ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 サヴァリッシュ指揮
暮れのバイロイト放送を録音したものをようやく編集してCDR化した。
全部を聴いたわけではないけれど、楽劇ばかりが上演された(何年かのサイクルでこういう年が必ずある)2008年は、好みは分かれそうだが、ティーレマンの圧倒的な実力が光り、おそらく今年と来年で一番すぐれた上演になるであろうことから、ライブ録音もなされるものと思われる。
そして、ガッティのゆったりとしたパルシファルも明るく伸びやかでよかった。
あと、職人シュナイダーのトリスタンが一昨年よりテンポも落として、かなり重厚さを増していたように思った。
今月、東京フィルに来演するシュナイダー。
リングの抜粋を演奏してくれるが超楽しみ。
ワーグナーの曾孫二人に委ねられたバイロイト、カタリーナの先鋭的な変なマイスタージンガーの映像がバイロイトのHPから手に入るようだ。
見たくもあり、目をそむけたくもあり・・・・・。
さて、本題は、「さまよえるオランダ人」。
こちらは、1974年に制作された映画版オペラである。
ミュンヘンのスタジオで収録されたもので、実際の歌手たちが演じているのでイメージ上の不自然さはまったくない。
映画版なので、ト書きに忠実で、妙な読み換えもなく、誰でも安心して「オランダ人」を楽しみことができるし、それ以上に、配役とオーケストラが素晴らしいものだから、ワーグナー好きには大いにお勧めしたい。
ダーラント:ベルント・ルントグレン ゼンタ :カタリーナ・リゲンツァ
エリック :ヘルマン・ウィンクラー マリー :ルート・ヘッセ
舵手 :ハラルト・エク オランダ人:ドナルド・マッキンタイア
ウォルフガンク・サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場管弦楽団
バイエルン国立歌劇場合唱団
演出:ヴァーツラフ・カシュリーク
(1974 ミュンヘン)
1937年生まれで、1988年には引退してしまったスゥエーデンの名花リゲンツァのワーグナー映像が観れることが一番大きい。
リゲンツァの音源は正規には、「ヨッフムのマイスタージンガー」と「カラヤンのリングの端役」、「DGへのヘンデル歌曲集」ぐらいしか残されていない。
一方、実演では70~80年代を代表するドラマテック・ソプラノだっただけに、ドイツを中心に大活躍していて、同国の先輩ニルソンが、「私のあとは、リゲンツァとリンドホルムがいるから大丈夫よ」と言っていたくらい。
非正規盤ながら、「カルロスのトリスタン」でその素晴らしいイゾルデが聴ける。
私は、87年、ベルリン・ドイツ・オペラの来日公演の「リング」を全部観ることができて、リゲンツァのブリュンヒルデとコロのジークフリートを体験できた幸せ者である。
(そのときの日記をいずれ、こちらに載せようと思っております)
そのリゲンツァ、先輩ニルソンの強靭な声とは異なり、神々しさよりは、女性的な優しさをもった身近で大らかな声に感じる。
こうして映像を伴って聴いていると、思いつめて病的なゼンタではなく、幼馴染のエリックに冷たくもできず、一方でオランダ人に強く同情するという風情が感じられる。
そうした常套的な演出あってのうえかもしれないが、リゲンツァの歌には無垢な透明感のようなものを感じた。
オルフェオには、彼女がブリュンヒルデを歌ったシュタインのバイロイトリングを取り上げて欲しいものだ。
マッキンタイアのオランダ人は、演技派の人らしく、眼力からしてすごい。
海辺で、波にひたひたに浸かりながら歌う「期限は切れた」のモノローグは、実際に青ざめて苦悩に充ち溢れているし、ダーラントを宝石で籠絡するギラギラした顔もいっちゃってる。マッキンタイアは、録音・映像ともに恵まれていて、ウォータンやザックスもその演技力はなかなかと思うし、その以外にもまろやかな声で細やかに歌う心理描写は、目を閉じて聴いても立派なもの。
新国のトーキョーリングで、贅沢にもフンディングとして登場したことには驚いたもんだ。
他の歌手たち、みなさんベテラン揃いでいいです。
ベームのオランダ人でも舵手を歌っている、エクがなかなかのイケメンです。
あと、ルート・ヘッセも懐かしい名前。
チェコの演出家というカシュリークは、同国の先輩スボヴォダの影響を受けた人らしいが、なかなかリアルで、わかりやすい映像を作り上げたものだ。
無用に歌手のアップ画像があるわけでもなく、舞台を感じさせるような全体像が、画面から見てとれるのがよいと思った。
メッセージ性はないが、オランダ人入門としては格好かもしれない。
序曲を聴けば、幕切れのバージョンがわかるが、本編は救済なしでも、折衷バージョンで、まずは納得感のあるものだった。
面白かったのは、映画ゆえにできるリアルさ。
嵐による波がじゃばんじゃばんと船や人々、舵手にかかるし、船から降りて波間を歩くとき、今度はジャバジャバと水を切る音がしっかり聴こえる。
