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2010年10月 4日 (月)

シュレーカー 「はるかな響き」 アルブレヒト指揮

Tokyo_tower1
ある夜の東京タワー。
スカイツリーに日本一の座をすでに渡し、来年にはこれまでの役割も終える。
私と同期だけに、とても寂しい。
運営会社は民間企業だけに、電波事業収入の大半がなくなるとタワーの運用もおぼつかなくなるという・・・・。
いつまでも残って欲しいぞ、東京タワーflair

Scherker_der_ferne_klang
フランツ・シュレーカー(1878~1934)のシリーズ。
国内盤のまったくないオペラばかりで、外盤で入手できるものはあらかた揃えて、それぞれ機会あるごとに聴きこんでいるけれど、その音楽はすぐにお馴染みになるものの、劇内容の把握が容易でない・・・。
ということで、多少脚色を交えてのご案内、あしからず。

9作あるシュレーカーの劇場作品のうち、1作目の「Flammen ~炎」(1902年)に次ぐオペラが「Der ferne kang~はるかな響き」。
10年の隔たりは大きく、イマイチ過去に軸足あった前作から大きく世紀末ワールドに踏み出したシュレーカーを感じる作品。
ツェムリンスキーや前期シェーンベルクと同類の雰囲気に、わたしはとろけるくらいにわが身をその音楽に溺れさせることができる。
ナチスによって退廃音楽のレッテルを貼られてしまうシュレーカー。
大まかな概要は、過去記事をご覧ください。
フランクフルトにおける初演は大成功で、すぐさまワルターが上演し、シュレーカーのオペラは主にドイツにて人気を得てゆくこととなる。
全3幕、2時間30分。
ピアノ版のヴォーカルスコアを作成したのはアルバン・ベルク。

大オーケストラに、それに張り合う強い声の歌手たち。
でも抒情的な繊細な歌い口も要するので、ワーグナー歌手というよりも後期のシュトラウスのオペラが歌えるような強さとリリカルさを兼ね備えた歌手が必要。

シュレーカーのオペラをいくつか聴いてきて(いまのところ記事準備中も含めて6作)、音楽のパターンは読めてきた。

①ライトモティーフの効果的な多用
②ロマン派の響きを表現主義や象徴主義、印象派風、新古典風、民族風・・・、そうあらゆる要素の中に封じ込めてしまった。
ゆえに中途半端な印象やとらえどころのなさを与えることとなる。
③オペラの中で、お約束の超濃厚ロマンティシズム溢れる絶美な場面が必ずある。
それらは、ヒロインのソプラノが夢見心地に陶酔感をもって歌う。
④③の反動のように、酒池肉林のはちゃむちゃ乱痴気シーンが出てきて、にぎにぎしい。
そこでは、大衆的なダンス音楽だったり、高尚なワルツだったりと、舞踏の権化のようだ。
⑤シュプレッヒシュテンメの先駆的な活用。
⑥ヒロインの女性の心理が摩訶不思議。
その女性たちは、たいてい「痛い女性」たち。
わかっちゃいるけどイケナイ恋にはまってしまい、悔恨にくれることになる。
彼女たちに与えられた没頭的な歌がステキなわけで、シュレーカーの心理もまたあれこれ想像してみたくなる。

これからもっと聴きこんで、研究してゆけばまた違った印象や顔も見えてくるかもしれないが、これらの多面的なシュレーカーの音楽が私はとても好きなのであります。

 グレーテ:ガブリエーレ・シュナウト  フリッツ:トマス・モーザー
 グラウマン(父):ヴィクトール・フォン・ハーレム 母:バーバラ・シェルラー
 役者:ハンス・ヘルム     ヴィゲリウス博士:ジークムント・ニムスゲルン
 老婆:ユリア・ジュオン    白鳥亭亭主:ヨハン・ウェルナー・プライン
 合唱団員1:ペーター・ハーゲ   通行人:ロルフ・アッペル
 伯爵:ロラント・ヘルマン       騎士:ロベルト・ヴォーレ
 男爵、合唱団員2、警察:ギドン・ザックス
 ルドルフ:クラウディオ・オテッリ  その他

