ヤナーチェク 「ブロウチェク氏の旅行」 東京交響楽団定期演奏会
サントリーホール前のカラヤン広場には、この冬、緑をモティーフにしたモニュメントが飾られております。
当日ではありませぬが、数日前の月を緑の背景に撮ってみました。
二日酔いもなく爽快な日曜日。
ともかく天気がよかった。
雲ひとつない青空が眩しい。
二日酔いはないけれど、はなはだ眠い。
朝帰りをして、また出かける私に向ける家族の視線が厳しい。
おまけに、月曜からしばらく出張。
こうして父は、家庭の居場所を失ってゆくものなのですな。
ははっ、でもしょうがない。
好きなことやってんだものね。
ごめんなさい。
かかる状況に追いこまれながらも、絶対に行きたかったコンサートが、東京交響楽団定期なのだ。
同団が手掛けているヤナーチェクのオペラシリーズ。
実演にめったに接する機会がないヤナーチェクのオペラだけに逃せない。
これまで、「利口な女狐」「カーチャ・カバノヴァ」「死者の家から」「マクロプロス家のこと」の4作が取り上げられている。
私は、今回が初めてなのだけれど、9つあるオペラを順次聴いていて、舞台でも昨年、二期会「マクロプロス」を観劇し、大いに感銘を受けた。
そして、今回の「ブロウチェク氏の旅行」は、日本初演で、このシリーズを任されている飯森範親氏の熱意みなぎる指揮と、DGから出ているビエロフラーヴェク盤の主役級歌手たちの本場の歌唱が加わって、初聴きながら大いに堪能した次第。
ブロウチェク: ヤン・ヴァツィーク
マザル/青空の化身/ペツシーク:ヤロミール・ノヴォトニー
マーリンカ/エーテル姫/ クンカ:マリア・ハーン
堂守/月の化身/ ドムシーク: ロマン・ヴォツェル
ヴュルフル/魔光大王/役人: ズデネェク・プレフ
詩人/雲の化身/ スヴァトプルク・チェフ/ ヴァチェク: イジー・クビーク
作曲家/竪琴弾き/ 金細工師ミロスラフ: 高橋 淳
画家/虹の化身/ 孔雀のヴォイタ:羽山晃生
ボーイ/神童/大学生: 鵜木絵里
ケドルタ:押見朋子
飯森範親 指揮 東京交響楽団
東響コーラス 合唱指揮:大井剛史
演出:マルティン・オクタヴァ
(12.06@サントリーホール)
詳細なあらすじは、こちら、ヤナーチェク友の会をご覧ください。
この会は、ヤナーチェクのオペラ対訳本を発刊していて、国内盤が手に入りにくいので、大変重宝しております。
会場でも盛んに売っておりました。
ヤナーチェクの常として、このオペラの筋もとてもややこしくて一度や二度じゃ頭に入らない。でもCD2枚、約2時間のコンパクトなところがいい。
かつては、「ブロウチェク氏の月旅行」とか表記され、SFチックな作品ともされていた記憶があるが、こうして親しく接してみると全然違う。
ユーモア溢れる喜劇的要素と、チェコの熱い歴史背景と、月世界への当時の憧れなどが風刺も織り交ぜながら巧みに取り込まれた面白いオペラなのだ。
筋を超簡単に記すと。
第1部「ブロウチェク氏の月への旅」
第1幕 プラハの居酒屋で飲む連中のなかにいる家主ブロウチェク氏。
恋人たちを羨みつつ、月を見上げる。
月には税金も破産も泥坊もいないと。
そしたら、月世界に飛んでしまった。
第2幕 月の住人は居酒屋や近所の連中と瓜二つ。
歓待を受けるが、そこは花の匂いをかぐことが食事でおかしい。
「もうじゅうぶん嗅いだ」と日本語で歌い爆笑。
居酒屋から持ってきたソーセージを食べてる。
しかし豚を食べてる、野蛮と非難轟々。
月から帰り、居酒屋の前では恋人たちが美しいデュエット。
第2部「ブロウチェク氏15世紀への旅」
第1幕 1420年にタイムスリップ。ドイツと交戦中のプラハ。
街かどで、敵のスパイと間違えられてしまうが、言い逃れる。
第2幕 鐘つきの親子の家。
続々とドイツを迎え撃つ市民が武器を手に集まる。
ブロウチェク氏は戦いになんて行きたくない。
勝利の暁、ブロウチェク氏は、ウソの武勇伝を語るが、見破られる。
それどころか、敵に命乞いをしたことがバレる。
かくして、樽に詰められ火を投じられ処刑されてしまう。
ビール樽に入って寝て唸っているところを、
居酒屋の主人にみつけられる。
ばかばかしいけど、おもしろい。
このオペラの主役のブロウチェク氏は、テノール役だけど、そこらにいる普通のおっさん。
オッサンが主人公のオペラって、ファルスタッフ以外、ほかにあったかしら?
