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2008年1月

2008年1月29日 (火)

ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」 ジュリーニ指揮

Giulini_beethoven3 今日は久方ぶりに正統的なドイツの交響曲。
ベートーヴェンの「英雄」をここに取上げるのも昨今の当ブログの流れからいくと稀なこと。
でも長い鑑賞歴の中では、イヤというほど聴いてきたベートーヴェンの交響曲。
久しぶりに聴いてみて、清々しくもキリリとした音楽に心洗われる思いだった。

私はいつも聴いている音楽についてのブログを書くとき、その曲が作られた年と時代背景を意識して調べることにしているが、この英雄交響曲ほど、そんなことをくだくだと述べる必要のない曲はないだろうな。1804年の年号とナポレオンというのふたつだけで、すべてが言いきれるかもしれない。
日本では徳川11代家斎の時代、なんともこの差は大きいもんだ。

カルロ・マリア・ジュリーニが、真の巨匠として脚光を浴び出したのは1975年くらいからだったかしら。ウィーン交響楽団の指揮者に就任し、DGにはシカゴ響とのレコーディングが始まったころ。私の唯一のジュリーニ体験は、その75年のウィーン響との来日公演だった。

アメリカでの活動は、メータの後任としてロスアンゼルス・フィルの音楽監督を引き受けたときにピークに達した。ロスフィルとの組み合わせは、シカゴ以上に新鮮な思いで受け止めることができたもんだが、この「英雄」がその第1弾だったはず。

Giullni 発売当時、即レコードを買って聴いたが、シカゴとの緊張感に満ちた音と異なり、全体に音が冴えないような気がしたのと、妙に響きが拡散して弛緩して感じたものだ。

数年後、DGオリジナルのシリーズで、CD化されたものを聴くてみて、印象がかなり違って聴こえた。

そして今日数年ぶりに聴き直してみて、先に述べたような心洗われるような感銘を受けた。
まず感じたのは、音楽を際立たせるようなその立派な威容。
それは厳しくゴツゴツしたものではなく、豊かな歌心に裏打ちされた伸びやかな姿。
繰返しを行いながら、ゆったりとしたテンポでたっぷり歌い上げるものだから、全曲で57分もかかる。内側をじっくりと見つめながらも、音楽の響きは開放的だと思う。
とりわけ素晴らしく思ったのが、第2楽章の葬送行進曲。
じっくりとかつ、楚々と歌い上げる悲歌は思わず拳に力が入ってしまう。
こんな心のこもって、かつ、眼差しの優しい葬送行進曲なら、「私が死んだら流して欲しい曲リスト」にこの演奏を登録しておきたくなる。
 尻すぼみのようになってしまい、バランスのとりづらい終楽章も立派なもので、大交響曲としての風格に満ちた演奏に感じた。
もういちど、どのように響くか、あのレコードを鳴らしてみたい。自分が大人になったのか?

ちなみに、「死んだらリスト」は、あまりに不吉だから作りたくはないけど、それなりの心境に陥ったら残しておきたいなぁ。
フォーレに、トリスタンに、パルシファルに、神々の黄昏に、ディーリアスに、エルガーの1と2の緩徐楽章に、カプリッチョとダフネとダナエの愛に、ヴェルディ・レクイエムに、マタイに、ハウエルズ楽園に、モーツァルト27番に、ミサソレ・エロイカ・・・・・・・。
何日かかっても終わらない葬式を生前から企画・指示しておけば、嫌がって死なせてくれないだろな。

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追悼 加藤博一氏

Hirokazu_katoh1_2 先だって、野球解説者の加藤博一氏が56歳にしてなくなった。 西鉄→阪神→横浜大洋と、各チームで職人技を発揮した名手。
大洋ファンの私にとっても思い出深いのが、亡き近藤貞雄監督が生み出したスーパーカー・トリオだ。
1番「高木豊」、2番「加藤博一」、3番「屋敷要」の俊足トリオをズラリと並べ、ゴロひとつで、この3人で得点をあげることができた。
ちなみに4番は「ポンセ」、5番「パチョレック」、6番「高木由一」、7番「山下」、8番「若菜」、9番「遠藤」・・・・こんな素晴らしいオーダーの組めた年もあったんだ。

こんないい時代の立役者が、加藤氏。

巨人も折り目正しく強かった。

こちらの画像、月間ホエールズのファンブックは今は宝物。

球団は追悼試合を企画中とのこと。球場に「蒲田行進曲」と「ヒロカズ~~!」の声援が飛ぶことであろう・・・・・。涙・・・・・。

ご冥福をお祈りします。

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2008年1月27日 (日)

R・シュトラウス ヴァイオリン協奏曲とソナタ サラ・チャン&サヴァリッシュ

人気の宮崎県が誇る県立芸術劇場内のコンサート・ホール。その名も売られしまい、さらにそのメインホールの「アイザック・スターン・ホール」は春の国際音楽祭のメイン会場だが、不稼動の時に、結婚式場として活用することになったらしい。
劇場内のレストランを運営する企業の企画で、「ミュージック・ウエディング」と称し、会場で招待客が見守るなか、ステージで結婚式をとり行なうらしい。本式のパイプオルガンと聖歌隊までが登場するらしい・・・・。
引き合いも上々とのこと。
地方のハコものが抱える問題の庶民的な活用作としてはいいのかもしれないけれどねぇ。
本格的なクラシック専門のホールだから、感覚的にはサントリー・ホールで結婚式をしてしまうようなものだ。立派な音楽ホールが、国内隅々までにある国って世界的にも稀でしょ。
今話題のガソリン税の余剰分が、こんな形で地方に交付され、使われている。
もっと、音楽に近いところでの活用の仕方ってないのだろうかなぁ・・・。

Sara_chan_vncon R・シュトラウス作品シリーズ。
1882年、18歳のヴァイオリン協奏曲と、1888年、24歳のヴァイオリン・ソナタを取上げる。

音楽一家のシュトラウス家は、父がミュンヘンの歌劇場のホルン奏者で、自身も音楽家になるべく育った。幼い頃からピアノを弾き、またヴァイオリンの名手でもあった。
そんなシュトラウスが、得意のヴァイオリン協奏曲やソナタを、ごく若い頃に書いただけで、交響曲とともに、純音楽を作らなくなってしまったのが面白い。
表題音楽である、「交響詩」そして「オペラ」へと軸足が完全に移行してしまった。
唯一、「歌曲」のジャンルだけはずっと共にあった。

そんな若書きの協奏曲は、伝統的なロマン派の流れを汲む正統派協奏曲で、ブルッフのようにも聴こえる。でも後年のシュトラウスらしい感傷的な歌いまわしや、軽やかな旋律なども随所に味わえる。
2楽章のホルンとヴァイオリンソロとの掛け合いなどは、晩年の「カプリッチョ」のホルンを思い起させる。父がホルン奏者であったことを今更ながらに思えば、シュトラウス作品におけるホルンという楽器の位置付けがまたわかってきて楽しい。
3楽章の軽快な旋律は、聴いたあともずっと耳に残る。

そして、6年後のソナタは、いかにも若書き風の協奏曲とはだいぶ、様相が異なる。
かなり青年の音楽になっている。
3楽章形式で30分あまりのこれまた伝統的なスタイルを踏襲してはいるが、馥郁たるロマンの香りが満ちていて、冒頭部分はまるでブラームスかフランクのような雰囲気だ。
でもその晦渋さは一瞬だけで、その後、ヴァイオリンは青春を謳歌するかのような歌を気持ちよく歌いあげてゆく。
2楽章のロマンテックな香りに満ちた抒情はなかなかのものである。時に翳るような、その若々しい多感なメロディーは、シューベルトをも思わせる。
3楽章では高潔かつ気品あるメロディーがシュトラウスらしい。

Sarah_chang 元気娘サラ・チャンの明朗快活な演奏は、シュトラウスの若い作品にピタリときている。
存分に歌い、輝き、飛翔するさまは気持ちがいい。
彼女のお爺さんのようなサヴァリッシュが、シュトラウスはこうやるんだよ、とばかりの落ち着きをもった伴奏を受け持っていて、心強い。
ソナタの2楽章のピアノは大変に美しく聞き惚れてしまう。

ヴァイオリンソナタは、ハイフェッツが愛した作品。
キョン・チョン・ファも録音していたはず。
情熱を持ったヴァイオリニストが取上げる桂曲。

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2008年1月25日 (金)

R・シュトラウス 「ナクソス島のアリアドネ」 関西二期会新国公演

Ariadne_kansai_nikikai 今年の初オペラは、関西二期会が昨年製作した、R・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」。
新国立劇場の中劇場での上演。私はこちらのホールは初めてだったけど、アリアドネ上演に約1000人のキャパのこのホールはうってつけ。
舞台も近いし、歌手達の声、表情が間近に感じられていい。メインのホールがでっかすぎるんだよな。
今回3列目のほぼ中央の席で、飯守さんがすぐ近くで唸っている。
舞台も隅々まで見渡せて満足だったけど、字幕が舞台の最上部にあって、前列席だと上を仰ぎ見ないと読めない。のけ反るように見てると舞台がお留守になるし、そのまま眠りに入ってしまう危険もある
私は自慢じゃないけど、内容は把握してるから、舞台を中心に、指揮、オケの面々の観察に集中することにした。
この劇場、今後注意しなくちゃ。

