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2010年10月 2日 (土)

チャイコフスキー 大序曲「1812年」をバカ聴きする

Hamanoyu
刺し盛りシリーズ、最終回は船盛りだsign03
だいぶ以前の温泉旅館のひとコマ。
鯛子さんは、まだパクパクしてたし、伊勢海老くんも動いてる。
ともに、ビールを飲ませてあげて、成仏していただきました。合掌。
あなごく~んは、いなかったけれど、翌朝は、この伊勢海老が味噌汁に浮かんで出てきましたよ。
あと、アワビの踊り焼きとか、金目の煮付けとか、鯵のつくね鍋とか、タラバとか、サザエご飯とか・・・・
そして、これっdownwardright
Hamanoyu2
朝からこれだよ、金目くんの活き造りだよぅeye
さすがは伊豆某所。
もう何年も前のこと・・・・・。
このときは、しばらく魚の顔を見たくなかったし、魚顔の人にも会いたくなかった。
でも、酒飲みは魚であります。

頑張って稼いで、また行くぞrock

フェイヴァリット4人組によるロシア共通録音曲目は何かと、しばし考えること1分。
チャイコフスキーの4、5番とスラヴ行進曲、そして「1812」とチャイコのみ。
では、こたびは、やけくそゆえに、激しく燃え尽きたく候にて、「1812」を選びしクラヲタ人。

アバドは2種あるから、都合5種の「1812」を一夜にして連続聴き。
あ~、も~、お腹一杯wobbly
この先の短い人生、「1812」を聴き尽した感あり、もう生涯、聴くことはあるまいよ。

Marriner_tchaikovsky61812
マリナー、ありえへんシリーズにも加えたいくらいの、らしくない選曲。
アカデミー管を、90名前後の編成に膨らませてのチャイコフスキーだけど、極めて音楽的。
テンポを微妙に動かして、自在な雰囲気。静かな部分で、ここはもっとゆっくりと歌って・・・、という場所も、あっけなくスルーしちゃうのが、まさにサー・ネヴィルだけど。
マリナー&アカデミーのチャイコフスキー全集に共通の透き通ってみえるくらいの透明感ある響きは、常設オケにはない、やや薄めの編成による見通しのよさ。
録音レベルも、この曲に限っては、やや低めなので、ボリュームをあげて澄んだアンサンブルを気持ちよく聴いているとエライことになる。
録音による大砲の音が盛大に入ってきて驚かされるし、ワタシのボロ装置が心配になる。
最後は、全然威圧感のない爽快な盛り上がりで魅せます。

Previn_tchaiko_1812_2 
ついでの、同じロンドン組で、常設ロンドン響を、アンドレ・プレヴィンが指揮したものを聴くと、旋律の歌わせ方やアゴーギクの巧みさ、緩急のうまさなどを痛感する一方、案外重たい音色なことに気付く。
EMIの録音によることもあるかもしれないが、プレヴィンの演奏は、フィリップスでもDGでも結構重心が低いことに思い当たる。
テンポもマリナーより速い。
でも静かな民謡調の部分のチャーミングなことと、ドラマテックな部分のスピード感の対比が実に鮮やかで、70年代初めの若々しく体調も万全であった聴かせ上手なプレヴィンならではの見事なチャイコフスキーなんですよ。
大砲は、軽めのキャノン砲。これならボロ装置も大丈夫。

Heitink_tchaikovsky
レコード時代、一番聴いたのが、メータとこのハイティンク盤。
これぞまさに、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と旧名で呼びたくなる、荘厳かつ堂々たる演奏。
こんなに、神々しく、しかもシルキーな美しさをまといつつ、劇的な、そう大人の1812演奏をしらない。
ホールを圧する打楽器の響きが心地よく、一瞬、このコンビで慣れ親しんだマーラーを思い起こしてしまう。
全体は、ゆったりめのインテンポで、この真っ直ぐの直球ぶりが至極頼もしい。
最初の盛り上がりで、弦がユニゾンを刻む前。そこには大砲は不発でなし。
その変わり、教会の鐘とおぼしき壮麗な音色がガラ~ン、ガラ~ンと響き、テンポは押さえたまま最高潮の盛り上がり部分に突入し、ここで大砲がグワーッと鳴り渡り、先の鐘とともに、極めて堂々と厳めしいくらいに純音楽的に曲を閉じる。
不思議な満足感を覚える生真面目1812でありました。

Abbado_tchaikovsky_sym3_1812_cso
しっかし、アバドが、その資質からしたら、「1812」を録音するなんて思いもよらなかった。
CBSへのシカゴ響との交響録音の余勢をかった勢いだが、そのシリーズの「くるみ割り」と並んで、アバドはあまり気乗りしないで指揮していたんじゃないかと思いつつ、当時は聴いたものだった。
でも、よく聴けば、シカゴという高性能の新鋭機器を手にして、俊敏で鮮やかな「1812」となっていて、速いところは高速で、歌うところは極めて美しくリリカルに、カモシカのようにスリムで、敏捷な演奏になっております。
毎度のことながら、CBSじゃなくって、シカゴのオーケストラホールの録音ならDGの方が、はるかによかったから、この全集はそれだけが私の不満なんです。
こちらでも、最初から大砲ズドンズドン鳴ってますよ。
で最後は、かなりテンポを上げて、アバドは激しいまでの熱気の中でロシア国歌を歌いまくるのでありました。

