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2010年8月15日 (日)

ブリテン 戦争レクイエム ジュリーニ指揮

Sarusuberi
今が盛りの花、百日紅=さるすべり。
この漢字からどうやったら、「さるすべり」になるのだろうか?
調べたらなんのことはない。
二つの特性が読み込まれているわけだった。
「百日紅」は、原産の中国由来で、赤っぽい花が長きに渡って咲き続けるから。
「さるすべり」は、この花の木の幹が、つるつるしてて、お猿さんも滑って登れない、という日本名。
 面白いですな。

で、この花は、最近は、日本の8月、お盆の頃をイメージさせる花でもあります。

Britten_war_requiem_giullini

8月の日本は、広島、長崎、終戦と、戦争にまつわる悲しい出来事に塗りこめられている月だ。
それが、お盆という祖先を祭る日本の風土行事(新暦)と符合して、多くの方が生まれ育った郷里で過ごすという状況に結びついて、1年のうちで、もっとも懐かしくもゆったりとした気持ちになれる頃あいなのだ。

ヴェルディのレクイエムとともに、この時期に必ず聴いている音楽が、ブリテン戦争レクイエム
これまで、弊ブログでは、作曲者自演のCDや、アルミンクのライブなどを取り上げてきた。
1961年の暮れに完成し、翌年初演(メレディス・デイヴィス)、さらにその次の年63年に作曲者自身が蘇演したときに録音されたのが、永遠不滅のデッカ録音。

この録音があまりにすごすぎるものだから、門外不出的になってしまい、どこのレーベルもその後の録音ができなくなったくらい、というか作曲者の了解がとれなかった。
録音史上、次を飾ったのが20年後、83年のラトル盤。
そのあとは、多々録音がなされております。

一方、初演後の60年代の演奏状況は、コリン・デイヴィス(62独初演)、ラインスドルフ(63米初演)、ハイティンク(64蘭初演)、ケルテス(64墺初演)、アンセルメ(65瑞初演)、サヴァリッシュ(65独再演)、ウィルコックス(65本邦初演~読響)・・・、ざっとこんな感じです。
初演されてから世界に広まるまでのこの年月は、ちょうどビートルズの全盛期と重なるところが面白いし、ビートルズも若い世代の反戦の旗頭だった。

ジュリーニは、50~60年代イギリスを中心に活躍していて、ブリテンの作品も録音しており、この戦争レクイエムを指揮することも熱望した。
ブリテンに近かったM・デイヴィスやブリテンの生誕50周年(63年)を企画したギッシュフォードらに、このイタリア人指揮者に戦争レクイエムを指揮させるべきだ、との推薦をしてもらい、68年にエディンバラ国際音楽祭で、ついにジュリーニの戦争レクイエムが実現した。
この時のソリストは、レコーディングの時と同じく、ヴィジネフスカヤ、ピアーズ、F=ディースカウといった豪華面々。
戦勝国、敗戦国、ともに戦いをまみえた国々のソリストによる、まさに反戦レクイエムの趣旨を反映させたオリジナルメンバーで・・・(初演は実はH・ハーパーだった)

 さらに翌年69年に、ロンドンのアルバートホールでも演奏されたジュリーニの戦争レクイエムで、その時のライブが本日のBBC音源によるもの。
実は、ここではソプラノは、ポーランド系のヴォイツォヴィッツに代わっている。
68年のソ連のチェコ侵攻(プラハの春)の影響もあるわけで、戦争を憎んだブリテンはきっと歯ぎしりをするほどの思いであったでありましょう。

というわけで、60年代の「戦争レクイエム」の演奏史に大きな足跡を残したジュリーニの演奏が、こうして聴けるのは本当に喜ばしいことであります。
70年代後半、DGで活躍したころ、ジュリーニに正規録音の計画がありながら、それが実現しなかったのは極めて残念。
シカゴか、ロンドンフィル、フィルハーモニアあたりでやって欲しかった・・・・。

   S:ステファニア・ヴォイツォヴィッツ T:ピーター・ピアーズ
   Br:ハンス・ヴィルブリンク

 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/合唱団
                    ワンズワース・スクール少年合唱団
  ベンジャミン・ブリテン指揮 メロスアンサンブル
                         (1969.4.6@RAH.ロンドン