   ゲルト・アルブレヒト 指揮 ベルリン放送交響楽団/合唱団
                   RIAS室内合唱団
                    (1990.10@ベルリン・イエスキリスト教会)

第1幕
 1)グラウマン家の居間
グラウマン家の娘、グレーテとその幼馴染の芸術家フリッツはお互い魅かれあう仲。
フリッツには、「はるかなる響き」が聴こえる。それを求めて、生まれ故郷から世界へと飛び出して行こうとしている。
外界で神の栄光を得て、グレーテの前に有名となって帰ってくること、そしてその時には、彼女の足元に、富と名声、私自身とそのすべての愛を投げ出すと約束して、彼女に口づけして走り去る・・・・。
 残されたグレーテの前に老婆があらわれ、語る。
「あの青年は、こんな可愛い少女を残して誠実ではない。。。白鳥亭の父親、ヴィゲリウス、地主たちはもう十分、不名誉なこと・・・」
この言葉に不安になるグレーテ。
 やがて、母がきて、家事へと駆り立て、夫が今日も白鳥亭で飲んだくれて金を浪費しているとぶつくさ言うが、グレーテが町を出て働きたいというと、無下に振る舞う。
 そこへ、白鳥亭で飲んでいた面々がどやどやとやってくる。
父グラウマンは、娘を賭けにかけて負けてしまい、面々は冗談半分にグレーテをかっさらいにやってきたのだ。
私には、約束した人がいるーーーっと言っても構ってもらえず、地主は迫る。
いよいよ困ったグレーテは、「フリッツ、あなたのもとへ」と、そこを逃げ出す。


 2)森の中
フリッツのことを想いつつも、彼女は自殺することも考えてしまう。
フリッツは、私のことをとてもきれいだと言ったわ、こんな若くして死んでしまうなんて・・・、
と思いとどまり、彼が遠く離れてしまったことを嘆く。
そこにまたあの老婆があらわれ、ささやく。
「お嬢さん、ついておいで。素敵な服に、美男の遊び仲間、豪華な家で一日中、愛とお楽しみが待ってるよ・・・」
グレーテは、老婆についてゆく。


第2幕
 10年後、ヴェニス近くの舞踏場
話し声と音楽が喜びを満たす「仮面の館」の外から聴こえ、ダンサーや女たちが客を引こうと待ち構えているが、彼女たちの話題は、いまやこのプレジャーハウスのプリマに成長した紳士たちがご執心のグレーテのことだ。
あの森の出来事から10年、女性の美しさや男性たちの欲望といった周囲の喧騒から欺くようにして、物憂げな彼女は、フリッツへの想いにまだ捉えられているのだった。
彼女は歌う、「私の周りには輪がきつく、きつく取り巻き、私の顔は歪んで見える。。だから私はみんなと同じように野放図に笑い、息が切れるまで踊り狂うの・・・」とやけ気味。
 そこで彼女は、自分や他の女性たちを一番喜ばせた紳士の相手をするわ、と提案。
伯爵と騎士が、それぞれ我こそはと、歌い、騎士の冒険譚が人気を博し、決断を迫られるグレーテ。
 騎士の歌、瞳、そしてその動きは、私にあるものを想い起こさせたと、グレーテ。
そうして、フリッツの愛への希望を語る。
 そこへ、ゴンドラに乗って、見知らぬ男がやってきて、皆はそれに注目する。
そう、その男こそ、フリッツその人なのでありました。
お互いにそれとわかった二人。フリッツは、グレーテにまだ若い日々と同じものを見出し、これまで長年散々苦労して何も見つからず、ゴールを見失って諦めていたところに、あの祝福された「響き」を聴き、それに導かれるようにしてここにやってきた、と語る。
「この響きはいったい・・・、これでもう探し求めることはない。悪魔は生と愛をだまし取ったけれど、いまこそ、私はあなたのみを求める、女神よ、愛するグレーテ、わたしのもの・・・」と熱烈に歌い、グレーテはその腕に飛び込む。

