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2010年11月10日 (水)

ブラームス ドイツレクイエム プレヴィン指揮

Takatsuki_ch

教会の中にて。
宗教は問わず、宗派も構わず、こうした静謐で神秘的な光のもとでは、誰しも神妙になり、心に何かを感じるはず。

親しい人の死が、まためぐってきてしまった。

亡父の兄にあたる伯父が、亡くなりました。
父の死には、若かった私を励ましてくれた伯父。
子供の頃からずっと親しんできた伯父は、私にクラシック音楽を教えてくれた。
直接の影響は従兄からだけど、その父たる伯父がクラシックを聴いていた。
なにか人を驚かそうとすると、「じゃ〜ん、ちゃららら〜ん・・・・」と、リストのハンガリー狂詩曲でもって登場するユーモアあふれる伯父。
「・・・・鼻から牛乳」以前に、トッカータとフーガを巧みに使用していた芸人のような伯父。

伯父と、その従兄からの影響が多大だった子供時代だった。
父母にねだった「ベームのリング」のレコードも伯父が援助してくれたというし、いまの私のクラヲタ人生形成に切ってもきれない伯父なのでありました。

親父と同じく江戸っ子だけど、仕事の関係でずっと群馬にいて、そこで没した。
猫が大好きで、家や会社で何十匹ものネコを世話していて、わたくしのネコ好きも、ここからきてるかも。
伯父が冷たくなって自宅に帰ってきた晩、猫たちは、伯父の枕元に、じっとして座っていたといいます・・・・・。

今年は伯・叔父がふたり、昨年は伯母に従姉、身の回りの人の死が横溢してしまう年代なのでありましょうか・・・・。
辛いけれど、しっかり生きていかなくてはと思うわたくしにございます。

こんな私的なことを書いてしまってすいません。
我がクラヲタ人生の恩人なものですから、どうかお許しを。

Brahms_ein_deutsches_requiem_previn

来日中のアンドレ・プレヴィンをしばらく特集します。

しかし、こんな選曲になろうとは思いもよらぬことでした。

ブラームスドイツレクイエム」は、このブログでは、シュナイト師の専売特許みたいに何度も取り上げてきたけれど、実はたくさんCDを持ってるんです。
おそらく多くの方が、この曲はいろんなCDを集めてしまうのではないでしょうか。
CD時代になって1枚におさまるようになったし、個性あふれる演奏が、従来のドイツ系演奏に加えてたくさん出てくるようになったから。

かつては、クレンペラー、カラヤン、ばかりだったけれど、今、手元にはバレンボイムやジュリーニ、アバド、ハイティンクらの非ドイツ系お気に入り演奏に加えて、プレヴィンの指揮ものも存在感を増している。
プレヴィンは、この曲がよほど好きなのか、ロイヤルフィルとも録音しているし、こちらは2000年のロンドン響とのライブ録音である。
私の記憶違いかもしれないが、EMIにドレスデンとともに録音するんだか、したんだかの情報もかつてあった。

  S:ハロリン・ブラックウェル   Br:デイヴィド・ウィルソン=ジョンソン

       アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団/合唱団
                (2000.6.18@ロンドン・バービカンセンター)
   

プレヴィンとドイツレクイエム、結びつきそうでつかないけれど、交響曲なら3番と4番しか指揮しなくて、1・2番には見向きもしないから、プレヴィンの渋好み、というかブラームスの内面的な部分に触発されていることがわかるというもの。

死者を悼んだり、死に怒りを込めたりする死者のための「レクイエム」ではなく、聴く人に等しく「安らぎと平安」を与えるメッセージ性の強い、いわば生きてゆく私たちの「レクイエム」が、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」かもしれない。