まず書きたいのは、シュトラウスの音楽の素晴らしさ。
軽やかで精妙かつ明快。緻密にあまりにも完璧に書かれているのに、そんなことはこれっぽっちも感じさせない。

ホスマンスタールとの充実した仕事もあって、きっとスイスイすらすらと作曲しちゃったんだろな!劇の方の舞台となる地中海的世界を表現するうえで、かつそうした明晰さを出すうえでシュトラウスは大オーケストラではなく、室内編成のオーケストラに音楽をつけた。
しかも、ハープが2台、ピアノ、チェレスタ、ハーモニウムなどをピットに入れるという大胆な試み。
その涼やかさや透明感をもたらす響きは、劇場でこうして聴くと極めて効果的。
こうしたシュトラウスの音楽に私はまたしても陶然として椅子に縛り付けられたようになってしまうわけだ

Ariadne_kansai 舞台は、奇を衒わず、オーソドックスかつ具象的なもので、結論から印象を述べると、大正解ではないかと。
ヨーロッパの先鋭的な解釈からすると、常套的なのかもしれないが、このあたりの作品はまだまだ我々聴衆からすると馴染みがないから、具象的かつト書きに忠実な演出は嬉しいもの。
でもそれ以上に、舞台の美しさに感心した。

序幕の快活な前奏に続いてほどなく幕が開き、そこはウィーンの資産家の邸宅内の広場風のスペース。真中に水のチョロチョロ流れる泉があり、それを中心に奥が邸宅の窓ガラス、そして左右対称に立つ支柱と、小部屋が並ぶ。その部屋の扉から、ツェルビネッタやプリマやテノール歌手が出入する。でも作曲家にあたえられたスペースは部屋でなく剥き出し。始終出てなくてはならなし、序幕の主役でもあるからしょうがない。
この家の主人とお客の食事を給仕する人々がいったり来たりしていてあわただしい。
支柱や建物の建具や装飾は、ウィーンの世紀末風で美しい。

Ariadne_kansai_2 休憩後のアリアドネ劇の舞台も美しかった。
憂いをたっぷり含んだ前奏が鳴るなか、幕が開き、左右は序幕の建物が2階立て構造。
この対称のシンメトリーは、全曲を通じて効果的であった。
数段の階段の奥は、洞窟の岩間があって、青く眩い地中海が波打っている。
その光景を、客席に背を向ける恰好でアリアドネが物憂げにながめている。
実に美しい。
左右の岩間を出入りする色とりどりの3人のニンフ達。
そして、ハルレキンをはじめとする道化たちは、この場に本当に不自然。
でも音楽がそれを見事につなぎとめる。ハルレキンの歌をニンフのひとりエコーが模倣して歌う。この音楽の運びは天才的としか言いようがない!
道化とツェルビネッタの歌とダンスは、深刻なアリアドネ組との対比もうまくできていたし、歌手たちの演技の素晴らしさやダンスにもびっくり。
 そしてバッカスの登場では、岩間から霧が立ち込め、おもむろに、まがまがしい船が登場しバッカスを運んでくる。ちょっと滑稽な雰囲気だが、よく出来た仕掛けだ。
バッカスとアリアドネの二重唱では、夜が訪れ、バッカスの胸にアリアドネが抱かれるあたりから、背景の岩間には星が瞬きはじめる。
やがて情熱的な二重唱が進んでいくと、洞窟の岩は左右に開き、星空はさらに広がる。
左右に残ったバルコニーの2階に作曲家が現れる。これは、この演出の解釈のひとつ。
その脇には、ツェルビネッタが寄り添い、「女は、新しい神(男)が愛を求めてやってきたときは、私達は許すものです・・・」と歌う。
そして、そのバルコニーも左右に後退してゆき、背景は一面の星空。
抱き合うアリアドネとバッカスが、せりあがってゆく。上からは、最初からずっとあった四方に張ったシルクのような布が静かに降りてきて、ふたりを覆って、音楽も静かなエンディングを迎える。

こんな舞台の様子だった。

    アリアドネ:畑田弘美         バッカス:竹田昌弘
    ツェルビネッタ:日紫喜恵美     作曲家:福原寿美枝
    音楽教師:萩原寛明          舞踏教師:北村敏則
    ハルレキン:大谷圭介         エコー  :森原明日香
    ほか・・・

     飯守泰次朗 指揮 関西フィルハーモニー管弦楽団
                 演出:松本重孝
                          (2008.1.25@新国中劇場)

関西での上演で、しっかり練り上げられたチームだけに、まったく隙のない素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれた。
正直、こんなに充実しているとは思いもよらなかった。
飯守さん
の的確かつ情熱的なタクトが、すべてをまとめ上げていた。
こまめに歌手へのキュー出しもおこない、オケに対しても、煽ったり押さえたりと、完全に音楽と舞台の進行を把握した、劇場人としての指揮ぶりだ。
若杉さんと、飯守さんは世界級のオペラ指揮者なのだ。

Ariadne_kansai3_2  関西地場の方々なので、初めて接する歌手も多かったが、その実力にはびっくり。
そのなかで、おおいに気にいったのが、作曲家の福原さんとなんといってもツェルビネッタの日紫喜さん。どちらも完全に役に同質化した歌いぶりで、テクニックも万全。
声を聴いてのワクワク感は、ひさしぶりに味わった。
バッカスの竹田氏は、数年前の飯守パルシファルのタイトルロールで聴いた。
甘口でありながら、歌いだしは力強く、東京二期会の樋口氏に似ているタイプ。
アリアドネの畑田さんは、ちょっと声が苦しかった。でも存在感ある歌手に思う。
ほかの歌手の方々、みなさん過不足なく芸達者だし、歌も立派。

純正日本のシュトラウス上演も、ついにここまでの感ありで、嬉しさもひとしおの新国をあとにしたのは、もう10時。
最後の静かなエンディングも拍手にわずらわされることなく、素晴らしい観客。
あと日曜の上演があるが、チケットは売りきれの様子。
こんな素晴らしい上演が、東京では2000人しか楽しめない。もったない。

関西に負けじと、東京の二期会は6月に、このアリアドネを上演する。
ウェルザー=メストのチューリヒの前任、ワイケルトの指揮も注目だし、日本を代表するシュトラウス歌いの佐々木典子さんと横山恵子さんのアリアドネは注目。
こちらもチケット手配済みなんです!

 アリアドネの過去記事~シュトラウス・オペラ全曲から


      

  



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2008年1月22日 (火)

ブリテン シンフォニア・ダ・レクイエム ラトル指揮

Uk2008年は、「日英修好通商条約」が結ばれて150周年。
それもあって、「UK-JAPAN2008」という催しが企画されています。

想像力豊かでクリエイティブな国、英国。
その芸術、科学技術、そしてまさにクリエイテブ産業を通じて英国を紹介しつつ、日英の交流事業とするものだそうです。詳細は、公式ホームページをご照覧。
「さまよえる歌人日記」も、英国クラシック音楽の分野で、微力ながら「UK-JAPAN2008」の趣旨に賛同し、これまでにも増して英国音楽を取上げていきたいと思います。

クラシック音楽に係わる、公式イヴェントは、こちら
ロンドン響(ゲルギエフ!)、フィルハーモニア管、BBCフィルなどのメジャーオケの来日から、和製では大阪シンフォニカ(エルガー)や医学大オケの惑星(ボストック)、そしてなんといっても、尾高&札響のブリテン「ピーター・グライムズ」などが、公認イヴェントとして企画されています。
英国音楽好きとしては、いい年になりそう!

Rattle_da_requiem_2

150年前の日本は、まさに幕末。
大老井伊直弼の安政の大獄が行なわれた年で、かつ海外諸国に門戸をまがりなりにも開いた年。
そう考えると、近世日本の歴史はまだまだ浅いものだな。150年前は、チョンマゲがウロチョロしてたんだから。
 音楽の世界は、どうだっただろうか。
ドイツでは、ワーグナーが「リング」を作曲中だった!!「ワルキューレ」から「ジークフリート」にかけての段階で、頭のなかは「トリスタン」で一杯だった。ブラームスもマーラーも、ろくな作品はまだ仕上げていない。

そして、英国は音楽の創造という意味では、パーセル以来、自国の大作曲家の不毛の時代にあったはずだ。
我々が今、好んで聴く英国音楽の再創世までは、あと50年あまり、「スタンフォード」や「パリー」の登場を待たなければならなかった。
もちろん、それまでにも見逃せない作曲たちもいたけれど、英国音楽の興隆のひとつのルーツは、この二人だと思う。

でもって、いきなり方向転換して、日本とつながりという意味で切ってもきれない、作曲家とその作品を再び取上げてみた。
ブリテン(1913~1976)の「シンフォニア・ダ・レクイエム」である。
弊ブログ3度目のおつとめ。
短いながらも、劇的であり、沈痛であり、安らぎにも満ちた名曲。とても好きな音楽なんだ。

1940年、「日本国皇統2600年」奉祝のための作品依頼を受けたブリテンが作曲したのが、この作品だった。
日本政府は、おそれ多くも、こともあろうに皇国の祝賀に「鎮魂交響曲」とは何事ぞ!と、演奏を拒否してしまった。
あまりにも有名なエピソードである。

