ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 東京シティフィル公演
東京シティフィル、オーケストラル・オペラ「トリスタンとイゾルデ」を楽しんできた。
指揮は日本が誇る大ワーグナー指揮者、飯守泰次朗さん。
今回は、会場をティアラ江東に移しての公演で、客席数1200、響きの豊かなこのホールは、これまでの文化会館や日生劇場よりは、ずっとワーグナーに適していたように思う。
第一、歌唱がオーケストラに消されることなくよく聞こえたし、オーケストラの音も芯があって、各楽器のブレンド具合がとても美しい。
このところ、ツェムリンシキーやスクリャービン、アルヴェーンなど、トリスタン後の音楽を聴いていたものだから、そうした作曲家たちが魅せられた本家トリスタンをオーケストラを俯瞰するような形式でじっくり聞きこむことができて、あらためてこの作品の偉大さに感服つかまつった次第。
日本人だけによる全曲上演は、もしかしたら初めてではなかろうか?
もし違っていたら教えてください。
私はかつて、95年、名古屋に単身赴任中に、時の音楽監督飯守さんの指揮で名古屋フィルのトリスタン演奏会形式抜粋を聴いたことがある。主役は岩本明志と渡辺美佐子。その時の記憶はうっすらとしかないが、まだまだ若々しかった飯守さんの指揮ぶりがやたら印象に残っている。
あれから13年、髪もシルバーになり、ワーグナーにおけるカリスマ性を増して、恰幅のいい豊かで自在な音楽を作り出す巨匠となった飯守さん。
本日の主役は、飯守さん指揮する東京シティフィルだった。
ワーグナーの息の長い旋律と、刻々と移り変わる網の目のように張り巡らされた精妙なライトモティーフ。そんなオーケストレーションの妙を、このコンビは見事なまでに描きだしている。多少の傷はあったものの、そんなことはまったく気にならない。
1幕のイゾルデの長丁場を支える明晰な響き、2幕のブランゲーネの警告の夢幻なまでの美しさ、トリスタンが故郷を語る場面での寂寥感、3幕のトリスタンの渇望と熱狂。
こんな場面におけるオーケストラの素晴らしさ。
2年のブランクをおいて満を持しての「トリスタン」。かなり厳しい練習を積んだであろうし、なによりも飯守=シティフィルというくらいに、長い期間をかけたこのコンビが熟成の時を迎えているのかもしれない。リングの一部を除き、ローエングリン、パルシファルと聴いてきての実感。
フランスものを担当する矢崎さんの存在も大きいものと思う。
演奏終了後、拍手に応える楽員の中には泣いている方もいらっしゃった。
思わずこちらも涙腺が・・・・。
今年聴いた「ワルキューレ」もこのオケがピットに入ればよかったのに。
トリスタン:成田勝美 イゾルデ:緑川まり
マルケ王:小鉄和広 ブランゲーネ:福原寿美枝
クルヴェナール:島村武男 メロート:青栁素晴
羊飼い :近藤政伸
飯守泰次郎 指揮 東京シティフィルハーモニー
東京オペラシンガーズ
(9.23@ティアラ江東)
今ワーグナーを歌える日本を代表する歌手が勢ぞろい。
舞台栄えのする成田さん、出だしは体力をセーブしたのか慎重だったが、2幕の二重唱のリリカルな歌いまわし、対して3幕では声を全開してかなり思い切った歌となり、こちらも息を飲んだ。
緑川さんは、少し前の出演をキャンセルしていて体調不良がまだ残っているのかもしれない。声の威力は相変わらず目を見張るものの、音程が決まらず、高音が苦しい、というか歌えていなかった。ちょっと気の毒。飯守さんのオケが巧みにバックアップしていた。
あと、一番良かったのが、福原さんのブランゲーネ。「アリアドネ」の作曲家役で関東でも人気者になってしまった関西二期会の実力者だが、声に存在感が充分あって、その女主人よりも立派に聴こえてしまった。2幕の警告の場が、オケとともに極めて美しかった。
クルヴェナールの島村さん、前回の「パルシファル」のクリングゾルでの道化のような衣装の印象が私的にはまだ拭いきれないが、やや暗めの声によるクルヴェナールは実によかった。クルヴェナールが、トリスタンの傍らに倒れる時、毎度涙をそそられるものだが、演出の都合から、メロートと刺し違え、絶え絶えに倒れたとき、やはりグッときた。
小鉄さんのマルケ、サルミネンばりの深々とした声に感心したが、ちょっと声が揺れぎみなのが気になったところ。
他の方々も贅沢な役どころで文句なし。水夫さん立派すぎだし。
舞台ぎりぎりにこぼれそうなオーケストラの背景に据えられた小舞台。
そこで、最低限の演技をするが、舞台奥の壁に刻々と変わる静止映像が映し出される。
当初は、ほぅ~と思ったが、何故に惑星の宇宙映像や、たくさんの覗き見お目々の映像は趣味わるすぎ。
でも2幕のグリーンの葉っぱはとてもきれい。
「愛の死」での胎児や宇宙、地球は、愛の死の浄化と救済を意味するのだろうか。
映像はあってもなくてもよかったような・・・・、それよりも音楽が雄弁なものだから。
次のオーケストラル・オペラは、「オランダ人」「タンホイザー」「マイスタージンガー」のどれだろう。いずれも合唱がたくさん登場するだけに、ホールオペラ上演が難しそう。
いずれ、ティアラ江東で、「リング」連続上演をやってもらいたいものだ!
