プッチーニ 「三部作」 プッチーニ生誕150年フェスティバル
プッチーニ (1858~1924)の10作のオペラのうち、最後から2番目のオペラ。
最後は未完のトゥーランドットで、8作目のこちらは1幕もののオペラの三部作となった。
作曲の来歴等は、先週の記事のこちら。
そして生誕150年の今年、プッチーニを愛する有志たちによって企画された、「三部作」の一挙上演があり、上野の文化会館に馳せ参じた次第。
「外套」
舞台は左右に倉庫群を思わせるレンガ模様の幕が数枚垂らされていて、奥にはスクリーンがあってセーヌの流れをイメージさせる映像が映されていて、色が日没に応じてブルーから赤に変わってゆく。
艀に横付けした船のイメージも、舞台上から斜めにかけられたロープやそれ風の桟橋でよくわかる仕組みになっている。
それなりにリアルな舞台で、悩ませる読み変えもなく、原作に忠実なため、私を含め多くの初見の聴衆にはよかったであろう。
最後のジョルジェッタの恐怖の叫びは期待したほどでなく、大人しめ。
原作のト書きにあるミケーレのサディスティックな行為もなく、オラオラというみせしめを期待していた身としては、ちょっぴり残念。
そんなミケーレ役の牧野さん、声の威力がいまひとつで低域に凄みがかけてしまった。
ジョルジェッタの大山さん、舞台映えのする姿から、満たされない思いをよく歌いだしていたし、以外やおいしい歌いどころのあるフルゴーラの清水さんも存在感あった。
ルイージ役の井ノ上さん、初めて聴く人だったが、実に立派な声で注目!(芸術監督であらせられる)
トスカと同様に、強力な主役3人を要する、ヴェリスモ色濃厚の難しいオペラと痛感。
ジョルジェッタ:大山亜紀子 ルイージ:井ノ上了吏
ルイージ:牧野正一 フルゴーラ:清水華澄
「修道女アンジェリカ」
次はさらに難しい女声だけの作品。
大好きなオペラの初舞台は、こちらも泣きを想定して、幕あいにアルコール補填をおこなって涙腺を緩ませておくことを忘れなかった。
左右の垂れ幕は同じ、真ん中に階段を据え、両脇にスロープ。
奥には十字に切った外壁パネルがある。幕があがると、紗幕ごしに左右に並んだ修道女達が見える。
女版パルシファルのような宗教的雰囲気。
全般に具象性は少なく、泉に注す黄金の光も照明によるもののみ。
まぁ音楽が最高に素晴らしいから、これでもいいか。しかし、涙誘うアンジェリカの死の場面は、光の中に手を差し延べつつ息絶えるのみ。
聖母マリアが現出して、亡き坊やをアンジェリカに差し出すのだが、せめてシルエットぐらいは見せて欲しかったな。
泉の輝きと、この奇跡は伏線をなすものだけに、今日の聴衆にはもっとわかりやすく幕切れを演出したほうがよかったのではないかしら?