まったく、了見が狭いんだからもう!
こんな素晴らしい音楽を無視するなんて。
結局、翌年にバルビローリがニューヨークで初演しているが、日本では56年になってようやく作曲者自身の指揮で演奏されている。

ブリテン自身は、相次いだ両親の死を追悼する気持ちから、この曲を書いたらしいが、何事にもとらわれず、リベラルなブリテンらしい経緯である。

この作品のオリジナルのスコアの探求にも熱心だった、ラトルの若き頃(29歳)の迫真の名演。
バーミンガムのオケの目のつんだクールな響きもいい。
ブリテン最晩年の作品のイギリス民謡組曲「過ぎ去りし時・・・」も収められていて、これがまた懐かしい桂曲なのだ。

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2008年1月20日 (日)

ブリテン 「ねじの回転」 デイヴィス指揮

Turn_of_the_screw寒い日曜日、今日はここ関東でも夜から雪になる予報も。
自然は、温暖化という方向へと傾きながらも、夏暑ければ冬はしっかり寒い、という鉄則だけはまだ守ってくれているようだ。

こんな寒空のもと、さらに寒々しくも、冷気も漂うオペラをひとつ。

何が寒いかって、幽霊の登場するオペラだから。
ベンジャミン・ブリテン(1913~1976)の「ねじの回転」。
アメリカに生まれ、英国で活躍した作家「ヘンリー・ジェイムス」が書いた同名の小説に基づくもの。
この小説についての概要やその革新性については、こちらが詳しい。
こちらによれば、かの無意識の心理学を発見・確立した「フロイト」以前にそうした意識の流れを小説に取り入れた、としている。
また、郊外の壮麗な屋敷を舞台とすることから、英国のゴシック・ロマン小説の流れも見て取れるという。
このオペラを楽しんだから、次は小説も手にとってみよう。

ブリテンは、オペラないしは、それに近いジャンルを17作品残したが、「ねじの回転」は第9作目。1954年にヴェネチア・ヴィエンナーレでブリテン指揮するイングリッシュ・オペラ・グループによって初演されている。
20名程度の室内楽団と、ソプラノ、ボーイ・ソプラノ、テノールの登場人物だけの、風変わりな編成。
こうした室内オペラは、3作目で、生涯好んだジャンルでもある。

オペラの題材を選ぶ鋭い視点は、独特のものがあるブリテンだが、この怪しくも救いのない物語は、少年が登場するし、その少年を誘惑する幽霊がテノール、欲求不満の女家庭教師が主役。こうしたいかにも的・ブリテン的な内容に後ずさりしてはならない。
その音楽は、実に緻密に書き込まれていて感心することしきりだし、切れ味と暖か味の混在するブリテンならではの音楽には引き込まれることしきりだ。

プロローグ
  テノール独唱が、ピアノ伴奏を受けて物語の前段を語る。
 若い女教師が、二人の子供の後見人から、高給を約束しつつ、二人の世話を一切任せ、自分は手を引くことを、募集に応じてから聞かされた。
その後見人は、唯一の親族でかつハンサムだった。
家庭教師は、やる気に溢れて申し出を受け入れる。

第1幕
 郊外の邸宅に家庭教師は着任する。そこには、兄マイルズと妹フローラの二人の子供と、家政婦グロース婦人がいるのみ。子供たちは、カワユク美しく、利発で、家庭教師も気にいる。
うまくいくかと思った数日後、マイルズの学校の校長から、暴力をふるったとして退校処分の手紙が来る。
その後、家庭教師は、屋敷の一角の塔に男の姿を認め、恐怖にかられる。
さらに再びその男を見てしまい、グロース婦人に聞くと、かつての使用人のクイントではないかという。クイントは、マイルズをかわいがりすぎていたこと、前任の女教師ジェスルとも親しくしていたが、凍った道路で転倒して死に、ジェスルも自殺した旨を聞かされる。
ある日、マイルズは勉強中に不思議な歌を歌う。
夜、マイルズはベッドから出て、塔の元までクイントに惹き付けられる。
一方、フローラは、邸内の湖のほとりから呼ぶジェスルからも呼ばれている。
二人の幽霊から再び戻ることを約束させられたところで、家庭教師と婦人に見つかり戻される

第2幕
 幽霊二人は、生前と同様に、子供たちを手にいれようと、意気投合している。怪しい会話。
日曜の教会、マイルズは、家庭教師にいつになったら学校に戻れるのか?と語るが、家庭教師は、それを挑戦と感じ、孤独感につつまれる。
ジェスルとの直接対決もあったがますます、困惑し、かつ子供たちを守ろうと決意する家庭教師。禁じられていた後見人への手紙を書くことを決心し、書き上げる。
マイルズから、クイントのことを聞き出そうとするが、クイントはマイルズしか聞こえない声で、口止めしたり、手紙を盗むことを指示する。
 ある日、ピアノの練習中のマイルズ。やたらにうまい。
ところが一緒にいたはずのフローラがいない。
大人二人は、クイントのせいと思い、湖畔に探しに走る。そこで遊ぶフローラと遠くにジェスルの姿を認めた家庭教師はフローラを責める。
フローラは、先生なんか大嫌いと言い、家庭教師は大いに落ち込む。
 その夜、フローラはグロース婦人と過ごし、妙なことを口走るフローラに気がつき、家庭教師のいうとおりの異常に気付き、フローラを連れて去る。
 さて、残った家庭教師とマイルズ。大いに決意し、マイルズからすべてを聞きだそうとするが、マイルズは答えない。さらにクイントは、マイルズを呼び苦しめる。
その狭間で苦しむ少年。
つにに、マイルズは「ピーター・クイント、you devil!」と叫び、教師の胸に飛び込む。
「おおマイルズ、救われたわ。もう大丈夫。二人で彼をやっつけたわ!」と家庭教師。
「おおマイルズ、もう終わりだ。お別れだマイルズ。お別れだ・・・・」とクイント。
「マイルズ、マイルズ、どうしたの?どうして答えないの?」・・・・・。
マイルズを抱きかかえる彼女。彼はこときれていた。彼を静かに降ろし。家庭教師は、かつてマイルズが歌った不思議な歌を寂しく歌う・・・・・。

各幕ともに、8つの場からなっており、それぞれに短い間奏がついている。
この間奏は、プロローグの後の最初の12音技法による前奏曲の変奏曲になっていて、15ある。これらをもしつなぎ合わせて聴いても、非常に凝っていて精妙な作品として出来あがるはずだ。
各役の没頭的な歌も特徴的で、ことにテノールによって歌われる幽霊と、無垢の少年の対比は背筋が寒くなる雰囲気でヒヤヒヤする。思わず、少年、ダメだ頑張れと思いたくなる。
この幽霊は、当然、ブリテンの伴侶ピーター・ピアーズが想定されている訳・・・。
初めて聴いたとき、少年の死は、かなりショックだった。

 家庭教師:ヘレン・ドナート       ジェスル婦人:ヘザー・ハーパー
 クイント :ロバート・ティアー      グローズ婦人:アヴァ・ジュン
 マイルズ:ミッチェル・ジン        フローラ   :リリアン・ワトソン
 語り    :フィリップ・ラングリッジ

   サー・コリン・デイヴィス指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団員
                              (1981年録音)

Davis ブリテンの手を離れて、普遍的な解釈がなされた演奏の典型であろう。
歌手達は皆うまく、妙な思い入れもなく、一編のドラマとして真摯に歌っている。
ことに、ティアーの怪しくも美しい幽霊が素晴らしい。野辺で歌う美しい歌声に誰しも誘い出されてしまうのではないか。
ラングリッジの冒頭の語りも白痴美的にいい。
それと、ドイツものでお馴染みのドナートが、そのイメージをかなぐり捨てたかのような迫真の歌を聴かせている。パミーナやエヴァを歌う彼女とは大違い。
最初は初々しく、そして徐々に状況に飲み込まれてゆき、強い存在となっていく。

デイヴィスの冷徹ぶりが、かえって熱く感じる。この響きは鋭く、雑念を呼ばない。

作曲者の演奏は未聴。ハーディングの映像やCDも視聴してみたい。

家庭教師が見て体験したことは、はたして真実だったのだろうか・・・・・。
何とも怪しくも、不可思議かつ悲しいオペラである。

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2008年1月19日 (土)

コルンゴルト&シュタイナー 「Golden Age Songs and Instrumentals」

4 今日は、久方ぶりの好天。
明日の雲行きは怪しいけれど、貴重な土曜日の晴天。
新宿の近くで、午前中打ち合わせがあり、遅い昼食をどうしようかと思案しつつ、怪しいガード下を毎度のことのようにくぐり抜け、東口から西口へ・・・・。

だれしも知る魔界のような路地。
「焼鳥横丁」と、「思い出横丁
戦後のドサクサがそのまま残ったような飲食アーケード。
「しょうべん横丁」もあるし、若者が集まる都内の繁華街の中にも、われわれオヤジの聖地はまだ健在だ。

ここを、さまようこと数分。
難なく目的の「中華 若月」にたどり着く。
もちろん、カウンターだけの店は、防寒用のビニールで出3 入口がカヴァーされている。女性一人ではまず入れないだろな。
メニューはどれも安い。
すかさず、ビール(530)と餃子(350)を頼み、アツアツを頬張り、手打ち麺のラーメン(400円)をいただく。