飯守さんのワーグナー、録音でもしっかり残していって欲しい。
「トリスタンとイゾルデ」過去記事
大植バイロイト2005
アバドとベルリン・フィル
バーンスタインとバイエルン放送響
P・シュナイダー、バイロイト2006
カラヤン、バイロイト1952
カラヤンとベルリン・フィル
ラニクルズとBBC響
バレンボイムとベルリン国立歌劇場公演
レヴァインとメトロポリタン ライブビューイング
パッパーノとコヴェントガーデン
ビシュコフとパリ・オペラ座公演
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コメント
コメント&TBありがとうございました。
私はU列とかなり後ろだったので舞台は遠くて細かいことはわからないのですが(音楽的には問題なし)、楽員さんが感激で泣いてたなんて話を読むとまたぐぐっときてしまいます。いやほんと、いい演奏会(オペラ)でございました。あと、見張りの場面はほんとに美しかったですね。オケだけの部分以外で一番良かったです。
投稿: naoping | 2008年9月24日 (水) 20時03分
naopingさん、こんばんは。
私もR席でしたので、後ろと言えばうしろ。
でもあのホールなら問題なしでした。
楽員さんの涙は、ここまでやってきたという感涙でしょうか!
見ていて堪りませんでした・・・・。
それだけの完成度を誇る手作りの名演奏でした。
私も今更に、涙ぐんでしまいます。
しばらく他の音楽を聴きたくないのですが、明日は「すみとりバラ騎士」なんです。
ちょっとすごいのやりすぎです。東京ばかりが何故にです。
投稿: yokochan | 2008年9月24日 (水) 22時10分
こんばんわ、スリーパーです。
この公演、行かれたんですね。ティアラでオペラって言うのでちょっと注目していたのですが。
ま、諸々の理由もあり、まだコンサート通い完全復帰前なので控えました(この処もまったく行ってません)。
ティアラは以前、オケのコンサート(確か、金聖響&シティ・フィル)を聴きに言ったことがあります。
改修(補修?)工事前の時ですが。
あの時の音響のイメージは正直書いちゃうと
「特に可もなく不可もなく。どんな公演でもできるかな?」
と言うのと
「でも、特徴は・・無い?オケのコンサートだと少しもの足りなかったかな~。」
ってものでしたが、あの時と同じなら、確かにオペラだと丁度良いのかもしれませんね。
各団員の涙・・余程、感極まったのでしょうね。
そうは見れませんよね~楽団員の涙なんて。
投稿: スリーパー | 2008年9月25日 (木) 00時34分
スリーパーさま、こんばんは。
好きなワーグナーやシュトラウスなら、いつどこでも飛んでゆくワタクシさまよえる男であります(笑)
ティアラ江東、コンパクトで親密な響きは、日本人のトリスタンにぴったりだったと思います。
日本人によるワーグナーもついにここまで!という画期的な上演でした。
ここに至るまでの関係者の努力を思うと、楽員の方の涙もいろんな意味ですごく感激でした。
明日(金曜)は仙台ですよ!
投稿: yokochan | 2008年9月26日 (金) 00時03分
こんばんわ、スリーパーです。
やはり行かれるのですね!仙台へ。
羨ましい!!o(><)(><)o
私も行きたかったのですが・・・
ま、ご存知の通りの事情で。
流石にこの最中に旅行は・・です。
ウチのお爺ちゃまの指揮を仙台でも
存分に楽しんできちゃってください!
レビュー、楽しみにしてまぁーす。
私は、せめて、こちら(神奈川)で・・・。
投稿: スリーパー | 2008年9月26日 (金) 01時48分
スリーパーさん、聴いてきました!
爺ちゃま元気でしたよ。
すごかったですよ。
仙台っ子はびっくりだったと思います。
詳しくは、今宵帰宅後に。
投稿: yokocahn | 2008年9月27日 (土) 09時20分