
R・シュトラウス(1864~1949)のオペラシリーズ、いよいよ全15作のおおとり、「カプリッチョ」を取り上げる。
このブログでは、2回目、フレミングの映像で、カーセンの考え抜かれた演出のものだった。
「カプリッチョ」は、シュトラウス最後のオペラ作品であり、あとは吹奏楽のソナチネと「最後の4つの歌」を作曲したぐらい。
「ダナエの愛」(1940)に続いて、とりかかり、1941年に完成。1942年にミュンヘンで初演された。
この作品も台本作者不在の宿命を背負っている。
ホフマンスタールのあと、ツヴァイクと良い関係が築けたが、ナチスの台頭でスイスに亡命してしまう。
そのツヴァイクが提案していたのが、サリエーリが作曲していた「はじめに言葉、あとに音楽」というオペラの内容。
ツヴァイクの次の台本作者グレゴールに頼んで、スイスに行ってもらって構想を練ってもらうことにしたが、結局は納得のゆくものが出来そうにない。
シュトラウスは、抒情でもない、詩でもない、感情陶酔でもなく、聡明で、無駄のない機知といったものを欲していたという。
まさに老練の境地とでもいえようか。
ヴェルディやワーグナーの晩年の境地を思ったことであろう。
そんなシュトラウスの意図をくまなく理解していたのが、芸術上の理解者であり協力者であった、クレメンス・クラウスだった。
シュトラウスの全面的な意図のもとに、クラウスが台本を書くという共同作業になった。
生粋のウィーンっ子であり、貴族の血も流れるクラウスの文学的な才能には驚きを禁じえない。
言葉の洪水的な部分はあるにしても、実によく練られよく考えられた台本である。
初演の指揮も、当然クラウス自身が行なっている。
カプリッチョ=狂詩曲という名のオペラ、舞台は18世紀後半、パリの貴族の宮殿で、久しぶりに神話の世界から回帰している。
オーケストラの編成は小振りで、合唱も登場せず室内楽なオペラで、これまでシュトラウスが希求してきた透明で羽毛のような軽やかで、かつ古典的なサウンドが完璧な作曲技法とともに満載となっている。
言葉(台詞)は多いけれど、音楽とともに無駄なものはひとつもない、と思わせる。
練達のシュトラウスが行き着いた境地ではあるけれど、まだまだ書くことができたのではないかとも思ってしまのは、欲張りだろうか・・・。
クラウスの求めもあったが、「これよりよいものが続きえるでしょうか?生涯の演劇創作の最良の終結ではないでしょうか?人は最良の遺書をひとつしか書けないものです・・・。」
と応えている。
この言葉は、オペラの題材と最後の場面を聴くことによって、大いに納得しうる。
パリ近郊、伯爵の兄と若い未亡人の妹が住む宮殿の客間。
作曲家フラマンが作った弦楽6重奏が演奏されている。
劇場支配人ラ・ローシュは、よき調べに気持ちよく眠っている。伯爵令嬢は、うっとりと聞き惚れている。
フラマンは、自分の音楽が令嬢に満足を与えたとして満足しているが、詩人オリヴィエは、自分の詩の方がお気に入りなのだとして譲らない。
言葉(詩)と音楽、どっちが勝っているか、さらにラ・ローシュも加わり、3人で激論が交わされる。
今夜、邸宅でオリヴィエの書いた劇が上演されることになっていてこうした人物達が集っているのである。
代わって令嬢と伯爵が登場し、伯爵は令嬢が作曲家に惹かれているのではないか?とからかい、自分は詩の方がすぐれているという。
令嬢は、今夜の劇でその詩を伯爵お気に入りの女優クレーロンが朗読するからね、と逆にやり返す。
ラ・ローシュが、今夜の演目を説明する。
まず、フラマン作曲のシンフォニア、次いでオリヴィエ作の劇、自身作のスペクタル劇、という具合に。
そこへ、クレーロンがやってきて、練習が始まる。
オリヴィエの伯爵令嬢への愛を歌った朗読に刺激を受けたフラマンは、作曲に没頭する。
その出来立ての歌は、令嬢を魅惑してしまう。
でも令嬢は、「あなた方は分かちがたく、一体化しています」とどちらともいえない態度。
二人になったフラマンは、明日朝返事を自分に聞かせてくれるという約束を令嬢から取り付ける。
一同が揃う中、新しいバレエダンサーが紹介され、ガヴォットなどいくつかを踊る。
その間、伯爵はクローレンに、今夜一緒にパリへ行くという約束をしニンマリ。
ここで、今夜のスペクタル劇を説明するラ・ローシュだが、2部形式の古めかしい活劇を説明し、全員の嘲笑を浴びる。
それでもめげない彼は、「劇場の永遠の法則」を朗々と長時間に渡り大演説を行い、逆に大喝采を浴びる。
そこで、解決策として令嬢は、「オペラ」を作ることを提案。
内容は、「今夜起こったこと」をテーマにすることで、兄の伯爵。
すっかり意気投合した、詩人と作曲家(でも、詩が音楽が、一番だと思っている二人)は、劇場支配人とともに、準備のため去る。
女優と伯爵は、パリへ向かう。
誰もいなくなった部屋に、召使たちが現れて、やれやれ、すべてはお芝居、自分たちこそ舞台裏を知っているのに・・・・。
