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2008年12月13日 (土)

プッチーニ 歌劇「エドガール」 フェロネージ指揮

3 横浜みなとみらい、ランドマークタワー、ガーデンスクエアにあるツリー。

クリスタルかつメタルなツリーに、週末に今年も雪が降り注ぎます。

お誘いあわせのうえ、お越しください。

と、宣伝しておこう。

FMヨコハマの携帯サイトに会員登録しておくと、誕生月に展望フロア「スカイガーデン」が無料で入場できる。
おまけに、エフヨコステッカーがもらえちゃう。
お連れ様も割引になっちゃう。
私は、その展望フロアから、番長・三浦大輔が留まった横浜スタジアムを息子とともに、感慨深く眺めたものだ。律儀な男三浦!

Edgar_veronesi

プッチーニ(1858~1924)全オペラを取り上げるシリーズ。
3部作を1作と考えると、全部で10曲のオペラを残したプッチーニ。
作曲順に、「妖精ヴィッリ」「エドガール」「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「ラ・ロンディーヌ」「西部の娘」「三部作」「トゥーランドット」。

いずれもプッチーニらしい美しいメロディに溢れた名作で、第1作から、未完の最終作まで、どこをとってもプッチーニの個性があふれてる。

ただし、現在舞台に頻繁にかかる名作とそうでない作品とがはっきりと別れてしまっているのも事実。
後者のマイナーな作品でいうと、「ヴィッリ」「エドガール」「ラ・ロンディーヌ」の3作。
この3作に聴かれるプッチーニの音楽は、有名オペラに負けじ劣らず、本当に素晴らしく、かつ愛らしいもので、その旋律美には抗しがたいものがある。
 では何故、舞台にかかりにくいし、その録音も少ないか。
それは一にも二にも、原作及び台本の弱さに起因している。
ロンディーヌはともかくとして、初期2作の陳腐なドラマと、その脈連性を欠いた唐突ぶりにはへたすりゃ噴飯ものである。
この2作は、ともに、ガブリエル・フォンターナの台本で、次作「マノン・レスコー」からは紆余曲折があったものの、イッリカ&ジャコーザという名コンビを得て名作の森を築きあげることとなる。プッチーニの音楽の熟達もあったのであろうが、やはりオペラには有能な台本があってこそ名作が成り立つというもの。

「エドガール」の原作は、フランスの詩人ミュッセの「一寸先は闇」という詩劇で、チロルを舞台にした、メリメの「カルメン」のような作品。すでにビゼーが成功をおさめている題材に魅かれたのであろうか、フォンターナはその台本を作成し、プッチーニに届けた。
舞台は、チロルから、ほの暗いフランドル地方に置き換えられている。

第1幕
 居酒屋の店先でウトウトしているエドガールの前に、幼馴染のフィディーリアがやってきて持ってきた花束に口づけをしてエドガールに投げ渡す。(ここでのフィディーリアの歌はふるい付きたくなるほどに愛らしい)
そこへ、エドガールを狙っているムーア人の娘ティグラーナがやってくるので、フィディーリアは姿を消す。そのティグラーナはエドガールに言い寄るが、彼は冷たい。
一方で、フィディーリアの兄フランクは、ティグラーナのことが好きなのである。
居酒屋の傍らにある教会ではオルガンを背景に村人のミサが聞こえるが、ティグラーナはそれを嘲笑し、不謹慎な態度をとる
。(カヴァレリア・ルスティカーナのムードである)
フランクは、夕べお前はどこへいっていたのだ、と非難しながらも、ティグラーナへの思いを歌う。(このバリトンによるアリアもまた素晴らしいものだ)
 毒づくティグラーナに、村人たちは怒りだし、出てゆけと攻め立てる。
騒ぎを聞きつけて、表に出てきたエドガールは、ティグラーナがいじめられていると思いこみ、彼女を擁護し、しまいに居酒屋に火を放ち、ナイフを片手にすごみ、思わずフランクを刺してしまう。興奮した村人を静める、長老フランクの父。そしてエドガールはティグラーナを連れて逃亡する。

第2幕
 エドガールとティグラーナの愛欲の住処は、豪華な庭園のある館。
エドガールは、そんな生活に飽きてしまい、しきりに昔を懐かしいでいる。(
エドガールのアリア、懐かしい彼女と後悔を歌った情熱的なもの~ドミンゴ若い!)
そんな彼を責めるティグラーナ。(これはまさに、タンホイザーじゃないの~失笑)
そこへ、軍楽隊とともに、軍隊がやってくる。エドガールは、歓待しようと引きいれる。
そうしたところが、その隊長はフランクであった。フランクはかつての愛は冷めているし、エドガールは事件を謝罪し、すっかり仲直り。それじゃ、一緒に戦おう、ということで意気投合してしまい、ティグラーナの元をホイホイと出ていってしまう。
「アンタは私のものになるか、死ぬかだよぅ~」と凄むおっかない女ティグラーナであった。