その役を歌ったヴァツィーク氏は、まったくのはまり役。
常にちょろちょろ動きまくっていて落ち着きがないし、外観は、芋洗坂係長そのもの。
おなかポッコリの楽しいキャラクターで、肝心の歌も、声の通りはいいし、明晰で安心して聴いていられる歌手だった。
ヤナーチェクのスペシャリストとあるマリア・ハーンも素晴らしい、ホールの隅々に響き渡る完璧な歌だった。
実力派を揃えた日本人歌手も、本場の皆さんにひけをとりません。
ことに高橋さんの存在感は、日本のオペラの舞台にはなくてはならぬ人と思わせるに充分。それと。鵜木さん、かわいい。
ノボトニーがやや精彩を欠いたのが残念なところ。
範親さんは、オケを押さえて歌をよく響かせるように徹してしたけれど、ヤナーチェクのモザイクのような複雑な音楽をすっきりとわかりやすく表現していた。
東響の厚みある響きは巧みにコントロールされている。
限られた舞台空間で、イマジネーションを刺激するような演出はまずまず。
ヤナーチェクのオペラは、最後のフィナーがどれも感動的。
今回のブロウチェク氏は、破天荒な物語を終わらせるブロウチェク氏のとぼけたセリフで洒落たエンディングとなった。
夢から覚めて、プラハ解放に力を尽くしたことを語り、「これは誰にも言いっこなしね」と。
ヴァツァークさん、大喝采でした。
明るいキャラは、ブロウチェク氏そのもの。
ヤナーチェクのオペラの魅力にまた取りつかれてしまった日曜でありました。
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コメント
こんにちは。
昨年、「マクロプロス」で初めてヤナーチェクを聴きました。
話の筋は面白いわ音楽は壮大にして繊細で人を引きずりこむわ、すっかり魅力に取り付かれました。
いいですね~素敵なコンサートお出かけになれて♪いつも思うのですが、
クラオタさまが宣伝広告の文章をチョロチョロっとお書きになったら集客数が倍増するに違いありません!!!
ああ、なんとしてもこの「ブロウチェク氏」を聴きたくなりました~~~~!!!
投稿: moli | 2009年12月 7日 (月) 14時02分
yokochanさま こんばんは
ヤナーチェクのオペラ、少しずつCDで聴いているところです。デッカの録音ですが〜。「女狐」、「イエヌーファ」、「ブロウチェック氏の旅行」のまだ3つしか聞けていませんが〜。
東京ではヤナーチェクのオペラが聴けるんですね
羨ましいかぎりです。「ブロウチェック氏の旅」面白いオペラですよね〜。
何か東京とこちらの文化の差を今更ながら感じてしまいます。もうこちらはあきませんわ、爆〜、と、嘆きたくなります、爆〜。
ミ(`w´彡)
投稿: rudolf2006 | 2009年12月 7日 (月) 16時53分
この作品にはチェコの同朋への批判が込められていて、ヤナーチェク自身「ブロウチェクみたいな嫌な奴に出会ったら絞め殺してやりたい」と言っていたらしいのですが、わたしはそんなこととは別に当夜の上演の1部2部通してのメッセージを、「生きててよかった!」「生きるって素晴らしい!」という生への賛歌として受け止めました。ヴァツィーク氏による、愛すべき酔っ払いの俗物としての「ブロウチェク氏」の人物造形にはなはだ親近感を呼び起こされたことも大きいと思います。しかしもしかしたら、先日の絶望的に暗い「ヴォツェック」への反動も、わたしのうちにあったかもしれません。
この順序で観ることができて本当によかったと思います。
投稿: 白夜 | 2009年12月 7日 (月) 22時33分
クラヲタの会本当にお疲れ様でした。中座しましたが自分もその時点でかなり飲んでましたから。
自分は昨日所沢でゲルギエフで酔い覚まし(?)でした。
感想はminamina様のブログに書き込みましたが、ゲルギエフはやはり解らない方です。これからどうなるのでしょう?