音揺れが若干あるものの、鮮明なステレオ録音で、聴衆のノイズもしっかり拾っているけど、鑑賞にはまったく問題なし。
79分、CD1枚に収まってしまったこの演奏は、強い集中力で全体がキリリと引き締まり、聴く側も背筋を伸ばしつつ聴きこむことになる。
ブリテン自身が、小編成のアンサンブルを近くで指揮しているので、心強い半面、やりにくかったであろうが、ジュリーニは真摯かつ熱い共感をもって、そうあの指揮棒を握りしめる独特の指揮姿でもって曲に対峙しているのが目に浮かぶような演奏であります。

神秘的でクールな冒頭レクイエム、ピアーズが早くも没頭感あふれだす序章。
ミサ典礼文による場面と、オーウェンの詩による深刻なる場面が交互に交錯しあう曲で、それらの描き分けがポイントで、ジュリーニはオペラに打ち込むようにして見事に描ききっている。
金管のブリリアントな響きが威圧感なく響き、速めのテンポで駆け抜けるようなディエス・イレは超かっこいいブリテンサウンドが満喫できる!
訥々とした語りかけるようなラクリモーサは、ヴォイツォヴィッツの名唱もあって心に突き刺さるよう。
少年合唱が活躍する明るめのオッフェルトリウムの錯綜するリズムと楽器の交錯するさまがとても見事。
最後にオケと合唱が炸裂するリベラ・メに次いで、この曲の核心部が始まる。
テノールとバリトン、敵国同士の兵士の対話。ピアーズの背筋も凍るような迫真の歌にFDを忘れさせるィルブランクのバリトン。
オケの背景も不気味な静けさから、徐々に浄化されてゆくさまが実に素晴らしい。
そして最後の「Let us sleep now・・・・」の感動的な場面が始まる。
どんな演奏でも、ここに至ると感動で涙が出てしまうのだが、音楽の本質をとらえたジュリーニの厳しい眼差しから零れる優しい歌心が痛く素晴らしい。
 残念なのは、最後の和音で、聴衆の誰かさんの咳が一発思い切り入ってるところ。

ピアーズのブリテンの意志と、それこそ一体化したかのような迫真の歌は素晴らしい。
また東欧系のすこし陰りのある声をもったヴォイツォヴィッツも感動的。
そして、彼女は、アバドがザルツブルクでマーラー「復活」を指揮して衝撃登場したときのソリストなんです。気が付いたらシュタイン指揮による「トスカ」でも歌ってました。
ウマすぎるFDが、独自の世界を作ってしまったので比較されちゃうと気の毒ながら、オランダのヴィルブリンクというバリトンは、ニュートラルでその自然さがよいのかもしれないが最後は素晴らしいです。

好きな曲なもんで、思い切り長くなりました。
手持ち音源は、作曲者、ジュリーニ、ガーディナー。
FMCDRとして、サヴァリッシュ、ハイティンク、ギブソンなど。
これから毎年1作づつ増やしていこうと誓うクラヲタ人なのでした。

「ブリテンの自演盤」

「アルミンク&新日本フィル」

Takasaki

7月に従姉の1周忌で訪れた墓地は、高崎の街を見下ろす場所にありました。
この内陸の街にも米軍機は飛来し、焼き尽くしたのでありまして、調べたら8月14~15日のこと。
原爆投下後も、こうして各地の軍需工場のある街を攻撃した米軍。
意地を張り続けた日本軍が、もっと早く決意していれば、多くの犠牲者を出さずに済んだのに。そして、整然とした碁盤の目のような街なみじゃなくて、昔ながらの街がもっと各地に残ったのに・・・・・。
歴史は残酷であります。
敗戦の意味をよく考えてみる必要がある今のニッポンです。

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コメント

こんにちは。

私にとっても、「戦争レクィエム」は
最も大切な曲の一つです。

昨年、サイトウ・キネンにおいて
小澤さんの演奏を聴いたのですが、
曲に込められたブリテンの反戦の思いが
ひしひしと伝わってきて、胸が締め付けられる思いでした。そして、Let me sleep・・・の後の静謐な終結には
本当に涙しました。

戦争体験者でもある小澤さんの、類稀な名演だったと思います。
9月にSACDで発売されるようですので(通常盤はもう発売されています)、よろしければお聴きになってみてください。

ブリテン自身の指揮はもちろん越えられるものではありませんが、今のところ、私のお気に入りは合唱の充実したガーディナー盤です。

投稿: たくぽん | 2010年8月17日 (火) 08時32分

たくぽんさん、こんにちは。
戦争レクイエムは、声高に、これを聴け、といえるような音楽ではありませんが、何かの機会に、ひとりこれを取り出し、じっくりとその意味を考えながら聴くのがいいと思います。

