ワーグナー 「神々の黄昏」 新国立劇場公演①
ワーグナーの「ニーベルングの指環」第3夜、「神々の黄昏」を観劇。
これで5度目のリング体験の最終夜。
そして、2004年のプリミエから2度目。
ジークフリートと同じく、6年前のこと、あんまり詳細に覚えていない。
断片的に思い出すけど、全体がつながらない。
でも、最後のブリュンヒルデの自己犠牲から最終救済ステージはよく覚えてる。
長大なリングをいかに完結させるか、演出家がよりをかけて完結感をどう持ってくるかの場面でありますゆえ、ウォーナー演出に限らず、実演や映像でも、それぞれのリングの特徴を端的にあらわすシーンをつぶさに記憶にとどめているのであります。
序夜「ラインの黄金」と再びつながるかのような大河ドラマに相応しい幕切れは、今宵もしっかり用意されていて、それは、フローが撮影して始まった映画の上映会であった。
その観客は、若い連中で、次の世界を担う若者たちだった。
彼らは、われわれ、こちら側の観客を見つめ、問いかける。
噂によると、今回の上演が4部作最後との話もあり。
銚子にある劇場倉庫のキャパや、その保管・輸送コストによるものらしい。
また、キース・ウォーナーとの契約もあるのかもしれない。
たしかに、4部作を通じて、同一の場面設定が少ない演出だったし、上下に規模のデカイ装置ばっかりだ。
ウォーナーももしかしたら、もう新しい次元に達しているからかもしれない。
小泉政権発足の年に始まったトーキョーリングは、これで終焉を迎えてしまうのか!
単独上演可能の「ワルキューレ」ぐらいは残るかもしれないが、世界に発信できたこのリングが終わってしまうとすれば極めて残念。
キャパの問題はあるけど、急速に音楽受容国となりつつある隣国との供用や、共同上演なども今後できないのであろうか。
ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン
ジークフリート:クリスティアン・フランツ
ハーゲン:ダニエル・スメギ アルベリヒ:島村 武生
グンター:アレクサンダー・マルコ=ブルメスター
グートルーネ:横山 恵子
ヴァルトラウテ:カティア・リッティング ウォークリンデ:平井 香織
ウェルグンデ:池田 香織 フロースヒルデ:大林 智子
第1のノルン:竹本 節子 第2のノルン:清水 香澄
第3のノルン:緑川 まり
ダン・エッティンガー指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
初演演出:キース・ウォーナー
企画:若杉 弘
芸術監督代行:尾高 忠明
舞台監督:大仁田 雅彦
(2010.3.30@新国立劇場)
もしかしたらラストの気持ちも抱きつつ、一シーン、一音たりとも逃すまいと、目も耳も凝らしつつ集中した5時間。休憩を入れると2時から8時半まで!
一寸たりとも集中力が途切れず、ましてや眠くもならない。
舞台が常に動き、その変転が説得力あって抜群に面白い。
初リング、初ワーグナーの方でも、私のようなワーグナー・ヲタクにも、等しく平等に楽しめるキース・ウォーナーのトーキョー・リングなのである。
満席の平日の新国。
幕が降りたら、満場の大拍手。
音楽の余韻も、会場全体で楽しめたヒヤヒヤしなかった希有のワーグナー上演でございました。
まずは、出演者たちの歌いぶりを書きます。 そうです、そうなんですよ!!
皆さま絶賛のとおり、このプロダクションは、イレーネ・テオリンの完璧極まりないブリュンヒリデに尽きてしまうのであります。
イレーネさまが、あんまり素晴らしく、聴衆の歓声を一身に集めてしまうものだから、これまた素晴らしいジークフリートのフランツが、カーテンコールでは、ちょっとふてくされて(あっさり元気なく)見えてしまった・・・・。
そのくらいに圧倒的な声を持つテオリン。
トゥーランドット姫では、バカでかい声ばかりに耳がいってしまっていたが、このプロダクションに聴いたブリュンヒルデの歌唱では、確かに声は圧倒的なるも、ブリュンヒルデの成長と心の濃淡を見事なまでに歌い込んでいたのでありました。
ワルキューレからの成長ぶりもほんとうは観聴きしたかったのだけれど、この黄昏におけるブリュンヒルデは、愛憎半ばするジークフリート「一途」の一人の女でありつつも、最後は神々をも圧倒してしまうであろう気品と抑制された感情の歌い込みを見せていたのだ。
~ジークフリートとの二重唱の高揚感、ヴァルトラウテへ語る夫への熱い想い、ヴォータンへの呪詛、裏切られたジークフリートへ迫る迫真の歌と絶望が憎しみ変わるさま。ここで舞台前面で片膝付いて歌うイレーネ様の姿はまったくもってすさまじい愛憎ぶりでございました・・・。それから、自己犠牲の凛々しさと近寄りがたい神々しさ。ここでのピアニシモからフォルティシモまで声の広大な幅~
大味でないイレーネの歌をしっかり確認できた。
こんなにクオリティの高いワーグナー歌唱が、バイロイトと同じように、日本で、家から1時間くらいのところで聴けるなんて、望外の幸せなのであります。
彼女が、いまのように大ブレイクする前に押さえた新国のキャスティング部隊の目利きと若杉体制に、いまさらながら感謝しなくては。
年末のイゾルデは、すごいことになりそう!!
