ペルゴレージ スターバト・マーテル アバド指揮
高槻教会。
高山右近ゆかりの教会は、とても清々しく落ち着く場所でありました。
聖母マリアとその足元の扇風機がなんとも庶民に開かれた雰囲気にございました。
こちらの写真は、いずれまたご紹介します。
アバドは、特定の作曲家に強い思い入れをもって、執念ともいえる意欲で、その作品演奏に励むことが多い。
マーラー、ムソルグスキー、新ウィーン楽派などに加えて、ペルゴレージもそう。
一番有名な「スターバト・マーテル」だけではなく、「ディキシド・ドミヌス」を含む宗教作品を集めた1枚とさらにミサ曲などの1枚、都合3枚のペルゴレージ・アルバムを続々とリリースする。
来年、2010年が生誕300年の記念の年となることもあっての録音ながら、超巨匠になったアバドが、マーラーを繁茂に演奏するかたわら、スターバト・マーテルばかりでなく、ペルゴレージのまったく未知の作品まで掘り起こして録音を重ねているということ自体がすごいことだと思う。
しかも、ピリオド奏法に徹した積極的な演奏で、その探究心の豊かさと進取の気性は、かつての大巨匠たちには考えられないことだと思う。
ペルゴレージ(1710~1736)は、中部イタリアに生まれ、その後ナポリで活躍した作曲家で当時絶大な人気を誇ったらしい。
オペラを数十曲、宗教作品・歌曲多数と声中心にその作品を残したが、26歳で亡くなってしまうという天才につきものの早世ぶりであった。
スターバト・マーテルは、おそらく最後の作品とされているが、磔刑となったイエスの十字架のもとで、悲しむ聖母マリアを歌った聖歌で、ヴィヴァルディ、スカルラッティ、ロッシーニ、ドヴォルザーク、プーランクなどが有名どころ。
それらの中にあって、抒情的な美しさと優しい歌と劇性にあふれていることで、ペルゴレージのものが燦然と輝いている。
アバド3度目の録音は、ピリオド奏法を用いながらも、少しも先鋭にならず、リュートを交えた響きは古雅で暖かく、そして繊細極まりない演奏となった。テンポも早くなっている。
嘆きの歌であるから、基本は短調であり、悲痛な音楽でもある。
アバドの透徹した表現は、その悲しみを歌いだしてやまない。
一方で、アバドのこの演奏には、不思議と明るさが漂っているように感じる。
それは、音楽をする喜びに満ち溢れた明るさとでもいえようか。
若い奏者たちのレスポンスの高い演奏が、アバドを若々しくしているのか、アバドの深淵な域に至った人間性が、若いオーケストラから驚くべきサウンドを引き出しているのか。
マーラー・チェンバーと同じことがここでも言えるのではないか。
アバドのお気に入りの歌手ふたり、ハルニッシュとミンガルドのニュートラルな歌もすっきりと好ましくも美しい。
ソプラノ:ラヘル・ハルニッシュ コントラルト:サラ・ミンガルド
オーケストラ・モーツァルト
(2007.11@ボローニャ)
83年録音のロンドン響との録音。
こちらは、レコード・アカデミー賞をとった名盤である。
当時、コンサートスタイルの演奏が主流の中にあって、ロンドン響を小編成に組みなおし、バッハやヴィヴァルディをさかんに演奏していたアバド。
この録音が出たときも、垢をすっかり洗い落したかのような、スッキリとスマートなペルゴレージに、多くの聴き手が新鮮な思いを抱いたはずだ。
新盤を聴いて、こちらを聴きなおすと、そのあまりの違いに驚くを禁じ得ない。
テンポの相違は先に書いたとおりだが、響きが過剰に感じ、感情表現も濃く感じる。
演奏スタイルの時代の変遷もあろうが、それ以上にアバドのやりたいことが違ってきているわけである。歌手の歌い方も、大幅に異なる。
ここで歌っている、マーシャルとヴァレンティーニ・テッラーニは見事としか言いようのない素晴らしい歌唱である。しかし、新盤での抑制の利いた若い歌と比べると、歌いすぎと聴こえるし、オペラティックですらある。
でもですよ、私には、この清々しい歌に満ち溢れたペルゴレージも捨てがたく、どこか懐かしく、若い頃のことを思い起こしたりもしてしまう1枚なのであります。
25年も前だもの。私も若いですから。
ソプラノ:マーガレット・マーシャル
コントラルト:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
ロンドン交響楽団員
(1983.11@ロンドン・キングスウェイホール)
そして、79年の録画によるスカラ座メンバーとの演奏。
こんな映像が、今年、忽然と姿をあらわした。
しかも歌手が、リッチャレッリとテッラーニなのだから。
さらに、演奏会場がすばらしい。
オーストリア、ケルンテン州の美しい湖のあるオシアッハの、シュティフツ教会。
装飾美あふれるバロック建築の、これまた美しい教会である。
「ケルンテンの夏」音楽祭でのライブと思われる。
宗教音楽は、本来コンサート会場ではなく、教会での典礼の一部であったわけだから、こうした場所での演奏は至極当然であり、演奏する側も、聴く側も、音楽の感じ方が変わってくるはずだ。
アバドがこの音楽に求めたものが、こうしたシテュエーションでの映像を見てわかるような気がした。
