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2010年10月26日 (火)

東京都交響楽団定期演奏会 クレー指揮

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ベルンハルト・クレーは、隠れたるドイツの名指揮者であります。
私のような70年代男たる世代には懐かしい名前で、74年だったか、N響に登場して、当時ドイツでも巨匠ばかりのN響に、新鮮な若手世代の登場を印象付けたのだった。
N響アワーで、魔弾の射手とベートーヴェンの5番が放送され、すごく鮮烈な印象を持った。
司会の大木氏も手放しの誉めよう。
 その後何回かやってきたけど、評判はむしろ芳しくなく、日本には疎遠になってしまった。
でも都響や、大阪のオケにはたまにやってきていたようで、今回、ようやくその実演に接することができたのでした。

クレーは、私にはオペラ指揮者であるとの印象とともに、エデット・マティスの旦那さんとして、彼女の伴奏での指揮と達者なピアノの腕前に鮮やかな思い出を持っている。
このあたりはまた次の機会に。

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   エルガー     チェロ協奏曲

          Vc:ボリス・アンドリアノフ

   ブルックナー   交響曲第4番「ロマンティック」

      ベルンハルト・クレー指揮 東京都交響楽団
                      コンサート・マスター:山本友重
                      (2010.10.25@サントリーホール)

サントリーホールがそうしたのか、都響が始めたのか、開演前のアナウンスで、「余韻をお楽しみになるお客様のためにも、拍手は指揮者が手を降ろしてからお願いします」とありました。
当たり前のことなのに、なんだかそうまでしなきゃいけないのか、と情けなくなる。
しかし、海外でも同様の惨状らしくて、あのバイロイト音楽祭でも音が鳴り終わらないのに拍手が出てしまうのを、このところの放送でよく聴く。
なんでもきっちりの日本のシステム。これも、まぁ、いいじゃないですかね。

ロシアの若手チェリスト、ドイツの指揮者、日本のオーケストラ。
まさにインターナショナルな顔ぶれによるエルガー。
でも、エルガーのちょっと古風だけれど、気品と情熱と哀愁に満ちたこの名作は、そんなことはお構いなしに、どんな顔ぶれによる演奏でも曲がしっかりと受容してしまい、聴き手にひたひたと迫ってくるのだ。
アンドリアノフ氏は、ロシア系統の濃厚イメージの流れとはやや異なり、スタイリッシュな趣きも兼ね備えた技巧派といった感じを受けた。
2楽章の細かいパッセージの連続では、聴いていて快感を覚えるようだったが、一方で冒頭のメインの主題ではチェロが地鳴りをするような響きで驚きだったし、アダージョ楽章のさらりとした抒情も対照的に柔らかいものだった。
 クレーとオーケストラは、チェロにつけている、という感じで、控え目に終始した印象。
4楽章の最後に、冒頭のモティーフが帰ってくるところでは、かなり感動的で、ソロもオケもこれまでの歩みを回顧するようで、聴いていてはからずも涙ぐんでしまった。

曲は素敵なのだけれど、ちょっと小手ならし的に感じた前半。
しかし、休憩後のブルックナーは、あまりにも素晴らしく、会場に居合わせた聴衆ひとりひとりに爽やかな感動をしっかりと植えつけてくれた演奏だったのだ。
レコードや音源で聴いてきた、クレーの演奏は、爽快かつ明晰で歌が満載という印象。
そして、今宵のブルックナーも、まさにそういった演奏で、どんよりと重厚な往年のドイツの巨匠たちのものとは完全に一線を画すのびのびと、スッキリした内容。
でも内容が決してないわけでも、空虚なわけでもなくって、どこをとってもヨーロピアンなセンスあふれるサウンドで、ブルックナーに必須の教会や森を感じさせる響きをまとっているし、都響がまたクレーの細かな指示に見事についていってるのが見事なもの。
 細かな指示といっても、微に入り細に入りのものではなく、その時の感興に合わせた強弱の指示とか、フレーズの協調程度のものなので、おそらくオーケストラも弾きやすい指揮ではなかったでしょうか。
対抗配置をとっていて、こうすることで、ブルックナーの場合の第2ヴァイオリンとヴィオラの重要性と、弦4部の絡み具合がとてもよくわかった。
クレーはとりわけ第2ヴァイオリンに対して丁寧に指揮していて、ちょうど私の席は第2ヴァイオリン側4列目だったもので、クレーがこちらを向いて指揮する機会が非常に多かった。
ときに音を抑えて、「Silent!」と言ってたのまで聞こえたりしましたよ。

すべての楽章が、ブルックナーの音楽があるがままに演奏され、そのように聴こえた。
譜面を置きながらも、暗譜で指揮したクレー。
楽章間の間の取り方も、なかなかのもので、オケメンバーを見渡しつつ、会場が期せずして静寂になるのを待って、タクトを構える。
こうしたナチュラルで、音楽への純な態度は、観ていても、そして出てくる音楽が嫌味なく自然なものだから、聴いていても、クレーの飾らない人間性を素直に感じさせてくれる。

感動的な終楽章、最後の高まりを経て神々しいエンディングをむかえ、感動に震えていたが、音が鳴りきって、残響がホールのこだまする。
クレーは、構えきったまま。オーケストラも微動だにしない。
われわれ聴衆もまんじりともせず、じっとしたまま。
こうした間を経て、大きな拍手とともに、ブラボーの嵐。
何度、クレーは呼び出されたろうか。
ソロ奏者やオケメンバーを讃えつつ、自身もオーケストラから拍手を受けると、謙虚に、一度もページをめくられなかった指揮台のスコアを軽く叩いて、これのおかげと言わんばかりのクレーさんでした。
ブラボーの拍手はなかなか止むことはありません。

久しぶりの都響。
なかなかの充実ぶりで、のってますね

ベルンハルト・クレー、今週特集してみましょう
サヴァリッシュのお弟子さん筋でもありますし

過去記事~「クレーのブラームス2番」

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コメント

こんばんは~!

エディット・マティスの旦那さまって指揮者だったんですね。知りませんでした。

それにしても!

>開演前のアナウンスで、「余韻をお楽しみに
>なるお客様のためにも、拍手は指揮者が
>手を降ろしてからお願いします」と
>ありました。

これ、重要です、絶対、重要ですっ!!
最近の「音楽通ぶりたい観客」の早すぎるブラボーを阻止するためには、すべての演奏会場でこの放送をすべきだと思いますっ!!

>音が鳴りきって、残響がホールのこだまする。
>クレーは、構えきったまま。オーケストラも
>微動だにしない。
>われわれ聴衆もまんじりともせず、じっと
>したまま。
>こうした間を経て、大きな拍手とともに、
>ブラボーの嵐。

こうあるべきですっ!!
この前も、せっかくの余韻を台無しにされて、
腹立たしく思ったところなので、しみじみ思います!

投稿: 恋するオペら | 2010年10月26日 (火) 23時07分

恋するオペラさん、こんばんは。
マティスの旦那は、実は名指揮者なのでした。
機会がありましたらお聴きください。
オペラのDVDなどあればいいのですが。

正直、サントリーホールで、このようなアナウンスがなされるとは驚きでした。
たしかに、このとこころ、各所で無神経なブラボーの応酬と、フライング拍手に悩まされておりましたので、クレーム続出だったのでしょうね。
 ほんとは、こんなアナウンスなしに、聴衆が自覚すべきだったのですがねぇ。
お金払って、音楽に感動して、最後にブチ壊し。
一部の方のおかげで、これは、憤懣やるかたないですからして!

投稿: yokochan | 2010年10月27日 (水) 00時11分

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