ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 沼尻竜典オペラセレクション
昨年の「ルル」に続いて、2度目のびわ湖ホール。
ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を観劇。
今回の席は2階レフトのバルコニー席。
隣の人が乗り出さなければ、舞台全貌がよくわかる良席。そして、幸いじっとしてる方でしたので安堵。しかし、カーテンコールには、お尻が落ちちゃうくらいに、乗り出しての熱烈拍手で、こっちは何にも見えないよ。
それと、飴食い多数。うるさい。
しかし、本当に美しいホールです。
都内のせせこましい場所では考えられないことであります。
こういうところで、日常的にオペラが観れたら幸せなことだけど、客数の多さから止むをえないことながら、文化芸術東京一極集中は、こうした素晴らしいホールを訪問するにつけ、もっと振り分けられないものかと思ってしまう。
トリスタン:ジョン・チャールズ・ピアース イゾルデ:小山 由美
マルケ王:松位 浩 クルヴェナール:石野 繁生
ブランゲーネ:加納 悦子 メロート:迎 肇聡
牧童 :清水 徹太郎 舵手 :松森 治
若い水夫:二塚 直紀
沼尻 竜典 指揮 大阪センチュリー交響楽団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
東京オペラシンガーズ
演出:ミヒャエル・ハイニケ
(2010.10.16@びわ湖ホール)
ザクセン州のケムニッツ劇場で2004年に制作されたプロダクションを借り受けての上演。
そしてなんといっても、ワーグナーやシュトラウスのメゾ役には欠かせない小山さんが、イゾルデに挑んだこと。
ドイツでも、是非イゾルデをやったらと勧められていたという小山さん。
まさに満を持してのイゾルデ挑戦。これは観ない手はなかった。
ワーグナー・ヘルデンテノールとして活躍のピアースも聴いてみたかったし。
その小山イゾルデ。どう聴いても、どこをとっても小山由美。
ついつい聴き親しんだ、これまで聴いたフリッカやオルトルート、クンドリー、ブランゲーネなどのイメージを思い浮かべてしまう、いつもの小山さん。
姿勢正しく、キリッとした出で立ちは小山さんならではで、1幕前半の怒れる居丈高なイゾルデの雰囲気がバッチリ。
2幕の恋に夢中の情熱的なイゾルデとしては、以外に冷静な存在に感じ、観るこちら側にも軌道修正が必要だったが、3幕でトリスタンのもとに駆け付けてきて茫然としてやがて恍惚境に入ってゆく。そんなさまが、小山さんはまったく堂に入っていて、ここへ来てついに小山イゾルデの真骨長を見た思い。
そして、その歌は、高音が苦しいのはやむなしとして、でもこのあたりは今後歌い込めば解消してゆくのではと思われるが、小山さんの持ち味は決して絶叫にならない気品ある強い声で、クリアな明晰さもあるから聴いていて非常に安心感がある。
「愛の死」は、感動的なまでの名唱でございました。
さらに歌い込んで、日本の誇るイゾルデになって欲しいと願ってやみません。
トリスタンのピアース。1幕で背を向け海を見守る大きな背中に本格的なものを期待し、「え、イゾルデ?」の一言で、おっ、これはいいぞ、と思った。
・・・のもつかの間。
この人、全然だめ。
不調だったのかどうかしらないけれど、声は全然届いてこないし、独白的なヶ所はまだいいが、歌が歌えてない。バイオを見ると、ワーグナー諸役やオテロを始終歌っているけれど、どういうこと?
http://www.youtube.com/watch?v=TlcaZN2TFog&feature=youtube_gdata
youtubeに、ピアースのトリスタンがあったから、聴いてみてください。
これよりひどかった。やっぱり体調でも悪かったのか?
