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2007年12月30日 (日)

ワーグナー 「ローエングリン」 アバド指揮

Abbado_lohengrin 昨晩のバイロイト放送は、今年新演出の「マイスタージンガー」だった。(映像少しあり)
ウォルフガンク・ワーグナーの娘、カタリーナのバイロイト初演出。リヒャルトの正統の血を引く曾孫の彼女、将来はバイロイトの運営者ともささやかれる彼女がどのような演出を出したかは放送では不明。

 写真や報道を見聞きする限りでは、相当過激なものだったらしく、3幕が終わるとすさまじいブーイングに包まれるのが放送でも聴かれた。
私のバイロイト放送試聴の経験で、同様の激しいブーは、古いところからいくと、「G・フリードリヒのタンホイザー」、「シェローのリング」、「シュルゲンジーフのパルシファル」の3演目が挙げられるけれど、「カテリーナのマイスタージンガー」はそれに匹敵するくらいのブーイング。果たしてこれから、シェロー・リングのように輝かしい成功の道をたどるのだろうか?それとも、陳腐なだけのシュルゲンジーフのようになってしまうのか?

 記事を見ると「ナチズムの歴史と記憶からの回避」が根底にあるという。
聖地バイロイトは、我々日本人から見れば、純粋にワーグナー音楽の聖地なのだが、ドイツそして、ワーグナー家からすれば、ヒトラーに利用された忌まわしい過去がついてまわるということであろうか。
総裁のウォルフガンクが自身ができないことを、他の演出家に毎度やらせてきたこと。
まるで、ウォータンとジークフリートの関係のようだ。
カテリーナは、ブリュンヒリデとなりうるだろうか?
これだけ自己批判精神の強さを見てしまうと、なにやら気恥ずかしい気分でもある。
誰も傷つかない、万事丸く治めようとする、煮え切らないどこぞの国とは大違い・・・・。

いやはや、前置き長すぎ。

CDで聴くオペラは純粋に音楽に没頭できていい。
今回のアバドのローエングリンは、ウィーンのムジークフェラインでの完全なスタジオ録音なので、正に完璧な仕上がり。
ライブ録音ばかりになってしまった昨今にあって、こうした完璧なスタジオ録音が懐かしい。
Abbdo_lohengrin2 いうまでもなく、アバドはバイロイトに登場しなかった(この先もないだろう)大指揮者の一人だが、以外に若い頃から、ワーグナーを目指した人だった。
トリスタンやローエングリンの管弦楽曲は、早くから演奏してたし、スカラ座の監督時代にシーズンオープニングで、ローエングリンを上演して大成功を収めている。
この時は、ルネ・コロとの共演だから音源があれば是非聴いてみたいものだ。
 さらにウィーン国立歌劇場の音楽監督時代にもローエングリンを取り上げ、ドミンゴが歌った。
その後に録音されたCDが今回のもの。
さらに、ベルリンフィルに着任し、ザルツブルクのイースター祭で、ついに念願のトリスタンを指揮する。
その後は、病後パルシファルを上演して、ベルリンを離れてしまい、ワーグナー全曲を指揮する機会は失われたままである。

ローエングリン→トリスタン→パルシファル、この3作の流れは結果的に、いかにもアバドらしい。マーラーや新ウィーン楽派、ドビュッシーを好むアバドならではの選択に思われるから。アバドは、ベルリン時代、タンホイザーとマイスタージンガーを取り上げることも考えていたらしいから、彼の病気と離任はとても残念なこと。
 ルツェルンに新しいオペラも上演できる劇場が建設されるらしいから、そこでの活躍も期待しよう!

