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2009年6月 6日 (土)

ブルックナー 交響曲第8番 ハイティンク指揮

Rikyuuan1_2 横浜の関内駅の「利休庵」にて。

蕎麦が見えないくらいにのった野菜やわかめ。
でも実はこれ、「にしん蕎麦」。関東風の濃い口の出汁に、ほろほろに煮た「にしん」、そして蕎麦をつるり。

Sym8_haitink ブルックナー(1824~1896)の交響曲シリーズも、大作第8番を前にして立ち止まってしまった。
おいそれと近づけぬ名峰を前に、思わず立ちすくんでしまうがごとき気分だった。

おまけに、すごいオペラや演奏会をかなり体験してしまったものだから、もうこれ以上勘弁、お腹一杯状態の私でもあった。

でももう大丈夫、耳が体が、そして時間がそれを受け入れてくれる時がきた。

演奏は、この曲最大、最高の演奏のひとつと信じている、ハイティンク指揮のアムステルダム・コンセルトヘボウで。
またハイティンクかい?とお叱りを受けようとも、アバドとともに、ハイティンクをずっと聴いてきた私にとって、この8番の録音こそは、ハイティンクの演奏のマイルストーン的な存在であり、これを聴いた当時、「ハイティンクをずっと見守ってきてよかった!」、と心から思った、そんな1枚なんだ。

ハイティンクには、コンセルトヘボウ3種、ウィーン、ドレスデンと5種類の音源があるが、私はこの81年盤とウィーン盤しか知らない。
ウィーンフィル盤も実は素晴らしいが、ドレスデンも絶対聴いてみたいと思っている。
コンセルトヘボウに関しては、その幸せな結びつきが渾然一体となって味わえるこの盤がひとつあればいいと思っている。
 オケと指揮者、どちらも同じ顔をしていて、その個性とその結びつきが理想的な状態にあった。ハイティンクのイメージは、「ふくよか」、「くすんだ響き」、「重心の低さ」、「生真面目」、「楽器の響かせかたの美しさ」、「伴奏のうまさ」などなど・・・。
それらがそっくりコンセルトヘボウの個性と一致する。
そして、同郷のフィリップスの録音が、コンセルトヘボウのホールのよい響きを完璧にとらえた名録音ばかりで、まさにビロードのようになめらかな生地に柔らかく包まれるような音響。
ハイティンク=コンセルトヘボウ=フィリップス(ホール)
思い切って、この三位一体と言ってしまおうか!
ハイティンクは、この熟成された味わいを身につけ、他のオケやオペラでも円熟の人間味溢れる大演奏を自然と行うようになった。
そのハイティンクが、いまコンセルトヘボウを指揮しても、以前のようにはいかないところがおもしろい。オケとの溝が微妙にあるのは、よりコスモポリタン的な方向にオケが向かってしまったということだろうか。
コンセルトヘボウやドレスデンは、かつての味わいを残しつつマルチなオーケストラに変貌しつつある。これはこれで、いいことなのかもしれない・・・・・。

それにしても、立派すぎるくらいのこの演奏。
音がびっしり詰まっていて無駄なものはひとつとしてない。
蟻の這い出る隙もない、といってもいいかもしれない。
そしてどこまでも音楽的で、造りが大きく、なにもかも完璧にそこにある。

