ザンドナーイ 「フランチェスカ・ダ・リミニ」 首都オペラ公演
今日も暑い
でも、足取りも軽く、ご厚意を賜り神奈川県民ホールへ。
こちらは、県民ホール近くに建設中の「神奈川芸術劇場」。
外観がこんな具合に完成。
ミュージカル、演劇、ダンス等を中心に、オペラ・バレエ等の県民ホールとの住み分けを図る由で、芸術監督は宮本亜門氏。
来年1月、「金閣寺」で、こけらおとしが計画されてます。
たまたま、近くで結婚式を挙げられたカップルが、係の方に見送られて車待ちをしてましたよ。ピュアで、新鮮ですねぇ~。
横浜=神奈川の文化発信力と吸収力の高さは、開港以来の伝統ではないでしょうか。
毎度聴いてる神奈川フィルの独自サウンドも固有のものだし、その神奈川フィルがピットに入った本日のオペラなどは、東京でもお目にかかれないレアな上演なのでありました。
イタリアの19世紀末作曲家リッカルド・ザンドナーイ(1883~1944)の名前は、オペラ「フランチェスカ・ダ・リミニ」の作曲者として程度の認識しかなくって、このオペラも抜粋盤としてデル・モナコが歌ったものと、昨日のテバルディとコレッリのものしか知らなかった。
まさか、こんなオペラを実際に体験できるとは思いもよらぬこと。
しかも日本初演でございました。
ザンドナーイ(Zandnai~ザンドナイと呼んでたけど、今回上演ではザンドナーイになってますので)は、マスカーニの弟子だったそうで、その活躍時期は第一次大戦前後の不穏な時期にもあたり、プッチーニやマーラー、新ウィーン楽派作曲家たちが活躍していた頃にあたる。
ゆえに、後期ロマン~世紀末といった濃厚爛熟サウンドと思っていただいていいと思います。
このあたりの音楽が、無性に好きで大好物のわたくしには、最高のご馳走でございました。
ヴェルディ後のイタリアオペラの流れを、血なまぐさいヴェリスモオペラが掴み、それをさらに親しみやすいメロディー主体のオペラに結実させたプッチーニが、ヴェルディ後継者として一歩抜きんでたけれども、その周辺にあったイタリア作曲家たちの中にも捨てがたい人々がたくさんいて、ザンドナーイもその一人。
ライトモティーフを多用し、旧来のオペラの構成感から抜け出して自由な枠組みのなかで、激しいドラマに複雑で大規模なオーケストラを伴った分厚いサウンド。
そして歌手たちは、ドラマティックな歌唱力を要求される。
明確なアリアはなく、ドラマを語るように歌わなくてはならず、愛の歌もそのドラマの中でオーケストラと張り合いつつ歌いこまなくてはならない。
そう、ワーグナーの影響を多大に受けつつ、同時代のR・シュトラウスのようでもあるイタリア・オペラに感じたのであります。
それでいて、劇の内容はナイフによる殺傷で幕が降りるヴェリスモパターンを踏襲してるし、壮大な史劇的な内容としてはのちのトゥーランドットを先取りしている。
フランチェスカ・ダ・リミニの素材は、ダンテの神曲の地獄篇のごく一遍。
それを1901年、戯曲化したのがダヌンチョというイタリアの多彩な作家で、その作品をもとに台本化されたものに作曲されたのが、ザンドナーイのこのオペラ。
フランチェスカは許されざる恋愛を貫いたとして、いまも地獄をさまよう女性としてダンテは書いている。
でも、このオペラでは、そんな向う見ずな女性としてではなく、運命に翻弄され足を踏み外してしまったリリコ・スピント役の不幸な女性として描かれていて、相手役の二枚目テノールとともに、いかにもオペラの素材的に生まれ変わっているのでありました。
そして、禁断の恋愛に走るふたりは、まんま「トリスタンとイゾルデ」であり、美男パオロの夢見心地の登場は、ローエングリンの登場のようでもあったし、劇中、トリスタン、パルシファルやガーヴァンの名前も語られ、ワーグナーの強い影響下にあることを何度も思わせてくれる。
フランチェスカ:斎藤 紀子 パオロ:大間知 覚
ジョヴァンニ :飯田 裕之 マラスティーノ:大野 光彦
サマリターナ:背戸 裕子 ズラーグティ:細身 涼子
オスタージオ:谷田部 一弘 ベラルデンコ卿:三浦 大喜
