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2008年7月27日 (日)

マーラー 交響曲「大地の歌」 ワルター指揮

1 3 かつて、デパートの最上階には大食堂があった。
そして屋上には遊園地があり、子供には夢のような場所だった。
いまでも現存するそんな大食堂があるのは、岩手県花巻市の「マルカン百貨店」。ロートル級エレベーターにガタゴト揺られて最上階に到着するとそこは、40年はタイムスリップしてしまう。
一日中営業していて、食事にお茶に宴会にと地元に愛されている。
味もお値段もボリュームも超驚きの食堂。なんでもある。
私が食べたのは「マルカンラーメン」。辛子味噌の野菜あんかけの下には麺がごっそり。
ほじってもほじっても出てくるし、具もやたらと多い。かまぼこも半分くらい入ってるし。
 箸で食べる超ロングのソフトクリームが有名で、一度食べてみたい。

Mahaler_lied_von_der_erde_walter さて、マーラー・シリーズも終盤を迎えた。
大地・第9・第10は、マーラーの人生の集大成という以上に、死や別れが色濃く映しだされた3作となった。
1908年に、48歳で書いた「大地の歌」は心臓疾患の恐怖に怯えつつ、現世への未練とその告別や、死への憧れなどが悲喜こもごも歌いこまれた歌曲集でもある。

マーラーの交響曲の中でも、かなり早くから聴き始めたこの曲。
最初は歌詞もろくに意識せずに、かっこいい第1楽章のテノールの歌ばかりが好きで、最後の告別まではなかなかたどり着かなかった。
いずれも、FMからの録音ばかりで、今は誰とは思い出せない。
告別が素晴らしい音楽だとわからせてくれた決定的な演奏は、カラヤンとルードヴィヒのFMライブを録音して聴いた時だ。
ewig,ewig・・・と繰返しながら消えてゆく音楽。あまりに美しく、音楽が終わって絶妙の間で、聴衆の一人が静かに「ブラァ~ボ」とつぶやいた。
カラヤンの美音とルートヴィヒの素晴らしい歌唱、そして粋な聴衆にこの曲のよさを教えてもらった。

でもこの曲の初買いLPはカラヤンではなくて、同じ歌手によるバーンスタインとイスラエルフィルによるもの。75年に購入し、当時高校生の私は、初めてその歌詞の意味するところを音楽と対比しながら何度も聴いた。
若い頃に特有の人生を憂える日々に、見事に合致した音楽だったのだ。
その後ショルティ盤を購入後、CD時代に入って数々揃えたが、いずれも一長一短で、以外と初買いのバーンスタイン盤が一番好きだったりする。でも録音が悪い。
実演は体験ゼロ!

歌手の魅力でいえば、K・フェリアーの歌ったワルター盤が随一。
歌いまわしがいまや時代を感じさせてしまうかもしれないが、その豊かで気品と深みのある声は、まさによき時代の高貴なる英国を感じさせる。早世が惜しまれる。

テノール部門は、テカテカしすぎだけどR・コロが好きだ。
その対極にあるパツァークは、田舎から出てきたおっさんのような歌いぶりで、ヘルデンばりのかっこいい出だしを期待すると、みごとにがっくし来る。
でも以外なことに、私はこの人の歌を聴いていて、ヴィントガッセンのもっさりした歌いまわしを思い起こしてしまった。ある意味厭世的、ある意味自暴自棄。酔っ払いのホイリゲおじさん。
昔、ダイヤモンド1000シリーズという廉価LPで、パツァークの「冬の旅」が出ていた。
大人となった今、こんなダルな雰囲気の相棒とともに「冬の旅」も悪くないぞと思う今日このごろ。

指揮部門は、やはり陶酔型のバーンスタインまたは巨大なクレンペラーか。
きっと今なら素晴らしいであろう、アバドは何故かこの曲に手をつけようとしない。「告別」だけは演奏したらしいが、残念だ。
ワルターの指揮によるオーケストラは、遠い昔に聴いたことのある音楽が、少し距離を置いて鳴り響いているような感じに思える。
ポルタメントを聴かせた弦に、ひなびたオーボエ、泣きのホルンとウィーンフィルの魅力にもことかかない。マーラーも聴いたはずのその音楽がここある。
思いのほか淡々と進む「告別」は、フェリアーの大きなフレージングの歌唱とともに懐かしい友との別れをつつましく描ききっている。
そんなに悲しくないし、いつかまた戻ってきてくれそうな雰囲気。
振り返ったら、昔のままずっと変わらずに微笑んでくれそうな友人だ。