このラーメンが実においしい。
子供の頃、都内の親戚の家でチャルメラの音とともに食べた、屋台の出前中華そのもの。
一言でいえば、懐かしい味。
アッサリとした鶏がら出汁のスープにひらひらモッチリ手打ち麺が実によく合う。いけないと思いつつ、スープを飲み干してしまうワタシであったよ。

ラーメン後、帰宅せずに仕事に向かったのがまずかった。
休日の事務仕事は、はかどるもんだ。 気が付くと9時近く。
慌てて帰宅し、食事を済ませ、あまりの寒さに熱燗を飲んでしまう。
音楽なしの土曜も寂しいから、手にしたCDがこれ。

メモリヤル・イヤーが何もなく大過なく終了した、コルンゴルトシュタイナー(スタイナー)の映画音楽作品を集めた1枚。
コルンゴルトは高名だからともかくとして、マックス・シュタイナーは1888年、ウィーンに生まれ、オペレッタを中心に活動したが、成功せず、ユダヤ人ということもあって、アメリカに渡り、ハリウッドで映画音楽家として大成した大物。
「風とともに去りぬ」や「カサブランカ」という名前だけ挙げれば、もういいだろう。
すごい人なのだ。

Korngold_golden ここに選ばれた二人の作曲家が付けた映画の詳細は、さっぱりわかりまへん。
ただここに聴かれる、甘酸っぱくて甘味なる音楽の数々には、とろけるような魅力を感じてしまう。
ワーグナー→マーラー→新ウィーン楽派・R・シュトラウス・プッチーニ・ディーリアス・ドビュッシー→コルンゴルト系・・・・といった図式の流れで行き着いてきた世界。

ピアノ伴奏での歌にチェロ独奏といったバリエーションで次々に現れる心地よいサウンド。
演奏の仕方もあろうが、ジャズの領域にまで入り込んで、ビル・エヴァンスまでも思い起してしまうようなナイスな音楽に、酒が止まらない。
今日は酒のツマミのようにして聴いてしまったが、詳細を調べてみなくちゃならないし、当該映画もチェック要だな!

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2008年1月18日 (金)

ディーリアス 「北国のスケッチ」 ハンドレー指揮

Imgp4067a この画像は、雪の少なかった昨年の3月頃の「美瑛」の丘。

パッチワークの丘やセブンスターなどの名前のついた木で夏場は賑わう観光名所も、冬はこれ。
雪がない分まだいい。
遠くに二本立つ木が寒々しい。
近くの「富良野」のファームも同じような景色。
冬場は南北で50℃くらい気温が違う日本。
東西南北・春夏秋冬、いずれもメリハリがあって素晴らしい日本。

北海道と同じ高さにある英国。
北部地方はどんな冬景色なのだろうか。
「ブロンテの嵐が丘」の世界やハリー・ポッターの世界を想像しよう。

Delius_north_country ドイツ人を両親に持つフレデリック・ディーリアス(1862~1934)は、英国人の血は流れていないが、そのスピリットは北国的な英国のファンタジーと切ってもきれない。
ビーチャムを始めとする英国指揮者たちが、自国の音楽として愛し演奏し続けてきた。
不思議なことにボールトだけがディーリアスをあまり取上げなかった。

羊毛業の実業家の父親の関係で、英国北部ヨークシャー州のブラッドフォードで生まれたディーリアス。
北欧をも愛し、父に命じられアメリカ南部のプランテーション経営まで手伝ったが、先住民族の音楽ばかりを研究、楽しむばかりで、欧州に戻されてしまう。
音楽と酒にのめり込み、ライプチヒやパリを彷徨する「さまよえる作曲家」でもあった。
永久の住処は、パリ近郊のグレ=シュールロワンで緩やかに流れるともない河とともに隠遁生活を過ごしたという。

若気の至りで、晩年は体も目も不自由となり、波乱万丈的な人生に見えるが、その音楽はデリケートでそこはかとなく、とらえどころのない雰囲気と儚い情緒に満ちている。
中学生の頃から、ディーリアスの音楽に魅せられて、数十年。
私にとっては、四季おりおりに、その雰囲気に応じた音楽をひっぱりだしては楽しめる作曲家である。

厳しい冬には「北国のスケッチ」を取り出そう。
まさに生まれ故郷の、ヨークシャー・ムーアの大自然にインスピレーションを得て作曲されたものらしいが、具体的に何を描こうとしたかは不明で、弟子のフェンビーも「音楽のことを話すことがタブーだったのでわからない」「ディーリアスについての洞察を深めたのは、口述作曲の手伝いをしながら学んだ結果・・・」と語っている。
寡黙なディーリアスに相応しい、英国の厳しくも美しい自然。

①「秋」・・・秋風が木立に鳴る
②「冬景色」
③「舞曲」
④「森と牧場と静かな荒野」

こうした副題のついた4つの部分からなる。音楽は、タイトルそのままを感じて無心に聴けば、おのずとイメージが開かれてくる。
愛らしくも美しい音楽はたまらなく素適だ。音楽から森や野の香りが立ち昇ってくる。
1915年にビーチャムの指揮で初演。同時期の同類の作品に「高い丘の歌」がある。

イギリスの名匠ヴァーノン・ハンドレーの指揮する、アイルランドのアルスター交響楽団の雰囲気豊かな演奏は素晴らしい。
レコード時代、グローヴスとロイヤル・リヴァプールフィルの演奏も擦り切れるほど聴いた。
行ってみたいぞ北部イングランド!

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2008年1月17日 (木)

ストラヴィンスキー 「火の鳥」 アバド指揮

Nara 今日も寒かった。
昨日から仙台・郡山に出張。雪も散らついたけれど、何のことはない、地元千葉も少し積もったらしい。

帰宅するや、めずらしくテレビを見つづけてしまった。
まずは、「秘密のケンミンSHOW」、各都道府県出身者が登場し、各県のおもしろ・おかしい風物や風習を紹介する番組。
こりゃ、楽しいし、自県になると意地もでちゃう。
なんといっても面白いのが大阪と愛知。大阪は街角の人々はみな芸人やし、つっこみ上手。オバはんの豹柄服は以前から私も注目しておったけど、この番組で指摘しおったし、今日のネタ、「同じことを二度言う、大阪サービス精神」にも納得やで。
愛知は、コーヒーに「あんこ」いれちゃうアン文化が、これまた納得だでね。

そのあと、テレビは「鹿男あをによし」を見た。
これがまたすこぶる面白い。テレビドラマもたわいない恋愛ものや、死の横行するサスペンスなどから、どんどん進化しつつあるように思う。
最近、玉木宏や佐々木蔵之助らのテレビ露出が多すぎるという難点はあるが、これからが楽しみ。
画像は、少し以前だけれど、東大寺の鹿さん。
今日のドラマはまさにこんなショットがあってびっくり。この鹿さんは、何枚か撮ったけれど、ここに一人(匹)ずっと佇んでいた。

Abbado_fire_bird 今日はテレビ鑑賞をしてしまったので、大慌てで短めの曲を。
ストラヴィンスキーの「火の鳥」。
全曲もいいが、20分足らずの組曲で充分満足できる。
ストラヴィンスキー(1882~1971)が28歳の1910年に初演されたバレエ音楽。
当時は「春の祭典」ほどじゃないけれど、かなり革新的な音楽としてセンセーションを巻き起こしたらしい。
カスチェイの踊りなど、変拍子で激しい叩きつけるような和音に皆驚いたのだろう。
今は普通に、クラシカルな音楽なんだけど。

そんなストラヴィンスキーに、スマートなスピード感と豊かな歌謡性でもって新しい響きをもたらしたのがアバドの演奏。
70年代半ば、こんな大胆なまでの軽やかさでストラヴィンスキーを演奏した人はいなかった。ハルサイが一番傑作だけれど、ストラヴィンスキーのシリーズ第1弾だった当盤は、よく歌い、かつ緻密な仕上がり。
ロンドン交響楽団がアバドの手足のように機能的で、俊敏かつ敏感な演奏ぶり。
アバド好きの私にとって、ロンドン響との時代は一番輝いていたように思える。
83年にこのコンビで来日し、東京で主席から音楽監督昇進の発表があったはず。
3公演すべて聴きにいった。
①「火の鳥」と「巨人」、②「中国の不思議役人」「幻想交響曲」、③「ラ・ヴァルス」「マーラー5番」、こんな素適なプログラムだった。
懐かしいなぁ。
このストラヴィンスキー・シリーズのジャケットもよかった。

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2008年1月15日 (火)

R・シュトラウス 交響的幻想「イタリアから」 ケンペ指揮

Cnn200801090010 今日のNHKのニュースで見たけれど、イタリアのナポリが大変なことになっているらしい。
この画像のように、街中ゴミがあふれていて、環境被害も出ているようだ。当局の政策ミスや、マフィアの関与などが取りざたされているらしい。この問題は、ナポリから発祥して周辺に広がっているらしく、暴動も起きているらしい。詳しくはこちら

いやはや、南イタリアの血の気の多さに驚くけれど、官とその筋との間柄にも映画のような恐ろしさを感じますな。
ただし、決して他人事でない、ゴミ問題。昨晩もテレビで、都会に増殖するゴミとともに活きるネズミの特集があった。繁華街の飲食店の閉店後は恐ろしい・・・・・。
「ナポリを見て死ね!」じゃなくて「ナポリを見たら死ぬ!」になっちゃった。