しかし昨日はほぼ満席で高速1000円利用して新潟から日帰り
でこられた方もいて盛り上がってました。
次回お会いした時さらに詳しくお話したいですし、ヤナーチェクのオペラの魅力教えてくださいませ。
投稿: ヤマゲン | 2009年12月 7日 (月) 23時55分
moliさま、おはようございます。コメントありがとうございました。
去年のマクロプロスはよかったですね!
以来、マッケラスのCDを何度も聞いておりまして、お気に入りのオペラのひとつにとなりました
そして、ブロウチェクもその仲間入りにしようと、CD購入リストにいれました。
彼は、憎めない妙なキャラおじさんです。
moliさんも是非お楽しみください!
わたしがパンフレット書いたら、ワーグナーやシュトラウスに無理やり結び付けてひんしゅくを買ってしまうことでありましょう(笑)
投稿: yokochan | 2009年12月 8日 (火) 08時01分
rudolfさん、こんにちは。ご返事が遅れてまして申し訳ありません。
いま関西にいるんですよ。今日帰りますけど。
ヤナーチェクのオペラははまるとたまらない魅力がありますよね。
オーケストラ部分だけ抜き出しても聴きごたえありますし!
お嘆きのとおり、東京のみが突出した過密演奏会。
でもさすがに客入りは落ちてますね。
某仕訳人たちが叫ぶように地方への負担を伴わない配分をなすべきです。
新国の役割でもあるべきなのに、予算削減で演目は客入りのよさそうなものばかりになるかもしれません(怒)
ですから今シーズンのリング後半と影のない女は貴重です。東京に来てください! ご案内しますよ(笑)
投稿: yokochan | 2009年12月 9日 (水) 13時17分
白夜さん、こんばんは。
長く出張してまして、切れ切れにお返事をお返ししておりまして、申し訳ありません。
予習せずにいどんだ「ブロウチェク氏」、睡眠不足と飲み過ぎで不安な中で迎えましたが、全然杞憂に終わりました。それどころか、文中にありますとおり、はまってしまいました。
そして、なるほどですね、生への讃歌。ふつうの冴えないおじさんを通して、ヤナーチェクは巧みなまでの人生模様を描き出してました!
あのヴォツエックがわだかまりとなっている聞き手にとって、救いのあるオペラにございました。
年内はあと、トスカです。こちらは3人とも死んでしまいますが、暗さはなきく、甘味な死でありますね。ありがとうございました。
投稿: yokochan | 2009年12月 9日 (水) 18時40分
ヤマゲンさん、こんばんは。さすらい中につき、ご返事遅くなってしまい、申し訳ありません。
ヤマゲンさんが、途中退出されたとき、わたしもかなり酔ってました(笑)
それから3時間ですもんね(爆)
ゲルギ〜さんは、ともかく謎の人物です。
怪僧ラスプーチンですよ。本人が一番楽しんでいるかもしれません。
ヤナーチェクをさらに聴きこんで、次回までには、語れるように修業して
おきますね。
投稿: yokochan | 2009年12月 9日 (水) 20時23分
yokochan様
お恥ずかしながら、Deccaに行われたマッケラス&VPOの、ヤナーチェク・オペラ・ツィクルス、一組も聴いておりません。『タラス・ブーリバ』に『シンフォニエッタ』を耳にし、どうも自分の感性には合わんなぁ‥と感じ、そのせいか手を出さずに、今に至って仕舞いました。最初に一組‥なら、どの演目が宜しいでしょうね?
投稿: 覆面吾郎 | 2023年2月15日 (水) 18時07分
覆面吾郎さん、こんにちは。
マッケラスがヤナーチェクのオペラに残した足跡は極めて大きいです。
いちばん聴きやすいオペラは「利口な女狐」ですが、作品の完成度やヴェリスモ的な要素からいくと、「カーチャ・カバノヴァ」と「イエヌーファ」だと思います。
個人的には「マクロプロス」が一番好きです。
投稿: yokochan | 2023年2月23日 (木) 22時02分