ロンドンでの録音より、オーケストラは小規模で、教会の豊かな響きは意外と捉えられておらずデッドである。だから、よけいに音ひとつひとつが直接的に訴えかけてくる。
無駄なものを切り詰めた直截な表現に感じ、そうした意味では新盤に近い。
この演奏の2年後に、スカラ座を引き連れて、カルロスとともに来日したアバド。
その時のコンマスも座っていて、なぜか懐かしく思い出される。
アバドも歌手もともかく若い。
指揮棒を持たずに簡潔な動きで真摯な雰囲気がにじみ出ていて、ペルゴレージの音楽が持つ抒情と劇的な要素を見事に描き出している。
惜しくも亡くなってしまった、ヴァレンティーニ・テッラーニの深みのある声がまったくもって素晴らしく、この頃は重い役柄で声が疲れていなかった、リッチャレッリのリリカルな歌声も素敵。ロンドン盤の歌唱より、こちらの方がオペラへの傾きが少ない。
ソプラノ:カーティア・リッチャレッリ
コントラルト:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
スカラ座合奏団
(1979.夏@オシアッハ、シュティフツ教会)
3種類そろったアバドのペルゴレージ「悲しみの聖母」。
新盤は別次元の感あるが、それを含めて3つともに、わたしの大切なライブラリーとなりそうだ。願わくは、プティボンに、このソプラノ・パートを歌って欲しいもの。
キャプチャー画像を多めに貼ってみました。
若い、きれい、かっこいい、でしょ
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コメント
やっとペルゴレージのCDをとり上げてくださってありがとうございます。お感じになられているとおり、悲しみよりも今生きているものたちへのメッセージと受け取れました。悲しみを突き抜けると、不思議な安寧の境地に辿りつく演奏があり、この演奏もその稀有な例だと思います。
OMの鮮やかで柔和かつ明晰な演奏、優れた古楽声楽家ミンガルドのソロがいいですね。ハルニッシュは、アバドが可愛がっている割には、相変わらずイマイチと感じていますが(併禄されたミンガルドのソロによるカンタータが良すぎですっ!)。第2集ももうすぐ発売。こちらは一般に知られていない曲ですが、アバドですから、何度もOKです。
投稿: IANIS | 2009年11月14日 (土) 03時20分
yokochanさま、こんにちは。
アバド盤、ロンドン響との演奏のほうですが
曲、演奏、録音の三拍子揃った大の愛聴盤です。
この演奏はいつかブログで取り上げようと思っていたのですが、大御所さまに先を越されてしまったので当分は止めておくほかありませんね(笑
バレンティーニ・テッラーニ
スカラ座とともに来日して始めてその名前を知りました
最盛期にお亡くなりになったとは本当に残念なことです。
投稿: 天ぬき | 2009年11月14日 (土) 10時37分
結構ですな、スタバートマーテル。ペルゴレージ、名曲です。アバドって守備範囲広いよねー^^-(はるな愛風)私はいろいろな理由で心から楽しめませんが。。。え?なに?アバドの?画像附きの演奏もあるの?え?
見てみたい^^というか聴いてみたい。
スタバートマーテルといえば、ロッシーニのも好き。最初に聴いたときは「あれ?これって?オペラだった?宗教音楽じゃなかったの?」って思うくらい歌いまくりの曲です。テノールのアリアとかは、かなりノーテンキに歌いまくり。私のLPのパバロッティも「オレの声を聞け」的に歌っています。ロッシーニ、やるなー^^でも本当はペルゴレージのスタバートマーテルのほうがずっと好きなんだけど、妻のおばちゃん合唱団がグロテスクに歌っている場面を何度も聞かされているもんだから、、、
投稿: モナコ命 | 2009年11月14日 (土) 19時49分
偏った音楽の聴き方を二十年もしてきたことを最近強く後悔するようになった越後のオックスです。私の音楽の聴き方がどれほど偏っているかは今日、yokochan様の記事を読むまで名曲中の名曲であるぺルゴレージのスターバト・マーテルと一度も聴いたことがなかったことからもう推して知るべしです。ソニーBMGのバロックマスターワークス60枚にアバドの演奏でこそありませんが、件のスターバト・マーテルが入っているのに気がつき今日の午後、初めて全曲を通して聴きました。素晴らしい曲ですね。DHM50ボックスに入っているぺルゴレージのオペラ「奥様女中」も最近はお気に入りです。三種類あるアバド盤も聴いてみたいと思います。
余談ですがバッハの生涯に興味が出てきて、バッハ研究の最高権威といわれるマルティン・ゲックの「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ」を読んでいます。下手な小説なんかよりずっと面白くて興味深い生涯を送った人のようですね。
投稿: 越後のオックス | 2009年11月15日 (日) 00時11分
IANISさん、こんばんは。
うむ、確かにハルニッシュは昨今共演の機会が多いです。
前回来日時のモーツァルトもアバド傘下にあるのみでした。
でも素直な歌唱はいいのではないかと思ってますよ。
一方のミンガルドはすごいですよ、実に!