ビアンコフィオーレ:下條 広野 ガルセンダ:水谷 友香
アルティキーラ:川合 ひとみ アドネッラ:中島 貴子
道化師:上田 飛鳥
岩沼 力 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
首都オペラ合唱団
應義塾ワグネルソサエテティ男声合唱団OB
慶應・日本女子大混成合唱団コールモエロディオン有志
合唱指揮:川嶋 雄介、柳 暁志
総監督:永田 優美子
演出:三浦 安浩
(2010.9.5@神奈川県民ホール)
こうした日本初演演目を2日、異なるキャストで上演するのは、ほんとうに並大抵の努力ではないと思う。
二期会や新国でお馴染みの大野さん以外は、そうしたステージの経験もお持ちながら、不覚にも初聴きの歌手の方々ばかりだったけれども、その実力のほどと充実ぶりは、手放しで誉めたたえたい。
なかでも、主役のヒロイン、出ずっぱりの斎藤さんは、最初から最後までスタミナ配分も確かで、しかも最後の方では、その声は輝かしさを増し緊張感ある舞台を一際引き締めておりました。
優しい一面を持ちつつも嫉妬に狂う夫を歌いこんだ飯田さんも喝采を浴びてました。
邪悪な弟を歌った大野さんのうまさ、何気に重要な4人の待女のみなさんも素敵でありました。あと、印象に残ってるのが健気な妹を歌った背戸さん、柔らかな声を聴かせてくれた大間知さん、人間テーブルをしたりと活躍し、深いメゾの声の細見さん。
オペラ幕開けと幕引き役の上田さんの道化、冒頭に登場し、このオペラの悲劇の始まりの要因を語った兄役谷田部さんと、三浦さん。
こうした方々が見事に役に没頭して演じ歌う姿が、初オペラとは思えないほどに、観劇する私をしっかりと捉えて離さず、あっという間の2時間30分でした。
1幕
政略結婚を前提に、妹フランチェスカを政敵マラテスタ家の長男ジョヴァンニに嫁がせようと画策するポレンタ家のオスタージオは、足萎えで強面のジョヴァンニでなく、美男の弟パオロを兄と偽って妹に見せて話を進めてしまおうということになる。
姉との別れを寂しがる妹のサマリターナ。
そこへ、パオロが登場し、フランチェスカは夢見心地になり一瞬にして、ふたりは恋に落ちる。
2幕
ジョヴァンニの妻となったフランチェスカ。
館では、敵との交戦が始まり、パオロとあの時以来の再開をし、戦闘のなか、愛を確かめ合うこととなる。
戦勝し、兄が帰還。妻がそこにいることに驚くが、勝利の葡萄酒を渡され満悦。
弟のマラスティーノが目を負傷しつつ登場し、再度の戦いのさなか、フランチェスカとパオロは抱き合う。
3幕
フランチェスカの寝室で、待女たちが歌い踊り主人を慰める。
フランチェスカの心のうちを知った女奴隷ズマラーグティの手引きで、パオロがやってきて、ふたりは愛に溺れるのでありました。
ここでは、女奴隷に片目の弟マラスティーノの視線が不気味と語るのが、後の伏線。
そして甘く情熱的な二重唱は、トリスタンのそれそのもの。
4幕
マラスティーノが、フランチェスカに言い寄る。そして彼が、苦痛に叫ぶ地下牢の囚人を黙らせに下りてゆくすきに、地下扉を締めてしまう。
弟が変なの、と帰ってきたジョヴァンニに苦言を呈し去るが、扉を開けさせて出てきた弟にフランチェスカとパオロの仲を忠告され、怒り心頭のジョヴァンニは出発を遅らせることに。
フランチェスカの寝室では、待女たちが心配そうにしているが、やがて妹似のひとりの待女を残し退場。ここで、揺れ動く気持ちと懐かしい妹を思って、その待女に語る。
(ここは、死を前にしたデスデモーナの場面とそっくりですな)
やがて、パオロが偲んできて、ふたりはまた熱く燃え上がる。
しかし、そこへ扉を激しく叩く音とともに、夫ジョヴァンニの声。
逃げるパオロだが、服が扉に引っかかってしまい隠れられなくなってしまう。
そうとは知らないフランチェスコは夫を入れてしまうのであった。
パオロに襲いかかるジョヴァンニに楯となって刺されてしまうフランチェスカ、そしてパオロも一撃のもとに倒れる・・・・。
ドラマティックな激しい音楽とともに幕。
この演出では、最後の幕の前に冒頭の道化が出てきた・・・。