こうした屋外の場面では、登場人物たちの吐く息も白い。
ゼンタの前に登場したオランダ人の上には、その肖像が掛かっていて、戸口の奥には海が見渡せ、そして「赤いマストのオランダ船」が見える仕組み。
居酒屋場面では、その居酒屋とダーラントの船、幽霊船との位置関係の空間処理が映画ならではだし、目覚めた幽霊船の船員たちがゾンビのように居酒屋を襲ってしまう。
これは笑える。まるで、複数の「ジョイマン」がうねうねと踊るんだもの。
オーケストラは、録音的にバックグラウンドミュージックっぽいが、きびきびと要所を押さえながらのスタイリッシュ指揮ぶりはサヴァリッシュならでは。
このコンビの来日公演での「オランダ人」を今更ながらに思い起こしたものだ。
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コメント
遅ればせながら、新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
昨年にひきつづきブログ、楽しませていただいています。
この「オランダ人」ずっと以前にクラシカジャパンで放送したのを見ました。リゲンツァのきちんと見える映像としても貴重ですね。
>今となっては、一時代前の印象はぬぐえないが、普通がうれしかった
まさしく・・同感です^^++
投稿: edc | 2009年1月13日 (火) 07時53分
euridiceさん、こちらこそ、ご挨拶が遅れました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
この映像、放送されていたのですね。
おっしゃるように、貴重なリゲンツァ映像に心震わせて視聴しました。
ドイツにはまだ放送も含めたこうした映像があると思われます。新しい録音があまりなされない昨今、こうした映像・音源の復活が盛んになるといいものです。
刺激は少ないですが、ちょっと昔が私にはいいようです(笑)
投稿: yokochan | 2009年1月13日 (火) 22時19分
はじめまして。ゆうと申します。
リゲンツァの来日公演をごらんになられたとは、
大変うらやましいです。
映像としては同じサヴァリッシュ・ミュンヒェンで
Lohengrinも収録されています。ヨーロッパでのTV放送をもとにしたDVDを持っていますが、正規盤がそのうちに出てきそうな気がします。
シュタインのリングは素晴らしいの一言に尽きます!1971年の全曲版をやっとのことで入手したのですが、テープヒスもありますがステレオ録音で、リゲンツァのすばらしさに呆然とした次第です。正規盤で出して欲しいものですね。
投稿: ゆう | 2009年2月16日 (月) 17時21分
ゆうさま、こんばんは。
そしてはじめまして。
いきなりですが、サヴァリッシュ&リゲンツァのローエングロン映像があるのですかぁー!!
そんな新鮮情報、初めて拝聴しました。
ローエングリンが、オルトルート夫妻が、誰であろうと絶対に観てみたいです。
そして、シュタイン・リング、是非とも正規復刻して欲しいですね。
ジョーンズ時代の前の、リゲンツァの録音で是非とも。
ジークフリートは、ジーン・コックスがまた懐かしいものであります!
コメントどうもありがとうございました。
投稿: yokochan | 2009年2月17日 (火) 00時25分
こんばんは。キャストはKollo,Randova,Roarらです。存在感もあり、DVDといわずBlu-rayで見たいですね。後年のDomingo、Rysanekらとの映像もあります。Kolloといえば、最近みたLorenzのドキュメント。http://www.youtube.com/watch?v=4AC8CFIPMqw&feature=related 6分20秒あたりからの表情とコメント、Fischer=Dieskauのものと併せて印象的でした。弟子としてはKingが有名ですがCoxもThomasもLorenzに学んだのですよね。
ラストのOtelloの死のシーン、スカラにOtelloで呼ばれ絶賛されたLorenzの全曲版が無いのが悔しい所です。
投稿: ゆう | 2009年2月23日 (月) 18時41分
ゆうさま、コメントならびに、素晴らしい情報ありがとうございます。ご返事遅れてしまい、申し訳ありません。
コロのローエングリンは、若い頃であれば是非とも観てみたいものですね。バイロイトデビュー時のローエングリンは、ビュジュアル的にもたいそう話題になったと記憶します。
そして、そのコロもご案内の映像を拝見しましたが、渋い老境の域に達してますね。
FDもいい表情です。
久方ぶりに、M・ローレンツの歌声をいろいろ聴いて感銘を受けました。かなり揺り動かされました!
ありがとうございます。
投稿: yokochan | 2009年2月25日 (水) 21時40分