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2009年6月10日 (水)

ベルク 管弦楽のための3つの小品 アバド指揮

Itami Itami_2 大阪の阪神高速を疾走。
伊丹空港の脇を通ると上にはモノレールが。

中国自動車道に入ると、空にはこんな飛行機雲が。

夕暮れの空を見ながら気持ちよく走る。次の日は雨、そんな夕雲。

Umeda 関東人の私が、大阪を車で走るときは、とても緊張するし、正直怖い。
都内や首都高は全然平気だけど、大阪や京都は、まるで外国に来たみたい。

かつて大阪出身の後輩に、「Yさん阪神高速で合流するときは、ぶつける気持ちではいらなあかんで」「東京みたいに、譲ってくれへんさかいにな!」・・・・。
はぁ、そうですか。
この言葉が、ずっと私にトラウマのようにのしかかっていて、たまにかの地で運転をせざるを得ない時に、重くのしかかってきて、緊張しまくりとなるんだ。
おまけにかつて、会社の大阪の先輩を乗せて運転したとき、「Yちゃんな、ここはややこしいんやで、合流して、一番向こうの車線までいち早くいかにゃぁならんのや。」
何車線もむちゃくちゃある一番あっち??しかも、みんなすげぇスピードで走ってるし、分岐はすぐ先に見えるじゃん!!
 あぁ、恐ろしい。でもなせばなる、大阪。目つぶって、突っ込んだら行けました。
あと、もうひとつ、市内の南西あたりの会社へ車でいかなくてはならない。
これまた先輩が「Yちゃん、ここらへん、ややこしいから気ぃつけてな。」
その一言でもう、わたくしガチガチでございましたよ。

大阪や京都以外の関西は全然平気なんですが、やはり人の口による先入観というものは覆せないものなんでしょうかねぇ。在阪のみなさん、すんません。

Berg_orchesterrtucke ワルツを聴いてますシリーズ。
後期ロマン派からベルクを。
ウィーンのワルツとはきってもきれない環境にあった新ウィーン楽派。
中でもベルクは円舞曲のスタイルをその作品に自然に取り入れている。

オペラでは「ヴォツェック」と「ルル」、オーケストラ作品では、「3つの小品」にワルツが挿入されている。
前者は、アイロニーのように悲しみさえ浮かべながら、後者では曖昧混沌とした中に、マ-ラー的な大音響とともに。

1915年の完成で、無調様式によっていて、師シェーンベルクの誕生日に捧げる予定が間に合わなかったらしい。
同時期に「ヴォツェック」を作曲していて、お互いの響きは重なり合っているように聴こえる。
「前奏曲」「輪舞」「行進曲」の3曲。

輪舞」がワルツなわけだが、この2曲目は2拍子の部分と、3拍子のワルツが交互に姿を変えつつ交錯する、いわばワルツが時おり明滅するようにあられる音楽で、一度や二度聴いたんじゃよくわからない。
甘味でありながら冷徹、微笑みと苦渋が同居するようなベルク特有の音楽は、前後の二つの曲も耳を刺激する無類に素晴らしい音楽。

ゆっくりとした打楽器のトレモロに管が絡んで始まる「前奏曲」はプリミティブな効果満点のカッコいい音楽。
行進曲」は騒然とした中にいろんな要素が包括されていて、中間部に明快に登場する行進曲には胸がすくような気分となる。
やがてものすごいクライマックスに到達し、死にたえそうな静かな雰囲気のなか、半音階ピチカートの鳴り響く中、木管が踊るようなスタッカートを切る。
そして、金管の強烈なファンファーレが鳴り響き、断末魔のような最後の一撃をもって曲を閉じる。

アバドはこの作品を非常に得意にしていて、70年にロンドン響と、92年にウィーンフィルと録音しているほか、演奏会でも始終取り上げていた。
今日はウィーン盤を聴いたわけだが、輪舞におけるワルツの鳴り方は、まさにウィーンの音楽そのものとして響く。
こうした無調の音楽に味わいを感じさせるのはウィーンフィルならではだし、アバドも学生時代から自分の体にしみついたウィーンの音楽言語を話しているかのように一体化している。そこに歌があって、明析さも併せ持つところがアバドならでは。
ブーレーズと並んで双璧かと思われるベルクだけれど、旧LSO盤のニュートラルで切れ味鋭い演奏も実に捨てがたいんだ。
M・プライスとの「アルテンベルク・リーダー」や「ルル」組曲も、同様にウィーン録音と甲乙付けがたい素敵なベルク。
久しぶりに聴いたアバドのベルク。
新ウィーン楽派をベルリン卒業後あまり演奏しなくなってしまったアバド。
ルツェルンでもう一度

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コメント

ベルクかー^^;
私のようなナマケ者には
ベルクはちょいしんどい。。。
バイオリン協奏曲もちとツライ。。。
「ヴォツェック」を聴いていても
「いつになったら曲が初まるんだろ???」って
思っているうちに、次の場面になってたりする。
さまよえる様はアバド先生を好きなんですね!
アバド先生も若い時代に、生き生きした演奏といいましょうか、
すばらしい演奏が多かったけど
ベルリンフィルの常任になってから
無茶な仕事を押しつけられすぎて
どんどんトーンダウンした印象があります。
アバドのような才能は、もっと自由な環境において
一番、創造的な活動や演奏を聴かせてくれますよね。
とくにベルリンフィルの最後のあたりは
周りにケチョン②にいわれてお気の毒でした。
私がアバドなら
「だったらアンタ!やってみなよ!」って
文句いってきてるヒョーロン家の連中に
逆ギレしてます^^;

