R・シュトラウス 「ナクソス島のアリアドネ」② 二期会公演
ダフルキャスト2演目めの二期会、R・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」を観劇。
シュトラウスのオペラを愛するものとして、ダフルキャストを組まれちゃったら、行かざるを得ない。
この冬の「ワルキューレ」も両方観たし。
歌手が異なることで、演出の意図や役柄の雰囲気が違ってくる。
大好きなワーグナーとシュトラウスだからこそやってしまう行為だけど。
新国は、シングルキャストで4~7公演やって、そのプロダクションの精度を高めて行くが、常設劇場を持たない二期会や藤原歌劇団は、海外で活躍する傘下の歌手達の国内での実績披露の場も確保しなくてはならない。
新国は外国勢が主役級を占めることが多いからなおさら。
これまで幾多の名歌手たちを生みだしてきた国内オペラ団と、経済的な不安の少ない新国との有機的なコラボレーションがさらに高まることを望みたいな。
そんなこんなだけれど、昨年の「ダフネ」に続き、同じ時期にR・シュトラウスを最高の布陣で上演してくれたこと事態が感謝感激。
関西二期会との競演は、甲乙付けがたく、その双方を楽しんだ次第であります。
アリアドネ:横山恵子 バッカス:青栁素晴
ツェルビネッタ:安井陽子 作曲家:小林由佳
音楽教師:初鹿野 剛 舞踏教師:小原啓楼
ハルレキン:萩原 潤 エコー :谷原めぐみ
執事長 :田辺とおる ほか・・・
ラルフ・ワイケルト 指揮 東京交響楽団
演出:鵜山 仁
(2008.6.27@東京文化会館)
幕が開く前からオーケストラボックスに架けられた花道に、くたびれた犬のぬいぐるみが横たわっている。このワン公、かなりリアルで二期会のHPから拝借した画像。
執事長によって、汚いもののようにして取り去られてしまうが、オペラの最後で、アリアドネが自分のことを「洞窟で待つくたびれた雌犬」と歌うが、このあたりの伏線か。
この犬に代表されるように、ちょろちょろといろんな仕掛けが出てくるのだが、それらが透明・洒脱な「ナクソス島のアリアドネ」にどのように機能していたのか、正直わからなかったのが今回の演出。
その執事長の田辺とおるさん、ドイツ語でまくし立てなくてはならない難しい役だが、見事にこなしていたし、指先の動きまでに演技のこもったプロの姿を見た思い。
舞台は、左右にお決まりのバルコニーを据えて、安っぽい照明や小道具が雑然と並ぶ。
燕尾服でお堅い作曲家チームと、悩ましいタイツ姿のツェルビネッタとお笑い芸人チーム、そして有り得ない衣装をまとったオペラ歌手チーム。見た目にも鮮やかな対比が。
ステージの両脇には、右に劇場のシート、左にベンチが並んでいて、後々の展開が予測される。
前回の谷口さんの作曲家がタカラジェンヌのような凛々しさがあったのに比べ、今回の小林さんは、少し小柄でより女性的な雰囲気。明瞭な発声で、かなりよかったと思う。
ツェルビネッタが、作曲家に自分と同質の孤独を認め、二人、いい雰囲気になるのだが、前日の幸田さんの演技の方がかなり誘惑の度合いが濃かったように思ったし、作曲家の動揺ぶりも谷口さんの方がよく伝わってきた。この場面におけるシュトラウスの音楽の美しさといったらもう例えようがない!
