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2007年12月15日 (土)

尾高忠明指揮 読売日本交響楽団演奏会

Suntry_2 尾高忠明指揮の読売日本交響楽団の定期演奏会を聴く。好物のエルガーの交響曲をやってくれちゃうもんだから、かなり前からチケットを手当てしていた。
実は昨晩、シティフィルのコルンゴルドの交響曲のチケットを忘年会で没にしてしまった。12月のコンサートはこうしたリスクがつきものだけど、土曜日ならば大丈夫。余裕のよっちゃんで(ふるッ)でサントリーホールへ。そういえば、銀座線に旧型の真黄色の車輌が復活してますな。

  マルトゥッチ  ピアノ協奏曲第2番
        ピアノ:ゲルハルト・オピッツ

  エルガー    交響曲第2番

        尾高忠明 指揮 読売日本交響楽団
                    (12.14@サントリーホール)


うかうかしてると第九だらけになってしまう前の貴重なプログラム。
トスカニーニも愛したというマルトゥッチのピアノ協奏曲は初めて聴く曲。マルトゥッチ(1856~1909)はマーラーと同世代でナポリ生まれながら、ブラームスの影響が色濃いということで、興味深々で聴き始めた。
そう、確かにブラームスの響きがする。と同時にシューマンやショパンも。そして私には、スクリャービンのロマンチックなピアノ協奏曲も思い起こさせた。

滔々と流れる音楽は、ブラームス風とはいいつつも、とても明るくて親しみやすい。
最初は戸惑ったけれど、旋律が豊富で、とりわけ夜想曲のような2楽章の美しさにはうっとりとしてしまった。
この曲のスペシャリストであるオピッツのピアノは、完全に手のうちにはいった弾きぶりで、余裕さえ感じる。強弱のレンジがきわめて広く、かつ繊細なピアノは素晴らしかった。

ムーティ/ウィーン・フィルとのエアチェック音源を探し出して、つまみ聴きしてみる。やはり、2楽章がとてもキレイだ。それは静かな海に浮かぶ月のようだ。ムーティも同郷のマルトゥッチが好きらしい。

さてメイン・デッシュのエルガーの交響曲。
メモリヤル・イヤーの今年の末尾を飾るに相応しい素晴らしい演奏。
今年3回目の第2交響曲、これまで2回はいずれも大友直人さんの演奏で。
とりわけ京都で聴いたものは、大友さんが京響で培ってきたものの集大成のような、オケと聴衆と三位一体感のある心の襞にふれるような桂演だった。

同じくして英国音楽を得意とする尾高さんの第2はどうであったか。
それは思いのほか熱く、気合のみなぎった、尾高さんのエルガーに対する思い入れが奔流となって湧き出てくるような音楽だった。
こう来るとは思わなかった。
気合の声も聞かれるなか始まった第1音からして惹きこまれる。
いくぶん早めのテンポで、ぐいぐいと進められる1楽章は快活そのもの。時おり立ち止って回顧する場面での懐かしい雰囲気は、ロンドンの街並みに佇んでいるかのような気にさせる。
哀切感溢れる2楽章、押しては引く波のようにジワジワと盛り上がりゆくさまに、聴いてる私もここでは涙腺が潤んでしまう。尾高さんの祈るような指揮振りも見ものであった。
打楽器が大いに活躍する3楽章での爽快感と、崇高な終楽章の対比も見事。
まとめるのが難しいこの終楽章、終わりに近づくにつれて神々しくなっていって、1楽章をゆっくりと回顧する場面、もう息を飲むような素晴らしい終結部を描いてゆく。
夕映えのようなエンディングに、消え行く音楽に尾高さんも指揮棒を両手で抱えるようにして動きを止めた。この静寂を早くも破ってしまう無常の拍手!!
またもや、やられてしまった。あのベルリンのトリスタンを思い起させるようなパラパラと止み行くような拍手に。
でも、尾高さんも、しょうがない、といった感じで手をさっと降ろし体勢を緩めたものだから、拍手はうまく連鎖して拡がって、やがて熱い拍手とブラボーに変わった。
毎度のことながら、何故、余韻を楽しもうとすることが出来ないのだろうか。
拍手なんて、あとでいやというほど出来るだろうに。