第3幕
 なかなか聴き映えのする前奏曲(シャイーのCDでおなじみ)。
戦死したエドガールの葬儀(
あれ?死んじまった?)が行われようとしていて、フィディーリアは父とともに嘆き悲しんでいる。(ここでのフィディーリアの歌も1幕に似ていじらしい)
そこへ、フランクと目深に頭巾をかぶった見知らぬ修道士がやってくる。フランクは、エドガールの戦功と勇敢さを称えるが、一方で修道士はエドガールが愛欲に浸っていたとか、悪いことばかりを暴きたてるものだから、人々はけしからん、恥だと興奮してエドガールの亡骸に危害を加えようとする。
そこへ、フィディーリアがかばうようにして登場して、涙ながらに訴える。
「私は、エドガールと同じ村に生れた幼馴染です・・。彼を毎日、日が暮れるまで待っていました・・」(
このアリアもまた、プッチーニが好んだ女性のタイプに残した素敵な歌のひとつ。でもこれもまた、タンホイザーでありますな!)
こうして静まった会場。
そこへ、ティグラーナが神妙な雰囲気でやってくる。フランクと修道士(実はエドガール)は、その様子がおかしく、何か怪しいたくらみを抱いていると疑い、誘導尋問にかける。
お嬢さん、どうかしましたか?とかいろいろ問いかけるが、静かにしておいてくださいな、とティグラーナ。それじゃぁってんで、首飾りをちらつかせ、エドガールの罪状を人々の前で並べたてたら、差し上げようと持ちかける。
まんまと本性を出したティグラーナは、エドガールのひどさを言いまくるので、人々はまた激昂して、その棺を投げようと持ち上げるが、なんとそこは鎧だけ。

 「実は」、と修道士は正体を明かし、人々に過去を謝罪し許しを乞い、フィディーリアは喜び、エドガールに抱きつく。そして、エドガールとフランクは、ティグラーナを捕えようとするが、ティグラーナは隠し持ったナイフでフィディーリアを刺し殺してしまう。
 ティグラーナは人々に捕えられ、フランクは父のもとに、エドガールはフィディーリアの亡骸に倒れ伏して人々の祈りとともに幕となる。


かなり長いあらすじとなってしまった。
こうまで書かないと脈連ないドラマゆえに、さっぱり不明となる。
それでも、何だかなぁ~、の連続攻撃に、笑う気力も失せてしまう。
何故、居酒屋に火を放つのか? 愛の巣に軍隊が何故やってきて、いとも簡単に意気投合してしまうのか? そしてギンギンにエドガールの声、いやもろにドミンゴドミンゴしているのに、誰も修道士を見抜けないのか? なんでわざわざ、寝た子を起こすように、ティグラーナの本性をひきださずにおかなかったのか? 何で、フィディーリアちゃん一人が死ななくてはならないのか?
はぁ・・・・。

 エドガール:プラシド・ドミンゴ  フィディーリア:アドリアーナ・ダマート
 ティグラーナ:マリアンネ・コルネッティ  フランク:ホアン・ポンス
 ジャルティーロ:ラファル・シヴェク

 アルベルト・フェロネージ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団
                         同           合唱団

                           (2005.5 ローマ)

劇の陳腐さに目をつぶれば、その音楽はリリカルで、なかなかに素晴らしい。
まして、このCDのような真剣な演奏であればこそ。
やはり、ドミンゴの独壇場。まるで歳を感じさせない艶やかさと強靭な歌声は、プッチーニの若書きを充実したドラマを添えているようだ。
しかし、欲をいえば、もっと無分別ゆえの若々しさが必要とも感じたことも事実。
修道士の立場では、声を少し変えたりしてバリトンがかった歌を聴かせてはいるものの、だんだんとモロにドミンゴになってしまうのがご愛敬。
でもなんだかんでで、不世出の大歌手の全力投球は見事。
Damato_2  ダマートがとても素敵だった。ミミやリューと同じような役柄のフィディーリアを歌うのに彼女のあたたかくも優しい歌声は最適で、主役級の悪女役コルネッティが少しおとなしめなので、カルメンのミカエラともとれるフィディーリアがヒロインとして、大いに目立つこととなった。
ポンスも贅沢なくらいに立派なものだった。
 若いフェロネージサンタチェチーリアのオーケストラは、若々しくそしてプッチーニの抒情を見事に引き出しているように思った。

