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2009年2月 9日 (月)

横須賀芸術劇場15周年記念オペラ モンテヴェルディ&パーセル

横須賀芸術劇場15周年公演の古楽舞台作品2本を観劇。
今年は減らすなんて公言しておきながら、このところ演奏会が立て込んでいて、公私ともに忙しい。
重厚長大系が中心の私にとっては、守備範囲外のレパートリーでありますが、横須賀芸術劇場に一度行ってみたかったのと、出演者が日頃馴染みのある方々であること。
そして、英国音楽愛好家としては、パーセルの唯一のオペラは是非観てみたかったことにあるわけ。

   江崎浩司 「スカジャン」
   パーセル 組曲 ト長調
          チャコニー

   モンテヴェルディ 「タンクレーディとクロリンダの戦い」

   パーセル 「ダイドーとイーニアス」

      江崎浩司 指揮 トロヴァトーリ・レヴァンティ
                 横須賀芸術劇場合唱団
      演出:彌勒忠史

                      (2.8 @横須賀芸術劇場)

 
(「ディドーとエネアス」で慣れ親しんだけれど、今回プロジェクトの呼称に合わせます)


Yokosuka15 幕開き前に、演出の彌勒忠史氏が登場し、音楽の特徴や見どころを面白おかしく語ってくれて、こうした作品に不慣れな我々観衆にはうれしい配慮だったように思う。
           
江崎浩司氏の「スカジャン」は、まさにご当地作品。
ブルーのスカジャンにサングラスの出で立ちで、さらに2本のリコーダーを同時に吹きながら指揮をする芸当つきのナイスな曲。

続くパーセルの組曲と小品はたおやかでゆったりとした曲で、本当に気持ちがよい。
オケピットの中での小編成古楽オケの繊細な響きはこの大ホールにはきつかったけれど、私は逆に集中力を高めて聴くことができた。

タンクレーディ:宮本 益光   クロリンダ:鈴木 慶江
テスト :望月哲也

さて、モンテヴェルディである。マドリガル的な語りを伴った作品であるが、それを舞台にかけるにあたって、歌舞伎の要素を取り入れ、歌に合わせて、日本舞踊をパントマイム風に舞わせた。
筋は、愛し合う仲の十字軍側のタンクレーディとイスラム側のクロリンダが戦場でともに相手と知らず闘ってしまい、死ぬ間際のクロリンダが洗礼を請い、浄化されつつ亡くなるというもの。

幕が上がると、中央にステージがあり、そこから白い巨大な木が生えている。
私にはワルキューレのトネリコの木のように思われた。
歌舞伎の囃子に合わせて戦いの二人が登場。
私の後ろあたりから、「待ってました」「いょ~、ご両人」と声がかかる。
その世界に暗いわたしには、おいおい、という気分だったけど、あまりに見事に決まっていた
タンクレーディの兜と扇子には十字架が、クロリンダのそれらには、三日月がそれぞれ描かれている。舞台奥の空にも三日月がかかり幻想的な静寂の世界。
そして右手には、主役二人と、彼ら以上に歌いどころの多い語り(そう受難曲の福音士家のような)、さらに古楽器テオルボがならぶ。
演出ノートによれば、義大夫語りを意識していて、日本の語り物との共通項を意識して欲しいとある。
な~るほど、同じ1600年頃にオペラと女歌舞伎が誕生したともある。
う~む、と静的な中にもドラマチックな人間感情を込めた日本の伝統文化と今でも新鮮で大胆な音楽に感じるモンテヴェルディが見事に合体
洗礼を授けるため、兜に泉の水を浸し、敵の兜を外したとき、はらはらと女性の鮮やかな長い髪がこぼれ落ちる。それを見て、後ずさりして驚くタンクレーディ。
いやはや、美しい場面であった。

クリアボイスの鈴木さん、存在感あふれる宮本さん、それ以上に望月さんの歌唱の素晴らしさに舌をまいた。難解きわまるフレージングを易々と明快に歌っていた。
舞踊のお二人も情感あふれる見事なものと感じた。

 ダイドー&魔法使い:林 美智子   イーニアス&水夫:与那城 敬
 ベリンダ       :國光 ともこ   待女&魔女:澤村 翔子
 魔女&使者      :上杉 清二