それと、伏線でいえば、修道女の一人が蜂に刺され、その解毒方をアンジェリカがレシビする場面がカットされていた。
アンジェリカが死を選び毒草を調合する背景がこれでわかりにくくなった。
こうした宗教的神秘劇は、なかなか日本人には溶け込みにくいもの。だからこそ、もう少し具象的にやってほしかった。
アンジェリカ役の井ノ上さん(外套の同姓の方とご夫婦でしょうか?)が調子がいまひとつで高音がぶら下がりぎみ。最初から気になったけど、プッチーニの音楽の素晴らしさはそれをカヴァーしてさらに勝るもの。
「母もなく」から、オーケストラによる絶美の間奏曲、そして自決と幕切れ。私は予定通りに涙ちょちょ切れでございました。
憎まれ役の公爵夫人の岩森さんの存在感、ジェノヴィエッファの森さんのかわいさなどがよかった。
幕が降りて、明るくなってからも恥ずかしいから、席にて涙目のおさまるのを待った私。
修道女アンジェリカ:井ノ上ひろみ 公爵夫人:岩森美里
修道院長:新宮由理 ジェノヴィエッファ:森 美代子
「ジャンニ・スキッキ」
悲劇と宗教劇に比べ、喜劇=笑いは聴衆をいとも簡単に虜にしてしまう。
そして少し醒めぎみだった前2作に比し、聴衆の集中力はここで全開となった感あり。
舞台は、両側の垂れ幕はそのままに、天蓋付きのベッド(死者が横たわってる)に、さまざまな家具、そしてほぼ現代の時代設定による、色とりどりのさまざまな衣装による登場人物たち。いやでも楽しい(いつわりの悲しみ)の雰囲気が漂っている。
高尚な伯父、高飛車な伯母、サラリーマン風の子連れ、チンピラ風の旦那、田舎から駆けつけたカバンを手離さない親父、若々しいアーガイルのベストの青年。
ジャンニ・スキッキは、縦じまのスリーピースを着て、手袋にステッキのなりは、まるでマフィアのよう。愛娘のラウレッタはアメリカナイズした少女だ。
こんな個性溢れる面々に、かなり細やかな振り付けがなされれいて、その一挙手一投足に目が離せないほど面白い。当主の遺体を隠した戸棚にサッカーボールをぶつけてしまい、扉が開き遺体が転がりでそうになる。そんないたずら坊主の仕業まで演出されている。
グリーンが基調で、衣装とともに鮮やかな舞台だった。
そして、歌手達の芸達者ぶりに加え、その歌唱もそれぞれに素敵なもの。
お馴染み樋口さんのリヌッチョの若さ溢れる情熱的な歌、かわいいラウレッタの高橋さん、喜怒哀楽ぶりが楽しいツィータの加納さん。その他、皆さん楽しすぎ。
そしてそして、直野さんのスキッキの見事さ。声はきっと隅ずみまでに行き渡っていたであろうし、声音も楽しい限り。やはりこの役は、バスバリトンくらいの豊かな音域と声量の歌手でないとね。
誰もが知る「私のおとうさん」が、ああした場面で、あのような歌詞で歌われる観て聴衆の間に、あぁなるほど的な雰囲気がただよった。
あと、極めて残念だったのが、最後のスキッキの口上。
幕が降りてきて、その前に残ったスキッキが、「私の差配はいかがなものでしたでしょうか?」と語って、オケの全奏で終わる場面。
幕が降りだしたら、拍手がもう始まり止らなくなった!
プッチーニの天才的な洒落たエンディングが台無し・・・・。
演出もこうした結末は予想すべきだった。幕が動くと、すぐに拍手してしまうのだから・・・。
まぁ、後味は悪いが、極めて楽しめた第3部。
ジャンニ・スキッキ:直野 資 ラウレッタ:高橋薫子
リヌッチョ:樋口達哉 ツィータ:加納里美
小崎雅弘 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
演出:粟國 淳
芸術監督:井ノ上了吏
オペラに数々の実績を持つという小崎氏の指揮は、とても的確かつ安心。
3作の音楽の性格付けを見事に振り分けていて、東フィルからかなり精妙な音楽を引き出していたように思う。
三部作は名作なれど、これだけ性格のことなる歌手たちを一晩に集めることがまず大変であろう。プッチーニの意図はあくまで、一晩での3作上演だが、世界的にもなかなかレパートリーとして実現できないのもよくわかる。
しかし、こうして体験してみて、この連作オペラは、天才の筆によるまぎれもない名作であり、プッチーニ円熟の最高傑作に思う。
上演に尽力された皆さん、お疲れさまでした。
先週のCD視聴の記事
「外套」
「修道女アンジェリカ」
「ジャンニ・スキッキ」
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コメント
こんにちは。オリンピック期間中でなかったら絶対行ってたんですが、行かなくて残念。とくに「修道女アンジェリカ」は好きなので・・・あれは泣けますね。
しかしまたもやフライング拍手??困りますね。
