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2009年1月11日 (日)

ショスタコーヴィチ 交響曲第4番 ハイティンク指揮

8 シーズンに張り忘れ。
野菜による、野菜だけのツリー。

そう、ベジタブル・ツリーやsign01

JAは、減少する農家のためだけに存在したのではもうやっていけない。
地場野菜を売る、大規模な産直のお店が各地に出来てきている。
実家へ行くたびに、買出しにいくこちらは、朝早めにいかないと、品薄になるくらいに人気。
地元の方々が作った、パンや弁当、蕎麦やラーメンも売っているから、何でもありの生鮮スーパーさながらなのだ。

Shostakovich_sym4_haitinkcso ショスタコーヴィチ(1906から1975)の交響曲シリーズ。
本日は、交響曲第4番ハ短調

この交響曲が好きで、本稿で3度目の登場。
大野和士&新日本フィルのライブハイティンク&ロンドン・フィル
CDもそこそこ持ってます。
上記のハイティンク、ヤンソンス、ゲルギエフ、ラトル、ミュンフン、ロジェストヴェンスキー。
音源・映像では、ロストロポーヴィチ、デュトワ、ヤノフスキ、ハイティンク(BPO!)などなど。

どの音源も、聴けば聴くほど、その複雑に絡み合った旋律がどんどん馴染みになってはいくけれど、次々に脳裏から消え去ってゆく。
いったいこのつかみどころのない音楽は何なのだろうか?
この交響曲は、そのごちゃまぜ、何でもあり的な要素からも、マーラーとの類似性を強く言われるが、悲観と楽観、世俗と神聖などが入り混じったマーラーの方がまだわかりやすい。
このまるで、闇鍋のような交響曲(そもそもどこが交響曲なんだろうか?)に、ショスタコーヴィチは何かを隠したのであろうか?
1936年、時はスターリン治下のもとにあった。
「ムツェンスクのマクベス夫人」がその悲劇性が受け、内外に大いに評判をとっていたが、スターリンが劇場で観たのちに、プラウダ紙はこのオペラを痛切に批判し、大キャンペーンを張った。
スターリンの大粛清の前哨戦ともいえる、芸術批判の始まりだった。
同時に期待の高まる交響曲への批判もなされるようになった。
第4交響曲の2楽章までを仕上げていたショスタコーヴィチは、反論せず、沈黙を守り、この交響曲の完成へとこぎつける。
 (このCDには、ハイティンクとシカゴ響のオーケストラホールでの演奏の模様を差し挟みながら、こうした経緯を豊富な歴史的映像を交えて紹介するDVDがボーナス盤として付いていて、今回記事もそちらから参照した事例が多いです。)

完成後、訪ソ中だったクレンペラーに、この全曲をピアノで聴かせたというエピソードもあって、ショスタコーヴィチはこの曲にある程度の自信を持っていたはず。
そして、初演は、メトでワーグナー指揮者として活躍したドイツ亡命のスティードリー指揮のレニングラードフィルで行われるべく準備中だったが、劇場支配人から初演を自ら引っ込めるように示唆され、さもないと行政処分になると言われた。
こうして、初演は幻に終わり、実に25年後の61年、コンドラシンとモスクワフィルによって演奏されたのが本格初演だった。
「いろんな意味で、私のあとの交響曲よりも良い」とコメントしたと言われる。

「言葉は私とともに墓にあり、音楽のみが私の中でしっかりとある。ほかは歩み寄ることさえ怖がっている・・・・」

どこまでが本当かわからないが、あの極度の近視の牛乳瓶の底のような眼鏡の奥で、ショスタコーヴィチが何を見つめていたのか・・・・、うーん、わかりません。
そしてこの音楽は、落ち穂拾いでも何でもなく、まるで次に何が出てくるかわからないカートに乗っているかのような新鮮な驚きの連続である。
凶暴なくらいに刺激的な響きとリズムに満ちた第1楽章。
悲壮感が皮肉なまでに感じる打楽器満載の第2楽章。
陳腐で通俗的な前半だが、後半の大フィナーレ、それに続く意味ありげで、何かノドに引っかかったような終わり方をする第3楽章。

ハイティンクシカゴ交響楽団は、この曲待望の新盤。
唖然とするくらいに鮮やかなシカゴのアンサンブルと、金管の輝きまで感じる咆哮。
まさに最高水準のオーケストラ演奏がここに展開している。
ここには、ラトルやゲルギエフらが聴かせる強烈さやロシア系の人が聴かせた原色の響きもなく、ハイティンクはまったくもって正攻法で音楽に対峙している。
旧盤と基本的には同じアプローチでの楽譜の忠実な再現ではあるが、そこは円熟のハイティンクと最強のシカゴで、音の彫りは深くなり、とりとめない構成が、立派な骨組みの大交響曲となって響く。
旧盤が67分、他の指揮者がだいたい64分、ミュンフンが最短60分のところ、ハイティンク新盤は70分をかけている。
 実は、きれいに仕上がりすぎてしまったという贅沢な注文もあるが、これはこれで超立派なものだから、聴きば聴くほどに味わいの増すスルメ系の演奏でもある。
土曜から日曜にかけて、何度も繰り返し聴いてしまった。2008年5月のライブ。