テッラーニを忘れさせてくれる歌ではないでしょうか。
そして、アバドと若い奏者たち、その可能性はとどまるところを知りません。
ペルゴレージのオペラも聴いてみたいですよね。
そうそう、ペルゴレージの音楽はほんとに美しく、歌に満ちてます! 後続が楽しみであります。
投稿: yokochan | 2009年11月15日 (日) 00時31分
天ぬきさん、こんばんは。
お先に失礼をばいたしました(笑)
だってアバディアンには、欠かせない名演ですし、最新盤に、DVD発売と来ましたから間のロンドン盤も取り上げざるをえない状況に追い込まれましたもの。
テッラーニは、いまのカサロヴァの姉御みたいな存在でした。わたしもあの来日時のロジーナやヴェルディのレクイエムに心動かされた一人です。
投稿: yokochan | 2009年11月15日 (日) 00時37分
モナコ命さん、こんばんはぁ~
悩み多きペルゴレージを取り上げました(笑)
そうおっしゃらず、奥さまたちにの歌を聴いて下さいよ。
ウチでは、歌はなく、言葉の暴力、あ、いや、あの、その、天のお言葉が降ってまいる日々でございます。
パバロッティのロッシーニは、ケルテス指揮にございますね。あの場面はまさにアリアですね。
私は、ジュリーニ盤のゴンザレスにびっくりさせられました。
投稿: yokochan | 2009年11月15日 (日) 00時57分
越後のオックスさん、こんばんは。
かたよった聴き方なんぞおっしゃらずに、思うがままにお聴きになるのがよろしいかと思いますよ。
かく言う私もそうじゃないですか。
器楽・室内楽、古典を苦手としてますし。
ペルゴレージもアバドが取り上げなければ聴いてませんし。
すきなアーティストで聴いてしまい、好きになってゆくのも音楽の聴き方のひとつでしょうね。
バッハの生涯は私も読みましたが、音楽全集の誰かさんの作品でした。
磯山さんのマタイ本が名著です。
投稿: yokochan | 2009年11月15日 (日) 01時02分
こんにちは。
「ああ、アバドのペルゴレージのスタバトね」
と思ったら新録音ですかぁ!
>ピリオド奏法を用いながらも、少しも先鋭にならず、
>リュートを交えた響きは古雅で暖かく、そして繊細極まりない演奏
うーん、これはやっぱり買わなきゃですかねえ。
投稿: 木曽のあばら屋 | 2009年11月15日 (日) 08時58分
木曽のあばら屋さん、おはようございます。
そうなんです。
新録音なんです。
しかも前の録音と全然違うのです。
旧盤を知る人ほど、聴いていただきたい新盤でございます。
と、煽ってしまってすいません(笑)
投稿: yokochan | 2009年11月15日 (日) 09時31分
スターバト・マーテルは名曲がたくさんありますね。ペルゴレージの澄み切った美しさな格別です。つい先日もBSでラ・フォル・ジュルネの公演を観たばかりです。我が家にあるCDもテッラーニが歌っております(コトルバシュ、イ・ソリスティ・ベネティ)
プティボンといえば、あの数日後に聴いたミンコフスキとルーブル宮音楽隊のラモーとモーツァルトがまた躍動感と愉悦感に溢れ、ミンコフスキのサービス精神にも驚かされました。プティボンとミンコフスキの共演が日本でも実現しないものかと夢想してしまいます。
投稿: 白夜 | 2009年11月15日 (日) 12時03分
白夜さん、こんにちは。
BSはヘンドリックスが歌ってましたね。
シモーネ盤の歌手も素晴らしいです。
この作品は汲めども尽きぬ美しさがあり、いろいろな演奏を聴いてみたくなります。
そして、ミンコフスキお聴きになったのですね。
私は気になりつつも、最近のコンサートラッシュで、懐も侘しくあきらめました(笑)
ミンコフスキはクリスティとも関係が深いですから、プティボンとの共演も充分アリですね。
私も大いに期待しちゃいます!
投稿: yokochan | 2009年11月15日 (日) 13時24分