後半はパーセル
大まかな筋は、相思相愛で結ばれた、ダイドーとイーニアス。
カルタゴへの復讐のため、その仲を引き裂こうとする魔女らは、ゼウスの使者に化けて、狩りの途中のイニーアスにカルタゴを去るように命じる。
突然の別れをなじるダイドーに一時は考え直すものの、ダイドーは一度裏切った心を許すことできず、イーニアスは去る。
しかし、イーニアスなしに生きてはいけなくなったダイドーは、待女の元で息絶える。


先ほどの舞台背景と同じにステージと木。
そこに横たわる派手目な衣装の女性。と、そこに、悪魔風の仮面を付けたダンサーが現れる。ん よく見るとその仮面はバリ・ヒンドゥーの神だか何だかのもの。
そして起き上がった女性は、ダイドーで、林さん演じる彼女のなりは、もうまさにバリの民族衣装。やがて集まる、待女や宮殿の人々の鮮やかな衣装もそう。おまけに椅子や背の高い日よけ傘もよくテレビで見るバリのもの。
やがて現れるイーニアスはバリの衣装なのだろうか?異国の人だからと、私にはライオンキングのように見えたけど。
二人を祝福する人々は、座り込んで胸の前に手を合わせ、それを上のほうに掲げる。
ケチャはさすがに出なかったけど、ホント、まんまのばりばりのバリ。
ここまで徹底すりゃあ、ほんとに面白い。

演出ノートの彌勒氏の言葉では「読み替えのための読み替え」など嫌い、でもこれは読み替えと呼ばれるだろうが、300年前の作品を現在にわかりやすく味わってもらうための工夫とある。
わたしゃ、それこそ読み替えだと思うけど。
パーセルの音楽の意図は今となっては曖昧だが、でもドラマの持つ意図を多面的に感じさせてくれる意味では、音楽に付随した大胆かつ見事な演出ではないだろうか!

聞き慣れない音楽を飽きさぜず、楽しませてくれた仕掛けも随所にあった。
愛のキューピッドのようなイーニアスの付き人の持つ弓は、その矢がバラになっていて、1幕最後に舞台に置かれた矢を拾いにきた付き人がその矢を引っ張ると、マジシャンよろしく、一本のバラに様変わり~。
 出港を控え、もうここには用はねぇ~、とばかりにイーニアスは客席後方から駆け足で登場し、ピットを背に最前列で歌い、手にした花束のひとつを客席の女性に渡して走りさる。
 傘と丸い地球のような球を手にした魔女3人。たくらみの成功をイヒヒとばかりに喜び、さぁいくよ、とばかりに傘に球を乗せてクルクルっと、「はいっ!」・・・・。これには場内爆笑。
こんな踏み外しもよしではないか。

今回、イーニアスと魔女、待女と魔女などが同じ歌手で演じられた。
これはまさに人間の持つ二面性を同一人物が歌うことで明らかになること。
これも、ノートに記載のことながら、バリ・ヒンドゥーの善・悪両立の思想と同じくするという。
私はあと、タンホイザーのエリーザベトとヴェーヌスの二律背反する存在を同一視する考えも思い起こした。
 魔女が嵐を引き起こし、狩りが中止になり街へ帰還せざるをえなくなり、その後に偽ゼウスのご神託があるのだが、待女はイーニアスを引きとめまるで魔女の手先のような動きをしたし、ダイドーも引き上げつつ、怪しげな笑い声を出していた・・・・。
おそろしき女性の二面性。そして単純なるかな、男子諸氏。
(女性の皆様に怒られそう)

それにしても、パーセルの高貴でかつセンチメンタルな音楽の素晴らしさ。
まさにイギリス音楽の祖である。涙が滴るような最後のダイドーのアリア「私が土に横たえられたとき」は、音楽的にもとても素晴らしいし、さんの真摯で没頭した歌唱に大いに心動かされた。
狩りの場で、待女の歌う昔話のアリアも素敵な曲だし、澤村さんのメゾもとても可愛かった。それと、歌いどころの多い待女ベリンダ役の國光さんの快活でのびのびした歌唱もよい。
オネーギンで印象的だった与那城さんは、私の注目歌手だが、ここでも存在感ばっちりの明るくぶれのない素晴らしい声だった。
カウンターテナーの上杉さん。実は女性だとばかり思っていたくらいのクリアーボイスでびっくり。