Kempe_8 強引なこじつけながら、R・シュトラウス作品(1864~1949)の制覇を目指して、本日は初期の作品交響的幻想「イタリアから」を聴く。
1886年にイタリアを訪れたシュトラウスが、その時の印象をそのままに、同年4楽章からなる交響的作品に仕上げた。
シュトラウス、まだ21歳から22歳にかけてのこと。

作曲家としてのシュトラウス、これまでに交響曲を2曲、吹奏楽曲、ヴァイオリンやホルンの協奏曲、室内楽などを書いている。
出世作ともいべき、「ドン・ファン」は翌年の作品。

1楽章「カンパーニャ地方にて」・・・ナポリを中心として、その南方一帯のエリアがカンパーニャ地方。切り立つ山が、そのまま海に落ち込んでいる。魚介類のおいしそうな、きっとオリーブオイルと香辛料の匂いが街にあふれていそうだな。シュトラウスの音楽もも瑞々しく、陽光が溢れている。

2楽章「ローマの遺跡にて」・・・この楽章はあんまりインプレッションがない。やや常套的な音楽で、描写音楽の才人としては若書きの部類かしら。屈託ない音楽はシュトラウスらしい。

3楽章「ソレントの浜辺にて」・・・交響曲でいうと緩徐楽章。「帰れソレント」であまりにも有名な地名だけれど、実際はどんなところなんだろう?
ナポリ湾を挟んで、ナポリの対岸の街で、風光明媚なリゾート地らしい。
シュトラウスの音楽は、たぶん夜の雰囲気を描いているらしくかなり幻想的。
これを聴いて、シュトラウスと当てられない。緩やかで生暖かい夜の音楽は印象派風。

4楽章「ナポリの人々の生活」・・・泣く子もだまる、「フニクリ フニクラ」が朗々と鳴り渡る。
初演の際は、ここで大盛り上がりだったらしい。
陽気に明るく、フニクリッ、フニクラッ、・・・・。楽しい楽しい!

40分あまりの明るい作品。後年の作品群との格差があまりに激しい。

ルドルフ・ケンペドレスデン・シュターツカペレと残した珠玉のシュトラウス全集。
私にとってのお宝全集だ。協奏作品も含むどれもこれもが、確実な演奏で、ドレスデンの美音がEMIとしては名録音で楽しめる。
イタリアの陽光の眩しさはないけれど、しなやかで心地よい響きが堪能できる。

Stefano2フニクリ・フニクラ」といえば、ジョゼッペ・ディ・ステファノ
粋な伊達男、多少いい加減でも、その歌いぶりは誰しもの心の提琴にふれるはず。
こんなイタリア男のテナーはもう現れないだろうな!

南イタリアの惨状が早く解決することを祈ります!!

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2008年1月13日 (日)

プッチーニ 「マノン・レスコー」 シノーポリ指揮

Pucini_manon_sinopoli 今年は、ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)の生誕150年の年。
あんまり騒がれないし、そうしてほしくもないけれど、私のブログで順次取上げるとしよう。

ヴェルディ後のイタリアオペラ界を担ったプッチーニは、3部作をひとつと考えると、全部で10のオペラを作曲した。
ヴェリスモの流れをくみながらも、ヴェリスモを越え独自の音楽を作り出してしまった。
旋律は、天性のメロディーメーカーさながら、あふれるように満ちているし、美しくもある。
和音は、マーラーやR・シュトラウスとも合い通じる、分厚くもあり、繊細でもあり、甘味でもあり、と私のお気に入りゾーンにはまっている。

「妖精ヴィッリ」「エドガー」の2作が、あまり成功せず友人のマスカーニやレオンカヴァルロらが成功作を出していたのに、焦りを感じていたプッチーニ。
一方、プッチーニをイタリアの新しい星として売り込んでいこうと考えていた、出版業者のリコルディ。新作が出てこないプッチーニとの契約を解除するまでの意見が出た社内を、当主のリコルディが「プッチーニをおいて、ヴェルディの後継者はいない」と演説をおこなって役員連中を説き伏せたという。

この信頼に応えて、プッチーニはアヴェ・プレヴォの有名な恋愛小説「マノン」を題材としたオペラ「マノン・レスコー」を書くことを決意。
先達マスネに敬意を表したのか、題名に「レスコー」を付し、マスネが扱った場面とは異なる内容になるようにした。
原作は、奔放で千の顔を持つ女性として描かれているが、プッチーニは彼好みの、そう、ミミのような一途な女性に近付けた。
台本が出来あがるまで、2転3転したが、最後には、今後名コンビとなるイルリカとジャコーザによって完成した。

1893年トリノで初演され、大成功を収める。
そしてわずか数日後、ミラノではヴェルディの最後のオペラ「ファルスタッフ」が初演された。ワーグナー没後10年、イタリアでは、まさに、新旧の交代の年であった・・・・。

簡単なあらすじ
第1幕 パリの北方アミアン
Manon_wien1 広場で、デ・グリューを始めとする学生たちが集っている。
そこへ、馬車に乗った尼僧院に向かうマノンとその兄レスコー、老財務官のジェロントがやってくる。ジェロントは、マノンを狙っているわけである。
そしてマノンの美しさに釘付けになったデ・グリュー。言葉を交わすうちに気持ちが通じたふたり。
仲間たちの助けを借り、二人はジェロントを出し抜いてパリへ向かって出奔する。兄は、ジェロントに、行き先はわかっているから安心して、と抱き込む。

第2幕 パリ
 逃亡先を突き止められ、ジェロントの愛妾となっているマノン。
兄がやってきて、マノンはデ・グリューの消息を尋ねる。ジェロントなんてより、貧しくとも愛のあったデ・グリューとの日々を懐かしむマノン。
ひとりになったマノンのもとへ、デ・グリューが突然現れる。二人は激情の愛を交わす。
そこへ、ジェロントが帰ってきてしまい、マノンは爺さんはもうやだ!と言い切ってしまう。
怒った爺さんは出てゆき、かわりにレスコーが青ざめて入ってくる。
ジェロントがマノンを追放するという。慌てる二人、デ・グリューはいずれマノンを助けることになるから逃げろとの兄の指示で、逃げる。

第3幕 ル・アーヴル
Manon_wien3 フランス追放の命を受けたマノン。アメリカ行きの船の待つ港。
レスコーの手はずで、救いだすこととなっていたが、それもあたわず、他の娼婦などと共に点呼を受けるマノン。
そのいわれは、群集も皆知って同情している。
そこへ、飛び出すデ・グリュー。
船長の下に平伏して、涙ながらに、自分を船員のはしくれとしてでもいいから、乗船させて欲しいと訴える。
船長は、懇願を受け入れ乗船を許可する。

第4幕 アメリカ ニューオルリンズの荒野
Manon_wien4 問題を起して逃げ出したマノンとデ・グリューは、追っ手を逃れて荒野をさまよう。
歩き疲れたマノンをおいて、デ・グリューは水を探しにゆく。
ひとりマノンは、寂しくここ砂漠で死んでゆくわが身を嘆く。
何も見つけられなかったデ・グリューが戻ってきて、絶望の二重唱を歌う。すでに死の影濃いマノンは、「私の罪は忘却の中に埋もれるでしょう。でも私の愛は、決して死なない・・・」と言い残して息絶える。デ・グリューはマノンを抱きしめて慟哭する。

ドラマの飛躍が激しいが、筋は、どことなく「ボエーム」に似てなくもない。

1幕のデ・グリューのアリア、2幕の二重唱、3幕への間奏曲、4幕のマノンのアリア。
これらは、甘味な旋律に溢れた素晴らしい音楽だ。
ことに間奏曲は、私の大好きな音楽のひとつ!

 マノン・レスコー:ミレッラ・フレーニ   デ・グリュー:プラシド・ドミンゴ
 レスコー    :レナート・ブルソン   ジェロント :クルト・リドゥル
 エドモンド   :ロバート・ギャンビル  歌手:ブリギッテ・ファスベンダー
 
   ジュゼッペ・シノーポリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
                    コヴェントガーデン歌劇場合唱団
                         (1983年録音)

こうした顔ぶれの録音に何の不満もあろうか。
表現豊かで、劇的な歌唱も素晴らしいフレーニ、若々しくも力強いドミンゴは、プッチーニこそお似合い。ブルソンの味のあるレスコー。まだリリカルだったギャンビルと立派な声のリドゥルは、先ごろドレスデンとともにやってきたばかり。

マーラーやシュトラウスを指揮するように、プッチーニを演奏したシノーポリ
時おり大きくルバートをかけつつ、オペラティックな雰囲気に事欠かない。
彼の早世は、惜しみても余りある。
プッチーニにシュトラウス、ワーグナーをすべて演奏し、録音してくれたはずだろう。
1986年、ウィーン国立歌劇場と来日し、この「マノン・レスコー」を指揮した。
私はそのNHKホールでの公演に居合わせたが、そのエキセントリックとも思える激しい指揮ぶりに釘付けだった。でも出てくる音楽は、ウィーンの音色も手伝ってか、当CDよりかなりまろやかだった気がする。
その時も、フレーニがマノンだった。相手は、お馴染みのコンビ、ドヴォルスキー。
3幕のデ・グリューの懇願のものすごい熱演と、最後のマノンの死に涙が出るほど感激したものだ。

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2008年1月12日 (土)

