R・シュトラウス 「英雄の生涯」 メータ指揮
富士山の頂き部分。
今年の雪は多く、白い部分が下まで広がっている。
こちらは、先週、神奈川の実家から沼津まで車で足を伸ばし、沼津港から撮影したもの。
富士山の頭に雲がかかるると、その日は風が強くなる。
子供の時からそう教えられ、実際そういうものと経験してきた。
この日も例外でなく、北風の強い寒い一日であった。
おかげで、山以外は雲が吹き飛ばされて青い空との対比がとてもきれいだった。
R・シュトラウス(1864~1949)の作品シリーズ。
あまりに有名な、交響詩「英雄の生涯」をば、聴きます。
一般にはオーケストレーションの巧みな作曲家として、交響作品が有名なシュトラウスではあるが、その魅力の真髄が、オペラや声楽作品にもあることに気づいてしまってオペラ中心の聴き方になってからというもの、かつてのオーケストラ名作の聴き方も変わってきたように思う。
豪奢で聴き映えのする部分から、若いのに過去を振り返ったり、達観したりする緩やかで静かな部分に心が惹かれる。
かつて親しんだ名盤も、そんな気分で聴けば全然違って聞こえる。
シュトラウスは、本ブログでも何度も書いているとおり、15作あるオペラの前に、そのほとんどの管弦楽作品を書き尽くしてしまった。
オペラが必要とすること。その素材である劇作選び、そしてオペラに向けた台本制作、作曲とオーケストレーション、初演に向けて劇場選択と歌手・指揮者・オケへの落とし込み。
こうした経過を考えると、いかに人と金がかかることか!
器楽やオケ作品からスタートし、やがてオペラに向かっていったシュトラウスの作曲家としてのステップアップは、大いに頷けるものだとと思う。
「英雄の生涯」は、1898年の作曲、翌年の初演。
最後の交響詩で、後年作曲した有名どころのオーケストラ作品では、家庭交響曲とアルプス交響曲のみ。
一方でオペラは、第1作「グンドラム」のみで、あと14作も残すことになる。
シュトラウス34歳である。
ズビン・メータは、R・シュトラウスのオーケストラ作品の演奏においてはデビュー時より、第一人者で、ほぼすべての作品を録音してきている。
なかでも、「英雄の生涯」はもっとも得意にする作品で、68年、81年、92年とほぼ10数年置きに録音してきており、オーケストラも異なっていて、それぞれ、ロスアンゼルス→ニューヨーク→ベルリンといった具合に、確実にステップアップしてきている。
ちなみに、私は2005年のバイエルン国立歌劇場との来日でのオーケストラコンサートで、この曲を聴いているから、40年に渡っての「メータ・英雄の生涯」を確認することが出来ているわけだ。
ロスフィル盤は、オーディオ面でもあまりにも有名なツァラトゥストラのころの録音ながら、その鮮烈さにおいては少しも負けていない演奏となっていて、相当に雄弁で、32歳の録音と聴くとあまりにも大人びているし、生意気な小僧とも思ってしまう。
ところが、ロスフィルの覇気に満ちた響きは、カリフォルニアのあっけらかんとした幸せなムードを醸し出していて、ウェストコーストのパームツリーのもとで、ゴージャスな年金生活を送らんとする余生が見えてくる。手にした酒はウィスキーのソーダ割りだ。
音のリアルさでは、他の2盤とは群を抜いているし、音楽の造りがデカイ。
デッカの録音もあって、マルチ的にすぎて潤いが足りないが、今の閉塞感漂う世の中にあっては、心頼もしい演奏である。
CD時代になって発売されたこちらは、ニューヨークフィルとのもの。
1枚のCDでこれ1曲。
いま思えば贅沢極まりない。当時3800円もした。
若いサラリーマンにとってあまりにも高かった。
ところが今や、ロンドンレーベルから、ロスフィル盤がツァラとカップリングされて1枚1000円を切ってしまうとんでもない飽食・飽聴の時代なのだ。
メータ45歳、脂の乗りきった年代で、ニューヨークでさらにひと花咲かせようと張り切っていた時代だろう。
タメが大きくなって恰幅が豊かになり、旋律の歌い回しにも工夫が見られる。
でも全体に落ち着いたムードで、意外と渋くまとまっていて、こんなニューヨークフィルの音も私は好きだな。
マンハッタンの摩天楼で、眼下に街を見下ろしながらドライマティーニを飲んで、西海岸の若い頃の業績を回顧する図である。