1889年、プッチーニ31歳、スカラ座で初演。
ほとんど上演されないこの作品。怖いもの見たさで舞台に接してみたいものだ。
カルメンとタンホイザーとカヴァレリアを足したようなオペラに笑ってしまうかも。

4 これで、本ブログで取り上げるプッチーニのオペラも、残すところ、「蝶々夫人」のみ。
明1月には、新国で蝶々さんの舞台を始めて観る予定。

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コメント

プッチーニの珍しいオペラ、「エドカール」は未聴ですが、「ツバメ」は新しく出たDVDを観ました。結構リアルな内容(囲われている愛人がまともな結婚をおくれないというのは現実にあるよなぁ)は、「トラヴィアータ」と「こうもり」を足して2で割ったようなストーリー。それをヴィックは思い切って1950年代に持ってきてました。ヒロインがゲオルギュウだったら、もっとリアルだったかもしれません。
でも、なんだかシュトラウスのなかなか有名になれない後期オペラのような臭いがして可哀相なオペラ。そういった視点でいうと「エドガール」、なんだかシュトラウスの「グントラム」や「火の欠乏」のような位置取りを感じました。

ところで「マダム・バタフライ」、どうしようかなぁ。絶対観まいと思っているのですが、「トラヴィアータ」を観てからというもの、どうも趣旨変えをしなければならないような気になってきました。

投稿: IANIS | 2008年12月14日 (日) 02時15分

IANISさん、毎度どうも。
「つばめ」のDVD気になってます。
その音楽は素晴らしいのに、劇の仕立てがイマイチで、ほんと、シュトラウスの後期マイナー派に同じであります。
 そして、グンドラムと火の欠乏に通じるのが、ヴィッリとエドガール。
でもともに、当時は成功作としてプッチーニの名を知らしめたオペラであります。
ヴェルディの後継者として目をつけた出版もと、リコルディの慧眼のなせる技でありましょう。
それにしても、「エドガール」、ヘンテコなドラマであります。

そして、やはり「蝶々さん」は一度は観なくてはなりませぬね。耳たこだけれども、私もテレビでやっても意識して見ずに遠ざけてきた舞台。
きっと泣いてしまうのでしょうなぁ・・・・。

投稿: yokochan | 2008年12月14日 (日) 14時16分

yokochan様今晩は。
「エドガール」講義楽しみにしていました。
 「妖精ヴィルリ」以上にしょうもない台本のオペラだという噂を聞いていましたんのでヴィルリ同様あらすじも歌詞対訳も無しで声楽つき交響曲のように聴いてみました。シャイーのCDで既に聴いていた音楽以外の曲もやはりプッチーニの個性全開で聴いていて嬉しくなりました。私が聴いたのはイヴ・ケラー指揮ニューヨーク・シティ・オペラの演奏です。ベルゴンツィやレナータ・スコットらが出演しています。77年のライヴ録音ですが演奏も音質もなかなかです。
 それにしても台本のしょうもなさは予想以上ですね。ツッコミどころ満載です。エドガールは最初はティグラーナに冷淡だったのにどうしてそこまで彼女にほれ込んでしまうのか…うーん、謎です(笑)

投稿: 越後のオックス | 2008年12月16日 (火) 03時28分

越後のオックスさま、こんばんは。
たしかに、どうしようもない筋書きながら、素晴らしい音楽を付けたプッチーニの才能には驚嘆ものです。
2作とも、フォンターナの作で、次の黄金トリオと比して彼は気の毒な存在でありますが、霊感不足は明らか!

CBSから出たレコードが、越後のオックスさんがお持ちのCDです。ケラーは当時、女流指揮者として注目された存在ですし、アメリカの音楽界が元気だった時期であります。
当オペラの初全曲録音です。その前に、RCAから抜粋盤が、グァダーニョの指揮で出てました。
エドガールのヘンテコな行動がすべて、この劇をおかしなものにしております(笑)
でもいい音楽ですね!

投稿: yokochan | 2008年12月17日 (水) 01時00分

 エドガールの世界初のDVDが出るそうです。しかも日本語字幕付という嬉しい一品です。主人公はホセ・クーラがやるそうです。クーラのCDはドミンゴが指揮したプッチーニのアリア集を持っておりますがなかなかいい演奏です。

投稿: 越後のオックス | 2009年11月10日 (火) 01時18分

越後のオックスさん、こんばんは。
たくさんコメントありがとうございます。
ご案内の映像はNHKで放送され録画し、一足先に見ました。なかなか美しい舞台でしたよ。
クーラは強い声ですが、ヴェルディよりは、プッチーニの方がよいようですね。でも、アバドとのオテロの映像を手に入れましたので、じっくり見てみたいと
思います!

投稿: yokochan | 2009年11月10日 (火) 20時46分

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