ドレスデン国立歌劇場来日公演の「ばらの騎士」を観劇。
最愛のオペラのひとつ、この「ばら騎士」は今年3度目。
この来日公演、指揮者の交代や歌手降板などが相次いだが、さすがはドレスデン。その伝統に培われた底力の前には脱帽せざるをえない。
そんな伝統ある名門も、ドイツの風潮として、演出優位の饒舌な舞台を仕掛けざるをえないのが、今のオペラ界のトレンドなのか。
そういう意味では、自前のハウスが出来てまだ10年の日本では、オペラ受容歴は長いものの、まだまだ保守的だ。かくいう私もその一人で、先日のコンヴィチュニーのタンホイザーは楽しめたけれど、後味も悪かったのも事実。
パンフレットの写真を見る限り、普通のばらの騎士の舞台のようなので、安心しながら喧騒(いつもながら最悪の環境に辟易)の渋谷の街をぬけてホールに。
元帥夫人 :アンネ・シュヴァンネヴィルムス オックス男爵:クルト・リドゥル
オクタヴィアン:アンケ・ヴォンドゥング ゾフィー :森 麻季
ファーニナル :ハンス=ヨアヒム・ケテルセン 歌手 :ローベルト・サッカ
ファビオ・ルイージ指揮 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団/合唱団
演出:ウヴェ=エリック・ラウフェンベルク
(11.25@NHKホール)
普通と思ったけど、実に細かいところまで目が行き届き、仕掛けもいろいろ施されていて、まったく飽きることなく全幕楽しむことができた。そして、帰りの電車でパンフレットの解説を読んでなるほど、と唸ってしまった。
まず、このオペラを初演した劇場ならではの仕掛けとして、第1幕は、初演時の舞台装置が模倣されている。カルロスを思わせるくらいのルイージの快活な前奏に続き、幕が上がるとズボン役二人がじゃれあいながら部屋に入ってきて、慌しく、一刻も早く事に至りたいという思いらしく、着ている服をどんどん脱いでいく。
あら、いやだなぁ~と思うまもなく、それはマルシャリンとオクタヴィアンの二人。
下着っぽい姿になって、ベットに飛び込みもそもそとじゃれあっている。
こんな出だしだから、変に意表を突かれたけれど、後はさほどのことはなく、やれやれ。
それにしても、よく脱ぐし、際どい表現も。2幕で、オックス男爵の手下たちが、ファーニナル家の女性を追いかけまわすが、女性を椅子に追い込んでズボンを下ろしてしまう。
3幕では男爵も、カツラばかりか、服もどんどん脱いで下着姿になってしまう。
ここまで、リアリティーに徹しないと気がすまないのが今の演出なのだろうか?
時代設定は、1960年代初頭のように見える。
部屋に、スタイリストや寄付強要者や、物売り、歌手、ペット売りなど、ぞろぞろ出てくるが、目を引くのが、パグ犬3匹。ブラウンとブラック2匹。テノール歌手(R・サッカが美声で素晴らしかった)が歌う間もちゃんと聞いているみたい。
しかし、途中でブラウン1匹が、逃げ出して屋敷の奥の部屋に行ってしまう。
これがまた、仕掛けであって、3幕のごたごたでの、マルシャリンのあたりを打ち払う登場時に、小姓のマホメッド君に連れられ登場するのだ!これにはうけた。
それから、部屋の中にいかにもアメリカ人風の観光客が入ってきて、カメラでパチパチ写真を撮っている。これは意味不明だったが、解説を読むと、戦後の没落貴族の設定で、観光にも頼った生活をしているという。そして、壁紙や家具は古ぼけていると。
そういえば、そうであった、と合点がいった次第だ。
マルシャリンが、鏡を見て、時間の経過に突然怯え、皆を帰らせ、一人アンニュイに浸るとき。私のもっとも大好きな場面だ。シュヴァンネヴィルムスの立居振舞いが、まったくもって絵になっていて、彼女に魅せられる思いだった。