第1楽章のブルックナー開始は明快で、つづく低音域で現れる全曲を支配する第1主題もことさらに大仰にならない自然さ。
優しい第2主題ではヘボウの弦の素晴らしさが満喫できるし、やがて力を増し、難易度を上げてゆくさまが堂々としていて、あまりにも素晴らしい。
第2楽章スケルツォは思いのほか早めに進められる。「ドイツの野人」などという表現とは程遠い洗練されたスケルツォ。でもカラヤンの洗練とはまったく違うのはおわかりいただけるだろうか。
ハープの柔和な合いの手が入るトリオも、まさにヨーロッパ的な洗練。
 そして、この曲最高の聴きどころ、神がかりまでの音楽が第3楽章。浄化の世界。
これぞ、カトリック教徒であったブルックナーの信条告白ともとれる偉大なる祈りの音楽。
息の長い旋律をずっとずっと丹念に歌いつんでゆくこの名コンビ、もたれることなく立ち止まることなく、でもしっかりと弦は弓を弾き切って歌っているし、木管も緩やかに、金管は神々しく、それぞれこの楽章に全霊を込めて演奏しているのが目に浮かぶ。
シンバルが高鳴るクライマックス、この場面ではどんな演奏でも聴いていて、感動の渦に飲み込まれてしまうが、ハイティンクの節度ある演奏は淡々とそこに達し、自然な高まりの中で打楽器が鳴らされる。そして天国的なまでのコーダでのホルンと弦の美しさはどうだろう!
 さらに荘厳で長大な4楽章。ここでは浄化されたあとの輝かしい到達点。
冒頭のファンファーレは威圧的であまり好きでないが、ハイティンクはそれを見越したようにさりげなく自然体。
ほどなく現れるアルプスの野山の鳴く鳥を思わせるような管の歌声がとても好き。
その後のブルックナーの特有のリズムがまさる曲調も丹念極まりなく、以後の汲めども尽きず現れる素晴らしい場面もじっくりと腰を据えて演奏していて、聴いていて知らず知らずに最後のクライマックスを迎えることになる。
そこでは、実は輝かしさよりは、最初からじっくりと積み上げてきた感興のあくまで自然な発露ともいえるもので、そうした意味での壮大さは感激的なことこのうえない。

ジュリーニ、ヴァント(ケルン、北ドイツ2種、ベルリン)、ベーム、スウィトナー、ヨッフム、ケンペ、シューリヒトなどを他に好んで聴いております。
実演では、ヴァントとN響、そしてハイティンクとドレスデン。
後者はまったくもって素晴らしかった。
ドイツの森を感じさせるオケ、圧倒的なうるさくない大音響にしびれっぱなしだった。
拍手に応え無人の舞台に出てきたハイティンクは、スコアを高く掲げ、音楽を称える姿勢を生真面目に示していたものだ。

1887年の完成、例によって第二稿が編まれたのが1890年。その第二稿に基づいたハース版とノヴァーク版があり、このハイティンク盤はハース版によるもの。
1892年ハンス・リヒターの指揮によるウィーンフィルでの初演。

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コメント

おはようございます^^
いいですね!ハイティンク!!!
ハイティンクって、オケもオペラも超一流の
演奏をするワリには、注目度や人気があまりなく
ファンにとっては「私だけの指揮者」って思える所が
ありますよね。
ブルックナーか。そういえば、最近あんまり聴いて
いなかったかも。
PCでこれだけ自由に編集できるんだから
「ブルックナー交響曲第10番」を勝手に作って
1楽章は3番で
2楽章は8番で
3楽章は9番で
4楽章は4番で
勝手に編集して、自分が特に好きな楽章セットの
ブルックナーを作ってみようかなー。。とか
計画中!!!

投稿: モナコ命 | 2009年6月 7日 (日) 08時08分

モナコ命さま、毎度ありがとうございます。

わたくし、ハイティンクが徹底的に無視されていた若い頃から好きでして、アバドも同じなんです。
どちらも命であります。

ブルックナー第10企画、実にいいですね!!
どろも同じような作風だから、その組み合わせは無限にできそうですし、テ・デウムをからめれば、もっと楽しそう。
何番までできますかねぇ(笑)

