野が狭い感じがして嫌だといっておりました。特に管弦楽のための変奏曲は大嫌いなのだそうです。ベルクは大好きなのだそうです。十二音と言う特殊な手法で書いているのに面白い曲を作る人だと言っていました。

投稿: 越後のオックス | 2009年11月 6日 (金) 09時49分

越後のオックスさん、こんばんは。
私は、この舞台に接することで、このオペラが手のうちに少し入った気がします。
この上演はNHKがFM放送しましたが、映像は残さなかったのが残念極まりないです。
ガッティのウィーン上演のDVDをいずれ欲しいと思ってます。
12音は、私も正直苦手ですが、何度も聴いて、もう覚えるしかないと思ってます。
オーケストラ・バリエーションはとても好きな曲ですよ。
やはり、ブーレーズがすごいです。

投稿: yokochan | 2009年11月 6日 (金) 20時24分

突然失礼いたします。
ケーゲルによる録音でこのオペラを聞いたおりましたら、この記事にたどり着きました。
長らく私もブーレーズ盤(旧盤LP、新盤CD)で聞いておりましたが、どうもこの録音はやや違う角度からの演奏のように思い始めました。
1970年のマデルナ指揮、ベルリン・ドイツ・オペラの舞台を彷彿とさせるのはケーゲル盤でして、残念ながら行けなかったバレンボイムとベルリン国立歌劇場の舞台が近いのかなと思いながらご感想を読ませていただきました。
ただ、ベルリン国立歌劇場の舞台は、私が苦手とする、いわゆる現代化演出のようですから、さて当時でも行く気を起こしたかどうかは微妙なところです。
東西冷戦下、全盛期のベルリン・ドイツ・オペラとマデルナのを、もう一度見てみたいのですが、1970年ですから、そもそも舞台の映像は撮影していないでしょうね。

投稿: gustav_xxx_2003 | 2011年6月19日 (日) 21時19分

gustav_xxx_2003さま、こんばんは。
コメントどうもありがとうございます。

しばらく、「モーゼとアロン」をご無沙汰でしたので、自分の記事を読み返し、あぁそうだったのか!と思いおこしました。
どうもありがとうございました。

このオペラは、やはり舞台か映像があった方がよろしいようです。
いずれは、DVDを手に入れようとは思いますが、ケーゲル盤も聴かなくてはいけませんね。
それにしても、マデルナの指揮でご覧になられたとはスゴイです。
ベルリン・ドイツ・オペラのあの時の来日では、マゼールのローエングリンのテレビ放送を見た記憶のみが残っております。
ゼルナーの演出、写真で見るかぎりなかなか斬新でした。

投稿: yokochan | 2011年6月19日 (日) 23時54分

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棚ぼたで、こんなの行かないわよね〜〜〜と遠慮がちにチケットが巡ってきまして、仕事帰りに急きょ寄ってきました。実は、いつごろだったか、Orfeoさんのオペラ・レビューを読んで、こういうのけっこう好奇心で買ってどこかにしまってありそう・・と思って捜し出したのですが、なかなか見る気になれず再び寝かしていました。1974年制作のこのオペラの映画化です。で、今秋、ベルリン国立歌劇場来日の演目のひとつがこれじゃないですか。これは時機到来で視聴したところでした。意外におもしろかったので、なんという幸運というわけ... [続きを読む]

受信: 2007年10月20日 (土) 08時00分

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