そして、オクタヴィアンが赤いバラの花束をもって登場。気のない様子のマルシャリンに、オクタヴィアンはバラを床にばさっと落としてしまう。
マルシャリンは、ガラスの花瓶を奥の部屋から持ってきて、そのバラを花瓶に一本づついけながら、時間の残酷さを歌う。このすてきな場面に、私はもうグッグッときてしまった。
走り去るオクタヴィアン、舞台に一人残ったマルシャリンは、陽光降り注ぐ窓辺に立ち、外をしばし眺め、カーテンを閉ざす。舞台は薄暗くなり、ソファーに腰掛けて物思いに浸り、体を横たえるマルシャリン・・・・・。
なかなかの1幕の幕切れ。
2幕のファーニナルの家は、高級マンションの高層階にあるようだ。途中、窓の外がだんだんはっきりしてきて、ネオンに輝くウィーンの街並みが見えてきた。WIEN・・・・の文字が見える。
ばらの騎士の登場に合わせて、赤い絨毯がするするとひかれ、撮影用のスポットライトが据えられたり準備万端だ。騎士が登場し、ばらの献呈も終わり、今度はカメラマンによる撮影大会が始まった。それを取り仕切る執事は、椅子の向きを変えたり、ばらを画像に入れたりと大忙しだ。
オックス男爵登場で、夢破れるゾフィーの仕草表情も、めちゃくちゃはっきりしている。
手下の傍若ぶりも先に触れたとおりで、都会のウィーンに出てきたチロル地方の田舎者といった風情がよくでている。最後の場面で、彼らは、全員ボトルを手にしていて、酔っ払っていて、瓶から酒を振りまきながら有名なワルツで踊りまくる。
3幕では薄暗いレストランが舞台で、正面に奥へ続く階段がしつらえてある。
ヴァルツァッキとアンニーナを買収し味方につけたオクタヴィアンは、それこそアルプスの少女のようないでたちで、かわいい。味方の二人や、企みに加担する人物たちに、お金を配分するところなど、かなりリアルなものだ。
以前から、イタリア二人組は、オックスの元から簡単に翻ってしまうが、そこのあたりの描写に不満があった。
これだけリアルに金を渡す場面があれば、わかりやすいというもの。
お決まりのくどきのシーンでは、マリアンデル(オクタヴィアン)は、ワインを4杯も一気のみしてしまう。こんなに飲むのは初めてみたし、歌手も水だろうけど、大変だ。
5杯目のワインは、好色オックスが隙をみて捨ててしまうところなど、実によく考えられたものだ。
スキャンダル騒ぎに登場する警部は、コロンボのようにくたびれた刑事で、サラリーマンのよう。結構取り調べのようにメモったりしている。
そこへ、現れる元帥夫人の様子は先の通り。
黒いモード風のドレスをまとい、美しいものだ。でも足元にひょうきんなパグ公がチョロチョロしているのは、何とも・・・・・。
終始マルシャリンは背筋をしっかり伸ばし、気品を保っていて、チューリヒのマルシャリンのように、取り乱したりはしない。大柄で美しいシュヴァンネヴィルムスが外見とともに、実に板についた役柄だ。
ゾフィーを認め、すべてを受け入れる覚悟をしたマルシャリンが右、事の終わりを覚悟し不安に怯えるゾフィーが左、その間で揺れ動きどうしていいかわからないオクタヴィアンが真中奥に。こうした美しいシンメトリーの描き方も見事に思った。
本日の席は、思わず奮発した2列目最右翼だったから、至近にシュヴァンネヴィルムスが歌っている。その分、森麻季ちゃんは遠かった訳だけれど、シュヴァンネヴィルムスの演技の細かで入念な様子が手にとるようにわかった。ため息まで、ついているのだ。
この3重唱、オーケストラ共々、本日のハイライトと思えるくらいに絶美の場面だった。
毎度ながら、私の頬には涙がつぃーっと一筋・・・・・。
やたらに、若い二人がいちゃつくのもこのリアルな演出ならでは。