オペラ編の最後にツェルビネッタが舞台袖から登場し、この作品の本質ともいうべきセルフを歌うが、その時、幸田ツェルビネッタは、さりげなくシートで観劇する作曲家に触れて目を交わし舞台中央へ向かったが、安井ツェルビネッタは、ほぼ素通り。
このように、演出の枠の許容範囲の中で、歌手によってちょっとした違いもあるから、オペラは楽しいのだ。
ちなみに、関西二期会では、この二人はバルコニーの上に仲良く顔を出したものだ。
本編のオペラは、能狂言の舞台を思わせるような小ステージとついたて。そこには、まさに安っぽく枯淡の雰囲気ある岩山の絵が。岩戸や洞窟は省かれ、海は舞台仕掛けのみで、バッカスの船はおもちゃで、そこで人(道化たち)が遊んでいる。
具体的なもの、壮大なものは徹底して避け、完全な劇中劇としてのオペラを浮き彫りにしようとの意図。カーテンやカラフルな豆電球、クレーンに乗って姿を出したり引っ込んだりして滑稽ななりのバッカス。最後にむくむくと現れる岩もそれぞれ陳腐とも言える安装置にこだわったかのよう。アリアドネの糸もなし。
先にも書いたが、それらが全体として観てどうだったかは、今考えてみてもよくわからない。
アリアドネは、能の世界に住み表情を読めない。ニンフたちがやたらとまとわりつくのは、ちょっとどうかと思ったけれど、今回の3人のアンサンブルはとてもきれいなハーモニーを聴かせてくれた。
チャップリンやカトちゃんたち(ハルレキンたち)の愉快な歌やダンスにもニコリとしない。
客席のご婦人がたは大喜びだったけど。
佐々木アリアドネは、ツェルビネッタやお笑い芸人たちをともかく無視したが、横山アリアドネは、冷たく睨み返すのみ。
10分におよぶツェリビネッタのアリアでの退席は、歌を無視してツェルビネッタに背を向け花道を降りた。
さぁ、ここからが安井さんの極めて素晴らしかった歌の見せ所。
おもしろいように、コロラトゥーラが決まる。それとともに、客席もどんどん引き込まれてゆく。幸田さんよりも軽い声だが、より澄んでいて愛らしい。甲乙付け難い二人、新たなスターがまた生まれたようだ。彼女が拍手を一番集めていた。
バッカス登場で、能の襖絵は真中でふたつに割れ、カーテンの奥に怪しい姿が。
アリアドネの心が溶けたのであろう。表情も変わった。
そのバッカスが、やまあらし頭で、あちこちから、ぬぅーっと登場するものだから、笑いをこらえるのに困ったぞ。
過度にベタベタしないアリアドネとバッカス。プロローグの登場人物たちが舞台両袖から現れ、腰を降ろし、舞台の行方を見守る。
最後に、ツェルビネッタが登場し、二人の横にたち、「新しい神(男)が愛を求めてやってくると、女たちは黙って身をゆるすもの・・・・」と歌う。
まさに、「コシ・ファン・トゥッテ」であります。
オペラ編のすべての登場人物たちが、その3人を囲み、和やかなムードで記念写真のように揃って幕となった。
横山さんのアリアドネ、佐々木さんの風格に負けず劣らずプリマ然とした気品ある歌声。
どちらもシュトラウスの歌唱としは最高。バッカスにより開放され、変化する様子がとても歌いこまれていた。
青栁さんのバッカスは、元気よく登場しなくてはならないのに、声の威力がいまひとつ。
声が素直でよすぎるので、もっとバカっぽいくらいの傲慢さがあってもよかったのでは。
ワイケルト指揮の東響は、前回はやはり硬かった。
音を押さえているのは、今回も同じだが、シュトラウスの千変万化する音楽を充分楽しむことが出来た。さらなる軽やかさも欲しいと思ったが、精緻さは出せても、日本のオケにはなかなか難しい領域ではなかろうか。
劇中劇に徹底してこだわった今回の演出。多くして語らない部分も多々あったと思うが、2日間、とても楽しんだ。
ダブルキャストそれぞれが、実力伯仲の見事な出来栄え。
シュトラウスのオペラにさらに魅せられてゆく自分であります。
画像は、「クラシック・ニュース」より拝借。
「ナクソスのアリアドネ」の過去記事
6月26日 二期会公演
関西二期会公演
サヴァリッシュとウィーンフィルによるCD
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コメント
yokochanさんのレビューを読んでいると、いつものことながら自分がみた舞台を詳しい注釈つきで追体験している気分になれます。ダブルキャストでの違いは歌唱だけでなく、いろいろな動きやしぐさにも結構違いがあるものなのですねー シュトラウスのオペラ、これからもどんどん日本で上演してもらいたいものですね!
投稿: pockn | 2008年6月30日 (月) 00時35分
pocknさん、こんばんは。
恐れ入ります。自分の思い出・記録として書いてしまうものですから、たとえばこれから観ようという方には迷惑至極ですね。
贅沢なことをしてしまいまいましたが、日本人上演だからこそ、できるワザでして、外来ものではたいへんなことになります。
日本人は、シュトラウスが好きですから、きっとこれからもいろいろとありますよ。期待しましょう!
投稿: yokochan | 2008年7月 1日 (火) 01時19分