Ⅰ「悲しんでいる人たちはさいわいである。彼らは慰められるであろう」
Ⅱ「人はみな華のごとく その栄華はみな草の花ににている
  草は枯れ 花は散る」
Ⅲ「主よ、わが終わりと わが日の数のどれほどであるかをわたしに知らせ
     わが命のいかにはかないかを知らせてください」
Ⅳ「あなたの家に住み 常にほめたたえる人はさいわいである」
Ⅴ「このように、あなたがたにも今は不安がある
     しかし、わたしは再びあなたがたと会うであろう」
Ⅵ「この地上に永遠の都はない 来たらんとする都こそ
     わたしたちの求めているものである」
Ⅶ「彼らはその労苦を解かれて休み そのわざは彼についていく」
                        (ルター訳聖書)


こんな時だから、心に沁みます。
じんわりと、そして、どんどん入ってきます。
この曲は、完璧だったり、うま過ぎる美麗な演奏よりも、心をこめて手作り風に、多少ゴツゴツしても丁寧な演奏の方がいい。

プレヴィンの演奏は、まさにそうした感じで、外観はきれいに整っているけれど、それだけではなくて、どこまでも純音楽的で優しい眼差しが隅々まで溢れた柔和なブラームスなのでありました。
気がつけば、横にいて微笑んでくれてるようなプレヴィンのブラームス。
録音がホールの影響もあって潤いが薄いにも関わらず、与える印象はとっても温もり感があってよろしい。
合唱が独語の深みに欠ける気もしなくもないが、それもまたこの演奏にはいいのかもしれない。
W・ジョンソンのすきっりしたニュートラルなバリトンの美声に、ブラックウェルの繊細無垢のソプラノ。彼女はプレヴィンとN響でもいろいろ共演してますね。
独唱は、個性はないものの申し分なく感じます。

来年のプレヴィンは、「ドイツ・レクイエム」を取り上げて欲しいものです。

予想通り、11月はいろんなことが起きる月となりつつあります。
毎年のこととはいえ、序盤なのにちょっと辛すぎました。
音楽による癒しに頼らざるをえない日々となります・・・・・。

Raran

昨晩の月と空。
群馬のパーキングです。
ここは、有名なラスク屋さんや、肉屋さんや地場野菜など、魅力的な道の駅です。

上州のからっ風が吹いたから、空がとても澄んできれいでありました。。。。

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コメント

今晩は。ブログ主様にとって掛け替えの無い方だった伯父上のご冥福を心からお祈りいたします。中学生だったブログ主様が指環の全曲盤を購入するのに積極的に援助してくれる素晴らしい伯父上だったのですね。私は、ドイツ・レクイエムはハイティンク&ウィーンフィルの1980年盤を愛聴しています。ブラームスというと交響曲や室内楽の大家というイメージが強く、声楽曲にも多くの名曲を遺していることを忘れてしまいがちなおバカな私ですが、これからは真摯に歌曲や合唱曲などの名曲にも傾聴していきたいと思います。

投稿: 越後のオックス | 2010年11月10日 (水) 23時57分

辛い事、悲しいことは、なぜこんなにも続くんでしょうね。「悲しんでいる人たちはさいわいである。彼らは慰められるであろう」とあっても慰められないときがありますし、時が癒してくれるといっても、その時がいつになるのか、と呆然とするときがあります。音楽は全てを癒してくれるわけではありませんが、やさしく心を包んでくれるようように感じます。
伯父様のご冥福をお祈りいたします。

投稿: ナンナン | 2010年11月11日 (木) 01時20分

御伯父様のご逝去お悔やみ申し上げます。
親しく影響を受けた人の死というのは辛いものですね。心中お察し申し上げます。

ドイツ・レクイエムは、意外に縁遠い作品で、CDはカラヤンとテンシュテット盤のみで、これすらあまり聴き込み出来ておりません。今度またじっくり聴いてみたいと思います。