Abbado_tchaikovsky_1812_bpo
まさかアバドが、また「1812」を・・・、と思わせたベルリンフィルとの再録音。
シカゴから5年たった95年の録音。
基本はあんまり変わらなくて、速めの間髪いれないテンポ設定も同じ。
思うに、アバドは、この大仰なバカバカしい曲をスピード感あふれる劇的なドラマに仕立てようとしているようで、ロシアの明と暗を描こうとしたのではないかと・・・・。
中間部の民族調のフレーズは、シカゴ盤よりももっと歌い込んでいて、交響曲の一節のような真実味溢れるものになっている。
そして、異常なまでにうまくて鮮やかなベルリンフィルの音色に思い切り浸ることができるのも、嬉しい。
シカゴは、高性能の人間が紡ぎだすフレシキブルな高機能製品に感じ、ベルリンフィルは優秀な人間が寄り集まった有機体としての温もり感を感じさせる。 
 大砲は、太鼓で代用。その後の弦のトレモロユニゾンは、ものすごいテンポから入り、やがて鐘が打ち乱れる頂点に至るが、熱狂の中にもどこか醒めた冷静さが伺えるところがこの時期のアバドかもしれない。
大砲は鳴らさず、大太鼓のボコンボコンという連打が、妙にうれしかったりする。
アバドらしい、1812。
アバドも本心では、こんなの振らずに、ムソルグスキーの方がいいや・・・、と思っていたかもしれない。

はぁ、疲れましたよ、1812sign02
もう聴きたくねぇーーーー。

しいて、今日の気分で選ぶと、ハイティンク→プレヴィン→マリナー→アバド。
こんな感じでしょうかねぇ。
また変わるかもしれないけど、もう聴かないから、これでおしまい(笑)

タイム:
 マリナー(14’57”)、プレヴィン(16’25”)、ハイティンク(16’09”)、アバドⅠ(14’31”)、アバドⅡ(14’40”)

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コメント

こんばんは。「1812年」アバドはベルリン・フィルがあり、やはり、メータもあります。そして、これでもか、というくらいいくつか集めてみました。
合唱入りと原典から外れてしまいますが、カラヤン、ベルリン・フィルはドン・コサックの合唱を組み合わせたのが大当たりですね。アナログなのにオケ全体は大砲もエコーが効いている。廃盤からですが、カラヤン以上にアシュケナージ、サンクトペテルブルク・フィルはミリタリーやペーター・アンド・パウル要塞の鐘や大砲をレニングラード軍楽区から発砲した音の3D。同時収録の「地方長官」の方が卒倒してしみます。私にとって初指揮者アシュケでカルチャーショックを受けました。
原典に戻り、ゲルギエフ、キーロフはミリタリー入りだが、合唱がない分だけバージンです。バーンスタイン、イスラエル・フィルは大砲入り。でも、オケ全体はしなやかで安らぎを求めている人にいいかも。
ただし、例外もあります。デュトワ、モントリオール響はムソルグスキーと同時収録されているものですが、大砲やモントリオールノートルダムの鐘の他、オルガンやシンセサイザーを使ったりしているのが、返ってマニアックになってしまいます。
そして、私は伊豆に親戚がいます。東海岸で金目鯛は高価ですね。しかし、日本酒は演歌でしょうが、チャイコを聴きながらもいいですね。津軽三味線をペケペケならすような「1812年」

投稿: eyes_1975 | 2010年10月 3日 (日) 21時10分

こらー!!!この酒池肉林はなんです!!メタボまっしぐらですよ。というより心からうらやましい。。。
1812年ですか。正直すきです^^チャイコの職人芸の面目躍如というところです。あざといまでの情景描写も好き。おっしゃるとおりのハイティンク盤、私もLP時代から愛聴している演奏です。マリナーやアバドはまだ聴いていないので明日にでも図書館にいって探します。私の街の図書館は月曜日も開館しているのです。田舎の図書館としては見上げた心がけです。
そうそう!この前、図書館にいったらどうしたものか、私のそばから離れない美人ちゃんがいまして、「やばい」と思った私は、そのねーちゃんから離れようと思って、コーナーを次々変えたのに、次々ついてくるんです。やばい!これってワナだ!こういうときは逃げるに限ります。借りる本もそうそうにさっさと出口に向かったら、なんと!そのねーちゃんも付いてくるんです!
きゃー^^-にげろ===うれし悲しの図書館がよいです。