そしてもちろん、ホールで多くの聴衆、そして携わった演奏家や関係者の方々とも、静かに感動を分かち合うのも素晴らしいことだろ思います。

サイトウキネンで聴かれたのは羨ましいものです。
ブログ仲間の方も昨年聴いて、絶賛しておられました。
CDは是非にも聴いてみようと思います。
作者のライブCDRも、もっていることに気付きましたので、さっそく再確認してみます。
ガーディナーも合唱の扱いのうまさが引き立つ名演ですね。

投稿: yokochan | 2010年8月17日 (火) 11時44分

戦争レクイエム。さまよえる様!ようこそ取り上げてくれました^^というか、以前のスレでも取り上げていたんですね。。。ジュリーニ盤は存在さえ知りませんでした。今度聴いてみます。確か近所の図書館にあったような。私はといえば、言わずとしれたブリテン自身の指揮によるあの演奏です。もう!繰り返し繰り返し、自閉症のように繰り返し繰り返し聴いています。最初はLPで、その後CDで、でもCDで聴いてるとつまらないので最近は専らLPで聴いています。対訳も見やすい^^ピアーズ!いいっすね==ピーターグライムズでの苦悩する海の男のピアーズも、このレクイエムでのピアーズもいいっすね!ちなみに私のお気に入りのマタイ受難曲の福音史家もピアーズが歌っています。イエスはHプライです。指揮がミュンヒンガーなので・・・やっちまったなー。。。でもこのマタイが一番好きなんです。ここでのピアーズもレクイエムでのピアーズも泣ける。泣けるねー。。。ブリテンの作品はなんといってもピアーズでしょう。だって2人は本気で仲良しなんだもん^^あはは^^ちょっと理解できないくらい仲良しなんだもん!
なに?ジュリーニ盤では?ブリテンが?副指揮者を?ほほー。初演の時も初レコードの時もブリテン自身は副指揮者を希望したというエピソードがありましたよね?ほほー。興味です。

投稿: モナコ命 | 2010年8月17日 (火) 12時27分

モナコ命さん、こんばんは。
ピアーズに寄せる熱い思い(変な意味じゃなくて)が伝わります。
やはりブリテンの演奏には、ピアーズが切り離せず、ブリテンの音楽と不可分の存在ですね。
このジュリーニ盤の解説には、このCDは、デッカとブリテン=ピアーズ何とか財団の承認得てます、みたいなことが書かれてました。
ピアーズの福音士家は、聴いたことがありません。
しかもプライとあれは、ミュンヒンガー盤を聴いてみたいですねぇ!
ブリテンにも、確かヨハネの録音があったと思いますが、英語版です!
毎年この時期は、戦争レクイエムと決めとります〜

投稿: yokochan | 2010年8月17日 (火) 19時48分

さらに、ピアーズの歌っているマタイ受難曲のテナーのアリアはヴンダリッヒです。もう。ヘフリガーとか聴いている場合じゃありません。ソプラノのアリアはアメリングです。ほほー^^めでたい。ただね、指揮者がね、ミュンヒンガーなんすよ、これが。ええ。このね、ミュンヒンガーが指揮者ってとこがね、せっかくの名歌手ぞろいなのに、なんの主義主張のないマタイになってるんですよ。ま、メンゲルベルクまでいかないまでも、リヒターか、なんならリリングくらいでいいので、自分の意見を持った指揮者だったら、こんなことにならなかったんですけどね、ええ。でも、ピアーズもヴンダリッヒもアメリングもプライも聴けるこのロンドン盤を私は一番繰り返し聴いています^^

投稿: モナコ命 | 2010年8月18日 (水) 18時36分

モナコ命さん、こんばんは。
続報ありがとうございます。
あとヴンダーリヒにアメリンクですか。
当時のデッカの威力を感じますねぇ。
ミュンヒンガーは、多くを聴いてませんが、そんなにアカンですか(笑)
ミュンヒンガーというと、厳格なフーガの技法や捧げものを思い起こしますが、マタイはいかがなのでしょうか。
そこまでおっしゃるなら聴かなくちゃ。
それはそうと、今年のN響の第九は、リリングみたいです。
バッハの小品との組み合わせで。
N響もやりますね!

投稿: yokochan | 2010年8月19日 (木) 00時52分

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