投稿: yokochan | 2009年6月 7日 (日) 08時59分

おはようございます。

私にとって交響曲といえば
ブルックナーの8番と「英雄」です
ブルックナーは長いので聴くには覚悟が要ります。

ハイティンクはウィーンフィル盤しか持っていませんが
現在のファーストチョイスです。
終楽章だけを聴く時はクナのCDで聴いています。

投稿: 天ぬき | 2009年6月 7日 (日) 10時24分

天ぬきさま、こんにちは。
ブル8と英雄ですか!
なるほど、英雄はちょっと苦手ではありますが、ときおり聴くと、耳が洗われるような感銘を受けます。
そして、この曲、長いし充実の極みですので、確かに覚悟がいりますね。

ウィーン盤も、ほんとに素晴らしい演奏だと思います。
クナはミュンヘンフィルですよね。
こちらは、まだまともに聴いたことがないので、いずれ聴いてみなくてはなりませんです。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2009年6月 7日 (日) 16時45分

おばんです。
ハイティンク、ウィーン・フィルのものは持っていたんですが、嫁に出しました(理由:「性格の不一致」(爆))。
コンセルトヘボウは、2005年のものです。それもいいんです。壮麗かつ雄大で。
けれども、最近入手したSKDの2002年のものがサラに充実してスバラシカッタ!
何といっても、2002年に起きたドレスデン大洪水で痛手を受けた市民のための“応援”コンサートという特殊な状況が、オーケストラとハイティンクを燃え上がらせたものと推察します。どちらをとるかと問われればドレスデンですね。
ただ、昨年シカゴで演奏した第8(おそらくCSOリザウンドででると思うのですが)は、マーラー、シュトラウスの来日公演の状況と、その後の3月に行われたブル9の壮絶な演奏からして、きっと物凄いことになっているのでは・・・と想像しております。

投稿: IANIS | 2009年6月 7日 (日) 23時03分

IANISさん、こんばんは。
ドレスデン盤をここでは聴いて取り上げようとしたんですが、ただいまCD自粛中兼金欠中ですので、手持ちの長年聴いたACO盤にしました。
ハイティンクならば全部欲しいですな。
 そう、CSOも絶対でるでしょうから、悩みの種です。
きっとスゴイでしょうね。いや絶対すごいはずですな!

投稿: yokochan | 2009年6月 7日 (日) 23時58分

yokochanさん、遅れましたが、Gutes Neues Jahr!
今年もよろしくお願い致します。
今年の初日の出は、MTT指揮マラ8神秘の合唱で迎えました。
関東富士見百景にも選ばれている荒川の土手で、うっすらとと紅色に染まる富士山を眺めながら聴いていました。去年は、Fメスト指揮ヴィーンフィル指揮、スター・ウォーズ メインテーマで迎えました。去年は、富士山が見えずでしたので、感慨もひとしおでした。

yokochanさんは、ブルックナーには、いつごろ目覚められましたか。
私は、中学校二年の時に、交響曲第8番第1稿インバル指揮を聴き込むものの、挫折。この頃、クライバー指揮の「トリスタン」ハイライトを毎晩夢中で聴いていたのに理解できず。また、この頃で惜しむことは、以前にも書きましたが、佐村河内守さんの鬼武者の音楽に出会えなかったことでした。

さて、私自身は、2009年1月下旬、ベーム指揮ヴィーンフィルライブの交響曲第8番で目覚めました。その後好きになった演奏は、フルヴェン指揮ベルリンフィル、アーノンクール、カラヤン最晩年ヴィーンフィルライブ。このカラヤンライブは、youtubeで映像が一部見れますが、金管がまるで軍楽隊のよう。私は軍歌が基本的に嫌いな人間ですが、思わずカッコいい、素敵だなと思いました。今よく聴くのは、ジョージ・セル指揮クリ―ヴランド管弦楽団セのッション録音と、基本的な解釈が似ていて音質良好な、スクロヴァチェフスキ指揮の演奏です。金管が力強くも、金管特有のまろやかさも前面に出ていて、最強奏でも濁らない、割れたりもなく痛くならない。ヴァントは、ミュンヘンフィルが、一時期結構好きでしたが、最強奏が強すぎて。セル、スクロヴァチェフスキは、内声部もすべて等価で鳴らすのが美学ですが、清涼感に満ち溢れていて、初演の改訂稿のオーケストレーションを受けてか、カラヤンに負けじと劣らずとても色彩的で。。疾走するところは、フルヴェン以上に疾走していて、それでもトロンボーンも乱れずに旋律を奏でて。フーゴ・ヴォルフの初演成功を受けての言葉である、「闇に対する光の完全勝利」そんな言葉がぴったりだと思っています。予談を言えば、映像でカラヤン以外で欲しいと思っているのは、スクロヴァチェフスキ指揮読売日響ライブです。