投稿: モナコ命 | 2010年10月 3日 (日) 21時11分

eyes_1975さん、こんばんは。
そうそう、そうです、ベルリン・フィルはカラヤン盤ですね。レコード時代にカセット録音したものしか聴いてませんが、ドンコサックをぜいたくに起用した1812は壮麗なものでした。
ジャケットまで覚えてますよ。
合唱付きでは、オーマンディ。ウエリントンの勝利との組み合わせでしたし、のちのマゼールもそう。
アシュケ、ゲルギー、デュトワ、バーンスタイン、あげられた1812はみんな個性的ですね。
 
 こちらは東伊豆の旅館です。
朝採れの金目でした。
街中金目だらけ。私の郷里から車で1時間あまり、捕れる魚も全然違いました。
1812と日本酒もいいかもですぞ!
なんて言ってたら、禁止したはずの1812を聴きたくなってきました(笑)

投稿: yokochan | 2010年10月 3日 (日) 21時41分

モナコ命さん、こんばんは。
この酒池肉林コーナーは、もう3年以上前なんですよ。
許してください、お代官様。

それより、なんですと、怪しい女子ばなし。
あやしい~ですなぁ~。
わかっていてもワナにはまるのも一手かと。
でも、私のようなふらふら人間ならいいかもしれませんが、モナコ命さんのように人を教えるお立場でしたら、はめられたらいけません。
注意してくださいよ!

1812は、痛快な曲で、きらいじゃありませんが、昨晩は聴き過ぎで消化不良を起こしております。。。。

投稿: yokochan | 2010年10月 3日 (日) 21時59分

いやいや、1812年の乱れ聴きとは豪華絢爛、ベルサイユ宮殿で栄華を誇ったフランスブルボン王朝、ルイ14世もビックリの豪勢ですね。
メータとハイティンク、私も聴きまくりました。
最後のロシア正教会のコラールがまるでオルガンのように響いたメータのセンスにも驚きましたが、ハイティンク、大砲なしの大太鼓は下手な大砲よりもよっぽど迫力がありました。
でもオーディオ・マニアとしては当時クンツェルと発音されていたカンゼルの、オルトフォンがクレームを付けたあの録音もずいぶんお世話になりました。
ざっと数えたら15種類も!!!orz
その中でもイチオシはゴロワノフでしょう。
TBします。

投稿: yurikamome122 | 2010年10月 3日 (日) 23時50分

yurikamomeさん、こんばんは。
こんな企画やるつもりはなかったんですが、好きな指揮者は濃厚系ではないものですから、案外あっさりと1812できました!
ハイティンクは、やはりハイティンクで大人でした。
 で、クンツェルは当時評判となりましたね。
ジャケットだけは覚えてますが、結局聴くことなく、というか装置が壊れそうで、怖くて聴いてないのが実態です。
私の装置は、もう30年選手ですので、大きなパワーが入ると、止まってしまうのです。
そういう意味では、今回の演奏の数々は仕掛けが少なく、おとなしめではありました。

そしてTB、笑いつつ拝読しました(笑)
ゲテモノの代名詞のようなゴロちゃん。
1812もあったんですね。
スクリャービンをちょっと聴いただけで、ほっぽり出したまま。ワーグナーもスゴイらしいですね(笑)
いまのロシアでは、こんなオッサンもう生まれてこないのでしょうね。

投稿: yokochan | 2010年10月 4日 (月) 00時38分

伊豆は 魚がうまくて 温泉もよくて 最近の穴場らしいですね。船盛り うまそうですね。生き作り 難しいですよね。こんなこと ここに書くのは 変ですが
最近の若いもので 車えびの踊りとか 怖がって食べない人がいますね。もったいないですね。あまくておいしいのにね。船盛り同好会 焼き方よーい ナベ奉行 ロ
おっ・ぱっ・ぴぃー

投稿: きく&村石太マン | 2010年10月 5日 (火) 20時55分

きく&村石太マンさん、コメントありがとうございました。
伊豆はいいです。
生き造りを喜んで食べるのは、わたしのようなジジイ世代ぐらいになりつつあるんでしょうね。
もったいない。

投稿: yokochan | 2010年10月 5日 (火) 21時23分

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 すげ~~~っ!!。ニコライ・ゴロワノフの指揮した「全連邦ラジオ・中央テレビ・グレート交響楽団」(いい名前のオケでしょう)の演奏する、チャイコフスキーの序曲「1812年」。  黒板をツメでひっかくような直線的で鋼のような弦楽器から青光りするポルタメント、熊のうなり声のようなコントラバス、ドラム缶を叩いたようなティンパニ。針のような鋭さで脳漿をつんざくトランペットはきりもみしながら飛んでくる、たたみかけるテンポ、と思ったらもの凄いアラルガンド。祭り囃子のような木管群はときどき昔の玄関のブザーのような... [続きを読む]

受信: 2010年10月 3日 (日) 23時51分

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