投稿: golf130 | 2010年11月11日 (木) 08時12分

近親者が亡くなられたのは残念なことですね。
「ドイツ・レクイエム」はジュリーニやカラヤン、ヤノヴィッツが板についています。
プレヴィンはドイツの指揮者でもあるのか、ドイツ物も得意にしてます。ただ、ドイツのオケによるものが意外と少なく、ウィーン・フィルが圧倒的に多いみたい。
これからが寒くなりますので体に気をつけて下さい。

投稿: eyes_1975 | 2010年11月11日 (木) 20時37分

叔父上さまのご冥福を、こころよりお祈り申し上げます。
ブラームスのドイツ・レクイエム、実演でも聴いておりますが、彼の円熟した音楽には今一歩の感があり、どうも苦手な部類にはいります。
レクイエムといえば、最近はまっているのがラター。イギリスの「今」の音楽ですが、きっとyokochanさん、気にいられると思います。

追記;5周年、おめでとうございます。

投稿: IANIS | 2010年11月11日 (木) 21時36分

伯父様のご冥福をお祈りいたします。

そうですか。
クラヲタ人へと導いてくださった伯父様なのですね。
それでは私も今日はドイツレクイエムで伯父様の魂を悼むことにいたしましょう。
ミチョモランマのブラームスボックスからジュリーニです。

投稿: はるりん | 2010年11月11日 (木) 22時14分

越後のオックスさん、こんばんは。
お悔やみ恐縮です。
ベームのリングの巨大なレコードを見るたびに思い出しそうです。

ブラームスのこの作品が聴くたびに、親しくなってきまして、より愛おしい存在となりつつあります。
ハイティンクのものは、ウィーンフィルの魅力に加えてヤノヴィッツが素敵でありますね。

投稿: yokochan | 2010年11月12日 (金) 19時43分

ナンナンさん、こんばんは。
お悔やみ恐縮に存じます。5周年なんて、浮かれていたら、こんなことになってしまいました。
人の死はいずれ来る避けられないものですが、こうも度々だと天を恨みたくなります。
文字通り、音楽に逃げ込みたい日々であります。
フィンジなんて無茶苦茶、沁みます。

投稿: yokochan | 2010年11月12日 (金) 19時48分

golfさん、こんばんは。
お悔やみ、恐縮に存じます。
この歳になると、いやでもむかえる親族との別れ。
辛いものでした。
伯父や従兄から影響を受けながら、自分が子供たちにクラシック音楽を伝えられないのがもどかしいです。
ドイツレクイエムは、こうして聴くほどに、親しみと味わいを増してきております。

投稿: yokochan | 2010年11月12日 (金) 19時57分

eyes_1975さん、こんばんは。
やがて来るとはわかってはいても、実際にその別れに遭遇してしまうと辛いものがありました。

プレヴィンはドイツのオケやコンセルトヘボウなどにも客演してますが、録音はないですね。
ベルリンフィルとのドヴォルザークが唯一でしょうか。
やはり、ロンドン響とのコンビが一番しっくり来るようで!

投稿: yokochan | 2010年11月12日 (金) 20時28分

IANISさん、こんばんは。
お悔やみ恐縮です。
5周年祭、浮かれすぎました。
わたしも、ドイツレクイエムは苦手な部類でしたが、実演で尾高、シュナイトと何度か聴き、そのたびに、CDを聴き重ねて、いまや大好きなブラームス作品のひとつとなりました。

ラターですか!
確かヒコックスの指揮で何か持っていたとおもいますが不確かです。
IANISさんのオススメとあれば、是非とも聴いてみます!

投稿: yokochan | 2010年11月12日 (金) 20時36分

はるりんさん、こんばんは。
お悔やみのお言葉、まことに恐縮にございます。

クラシック音楽へ導いてくれた恩人の一人であります伯父は、とってもお洒落で、飄々としたカッコイイ人でした。

季節がらもありますが、ブラームスが異様に心に沁みるのでした。
ミチョランマ撲滅、応援しますよ!

投稿: yokochan | 2010年11月12日 (金) 21時59分

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