新しい録音が次々に出ても、独特の存在であり続けるこのワルター盤。

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コメント

こんばんは。
ワルター盤、私の最初に買った大地の歌LPです。
歌詞対訳を見ながら聴いてあまりの怖さに夜眠れませんでした。(笑)
CDでも買いなおしていますが、やっぱりいいですねえ。
テノールは私はヴンダーリヒがよいと思っておりますが・・・。

投稿: ピースうさぎ | 2008年7月27日 (日) 20時44分

こんばんは。
このワルター盤、オケといいフェリアーといい素晴らしいものです。そしてバーンスタインとIPOもなかなかですし、ショルティ、クレンペラーもそれぞれ聴き応えのあるというか、相当いい演奏だと思います。CD録音もこの曲くらいになると、あまり駄演がないのでしょう。

ライヴのシノーポリはいまひとつでした。東京芸術劇場のこけら落としでマーラーの全曲を披露しましたが、「大地」ではみんな精魂尽き果てておりまシタ。

投稿: 吉田 | 2008年7月27日 (日) 20時46分

ピースうさぎさま、こんばんは。
やっぱりこの曲の原詩は、深くて飲まれそうで、コワイですね。
こんなのを、今の若者に聞かせたら、ちょっと心配です。
そうそう、ヴンダーリヒを忘れてました。
リート系の歌手と、オペラ系の歌手とで、雰囲気が微妙に異なりますね!

投稿: yokochan | 2008年7月27日 (日) 22時50分

吉田さん、こんばんは。
シノーポリのマーラーチクルスにいかれたのですね。
あの頃は、マーラーに疲れていた時期でしたし、シノーポリも凶暴すぎて付いていけない感じに思ってました。
大地の歌は、お疲れモードでしたか。マーラー連続聴きですら、疲れちゃうのに演奏するとは凄まじいタフぶりでした。

この曲は何気に相当のCDを持ってました。全曲演奏しない人でもこの曲だけ得意にする指揮者もいますし、たしかに駄演がありませんね。

投稿: yokochan | 2008年7月27日 (日) 22時54分

何かと物議をかもしたシノーポリでありますが。
しかしCDでの録音で聴かせた演奏は屈指の演奏であると思います。デジタル・プレイヤーの定位置でありますよ。といおうか、ひところ毛嫌いしていたシノーポリの演奏がこのごろ何気にか愛おしいんですねぇ・・・。
歴史的演奏ではやっぱりクレンペラーだなぁ。厳しくって冷徹で。CD-Rでは、そのクレンペラーに似てきたギーレンの演奏も凄いものがあります。アバド、なぜ演奏しないのかなぁ。「大地の歌」にはいい人過ぎるんですかねぇ。

投稿: i | 2008年7月28日 (月) 00時06分

こんにちは。

なぜかしら「大地の歌」が最初に買ったマーラーのレコードでした。カラヤン盤です。その数年後ワルター盤が続きました。
マーラーのなんたるかもわからず、そして今もわかりませんが、この2枚には愛着があります。ただ、我が家はレコードが聞けません。いずれCDに買い替えたいと思っています。

投稿: よんちゃん | 2008年7月28日 (月) 08時53分

あれ、名前がiさんになってる。
シノーポリの大地の歌は、ドレスデンでしたね。
これが気になる1枚なんです。今度入手してみましょう。
クレンペラーに似てきたギーレン、なるほどなぁ!
そしてアバドは、やらないと決めたらぜったいやりませんね。
告別以外はお気に召さないのでしょうか。

投稿: yokochan | 2008年7月28日 (月) 23時07分

よんちゃんさま、こんばんは。
カラヤンとワルター、なかなかにいい選択じゃありませんか。
私は刷り込みのくせに音源をもっていません。
積極的なカラヤンの聴き手でなかったからであります。
今はすごく反省しております(笑)

投稿: yokochan | 2008年7月28日 (月) 23時11分

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