カンプラ レクイエム ガーディナー指揮

Church 静謐なロマネスク様式によるカトリック教会 。

こちらは、なんと都会のど真ん中にある「神田教会
築80年あまり、戦災に遭いながらも奇跡的に戦火から逃れてきたらしい。

ひしめくビルの中で、静かに息づく信仰の地。
周辺を散策すると、江戸の名残も多々見つけることができる。

Campra_requiem アンドレ・カンプラ(1660~1744)は、プロヴァンス生まれのフランス・バロック期の作曲家。
のちに、パリへ出て、ノートルダム大聖堂のオルガニストとしても活躍するカンプラは、宗教曲とオペラのジャンルに特化した。

その両ジャンルを横断するような試みで、大胆な響きを生み出したという。
堅苦しい宗教作品に、リズミカルな要素や、明るい歌謡性を持ち込んだわけである。

その代表作のレクイエムは、かねてより録音も多く、私も若き日に初めて聴いて、すぐにお気に入りになった曲である。

現在聴かれる、フランス産のレクイエムの代表格は、フォーレであろう。
ベルリオーズは別格として、「怒りの日」をはぶいた抒情の勝ったレクイエムが多い。
それらのルーツともいえる、優しい癒しのレクイエムがカンプラの作品なのだ。
さらにいうと、カンプラの弟弟子にあたる、ジャン・ジルのレクイエムも同傾向で、これら2作品こそ抒情派フランス・レクイエムのルーツではなかろうか。

独唱5名を要する、1時間あまりを要する大曲ではあるが、優しく親しみやすい旋律の宝庫であるとともに、弾むようなリズムが耳にとても馴染みやすい。
あまりに爽やかな音楽すぎて、死者を悼む沈痛な気分とはほど遠いが、自分の死んだ時に流す音楽の十指には入るような曲かも。

ガーディナーが、手兵のイングリッシュ・バロック・ソロイスツの面々と79年に録音したこのCDは、ガーディナーらしい綿密な考証を経て、いきいきとした、たった今生まれたばかりのような響きを再現してみせていて見事。
ガーディナーゆえ、より爽快さが勝って聴こえるともいえる。
レコード時代、ルイ・フレモーの指揮による60年頃の演奏を聴いていたが、当然に現代楽器による演奏であったが、かなり恣意的でロマンテックなものだった。
最近ではヘリヴェッヘ指揮によるものも出ているようで、時代とともに、過去の演奏様式に戻りつつ生気を取り戻してゆくバロック・ルネサンスの音楽たち。

ワーグナー・シュトラウスや英国ものばかりでなく、かつては中世ルネサンス音楽もよく聴いていたものだ。
クラシック音楽のジャンルは、その歴史とともにはなはだ広い。

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2008年1月11日 (金)

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 アルゲリッチ

2 これが行列で有名な「クリスピー・ドーナッツ」
年末、年賀代わりにと思って早朝より並ぶこと1時間。
ついにゲットした。
新宿の1号店の行列は、いつも横目でみるだけだった。
有楽町の「イトシア」に入店した2号店は、通勤の途上でもあるし、地下なので寒空に並ぶこともない。
混雑時は2時間待ちはザラ。
なんでこんなに並ぶのか。

並ぶ間に、アツアツを試食して納得。ともかく甘い!そして食感が優しく、口の中で溶けてしまうくらい。
このベタベタの甘さは、時代に逆らうようだが、食感の新感覚は他にはないもの。
確かにおいしい。この甘さに裏付けられた食感は、快感なれど、アメリカ産とはいえ、これに酔うようにして群がる我々の食文化は大丈夫なのだろうか。はてさて
1 3

Argerich_tchaiko2  今日は、昨晩が、どシブだったので、名曲を。
誰もが聴くチャイコフスキーのピアノ協奏曲を。
一見甘いけれど、なかなかにビターな音楽。

「チャイコのピアコン」とかよく言ってたっけ。

私のこの曲との出会いは、大阪万博の年にパリ管弦楽団がやってきた時のテレビ放送。
ピアノがワイセンベルク、指揮は、話題のプレートルだった。
ワイセンベルクのもの凄い技巧にびっくり。

 ついで会員になった会員制レコード頒布組織の「コンサートホール」で購入した、ニキタ・マガロフとウィレム・ヴァン・オッテルローの演奏のレコード。
このレコードこそ擦り切れるほど聴いた。
スコアまで購入して、冒頭部分の和音を弾けるようにまで研究したもんだ。

こうした名曲には、皆さんこんな思い出がたくさんあるのでは。

その後たくさん聴いた演奏で、思い出の一端をしっかり担っているのが、アルゲリッチの演奏。1970年の録音で、国内では71年に発売された。
その広告を画像に載せてみた。

当時茶髪など想像もつかなかった日本で、アルゼンチン系の彼女の長い黒髪が、親しみと憧れの女性の対象となった。シンジランナイでしょ。
共演は、まだ無名に近かったデュトワ指揮するロイヤル・フィルハーモニー
この頃、二人は夫婦だったはず。
アルゲリッチは、離婚後何人かのピアニストと浮名を流したし、デュトワも、チョン・キョン・ファと結婚したりして、お盛んだった。やるもんだねぇ。
数年前、有楽町のビックカメラで、買い物をする、デュトワと諏訪内晶子を、伸ばせば手の届く(?)距離で遭遇した・・・・。デュトワは、フィラデルフィアに次いで、ロイヤル・フィルの主席指揮者になる。

アルゲリッチというと、奔放なイメージが強いが、このデュトワとの1度目の録音では、かなり落ち着いて堂々とした、かつしっとりとした演奏となっている。
そして技巧の冴えが抜群なので、硬軟とりまぜて表現の幅が、実に広い。
デュトワの壮麗かつ伸び伸びしたバックもさわやかですらあって、実によろしい。
29歳のアルゲリッチの素適な録音。

コンドラシンとのライブを経て、デュトワから24年後、1994年に朋友アバドとベルリン・フィルとのライブ録音を残した。
こちらは、驚くほどの熱気と自在さに満ちた演奏で、どちらが後年の演奏か区別がつかない。おまけにライブの人でもあるアバドのやぶれかぶれの指揮ぶりもすごい。
アバドはそれ以前の録音であるポゴレリチ盤では、もっと堂々と落ちついていた。

旧盤が35分22秒に対し、新盤が32分00秒。

アバド盤も素晴らしいが、落ち着いて聴けるのは、デュトワ盤の方。
リヒテル&カラヤン&ウィーン響とともに、私のお気に入り。

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2008年1月10日 (木)

ブラームス カンタータ「リナルド」 キング&アバド

Ninomiya 私の実家のある、神奈川の小さな町。毎年正月は、その町を通過する箱根駅伝を楽しみ、海へ出て砂浜を散歩していた。
子供の頃から、この砂浜が遊び場だった。

ところが、昨年9月に直撃した台風で、西湘バイパスの半分が陥落してしまったばかりか、砂浜がすっかりなくなってしまって、海岸線がすぐに足元まで上がってきてしまった。

キスがふんだんに釣れた投げ釣りや、生シラスのとれた地引網もできなくなってしまった。当然、海水浴なんて不可能。
もともと、急激に落ち込んで深かった海だけに、台風の高波で砂浜ごともっていかれたのだろう。
思い出のたくさん詰まった場所がなくなってしまうなんて、こんなに悲しいことはない。
この海岸を復元する支援活動も始まっていて、さっそく署名に協力した次第。

Abbado_rinaldo 今日の1枚は、かなりシブイところから。
ブラームス(1933~97)のカンタータ「リナルド」という曲。
ブラームスは、いうまでもなくオペラを書かなかった作曲家で、それどころか表題音楽的な作品も非常にすくない。
そんなブラームスの、オペラに一番近いジャンル作品がこのカンタータ。

カンタータといいながらも、各声域の独唱が活躍して物語するわけではまったくなく、オーケストラと合唱とテノールのための音楽。
原作も、ゲーテの詩によるものだから、かなり謹厳でこれまたシブイ。
内容は、十字軍に参加した戦士「リナルド」と、彼を愛する魔法使いの「アルミーダ」の物語をもとにしたもの。
聖地へ向かう航海の途上、アルミーダの誘惑にとらわれてしまうリナルド。それを励ます仲間たち(合唱)。こうしてリナルドは仲間に助けられ、ついでにアルミーダも解放し、妃として一緒に帰還する、という何だかわからない物語。
ハイドンやグルックもオペラとして取上げている。

ブラームスの30歳台の作品で、「ドイツレクイエム」と同時期。
音楽は以外に明快で聞きやすい。宗教作品でもないから、思ったほどの取っ付きにくさはなく、美しい旋律も豊富。
当然、どこをどう聴いても、ブラームスの響きがする。
私のような、オペラ好きからすると、そこでもっと歌を解放して欲しい・・・、と思う場面も多々あるが、そこはブラームスゆえガマンすることとなる。

そのあたりのわずかな欲求不満を解消してくれるのが、ここで歌っている「ジェイムズ・キン」であろうか。普段ワーグナーやシュトラウスで聴きなれた声が、神妙にブラームスを歌っているが、ときおり劇場向けの解放的な歌が顔を出す。
ブラームスには、正直不向きな声だが、私にはちょうどいい。
アバドとキングの唯一の貴重な競演。
1968年のデッカ時代のアバド。オーケストラが、ニュー・フィルハーモニア管であるところも希少。アバドの紡ぎ出す音色がキングよりは、かなり渋くまとまっている。
ただ渋いといっても、その音色はよく練られ、落ち着きをもちながらも明晰なもので、後年のアバドのブラームスと変わることのない響きがする。

