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2010年11月17日 (水)

ショスタコーヴィチ 交響曲第13番「バビ・ヤール」 プレヴィン指揮

Komine_castle
寒々しい孤城。
ここは、福島県白河市にある、「小峰城」。
最近、めっきり遠出がなくなってしまったので、過去写真を仕訳して引っ張り出しました。

この城は、南北朝時代に起源を遡り、結城、蒲生、上杉、丹羽、榊原、本多、松平、阿部・・・と目まぐるしく城主が変わっている。
新政府軍と東北・越後の軍がこのあたりで壮絶な戦いをしたともあります・・・・。

白河は関東と東北を隔てる関のある要衝で、新幹線も止まります。
わたしは、仕事で一時よく通いまして、街の隅々を走り回りました。
商業施設も大きなものが郊外にたくさんあって、酒蔵もたくさん。
そして、なによりも「白河ラーメン」が極めて美味しいんです。
あっさり醤油の旨口で、麺は手打ち縮れ。縁が赤い、懐かしいチャーシューも美味なんです。

本ブログの左にある、マイフォトのラーメンギャラリーにいくつか載っけてますので、よろしければご覧いただき、ヨダレのひとつも流していただければ幸いです。

Shostako_sym1013_previn

アンドレ・プレヴィンの特集。
最後は、遅々とした足取りのショスタコーヴィチ交響曲シリーズの一環も兼ねて、交響曲第13番「バビ・ヤール」をば。
この曲は結構好きでして、記事としてはもうこれで3度目。
ですから、曲についてはもう書きつくしてしまったので、過去記事から再褐させていただきます。

1962年、スターリン体制終結後のフルシチョフ体制化の作品で、「体制の雪どけ」で固く閉ざしてきたリアルな音楽を書き始めた頃。
エフゲニー・エフトゥシェンコの詩「バビ・ヤール」のいくつかの部分と、さらに、この作品のためにあらたに書かれた詩の5篇からなる。
「バビ・ヤール」は、キエフ郊外にある谷の名前で、ナチスがユダヤ人はおろかウクライナ人、ポーランド人、ロシア人までも大量虐殺した場所という。
ソ連も戦時はユダヤ人を圧迫した事実も忘れてはなるまい。

①「バビ・ヤール」この曲の白眉的な1楽章。ナチスによる暴虐が描かれる。
独唱は、自分がユダヤ人ではないかと歴史上の人物たちを上げて歌う。アンネ・フランクの悲劇についても言及される。リズミカルで不気味な行進調の音楽が2度ほど襲ってくる。
ファシストたちの到来である・・・・。
②「ユーモア」、ユーモアを忘れちゃならねぇ。支配者どもも、ユーモアだけは支配できなかった。辛辣かつ劇的な楽章、オーケストラの咆哮もすさまじい。
③「商店で」、獄寒のなかを行列する婦人たちを称える讃歌。
これも皮肉たっぷりだが、音楽は極めて深刻で寒々しい・・・。
④「恐怖」、これまた重い、重すぎの音楽。恐怖はどこにでもすべりこんでくる。その恐怖はロシアにおいて死のうとしている。・・・・が、詩(DSは作曲であろうか)を書きながらとらわれる、書かないという恐怖にかられる。仮面を被った痛切きわまりない音楽に凍りそうだ。
⑤「出世」、終楽章は一転おどけた、スケルツォのような音楽だ。
ガリレオ、シェイクスピア、パスツール、ニュートン・・・、世の偉人たちが生前そしられ、誹ったものたちは忘れられ、誹られた人々は出世した・・・・。
「出世をしないことを、自分の出世とするのだ」
皮肉に満ちた音楽、最後はチェレスタがかき鳴らされ静かに曲を閉じる。

こんなシリアスな交響曲だけど、ソ連では長らく封印。
西側での演奏もオーマンディぐらいしか存在せず、コンドラシンがミュンヘンで伝説的ともいえる演奏を亡命を賭しながら成し遂げ、その放送を通じ、私などはこの曲に衝撃を受けるにいたったのであります。
その後は何といってもハイティンクの純音楽的なアプローチによる演奏に続いて、数々の全集録音の一環として、「バビ・ヤール」は聴くこととなるわけです。