ニューヨークを去ったメータは、活動の拠点をヨーロッパに移し、従来のイスラエルを始め、フィレンツェでのオペラ、ニューイヤーコンサート、ベルリン、ミュンヘンとオペラとオーケストラ、双方を両立させた活躍を始めることとなる。
91年のベルリンフィルとのライブ録音は、ソニーに同オケと再録音しはじめたシュトラウスシリーズの一環。
この頃は、カラヤンが亡くなってすぐの頃だし、朋友アバドも就任したばかりで、オケの音色は、まだまだカラヤンの残影を引きずっている。
その出だしから、少し明るめでゴージャスな響きに耳がそば立つ。低音の厚みは底知れないほどだし、どこまでも伸びゆくヴァイオリンのクリアーな響きもすごいものがある。
テヌートぎみな弦の刻みもカラヤンが残したオケの足跡か。
メータは、そんな超優秀なベルリンフィルに乗っかってしまって、豊穣極まりないシュトラウスサウンドに酔いしれながら指揮をしている感じ。
55歳にして、ヨーロッパに返り咲き、オペラ指揮者としても経験を積みつつあったメータ。
「英雄の伴侶」の恋物語でのしたたり落ちるような美音と歌には、完全にやられてしまった。同様に「英雄の業績」から「英雄の引退と完成」は、実にしみじみと、これまでにないくらいに落ち着いた響きを聴かせる。
コールアングレの音色に聴かれるのは、まさにヨーロッパの自然そのもので、メータはついに自分の音楽のルーツ、ヨーロッパの音色を手にした。
フルトヴェングラーやカラヤン、そしてシュトラウスが指揮したウィーンやミュンヘンのオケに囲まれながら、音楽の殿堂に身を置き安住の場所で黄金色に輝くワインを手に余生を送るの図。
ロサンゼルスフィル盤 68年 (45’50)
ニューヨークフィル盤 81年 (46’58)
ベルリンフィル盤 91年 (47’10)
バイエルン国立歌劇場 2005年 サントリーホールにて
ミュンヘンのオケとの演奏会は、実に素晴らしかった。自在で達観したかのような演奏で、柔らかくすっきりした響きがホールを満たした。フライングブラボーがあったけれど、アンコールはカルロスを思い起こさせるように「こうもり」を爽快に演奏した洒落たコンサートにメータの円熟を聴いた。
以上、メータの「英雄の生涯」の歴史、オシマイ。
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コメント
こんばんは。
メータの「英雄の生涯」、エエですね。DECCA盤とソニーのNYP盤を聴いています。好みはDECCA、ロサンゼルス・フィルとの豊麗な演奏です。これ、ロス・フィルが一生懸命で、充実してますし、メータの指揮も勢いを感じさせてくれます。DECCAの録音も最高級で、40年を経た今も素晴らしい音で鳴ってくれます。
う~ん・・・・やはりメータは60年代から70年代が良かったような気がします。
投稿: mozart1889 | 2008年12月14日 (日) 20時52分
mozart1889さん、コメントありがとうございます。
デッカ盤は、今聴いても驚くほど鮮明な録音でした。
ツァラトストラと同じであります。
二度と訪れない最高のカップルですよね。
デッカ・ロスフィルと三位一体のメータの最良の時期であったことは間違いないです。
これからもさらに円熟の演奏を聴かせて欲しいと思います。
投稿: yokochan | 2008年12月14日 (日) 23時03分
国内ユニヴァーサル-ミュージックの、UCCD-7055で『ツァラトゥストラ』と『英雄の生涯』の2曲たっぷり楽しみました。これらのレパートリーは老境の大家の棒では、悟りすぎと申しますか達観してしまうと、余り面白くないと思います。後者のカラヤン盤でも、1950年代末期収録の最初のステレオが、魅力的に聴こえます。で、このメータ盤が愚生の好みを存分に満たしてくれる、満足度の高いディスクと言う事かと存じます。
投稿: 覆面吾郎 | 2019年9月25日 (水) 07時32分
大家の演奏による「英雄の生涯」の代表例はベームとウィーン盤でしょうか。
これはこれで、ウィーンフィルの魅力もあり、後半戦がまさに人生振り返りの枯淡の極致とも思います。
一方で、働き盛りの演奏、ご指摘のとおり、わき目も振らずまっすぐに切り抜けるような勢いと、爽快さが魅力ですね。
まさに、メータ、ロスフィル、デッカの共同作業でもあります。
メータのデッカ時代、好きです!
投稿: yokochan | 2019年9月26日 (木) 08時03分