カップリングの「運命の歌」。アバドが好むヘルダーリンの詩による伸びやかな作品は、都合3度録音していて、どれもが素晴らしい演奏。
さらに、FM録音した、ベルリン・フィルの退任コンサートでの演奏などは、涙を誘う名演なのだ。

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2008年1月 9日 (水)

ラヴェル 「道化師の朝の歌」 アルヘンタ指揮

音楽の話ではないけれど、野球の話。
巨人のオーナーさまが、原監督に、「これで、勝たなきゃウソだろ・・・」と言ったらしい・・・。
おし着せのような監督が、ここまでくると気の毒。よくガマンしているもんだ、と思わざるを得ない。生え抜き選手を顧みず、他チームの悲鳴もよそに、金品で害人選手を誘惑する手口は相変わらず。そんな虚人軍に憧れを抱き続ける現役選手も、短い勝負人生なだけにわからなくはない。しかし、野球の世界に金銭報酬獲得の勝組・負組はどうかと思うね。
ファンの方、すんません。

Argenta_ravel

「のだめカンタービレ」の正月特番は、録画したもののまだ見ておりませぬ。

ちょい見で、教会のような場所で、モーツァルトとラヴェルを弾く「のだめちゃん」を見たが、普通は残響の多い教会でピアノはないだろな。
でも才気煥発風のモーツァルトと、ノーブルかつ一触触発風の危なげなラヴェルを演奏する彼女は、クラヲタという、いわばこっち側の人間が見ても見事な設定だった!

誰が弾いたかわからないけれど、彼女の思い描いたラヴェルの「道化師の朝の歌」が耳にあるうちに
オーケストラ版を聴いてみよう。

EINZATZレーベルが復刻した、スペインの名匠「アタウルフォ・アルヘンタ」の指揮する「セント・ソリ管弦楽団」の演奏で。
アルヘンタは1914年生まれ、1958年に44歳にして事故死してしまうが、故国スペインでは若くしてスペイン国立管弦楽団の指揮者になるなど、同国を代表する指揮者として活躍する矢先の死だった。
アルヘンタは、かの大指揮者「シューリヒト」にも学んだ。
後輩のラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスもスペインの血を感じさせるが、ドイツの血も濃く、以外やかっちりした構成重視の音楽を聴かせるのに対し、アルヘンタはより自在で、神出鬼没的・フレキシブルな音楽を聴かせるように思う。
ストイックでありながら、神がかり的なモーツァルトやブルックナーを聴かせたシューリヒトとの整合性についてはよくわからん。

このCDで聴くラヴェルは、今となっては聴くことの出来ないノスタルジー色が濃く、過去や地域に軸足を置いた一方で、直球勝負の思い切った演奏になっているように思う。
今風に言えば、地域性と国際性を兼ね備えようともした「グローカル」演奏ではないかしら。
オーケストラは、当時のレーベル契約等の関係からパリの一流オケの腕っこきの団体とも、ラムルー管とも言われるが、いくぶん鄙びたサウンドは、まさにローカル色の部分を担っている。対するリアルで明快な指揮者との取り合わせが楽しい。

道化師の朝の歌」は、伊達男の朝帰りの歌である。
粋でいなせな伊達男が、夜も白む朝方に、ほろ酔いで陽気に歌を歌いながら帰還するサマを思い起そう。
かつてワタクシも若き頃、よくやったもんだ。
なにか、とてつもなく気持ちが大きくなって、大仕事を成し遂げたような気分だった。
休日ならいいけど、週日はそのまま職場に向かう。
朝はハイテンションで、仕事は順調。ところが10時頃から、死んだようになってしまったもんだ。昼は食事も喉を通らず、「もう、しません。」と思いつつ、夕方に復活、全開。
そしてまた同じことが繰り返されるわけであった。

アレレ?違う方向に! 単なる酔っ払いじゃん。
ラヴェルのそれは、もっと色っぽい朝帰りじゃん。
アルヘンタの「道化師」も、酔っ払いじゃなくて、洒落た伊達男なのであった。

「マ・メール・ロワ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「スペイン狂詩曲」などが、他に収められた当CD。1956年の録音とは思えないリアルで、味わいのある音が復活している。

大阪でお世話になっていたEINSATZさんが起したレーベル。
待望のホームページも立ち上がり、さらに涎垂の音源の数々の復刻を準備中という。

Argenta_espana こちらは、デッカに録音したアルヘンタのスペインにまつわる音楽の1枚。
ロンドン響から、びっくりするくらいの濃厚スパニッシュ・サウンドを引き出している。
ラヴェルとともに、こちらもお薦めアルヘンタ

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2008年1月 8日 (火)

R・シュトラウス 「ドン・ファン」 アバド指揮

Abbado_strauss_dg モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」から、ちょうど100年のち、R・シュトラウス(1864~1949)も同じ題材で、交響詩を作曲した。
1888年のこと。
この作品の前に交響詩「マクベス」を作曲してはいるが、発表が前後したため、「ドン・ファン」が世に出た、シュトラウスの交響詩第1号となる。
シュトラウス24歳!
これ以前は、習作的な交響曲と協奏曲、器楽・室内楽がある程度で、本格的な成功作がこの「ドン・ファン」

モーツァルトのドン・ジョヴァンニが、やたらに女色を好み漁りまくったあげく天罰を受けたのに比べ、レーナウの詩に基づく、シュトラウスのドン・ファンはもっと崇高な思いをもって理想の女性を探し求める、といった弧高(??)の人物像を描いているという。

天衣無為なモーツァルトの音楽は、そうしたドン・ジョヴァンニに相応しく、悪ふざけと神妙さが同居する人間の二面性を鮮やかに描き出した。

何でも音にしてみせたシュトラウスは、やたらに高尚で冗談のつけいる余地のない音楽を書き上げた。ドン・ファンの愛の歌はともかく真剣味に満ちているし、二人の愛情もどうやら本物だ。が、しかし、ドン・ファンの求める女性ではなかった・・・・。
決然としたホルンとともに、あらたな遍歴の旅に出る。その先には死あるのみ・・・・。

17分の交響詩にシュトラウスが描いてみせたドン・ファンの生き様。
私らには到底関係ないお話。
まったくいい気なものだ。
シュトラウスの音の洪水に心地よく浸っていると、某嫁が来て、「うるさい!」と・・・。
さて、私の理想の女性はいったいどこへ消えてしまったのだろう?

アバドが1982年に、ロンドン交響楽団と録音したシュトラウスを集めた1枚。
今もって大好きなCD。カラヤンもいいけれど、アバドのすっきりとした切り口で歌われるシュトラウスは、マーラーとの近似性を感じさせる。
構えたところが一切ないかわりに、物語性・表題性が乏しいが純音楽的な真摯な演奏は聞き飽きることがないはず。
ジャケットには、クリムトの「愛」が使われていて、センスよろしい。

Abbado_strauss_sony

ベルリン時代の1992年、アバドはジルヴェスター
コンサートでシュトラウスを特集し、同曲を冒頭に演奏した。
こちらは、ライブならでは、一気呵成の一筆書きのような勢いと流れの豊かな演奏。
そしてベルリン・フィルの密度の高い響きは、ロンドン響との違いを見せつけてしまう。

どちらも、私にとって大事なシュトラウス。
ベルリン盤は、アルゲリッチとの「ブルレスケ」や、シュターデ、フレミング、バトルといった夢のような競演による「ばらの騎士」が入っている。
ラトルが、一昨年、同じようなプログラムを組んだけれど、先輩アバドの方がシュトラウスに関しては新境地を見せていたように思う。

オペラ全曲を終えたシュトラウス、今年は他の作品を順次取上げることとしよう。

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2008年1月 6日 (日)

モーツァルト 「ドン・ジョヴァンニ」 ベーム指揮

Don_giovanni 2065・・・・、この数字はなんでしょう?
年号ではありません。

そう、ドン・ジョヴァンニが口説き落とした女性の数。
従者レポレロの持つその名簿より転記した数字である。
ヨーロッパ大陸の5カ国だけだから、こりゃもう大変なカタログだ。
 この男によれば、「女は食うためのパンや、呼吸をするための空気よりも必要なもの」だそうな。

ドン・ジョヴァンニ「知っておいてもらいたいことがある。いま、わしは一人のべっぴんに恋をしているんだ。うん?シッ、静かに、何だか女のにおいがする」
レポレロ「ちくしょう、なんて完璧な嗅覚だい!」

こんな漫才みたいなやりとりもある、稀代の色男「ドン・ファン物語」を扱ったモーツァルト(1756~1791)の「ドン・ジョヴァンニ」を久々に取り出してみた。
スペインに存在したといわれるドン・ファン、その伝説に「フィガロ」以来のオペラの朋友「ダ・ポンテ」が台本を書き、モーッァルトは速攻、作曲を仕上げ、お気に入りのプラハで初演したのが1787年。

