パトリシア・プティボン オペラ・アリア・コンサート Ⅰ
パトリシア・プティボンが今年もやってきてくれた。
しかも、前回はピアノでのソロリサイタルだけだったのに、今回はオーケストラをバックにしたコンサートを1回やってくれちゃう。
そして、そのコンサートに行ってきました。
普通なら、序曲があってアリアがあってという繰り返しで、徐々に盛り上がってゆき、最後に極めつけの大アリアをもってくるのだけれど、今宵のプティボンのコンサートは、そうした既成の概念にとらわれない、実にユニークなものであった。
聡明で知的な彼女ならではといってもいいかも知れない。
大きくとらえると、前半は18世紀の独オーストリアの古典の音楽。
そして後半が、20世紀アメリカ(フランスも)の音楽。
既知の名曲ばかりを並べるのでなく、本邦初演もあったりして、ともかく新鮮な思いを抱かせるステキなコンサートは、ソロリサイタルでも同じこと。
プティボンの守備範囲は広大で、いまや何が得意で素晴らしいとかじゃなく、手掛けるものすべてを、抜群の歌唱力と、圧倒的な表現力でもって説得力ゆたかに、そして誰しもを引きこんでしまう女性的な可愛い魅力に満ち溢れている稀有の歌手なのだ。
おまけに、こうしてライブで接すると、そのお顔の表情の底知れない豊かさと、指先のひとつまでに歌が心情をこめて表現されていることに驚きを覚えるし、プロ中のプロ魂も感じる。でもそれが天然なところが、パトリシアのいいところだな。
私は保証します。
彼女の歌や姿を聴き、ご覧になったならば、必ずやその虜になってしまうことでありましょう。
モーツァルト 「コシ・ファン・トゥッテ」序曲
アリア「大いなる魂と高貴なる心」
リジェル 交響曲第8番 1楽章
ハイドン 「月の世界」~フラミーニアのアリア
「人には分別があります」
「薬剤師」~ヴォルピーノのアリア
「ご機嫌よう、親愛なるセンプリーニオ」
モーツァルト 交響曲第22番
「ポントの王ミトリダーテ」 アスパージアのアリア
「重い苦しみ」
バーバー 弦楽のためのアダージョ
4つの歌から、「この輝ける夜に、きっと」
パクリ 「3つのラブソング」
「美と愛」「永遠の間ずっと」「これが愛」
バーンスタイン 「キャンディード」序曲
「着飾って、きらびやかに」
コープランド 「アパラチの春」~終曲
アーレン(デュプラ編)
「虹の彼方に」
(アンコール)
コール・ポーター 「Everytime we say good-bye」
ソプラノ:パトリシア・プティボン
ディヴィット・レヴィ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
(2009.10.31@オペラシティ)
指揮者レヴィは、コンロンのもとで研鑽を積んだオペラ指揮者とのこと。
せかせかと登場し、パフォーマンスも豊か。そして指揮を始めたら、その姿はまるで、井上ミッチーその人でありました。(頭の具合も!)