対するフランツのジークフリートにも、最大限の賛辞を残さなくてはなりません!
6年前の前回プロダクションと比べても声は衰えはなく、変わらぬスタミナ配分をもって全体を歌い通す力。
ぶっといロブストな声でないけれど、親しみあふれる明るめの声質のヘルデンは、とってもクリアーで重ったるく感じない。その風貌も、何度も見てると愛着がわいてきて、その愛着が自然児ジークフリートと同質化してしまうのだ。
だから、ハーゲンの槍に倒れ、辞世を歌い、葬送行進曲のなか、背中を血に染めながら、舞台奥に立つブリュンヒルデ(?)に瀕死で向かう姿に、憐れを催してしまい涙するのであった。実際、このシーンで、私はそのシーンと音楽の崇高さに涙ぼろぼろ。あやうく嗚咽しそうになった・・・。
スメギのハーゲンは、大きな拍手をもらってたけど、わたしはちょっとその声が好きになれなった。
喉に詰まったような声は、そのボリュームは申し分ないけど、ちょっと気になった。
前回名をあげた長谷川さんのほうがインテリ感といやらし感がうまいこと出てた。
ブルメスターは、バイロイト常連。
こんな旬の歌手を聴けちゃうんだからうれしい新国。
そして、やや軽めの声ながら、グンターに必要な頼りないヒロイックさを声で見事に歌い込んでいたと思う。こちらは、前回のR・トレケル(鬘あり)の神経質ぶりもよかったが、ブルメスターのアンフォルタスのようなグンターも実によかった。
前回の比較で、トータル・ビジュアル的には負けてしまったけど、歌では互角かそれ以上の横山恵子さん。彼女のグートルーネは、主張するグートルーネでありました。
ちなみに前回は、蔵野蘭子さまでした!
立派にブリュンヒルデ級の声をもつ彼女のグートルーネは、ウォーナーの求めた機敏さと今風さがほどよかった。
ブリュンヒルデ級といえば、ノルンのひとりが緑川まり様。見事なお声。
わたしの好きな清水香澄さんも、最初見分けがつかない3人だったけど、歌でわかったし、竹本さんもいいメゾしてた。
それと影が薄くなりがちな、ヴァルトラウテのリッティングは、とても美しい方で、その声も深くてドラマテックなメゾだったけど、なにぶん相手がテオリンだったので歩が悪い。
怒られてほうほうの体で逃げちゃった。
日本を代表するアルベリヒ・クリングゾルの島村さんの病人アルベリヒぶりもよい。
年を経てしまった、芸達者なラインの乙女たち。
見た目の肉襦袢と年寄り化粧が気の毒だったけど、声のコンビネーションも練られており、他に代え難いトリオとなっていたのが素晴らしい。
長大なリング上演を短期にやるとなると、指揮者・歌手たちが、ひとつのファミリーとなって一体感をにじませるようになるわけだが、黄昏も最終会となると、まさにオケも歌手も見事なまでの完成度を見せることになった。
素晴らしい歌手たちを束ね、時には助けられつつも、エッテインガー君は4部作のそれぞれ回を追うごとに音楽理解を深め、説得力も増すようになってきたと思う。
ブーもかなり出たというが、いったい何に対してブーをしたかったのだろう。
たしかに表面的にはテンポが遅く、時に弛緩して感じもした。今回も2幕の最後は、私が親しんだテンポ感とは異質だった。
でも、この緻密かつ雄弁なウォーナー演出によりそうような機敏さと濃厚さも持ち合わせていたように思う。
それが師匠のバレンボイムのように腰の重さと空虚さにつながっていないところがいい。
まだ若いから、どう変転するか不明なれど、若いなりの初リングを、意欲溢れる東京フィルとともに築き上げてくれたのであります。
後半疲れたのか、いつもの東京フィルっぽく、ちょこちょことやらかしていたけど、この黄昏は、大絶賛してもいいかもしれない。
前回はN響にいいとこもってかれたし、同様に二期会リングでも、都響がピットに入ってしまったから、東京フィルとしては初「神々の黄昏」なのだ。
しかも、新日フィル、シティフィルなどにも先を越されているから、このリングの通しは、エッテインガーとともに、なみなみならぬ意欲でもっていどんだ東京フィルなのであろう。
素晴らしいオーケストラでありました。
以上が演奏編。
長くなる舞台詳細記載は、次回に。
忘れないうちに、自分のために書きしるしておきたいのですから、毎度のように長文覚悟ください。
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