今から220年も前のことながら、モーツァルトの描き出した人物たちは、未だに色あせることなくイキイキとしている。その点は、「フィガロ」も「コシ」もまったく同じこと。
いかに優れた台本が、オペラ作曲家に強いインスピレーションを吹き込むことか。
演出優位のこの時代にも、モーツァルトのオペラは新たな数々の解釈を呼込んで、我々を楽しませてくれる。

モーツァルトは29歳にして、このオペラを半年で作曲してしまった。
それにしても、モーツァルトの音楽すべてに言えるけれど、ここに書かれた音楽も、とてつもなく素晴らしい。
3時間近くに及ぶ大作の中に、セリア的な要素やブッファ的な要素がたっぷり詰まっている。それらを8人の登場人物たちがしっかりと担っていて、それぞれに、それ単体でも美しいアリアが用意されている。
 私の好きなアリアは、前褐の愉快なレポレロの「カタログの歌」、怒れるドンナ・エルヴィナの「ああ、誰が私に告げてくれるでしょう・・」、かわいいツェルリーナの「ぶってよマゼット」、とても美しいドンナ・アンナの「不親切な女だと思わないで・・」など。
肝心のドン・ジョヴァンニには、これといった名アリアはなく、小粋な歌がいくつかあるのみ。行動する人、ドン・ジョヴァンニには、難しいレシタティーヴォが沢山ある。
この8人に人を得ないと、なかなか、まとまりがつかない。

最後の「地獄落ち」の場面、モーツァルトが書いたもっともドラマテックな音楽のあと、悪役去ってのち、残りの登場人物が一転、やれやれとばかりに舞台を締めるが、この間の音楽の格差といったらどうだろう。
とうてい同一人物の作とは思えない。実際の舞台での処理も、もっとも難しい場面ではなかろうか。

名曲ゆえ、あら筋等は略。

ドン・ジョヴァンニ:シェリル・ミルンズ   ドンナ・アンナ:アンナ・トモワ=シントウ
ドン・オッターヴィオ:ペター・シュライアー ドンナ・エルヴィラ:テレサ・ツィリス=ガラ
レポレロ:ワルター・ベリー         ツェルリーナ :エディット・マティス
マゼット:デール・デュージング       騎士長    :ジョン・マカーディ

     カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                  ウィーン国立歌劇場合唱団
                          (1977年ザルツブルク音楽祭)

Bohm ベーム83歳のライブ録音。2度目の録音は、年齢を思わせない。
まさにライブで燃えるベームならでは、序曲の第一音からかなりの迫力でオケを鳴らしている。迫力といえば、地獄落ちのデモーニッシュな描き方など半端なものではない。
真面目ななかにも、オペラを知り尽くした味わいある場面も数々ある。
ちょうど日本に何度か来日して元気に指揮をしていた頃。
ウィーン・フィルの柔らかな響きもいい。

当時ミルンズが、イタリアもの以外で登場するのは珍しかった。しかもベームやウィーンとの共演で。いかなる具合で、ミルンズがタイトルロールを歌うことになったかは思いもよらないが、私は当時からミルンズのドン・ジョヴァンニが好きだった。
スカルピアやエスカミーリョといったイメージが強いミルンズだが、その若干アクの強さそのままに、行動せる若々しいドン・ジョヴァンニを歌い出している。
声が輝かしく立派なことでも、なかなかのドン・ジョヴァンニなのだ。
ベリーは、声の対比という意味ではミルンズとの取り合わせがいまひとつに思うが、さすがと思わせるうまさ。
好きなトモワ=シントウマティスは、もう最高の素晴らしさである。

ちょいと誉めすぎだけれど、大好きな「ドン・ジョヴァンニ」のひとつ。
F=ディースカウとの旧盤も捨てがたいし、若手で固めた清新なアバド盤もいい。
モーツァルトのオペラのような超名作になると、皆さんそれぞれに好きな演奏や映像があることだろう。
久方ぶりのモーツァルトのオペラを聴いて、とても気分がよろしい。
明日から本格始動する日常。微笑みを忘れず、また頑張るど!

 

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2008年1月 5日 (土)

ホルスト 組曲「惑星」 メータ指揮

Rahaku 昭和の街の夕暮れ風景。
こんな情景を現実に見たことがない人々も、何故かどことなく懐かしいはず。
平成の年代は、将来どんな風景と共に思い起されるのだろうか?
それは、はなはだ心もとないものではなかろうか?

少し前のものだが、「横浜ラーメン博物館」、ラー博の夕暮れ。

Harukiya お正月の「おせち」や「雑煮」に飽きたら、食べたくなるのが、「ラーメン」や「カレー」。
体が日常回帰を望んでる。
ラー博内の「春木屋」の中華そば。

どうすか!
食べたくなるでしょ!!

Mehta_planet_1

さて、正月行事も終わり、本年の本格試聴は、ホルストの「惑星」だ。
(テレビでは「のだめ」やってるけど、後で録画を楽しむこととしよう。
それと、プレートルのニューイヤーはこれまた、録画したものの前半を視聴。
いいんでないかい!)

英国作曲家としてのホルストではあるが、その名もギュスターヴで、読み方を変えればグスタフ
そう、スウェーデン人の父を持つため、北欧風の名前なのだ。純潔英人ではないが、英国民謡を愛した、その音楽は正に英国音楽そのもの。
でもその思いや音楽に、ホルストが凝ったインド・サンスクリットの東洋思想のスパイスが織り込まれ、独特のエキゾシズムやテキストが生まれることとなった。
以前取上げた、「雲の使者」が最たる一例。

占星術へののめり込みも、そうした一環で、この組曲の7つの惑星のサブタイトルとそれを意識した音楽作りも、まさにそこから来ているという。
あまりに有名な作品だから、これ以上は必要ないね。

メータロスアンゼルス・フィルは、ツァラトゥストラ、ハルサイなどで、次々と大ヒットを飛ばし、ついでこの曲を録音し、日本発売は1972年のこと。
大ベストセラーを記録し、その年のアカデミー賞を難なく獲得。
当時、「惑星」といえば、どちらかといえばマイナー作品で、レコードは、カラヤン/ウィーンフィルか、ボールト/ニュー・フィルハーモニアくらいしかなかった。
その後、怒涛のような「惑星」ブームが訪れることとなったはずだ・・・・。

中学生だったワタクシ、来る日も来る日もこのレコードを聴いた。
特に、ダイナミックな「火星」と、明るい「木星」ばかりを。
でも時にロマンテックな思いにおちいり、夕暮れの一番星を眺めつつ、美しい「金星」も楽しんだものだ。

常にメータのダイナミックで、わかりやすい演奏がそこにあった。

同時期にディーリアスに目覚め、徐々に、私の嗜好も変わり、「惑星」離れを起した。

でもすぐに、英国音楽の視点で「惑星」が再び接近して来た。
今度は英国オーケストラによる演奏にこだわるようになった。
ハイティンク、ボールト、ラトル、ハンドレー、ガーディナーなどなど。
目玉も火星ではなく、「金星」「土星」に移行した。

こんな変遷を経て聴く久方ぶりのメータ盤。
何て旋律の鳴らし方がうまいんだろうか。すべてが自然で、誇張したところは一切なかった。瑞々しい金星に、黄昏のような土星。火星の威勢のいいイメージばかりが、この懐かしいメータ盤を覆っていたのかもしれない。
英国オケに比べると明るい音色が勝るロスフィルだが、弦と木管と金管の溶け合いが非常に美しい。ないものねだりとしては、陰影の濃さだろうか。

Mehta_planet_2_2 レコードジャケットの裏面。
豪華見開きジャケットは、ずしりと重く、インテリアとしても洒落たものだった。

ああ、懐かしき昭和のレコード時代なり。

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2008年1月 1日 (火)

J・シュトラウス ワルツ「もろびと手をとり」 アバド指揮

Fuji_tanukiko 年が明けました。
今年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

今年も、いい音楽をどしどし聴きますぞ。

こちらは、富士宮市の冨士を望む田貫湖からのベストショット。

今年の目標!

①あふれかえって分散したCDを整理すること。

②一年発起して、レコード芸術の購入をガマンすること。
そして捨てられない37年分ものレコ芸をどう処分するか真剣に考えること。

③狭い我が家の一室を独占している、お父さん(私)が息子に部屋を譲る準備をすること。

④新国のリング前半に絶対に行く。(2009年春なのでチケット奪取)でも指揮は、ダン・エッティンガーらしい。う~む。

これらの難題に果敢に取り組むのであります。
どなたかお知恵を下されぇ~・・・・・。

Abbado_neujahrskonzert88 ウィーンとの蜜月時代のアバドが、ニューイヤー・コンサートに登場した時のもの。
1988年のこと。
朋友カルロス・クライバーと合前後して1991年にも登場して、都合2度のニューイヤーのアバド。

そのアバドが70年代からよく取上げ、好きなワルツが、「もろびと手をとり」というヨハン・シュトラウス晩年の曲で、私も大好きだ。
是非一聴をお薦めしたい1曲。

仲が良かった、ブラームスに捧げられた曲。
この明るく伸びやかで、優美な円舞曲を聴きながら、あの難し顔のブラームスとどういう交友があったのだろうと、想像するのも楽しい。

ジャケットに映るウィーンフィルの面々も懐かしい。
今年のプレートルは、案外ツボにはまっているかもしれないな。

お正月、しばらくお休みします。

今年も、音楽を愛する人々の上にミューズの神が微笑みますように。

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