パオロとフランチェスカ=トリスタンとイゾルデ、ジョヴァンニ=マルケ王
マラスティーノ=メロート ズラーグティ=ブランゲーネ
こんな風にも見て取れるけれる。
演出は、「今も地獄をさまようフランチェスカが、何故そうなったか、ことの顛末を回顧
する(させられる)体裁をとった」とあります。
道化にその案内役としての役回りをさせていた訳で、最後の登場は劇的な幕切れにやや水を差すものに思われたし、無理があった。
それと、舞台に始終登場してた4人の黒子のような存在の女性たち。
パオロの登場とともに、薄いヴェールを周辺に覆ってもぞもぞしてたし、牢獄や兄弟の邪悪な場面でも動かぬ背景として四隅にいる。
フランチェスカの運命を司る妖女たちなのだろうか。
このあたりの象徴的な存在は、初物オペラの場合、観る側に混乱を招くだけで、小細工を弄せず普通にストレートな演出をすべきやに思いましたが如何でしょうかね。
実際、私の隣にいらっしゃった年配の方は、「こりゃオカルトだわ・・・」なんて呟いてましたし。。。。
しかし、舞台は美しいものでした。
大きな額縁に蝶、背景にあった悲劇の主人公たちの絵画。背景の海や空。
グリーンやブルー、赤の照明。
パオロ登場の際の幻想的なリング。
最後の幕切れには、空だった額縁にフランチェスカの絵が降りてきて完結。。。
この上演の主役は、オーケストラであったかもしれない。
大編成の豊穣なるオーケストラサウンドをソツなく整理して聴かせてくれた岩村さん。
でもそれは神奈川フィルの魅力的な美音があってのもの。
大音響でも混濁することなくきれいに響き渡ったし、抒情的な場面での繊細さ、特に弦楽器。それぞれのソロの素晴らしさ。
パオロ登場のうっとりする官能的な場面のチェロのソロとそこに絡む木管の素晴らしかったこと。
ピットの中でもいつもの神奈川フィルだったし、いやむしろピットの中でこそ、その音色が映えるのかもしらん。
こうした後期ロマン派以降の音楽には最適なのです。
お気に入りになりそうなオペラをまた見つけ出して、いつにもまして長文になってしまいました。
今回、ご案内いただきましたyurikamomeさんと、興奮さめやらず、中華街に向かい、味のあるお店にご案内いただきました。
よいお店をご紹介いただきありがとうございました。
あの世界の小澤が愛するこちらは、台湾料理風のお店。
お店の人のお話では、食べることは食べるのだけれど、よく飲まれるそうですよ。
小澤さん、しっかり治して、またこちらにいらして欲しいものです。
小澤さんのサインをパシャリ。
ザンドナーイの豊穣サウンドに、おいしい中華。
いい日曜日でした。
ありがとうございました
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コメント
今まで何回か神奈川フィルがピットに入ったのを聴きましたが(薔薇の騎士・ボエーム)、正直なところあまりいいとは思いませんでした。
ところが、今回はほんと素晴らしかった。びっくりしました。最高のオペラ・オケでした。技術うんぬんを越えてドラマと魂を語っていました。ソロもトゥッティも気持ちが入っていた。新国常連の某オケよりはるかによかったです。
指揮者のせいですかね。このオケの潜在能力の高さには驚きました。また聴いてみたくなりました。
投稿: コバブー | 2010年9月 6日 (月) 16時47分
コバブーさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
神奈川フィルのピット、わたしもそこそこ聴いておりますが、たしかに今回は充実の極みでした。
沼尻氏との相性もあるのでしょうか。
神奈フィルは、抑制されずにのびのび演奏した場合にどうもスゴイ結果にはまるような気がします。
>技術うんぬんを越えてドラマと魂を語っていました<
まったくもって同感です。
このオーケストラをイメージだけで、在京オケより劣ると思ってる方がいるかもしれませんが、今回のような有機的なサウンドを聴いてもらったらその考えが間違いなく変わると思いますね!