投稿: Kasshini | 2014年1月11日 (土) 13時23分

Kasshiniさん、こちらこそ、本年もよろしくお願いいたしますね。

神秘の合唱で、赤富士とはまた素晴らしいシテュエーションですね。
例年、わたくしは、ひとり飲みして、お寝坊です。

ブルックナーへの目覚めは、やはり中学2年頃でしょうか。
カラヤンの指揮で、EMIのロマンティックです。
発売されてすぐのFM録音ですから、73年頃ですから、もう40年も前です。
レコードは高価でしたから、FM録音を中心に、ブルックナーやマーラーを聴きなじんでいきました。
当時、手も足もでなかった音源が、いまやお手軽価格で手に入りますので、隔世の感があります。

ですから、わたしのブルックナー受容は、カラヤン、ベーム、ヴァント、シューリヒト・・・、古いですね。
一番は、ヴァントのケルンとの全曲で、レコードで1枚1枚揃える喜びは格別のものがありました。
後年の、ハンブルクや、ミュンヘン、ベルリンとの録音と比べると研ぎ澄まされた感覚が薄いのですが、その分、ゴツゴツした感覚と南ドイツ臭さがあり、いまでも大すきな演奏ばかりです。

それ以降の演奏には、アバドとハイティンクを除き疎いわたくしです。

投稿: yokochan | 2014年1月12日 (日) 00時38分

音楽享受に於ける、満腹状態。仰せられる事、わかります。仮に定年を迎えて、『よし、音楽愛好会に取り、春の到来。『ギョーム-テル』でも、『神々の黄昏』だろうが、通して聴けるぞ!』と意気込んでも、従来LPに3枚、CDなら2枚に収まる例えば『リゴレット』や『タイース』を腰を据えて聴き通したら、その日はもう‥ですね。所詮人間と言う生き物は、時間に追われ気忙しい時が在るから、音楽を聴いたりスポーツ観戦したり好みの酒を口にしたりするのが、楽しいのではないでしょうか。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年9月26日 (木) 09時35分

そうなんです、音楽を聴くこと、聴かねばならぬ的な切迫観念は、おびただしいあふれかえる音源が、簡単に手に入る現代人の悩みみたいなものかと思います。
 かつての若き日々は、もっとじっくり大切に、感銘を込めながら聴いていたような気も致しますゆえに、そのようにも思います。
 日々、情報に囲まれ、自分で忙しくなっているのかもしれません。
寝る前に、モーツァルトのピアノ協奏曲なんぞを聴くと、ほんとに幸福になります。
そんなものでしょうね。

投稿: yokochan | 2019年9月30日 (月) 18時20分

中学生時分に、ビクター音産からRGC-1010と言う番号で発売された、紫色レーベルのライナー指揮のシカゴ交響楽団の、ドヴォルザークの『新世界交響曲』。○ヶ月分の小遣いを貯めて、最寄りの家電店のレコード-コーナーで買い求め、最初の日曜に、3回聴き通したのを鮮明に覚えております。先日久方ぶりにかけましたが、まだオイル-ショック到来の前の発売だった為か、手に乗せた感触がずっしりとして、堅く厚い盤ですね。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年10月 5日 (土) 13時46分

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