アバドのワーグナーの特徴は、ワーグナーを特別なものでなく、ごく普通の音楽としてとらえ、そこに精緻で清冽な響きと、豊かな歌を盛り込んだもので、マーラーやベルクを演奏するのとなんら変わらない品格をそこに与えることだ。
その精度の高さと、音符ひとつひとつにかける執念のような思いがにじみ出た音楽造りに、私はいつも感激してしまう。
それが重々しくならず、常に澄み切って軽やかなところが、カラヤンとはまた違ったワーグナー像の創造であると思う。
そんなアバドに、ウィーン・フィルの決してうるさくならない美音が大きく寄与していて、木管と金管のまろやかさにまいってしまう。
 でも、数年後ベルリン・フィルの音をより自発的で開放的なものに変えてしまったアバドにとって、最高のワーグナーを聴かせるパートナーはウィーンでなく、ベルリンになった。

ローエングリン:ジークフリート・イェルザレム エルザ:チェリル・ステューダー
ハインリヒ    :クルト・モル         テルラムント:ハルトムート・ウェルカー
オルトルート  :ヴァルトラウト・マイアー   伝令士  :アンドレアス・シュミット

  クライディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                  ウィーン国立歌劇場合唱団
                           (92年録音)

豪華なキャストは、当時のDGならでは。
一番凄みがあるのが、マイアーのオルトルート。憎々しくもしおらしい、クンドリーと対をなすその二重の対比ぶりが素晴らしい。
主役二人には強烈な個性こそないが、やはり立派なもの。
ムジークフェラインの柔らかく雰囲気豊かな響きを捉えた録音もいい。

かつての記事から~アバドとローエングリン関連で

 アバドのワーグナー  「ワーグナー アバド」(ジルヴェスター) 
 アバドのワーグナー  「トリスタンとイゾルデ」
 アバドのワーグナー  「アバドのワーグナー」(ベルリンフィル)
 ローエングリン     「アルミンク 新日本フィル」
 ローエングリン     「マタチッチ バイロイト」
 ローエングリン     「スゥイトナー ベルリン」
 ローエングリン     「ラインスドルフ ボストン響」
 ローエングリン     「バイロイト2005」
  

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コメント

おはようございます。「親方歌手」のドキュメント映像、おかげさまで楽しく視聴しました。FMで、靴をたたく音じゃなくてタイプライターを打つ音が入っているなあ、と思ったら、ほんとにザックスが打っているのでした。シュトルツィングがチェロにペンキ塗っているのも驚きで、かなりの演出だったことが分かりました。

投稿: guuchokipanten | 2007年12月31日 (月) 09時52分

guuchokipantenさん、どうもこんにちは。
放送を聴いていたら、3幕が一番過激で、ゲネプロ公開もしてなかったらしいですね。
バイロイトの公式サイトの舞台写真は、今年から出なくなりました。
ヴァイグレの指揮はまずますだったと思いますが、歌はみんなヘロヘロですね。演技に気を取られすぎなんですかね~。

投稿: yokochan | 2007年12月31日 (月) 21時42分

yokochan様
結果的にこれがアバド様唯一の、ワーグナー・オペラ全曲物と、なってしまいましたね。
でも、1960年に当時としては最年少でバイロイト音楽祭に登場し゛ローエングリン゛を振った、ロリン・マゼールさんでも結局はワーグナーの全曲セッション録音を、行なわずじまいでしたから、当時のドイツ・グラモフォンの商策に感謝しないと、いけないかと…。
脱線ながら1976年に開始され、バイロイト音楽祭で毀誉褒貶を巻き起こした、ブーレーズ指揮とシェロー演出のあの指環四部作のDVDディスクで、一万一千円ほどで売り出しと、タワレコの輸入盤セール案内メールに、ございました。
ただ、この長尺物をきちんと聴き通し見通せられるかなぁ…との、気持ちがございます。’’

投稿: 覆面吾郎 | 2024年11月19日 (火) 10時12分

アバドのワーグナー全曲盤は、こちらが唯一となってしまいましたが、トリスタンが録音されていながら、諸事情で発売されず、パルジファルもアバドの病やベルリン退任などが重なり、録音に至りませんでした。
いずれも非正規で楽しんでおりますが・・・
 マゼールはベームと重なったために録音には恵まれませんでしたね。

ブーレーズのリングは通常のDVDは所持してますが、30年前にNHKが放送したときの録画ビデオを何度も観て、ほとんど脳裏に刻んでます。
ブルーレイディスクが欲しくてたまりませんが、先の見えてきた人生、そうそうに観ることもできないと諦めてます・・・・

投稿: yokochan | 2024年11月26日 (火) 18時00分

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