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2008年6月15日 (日)

エルガー 「使徒たち」 ヒコックス指揮

Tomioka_church 小樽の富岡教会。
マリア像が楚々と立つ。

幼稚園も併設され、キリスト教の教えを日本ながらに子供たちに植え付けてきたであろう。
季節の花が飾られ、とても清潔で、心洗われる趣きに溢れていた。

極めて大昔のはなし。
私の幼稚園もカトリック系で、海辺にあって砂浜まですぐだった。
クリスマスには、宗教劇が行なわれた。児童が演劇するのだが、私はいつもイエスをあがめる乞食の役だった。くじ運が悪いのか何なのか・・・・。風呂敷をかぶり、東方の博士とともに、馬小屋に向かう役だった(と思う)。ゲームはもちろん、テレビはモノクロの時代。
子供の心を豊かに育む想像力や素朴な環境、純真な心情やに満ちていた時代・・・・・。

Elgar_aposteles

そんな思いとともに、今日はエルガーのオラトリオ「使徒たち」(アポステルズ)を。
エルガーが一躍人気作曲家になったのは、「エニグマ変奏曲」(1899年)からだが、それ以前にも、「生命の光」「オラフ王」「カラクタクス」「黒騎士」などの声楽作品があって、それらも徐々に聴き始めたところ。
これらの声楽作品を仕上げたあとは、活動を少しお休みしたりしたあとの、エニグマ、そして「ゲロンティウス」とくる。

1902年に、バイロイトに赴き、「リング」と「パルシファル」を観たことで、エルガーはオラトリオの3部作を作曲することを決心したらしい。
その第1作が「使徒たち」、第2がすでに取り上げた「神の国」、第3は「最後の審判」になる予定が作曲はされず、3部作構想は挫折してしまった・・・・。
その後、交響作品へ作曲の舵を大きく切り、解説によれば「最後の審判」のスケッチは、これまた未完の第3交響曲に見出すことができるとある・・・。
このところやたらと聴くこととなった、ペイン版第3交響曲もそうした思いで聴けばまた格別かもしれない。(6月17日都響予定)

この「使徒たち」で、エルガーは、イエスの受難をマグダラのマリア、弟子たちを交えて描いている。いわば、エルガーの受難曲。
全曲で2時間以上の大作は、1部と2部とに分かれている。
 
 第1部
  ①使徒たちを呼ぶわん
  ②路傍にて
  ③ガリラヤ湖にて
 第2部
  ①裏切り
  ②ゴルゴタ
  ③墓
  ④昇天

このようなタイトルに、宗教じみていてたじろぐ方もいるかもしれないが、マタイを中心とした聖書の記述を順に追ったドラマは、対訳なしに、詳細不明の英語の歌詞を見ながら聴いてもなかなかに楽しめるものだ。

 第1部では、イエスの奇蹟や言葉、マグダラのマリア悲しみとその救いを。
冒頭は、交響曲第1番のように、ティンパニと低弦で始まる。
「Spirit of the Lord」の主題が優しく高貴なムードで始まる。そして次の「悲しみの人々(man of sorrow)の主題。このふたつが全曲に繰返し出てくる。
いずれもエルガーらしい気品と感動に満ちた素晴らしい旋律。
次作「神の国」もそうだが、いくつかの主要旋律をしっかり覚えて聴けば、後の方になるとそうした旋律がいろいろに姿を変えてあわられるので、繰返し聴けばとても親しみのある大作になるのだ。そして、その音楽が自分に語り始める時がきっとくる。そのときの感動は例えようもなく大きいものになる。
エルガーの音楽は、そんな風に聴いている。

第2部は、まさにユダによる裏切り行為(対価である金貨を表わすかのキラキラした音楽まで鳴っている)とイエスの捕縛、ペテロの否認、ユダの後悔と逃亡。
十字架上のイエスでは、深遠な雰囲気で、イエスの言葉「エリ エリ レマ サバクタニ」はオケで重々しく表現される。
そして、最後の昇天では、使徒たちの前に再び現れ、伝道命令を行なうイエス。
「あらゆる国々に行って伝えなさい・・・・・、見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」
使徒とマリアたちは、アレルヤを繰り返す神秘の合唱とともに、イエスと神を称えつつ、盛りあがり、聴く私を最高の感動の頂きに導いてゆく。このところ、毎日泣いているが、ここでも涙が止まらない。そして、徐々に静かに波が引いてゆくかのように曲を閉じる。

 天使ガブリエル:アリソン・ハーガソン マグダラのマリア:アルフレーダ・ホジソン
 ヨハネ :デイヴィッド・レンドール    ペテロ  :ブリン・ターフェル
 イエス :ステファン・ロバーツ      ユダ   :ロバート・ロイド

    リチャード・ヒコックス指揮 ロンドン交響楽団/合唱団

若きターフェルは、後年のクセがなくすっきり。ロイドの深々としたバスに聴く苦渋。
無垢なハーガソンのソプラノに、ホジソンの素晴らしいアルトの深みある声。
イギリス系の明るいバリトンのイエスは、後光が差すかのような声だし、ややオペラがかったレンドールもいい。
実力派歌手たちに、合唱のすごいウマさ。
それを束ねるヒコックスの手腕には毎度脱帽で、まとまりのよさを活かしつつ、声高に叫ばず、じわじわと全曲のクライマックスへ盛上げてゆく。

あとひとつ、ボールトの神々しい演奏も忘れ難い。
大友さん、もう一回やってくれないものだろうかなぁ??

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コメント

初めまして!英国音楽について書かれているブログを回っておりましたら、こちらのブログを見つけたのでコメントさせていただきました。ヒコックス、良い指揮者ですよね。彼のシャンドスへのエルガー交響曲全集はよく聴いております。日本では(イギリス以外では?)エルガーというと威風堂々、愛の挨拶、エニグマ、チェロ・コンチェルトぐらいですが、他にも良い曲があるのでもっと演奏されて欲しいものです。尾高さんや大友さんみたいな方が増えてくれればなぁ、と思わずにはいられません。私も明日の都響との3番聴きに行きます。3番を生で聴けるとは思っていなかったので楽しみです。

投稿: ゆう | 2008年6月16日 (月) 18時43分

ゆうさま、はじめまして。そしてコメントありがとうございます。エルガー好き、英国音楽好きの方とは、まったくうれしい限りです!
エルガーの交響曲が演奏される時は、前半に客を呼べる名曲を人気奏者で入れることが多くて、みなさんその協奏曲狙いで、エルガーの長大さにがっかりする人も多いみたいです。
私なんぞ、その逆で前半はどうでもいいのですが・・・・。
 今回のオラトリオ作品などは、メロディーもわかりやすいし、字幕などを付けて演奏すれば、皆さん感激することは間違いないのですが、その前にチケットが売れるかどうかが問題なのでしょうね。
 明日の3番は、私も初ライブですので、大いに楽しみです。
11月には、毎年やってくる尾高/札響がやりますよ!

投稿: yokochan | 2008年6月16日 (月) 22時21分

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