投稿: 蓄音器ファン | 2009年6月11日 (木) 17時45分

はじめまして。
ベルクの音楽は、無調でありながら感情移入がし易く、
聴いていてグッときます。
表現の幅が大きいからでしょうか。
カラヤン/ベルリンPO盤を持ってます。

クラヲタさんの更新を、
いつも楽しみにして読まさせて頂いています。

投稿: ウルスリ | 2009年6月11日 (木) 20時28分

こんばんは。カラヤン、ベルリン・フィル(1972年、録音)のCDが手元にあります。だからという訳ではないが、指揮者デビュー当時のアバドがザルツブルク音楽祭の監督だったカラヤンに認められたことがきっかけで親交があったし、カラヤン亡き後のベルリン・フィルの常任指揮者という縁もありましたね。後年は病に陥ったこともあったが、近年には新作も出すくらいだし、若手を育成と精力的だそう。
新ウィーン派を集中的に取り上げているのはやはり、血筋のような気がするではないでしょうかね。
とっつきにくいイメージの現代音楽ですが、ベルクの「3つ小品」はノリノリです。
「叙情組曲」は室内楽とは思えないほどバリエーションが豊か。これはズバリ、アルバン・ベルク四重奏団で決まり。

投稿: eyes_1975 | 2009年6月11日 (木) 21時26分

蓄音器ファンさま、こんばんは。
ベルクは新ウィーン楽派の中でも一番好きかもしれません。
最高に好きなのは、ヴァイオリン協奏曲、そして「ヴォツェック」と「ルル」であります。
それらはいずれもアバドが最高。

アバドを聴き続けて38年あまり。
高潔の人物ですので、自分を主張することなく、回りから押し上げられて高みに昇りつめたの感があります。
 たしかにベルリン時代は中盤辛かったと思います。
カラヤンの亡霊に悩まされたのと、望まれるものが多すぎたからでしょう。
病後、死の淵を覗いてしまったアバドは、すべてが吹っ切れたようなさらなる境地に至ったのでした。

いまルツェルンで、誰はばかることなく、音楽に没頭しているアバドは永遠の青年であります。

あちゃぁ、アバドとなると語ってしまいます。。。。

投稿: yokochan | 2009年6月11日 (木) 22時18分

ウルスリさま、はじめまして。
コメントどうもありがとうございます。
いつも読んでいただいて、恐縮の限りです。
堂々と誰はばかることなく、クラヲタでいきたいと思います(笑)

ベルクは劇的な音楽を書いた人ですね。
私もいつも夢中になって聴いてしまいますから、演奏する側もやりがいがある音楽なのでしょう。
カラヤンもおそろしくウマイ演奏ですね。
オペラも演奏して欲しかったものです。

どうもありがとうございました。

投稿: yokochan | 2009年6月11日 (木) 22時24分

eyes_1975さん、こんばんは。
カラヤンとアバドは、切ってもきれない関係ですね。
マーラー「復活」でもって衝撃のザルツブルクデビューしたのはカラヤンのお陰ですし、70年代カラヤン以外とレコード録音のなかったベルリンフィルと録音ができたのもアバドですから。

新ウィーン楽派を得意とするのは、学生時代にウィーンで、メータとともに学んだからでしょうね。
あと、ミトロプーロスの影響も大きいのです。
アバドを語りだすと長くなってしまうので(笑)、このへんで。

抒情組曲のアルバン・ベルクSQ、私も激しく同感です!!

投稿: yokochan | 2009年6月11日 (木) 22時31分

 yokochan様今日は。
 私はベルクの三つの小品、カラヤン&ベルリンフィルとコリン・デイヴィス&バイエルン放送響のを持っています。今日、久しぶりにデイヴィスで聴いてみました。プリミティヴな前奏曲は確かに聴いていて血が騒ぐものがありますね。終曲は、マーラーの六番の終楽章のようにも、ヴォツェックの一部のようにも聴こえます。
 私も新ウィーン楽派トリオの中ではベルクが一番好きです。ルル組曲はブーレーズ&NYフィル、ルル全曲はブーレーズ&パリ・オペラ座のCDとアンドリュー・デイヴィス指揮(シェーファーのルルが最高です!)のDVDで鑑賞しています。ベルクの楽曲は、保守と革新、理性と狂気、幻想とリアリズムなど矛盾しているはずのものが一つの曲の中で絶妙に溶け合っているような気がします。上手く言語化できないのがもどかしいです。
 長岡の図書館のホムペに先ほど行ってみましたら、この三つの小品、アバド新盤とレバイン&ベルリンフィルとアシュケナージ&ベルリンドイツ響のがありました。どの演奏も聴いてみたくなりました。
 若杉先生と東京都響のライヴ録音がこの曲はあるはずです。若杉先生のマーラー全集のオマケにCDシングル盤としてついていた演奏です。私はお金が無くて買えませんでしたが・・・若杉先生はレパートリーが広かったですから、他の未発表音源か何かとカップリングして再発売してくれませんかねぇ・・・

投稿: 越後のオックス | 2009年8月11日 (火) 16時07分

越後のオックスさま、こんばんは。
ベルクの魅力は、音楽に色があり無調にとどまって旋律を残したことでしょうか。

ブーレーズとアバド、この二人のベルク、そしてウェーベルンは最高の水準を保っていると思います。
小さな音で歌うことができるアバドの面目躍如たるものがあります。是非聴いてみてください。

若杉さんは新ウィーン楽派を得意にしてました。
私は幸運にもヴォツェックを観劇することができました。
ケルン放送と、ウェーベルン全集、ベルクの本曲とヴァイオリン協奏曲、この2枚の録音が残されてまして、前者はレコードで持ってます。

投稿: yokochan | 2009年8月11日 (火) 23時16分

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