最後にピットの江崎さん指揮のトロヴァトーリ・レヴァンティに大讃辞を。
曲が曲だし、ホールが大物だから躍動感云々はやむを得ないが、その変わりノーブルかつ繊細。ドラマに付随した舞台との一体感を感じることができた。
常々色の少ないと思っていた古楽器でも、こんな多彩な音色が出てくるものだ、と大いに関心した次第なのだ。

日本人の感性が生んだ素敵な舞台作品が、海の近くの横須賀の素晴らしいホールで楽しめた。
ちなみに、「二つの愛と死」という舞台タイトルが今回、冠されていました。
「愛と死」は、ワーグナーを通じてお手のものだが、パーセルの最後の場面は本当に美しかった。
人々に送られて去ったダイドーが、天上に導かれ、幕開きと同じ場所に横たわる。
すると上から、赤いばらの花びらがひらひらと舞い落ちてきて、ダイドーの亡骸を埋め尽くす・・・・・・・。
少し美的に過ぎるが、これも、死の浄化の美しい描き方かも

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コメント

この週末は首都圏にいつにも増して大物が集中してスケジュールの調整が大変でした。金曜日の新日フィルの「天地創造」土曜日のN響の「我が祖国」がともに素晴らしい演奏で、日曜日は「グラン・マカーブル」にするかこの横須賀にするか、両極端ともいえる二者択一決めかねていたのですが、けっきょく体力(と財力)が続かず断念していましました。レポートを拝読するに実に興味深い、思い切った上演だったようで、無念さが募ります。バロックオペラは最近ようやく少しずつCDを聴きはじめたところなので、そのうち生の舞台に触れてみたいと思っています。

投稿: | 2009年2月 9日 (月) 01時42分

↑ すいません。名前入れ忘れました。

投稿: 白夜 | 2009年2月 9日 (月) 01時43分

私も見た。
古くて地味だろうとあまり期待してなかったが、
視覚的に楽しめ、音楽も良かった。
満足

投稿: Andres | 2009年2月 9日 (月) 02時32分

横須賀芸術劇場の合唱団員です。横須賀までお運びいただいて有難うございます。小生も2回のやや下手で観ましたが美しい舞台に陶酔しました。ブログに記事を書きましたのでトラックバックさせていただきます。

投稿: evergrn | 2009年2月 9日 (月) 19時33分

”2階”のつもりでした。失礼しました。

投稿: evergrn | 2009年2月 9日 (月) 22時42分

白夜さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
しっかし、東京のコンサートの激しさには困ったものですね。へたすりゃ毎日でも通えそうです。
もう少し、地方へ移譲していいのではないかと痛感します。
それでも、どこの会場も、そこそこ入っているところがトーキョーのすごいところでもあります。

リゲティは私も一瞬悩んだのですが、横須賀と私の好きな林さんが決めてでした。
そして、ご覧いただきましたとおり、極めて満足すべき面白い舞台でした。こういう舞台をぜひ映像化すべきだと思います。
それにしても、体も財布もくたくたになりますねぇ(苦笑)

投稿: yokochan | 2009年2月 9日 (月) 23時23分

Andresさま、コメントありがとうございます。
たくさん書き連ねてしまい、毎度反省してしまうのですが、要は端的にAndresさんと同じ印象であります。
よかったです!はい!

投稿: yokochan | 2009年2月 9日 (月) 23時26分

evergrnさま、コメントありがとうございます。
横須賀芸劇の合唱団員でらっしゃいますか。
あのような素晴らしいホールで歌うことができて羨ましいです。
あの美しいホールに行きたくて、今回ついに実現いたしました。横須賀の街も雰囲気が気にいりました!
美しい舞台に素晴らしい音楽と聴衆。
横浜や鎌倉、藤沢の文化とはまた違った、神奈川の芸術文化に触れることができて、とてもうれしかったです。
貴ブログにも訪問させていただきますね。

投稿: yokochan | 2009年2月 9日 (月) 23時32分

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