 しかし、腕の中のグレーテは、かつての可愛いグレーテではないのでは、大いに疑問にとらわれ、恐怖も感じたフリッツ。
伯爵は彼女のためにと決闘を挑むが、フリッツは、こんな絶望のもとに戦いをする価値はないとして、その場を立ち去る。
 「あぁ、フリッツ・・」と希望をたたれ絶望するグレーテ。
伯爵に促されて、「そうね、踊りましょう」と狂乱の音楽に合わせて踊り明かすグレーテ。


第3幕
 1)劇場の前のカフェの庭
1幕に出てきたヴェギリウス博士と売れない役者の古い知人ふたりがカフェに腰掛けている。
二人はかつての思い出話、とりわけ、あの町での悪戯話などをしてしきりに懐かしんでいる。
今宵の出し物は、「ハープ」という劇で、その作者こそフリッツであった。
カフェには、出演者の合唱団員が二人やってきて、今宵の出し物は成功をおさめるだろうと語っている。
と、そこにグレーテが警官に連れられてやってくる。
彼女は、公演を観劇し、気分が悪くなってしまい、そこへ酔った浮浪者に親しげにからまれてしまっていたのである。そう、彼女は街の娼婦レベルまで落ち込んでいたのである。
ヴェギリウスが彼女をグレーテと認め、警官を帰すが、その間、劇が終り、それが大失敗に終わったことを一同は聞いてしまう。
しかも、フリッツが病に冒されていて死を待つばかりとのこともグレーテは知る。
「わたしは、彼のところに行かなくてはならない・・」とヴェギリウスに懇願し、彼はグレーテをフリッツの元に連れてゆくこととなる。


 2)フリッツの書斎
小鳥の鳴き声が美しい庭。
フリッツは、病の中、失意と悔恨にさいなまれている。
彼は、いまや自身の名誉欲や野望のためにグレーテを突き放してしまい、自分の幸運もいまや尽きてしまったことを強く感じていた。探せど探せど、見出すことができなかった・・・。
 そこへ、友人のルドルフがやってきて、元気を出せ、最終幕だけ書き直せば成功するからと勧めるが、当のフリッツにはもうその力も気力も萎えてしまった。
彼の唯一の想いは、グレーテのことだけだった。
その時、ヴェギリウスの訪問が告げられる。
そして、彼の耳には、いまや忘れ去っていたあの「あるかな響き」がはっきりと聴こえるのであった。
ヴェギリウスの陰に隠れたようにした惨めな女、そう、グレーテがあらわれる。
お互いの名を呼び合い、ついにふたりの恋人は再び結びついたのでありました。
グレーテは彼を腕の中に抱き、「フリッツよゆっくりお休み・・・」と優しく歌い、フリッツは、「あぁ、親しきひとよ、甘き陶酔の香り・・・、グレーテ、おまえがノートを開いたのか・・・・」と虚ろになりながら息絶える・・・・・。

 彼の名を激しく叫ぶグレーテ。
                   ~幕~    

半分、想像も交えて、こんな内容かと。多少の間違いはご容赦を。

それにしても、わたくしにはこの魅力的な音楽を、これまで何度聴いたことであろう。
こんな感じで、シュレーカーの手に入る音源を少しでも手があくと、手当たり次第に聴き、耳になじませている日々。
 そうして聴いてくると、自分なりの聴きどころをいくつか持つようになる。
Ⅰ.まず、「はるかな響き」のモティーフや他のライトモティーフで出来ている前奏曲。
そのあとの若い恋人たちのまだ爽やかさの残る二重唱。
白鳥亭の輩たちがドヤドヤ押し寄せるシュレーカーお得意の乱痴気音楽。
森に一人になったグレーテの心情をあらわすかのような、極めてロマンテックなモノローグとオーケストラによる超濃厚間奏曲。
Ⅱ.乱痴気2号は、ヴェネチアのお遊び場所。世紀末の盛り場の雰囲気ムンムン。
グレーテの夢見るようなモノローグでは、彼女がイッちゃってるのを感じるし、その後にゴンドラで登場のフリッツの長大な歌はもう、トリスタンの情熱的な歌そのもので、聴いていてのめり込んでしまうし、独語のセリフを見ていて歌いたくなっちまう私なのだ。
この幕の最後に、また乱痴気が戻ってくるが、その顛末がまたかっこいい音楽なんだ。
Ⅲ.この幕ではなんといっても、2場への長大な間奏曲の絶美の素晴らしさ!!!
プロムスで、メッツマッハーが演奏したものです。
夜露滴るようなロマンテック極まりない素敵な音楽なのです。
 それが、鳥のさえずる中庭の死を待つフリッツの部屋への場面転換となるんだ。
そして最後の邂逅の場面。
これもまた、そう、トリスタンの死に際に駆け付けるイゾルデの劇的な場面に同じ。
勝利に満ちたような輝かしい音楽も響くが、夢見心地のフリッツの歌の背景は、おぼろげで儚い、そしてはるかな響きの変形も鳴り響く。。。
静かな死を迎えるかと思ったら、グレーテの「フリッツ・・・・Nein!」の絶叫とともに、激しいフォルティシモのエンディングとなるのがびっくりで、こちらは心臓にちと悪い。