このCDの秀逸なジャケットの意味も、DVDを見るとわかります。

手持ちの4番CD

Shostakovich_sym4

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コメント

yokochanさん、こんばんは!
お待ちしておりました、ハイティンク&シカゴ響のDSCH第4番!プレヴィン&シカゴ響の演奏に慣れた耳には、熟成しきった作曲家の中後期の作品のようにも聞こえますが、そこが魅力になっていますね!
まだDVDは観ていません(汗)。今回の一時復帰の最後のエントリーは頑張って(?)DVDを観ました(^-^)
また戻ってきた際には宜しくお願いいたしますm(_ _)m

投稿: Niklaus Vogel | 2009年1月11日 (日) 22時45分

yokochan様今日は。
ショスタコシリーズ、遂に問題作第4番の登場ですね。マーラーの交響曲のほうがまだ分かりやすいというご意見には全く同感です。
私は初めて聴いたのがインバル&ウィーン響の演奏で、最近はバルシャイ盤を愛聴しています。インバルではじめて聴いた時は全く訳が分かりませんでした。今でも分かりません。でもこの分からなさを楽しめるようにならないと駄目かもしれないと最近は思うようになりました。
これは愚痴になりますが、インバルの国内盤の解説が私は大嫌いです。インバルのマーラーも同じ人の解説だったと思うのですが。「こんなに深く音楽を鑑賞できるオレって凄いだろ?インテリだろ?」という自己陶酔の極みみたいな悪趣味な文章だと今でも思っています。吉田先生でも宇野さんでも黒田さんでも誰でもよろしいが、この人にだけは書かせないで欲しいと思います。某巨大掲示板などを見るとこの人の解説は人によって好き嫌いがはっきり分かれるようです。中にはこの人の書いたライナーノーツが大好きと言う人もおられるのですね。

投稿: 越後のオックス | 2009年1月12日 (月) 12時20分

Niklaus Vogelさん、コメントありがとうございます。
私と同じで4番がお好きなのですね。
以前ご案内されておきながら、プレヴィンの4番はまだ聴いておりません。次に、この曲を取り上げるときは、おそらくそちらになろうかと思われます。
それにしても、シカゴの高性能ぶりには舌を巻きます。
DVDで見ると、コンマスも含めてアジア系の奏者がたくさんいます。以前フィラデルフィアを聴いたときも、コンマス以下同じ状態で、アメリカのオケの現状がうかがえました。

私も今日は軽めのDVDでした。
早めのご帰還をお待ちしております(笑)

投稿: yokochan | 2009年1月12日 (月) 22時09分

越後のオックスさん、こんばんは。
不可思議交響曲です。
>分からなさを楽しめるようにならないと駄目かもしれない<
まさに言い得ておりますね。
説明できないし、自分の頭でも把握できない、この微妙さ。
これが魅力なのでしょうか?

インバル盤は、ブリリアント化をじっと待っておりますので、未聴ばかりです。
その解説者とはいったいどなたでしょうか?
最近、外盤ばかりですので気になる存在ですねぇ(笑)

投稿: yokochan | 2009年1月12日 (月) 22時14分

この曲は私も色々持っていますが、最近エーテボリ交響楽団のシェフに就任したスイスの指揮者マリオ・ヴェンツァーゴがスイス青少年管弦楽団を指揮したものが、若々しい力が横溢していて気に入っています。
スイスのMGBというレーベルのもので、日本で売れたとは到底思えず、全く知られていませんし、もう手に入れるにはチューリッヒの大きな店舗の店頭に残っているものを探すしかないみたいですので、残念ですが…。今度お持ちしましょうか?
ところで、このシカゴ交響楽団との演奏は完璧ですね!一度ゆつくりこの曲の分析をブログでやりたいと思っています。とんでもない曲ですが、勉強しがいのある傑作です。
「闇鍋」とはうまく言いますねぇ…(笑)。

投稿: schweizer_musik | 2009年1月19日 (月) 22時35分

scweizer music先生、こんばんは。
闇鍋シンフォニーに、コメントありがとうございます(笑)
シカゴというオケのすごさと、ハイティンクの最大値のオーソドックスさとが、高度に合致したすごい演奏に思いました。
ヴェンツァーゴの演奏、まったく存じあげません。
是非お借りできればと思います。
この曲、いろいろ揃えてしまいますが、なぜかそれぞれに流れ去ってしまうような印象です。
まだまだ手のうちに入っておりません。
是非、先生の分析を拝見いたしたく、期待しております。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2009年1月20日 (火) 00時01分

映像でお持ちというヤノフスキは、N響定期でしょうか。
(マレク・ヤノフスキ 1989年10月11日 ?)
そうだとしたら、それはぼくが初めて聴いた
ショスタコーヴィチの四番です。
それからずっと楽想が耳に残っていて、
まもなくアシュケナージ/ロイヤルPO盤を手に入れました。
その後も数盤を購入して聴いています。
もし今、その映像をぼくが持っていたら、当然、
自分にとって第二の誕生日的に記念に残してあるでしょうに。
CD化してくれたら、ウルトラ嬉しいなあ。
難しそうですが。(^^;

投稿: ウルスリ | 2009年6月13日 (土) 20時51分

ウルスリさま、こんばんは。
そう、ヤノフスキはN響の映像です。
ビデオ時代ですので、質は悪いですが。
FMを録音しなかったのが悔やまれますが、NHKのアーカイブには残ってるでしょうから、再度放送して欲しいものですね。
N響のライブCDもしばらく出てませんし、ヤノフスキは一度も登場してませんから期待したいところです。

それにしても面白い交響曲ですね。

投稿: yokochan | 2009年6月13日 (土) 22時46分

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