家令がひとりとなり、そこに居眠りしておいてきぼりを喰ったプロンクターが登場し、家令ととぼけた会話を交わす。
二人が去ったあと、音楽は美しすぎる「月の光の音楽」となる。
正装した伯爵令嬢が登場、そこへ伝言を持った家令がやってきて、詩人オリヴィエが明日朝にお会いして、オペラの結末について聞きたいとのことを告げる。
期せずして、二人がかち合うことに。「これは宿命、二人は分かちがたく結びついているのだわ」決めあぐねる令嬢。
令嬢は、ハープを弾きながら、オリヴィエの詩に、さきほどフラマンが作ったソネットを歌う。
鏡に映る自分に問いかける、「さあ、なんと答えるの?愛されているのに、自分を与えられないの?二つの焔の間で燃え尽きたい?・・・・」
「あの人たちのオペラの結末を見つけるのに、月並みでない結末があるかしら?・・・」
迷う令嬢に、家令が食事に仕度を告げにきて、音楽は洒落た結末となる。
全1幕、2時間20分。同じ舞台に様々な登場人物。動きは極めて少なく、各人の心象心理のみがドラマとなっている。
言葉と音楽、鶏と卵のような永遠のテーマに、詩人と作曲家への愛を重ね合わせた秀逸なドラマ。
ここに付けられたシュトラウスの音楽の素晴らしさに、はなはだ抗し難い魅力を感じる。
グルックやピッチーニの音楽ばかりか、オペラのテーマを決めるのに、これまでの自作(アリアドネやダフネ)の旋律も鳴り渡る。
主要な登場人物すべてに、歌いどころが作られていて、誰もが主役。
フラマンの愛の告白の歌はシュトラウスがテノールにつけた一番美しい曲かもしれないし、ラ・ローシュの大演説は驚きの大曲。
お決まりのイタリア人歌手も登場する。
さらに、フーガや8重唱なども組み込まれていて、ヴェルディの「ファルスタッフ」をも思わせる。
そして、一番素晴らしいのは、シュトラウスらしい澄み切った心洗われる終幕場面。
私は、月の光の音楽から、伯爵令嬢のモノローグまで、明滅するように、儚くあまりに美しすぎる音楽には言葉がなく、感動のあまり茫然としてしまうことになる。
R・シュトラウス 「カプリッチョ」
伯爵令嬢:エリーザベト・シュヴァルツコップ 伯爵:エーベルハルト・ヴェヒター
フラマン :ニコライ・ゲッダ オリヴェール:ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ
ラ・ローシュ:ハンス・ホッター クレーロン:クリスタ・ルートヴィヒ
イタリア歌手:アンナ・モッフォ
ウォルフガンク・サヴァリッシュ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
(1957・58年録音)
ほれぼれするような豪華キャスト。もうステレオ時代だったのに、EMIは遅かったのが残念だが、モノラルながらいい録音。
初演者でもある、ホッターのかくしゃくたる劇場支配人がとてつもなく素晴らしい。
こんな器用な人だっけ?と思ってしまったし、例の演説もウォータンばりの歌唱。
それに、若いゲッダとF=ディースカウの美声の名コンビ。
FDとルートヴィヒの朗読も見事という他はないし、ヴェヒターの軽やかな伯爵もいい。
これに加えて、シュヴァルツコップが悪かろうはずがない。
一語一語に、推考を重ねた思いのたけのこもった名唱。
贅沢を言えば、スタイリッシュな歌唱がスタンダートとなった今、少し味わいが濃いかもしれない。
ヤノヴィッツやトモワ・シントウと比べても、と、ほんとの贅沢な話なんだけれど。
若きサヴァリッシュは、今も昔も変わらない、それこそ、スマートで明晰なシュトラウスに取り組んでいる。
ニュートラルな英国オケもそれに寄与している。
ホルンは、かのデニス・ブレインだろうか?録音が、ホルンだけちょっオフに聴こえて残念。
ついでながら、バリトンの美声を持つサヴァリッシュが、ほんのチョイ役で登場するのもご愛嬌。
よき時代の夢のような録音。でもこれがデッカかDGだったら・・・・・。
こちらは、もうひとつの愛聴盤のベームのバイエルン放送盤。
負けず劣らずの素晴らしいキャストにため息。
シュタイン、ウィーン・フィル、トモワ・シントウのザルツブルクFMライブも自家CDRを作成して聴いている。
あと、いつも思うEMIの再発もののジャケットのお粗末さ。
このところ出てるオペラの廉価盤など噴飯もの。
何故、オペラだけオリジナル・ジャケットが使えないのだろうか?
これをもって、R・シュトラウスのオペラ全15作品を取り上げたことになる。
近くレヴューしてみたいが、つくづくと劇場の人であったシュトラウス、「グンドラム」から「カプリチョ」まで駄作がひとつもなく、どこをとってもシュトラウス。
劇的な転換は、「サロメ」「エレクトラ」から「ばらの騎士」だが、あとは大きな変換はなかったように思われる。何度も書いたが、有名な管弦楽作品は大方書き終えて、オペラに集中したシュトラウス。生涯、女性の声にこだわった。
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