しかも大男で、動きも鈍重でキレがないから、しゃっきりしてた小山さんの動きと好対照。
3幕の長丁場で、「あぁ、イゾルデ・・・」と夢見るところなんて、ヘロヘロだった。
ほかの3人は、実に素晴らしい。
声量も、歌のうまさも、独語の確かさもばっちり。
マルケの松位さんの、深々としたコクのあるバス。
まるでF・ディースカウのような歌い口のうまさを見せたクルヴェナールの石野さん。
いつもどこかで聴いている加納さん、彼女のブランゲーネ、ほんとうに素敵でした。
彼女、こんなに立派な声だったんだ。ディクションも明晰で完璧。
その他の方々も、主役たちを盛り立て、メロートなんて、演出の意図もあって、とても重要な動きをしていましたし、迎さんという明るめのバリトン、よかったです。
終始早めのテンポを崩さずに、流れのよいトリスタンを作りあげた沼尻さんとセンチェリー響。
オケの精度の高さに、正直驚いたけれど、音は意識して抑えていた様子。
小編成かと思われたけれど、カーテンコールでオケ全員が舞台に上がり、そのフル編成ぶりにびっくり。
指揮者の腕の確かさを確認した次第です。
いま風のもたれないスッキリ系のワーグナーは、好きです。
日本人らしく、あっさりした醤油系のトリスタンは、トリスタンを除いた歌手たちとぴったり符合してます。
年2回の沼尻オペラ。民営としてこぎ出すことになったセンチェリー響にとっても、オケピットの仕事はこのオケの特徴づけとしても今後大事な仕事でありましょう。
さて、演出は。変なことしてないだけに、まぁよかったけど。
いろんなトリスタンを映像も含めて、楽しめるようになったけれど、今回はちょっと個性が薄め。
第1幕
全幕にわたってベースとして登場するのは、なんと、ヴァンフリート荘。
ややチャチな造りの館が前奏曲から幕が開いて前面にあることが確認できる。
前奏が終わると、それが上にせり上がって、今度は館の内部の部屋のよう。
ソファに荘にあってワーグナーが弾いたと思われるピアノが置かれている。
部屋の向こうは、ガラスドアを隔てて、船の舳先で、その先は海のようである。
ブランゲーネが、女主人の伝言を持って舳先に腰かけるトリスタンのもとゆくと、舞台装置は半回転して、ブランゲーネ・クルヴェナール・トリスタンのやり取りが見える仕組みで、のこり半分の部屋の中で、イゾルデが気にしてそわそわしてるのも見える。
で、舞台上部に、10に割った巨大な長方形の鏡面が斜めに吊るされていて、下の動きを映し出している。この鏡は、全幕そこにあり。
媚薬を調合したブランゲーネは、二人が盃を交わし合うまでそこにいて立ち会っている。
朦朧とした二人のもとに、メロートとマルケが来るが、早くももたれ合ってる二人を見つけてしまうことになる。
第2幕
ここでも、安普請のあの館が。そこから顔を出したりひっこめたりして、イゾルデとブランゲーネはやり取りしている。なんかせせこましいです。
その館がまた上にあがってしまうと、舞台には何もなくなってしまい、そこで長大な二重唱が歌われる。
二人は過剰にベタベタすることなく、ちょっと距離を置いて、例の観念的なセリフを歌うのだが、夜の帳が下りる頃になると、舞台奥に丸い黒い影のようなものがゆっくりと降りてきて、その後ろは赤く染まっていて、なかなかの美しさ。
ところが、マルケご一行が踏み込んでくると、後ろの●は、さっと落ちてしまう。
それは、布でできたのです。後ろはグレーで、亀裂のようなものが走っている。
剣を抜いたメロートは、同じく剣を構えたクルヴェナールに牽制されていて、さらに素手のブランゲーネから追い込まれてしゅんとしてしまう。
トリスタンは、剣を構えるが、戦わずしてメロートの長剣に飛び込んでしまい、大柄のピアースは、どっすんと倒れるのでありました。
第3幕
なんという閉塞的な空間。そう、トリスタンが小さなベットに巨大な体を横たえるのは、ヴァンフリート荘の書斎。ピアノもあるし、図書棚には本がぎっしりで、階段を上ると、上には物見の牧童がいる。
またもやせせこましい場所において、トリスタンは愛の渇望に苦しむのであるが、ほんとに息苦しい。声も出てないし、すっきりしなくて欲求不満が募る。
イゾルデの到着とともに、その館は今度は下に沈み、2幕と同じ舞台に戻る。
トリスタンは、イゾルデに手を差し伸べるが、彼女の手に届かず息絶えるが、この場面を段差を使ってうまく表現していた。
クルヴェナールはメロートをたやすく仕留めるが、マルケ王にやられてしまう。
普通はお連れの兵士にやられるのに、こんな展開初めてみた。
浄化しつつあるイゾルデとトリスタンの亡きがらは、徐々にせり上がっていき、スポットを浴びたイゾルデの神々しい姿とともに幕を下ろす。
こんな概要ですがね、ヴァンフリート荘の意図がわからないけど、まぁあんまり深い意味はなさそう。(な気がする)
これまで、かなりのトリスタンを観てきたけれど、ホールの規模や親密な雰囲気から、一番気楽に楽しめたトリスタン上演であったように思う。