シューレーカーやツェムリンスキーのオペラの紹介に、アルブレヒトの果たした役割は極めて大きい。
世紀末音楽以外の場合は、そのザッハリヒ的な味もそっけもない演奏に不満を感じるアルブレヒトであるいけれど、こうした音楽には、のめり込まんばかりの情熱と、ほどよい冷静さが心地よい。
機能的なオケとともに、申し分のない指揮であります。

ワーグナー歌手ばかりのキャストも充実の極み。
シュナウトは、アルブレヒトのお気に入り歌手であるけれど、うまくて器用なところは認めるにしても、ブリュンヒルデっぽくて、おっかさんみたいなイメージをぬぐいきれない。
最後の絶叫も怖すぎ・・・。
デノケやシュヴァンネヴィルムス、シェーファーぐらいの、もう少しリリカルな歌手で聴いてみたい。
モーザーのフリッツが非常に気に行った。気品ある声とうらはらに、融通の効かない剛直さもよく出てるし、没頭的な歌唱がよかった。
ほかの馴染みある歌手たちも万全です。

このオペラ、「烙印」とならんで、ヨーロッパではたまに上演されるみたいで、日本でも大野和士がコンサート形式で初演してますのでお聴きなった方もいらっしゃるのでは。
現在のような不況の真っ只中では、シュレーカー作品などが上演される見込みはまったくないが、不安な世相になると、世紀末的な思想や爛熟芸術が以外に心を救うのでは、なんて勝手に思ってます。

次のシューレーカーは、「おもちゃと姫君」であります。

Tokyo_tower2

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コメント

勉強になります。yokochanさん!
シノプシスは全然読まないで、一度聴いたきりのCDでありました。おかげでストーリーがよく分かりました。サンキューであります。スコアは、http://imslp.org/wiki/Main_Pageからダウンロードしてベルクの仕事ぶりをみていました。印象は、ほとんどドビュッシーの「遊戯」や「ペレアスとメリザンド」の世界に近いものでした。
今後のブログ期待してます。

投稿: IANIS | 2010年10月 5日 (火) 01時41分

IANISさん、まいどです。
外盤でオペラを聴くときは、ともかく音楽だけを耳になじませるようにして、何度も聴きます。
ここで、自分の波長と合わなければ、それでおしまい。
いいな、と思ったらさらに聴きこんで、リブレットの英語解説と対訳に挑みます。
しかし、カプリッチョのオペラは、独語しかのってないのです。
これには往生しましたが、あらすじは英語で出てましたので、これを四苦八苦しながら読んで、独語の歌詞を追いながらCDを通し聴きしました。
ここに至って、音楽と独語の歌詞がぴたりと符合して、だいたいのところを理解するに及びました。

私にとって、シュレーカーのオペラはいまのところ、こうした苦労をいとわない作品のひとつになっております。

「烙印」は、私もスコアをダウンロードして聴きました。
こちらも、あのベルクのものがあるんですね!
いい音楽です。

「COMMEDIA」
貴ホームページ再開、おめでとうございます。
リンク先、変更しておきました。

投稿: yokochan | 2010年10月 5日 (火) 21時20分

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