全集とならず、単品での録音は、このプレヴィンとヤルヴィぐらいでしょうか。
マイルド派のプレヴィンが、このようなシビアで深刻な曲を取り上げたことに驚いたが、79年の録音は実はあのコンドラシンのバイエルン盤より前なのである。
そして、こともあろうに、わたしの記憶では、日本の当時の東芝EMIはこの演奏をお蔵入りにしてしまって、発売しなかったのではなかったろうか・・・・。
それは、今にいたるまでそうで、お得意の外盤2CDで、ついにプレヴィンのバビ・ヤールを聴くことができたのだった。
80年初頭、やはりこの曲は難解で、売れるという自信がなかったのでしょう。
それはすなわち、当時のこの曲に対する見方のあらわれかもしれない。
いまでこそ、なんのことはないのだけれど・・・・・。

    Bs:ディミトール・ペトコフ

  アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団/合唱団
              合唱指揮:リチャード・ヒコックス!
                 (79.7@ロンドン・キングスウェイホール)

プレヴィンは、70年代からずっとショスタコーヴィチの交響曲に取り組んできていたので、その流れで、13番も取り上げたに違いないが、さすがはプレヴィンで、曖昧さはまったくなく、音はひとつひとつ磨き抜かれ明快に存在していて克明で、驚くほど力強い。
あのハイティンクの、交響曲の歴史の中でしっかり捉えた演奏と同じような解釈に思う。
ハイティンク盤の強みのひとつは、コンセルトヘボウという香り高いオケと一体になった部分だが、プレヴィン盤は、オケに色が少なめながら高機能でフレキシビリティ溢れるロンドン響を使ったところが、そのしなやかさとアクの少なめな心地よさを呼んでいる。
歌を伴ったバビ・ヤールというメッセージ性の強い交響曲を、威圧感やくどさから救っていうのは、このコンビのなせる技かもしれない。
強すぎる演奏ではない故でございます。
素直に、曲のよさ、面白さが感じ取れるのです。

それにしても、4楽章の「恐怖」は深い、不気味な音楽であります。
バス・テューバの響きに「ジークフリート」の森に潜む竜や、怪しく見張る邪悪な眼差しのモティーフを感じるんです。
 プレヴィンの混じりけのない率直な演奏によって、この曲の凄さと底知れぬ深さに、また感じ入り、さらに魅力度を深める想いでありました。

過去記事

 「ハイティンク&コンセルトヘボウ」
 「オーマンディ&フィラデルフィア」

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コメント

続けざまですいません。

13番は最初聴いたときに、ちょっと付いていけないなぁと思っていたのですが、CDショップで色々漁っているうちにこればかり増えまして、今や何の抵抗も無くなってしまいました。

合唱指揮がヒコックスなんですよね。
私はヒコックスのベートーヴェン交響曲が好きなのですが、時期を外してしまい、未だに全部集まらなくて悶々としております^_^;。

普段聴くのはプレヴィン盤ですが、人間が壊れてきたとき^_^;には、ロジェストヴェンスキー盤を聴いて発散しております^_^;;;。

投稿: ぽち | 2010年11月18日 (木) 15時34分

ぽちさん、こちらにもありがとうございます。
13番は難物ですが、そのぶん手の内に入ると、魅力的な作品ですね。
この時期の、プレウ゛ィンやアバドのロンドン響の録音の合唱指揮には、ヒコックスの名前が必ずでてきますね。
かえすがえすも、その早世が残念です。
わたしは、ヒコックスのシューベルトを愛好してますが、ベートーヴェンの交響曲は聴いたことがないんです。全部あるのですか?

ところで、ロジェヴェンのタコも未開拓でして、課題であります。
すごそうですね!

投稿: yokochan | 2010年11月18日 (木) 22時35分

ヒコックス/ノーザン・シンフォニアのベートーヴェン交響曲は、バラだとASVから、全集ですとresonanceから出ているようですがどちらも廃盤ですね。

私の持っているはASVのバラ品で、1・7と4・5しか持っていないのです。個人的には2番が大好きなので、何とかしたいと思っております。
(当然ヒコックスの第2番は未聴です-_-;)

ヒコックスのシューベルトがあるのですか。
ぜひ聴いてみたいです。

投稿: ぽち | 2010年11月19日 (金) 12時34分

ぽちさん、どうもありがとうございます。
なかなか手に入りにくそうなヒコックスのベートーヴェンですね。
中古ショップでも見たことありません。
こうなると聴きたくなるのが人情だし、クラヲタですね(笑)

シューベルトは、3番と未完成です。
国内盤でかつて出てまして、レコ芸でもそこそこ評価されてました。
わたしは、ブックオフの新品で投げ売りされていたのを買いましたが、よくあるクラシック全集の1枚で、しょぼいジャケットです。惑星もそのシリーズにあるのですが、買いそびれました。

投稿: yokochan | 2010年11月19日 (金) 19時51分

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