スリムな京響に比べると読響の音は重心が低いように思ったが、尾高さんの指揮に完璧なまでに反応していて、弦の美しさと木管のバランスが非常に良かった。
デヴィット・ノーランがコンマスを務めているとは不覚にも知らなかった。
ロンドン・フィルの名コンマスで、ショルティやテンシュテットの信任も厚かった名手だけに、尾高さんのエルガーにとって、今日の読響は心強いパートナーだったであろう。
ちなみに、ハイティンク時代のいぶし銀のロンドン・フィルのコンマスは、ロドニー・フレンド。
LPOの一番いい頃で好きな時代だったかも。

1 今日のコンサートで、今年の音楽会は打ち止め。
大好きな英国音楽、エルガーで締められるとは、無常の喜び。
尾高さんのエルガーは、来年6月にN響で1番、11月に札響で3番。おそらく恒例の東京公演も3番。札響とのこのCDも春には発売になるはず。
来シーズンの、尾高/札響は、「ピーターグライムズ」全曲やディーリアスも取り上げるので、いまから旅費の工面に頭を働かせている。
 そして大友さんも、負けてない。
東響で、エルガーの威風堂々を毎回取り上げるプロジェクトがある。京都との連携もあるだろうし、楽しみだ。
二人の英国音楽の旗手には、どんどん競合していろいろな曲を取り上げていって欲しい。

写真は、赤羽橋あたりから見た昨晩の東京タワー。

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コメント

尾高さんのエルガーの定評は、ネットでもよく見かけていましたが、14日のコンサートもすばらしかったのですね。
尾高さんの生演奏には接したことがないので、一度は聴いて
みたいです。
それに3番のライヴも聴いたことないですね。大友さん、
最後に京響でも取り上げてくれないかな~。

投稿: | 2007年12月16日 (日) 12時03分

丘さん、こんにちは。
尾高さんのエルガーはやはり素晴らしい。
大友さんもいいけど、尾高さんも・・・、という気分です。
3番の日本初演は、札幌かもしれませんね。
京都も負けていられませんよ(笑)

投稿: yokochan | 2007年12月16日 (日) 17時44分

私もエルガーにはうならされましたが、ゲルハルト・オピッツのマルトゥツチもお目当てでした。2007年12月4日、27日のベートーヴェンツィクルスも聴きまして、うならされてしまい、体が熱くなってしまいました。コンツェルトもすばらしいものでしたし、尾高さんのエルガーも名演でした。
これは、4月29日、日本では1977年以来30年ぶりだったペーター・レーゼルのリサイタルに行き、大変感動してしまい、早く12月が来ないかな、と待ち遠しい思いでいっぱいでした。
今年、ペーター・レーゼルとゲルハルト・オピッツのべトーヴェンツィクルスのチケットをセット券で取りました。楽しみでなりません。

投稿: 畑山千恵子 | 2008年6月22日 (日) 20時10分

畑山さま、コメントどうもありがとうございます。
エルガー目当てのコンサートでしたが、私にとって伏兵ともいうべき存在だったマルトゥッチの曲の美しさにはまいりました。
同じオピッツの弾くムーティ・ウィーンフィルのCDRをその後何度も聴きました。
オピッツやレーゼル、ドイツ本格派がお好きなのでしょうか。
レーゼルは、そんなに久しぶりの来日だったのですね。
ベートーヴェン、シューマンやブラームスがとても素晴らしい人との印象が強いです。
ソナタのチクルス、素晴らしいコンサートになるといいですね。

投稿: yokochan | 2008年6月22日 (日) 23時45分

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