優れた日本人歌手ばかりだし、こんな上演を安い価格で始終観れたらどんなに幸せだろう。
頭の中に、トリスタンの音楽を響かせながら、ジャズの音色が遠くでこだまする夜の琵琶湖を散策して帰りました。
(画像は、びわ湖ホールとケムニッツ劇場関連HPから拝借しております)
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コメント
>トリスタンのピアース
「21世紀のトリスタン」(HP)ということですから
ご紹介のYTを聴きました。録音の酷さを考慮しても
気分が悪くなりました。
それはともかく私もびわ湖ホール、行ってみたいです。
話違いですけど、公園ネコのその後をリンク(URL)します。
投稿: edc | 2010年10月18日 (月) 07時55分
あの建物、上半分ヴァンフリートで、下半分ヴェーゼンドンク邸に見えましたが。
投稿: 愛知のオペラファン | 2010年10月18日 (月) 14時07分
こんばんは。日帰りお疲れ様でした。
・・・そうそう。私も最初一瞬ヴェーゼンドンク邸かなあと思って家に帰って調べたら上のほうはヴァンフリート館でした・・・とおっと横レス失礼。
小山さんイゾルデはこれからに期待するとして(って日本を代表する名歌手に向かって上から目線すいません)、松位さん石野さん加納さんトリオは今まで生で聴いた中で一番揃って素晴らしかったかもって思いました。そもそも石野さん目当てで行ったんですが、結局は他の人にも感動してしまいました。しかし・・・トリスタンは。yokochanさんがここまで言うってことは本当に相当ですよね。
投稿: naoping | 2010年10月18日 (月) 21時15分
ヴァーンフリート館はヴェーゼンドンク邸を模して建てたようですね。なので、前奏曲の間は主のいなくなったヴァーンフリートで、前面が左右に消えた後は、ヴェーゼンドンク邸での過去を思い出しているということなのでは。二幕も上半分はヴァーンフリートですが、ヴェーゼンドンク邸でマティルデがワーグナーを待っているという設定では。
三幕で、ステテコに腹巻でワーグナーが臥しているのが、ヴァーンフリート館かヴェンドラミン・カルンジ館かは自分にはわかりませんが。
投稿: 愛知のオペラファン | 2010年10月18日 (月) 21時53分
euridiceさま、こんばんは。
びわ湖ホール、とってもよかったです。
天気がよかったのでなおさらです。
比叡山まで観えるのです。
ピアース氏お聴きになられましたか。
あんまり酷評しても、と思ったのですが、YT上のオテロやタンホイザーも同じようでしたので、あんなものなのでしょうねぇ。
公園ねこ、拝見しました。
おじゃましますね。
投稿: yokochan | 2010年10月18日 (月) 22時48分
愛知のオペラファンさん、こんばんは。
コメントありがとうござます。
なるほどですねぇ!
ご教示いただきありがとうございます。
私はヴァンフート荘しかないと思いこんで見てました。
そうですね、1幕は蜜月の回想、2幕は逢瀬、となると3幕はヴェンドラミン館・・・でしょうか?
こうとなったらもう一度観て確かめてみたくなるのが人情です。気楽に観劇しすぎました・・・。
投稿: yokochan | 2010年10月18日 (月) 23時35分
naopingさん、こんばんは。
大津の街をかなり歩いてしまい、昼のビールもたたって夢見心地のトリスタンでしたが、3人衆にはうならされました!
石野さんは、アルミンクの伝令士さんでしたっけ。
あの時は、主役のぽっちゃり君を完全に食ってましたねぇ。
アルミンクといえば、新日のトリスタンでも、石野さん歌いますね。
イゾルデはもしかしたら、再度かも!
館の秘密は、愛知のオペラファンさんが解読してくださいました。なるほど。
投稿: yokochan | 2010年10月18日 (月) 23時43分
建物の細部の記憶はあまり自信がありません。12月3日にNHK教育で放送されるそうですから、それを観て、改めて考えましょう。
ただ、ヴァーン(狂気)がフリート(安らぐ)する所とワーグナーが名付けた家が、ヴェーゼンドンク邸を模しているというのは、興味深いですね。あの公演を観るまではあまり気にしてなかったのですが。
三幕の本棚はヴァーンフリートの可能性が高いようですね。
投稿: 愛知のオペラファン | 2010年10月21日 (木) 00時06分
愛知のオペラファンさん、こんばんは。
ヴァーンとフリートとはまた知りませんでした。
なるほどですね。
自身の狂気(?)を安んじる場所が、かつてのヴェーゼンドンク邸を模したとは、これもまた意味深いことですね。
2回ともテレビカメラが入ってましたので、放映が楽しみでなりません。
ありがとうございました。
投稿: yokochan | 2010年10月21日 (木) 21時37分