R・シュトラウス 「サロメ」 ラインスドルフ指揮
左が「桃の花」、右が「プラムの花」。
どちらもおいしい果実がなり、その花もあやしいまでの美しさだ。
晩春を彩る短い命か。
本来の旧約聖書上、「サロメ」は少女ということになっている。
オスカー・ワイルドの戯曲では、その少女は妖艶で淫蕩な性格となっているため、R・シュトラウスの楽劇でもそうした設定が音楽上なされていて、さらに何かに憑かれたかのような狂信ぶりも加味されているから、実におっかない女なのだ。
そのサロメ、重量級ドラマティック・ソプラノの難役だし、舞台では踊りも披露しなくてはならない。
かつてのサロメは、歌がすごければ舞台でも全然OKだったが、今や演技と風貌も伴なわなくてはならない時代となり、われわれの目も肥えてしまったもんだ。
そんな思いを抱きつつ聴いたのが、今日の「サロメ」。
なんと、「モンセラット・カバリエ」が歌っているラインスドルフ盤。
これが聴きたくて購入した、「カバリエ・オリジナル・ジャケットコレクション」で15枚のCDがそれぞれ紙ジャケットに収められボックス化された。しかも激安。
懐かしいジャケットのオペラアリア集やスペイン歌曲、シュトラウス歌曲、ノルマ全曲など、これまで未CD化のものばかり。
サロメ :モンセラット・カバリエ ヨカナーン:シェリル・ミルンズ
ヘロデ :リチャード・レヴィス ヘロディアス:レジーナ・レズニック
ナラボート:ジェイムズ・キング ヘロディアスの小姓:ユリア・ハマリ
エーリヒ・ラインスドルフ指揮 ロンドン交響楽団
(1968年6月録音)
オペラ好きなら、思わず唸るこのキャスト。
イタリアオペラばかりに思われるカバリエとミルンズ、キングやハマリがちょい役に。
ラインスドルフの指揮もシュトラウスは珍しく、ロンドン響のシュトラウス・オペラも他にあったかな?
聴いてみて、いずれも違和感なく堂に入った歌唱に満足の極み。
カバリエは、ベルカントものから徐々にドラマテックな役柄にレパートリーを広げていったように思われるけれど、若い頃からシュトラウスを得意にしていて、元帥夫人やサロメ、アリアドネ、アラベラなどをも歌っていた。
そう考えると、モーツァルトからワーグナー、ドニゼッティからプッチーニ、ベルリオーズからプーランク、独・伊・仏のすべてのレパートリーをものにしたカバリエのような歌手は他にいないのではなかろうか。
同じスペイン出身で考えると、知的な歌唱においても、後輩のドミンゴと同じことがいえるのではないだろうか!
一重に、一時期のあの体型がイメージとしてのマイナス要素だったかもしれないし、彼女の実際の舞台で相当苦労を強いられていたはず。
私は、唯一の舞台体験として、NHKのイタリアオペラの「アドリアーナ・ルクヴルール」を観たが、あの巨大で無機質のNHKホールの隅々に響き渡るピアニシモの歌声は、カバリエをおいて他に見当たらない。見た目には、カバリエとコソットの強烈コンビに翻弄されるカレーラスが気の毒に思ったくらいだけれど。
そのカバリエのサロメは、少女でもあり、妖婦でもあり、その声の芳醇かつ豊満なことといったらない。独語の子音の発音が弱いかもしれないが、その極めて幅のある歌唱は、豊かな肉体という共鳴体が生み出す、繊細な楽器へと化しているかのようだ。
重ったるい独系や、怜悧すぎる北欧系のサロメと比べ、透明感と肉惑が一体になった魅力的なサロメ歌唱ではないだろうか!
マッチョなイメージのミルンズが歌うヨカナーンは、以外に真面目で、かつ大人しめ。
エコーがかかった声が、井戸から償還されると、力強いリアルな声での歌唱になるが、録音の魔術はあるとしても、その変幻ぶりが実にリアル。
豊麗で啓蒙的なミルンズの声は、サロメではないが、聴いていて快感をも覚える。
でも独語との違和感が強く、カバリエ同様、子音が引っ掛からない。なめらかにすぎる。
そんな中で、切羽つまったような、極めて贅沢なキングのナラヴォートが存在感溢れている。
録音当時はジークムント歌いとしてギンギンに鳴らしたヘルデン・テナーが振られ役の端役。この劇の第一声は、キングの「Salome~」で始まるから、この録音が極めて締まったものになったとも言える。
キングで聴きたかったヘロデのレヴィス。演技派の英国歌手は、そんな思いを吹き飛ばすような、めらめらした怪しげなヘロデを歌っている。
レズニックの憎たらしいヘロディアスや、若いハマリも存在感がすげぇことになってる。
発売当時は、イマイチの評価だったろうが、今聴けば全然OKの「サロメ」。
オケは巧いもんだが、ラインスドルフの指揮が時に無粋かつ無機質に感じ、情感と切れ味不足。それゆえか、最後の場面、特に死ねと言わんばかりの迫力はコワイ。
当時のRCAは、オペラはラインスドルフばかりだった。ウィーン生まれのマルチ指揮者。
意外にプッチーニ、ヴェルディなどがよかったし、ワーグナーはロマンテック系がよかった。
考えたら不思議指揮者、ラインスドルフ。
カバリエは後年、バーンスタインとサロメの一部を録音したが、この全曲盤と比べ、その老練さと指揮の雄弁さばかりが目立つが、旧盤の新鮮なサロメは、なかなかに聴けるものではない。
「サロメ」過去記事自己リンク
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コメント
こんにちは。
ここのところ断続的ではありますが、「サロメ」を聞き続けています。カラヤン盤です。
カバリエはイタリアオペラというイメージがありますが、そうではないんですね。(オペラに関しては初心者なので勉強になります)
「巨大で無機質のNHKホールの隅々に響き渡るピアニシモの歌声」とありますが、聞いてみたいです。吹奏楽でも、ホールの隅々に響き渡るピアニシモは目指すべき理想だと考えています。
投稿: よんちゃん | 2008年4月17日 (木) 08時19分
よんちゃんさま、コメントありがとうございます。
カラヤンのサロメ、ウィーンフィルの響きがいいですね。
タイトルロールのベーレンス、カラヤンが見出した素晴らしい歌手の一人でした。
カバリエのピアニシモは、聴く側もじっと構えているものですから、会場に緊張が張りつめ、おのずとよく聞こえてしまう、という効果があったように思います。
カラスの代役で歌ったトスカや、同役のコヴェントガーデン公演でも同じことが起きていました(両方ともテレビ観劇)。
>目指すべき理想< 聴く側にも言えることですよね!
投稿: yokochan | 2008年4月17日 (木) 23時36分
このラインスドルフ盤、未だに入手して無いんですよ。ショルティ、カラヤン、C・クラウス、シノーポリが手元に在るのですけれども‥。興味深い配役ですよね。1950~60年代にかけてRCAレーベルの、あらゆる国籍・時代のオペラ全曲録音の指揮を一手に引き受けていた、この名匠の解釈にも興味津々ですが。
投稿: 覆面吾郎 | 2021年9月19日 (日) 10時57分
カバリエのイゾルデを先般見ることができました。
ちゃんとした録音を残してほしかったと痛感しましたが、このラインスドルフ盤サロメは、録音もキャストも万全でありがたい存在です。
ラインスドルフは、ロシア、フランスもの以外はオールマイティな指揮者でしたね。
投稿: yokochan | 2021年9月28日 (火) 08時40分