投稿: naoping | 2008年8月11日 (月) 09時24分
昨日公演に接してきた者です。
「フライング拍手」というか、会場は大盛り上がりで、
幕が動き出したら拍手が止まらなくなったという感じでした。
演出された方は「しまった!」と思ったことでしょう。
個人的には最後の口上は日本語で良かったのではないかと。
質問ですが、「修道女アンジェリカ」のラストのコーラスは、
スピーカーを通していたのでしょうか?。
舞台裏からの声なのにやけにワンワン響いて、ちょっと興ざめでした。
投稿: もんきい | 2008年8月11日 (月) 14時19分
同じく私も公演に接してきたものです。
チケット代金のわりには、今回は??な部分がとても多かったのではないのでしょうか。
・・・キャストがこれだけ多いから人件費も考えれば仕方がないことなのか。。。
大山さんが昨年の頃とは明らかに力が衰えていたのでびっくりしました。緊張していたのでしょうか。。
その他、全てパッとしませんでした。
次回に期待したいです。
投稿: 匿名 | 2008年8月11日 (月) 17時45分
naopingさん、こんばんは。
オリンピック真最中ですな。
たった今、オグシオが負けちまって、さすがの私もガッカリ。
選手は気負わず頑張ってほしいもんです。
そして真夏、オリンピックにかぎらず、オペラ観てきました。
アンジェリカ泣きました・・・。
そして、もんきいさんがコメントでお書きのように、幕が降りたから、勢いで拍手が始まってしまった。という感じです。
前2作で、静かだった観客が、すっかりお馴染みのアリアがあったジャンニスキッキに飲み込まれてしまった感じで、劇中、笑いもしばしば。
このオペラをしっかり勉強してきている観客は少数と思われ、その点演出もそれを予測しておくべきだったかと。
難しいもんですね。
投稿: yokochan | 2008年8月11日 (月) 23時09分
もんきいさま、はじめまして。コメントありがとうございます。
あの勢いにのった拍手は、私には興醒めでしたし、歌手の直野さんも蒼白でした。
あれは演出の注意不足ですね。
パリアッチあたりなら、まだ馴染みはありますが。
後は、無粋ですが、事前アナウンスも必要だったかもです。
パリオペラでは、しつこいくらいに、注意がありました。
それと、ご指摘のように日本語の口上もいい考えですよね。
アンジェリカの、コーラスは私にも不自然な響きに感じました。
少人数を拡声したような気もしますが・・・・。
また、よろしくお願いいたします。
投稿: yokochan | 2008年8月11日 (月) 23時17分
「匿名」さま、コメントありがとうございます。
プッチーニを愛する有志が、そして指揮者や演出家に賛同する方々が集まって実現した上演とあります。
歌手の出来栄えを、私も一部云々しまいましたが、細かなことを言えばきりがないのも事実でした。
でもメモリアルの年に、日本人だけの上演で、よく頑張ったと思います。
できれば、さらに磨きをかけてどこかのプロダクションが引継いでいって欲しいと思いました。
そして、大山さんは、まともに聴いたのが今回はじめてでした。
きっともっと素晴らしいのでしょうね。私も次の機会を窺うこととします。
ありがとうございました。
投稿: yokochan | 2008年8月11日 (月) 23時26分
今晩は。三部作の次はヴィルリやエドガールが日本で舞台上演されないかなぁと夢想している越後のオックスです。この日本人キャストの公演、私も行きたかったです。三部作はパターネ指揮ミュンヘン放送管弦楽団とマゼール指揮スカラ座のCDで鑑賞してきた私ですが、比較的最近初の日本語字幕付DVDが出ましたので飛びつきました。ジュリアン・レイノルズ指揮トスカニーニ財団管弦楽団の上演です。レイノルズという指揮者は全く知らなかったのですが、彼の指揮にも演出にも個々の歌手の歌唱や演技にも大いに満足しました。演出は比較的オーソドックスですね。ぶっ飛んだ演出は苦手なので好感が持てました。
エドガールのDVDも買ったのですがまだ全部見ていません。全部見たら感想を書かせていただいてよろしいですよね?
投稿: 越後のオックス | 2011年2月25日 (金) 02時26分
越後のオックスさん、こんにちは。
この公演、よく覚えてます。少しカットがあったのは残念ですが、3つの作品の対比が鮮やかに理解できました。
ヴィッリ、エドガー、ロンディーヌと、絶対に観てみたい作品です。
プッチーニは、有名どころ以外の作品にも華がありますし、その美しい音楽はさすがなところですね。
投稿: yokochan | 2011年2月27日 (日) 02時31分