ファーニナルに手を副えられ、中央階段を去るマルシャリンに、オクタヴィアンが追いつき、振り返るマルシャリン。こうした場面もなかなかぐっとくる。
注目のエンディング。実は、モハメッドが、若い二人のやり取りを、ベッドの下に隠れて見ている。二人が去って、悪戯っぽく軽快な音楽に乗って、ベットの下から出てくるが、なんと、あのパグ公を追って、オックス男爵のニセ子供たちが4人走りこんでくる。
モハメッドの手には、お約束のハンカチが握られている。皆でパグ公を追い回し、幕がさっと降りた。
なかなかに、ユニークかつ洒落たエンディングにニンマリのわたくし。
まずは、ルイージ指揮するドレスデンの素晴らしさを賞賛したい。
どんな強奏でもうるさくなく、音がすべて明快に聴こえる。ドレスデンの出す音は、ともかくデカイ印象をかねてよりもっているが、こうして歌が乗ってもその音が全然うるさくないし、声をふさいでしまうことが決してない。
歌劇場のオーケストラとしての特質と、劇性を身につけたルイージの手腕ではなかろうか。
1幕のマルシャリンの歌におけるデリケートで精密な響き、2幕の若い二人の二重唱の場面の心躍るような歌いぶり(この旋律が大好きなのだ!)、そしてオックスの有名なワルツにおける弾むリズム、3幕の最後の3重唱の陶酔感・・・・。
どれもこれも、ドレスデンのシュトラウスは魅力に満ち満ちていて抗しがたく、いつまでも浸っていたい音楽の泉であった。
デノケの降板は残念だったけど、シュヴァンネヴィルムスはエリーザベト以上に素適だった。気品と憂愁、強さと弱さ、そのいずれをも豊かな表現力で歌いだしていたように思う。
舞台姿も実によろしい。
ヴォンドゥングのオクタヴィアンは、女性的なオクタヴィアンで、マリアンデルが一番似合っていた。その点、カサロヴァとは逆だけれど、彼女も声の幅が豊かで広くて、存在感があるのがよかった。
それでもって、リドゥルのオックス男爵が、まったくもって素晴らしかった。
ウィーン生まれのリドゥルは、現在最高のオックスではなかろうか。
下品ばかりに陥らず、大いなる俗物としてのオックスは、憎めない表現だった。
その声は、深々とした美声で耳にも馴染みやすく、忘れ難い。
時おり、歌がなくても、むにゃむにゃ喋ったり、口笛を吹いたりと芸達者でもある。
森麻季は、健闘賞。あの小柄な体で、大きな歌手たちに混じってよく歌っていたのでは。
惜しむらくは、私の席ではよく聴こえたけれど、席によっては声が通らなかったらしい。
でも、その彼女にブーをいうのは、あまりに可哀想というものだ。
カーテンコールで、誰か一人でかいブーイングを浴びせた。ドレスデンという名門で実際に舞台に立ち、日本にも凱旋して来た彼女。その彼女に心無いブーは、日本人としてどうかと思う。あんな馬鹿でかいホールで、オペラをやらかすこと事態がブーの対象なのに。
きっと、ドレスデンでは小柄でかわいい日本人としての彼女は、大いにうけたのではなかろうか。シュヴァンネヴィルムスが、いたわるように、彼女のオデコに口付けをして称えていたのが印象的だ。
パグ公も、ちゃっかりカーテンコールに出てきていて、拍手を浴びていたのが笑えた。
ちなみにこの犬は、天クンとって、公募で選ばれたそうです。飼い主の方、パグ公なんて言って申し訳ございません、立派な役者でした。(画像はジャパンアーツHPより拝借)
本日も、期せずしてromaniさんとご一緒でした。
ワインを傾けつつ、幕間での楽しい会話もオペラの楽しみです。
ばらの騎士の素晴らしい舞台がまたひとつ経験できた。
何と言っても、「ドレスデンのばらの騎士」だったのだから。
でもNHKホールはもう勘弁・・・・・・。
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