ムラもあるのも実際ですが、金さんとのコンビも軌道に乗りつあり、是非またお聴きいただければと思います。
ほんとうに、良いオペラ公演でした。
投稿: yokochan | 2010年9月 6日 (月) 22時15分
今日帰りました。夕食後、ついすぐに寝てしまい、今頃起き出してしまいました(笑)。
どうも、ザンドナイの公演とは良いですね。彼はあまり知られていませんし、私もそう知っているわけではないのですが、この作品のLDを昔持っていました…(笑…憶えていない…)
セガンティーニの最後の未完となった三部作にインスピレーションを受けて作品を書いているのも、ウェーベルンとともに知られるところですが、あまり有名とは言えませんね。まぁ、無理して聞くほどとは言えませんが、そこそこ良いもので、あまり演奏されないのが不思議な感じもします。
ところで、アバドのマーラー、良かったですよ!!もの凄く…。気力・体力があの日は充実しきっていたみたいでした。直前の入院は心配されましたが、小澤氏とともに、まだまだがんばってほしいものです。
またそのうち…。
投稿: Schweizer_Musik | 2010年9月 7日 (火) 00時03分
先生! ご無事の帰国、なによりでした。
以上に暑いままの日本、堪えるのではないでしょうか。
お疲れでしょうから、体調に気をつけてください。
そして、横浜で、しかも神奈川フィルで、ザンドナイのオペラが観れるなんて思いもよらないことでした。
オーケストラ作品も気になるところですし、ほかにもたくさんオペラがあるようですね。
当然に音源も少ないようですが。
お持ちだったDVDは、メットのレヴァインのものだと思いますが、youtubeで確認できました。
若いドミンゴがまさになりきっていて、ピカピカでした(笑)
そして、アバドのマーラー、やはり凄かったですか!
さっそく記事拝見しまして、涙が出そうになりました。
いずれお話をじっくりお聴かせくださいませっ!
投稿: yokochan | 2010年9月 7日 (火) 01時31分
どうもお付き合いありがとうございました。
こんな演目を取り上げる、首都オペラの心意気には全く頼もしいものを感じますし、これがたった一人の強い意志で、助成はあるにせよ私財を投げ打って行われていることに、本当に頭が下がるおもいです。
沼尻さんとの相性は実は「薔薇の騎士」のときに感じておりました。
神奈川フィルならもっといけるはずなのにと思うところがいっぱいあったのも確かだったんです。
ある人が言っておりました、「このオケにはシンパシーがある」と、みなで一体になったときにすごいパフォーマンスを発揮するのはどこも一緒ですが、そのすごさが並外れているんですよね。それをいつも出してくれていたG氏、うまくいってそうでパフォーマンスが出ない指揮者、いろいろですね。
来年も首都オペラは楽しみな演目でした、っていうか、私の知らない演目です。楽しみでなりません。
投稿: yurikamome122 | 2010年9月 7日 (火) 09時24分
こんにちは
いろいろと珍しいオペラが上演されているのですね。
>メットのレヴァインのもの
レーザーディスクで見ました。
映画みたいにスペクタクルで凄い舞台でした。
>若いドミンゴ
やはりピカピカのドミンゴがいいですね。
ドミンゴリゴレットにはやっぱりちょっとがっかりしました・・
古い記事ですけど、TBさせてください。
よろしくお願いします。
投稿: edc | 2010年9月 7日 (火) 09時25分
yurikamomeさん、こんばんは。
日曜は、どうもありがとうございました。
ご近所、というか、徒歩数十歩で、こんな素晴らしいオペラやコンサートが行われ、しかも魅惑の中華街もすぐの、yurikamomeさんのご近所感覚が、とっても羨ましく存じました!
それにしても、首都オペラの在り方、その姿勢には、ほんと頭がさがります。
今回が初でしたけど、毎回レベルが高そうで、来年の「ミニヨン」がやたらと楽しみです。
その座付き神奈川フィルの、オペラへの適正も確かめることができました。
いやでも、おのずと音楽が輝き息づいてしまう指揮者や環境があるのでしょうね、このオーケストラには。
しっかりと自分の顔をもった素晴らしいオケですね。
つくづく、ご紹介ありがとうございました。
投稿: yokochan | 2010年9月 8日 (水) 00時12分
euridiceさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
TB拝見しました、こちらもありがとうございました。
予備知識なく、観劇したこの公演、大いに気に入りまして、youtubeで、いくつか確認できました。
ご案内のピカピカ・ドミンゴに、デッシー&アルミリアート夫妻、カヴァイヴァンスカまでありました。
で、やはり、スコットとドミンゴが一番絵になってますね。
正規CDがなく、映像が2種あるというのも不可思議な作品ですが、今回上演はとても力の入ったレベルの高いものでした。厳しい時代ですが、こんな上演を体験すると、日本の音楽界も捨てたものではないなと思いました。
投稿: yokochan | 2010年9月 8日 (水) 00時21分