この人の活気あふれる指揮は、前半のモーツァルトやハイドンにのびやかな推進力を与えていたし、初聴きのシュトルム・ウント・ドランク的な緊張感に満ちたリジェルの曲などは大いに楽しめた。
後半は一転、キャンディードで大爆発。コープランドやバーバーはしんみりと聴かせてくれるなかなかの実力者と見た。
しかし、少しオーケストラを鳴らしすぎか。
ホールの特性もあって、よく響くものだから、時にデリケートな歌にのめり込んでゆく、プティボンの声を消してしまうところがあったのは残念。
プティボンは、いたって神妙にモーツァルトとハイドンを歌いだしていた。
でもひとつのアリアの登場人物の心情に共感しきって陰影の濃い歌唱を紡いでゆく。
ハイドンにこんな深い世界が、そしてモーツァルトの初期作がこんなに色濃く歌われるなんて、驚き。
でもデフォルトでもなんでもなくって、先に記したとおり、一人の女性がその思いを普通に表現している感じで作り物でも何でもない。
そう、人工的なものが一切感じられない、不純物のないピュアな歌声とその表現なのだ。コロラトゥーラの完璧さと、反して不安定感のまったくない低音域の魅力。
もう完璧なのだ。
ハイドンの「薬剤師」のアリアは、CDでも収録されているが、歌いながら伸びたり縮んだり、顔の表情も豊かに、ブッフォ的な楽しみが数分の曲で味わえましたよ。
そして後半、バーバーらしい抒情に満ちた「この輝ける夜に、きっと」には泣けた。
ただでさえ、弦楽のためのアダージョで神妙になっていたのに、こんな田園的な癒しの音楽はいけない。パトリシアのどこまでも伸びやかな美しい声がまたたまらない。
ついで連続してうたわれた、フランスのパクリという作曲家の2005年の作品も美しい。
1曲目は、ウィンドマシンが正直うるさかったが、静的でしんみりと聴かせる桂曲に思えた。美・愛・永遠などの普遍的な言葉に込めたパトリシアの思いの丈が聴き取れたものだ。この作品は、次回のコンサートでもピアノ版で歌われるから楽しみ(ウィンドマシンがないし)。
それで、ですよキャンディードの、口あんぐりのすんばらしい歌。
ナタリー・デッセイとドーン・アップショウがこれまで最高と思っていたけれど、パトリシアが最高
序曲のときに、指揮者ミッチー似のレヴィ氏を追いかけてでてきちゃった彼女。
えんじのタイを持ってでてきて、これまでの白のタイと変えろという。
しっかり替えてあげて、「こっちの方がいい」と退場。場内笑いに包まれる。
こんな演出すべてが、続く音楽にみんな奉仕してしまうところが彼女らしいところ。
小さな帽子をかぶって、白いスカーフを首にまいて、ヨタヨタと歌いながら出てくる。
オケの面々をそれぞれ見つめながら、歌いつつ、喜怒哀楽の移り変わりの激しいこのアリアを目も眩むばかりの変幻自在ぶりでもって歌いまくる。
もう、われわれ聴衆は、目も心も彼女に奪われてしまっている。
最後は、晴れやかに超越のすべてを尽くし歌い終えるが、白いスカーフ(タオル?)を指揮者氏の輝くおつむに投げて被せてしまった(笑)
ここで大熱狂。立ち上がる人も数人。なんという舞台人なのでありましょうか
冒頭に書いたように、ここで終わらないのが、パトリシア。
「アパラチアの春」で、アメリカのよき時代の夕べの家族のひと時のような、苦難のすえに得た幸せを象徴するかのような音楽を堪能した。
懐かしいい雰囲気で曲が静かな終結を迎えつつあるなか、パトリシアは静かに登場し、曲はそのまま、「虹のかなたへ」に引き継がれた。
そう、「オズの魔法使い」のジュディ・ガーランドの歌です。
これまたいけない。
こんなコンサートの終わり方はステキすぎる。
アパラチアの春のあとに、虹の彼方に・・・。
全曲、ソットヴォーチェで、囁き歌いかけるような歌唱で、私は涙があふれてくるのを止めようがなかったのであります。
もう語ることはありません。
会場の皆さんは、きっと同じ思いに浸され、静かに余韻に浸るのみでありました・・・・。
アンコールには、レヴィ氏がピアノを弾き、コール・ポーターの名曲を。
彼女は、ラメの小粋なノートブックを片手に、ステージに腰を降ろして、これも情感こめて静かに歌いました。
黒いドレスに、ゴールドのネックレス。
赤毛のカーリーヘア。
今宵も、パトリシア・プティボンに、すっかり心を持ってかれましてよ。
招聘元の彼女の記事は、こちら。
日本の文化を愛し、われわれ日本人の音楽の嗜好も、おそらく考えての今回の演目。
脱帽のほかなく、ますます活躍する彼女を応援したい気持ちで一杯だ。
来年のザルツブルクでは、アーノンクール(!)の指揮で、「ルル」に出演するらしい。
クリスティとアーノンクールの薫陶も彼女の豊かな音楽性の背景にあるであろう。
今日の終演後のサイン会の列はすごかった!
しっかりいただきましたよ、ことしも。
その模様は、また明日・・・。
プティボン過去記事
デビューCD「フレンチタッチ」
「バロックオペラアリア集」
「来日公演2008年4月」①
「来日公演2008年4月」②
「恋人たち オペラアリア集」
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